「考えること」について考えたことなどを記録しようと思って作ったページです
(ページ開設の経緯はこちら)
2011-07-08
■[教育]アクティブ・ラーニングと批判的思考教育
今日,たまたま「アクティブ・ラーニング」という語に出会いました。早速検索してみたところ,溝上(2007)*1という,大学における実践を概観した論文がありました。それを読んで,批判的思考教育と関連させて考えたことをメモ書き的に書いておきます。
まず,アクティブ・ラーニングを,溝上は次のように定義しています。
これは,ゆるやかに最広義で定義されたもので,学生参加型授業や協調/協同学習や課題解決/探求学習や能動的学習やPBLと呼ばれるものが含まれています。まずはこれを見る限り,ここには批判的思考の育成を目的とした教育も含まれそうですし,ひょっとしたらアクティブ・ラーニング的な授業のなかの少なからぬものは,「批判的思考教育」的なもの(あるいはそのヒントが得られるもの)でありそうです。
溝上はCiNiiを使ってアクティブ・ラーニング的な授業について書かれた72本の論文を元に,本論文を書いています。まずは分野別の傾向を見ていますが,実践的専門家養成の医歯薬系と工学系,それに教育学と一般教養に多く見られるようです。
授業形態別では,「講義型授業」と「演習型授業」に大別されます。私はこのうち,講義型授業におけるアクティブ・ラーニング(というか批判的思考教育)に興味があるのですが,これについては,次のように書かれています。
なるほど,講義型の場合,アクティブ・ラーニングといっても,授業終了間際に何かを書かせる(程度の)ものが多いんですね。これはちょっとがっかりな印象ですね。
また,この文に対する注釈として,次のように書かれています。
講義型授業で学生からコメントや感想を出させてそれをフィードバックする取り組みは、織田(1991)の「大福帳」や田中(1997)の「何でも帳」、田中(1999)の「質問書方式」、藤田・溝上(2001)の「授業通信」など 10年以上前からかなり取り組まれており、昨今の取り組みはその部分的改善、web 上でのシステム開発などに力点が置かれている。取り組みの本質はさほど変わっていないという印象を受ける。
確かに,以前からあるものに対する部分的改善ということであれば,「取り組みの本質はさほど変わっていない」というややがっかり的な印象になります。
ということで,本論文で,講義型アクティブ・ラーニングはまだ発展途上ということが分かりました。講義型アクティブ・ラーニングということは,まず講義対象となるような内容(心理学概論とか,経済学原論とか)があって,それを「能動的」な形で学ぶということになるでしょう。これは,批判的思考教育について分類しているEnnis(1989)*2の言い方でいうなら,インフュージョン・アプローチ*3やイマージョン・アプローチ*4による教育ということになるでしょうか。そして,大福帳や質問書方式のような,授業終了間際に書かせるやり方は,このどちらでもないといえます。ということは,このようなやり方ではない形での講義型アクティブ・ラーニングがありうるということです。
その一つのやり方は,宇田(2005)*5の当日ブリーフレポート方式かもしれません。また私が,道田(2008)*6で報告しているような方式の授業*7もこれに入れられるかも知れません。
これらにしても,批判的思考を明確に育成しているというわけではないので,講義型でアクティブに学ぶなかで批判的思考が高まるような授業というのは,今後も検討し開発していく必要がありそうです。
*1:溝上慎一 (2007) アクティブ・ラーニング導入の実践的課題. 名古屋高等教育研究, 7, 269-287.
*2:Ennis, R. H. (1989). Critical thinking and subject specificity: Clarification and needed research. Educational Researcher, 18, 4-10.
*3:思考の一般原則を明示しつつ特定の内容を教育すること
*4:思考の一般原則を明示することなく,「考える」やり方で特定の内容を教育すること
*5:宇田 光 (2005) 大学講義の改革―BRD方式の提案 北大路書房
*6:道田泰司 (2008) 大講義中の小グループでの話し合いにおける学び 日本教育心理学会第50回総会論文集, 189.
*7:とりあえず私は「考えさせて教える授業」などと読んでいますが,問いを出し,教科書の該当箇所を読んで小グループで結論を作ってから講義を受けるというスタイルの授業です
2011-04-26
■[概念][ビジネス系]意思決定について(7)−落ち穂拾い
意思決定について最近考えたことはだいたい前回で書き終わったのですが,せっかくなので,これまでに引用しなかったけれども読んだ本について触れておきましょう。そういう本が2冊あります(これ以外にも心理学書の意思決定の章を参照したりもしてはいるのですが)。
一冊はビジネス系の本で,『意思決定の理論と技法―未来の可能性を最大化する』(籠屋, 1997 ダイヤモンド社) です。この本は,6つの視点から意思決定について論じていました。6つの視点とは,「的確な考え方のフレーム設定」「創造的かつ実行可能な戦略代替案」「有用かつ信頼性の高い情報」「明確な価値判断基準」「明快かつ正しいロジック」「実行への関係者全体のコミットメント(やる気・覚悟・決意)」で,これで章立てられています。要は,「「的確なフレーム」の中で「創造的かつ実行可能な戦略代替案」を検討し,「不確実性を的確にあつかった有用かつ信頼性の高い情報」を用い,「明確にされた価値判断基準」に照らして,論理的に最も良い戦略代替案を選択する」(p.21)ということのようです。
私にとっては全体的にわかりにくい本で,たとえば「明快かつ正しいロジック」ってどんなのだろう?と思っても,「インフルエンス・ダイアグラムにより,意思決定項目と不確実要素が何か,それらの関係はどうなっているのかをはっきりさせる」(p.199)ことと,「ディシジョンツリーを使い,将来に行われる意思決定や遭遇する不確実要因を順に並べてベストな意思決定を行う」(p.209)という感じで,どうやらツールを使うようだなというのはわかるのですが,どのような考えで具体的にどうするのかは,私にはちょっとわかりにくかった,というのが印象で,それで今回は取り上げませんでした。
もう一冊は学術系の本で,『思考の技術―あいまい環境下の経営意志決定』(瀬尾, 1994 有斐閣)です。この本は,竹村(1996)に「意思決定の支援のための方法論として,代表的なものに,決定分析(decision analysis)のの考えがある(Keeney & Raiffa, 1976; 瀬尾, 1994)」とあったので買ってみたのですが,経済学者が書いた数式いっぱいの本で,私にはなかなか理解の難しい本でした。
ただ,そのような意思決定の理論だの数式だのが必要になってくるのは,情報の不完全性(あいまいさ,複雑さ,細分化など)や人間の知覚能力の限界から来ているのだなあという程度のことは分かりました。
もちろん他にも,意思決定関連本はたくさんあるのですが,見た感じ,「ビジネス系ロジカル・シンキング本」のニオイのするものは,とりあえず避けました(著者名,目次,同著者の他著などを見て)。もっとも,「意思決定」の世界を徹底的に極めようと思っているわけではなく,ちょっとこの世界の概略が知りたいなあというぐらいですので,あまり幅広く探索したわけではないんですけどね。ま,私なりに概略的なもののごく一部が見え,私なりに整理できたかな,と感じたので,とりあえずこれはここで打ち切ろうと思っています。
それにしてもこの問題は,ここしらばく行き詰まって考えがまとまらなかったのですが,自分なりにブログ上にまとめてみると,それまでは茫漠としてつかみ所がないと感じていたことについて,それなりに見えてくるものだなあと,改めてブログの効力を感じました。それにしてもこれって何なのでしょうね。断片でもいいからとりあえず書けるとか,気持ち的にそれなりに読者への語りかけを意識しやすいというところなのでしょうか。
2011-04-24
■[概念][ビジネス系]意思決定について(6)−建設的な対立と合意を生み出す
前回,「探求型の意思決定」を紹介しましたが,ではそれは具体的にはどのように行えばいいのでしょう。そのことについては,『決断の本質』にありましたので紹介します。なおこの本は,たまたまアマゾンで買ったのですが,著者は,前回紹介した「プロセス重視の意思決定マネジメント」を書いた人でした。内容はとても素晴らしく,もし私が意思決定関連本を誰かに1冊だけ紹介するとしたら,迷わず本書を紹介したいと思います。それぐらい素晴らしい本でした。
決断の本質 プロセス志向の意思決定マネジメント (ウォートン経営戦略シリーズ)
- 作者: マイケル・A・ロベルト,スカイライトコンサルティング
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2006/07/24
- メディア: 単行本
- クリック: 15回
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まずはこの本の概要からまとめておきましょう。この本で目指されている意思決定は,次のようなものです。
私は本書で,意思決定プロセスの質を高めるためにリーダーは二つの方法を用いるべきだと提言する。
まず,リーダーは批判的かつ発展的な思考のレベルを高めるために,建設的な意見の対立を助成すると同時に,決定事項を適切なタイミングで効果的に実行させるためのコンセンサスを築かなければならない。(p.17)
すなわち,
- 「批判的」かつ「発展的」な思考のレベルを高めること
- そのための「意見の対立」の奨励と「コンセンサス」の形成
ということで,以下,意見の対立とコンセンサスについて述べられています。
まずは「建設的な意見の対立」です。これを実現するのはなかなか難しいわけですが,それは,「率直な対話を妨げる壁」が存在するからだといいます。その壁には,構造的,組織レベルの壁と,組織文化に根付いた,人々の考え方や常識レベルの壁があります。
前者は,組織構造を単純にし,役割を明確にし,情報が自由に流れやすくすることで壊すことができます。
後者を壊すには,要するに自分たちの持っている前提や常識を相対化でき,そこから自由になれるような手だてが必要です。たとえば他人の立場に立つよう求めるロールプレイ,将来をシミュレーションするシナリオ分析,「悪魔の代弁者」を置くなどの方法があり,状況や人によってどれが効果的かは異なります。
そして,そのようにして生じた対立を建設的なものにするために,討議前にはルールや役割を明らかにしておき,討議中には自分の意見に固執するようなメンバーのものの見方を変えるような働きかけが必要となります。そのためには「好奇心を全面に出した質問」が有効だといいます*1。また討議後には,反省を促して教訓を得ることが大事です。
次に「コンセンサス」です。これもなかなか難しいわけですが,それを阻害する文化として「イエスの文化」「ノーの文化」「おそらくの文化」が紹介されています。
イエスの文化というのは,会議の場では案にも言わないため,一見コンセンサスが取れたように見えますが,しかしそれはうわべだけにすぎず,会議室を出ると懸念や反対を表明して決定を覆す,という文化です。
ノーの文化とは,事あるごとに反対意見を述べる人がいてコンセンサスに至らないという文化です。そうするのは,「肯定的な意見を述べるよりも批判を展開するほうが,自分の知性に対する他人の印象を強められる」(p.209)からのようです。これは一見,悪魔の代弁者に似ていますが,率直で建設的な対話が妨げられるという意味で,別物です*2。
おそらくの文化は,て意思決定プロセスの進行が遅くなってでも,膨大なデータを集めて分析をし,さまざまな事態を検討しようとする文化です。
そうならないためには,第一に,意思決定プロセスが公正なものだと人々が感じている必要があります。公正な意思決定とは,自分の意見を述べたり話し合ったりする機会が十分にあり,裏工作などがなくプロセスが透明であり,リーダーが意見を注意深く聞いて慎重に検討してくれたと思え,最終決定の根拠が明快に理解できる意思決定です。一言で言うと,リーダーが「他人の意見を本当に尊重している姿勢をはっきりと見せること」(p.235)です。
また,意思決定プロセスとしては,複雑な問題を小さな問題に分割し,その途上,随所で中間的な合意をつくりあげ,それを積み重ねることで最終合意に至ることが有効なようです。すなわち,討論と着地点の発見が交互に行う(p.271)わけです。そうすることで,小さな成功が得られ,対立関係の中にも共通の利害があることに気づき,協調関係を作るのに役立つからです。
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さて,本書の要点を整理するのにけっこうなスペースを使ってしまいましたが*3,ここで一つ,本書を通して私が考えたことを書いておきましょう。
前回,「主張型の意思決定」と「探求型の意思決定」の2つがある,と『意思決定の技術』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部編 2006 ダイヤモンド社)にあることを紹介しました。が,本書を読むと,この2つだけではないんじゃないの?という気がしました。
そのことを考えているうちに,本書の冒頭にあった「「批判的」かつ「発展的」な思考のレベルを高める」という記述が,この点を理解する上で役立つ気がしました。ただし,「発展的」というのは「建設的」と言った方がよさそうに思いましたので,批判的(あり・なし)×建設的(あり・なし)というマトリックスを考えてみました。
| 建設的 | 非建設的 | |
| 批判的 | A | B |
| 無批判的 | C | D |
こうやってみたとき,探求型の意思決定はAです(批判的かつ建設的)。主張型の意思決定はBです(批判的だが建設的ではない)。上述の「ノーの文化」「おそらくの文化」もここに入りますね。「イエスの文化」も,後で決定が覆るのであればここでしょう*4。
ではC(建設的だが無批判的)は何か。まあこれは,「建設的」という語をどう定義するかにもよりますが,「どういう形であれ結論が出ること」とみなすなら,対立のない意思決定ということになるかと思います。対して議論することなく,形式だけ会議を開いて予定の結論でさっさと済んでしまうような意思決定でしょうか。
Dは,批判もなく建設的でもない(結論が出ない)ということなので,これに当たるものはないかもしれません。
このように意思決定のあり方を3つに類型化したうえで,BやCに陥ることなくAを目指すのが探求型の意思決定だとすると,なるほど確かに難しいことだといえますし,しかしリーダーが適切に働きかけ,組織の文化や個人の考え方の変容を促しながら適切な意思決定プロセスに導いていくということは,おそらく実りの多い,やりがいのあることなのだろうと思います。
なお筆者はハーバード・ビジネススクールで教えているわけですが,ビジネススクールにおけるケーススタディでも目指しているところは一緒で,答えを教えるのではなく,クラスの中で意見の対立を生みだし,中間合意を積み重ねて最終的な原則や仮説を皆のコンセンサスのもとに作り上げていくのだそうです。このくだりを読んだときはちょっと感動しました。
2011-04-23
■[概念][ビジネス系]意思決定について(5)−プロセスとしての意思決定
すっかり間が空いてしまいました。この間に東日本大震災が起き*1,また私的にも大きな出来事がありました。が,そろそろ考えを続けていこうという気になりましたので書きます。
前回,「ビジネス系意思決定論と学術系意思決定論の違い」ということを書きました。実はこの点は,何となくそうかなあ,と感じはしたものの,でも本当にそういう理解でいいのかなあ,と整理できずに悶々としていました。
でも,『意思決定の技術』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部編 2006 ダイヤモンド社)を読んで,整理できたような気がしました。*2
意思決定の技術 (Harvard Business Review Anthology)
- 作者: DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2006/01/27
- メディア: 単行本
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この本は,『ハーバード・ビジネス・レビュー』というハーバード・ビジネススクールの機関誌に載せられた論考が8編載せられた本です。その中に,「プロセス重視の意思決定マネジメント」というものがありました。著者はハーバード・ビジネススクールの教授2名です。そこに,上記のような考え方が載っていて,得心した次第です。それと関わる記述を,導入部分から引用しておきましょう。
経営者が,代替案に不足し,なおかつ現時点での選択が最良のものであるという確証を持たないまま,実際に意思決定を行うことは,日常茶飯事なのである。
我々が数年間にわたって調査を続けた結果は,リーダーの意思決定に誤りがあったケースが大半を占めている。
なぜか。一般的に,意思決定がイベント──独立した選択決定という一つの行為──としてとらえられているからだ。机に向かっている最中や,ミーティングで進行役を務めている時や,スプレッド・シートをにらんでいる間などの,ある一時点で意思決定は行われるものだと。
(中略)
ところが,このようなやり方では,社会や組織といった,スケールの大きい観点を見落としがちになってしまう。しかもこれが最終的に,意思決定の成否を決定してしまうのだ。
実際,意思決定というイベントは存在しない。意思決定とはプロセスで捉えられるものであり,週や月単位でなく,何年という年月にわたることすらある。
(中略)
我々の調査結果では,意思決定に優れたリーダーと,そうでないリーダーの相違は顕著に表れていた。前者は,意思決定をプロセスの視点で捉え,それに合わせて明確にプロセスを設計して,マネジメントする。一方,後者の場合,意思決定とは,独自にコントロールできるイベントであるとの空想をぬぐい切れていない。(pp.3-4)
「意思決定は一時点でのイベントではなく,プロセスである」ということです。なるほど,という感じがします。ただしここでいうプロセスが具体的に何を指すのかは,本論考では明確に述べられていません。
そこでここからは私見なのですが,筆者らが述べているプロセスには2つのものがあるように思います。一つは,「意思決定前後を含めた長期プロセス」です。意思決定前の「問題発見」や「目的・目標設定」から始まり,決定後の実行や修正・再決定なども含めた長期のプロセスです。そう考えたのは,上記引用でも週・月・年のことが書かれていますので。また,上記引用では省略した部分に「組織の歴史」のことが書かれていたり「実行時のサポート」のことが書かれていることから,意思決定前後の相当広い範囲のことを言っているんだろうなと思いました。そして,ビジネス系意思決定(『意思決定入門』,KT法など)から受ける「プロセス重視」のことは,上記引用の記述によって腑に落ちた,という次第です。
ただし本論考では実は,そういう長期プロセスの話が重視されているわけではありません。そうではなく,「会議の場での討議・決定プロセス」が重視されています。これは基本的には1日のうちの数時間の話でしょうから,上の「意思決定前後を含めた長期プロセス」とは別の話だろうと思います。そしてこの論考では,導入以降の25ページの間,基本的に,会議での話し合いによる意思決定について書かれています。
筆者らは,そのような場での意思決定には,次の2つのアプローチがあると述べています。
- 主張型(競争による問題解決)……競合する者同士の力試しによって,優れた解決策が生まれるとの前提に立つ(p.7)
- 探求型(共同作業による問題解決)……当事者同士が競い合うのではなく,アイデアの純粋な力試しが,完璧な解決策を生むという前提によって支えられている(p.8)
主張型は「競争」ですから,他人を説得し,自分を防御するために議論がなされます。それに対して探求型は,「共同」(協同)で代替案をオープンに考え,建設的批判を受け入れ,バランスの取れた議論を通して案を検証し評価するという形で,最善策に向けて共同作業が進められます。
この2つのアプローチが本論考では一覧表で比較されているのですが,「参加者の役割」の欄が私にとっては興味深いものでした。主張型における参加者は「スポークスマン」です。それに対して探求型における参加者は「クリティカル・シンカー」だというのです。そこと関わる記述を引用しておきます。
探求型のプロセスにおいては,意見の相違を抑制せず,クリティカル・シンキング(論理的思考)を促す。参加者だれもが,自由に代替案を提案し,いったん議場に挙がった意見に対しては,厳しい質問をぶつけてもかまわない。(p.8)
そのためには,建設的対立(感情的でない対立)を奨励し,意思決定プロセスの公正さを保証し,隠れた不満や少数意見を議論に活かしつつも適切なタイミングで議論を終了させる必要があります。
また,意思決定の成否は最終的には実行結果を見ないと何とも言えないわけですが,しかしプロセスを次のような観点で見ることで,ある程度の評価が可能と述べています。
- 代替案が豊富にある
- 前提事項が検証されている
- 基準の定義が確立している
- 反対意見が出され,議論がそれに続く
- 公正さが認知されている
これも納得ですね。そして,ここで論じられている探求型の意思決定とは,最近たとえば「会議ファシリテーション」とか「合意形成型会議」と言われているようなものといえそうです。そういったものを,「プロセスの意思決定」として見直せたという意味でも,またその中でのクリティカル・シンキング(批判的思考)の役割が見えたという点でも,興味深い論考でした。
なおこれ以外の論考も,半分以上は興味深いものでした。たとえば「直観」を元に問題を再定義した事例が紹介されていたり*3,組織の実行力を高めるための「対話」の重要性について書かれていたり,決定後の試行錯誤について「自在流意思決定」という言葉で語られていたり,となかなか示唆を受けることの多い本だったと思います。
2011-03-11
■[概念][ビジネス系]意思決定について(4)−KT法
昨日紹介した『意思決定入門』のベースになっているKT法について知るために,『新・管理者の判断力─ラショナル・マネージャー』(ケプナー&トリゴー 1985 産能大学出版部)を読んでみました。
- 作者: C.H.ケプナー,B.B.トリゴー,上野一郎
- 出版社/メーカー: 産能大出版部
- 発売日: 1985/02/15
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てっきり意思決定についての本だろうと思っていたのですが,違っていました。確かに出発点は「意思決定」のようです。しかしそれは単なる出発点だったということが,本書の序文に書かれており,非常に興味深いので引用しておきます。
1957年,われわれは,「ランド・コーポレーション」で社会科学の研究に携わっていた。この研究を進めるうちに,政府機関や民間企業で行われている意思決定がどれもこれもあやしげだったり,出たらめだったりするという事実を目のあたりにした。どうしてそんなお粗末な決定が行われるのか。不思議に思って,その経緯を調べてみると,利用できる重要な情報があるのに,それをなおざりにしたり,よく考えなかったり,検討に注意を欠いたりしたからだということがわかった。
(中略)
われわれは,当時,「意思決定」とか「問題解決」と呼ばれていた文献を調べてみたが,どれもこれも役に立ちそうなものはなかった。そこで,実務の場に立ち返って,実際に仕事をしている管理者と話し合ったり,彼らを観察したりしてみた結果,少しずつ分かり始めたのである。(pp. iii-iv)
そこで分かったのは,必要な思考の型と手順(ラショナル・プロセス)に4つの異なるものがあることだったようで,それがKT法の核となっています。その4つとは以下のものです。
- 問題分析(原因究明)……「どうしてそうなったのか?」
- 決定分析(選択決定)……「どういう処置をとればよいのか?」
- 潜在的問題分析(将来の出来事とその影響の予測)……「将来どんなことが起こりそうか?」
- 状況把握(状況分析)……「何が起こっているのか?」
この中の問題分析は,要は「一致と差異の併用法」を用いてシステマティックに原因を調べるという感じです。
決定分析は,要するに意思決定です。
潜在的問題分析は,実行中に生じうる危険性を考え,危険防止の予防策や緊急時の対応策を考える,という感じです。
状況把握は,現在生じている問題や自分の関心事に合わせて,これら3つをどう適用するかを考える,という感じです。
私の目下の興味である「意思決定」(決定分析)については,次のようなプロセスで行うのが合理的ということのようです。
- 「決定ステートメント」の作成
- 「何の目的で」「何を」「いかにして」
- 目標を設定する
- 目標とは,決定を行う基準のこと
- 目標を分類する
- 絶対に必要な目標(絶対目標:MUST)
- 望ましい目標(希望目標:WANT)…複数の希望目標を,重要度によって重みづけをする
- 代替案を作成する
- 複数の候補案を作る
- 候補案が1つしかない場合は,その適否を検討することになる
- それぞれの案を比較し選択する
- 絶対目標を満たしていないものは却下
- それぞれの希望目標について,各案を点数化
- 各案の重みづけされた点数を計算し,暫定案を選択
- マイナス影響(リスク要因)を予測して暫定案を再評価し,最終決定
きわめてシステマティックに考えられているので,これがきちんとできれば,よりよい意思決定が可能だろうなという感じはしますし,あるいはうまくいかなかった意思決定を分析する枠組としても使えそうな感じはします。
一方で,学術系意思決定本*1である『すぐれた意思決定』(印南一路 1997 中央公論新社)には,次のように書かれています*2。
これは,情報の不確実性や不完全性,人間の情報処理能力の限界から言われているようです。だからといって「使えない」という言い方は極端だと思います。というのはKT法でいうなら,実際の現場観察やインタビューから問題を見いだしていますし,また実際に企業を相手に経営コンサルティングを行ってそれなりに指導実績を挙げているはずですから*3。でも少なくとも,こうすればうまくいくとか,このようにきれいに流れる,というわけではないということだろうと思います。
ではそのようにきれいに流れるとは限らないときにどのように考えるか。たとえばKT法では「状況分析」がありますので,状況を見ながらその都度,問題分析だの決定分析だの潜在的問題分析を繰り返すということなのだろうと思います。そしてこのような点が,ビジネス系意思決定論と学術系意思決定論の違いのような感じがします。そのことはまた明日書こうと思っています。
*1:とても平易に書かれてはいますが
*2:この本についての私の読書記録はhttp://www.cc.u-ryukyu.ac.jp/~michita/reading/2001-01a.html#innami97にあります
*3:それに加えて,印南(1997)で最終的に挙げられている意思決定の考え方も,結局は伝統的なフレームに収まっている,ということもあり,「極端」だなあと感じました
2011-03-10
■[概念][ビジネス系]意思決定について(3)−意思決定における目的・目標の重要性
昨日紹介した『意思決定入門』(中島 一 1990 日経文庫)の第二版である『意思決定入門』(中島 一 2009 日経文庫)は,ほぼ原型をとどめない大幅改訂がなされており,私が初版に感じていた問題がいくつか解消されていました。
- 作者: 中島一
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2009/05
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まずこの本では意思決定を,「案を考え選択し実行する行為」(p.15)と,きちんと定義されていました。きちんと,というのは「選択」が明示されたということですね。でもそれだけでなく「実行する」ところまで入れるところが,単に選択・決定に焦点を当てる学術系の議論とは違うビジネス系,という感じという気もしますし,ちょっとそれは意思決定からはみ出しているんじゃないの?という感じもしますが……。
また本書では,(驚いたことに)意思決定と問題解決の関係についても触れられていました。それは「意思決定論の開祖といわれるロバート・サイモン」(p.22)の考えの紹介で*1,問題解決のサイクルを「問題発見→問題認識→設計→選択→実施→評価」と捉え,その中の「問題認識→設計→選択」を意思決定として位置づけたというものです(p.42)。意思決定を,問題解決の中の一部分(決定と関わる部分)と位置づけるのであれば,よくわかります。
さらに,第一版では触れられていなかった「最適案の選択」についても,本書では触れられています。それは要するに,絶対条件としての目標をクリアしている案の中から,その他の目標の達成度合いを数値化して比較する,という,まあオーソドックスなものです。それに加えて,リスクの評価をして,最終的な案を選択します*2。なお,この「最適案の選択」については,4ページ程度の扱いですので,やはり筆者がさほど重視していないようです。
なお,「最適案の選択」の節の最後に,次のような記述があることからも,筆者は単なる選択だけでなく,「実行する」ところまで視野に入れたいのだという事が分かります*3。
案が決まったからということで安心はできません。案の採択は,目的に向かう進路決定にすぎないということを忘れないようにしましょう。決定の後には,より困難が伴う実行が待っているのです。(p.94)
あと,筆者が第一版から重視・強調している「目的・目標の設定」*4についても,本書で少し理解が進みました。それはたとえば,次のように書かれています。
何でこんな誰にでもわかる幼稚な選択をしたのか,実行された案の選択に至った過程を分析してみると,意思決定の要所を安易に見落としていることがわかります。その多くは,目標の設定の貧弱さに帰結するのです。必要な目標に気が付かなかった,気付いていたけど誰かが意図的に目標から落とした,目標の軽視がもたらすリスクの大きさを見誤った,などです。(p.81)
なぜ目標設定が貧弱になるのか。人は,目的・目標からではなく,案から考える習性がある,と筆者は述べています*5。会議の場などでよく,ああした方がいい,こうした方がいい,あのやり方はだめだ,このやり方はよくない,というだけの話になることは少なくないと思いますが,どの案がいいかは,どんな目的・目標を目指しているかによって変わってくるわけですから,このレベルで話を続けているのは,たいていの場合,不毛です。そこで筆者は次のように提案しています。
そのような時には,じっと我慢して,皆の意見をノートに整理して,目的−目標を自分で黙々と整理していることが大切です。皆さんの挙げてくれるメリット・デメリットは,いずれも,ある特定の目標に対する推薦案の特徴にしかすぎないことがわかります。(p.132)
そこで目標を整理し,目的(=この決定から得たい最終成果)を共通確認し,目標(=選択基準)を明らかにしたうえでそれぞれの案を評価しましょう,と筆者は述べています。
確かに,目的は各自で暗黙に想定したうえで案のレベルで議論を続けてしまい,土台がずれているために議論が平行線になることは,日常の議論をみても少なくないなあと思いました。それに気付いたときには私も,目的・目標や基準の整理をするようにしているのですが,それが筆者が第一版から言っていた「意思決定における目的・目標の重要性」ということなんだなあと,本書でようやく納得した次第です。
*1:たぶん,1979年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンの間違いだろうと思います
*2:このやり方はKT法のやり方そのもので,KT法については,また後日触れようと思っています
*3:この考えは,上に挙げた筆者の意思決定の定義には沿っているわけですが,サイモンのいう意思決定の範囲からははみ出しているわけで,それならいっそ本書の書名を「意思決定」より広いものにしたらよさそうなものなのに,と思いました
*4:本書でも,「目的良ければすべて良し,と言われるくらいに目的の選択は大切です」(p.74)と強調しています
*5:ちなみに筆者は,「目標設定が貧弱になる」理由として,人間の習性を述べているわけではありません。ここは私がつなげて解釈してそう書いたわけですが,この論じ方では「なぜそうなるかというと,そういう習性を持っているからだ」という言い方になってしまい,何も説明していないのと同じになるので,あまり美しくはないのですが,一方で,「人ってよくそうしてしまうよなあ」という日常の実感があるので,ここでは私なりにあえてつなげてみました
2011-03-09
■[概念][ビジネス系]意思決定について(2)−『意思決定入門』(中島, 1990)
昨日,「ビジネス系の意思決定関連本で,決定部分についてはほとんど焦点が当たっていないものもある」と書きましたが,それは,『意思決定入門』(中島 一 1990 日経文庫)を念頭に置いていました。
この本の筆者は,ケプナー・トリゴー(日本)株式会社の社長のようで(執筆当時),ケプナー・トリゴー法(KT法)なるやり方をベースに書かれているようです。KT法についてはまた後日触れるとして,本書の概要や特徴をごく簡単に見てみましょう。
この本では,意思決定のプロセスを,次のように考えています。
- 目的の設定
- 目標の設定
- 案の創出
- 案のリスク予測と修正補強
- 結論の選択
このうち「(4)案のリスク予測と修正補強」は,意思決定ならでは,という感じがします。しかしこの本では,「(5)結論の選択」をいかに行うか,ということについてはまったく述べられていません。その証拠に,第4章(意思決定の手法)の節立てをみると,次のようになっています。
- 「目的」とは
- 意思決定における「目標」とは
- 「案」とは
- リスクを想定した案の改善
- 実行段階での案の改善
上の「意思決定のプロセス」と対応させてみると,見事に「結論の選択」(=意思決定の中核部分)が抜けていることがわかります。その理由は,1つには筆者が「決定の難しさ」への意識が弱かったのだろうとは思いますが,もう一つには,ビジネス系意思決定では,決定部分だけでなく,その前後を含めたプロセスが大事そうだということが考えられそうです。その点についてはまた後日書くつもりです。
ではこの本では何が重視されているかというと,「目的の設定」のようで,筆者は「特に意思決定プロセスについては「目的」と「目標」の役割について強調しましたが,ここが本書の最大の狙いであり……」(p.27)と述べています。また,情報収集や,発想を生み出すことなどについては結構触れられており,全体的な印象としては,意思決定の本というよりは,「ビジネス系問題解決の本」という感じです。
……ということを,まずは書こうと思って,昨日の記事を書き終えて,生協食堂に行ったついでに書籍部を見てきたら,なんと日経文庫が置いてあり(ちょっと前まで置いてなかったのに),しかも,数冊しか置かれていない中に,この本の第二版がありました。第二版があるのは知っていたのですが,あまり大きな改訂がなされていないケースもけっこうあるので,買うのは躊躇していたのです。しかし見てみると,全くといっていいほど内容が変わっている大改訂でした。ということで慌てて買って読んでみたので,次はこれについて書く予定です。
2011-03-08
■[概念][ビジネス系]意思決定について(1)
最近,「意思決定」というものを自分の中で位置づけようと考えているのですが,なかなか考えがまとまらないので,久々にこの場をメモ代わりに書いていきたいと思います。
まず確実にいえるのは,「意思決定(decision making)とは,ある複数の選択肢(alternative)の中から,1つあるいはいくつかの選択肢を採択すること」*1だということです。これは,意志「決定」ということばの意味から考えても,問題ない部分でしょう。
次に言えそうなのは,意思決定は学問的には経営学や心理学などで研究されているようですが,そこで主に焦点が当たっているのは,やはり「選択・決定」部分だということです。たとえば,どのように決定するのが合理的な意思決定になるのかという規範的な研究,人はどのように意思決定をしているのかという記述的な研究,情報の複雑性や不確実性・人間の認知能力の限界から,そもそも合理的な意思決定はきわめて難しいのだとする研究,あるいは過去の事例から,いかに不合理な決定がなされたのかを検討する事例研究などがあるようです(もっと他にもあるのでしょうが,あまり詳しくないので……)。
そしてもう一つ言えるんじゃないかなと思っているのは,意思決定関連本はビジネス系のものが多いのですが,決定部分に焦点を当てている本はあまりないのではないかということです。意思決定前後の,目的・目標設定から,決定後(実行中)のプランの改善まで,意思決定を,一連のプロセスとして捉えているような気がします。なかには,意思決定の中核に位置するはずの選択・決定部分についてはほとんど焦点が当たっていないものもあるようです。
とりあえずはこのようにまとめてみたうえで,手持ちの意思決定本について,検討していきたいと思っています(時間と気力が続くといいのですが,久々のブログということもあって,どうなることやら……)。
2010-06-29
■[misc]考えるために重要なこと
先日,「パワーポイントの弊害、米軍大将らが指摘」という記事を書いた。記事を書いたと言っても,他のwebページの記事を引用(というかクリッピング)しただけなのだが。
そうしたところ,コメントがつけられていた。私自身,ちょっと前まで忙しく,このページを更新するどころか,見る(精神的)余裕もなく,今日発見した。コメントをつけてくださったdolittleさん,レスもなく,どうもすみませんでした。
dolittleさんのコメントが別記事につけられていることもあり,改めてここに,dolittleさんのコメントを再掲させていただく。
初めまして。dolittleと申します。この話、分かるような気がします。パワーポイントで説明されると「分かった気になる」「分かった気にならなければいけない」という雰囲気になります。また、パワーポイントが出始めの頃は、少数の使える人に入力作業が集中し、「パワーポインター」と呼ばれていました。考えるためには何が重要なんでしょう?
最後に,「考えるためには何が重要なんでしょう?」という問いをいただいた。あ,そういえば何なんだろう.........とけっこう考え込んでしまった。しばらくして気づいた。私は今,けっこう考えているわけで,今ここで起きていることにヒントがあるんじゃないかと。
要はこういうことではないだろうか。パワーポイントをつくってプレゼンをした。聴衆のなかには,「わかったつもり」になっている人もいるだろう。でも逆に,疑問を持っている人もいるだろう。その意見なり疑問なりを出してもらうことで,今度はプレゼンター(あるいはパワーポインター)の「わかったつもり」が照射される。
つまり,考えるために重要なのは,「対話の場をつくる」ことだと思う。悪いのはパワーポイントそのものではない。それを契機に対話の場が作られれば,「議論、そして思慮深い意思決定を阻害」することは起きない。逆に対話の場がなければ,パワーポイントがなくても(口頭のプレゼンだろうが,配付資料を使ったプレゼンだろうが),議論や思慮深い意思決定は生まれないだろう。
付け加えるならば,対話の時間が用意されていればいいというだけではだめだろう。素朴に思ったことや感じた疑問を自由に口に出せるという雰囲気(というか文化)がないと,dolittleさんがおっしゃるように,「分かった気にならなければいけない」という雰囲気に負けて,対話は起きないだろう。
...なんてことを考えるきっかけを与えてくださったdolittleさん,どうもありがとうございました。
2010-04-30
■[misc][link]「パワーポイントの弊害、米軍大将らが指摘」
スラッシュドット・ジャパンに,米軍でパワーポイントの弊害を指摘する声が上がっている,という記事がありました(http://slashdot.jp/it/article.pl?sid=10/04/30/0143243)。
元記事は,New York Timesのようです(http://www.nytimes.com/2010/04/27/world/27powerpoint.html?hp)
そこに批判的思考の話が出てきたので,クリップしました。
他の指揮官からもパワーポイントはクリティカル・シンキングや議論、そして思慮深い意思決定を阻害するとの声が挙がっているそうだ。
情報を,わかりやすく単純化して説明することで,分かったつもりになるというのが問題なのでしょうね。
もっともその逆に,情報の本質を的確に捉えないために起きる弊害もあるのだろうとは思うのですが。

