書き手のみんも確としたことはよく分かっていないタイトル。呑気&呑み。ということにして、気ままに思いついたことなど書いてゆくことといたします。日記ではないですが「はてな」に来たのでこれから日記化してしまうかも?! >>いままでのタイトルリストはコチラ。
07/01/2010(Thu)
■[音]自主規制をする人

最近、NHKの蔵出し企画で「ふたりのビッグショー」をBSで放送していることがありますが、ウチのTVチャンネルはデフォルトがBS2になっているので、よく観る機会があるんです。うわ、これ録画したかったよ、再放送してくれないかね?と思うこともしばしば。今観てるのが再放送だって。
で、昨日は「水前寺清子・中村美律子」のステージを見るともなしに流していたら、ふたりで「買物ブギ」を歌うシーンがありました。ハンドクラップも再現されてるし。やるなNHK、と一緒にハンドクラップしながら楽しく聴いていたのです。
この曲は、60年代にカーステレオの8トラックテープで聞き覚えた、子ども時代からのお気に入りで、当然オリジナル版を聴いて育った訳ですが、現在では歌詞の一部がカットされているのが有名な曲ですね。服部良一没後の全集CDボックスにもカット版が収録されているので、オリジナル音源CDはおそらく存在しないのでしょう。
カットされているのは、「わて(つんぼで)聞こえまへん」の(つんぼで)部分。ちょうど2拍分のサイズなので、そこだけ全部きれいに切り取られてます。尺的に不都合だったらどうしたんだろう?ピー!か(笑)。
(ちなみに、一番最後の「めくらのおばはん」の部分は、全面的にバッサリ切り取られて、カット版では、ないことになってます)
TVでもやはりカットされた歌詞で歌っていましたが、こう、ライブで二人の歌手が掛け合いで歌っていて、あの曲の演劇的な面白さが際立って盛りあった所に、カットされた歌詞は説明不足で、オチとして弱く、せっかくゴキゲンに聴いてたのにがっかり。
分かっちゃいるけど。正直CDでここまでがっかりしたことはないぐらいにダメでした。やはりライブの効果ってあるんだな。せっかく良いパフォーマンスだっただけに残念。
まあ有名な曲なので周知の事と思いますが、この部分は、店のおっさんに値段をたずねて返事がないので、「おっさん、おっさん!」と、問いかけがどんどん(音楽的にも)エスカレートした果てのオチなんですが、これだけ盛り上げておいて「わて聞こえまへん」だけでは意味不明でパンチ不足。「なんや、耳聞こえへんならしゃーないわ」的なオチが伝わらないよ。
しかし、これってカットしないといけないトコロなんでしょうかね?この2拍。こういうのは、その業界の中で自主規制しているのだと思うけど、手塚マンガなどでよくありますよね、こんなおことわり。
「内容の一部に、現在では不適切な表現がありますが、発表当時の時代背景を考慮して、そのまま収録しております。」
一言ことわっておいて、オリジナルを損なうことなく出版できているのに、音楽業界はそんなことも出来ないのかしら?
それとも、大手塚と服部良一や笠置シズ子ずれでは、文化的な重要度が違うとか思ってるとか?!
そもそも言葉狩りみたいな対応は、差別の根本を見誤らせる、業界のお為ごかしにしか見えないから腹立たしいんだろうな。自主規制なんて言ってるけど、事なかれで適当にやってます、感がどうしてもぬぐえない。
自主規制を決めてる人は、少しはオリジナルを損なわない努力をしているのかな。歴史は変えられないのと同じように、その時代に生まれた作品も変えられない。これは重要な事です。それに考えなければならないとすれば、「不都合な」部分を隠すことではなく、オリジナルのまま残して意味を問うことではないのか。
偶然拾った、せっかくのお楽しみをフイにされて不機嫌みんでしたが、そういえばこの曲って、たしかMTVみたいな映画の映像があったよ?!と思い出し、youtubeで発見。
ストーリー性のある歌詞を活かして、ちょっとしたミュージカル仕立てになってます。映像付きなのでノーカット。こちらでオリジナルをじっくりとお楽しみください。ハンドクラップと一緒に(笑)。


まぁ、市やんが盲目なんで、自ずと今では放送し難い発言があるから、ってな理由なんでしょうけれど、見ていても何でそんなお断りを入れなきゃならんのか、って思いましたよ。
「買物ブギ」の件は、やはりCSよりも視聴可能範囲が広いから、ってな事情なんでしょうかねぇ。先述の「佐武と市」や「必殺仕置人」など、CSではオリジナルのまま放映していたりしますからねぇ。
そんなCSでも放映できない「遊星より愛をこめて」。
内容は反戦・反核なのに、内容を見ずにエキセントリックに批判して圧殺してしまった、悪しき例ですよねぇ....
しかしこのような事をいうと、大抵は「それはあなたが当事者の気持ちを理解していないからだ」という反論が返される。まあ私はその人じゃないから、そう言われたら分からないに決まってるけど、その言葉を使われたら不愉快、という感情の中には当人のリテラシー不足と云う問題もままあるので、ちょっと違うかな?と思うこともあります。いずれにしても、この手の話は取り扱われ方が雑なんだと思うです。
そしてなおさん、直接に圧力を体験者されましたか。それはナンギな事でしたね。こんなトピックをとりあげるなんてなんと無邪気な、と思ったことでしょうが、差別を告発することと、その表現、特に作品に手を入れてしまうことはまったく別の問題で由々しきことなのに、世間的にはあまりそんな意識がないらしいと思ったのが動機です。
非難や告発はあってもいい、でも時代が産み落とした作品の改変は歴史の改ざんです。
しかし、差別を告発するといっても、しょせん現在から一方的に過去の価値観を断罪してるだけとも言え、それだけでは説得力に欠けるよね、と思わないこともないですね。100年後はどんな扱いになっていることか。