誰か故郷を思わざる

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梅雨入り間近だろうか。朝からしとしと、よく降る。「雨を得た紫陽花」は生き生きとしている。まるで「水を得た魚」のようだ。日曜は故郷多治見で高校の同窓会、月曜・火曜は小・中学校の仲間の仲良しグループ男女合わせて16人で伊豆へバス旅行。「ふるさと漬け」の3日間だった。そのキイワードは「誰か故郷を思わざる」といえよう。


♪♪花摘む野辺に 日は落ちて/ みんなで肩を くみながら/ 唄をうたった 帰り道/ 幼馴染の あの友この友/ ああ 誰か故郷を想わざる


西条八十作詩 古賀正男作曲 霧島昇が歌う「誰か故郷を思わざる」の一番だ。伊豆は修善寺のホテルのラウンジを借り切ってのカラオケで自分が歌った。故郷を離れて半世紀以上になる。東京から参加した者もいた。同じ思いだろうと、「故郷を思わない人がどこにいるだろう。誰しも思うものだ」というこの歌をあえてこの歌を選んだ。



自分たちが生まれる前のこの歌を、どうして大合唱できるほどみんなが歌えるだろう。自分は一回り以上歳の違う兄が歌っていて、いつの間にか覚えた。3.4人がいうにはおふくろが、おやじがよく歌っていたからのようだ。おそらく戦地の兵隊さんたちの心に響いたのだろう。「故郷」「歌」がみんなの心をひとつにしてくれると痛感した。



同窓会は東京・埼玉方面をはじめとして県外各地からも参加し総勢109人だった。約450人の同級生が卒業して58年。席上でこんな話があった。高度成長時代に産業界が県外から多数の若者を迎え入れ、その娯楽施設として青少年センターが設立された。現在は老人の娯楽施設と利用されている。市当局は本来の役目を終えたから閉鎖すると通告してきた。


閉鎖に反対する人たちから推された弁護士のM君が手弁当で当局と折衝の末、詳しいことは会場がざわついていてよくわからないが、参加者に寄付を募っていた。コインはだめ、札を入れてくれとの要請だった。多治見市とは現在何の関係もない自分のような参加者もだれも文句を言わず、募金に応じた。皆「誰か故郷を思わざる」の心境だっただろう。