「先生自慢」


    先生自慢

    
小さな旅館に客は我ひとり。
北陸は大雪だった。
女将は、あたたかい田舎料理をつくってくれて、
大阪で教員をしている息子の話を長々とした。
翌日スキー板を肩に宿を出た。
空は晴れて風もなく、
雁が原ゲレンデ行きのバスに乗れなかったから、
行程は小一時間、歩こうと雪道を行きだすと、
同じバスに乗れなかった小学四年生の男子グループがいて、
彼らも小さなスキー板をかついで歩き始めた。
スキー場まで行くのかい?
うん、そうだよ。
じゃあ、一緒に行こうよ。
うん、いいよ。
ぼくを入れて一行は六人。
小走りの彼らの長靴がぽこぽこ音をたてる。
わいわい、おしゃべりは止まらない。
どうしたはずみか、一人がぼくを陸上競技の選手だと言う。
そうだ、そうだ、仲間があいづちを打つ。
ぼくはくすくす笑う。
きみたちの担任の先生はどんな人?
せんせいはね、何でもできるんだよ。
たいそうも、じょうずだ。
てつぼうも、できるよ。
なんでも知っていて、おしえてくれるよ。
先生の自慢話を競うように話しだした。
ぼくらの先生は万能選手だ、ヒーローだ。
せんせいは、おいらの兄きだ。
うん、そうだ、兄きだ。
親分だ、うん、親分だ。
ふーん、いい先生だね。
先生自慢をさんざん聞かされているうちに、
人気のないゲレンデに着いた。
すばやい彼らはとことこ斜面を登っていって、
甲高い歓声を振りまきながら滑り降りてくる。
わーい、あにきー。
あにきー。
せんぱーい。
せんぱーい。
彼らはぼくに声をかけて直滑降で滑り降りていく。
いつの間にか、ぼくは先輩になり、兄貴になっていた。
お昼、六人は雪の上で一緒に弁当を広げた。
朝お母さんが作って持たせてくれた彼らの小さな弁当。
ぼくの弁当は宿の女将さんが作ってくれたオニギリ。
午後二時に、お母さんとの約束だからと言って、
彼らは何度も手を振りながら帰っていった。


1960年代、まだ子どもの世界に冒険があった。
先生と子どもの間にあった確かな関係。
2006年、三学期がはじまった。
山に雪が積もっている。
北陸も上越も東北も、大雪だ。
今朝は我が家の水道管も凍結した。
今日は日曜日なのに学校があるのか、
中学校へ子どもを送り届ける車が何台も、
人通りのない旧街道を通り抜けていく。
毎朝この時間、ぼくは犬のランを連れて校区一帯を歩く。
二年前の冬、
我が家に遊びに来た中国人の留学生が、
「チカンに注意」の張り紙を見て、
人のいないこんな山村にどうしてこんな張り紙が?と、
怪訝な顔をした葛城古道を一時間ばかり、
ランと一緒に散歩する。