閃光のナイトレイド 第8話までの経緯のまとめ


新番の話を書こう書こうと思っているうちに四半期の2/3が過ぎ、もはや新番と呼ぶのも躊躇われる時期になってしまいましたが、このあたりで新番の話をしようと思います。今期私が特に面白いと思っているのは、閃光のナイトレイドです。DTB等で有名な大西信介さんが脚本を書いていて、個人的な好みで放送前から期待していたんですが、第5話あたりから本当に面白いなぁと思うようになりました。今回は、これまでの経緯のまとめを。




まずこのアニメは、第一話の時点ではスパイ活劇っぽそうな様相を見せているが、その実は葵・葛・雪菜の三人が三者三様の事情を抱えており、そこから発展してゆくドラマがメインだ。3人は3人とも、ある方向の政治的思想を持つ活動家と個人的な繋がりを持っている。雪菜の場合は高千穂勲、葛は(死んでしまったけど)西尾拓。葵の場合は「預言者」なのだが、実際は「預言者」と瓜二つな「婚約者」が過去にいて、既に亡くなっているということになっている(今のところ)。


ナイトレイドが史実を大きく逸脱する向きに舵を取っているのは、超能力とか預言者とかよりもまず、高千穂勲という男のおかげだ。高千穂勲は雪菜の兄で、アジア諸国は連帯すべきという趣旨の「大アジア主義」を発展させたような考え方をしており、アジア諸国独立運動家たちの会合に乱入し、演説を行った。さらに第8話では、リットン調査団の5人を誘拐して新型爆弾を見せるという強硬策に出ている。こうした日本の軍国主義と真っ向から異なる活動家を歴史の「if」として導入するのは実に面白い。『ナイトレイド』の中心にあるのは、ある個人の活動家の政治的イデオロギーなのだ。


一方で桜井機関は陸軍の抱えている秘密機関であるために、軍国主義に従わない行動をする人間は基本的に敵だ。体面上はそうであるものの、葵たち4人考え方は様々で、特に葵と葛の思想の対立は見所の一つだろう。端的に言うと、葵は日本と中国の関係を客観視しているのに対して、葛は生真面目に日本の軍国主義を受け入れている。
最初に二人の政治的価値観の違いが見えたのが、第4話だ。パオズの匂いにつられてやってきた猫が葵の鞄を盗んでいき大騒ぎになる。このトラブルの元を辿れば、葛と葵のケンカのせいで鞄を猫に盗られたようなものであり、二人の噛みあわなさが不運を呼び込んだとも言える。以下は、二人の喫茶店での一幕。

葵「俺に言わせりゃあ、やたら軍服ちらつかせる連中のほうが不快だね」
葛「軍人が軍服を着て、何が悪い」
葵「戦時下ならともかく、平時にあまり大手を振って闊歩されても、無粋なだけさ」
葛「いざという時の準備は、いつでもできている、ということだ」
葵「フン、何がいざなんだか。ここが中国だってこと、忘れてるんじゃないのか?」
葛「どういう意味だ」
葵「この国の未来を決めるのは日本じゃない、ってことさ」


この後、椅子の脇に置いていた葵の鞄がいつの間にか無くなっていることに気づき、本腰の喧嘩になる前に議論の行方はうやむやになる。短いやりとりだが、二人が日本の中国進出をどのように思っているのかが伺える。この他にも、第6話では「大アジア主義」に関して、第8話では満州国の建国に関して、二人は意見の食い違いを見せる。

二人の価値観の違いは育ちの違いに根づいている。葛は武人の家系に生まれ、厳格な教育をされてきた。第2話の回想の中で、幼少の頃祖母から「人の道を外れた生き方は、恥と知りなさい」という叱責を受けているシーンがある。この言葉が「スパイ」という「人の道を外れた生き方」をするに至った現在でも、葛を苛み、葛の行動を規定している。一方で葵は欧州留学の経験があり、葛に根づいている国粋主義とは真逆の、国際的な考え方が根底にある。亡き「婚約者」から教わったバイオリンというハイカラな趣味もある。二人の育ちの違いは、第2話の回想の雰囲気だけを比較しても、容易に想像ができるというものだ。

そんな二人を傍から見る雪菜は、第4話で葵と葛のことを、「違う視点があるから、同じ目標に向かったとき、強みになる。どちらかが正しいのではなく、どちらにも良さがあり、悪さがある。」と評している。彼らは高千穂勲ではなく、機関に所属する一スパイであるがゆえに、その思想は大きな力を持たない。しかし、彼らの思想それ自体に力はなくとも、二つの相補的な価値観が合わさって小さな力になる。そのことを認める言葉だ。



『ナイトレイド』では物語を大きく動かす活動家たちが居る一方で、桜井機関のスパイの面々もある程度の政治的価値観を持っている。面白いのは、こうした二つのセカイを、ごく個人的な感情が接続しているということである。高千穂勲は雪菜の兄で、西尾は葛の旧友だった。葵の場合は、さらなる大物の「預言者」がかつての婚約者だった(かもしれない)。そして、実際に相対する時には、桜井機関の立場や個々人の思想は無視されて、個人的な感情が場を左右する。
最新話・第8話の、雪菜の後押しを得て列車に飛び乗った葵がまさにそれで、「個人的な感情」が物語を駆動している。最初に「個人的な感情」の発露が見られたのが、第5話「夏の陰画」である。

私は第5話に関して放送当初、以下のようなpostをした。

葛が現像をしているシーンが、挿話全体を通して浮かび上がってくる西尾の人物像の比喩になっている。葛の「古傷」は、過去の痛みや思い出を記録した「写真」のようなものであり、ラストシーンで西尾の足の甲にもある「傷」が映し出される。それを指して「夏の陰画」。
葛と愛玲は、ともに西尾に「傷」をもらっている。西尾は、親しい人に与えた傷を「共有」しようとする人間だった。それは葛の言うところの「計算ずく」であったというよりは、やはり幼い頃からの西尾の人間性であったのだろう。
西尾が愛玲に語った理想が西尾の本意であるのかどうか、その点に迫ることはできないものの、体を張って川に飛び込んで逃げ延びる西尾の姿を見ると、一定の真実味を見出すことができなくもない。「搾取階級」の家の整った連子と、西尾が川から上がった時の雑草が成すフレームが対応している。
地を這うような西尾の活動はやはり、「搾取階級」とは対極の位置にあるのだろう、と推察される。かなり終盤になるまで西尾を登場させないストイックな立場を取りつつ、愛玲の言葉に一定のリアリティを持たせる構成は見事だった。遠藤綾さんの演技も好感触。


葛は、現在の西尾が共産党員として活動していることを知り、西尾の行方を追う。「もう関わるな」と桜井に命令されたにも関わらず、それに背き西尾の行方を追い続ける。普段は保守的な葛にらしからぬ行動だ。葛にそうまでさせる西尾という男は一体誰なのか。その答えが、徐々に浮かびあってゆき、最後に像を結ぶ。
西尾は高千穂勲ほどの影響力は持たず、しかも最後は無様に暗殺されてしまう。しかしそれでも、西尾は確固とした政治的思想を持ち、それを基に大胆な行動をとることのできる、立派な「活動家」の一人だった。高千穂勲主導の「大きな変革」の前に、実を結ぶ事なく終わってしまった一人の活動家をフィーチャーして、「活動家」と桜井機関のスパイの関わりを提示することが、第5話の主眼である。第5話は、シリーズ全体を通じて取り上げられる雪菜と高千穂勲の関係、あるいは葵と預言者の関係、それらの相似形なのだろうと推察される。


したがって、第5話から『ナイトレイド』の物語が進んでゆく道のりが、ぼんやりとではあるが想像できる。雪菜と高千穂勲の関係について、雪菜の感情の発露が垣間見えたのが第8話だ。
第8話は、降りしきる柳絮と「佳人薄命」の言葉が引き起こす葵の回想のシーケンス、そして葵が「預言者」の姿を見て列車に飛び乗るシーケンスに重点が置かれている。「凍土の国で」というサブタイトルが置かれながら、雪や氷などの「凍土」に直結する表象は抑えられて、回想シーンの降下物による画面の連鎖を際立たせている。メインは葵と「預言者」の話なのだが、しかしその裏側で、雪菜の豊かな表情の変化と、そこから伺える「桜井機関」と「兄」の間で揺れ動く心、その様が細やかに描写されている。
お風呂のシーンでは、雪菜がただ一人女湯に入っている中、雪菜は男湯から聞こえる自分の話題に耳を傾け、そして顔を曇らせる。雪菜は電車の中で、「結局、私は兄を誘い出すまでの駒でしかなかった」と呟いている。この直後に葵がフォローを入れている通り、桜井の本音は解らないものの、雪菜の言葉は客観的なものではなく、桜井の言葉をある方向に曲解してしまっているように見える。

また、雪菜は第6話で次のようなセリフを言っている。

「たとえ兄であろうと、それが私たちへの、我が国への障害となるのなら、取り除くことに躊躇いなど。そのことを、同じ組織の一員として信じてもらえなかったことが、たまらなく心外です。」

電車内の言葉が字面上意味するところはこのセリフとおおよそ同じであろう。しかし、そういった曲解をしてしまった裏には、兄への想いが隠れているのではないかと思われる。

今のところはまだ雪菜の兄に対する心情は十分に描写されてはおらず、兄を追って中国に渡ってきながらも、何故に第6話のような言葉を言うに至ったのか、その間にはかなりのギャップがある。当然ながら、そのまま本音と受け取るのは難しい。やはり実際に相対してしまえば、第5話の葛のように、心が大きく揺れるのではないかと思うのだ。



こうして『ナイトレイド』の物語は、「活動家」による史実を逸脱した世界の革変と、それに直結する個人的感情、の2点に徐々に集約されつつある。世界の行方と、活動家への個人的感情の行方がどうなるのか、といったところが今後の見所だろう。まだまだ先が読めず、展開が楽しみなところだ。



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第1話、第5話に見られたイマジナリーライン越えの効果についても解説されています。