「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ」

チャプレン 司祭 八 木 正 言

井の中の蛙、大海を知らず」という言葉があります。小さな世界に閉じこもり広い外の世界を知らない、ということです。ところが最近ある本で、これを「井の中の蛙、天を見る」と読み替えているのを見つけました。見事な換骨奪胎=読み替えです。天は大海よりも広く、大きいものです。だから、たとえ小さな井戸にあっても、その眼差しは天に向けられていることが大事である、そんな真実を表現しているのだと思います。滋賀の老舗和菓子屋のお菓子に「一壺天」というのがあり、その説明書きに“心にとらわれがなければ、小さな壺も天のように広くなる”とあったのを思い出しました。
21世紀に生きる人間は、科学の発達=交通手段の発達によって「大海」に飛び出すことは容易になりました。しかしそれと引き替えに、天を見つめ、自らの小ささを思う謙虚な視点を失ってしまったのではないでしょうか。
どんな社会、どのような場にいても、所詮人間の住むところは狭苦しい井戸でしかありません。大海に飛び出したとしても、やがて時間の経過と共に、その大海さえ井戸であると感じるようになるのが人間なのだとも思います。
一つの果てしないもの、それを見つめて生きることこそ、今ある場所を無限に多様で豊かな世界として生きる秘訣なのだと思うのです。
 私たちも、愛と勇気をもって、そして何より天に眼差しを向けつつ生きる者でありたいと思います。地上の富に心を奪われていると、本当の「安心」はいつまで経っても訪れないのではとさえ思います。私たちの富のあるところに、私たちの心もある…心に留めていたい一言です。