穏やかな秋の日和に

このところ一週間ほど雲一つない碧空の日が続いています。
朝夕の気温はとても冷たくなって、ベットから出るのには
ちょっと根性が要りますけれど。
夏の間の5時起きが、今や5時半、時々言い訳を付けて6時になったり。
5時半起きならば、朝食前にヨガが出来ますけれど、
6時起きになってしまった日は、朝食後に体操ということになります。
結果予定は大狂い、何かを端折って予定をこなすことも多々ありです。


秋はイヴェントフル、日にちが、あれよあれよと通り過ぎて、
気が付けばもう月半ばです。
最近は七夕様のように年一回の逢瀬(?)を楽しむ会が多くなりました。
集まる仲間が今や殆ど現役を退いていますから、
会う時間も昼食をはさんで3時頃までというのが相場です。


そうした会の一つ「オクトパスの会」、蛸の会ではありません。
夫たちの仲間8人で活動していたのが名前の由来です。
8×2=16が今は14となり、
一組は地方に根を下ろして、そこから動かなくなりましたから、
今や顔ぶれは12名と定まって、余程のことが無ければ皆勤、
みなの心の拠り所にもなっているようです。
元気が当たり前ではなくなってきている昨今、
みなの顔が揃えば、それで満足、安堵して健康を祝して乾杯です。


仕事の話が殆ど無くなって、話題は健康、家族、趣味といったところ、
そうそう想い出話も多くなりました。
若かった頃の、傍若無人な行動も今は唯懐かしく微笑ましい。
それを共有できる仲間を、今は何より貴重な存在に思います。
傲慢だった若い頃には想像も付かなかった変化が、
年齢を重ねる毎に、皆それぞれの上に顕われているのを目の当たりにします。
自分を含めて、なるべく長く健やかにあって
友人たちとの出会いや、自分の世界を楽しみたいものです。


週末 22日には、息子の車で、奥多摩までキノコ狩り(買い)に
出かけました。
文句なしの上天気、車の中は暑いくらいの陽射しです。
奥多摩の前にちょっと回り道をして、
秋川渓谷にある小さなレストランに寄りました。
ボストンの郊外でよく見かけた木肌をそのまま出した素朴なコテージ、
手作りのような素朴なみやげものが並んでいる渓谷沿いの店、


ここのビーフシチューがお目当てです。
4年前、元気だった頬と一緒に訪れて、
母も私もすっかり気に入った一品です。懐かしい味でした。
続きに道の駅「たばやま」で、
青々した葉っぱ付き巨大大根、漬物、山葵、 山女甘露煮、地元の濁り酒、
更に山梨に向かって山道をトコトコ、道端の掘立小屋で
自然薯と天然きのこ、掘りたて牛蒡と山の幸を大量に仕込んだのでした。
暮れかかる奥多摩湖の紅葉を見ながら、帰路についたのは夕方4時


週末とて道の混雑は必定、息子が知恵を絞って道選び、
上野原に出て中央高速→圏央道相模原愛川→高尾を通過して町田まで、
選択は見事に的を得て、夕刻の混雑を潜り抜けました。
夕食は勿論きのこ鍋、味も香りも濃厚でした。


その翌日はお墓参り、天候は言うこと無し。
日曜の朝とて、道の状況も良好、渋滞知らずで往復できました。
暖かな秋日和、父も母も夫も寛いでいたことでしょう。
参った私達も穏やかな思いで時を過ごしました。
霊園の秋は早く、ハナミズキもドウダンももう葉を落として、


山の木々は晩秋のやわらかい茶色に変っていました。
厳しい冬の前のひととき
ここ数日の陽射しのぬくもりは、天からの恵のように
私達の心をやさしく包んでくれたのでした。