クマさんの日記

2017-09-23 彼岸花

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「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、きょう9月23日は二十四節気の秋分、お彼岸の中日で穏やかな日和に恵まれた。短くなってゆく昼の時間と長くなってゆく夜の時間が12時間づつになる日だ。きのう、予想した通りきょうの誕生日の花は彼岸花とラジオ深夜便は伝える。


その彼岸花が約150万本が深紅のじゅうたんを敷き詰めたように堤防を彩っている豊田市宮上町の逢妻女川の約450mの堤防両岸。場所は家から車で約5分。地元の方のボランティアで始めた彼岸花育成会。去年20周を迎えたそうだ。天気にも恵まれた休日の昼下がり、堤防は老若男女で賑やかだった。


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ネットで調べてみると、このヒガンバナっていう花は毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい花だ。有毒であるからなのか、昔はシビトバナ、ユウレイバナ、キツネノシリヌグイなど不吉な別名が多い。一節には、その毒を嫌ってモグラやネズミが田の畦道や墓の死体に近づかないために植えられたとか。 

                                                       

しかし、最近では美意識の変化のせいか素直にヒガンバナの美しさを認め、いち早く季節を伝える花として、マスコミ等をにぎわす花となっており、趣味・園芸の対象として広く普及している。登場する呼び名は「曼珠沙華」と「彼岸花」だけのようだ。曼珠沙華マンジュシャゲ)はサンスクリット語で「赤い花・天上の花」の意味で、おめでたい事が起こる兆しに赤い花が天から降ってくる、という仏教の経典から来ているそうだ。


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きのうの日記で「話のさわり」とか「袖振り合うも多生の縁」の例のように、それらの言葉が時代の流れとともに本来の意味と違う使われ方が定着することがあるなどとカキコした。花の評価も例外でないようだ。


昔シビトバナ、ユウレイバナ、今天上の花。同じ花でも時代が変われば、その評価は天と地ほどの差がある。不思議な花だ。ヒガンバナ花言葉のひとつに「転生」(生あるものが死後に生まれ変わること)があるのもうなづける。


※26日(火)まで日記はお休み。

2017-09-22 「袖振り合うも多生の縁」

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朝から曇り空。お昼過ぎにはポツポツと冷たいものが・・・、週末の天気は下り坂だ。2.3日家庭菜園に足を運ばなかったら、いつのまにか東側の土手に彼岸花の群生だ。この花律儀だ。この時期になる突然王冠のような真っ赤な花を咲かせる。20年余りの家庭菜園の歴史でこんなにも群生したのは初めてのことだ。


あす9月23日は二十四節気の秋分で、お彼岸の中日だ。誕生日の花は彼岸花に違いない。それ前に、きょう22日の誕生日の花はナンバンキセルとラジオ深夜便。


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毎年今頃、豊田藤岡の緑化センターではナンバンギセルが開花している。去年の9月17日「季節の花めぐり」に参加した時の写真だ。その花の姿が南蛮人といわれたポルトガル人やスペイン人などの船員がくわえていたマドロスパイプに似ていることからのネーミングだ。


草丈10〜20cm。赤紫色の美しい大きな花がススキの根元でうつむいて隠れるように咲く。この花は葉緑体を持たないため自活できず、「全寄生植物」といって、自分では養分を作らず、ススキやミョウガに居候して栄養を調達する。


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きのうのNHKテレビのニュースで報じていた。「(話の)さわり」の意味を、半数以上の人が本来とは異なる意味で理解しているという調査結果を、文化庁が発表した。と。


「(話の)さわり」は本来、「要点」を意味するのだが、全体の50%超が「話などの最初の部分」を指す表現と回答。年齢が高いほど本来の意味で理解する傾向があるものの、60歳代でも半数以上がそれとは別の意味で認識しているという結果になったそうだ。


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10年ほど前の朝の連ドラ「だんだん」ナレーターをしている竹内まりやの作詞・作曲・歌の主題歌「縁(えにし)の糸」を毎日聴けるのが楽しみだった。当時のクマさんの日記に以下のようなカキコをした。


♪ 「袖振り合うも多生の縁」と  古(いにしえ)からの伝えどおり

  この世で出会う人とはすべて  見えぬ糸でつながっている


ネットで歌詞を読んでいて”おやっ”。 「袖擦り合うも・・・」でなかったか? このことわざをネットで調べると「袖触れ合う」というのもある。 「多生の縁」も「他生」もあり「多少」もある。歌詞にあるとおり、昔から今に至るまで伝えられる間に幾多の変遷をたどっているということだろう。


一番権威のある国語辞典、「広辞苑」で調べたら「袖振り合うも多生の縁」で出ていた。竹内まりや さん正解だ。ちなみに、「ちょっとした出来事もすべて前世からの因縁によるものである」との説明。(「多生」は「他生」とも書くとの註記があった)


「話のさわり」の意味の認識が時代とともに変わって来ていることも、「袖振り合うも多生の縁」の表現の仕方が多様化していることも、それらがすべて一概に誤りだとは言えないと思う。時代の流れとともに本来の意味と違う使われ方が定着する場合もあるだろう。また、嘘を繰り返し続ければ…やがて人々はそれを信じ嘘が真実になる。そんな側面もあるかもしれない。



            

2017-09-21 一日の怒りを忍んで、百日の憂いを免れる

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きのうは彼岸の入りだった。秋の大気や日射しはさらりとした感触だ。「爽やか」だ。そんな日になった。グラウンドゴルフのホームグランド桜公園脇遊歩道の銀杏並木も黄色く染まって来た。雑木林沿いのウォーキングコースの路上には、先日の台風で揺さぶられたイガつきのまだ青いどんぐりが足の踏み場もないほどに・・・。


ラジオ深夜便はきょう9月21日の誕生日の花はノハラアザミと伝える。 夏から秋にかけて草原や林間に咲く。パーソナリーティーはアザミは200種くらいあって、どれがノハラアザミかなかなか区別がつかないという。ましてや、クマさんにおいておや。写真のアザミがノハラアザミかどうか責任がもてない。



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最近、地元の仲良しクラブで共同の作業をしていたときの準備の段階でちょっとしたトラブルが起きた。その原因は一緒に作業をしていた者に「あの点は大丈夫だね」と念を押したとき彼は生半可な返事だった。今までのクマさんだったら、もういちど確認しろというか、あるいは自分で確認をしただろう。どちらもしなかった。           


案の定、トラブルが起きた。幸い、生半可な返事をした彼は機転を利かしてそのトラブルが大事になるのを防いだ。クマさん、その彼の気持ちを忖度したのだ。彼は生半可にしろOKの返事をしたのだ。もし、間違いが起これば、OKしたからには、その対処をするだろうという気持ちも手伝って、イライラしながら静観したのだ。


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「一日の怒りを忍んで、百日の憂いを免れる」という言葉がある。一時の感情で人間関係にヒビが入るような怒りや、腹立ちなどは表にださず、長い目で見たら自分の内側で処理した方が自分のためになるという教えだ。人は、相手に恨みがあったりすると強く当たるもの。時には罵詈雑言も。言われた相手に、10人の友達がいたら10人に喋る。あっという間に広がる。怒りや恨みから出た言葉が、10人の敵をつくることになる。


規律を守り、利益を生み出すのが組織の使命。これが現役時代の社会だった。リタイヤー後の地域社会では、みんなの和が第一の世界だ。百日の憂いを免れるために、一瞬の怒りは我慢した方がよかろう。逆にうれしい、楽しい、幸せな話はどんどんしたい。リタイヤーしたときから、地域のみなさんとのスタンスはこれだと決めている。

2017-09-20 昭和の香り

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きのうの爽やかな秋空から一転雲が低く垂れこめた重苦しい感じの一日。ラジオ深夜便によるきのう9月19日の誕生日の花はオミナエシ(女郎花)、きょう20日はヤブランだ。


オミナエシは山野に生え、7月初旬から10月初旬に黄色い清楚な花が咲く。秋の七草のひとつ。ネーミングは諸説あるようだ。「おみな」は「女」の意、「えし」は古語の「へし(圧)」で、美女を圧倒する美しさからが代表的な一説。また女郎花を古くは「おみなめし」と読み、へしは飯であり花が粟(あわ)粒に見えるのが女の飯であるという説もあるようだ。


ヤブランは日陰に生える。開花時期は7月下旬〜10月下旬といわれるが、我が家のウッドデッキの下では10日ほど前からやっと咲いている。


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先日多治見での同窓会の二次会で居酒屋へ行った。ビールの自動サーバーが置いてあった。ジョッキをのせる底面の傾きが変わり、程よい比率の泡が生まれる。人の手と比べ遜色はないだろうが、やや寂しい。マスターがリズムよくナイフで泡を落として出してくれた一昔、ふた昔前の昭和の香りがする一杯には極上の味があった。


昭和の頃の中華料理屋では、景気づけに中国語が飛び交い、カウンターの向こうでは天井に届かんばかりの火柱を上げて料理をつくる職人の技や心意気みたいなものに魅入られたものだ。酒食を供する側の技の披露やいたわりも「おもてなし」の大切な一部だろう。


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先日NHKニュースで放映していた。コンビニ最大手のセブンイレブンがオフィスや工場の休憩室に設置する自販機型のコンビニを新たに開発したという。先行しているファミリーマートは既に2100台余りを展開し、商品を取り出す際に、弁当やサラダがひっくり返らないような工夫がされているそうだ。


世の中、いまや「効率化」「省力化」が何かと迫られている。タッチパネルに手を触れることなしで日常生活は成り立って行かないような状況だ。そんな中、「三丁目の夕陽」世代は、タッチパネルを見るたびに恐怖感すら覚えるのだ。半世紀の歳月は、すばらしい科学的な進歩をもたらしたが、人の心の「ゆとり」みたいなものはむしろ退歩したのではないだろうか。

2017-09-19 「解散でモリカケ揃ってヤブの中」

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週末から週明けには北のミサイルがまた北海道の上空を通過するやら、台風18号が列島を縦断するやら、おまけに衆院の解散風まで付録についてきて、八ッピーマンディの「敬老の日」なんてどこ吹く風になった感だ。この週末にプロ野球もセ・パ両リーグの優勝がカープホークスに決まった。いよいよ、クライマックスシリーズに注目が集まる。今ベイスターズと同率3位のジャイアンツをなんとしてでも、CSから蹴落としてほしいものだ。ドラファンとしては。


クマさん的にはこの台風で被害があった。玄関の横に縦1m横3.2m高さ2.7mくらいのパーゴラ(庭に設けるつる性の植物を絡ませる棚)があり、キウイを育てている。毎年30kgの収穫がある。これが、この台風で倒壊した。


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ラジオ深夜便による、誕生日の花は17日(日)はツユクサ、18日(月・祝)はゲンノショウコだった。ツユクサは6月初旬から10月末頃まで、畑の隅や道端で見かけることが多い雑草雑草とはいえ、美しい青色の花。 朝露を受けて咲き始め、午後になるとしぼんでくることから、”露を帯びた草”からくるネーミング。


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ゲンノショウコは夏から秋にかけて山野や道端で普通に見られる多年草。昔から下痢止めの薬草として有名で、煎じて飲めばぴたりと効くところから「現の証拠」と名付けられた。


週の初めに当たってのつぶやきだ。

● 衆院の解散風

「解散で モリ、カケそろって ヤブのなか」まず、脳裏をかすめたのがこのクマさん作の川柳だ。また、仕事師内閣の仕事師たちが一度も表舞台に立つことなく解散してしまうと、内からも外野からもブーイングが起こらないか。これで、大丈夫か?


いや、いや、それは甘い。一寸先は闇の政治の世界。野党の弱みに攻められないようなお人よしには、首相が務まるとは思えない。これが政治の常道なのだ。   さぁ、どうしたもんじゃろのう。