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mike_nekoのアニメ雑感 Twitter

2010-12-23

話数単位で選ぶ、2010年TVアニメ10選

| 00:00 | 話数単位で選ぶ、2010年TVアニメ10選を含むブックマーク

ちょっと早いけど、さらに忙しくなる前に、個人的に今年を振り返る機会を作ろうと思いまして。


とある科学の超電磁砲 第14話「特別講習」(脚本:浅川美也/絵コンテ矢島サコ美/演出:川畑喬)

戦う司書 第19話「阿呆と虚空と踊る人形」(脚本:岡田麿里絵コンテ・演出:加藤敏幸

ソ・ラ・ノ・ヲ・ト 第10話「旅立チ・初雪ノ頃」(脚本:吉野弘幸絵コンテ鎌倉由実/演出:藤本ジ朗)

迷い猫オーバーラン! 第10話「迷い猫、持ってった」(監督・脚本・絵コンテ佐藤卓哉/演出:菊池聡延)

・ストライクウィッチーズ2 第6話「空より高く」(脚本・絵コンテ・演出:佐伯昭志

けいおん!! 第22話「受験!」(脚本:花田十輝絵コンテ・演出:高雄統子

世紀末オカルト学院 最終話「マヤの文明/ MAYA's BUNMEI」(脚本:水上清資絵コンテ・演出:伊藤智彦

ヨスガノソラ 第1話「ハルカナキオク」(脚本:荒川稔久絵コンテ:高橋丈夫/演出:さんぺい聖)

ぬらりひょんの孫 第17話「夏実と千羽様」(脚本:ハラダサヤカ/絵コンテ西村純二/演出:宇井良和)

神のみぞ知るセカイ 第4話「今そこにある聖戦」(脚本:高橋龍也絵コンテ高柳滋仁/演出:斉藤啓也)(12/31追記)


番外

閃光のナイトレイド特別編 「阿片窟の悪魔」(脚本:大西信介 阿谷映一/絵コンテ・弥佐吉/演出:福多潤)(TV未放送)


ルール

・2010年1月1日〜12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。

・1作品につき上限1話。

・放送順(最速に準拠)に掲載。順位は付けない。


あと1週間あるので1つ枠を空けておきました。後ほど埋めます。12/31 追記しました

以下、あまりまとまった感想を書いてないアニメを中心に、いくつかピックアップしてコメント。時間があれば書き足すかも。


とある科学の超電磁砲 第14話

超電磁砲』前半のレベルアッパー事件から後半への転換点として、第14話は、佐天涙子がその事件にかかる「罪の意識」とその裏返しの「劣等感」から解き放たれる話数とされている。

14話で問題になっているのは、美琴たちと一緒でない、「同類ばかり」の空間の中で、佐天涙子は自分の立ち位置を見出すか、ということ。14話では校舎を包み込む倦怠感の描写が冴え渡っている。「不良少女」も佐天涙子も、あの校舎に居る誰しもがかの事件への罪の意識と、こじらせた劣等感を抱えている。「同類たち」は佐天涙子の鏡であると言えて、特有のけだるい空気感の中で、佐天さんの意識は、それらと同化していると同時に浮き出てもいる。

学園都市の課す「意味」の無いかもしれない課題は、美琴たちと4人で過ごす「現実」とともにある。佐天さんは「同類たち」と過ごす中でそのことを受け入れ、「現実」に回帰していく。重福さんからの手紙(彼女は「鏡」ではなく、自己の意識があり佐天涙子との関わりを持つ、人間であった。)、持久走の戦友との「感性の共有」、こういった対象があまりにも現実的であるために、佐天さんは「意識の沼」から美琴たちの元へと引き戻される。仕事を終えた「モノ」たちの、夢の残滓のようなショットの数々が印象的だった。


ソ・ラ・ノ・ヲ・ト 第10話

誰かが、世界はもう終わりだと言っていました。

でも、私たちは楽しく暮らしています。(後略)

というキャッチコピーを全面的に引き受けているのは、実はこの挿話なのではないか。リオの「砦の卒業」に手向けられたエピソードとして、やや重すぎるかもしれないが、彼女がこの時点で、目先の「戦争」だけでなくこの世界全体の行く末に眼を向けていた、と考えると丁度良いのかもしれない。

あの老婆は「行き止まり」のまま終着点へと来てしまったように見えるかもしれないが、かといって、「お迎え」とともに旅立っていった老婆が幸せでないとは、誰も言い切れない。同様に、この終末感たぎる世界の中でさえ、カナタたちの「日常」が幸福でありうるのだと。「幸せだった頃の記憶があるから、人は生きていける。」ならば、歴史を失い終りを待つだけの世界でどのように生きてゆくのか――という形で、第13話(以降)のテーマにも繋がってゆく。

雪の見せる終末の景色と、過去に引き籠る老婆の纏う暖色(=まぼろし)の対比が冴えていた。


けいおん!! 第22話

花田十輝さんのいちファンとしては、今年は『海月姫』よりもむしろ『けいおん!!』が良かった。『けいおん!!』に内面があるとかないとか、アニメの登場人物に内面が宿るか否かという議論があったが、個人的には、キャラクターの内面にはどれだけ作品を読み込んでも推し量れない部分がある、と以前から思っている。『H2O』最終話ではキャラクターの側から距離を置かれ、『戦う司書』第4話ではキャラクターの感情の動きが我々の自己投影を凌駕する。『けいおん!!』第22話の、雪を見つめる梓と三年生たちからなる不可侵な空間にもまた、キャラクターの中で自己完結する情緒がある。

第26話の「寂しくなっちゃうんだなぁ…」の一言に込められた感傷にも舌を巻く。『けいおん!!』の花田さんが脚本を担当された回はもれなく好き。


閃光のナイトレイド特別編 阿片窟の悪魔

ナイトレイド14話を通して、物語の中核に居ながらも傍観者に徹するしか無かった雪菜。本編を離れて彼女の見る遠景が、この特別編であると言える。

『阿片窟』の面白いところは、白昼夢と現実世界の混在、という主観に依った表現方法が採られながらも、当時の社会情勢が参照されながら、現実的な内容が客観視点から語られるという点。夢とも現実ともつかない櫻井孝宏さんの狂気の笑い声が、どこまでもリアルなのだ。しかし雪菜はそのリアルへと介入していくことはできず、本編と同様、彼女は俯瞰するしかない。雪菜は夢でも見ていたかのように、棗に連れられて現実に戻ってゆく。しかし、彼女の見た遠景は紛れもない現実でもある。

分かる気がします。悪魔に魂を売りたいと思う気持ちが。

という棗のセリフ。本編であまり大きく扱われることはなかったが、棗はあの4人の中で唯一「貧民」の立ち位置に居る。彼にとってのみ、あの笑い声は他人事ではなかった。

第5話をベストテンに入れても良かったが、OVAの『阿片窟』があまりにも良かったので番外で扱うことにした。


(12/31 追記)

迷い猫オーバーラン! 第10話

各話監督交代制という斬新な企画で話題になった本作は、結果的にギャグ/コメディに最も個性が出ていたように思え、私を最も笑わせてくれた3人を選出すると大地丙太郎さん、小野学さん、佐藤卓哉さんになるわけだが、その中でも「ストレイ・キャッツ」演じるコメディの裏に彼女たちの孤独感を印象せしめた佐藤卓哉さんが頭一つ抜きん出ている、というのが個人的な感想である。

ストレイ・キャッツ」に新しくやってきた迷い猫と3人の、孤独な者どうしの連帯感がコメディに派生し、抑制の効いたBGMの挟み方に対し、その間隙を埋めるためにコメディを畳み掛ける姿が印象される。しかし、その連帯感は意外ながら最もありうる形で裏切られ、「当たり前に」両親の居ない3人の孤独感はここでいっそう強く印象づけられる。

コメディの面白さを殺さない形で孤独の匂う空気感を創り上げたセンスに脱帽。


神のみぞ知るセカイ 第4話

『神のみ』本編における、ギャルゲーの経験を以てリアルの女の子を「攻略」するという趣旨の、そもそもの動機づけとして、桂馬ギャルゲーをプレイするモチベーションに踏み込んだのが第4話だった。アバンに現れる、プログラムのヒロインが本編の他4人のヒロインたちと「同格」だと言わんばかりの、圧倒的な存在感の印象を引き、Bパート、プログラムされた内容以上を喋らないヒロインにもかかわらず、固まった表情の裏に彼女の孤独感をリアルとして感じ取ることができるのだ。

「悪いヒロインなんて居ない。悪いゲームがあるだけだ。」リアルなんて「クソゲー」だと散々呟く桂馬は、一方で、その「クソゲー」を生きる女の子たちの孤独が救われねばならない、とも考えている。『神のみ』第一期目の主な焦点はまさにそこであった。では、ゲームの「プレイ」を終えて、忌み嫌う”現実世界”へと回帰していく桂馬自身の孤独感は、どのように救われるのか。図書館編および最終話で匂わされたそのテーマが、第二期目の焦点になると思われる。

第二期目への期待も込めて、の選出。

mattunemattune 2010/12/24 00:22 硬派なセレクション!
硬派って言葉が正しいのかわからんけど。
なんというかこう硬質な感じ。
迷い猫の佐藤卓哉回の感想も読みたいっす。

mike_nekomike_neko 2010/12/24 01:48 こう見てみると割と毛並みが揃っちゃいましたね。コメディ系(…と括るのも正確ではないけど)を『迷い猫』くらいしか拾ってないのもあって。
4つしかコメント付けてなくてちょっと寂しいので、そのうち書き足そうかな、とも思っているところです。『迷い猫』はこの企画にあまりに相応しいのでなにか書きたいですね。