Hatena::ブログ(Diary)

お慈悲のままに このページをアンテナに追加

2018-01-26

Snow-covered Roads(雪道) Snow-covered Roads(雪道)を含むブックマーク Snow-covered Roads(雪道)のブックマークコメント

 ここしばらく極寒の日々が続き、先日は例年にない大雪が降りました。歩道や脇道は除雪されていない所が多く、そんな時、大量に積もった新雪の道を歩くのは大変です。だから、誰か一人でも歩いた長靴の跡があれば「しめた」と思います。多少歩幅が大きかろうが、道が曲がりくねっていようがその靴跡の通りに足を運びます。他の路地でも、一本だけ細くて曲がりくねった道ができているのを見かけることがあります。自ら別の新しい道を作って歩く人はまずありません。誰かの後についていく方が容易だとわかっているからでしょう。                                       


 このようなことから思うことは、新道(しんみち)を切り開くのは大変だろうな、ということです。どの分野でも必ず先駆者といわれる人がいますが、その人たちにすれば、どれほどの苦労があったことか、と思われます。                      

 さらにここから発展して思われるのは、仏教の先駆者である阿弥陀さまのご苦労です。境界の違う阿弥陀さまですから人間の比ではありませんが、一切の衆生の救済のために五劫にわたる思惟があったと説かれていることからだけでも明らかです。          


 法(のり)の道が既に開かれていたことは、何よりも有り難いことです。       

(I am grateful before everything that the Buddha-way has already been achieved.)


 先日の大雪の日に、悪戦苦闘しながら(と言ってもいいほど)歩いた後で、改めて感じたことでした。                                   

2018-01-20

The True Cause of Nirvana(涅槃の真因) The True Cause of Nirvana(涅槃の真因)を含むブックマーク The True Cause of Nirvana(涅槃の真因)のブックマークコメント

 親鸞の言葉04:ただ信じること                         

 涅槃の真因は ただ信心をもってす。(悟りの境地に至るための本当の手立てはただ一つ、信心だけである。)(『顕浄土真実教行証文類』信文類)                

 弥陀の本願に「至心・信楽・欲生」とある。至心は弥陀の真実の心。信楽とは弥陀の救いの働きを疑うことなく信じる心。欲生とは弥陀が浄土へ生まれさせようとする心であり、往生が定まって安心した心。これを三心という。浄土真宗の七高僧である天親菩薩はこれらを合わせて一心としている。                             

 つまり、つき詰めれば、弥陀の本願(人々を救うために起こした誓願)を信じ、すべてを阿弥陀仏におまかせすること、それが往生へと至る道なのだ。             

       【 『親鸞100の言葉』 釈撤宗監修 宝島社 】           

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 「涅槃」とは、「煩悩を断じて絶対的な静寂に達した状態。仏教における理想の境地」([広辞苑] )ということですから、上記にありますように、悟りの境地を表しています。その境地に至る方法は、ただ信心だけであるといわれます。                 

 また、聖人は「弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし」(『歎異抄』)と言われ、ここでも信心一つが、老いも若きも、善人であろうが悪人であろうが、すべての人が救われる手段であると仰っています。            

 このことから、釈師が言われるように、「弥陀の本願をただ信じること」即ち、「すべてを阿弥陀仏におまかせすること」が肝要だと知らされます。               


 「涅槃の真因は ただ信心をもってす」                      

( The true cause of attaining nirvana is shinjin only. )

2018-01-14

Being Too Late(手遅れ) Being Too Late(手遅れ)を含むブックマーク Being Too Late(手遅れ)のブックマークコメント

 人生は、手遅れのくり返しです。                         

              ある僧侶                       

 あの時はわからなかったけど今だったらわかるということが、人生にはよくある。自分のしたことが、他人に思いもよらぬ仕方で受けとめられ戸惑う。他人の人生に意図せぬ屈折や傷を与えてしまい、そのことも後になってようやっと知る。気づいた時はもう取り返しがつかない。経験というのはたいていそんなふうに起こる。母の年忌に、ある僧侶の言葉として住職から伺った。(朝日新聞コラム「折々のことば」 鷲田清一 より)         


 ここに書かれている手遅れの経験というものは、私にもよく当てはまります。本当に「人生は、手遅れのくり返し」だと思われます。                     


 ただ、世間のことはこれで済まされますが、生きているうちに一つだけ済まされないことがあることを、蓮如上人は『御文章』の至る所で述べておられます。たとえば「白骨章」とも称される『御文章』五帖十六通の中には、このように仰っています。         

 「それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(すがた)をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終(しっちゅうじゅう)幻の如くなる一期なり。されば未だ万歳(まんざい)の人身を受けたりということを聞かず、一生過ぎやすし。           

  (略)                                    

 されば人間のはかなきことは老少不定のさかひなれば、誰の人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏申すべきものなり」       


 つまり、上人が仰っていることは仏法を聞き、信心決定して(後生の一大事を解決して)念仏を申す身になるということです。私たちの周りには絶えず無常の風が吹き荒れています。その風にいつ誘われるやしれません。                      


 その時になって「あゝ、手遅れだった」では済まされないのです。この世でしか聞けない仏法です。手遅れにならないうちに、何より急がなければなりません。         

(At your last moment, even if you regret not having heard the Buddha’s teaching

and moan “Alas!, it is too late,” all is over with you. You can hear the Buddhist

teaching only in this world. You should hurry hearing it more than anything before

it is too late. )

2018-01-07

Now(今) Now(今)を含むブックマーク Now(今)のブックマークコメント

 一度きりの尊い道を 今、歩いている(東井義雄)                 

  (ほのぼのカレンダー ういず仏教文化研究会編集)<一月の言葉>より      


 生き直しのきかない一度きりの人生、しかも、明日という日の保証のない、無常の世を生きる人生です。だから、人生は「今」よりほかにありません。「今」が心に響きます。   


 「一度きりの尊い………………………..  」                 

(We are now walking the precious way that is given to us only once in our lives.)


※「ほのぼのカレンダー」には、東井氏の言葉が書かれています。月毎にその言葉を取り上げていくことにしました。                             

2018-01-02

Happy New Year(謹賀新年) Happy New Year(謹賀新年)を含むブックマーク Happy New Year(謹賀新年)のブックマークコメント

 先月、ある法友の方から頂いたメールにこのように書かれていました。        

「仏教書も御法話テープも、読みたい、聞きたいと、うれしい時間が過ぎていきます。なんとも有り難い人生です」。                              

 読んでいて、心がほっこりしました。仏法が聞ける人生って本当にいいなぁ、と思います。


 新年を迎えました。心新たに、                          

 前回書きましたように、阿弥陀さまにすべてお任せして、お慈悲のままに日々を重ねていきたいと思います。( As I wrote here in the preceding diary, I’d like to

leave everything to Amida Buddha, and live at the mercy of the Buddha’s

great compassion. )