しゃんぶろう通信

姫川みかげ です。ミステリやSFの感想など。

「ある秘密」フィリップ・グランベール(新潮クレスト・ブックス)★★★★


ある秘密 (新潮クレスト・ブックス)

ある秘密 (新潮クレスト・ブックス)


第二次大戦下、フランスがナチに占領されていた時代、ユダヤ人の両親が「ぼく」に隠し続けていた忌まわしき「ある秘密」とは…。


昨年末、ちょろいもさんと安田ママさんに「絶対いいから!」と薦められたので、新年のトップバッターに選んだ1冊。
安全を求めて苗字の綴りまで変えて逃げ延びたフランスの地にまで迫り来るナチスの影。よくある「ナチスから逃れて…」といった物語と本書が決定的に異なるのは、単なる逃亡の恐怖や理不尽な仕打ちに対する怒りや悲しみを描くのではなく、そこに男女の痴情のもつれが絡み合うことによって思いもよらぬ悲劇が生まれ、残された者たちが永遠に消えることのない絶望と悔恨と懊悩に苛まれ続けることになる点だ。物語の中のこととはいえ、アンナ(彼女が何者かはここには書かない)のとった信じがたい「行動」を思い返すたびに、彼女の絶望の深さを思い知り、打ちのめされた気持ちになってしまう。


息子には決して語ることの出来ない(いや、両親でさえ本当の意味での真実を知らない)「ある秘密」。過剰な表現を抑え、無駄な文章を削ぎ落とした端正で怜悧な文体だからこそ、その真実の持つ重みが(主人公の苦悩が)読んでいて心の奥底にまで突き刺さってくる感じがする。


ちなみにこの作品は「高校生が選ぶゴンクール賞」受賞作とのこと。こうした優れた作品を多くの高校生が読み、もっとも優秀な作品と認めて賞まで与えてしまうフランスの高校生の意識の高さが心底うらやましい。だって、日本の高校生に同じように選ばせたら絶対「恋空」とかが受賞しそうな気がするし…。


勇気を持って過去と向き合った主人公だが、エピローグを読むかぎりでは、彼の苦悩は生きているかぎり永遠に続くと思われる。生き残った者すべての心に生涯消えぬ深い傷痕を残す戦争。その悲劇を声を荒げることなく静かに、胸に染み入るかのように語る本書は、悲しい現実をもたらす戦争の本質というものを改めて考えさせてくれる傑作だと思う。新年の最初をこんな名作でスタートできて、今年はなんか幸先いいかも。(評価:★★★★)