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2017-03-19

最近のこと

私の発言について北条さんのブログでも指摘された件について、気づいてすぐにツイッターで言及したのですがその後に思ったことが整理できるようになったので書こうと思います。

この件についての発端は、北条さんの「存在自体がムカつかれる女」という言葉を見て、そこから考えたことをツイートしたことにあります。

そこで考えたことは、「存在自体が」ムカつくということは、行動やツイートなどで今まで自分が表したことやコミュニケーションが原因ではないということにとれるけれど、そんなことは一般的にあり得るのだろうかということでした。

存在自体が問題だとすると、自分の意思では変えようがないことになってしまい、疑問も晴れることはありません。でも私はほかに理由があるかもしれないと考えました。それは、別に具体的なことではなく、誰にだって、なんの理由もなくむかつくということは、言葉の上ではあっても、実際にはあまりないのではないかということです。

また、なぜ、名前を書いてないかというと、そうは見えなかったかもしれませんが、北条さんのことだけを書いたつもりではなかったからです。

名前を書いていないからこそ、その次の部分には、私が実際にあった、同じように、「存在自体」で嫌われているという知り合いの話に変わります。ここで、たぶんごっちゃになって誤解させたところがあると思います。

そして最後に「なぜ嫌われたがる」と書いたのですが、これは補足すると、「なぜ嫌われているという自分の状態をあえて人に知らせようとしてしまうのだろう」というのが正しい意味になるかと思います。

この部分については、実際の知人から、「私もそういうことを言ってしまいがちなので、ちょっと気になった」と言われたので、私の中に、そういうことに対する偏見があるのかなとも思いました。

また、「嫌われているという自分の状態をあえて人に知らせようとしてしまう」ような人について、そこからフォロワーの方との雑談もしていますので、そういう私のツイートが、ごっちゃになって、結果北条さんだけのことを言っているようにとられて不快にさせたのではないかとも、これも素直に思います。

そして、今日このブログを書いたのは、北条さんのことだけを考えて書いたのではありません。この後、文章を書いていく上で、「女性でなんで嫌われているアピールをするんだろう?」という種類の疑問が、自分の単なるミソジニーであったら、自分が文章を書きにくくなるだろうなと思ったためです。そのことについては、一度、自分の偏見であったのではないかと振り返っておきたかったのです。

またそれは、北条さんに対してだけではなく、「自分もそういうことがある」と思われた人がいたら、そのすべての人に対しても伝えておきたいという意味があります。だから、ツイッターにも「フェミニストの風上にもおけないのではないか」と書いたのです。これも、正直な気持ちです。

ただ、この件に関しては、単なる一方的なミソジニーと片付けられるものでもないと思います。私は、その知り合いの女性の話を思い出し、「私、嫌われる」のと(実際には彼女は「私、魔性って言われて嫌われるの」と言っていましが)言っている彼女は、派遣のみんなの間でさほど嫌われてもおらず、けっこうコミュニケーションもしていたので、そこまで「嫌われてる」って言わなくてもいいのになんでだろうという趣旨のツイートをしています。ここでは、もう完全に北条さんの話からは離れてます

この一連の流れをリツイートした上で、パプリカさんが<「女同士って怖いよねー」って女で和気あいあいしてる時いつも心の中で『え?ここは?この集まりは?ここも女同士だけどあんたすごく楽しそうにしてんじゃん今』と心の中で思う>とツイートしていたことを読んで、私も同じ気持ちだと理解しました。つまり、女同士のコミュニケーションをなれ合いとみなし拒絶することにもミソジニーを感じることはあるし、それを聞かされると、それを聞いたこちらも悲しい気持ちにはなるということです。女子会という言葉自体に拒否感を持っているような発言にも同じようなことを感じます。

ただここの部分は、さっきも言ったように、本当に北条さんがどうこうということからは離れた一般的な話になっていますので、本当に誤解しないでくださいね。

どこから見るか、どういう状況かでも、単に判断することができないことは、フェミニズムに限らずあると思いますので、これが答えというわけではなく、またおおいおい考えたいと思います。

私は、文章では意図を説明できるほうですが、しゃべるとなると、思っていることを理路整然とまとめられないところがありますし、そういう指摘も実際にうけます。また、心理状態によっても、うまくしゃべれなくなることがあります。そのことによって、余計に誤解させてしまうことがあるかと思いますし、このような議論は特に誤解を生みやすいものかと思いますので、このブログを持って私の気持ちに変えさせていただきます。

正直なことを書くと、能町さんの真摯な行動に対しては、まったく取り合わず、また数あるツイートの中から私だけがブログで取り上げられる対象になっているのはなぜなのかという疑問はありますが、それは私が言うべきことではないのかもしれません。

また、スクリーンショットを利用されていますが、私のツイートがきっかけで、もしも第三者からの心無い意見が寄せられるのであれば、このことをことさらに取り上げないほうが、効果的ではないかとも思っていますが、それも判断は人によって違うのかもしれません。

もしかしたら、ツイートを残しておくことで、さらに広まることは迷惑になるのではないかとも考えて、ツイートを削除したほうがいいのかなと思ったのですが、かやさんがスクリーンショットで私の発言を使っているので、私は削除を依頼されない限り、ツイートを消すつもりはありません。それは、北条さんのことを書いた(半分ではありますが)ツイート拡散されればいいということではなく、証拠を消して、それで終わりとは考えていないからです。

この文章が読まれるかもわかりませんし、この文章を読まれても、納得できるということはないかもしれませんが、ずっと黙っているのも、フェアではないかもしれないと思いましたので、ここに書かせていただきます。また、能町さんのブログにあった「反論できない人を悪く言う」という言葉を見て、それは能町さんは雨宮さんに対して書かれていることだとは思いますが、ちゃんと言葉を発することができる私がそうなってはいけないと思ったことも関係しています。

また、ツイッターなとでは、今までどおりのツイートを続けると思いますし、私もすぐに次の日記を早く書きたいと思っています。

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