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お慈悲のままに このページをアンテナに追加

2018-04-21

Endless Wishes(果てしない欲) Endless Wishes(果てしない欲)を含むブックマーク Endless Wishes(果てしない欲)のブックマークコメント

 人間以外の他の動物は自然界において自分が行動する範囲はこれくらい、自分が食べるものはこれくらいと、自然において棲(す)み分けている。それぞれが節制しているようにも見える。ただ、人間だけは果てしない欲望を持ち、自己中心的に生活の便利・効率・快適を限りなく追及し、自然が持つ持続可能性までも疎外している。人間は自然の一部でありながら自然を手段として自由に管理できるものと勘違いしている。その結果、自然を「想定内」のものと考えるに到った。                             

 仏教では「少欲知足」を説き、足ることを知る者こそが豊かな者であると教えている。また親鸞は、天変地異の天災と源平興亡の争いという人災が続発する時代に「真の人間」として生きる道を『教行信証』に次のように説いている。                 


  濁世の道俗、よく己(おの)が能を思量せよ                   

  今の時の道俗、己が分を思量せよ                        


 五濁悪世に生きる者は自己の「分際」「分限」を知り、おのれの「能力」「才能」をよく考えねばならない。われらは凡夫であり、聖者のような修行ができないことを思い知らねばならないと親鸞は教えられた。しかしながら、今の私には「エネルギー」と「テクノロジー」を操って自然をも支配しようとする人間の「分」と「能」の過信を誡(いまし)められた言葉のように思われてならない。                           

   【『五濁の時代に 念仏の導き(上)』 木村宣彰 北日本新聞社新書】       

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 親鸞聖人は、私たちに自己の「分際」や「能力」を知らなければならないと教えられました。ところがこの教えに違い、「人間は果てしない欲望を持ち、自然さえも管理できるものと勘違いしている」と筆者、木村氏は言われ、上記にはありませんが、その結果として引き起こされたのが、福島の原発事故という最悪の「人災」であったと、この著書の中で書かれています。あの事故以来、7年余り、今なお後遺症は尾を引き、多くの人を苦しめています。


 誰に教えられなくても、自分の心を見れば、欲に切りがないことがわかります。    

(Seeing ourselves, we know well that there is no end to our wishes even if no one

teaches it to us. )

 仏教で教える「少欲知足」、心がけたいことです。           

      

2018-04-16

Issa and Cherry Blossoms(一茶と桜) Issa and Cherry Blossoms(一茶と桜)を含むブックマーク Issa and Cherry Blossoms(一茶と桜)のブックマークコメント

 現在の桜前線はどのあたりでしょうか。南から北へと、日本列島を駆け抜けながら咲く桜、私たちはその見事な花の姿に大きな喜びを感じます。と、同時に、良寛和尚が歌った「散る桜 残る桜も 散る桜」のように、無常を感じさせられることもあります。       

 無常といえばつい最近、小林一茶の歌った「死仕度(しにじたく) 致(いた)せ致せと 桜かな」という俳句に出会い、少なからず衝撃を受けました。以前、このブログ(2013・1・23)で、一茶のことについて書きましたが、一茶は俳人であると同時に浄土真宗において、妙好人と呼ばれたほどの篤信家でもありました。                 


 俳人でかつ奇特な真宗信者でもあった一茶なればこそ生まれた歌だと思います。    

( I think it is because Issa was a haiku poet and praiseworthy Shin-Buddhism

believer that the haiku was composed. )

   http://d.hatena.ne.jp/miko415/20130123(妙好人としての小林一茶)     

2018-04-11

Four Kalpas(四劫) Four Kalpas(四劫)を含むブックマーク Four Kalpas(四劫)のブックマークコメント

 「四劫」について『広辞苑』にはこのように書かれています。            

 「[仏] 世界の成立から破滅に至る四大期。世界が成立する期間を成劫(じょうこう)、成立した世界が持続する期間を住劫(じゅうこう)、世界の壊滅するに至る期間を壊劫(えこう)、次の世界が成立するまでの何もない期間を空劫(くうこう)という。」       

 以上より、四劫とは、成劫、住劫、壊劫、空劫の四大期を表しますが、ここで「一劫」とは一体どれくらいの長さなのかを、「安心問答ノート」(yamamoyaさん記)より引かせてもらいます。「劫とは梵語でkalpa(劫波)の略語。長い時間と訳する。インドでは通常これを梵天の一日とし、人間世界の4億3200万年とするが、実際は仏教で数がとても数えられないくらい非常に長い年月のことを指す。」                     


 仏教で教える世界観はあまりに遠大すぎて、とても人知の及ぶところではありません。(The world view Buddhism teaches is so far-reaching that it is beyond the

boundary of human knowledge.)

 「空劫」の後には、もう既に次の世界が予測されているとは、仏智の深遠なる力といったものが感じられ、ますます仏教という不変の真理が重みをますようです。        

2018-04-06

Five Defilements(五濁) Five Defilements(五濁)を含むブックマーク Five Defilements(五濁)のブックマークコメント

 親鸞聖人の詠まれた「正像末和讃」の一首に、「五濁の時機いたりては 道俗ともにあらそひて 念仏信ずるひとをみて 疑謗破滅(ぎほうはめつ)さかりなり」という和讃があります。                                      

 ここにある「五濁」について『広辞苑』にはこのように書かれています。       

「[仏] 四劫(しこう)のうち、住劫の滅劫に起る五つの悪い現象。劫濁(飢餓・悪疫・戦争など時代の汚れ)・衆生濁(心身が衰え苦しみが多くなること)・煩悩濁(愛欲が盛んで争いが多いこと)・見濁(誤まった思想や見解がはびこること)・命濁(寿命が10歳まで短くなっていくこと)。いつつのにごり。」                        


 まさに親鸞聖人が詠まれた和讃からも、また今の世の情勢からも、現在は五濁の時機であることが実感できます。さらに時代が進むと、ますます濁りはひどくなるでしょう。このことで、私が最も興味深く感じたことは「命濁」についてです。現在は人生100年とも言われるほど寿命が延びていることから考えても、最終的には「10歳まで短くなっていく」(『日本大百科全書ニッポニカ』にも同様の説明があります)とは、驚きを禁じ得ません。                          

 まさに五濁増の証しに外なりません。( What is written about the life defilement is

nothing but proving the increase of the five defilements. )


※ 次回は「四劫」について少し触れてみたいと思います。              

2018-04-02

Enlightenment(めざめ) Enlightenment(めざめ)を含むブックマーク Enlightenment(めざめ)のブックマークコメント

 生きるよろこびにめざめさせてくださるのが ほとけさま (東井義雄)       

  (ほのぼのカレンダー ういず仏教文化研究会編集)<4月の言葉>より      


 生死不二といわれますが、生と死は表裏一体で切り離せません。人生には至る所に生きる喜びを感じる場面がありますが、その裏には死の影が潜んでいます。一時の喜びは感じても、ずっと長続きするはずがありません。                        

 このような私たちに、仏さまは浄土への道があることを教え、心の底から、ずっと続く生きる喜びに目覚めさせて下さいます。死に対する不安が解消し、死さえありがたく受け入れられるようになるのです。                             


It is Amida Buddha who enlightens us on the joy of livings.

(生きるよろこびにめざめさせてくださるのが ほとけさま)             

2018-03-30

The Everlasting Sutra(永遠の経典) The Everlasting Sutra(永遠の経典)を含むブックマーク The Everlasting Sutra(永遠の経典)のブックマークコメント

 仏教経典の一つ、『大無量寿経』には、このように書かれています。         

「当来之世 経道滅尽 我以慈悲哀愍 特留此経 止住百歳」<当来の世に経道滅尽(きょうどうめつじん)せんに我慈悲を以て哀愍(あいみん)し、特に此(こ)の経を留(とど)めて止住(しじゅう)すること百歳(ひゃくさい)せん>               

 訳文はこのようです。「やがて将来、わたしが示したさまざまなさとりへの道はみな失われてしまうであろうが、わたしは慈(いつく)しみの心を以て哀れみ、特にこの教えだけをその後(のち)いつまでも留めておこう」『浄土三部経(現代語版)』          

 また、このお釈迦さまの言葉である上記訳文の直前の文には「わたしがこの世を去った後に疑いを起すようなことがあってはならない」と書かれ、直後の文には、        


「この教えに出会うものは、みな願いに応じて迷いの世界を離れてさとりの世界に至ることができる(Those sentient beings who encounter this sutra will be able to attain

spiritual enlightenment emancipating themselves from the transmigratory world in

accordance with their aspiration.)」と書かれています。               


 ところで、前々回の「三時」の中で書いたことですが、一万年続くといわれる末法時代が過ぎると、教法が滅尽してしまう法滅に入ります。しかし、お釈迦さまは「『大無量寿経』だけは法滅の時代になっても滅尽せず永遠に残る」と仰っているのです。親鸞聖人が『教行信証(教巻)』の中で「それ真実の教を顕(あらわ)さば、すなはち『大無量寿経』これなり」と言われた所以です。                             

 従って、『大無量寿経』は真実の経典であると同時に、永遠の経典であるのです。混沌とした世相が予想される法滅の時代においても、『大無量寿経』は、人々の力強い心の明かりとなるに違いありません。心強いこと、この上なしです。               

2018-03-27

Joy of Living(生きる喜び) Joy of Living(生きる喜び)を含むブックマーク Joy of Living(生きる喜び)のブックマークコメント

 春とは言え、ここしばらく真冬に戻ったような寒い日々が続いていましたが、日中はようやく春らしい温かさが感じられるようになりました。でも、早朝はまだ寒さが厳しいようです。ほんの数日前、いつもの公園にウォーキングに出かけた時は、カラッとした晴天に恵まれ、霜で覆われた芝生は白っぽく凍てついていました。また遠くには、白い雪を被った立山連峰が青空を背景に、くっきりとその美しい稜線を見せていました。          

 公園の池の水面(みなも)は、立山連峰の少し上方に昇ったばかりの太陽の光を浴びてキラキラと耀き、立ち上る霞(かすみ)がゆらゆらと漂っていました。そしてそこで遊ぶ水鳥たちの楽しげな鳴き声が響いていました。                      

 また、すぐ近くの木立からは、あちこちで歌う小鳥たちの朗らかなさえずりも聞かれました。と、その時、私はウグイスの今年の初鳴きを聞いたのです。その声は「ホーホケキョ」ではなく、「ケキョ ケキョ ホーケキョ」といったもので、まだまだ鳴き方練習中の若いウグイスのようでしたが、かえって初々しく可愛らしく感じられたものです。      


 早朝に現れた幻想的で、心も洗われるような綺麗な風景や、鳥たちの元気な鳴き声に、命の躍動を感じ、生きる喜びを感じたひとときでした。                 

( I had a nice time in which I could feel joy of living in the fantastic “heart-cleaned”

beautiful landscape which appeared in the early morning and I could also feel a stir

of life in birds’ vivid songs at that time. )