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お慈悲のままに このページをアンテナに追加

2017-11-11

Pickled Ume(梅干し) Pickled Ume(梅干し)を含むブックマーク Pickled Ume(梅干し)のブックマークコメント

 つい最近のことですが、二男から小袋に入った梅干しをもらいました。それを見たとたん、口の中が酸っぱくなりました。                           

 梅干しといえば思い出されるのが、二男がまだ口もうまく利けなかった幼児の頃のことです。「梅干し」と、私が言っただけで、いかにも酸っぱそうに顔をゆがめるのでした。もちろん二男は梅干しを食べたことがあり、その味を知っていたからですが、こちらが冗談で「梅干し」と言うたびに、しかめっ面をしたその表情がおかしいやら、可愛いやらで、あの頃のことがふっとよみがえってきたのです。                     

 奇しくも、梅干しをもらってから数日して、『御一代記聞書』を開いて読んでいたとき、蓮如上人のご子息の蓮悟さんが見たという、次のような夢の話の中に梅干しが出てきたのです。今まで何度か読んでいるはずなのに、初めて読むような感じがしました。      

 (二六八)これは蓮悟さまの夢の記録です。                    

 「享禄(きょうろく)二年十二月十八日の夜の夢である。蓮如上人がわたしに御文章を書いてくださった。その御文章のお言葉に梅干しのたとえがあり、『梅干しのことをいえば、聞いている人はみな口の中が酸っぱくなる。ひとによって異なることのない一味の安心はこれと同じである』と記されていた。これは、『往生論註』の『だれもが同じく念仏して往生するのであり、別の道はない』という文(もん)のこころをお示しになったように思われる」。                                       


 阿弥陀さまより頂いた信心は一味です。その「一味の信心」の味わいが、梅干しを通して、1〜2歳の幼児でさえも等しく共有できるのです。                   


 梅干しが分かりやすい「一味」の例えになることに感心しました。          

( I admired a pickled ume for it to become a lucid example expressing the same

shinjin. )