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2009-12-06

サブカルチャー批評誌『5M Vol.3』特集は十文字青

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 どうも、峰尾です。僕も今年の文学フリマに参加いたしますのでもろもろ告知いたします。

 すでに公式サイトにて告知されていますが、僕、峰尾俊彦と卯月四郎(id:ke_ta)共同編集のサブカルチャー批評誌『5M Vol.3』(発行:サークルファイブエム、頒価:500円、公式サイト:悪玉コレステロールを減らすには【きなり】サプリメントでした)が12月6日の文学フリマ(会場 大田区産業プラザPiO)にて委託頒布されます。委託先は「ぼっちーず」(ブース:R-5)です。また新月お茶の会(J-8)でも委託されます。

 目次はこのようになっております。

 すでに卯月さんが詳細な紹介を書いているのでこちらでは結構個人的なノリで告知をしていきたいと思いますが、この『5M Vol.3』、卯月さんも書いているように、二号までの編集人坂下大吾さんが多忙なため、僕と卯月四郎が引き継ぐ形で始まりました。なので、当初は「時間もないし、とりあえず試運転的にコピー誌でも作る?」みたいな感じで三号の企画はスタートしていたのですが、それがあれよあれよという間に膨らみ、いつの間にかB5版80ページというなかなかのボリュームに膨れ上がるまでになりました。とはいえ、自画自賛してしまいますが、急造にもかかわらず、かなり面白い雑誌に仕上がったと思います。

 今回の特集は十文字青です。特集を十文字青にすることは卯月君と僕の企画会議で「これしかない!」という感じで決まりました。十文字青は04年にデビューし着実にキャリアを積み重ねている作家ですが、今年に入って僕たちの間でほとんど同時多発的といっていいほどの存在感を持ち始めた作家です。例えば、twitterブログで『ぷりるん。』についての論争を繰り広げられたり、周囲の友人たちが十文字青の過去作を競い合うように読むという現象が起きている。そして十文字青氏も機関銃のように新著を出し続けている(2009年だけ13冊!)。僕と卯月君は「この僕たちの周囲の熱さを批評の言葉にできたらきっと面白いものができる」という確信と、この熱さを他の人々にも伝染させたいという欲望によって企画がスタートしました。

 そしてその成果もかなり面白いものに仕上がっています。個々の紹介は卯月君の紹介に譲りますが、十文字さんとのメッセ上でのインタビューでもインタビュアーのわれわれは鳥肌立ちまくりだったし、藤原斎、夜鷹明、卯月四郎のレヴューと個人原稿もほとんど決定版といっていい「読み」を提示していると思います。卯月君が特集の扉文でも書いているように、その「読み」は十文字青のイメージを、そして「ライトノベル」のイメージを覆したと思います。

 また特集外の原稿もかなりいい感じになっています。特に月読絵空の「空想の局所的具現化-SHORT Ver.-」はまじすごいです。絵空くんは嫌がると思いますが(笑)僕はここに「批評」の魂を感じました。彼の文章は東方から月姫、cosMoから2ちゃん邪鬼眼スレ、そして萌え四コマまで一気に駆け抜けているのですが、これらの絵空氏のいうところの「空想」の可能性の中心を読み解いていくと同時に、彼の文章自体がパフォーマティブにそのような「空想」となっている。是非読んでみてください。

 また僕は、論考はよせられませんでしたが、藤原斎さんと「ライトノベルライトノベルの夢を見るか?」という対談でしゃべっています。藤原斎さんは僕が『5M』の二号でもっとも衝撃を受けた書き手です。藤原さんのベン・トー論「偽りの美食家(ガストロノーム)は自刎して脳髄啜り、そして選択されるマイナーゲーム」、そして今ウェブ上にアップされている「ファクトリー文学論、それより俺の妹はこんなに可愛い」は読んですごすぎてぶったまげてしまいました。ライトノベルに侵食され犯されてしまったような文章、批評にもかかわらず明らかに存在するストーリーの面白さ、ちょっとしたディティールや見落としてしまうような部分を拾い上げそれを一つの理論へと纏め上げてしまうロジックの力強さなどにすっかり魅了されて僕は藤原信者と化してしまいました(笑)。なんか電車の中で「偽りの美食家(ガストロノーム)は自刎して脳髄啜り、そして選択されるマイナーゲーム」を読んで感動のあまり手とか震えて精算のために出した小銭が手が震えてつかめなくなるとかそんな感じですw(ちなみに月読絵空氏も5M界隈では信者をどんどん獲得していますw5M界隈ではよくあることなのです)。

 そしてこの対談は藤原くんが関心を持っていた、ライトノベルをとりあげたライトノベル、ここでは「ライトノベルライトノベル」略して「ラノラノ」の流れをまとめてみようという感じでスタートしたのですが、事実上「ファクトリー文学論、それより俺の妹はこんなに可愛い」の続編というか、藤原斎という読み手の視点でライトノベルを解読しその地図を作成するというような対談になりました。そして、それは「ライトノベルライトノベルとして読む」ことを徹底する時にどのように批評の言葉を刻むか、という問いに関わるものです。ぱっと見電波な対談に見られるかもしれませんが僕たちはガチです。

 まあそんな感じでいろいろ語ったら尽きないのですが(くわしくはさっきリンクを貼った公式サイトか卯月君のブログを参照ください)、とにもかくにも5Mの書き手のポテンシャルの高さは圧倒的に保障できます。

 で、最後にとても個人的なことですが、卯月四郎くんとこのように一緒に雑誌を作ることになったのは非常に悦びでありそして念願でした。もう三年近く前から卯月君とはネット上で、そしてリアルで交流をしていたわけですが、彼との交流で本当に多くのことを学び影響を受けました。そのような友人と一緒に仕事ができると言うのは本当に「はじまったな」という感じがします。

 それでは文学フリマで!

「第九回文フリマ

開催日 2009年12月 6日(日)

時間 開場11:00〜終了16:00(予定)

会場 大田区産業プラザPiO 

京浜急行本線 京急蒲田駅 徒歩 3分、JR京浜東北線 蒲田駅 徒歩13分

http://bunfree.net/

『ぼっち本』と『東大批評』

 えーさらに僕は『5M』だけでなくほかの同人誌にも参加しております。

 まずは『ぼっち本』。謎の関西人ウォッチャー江戸屋猫八百と謎の北海道人エロゲーマー八柾が企画した史上初「ぼっち」の「ぼっち」よる「ぼっち」のための同人誌です。詳細はコチラ→綿野恵太@edoyaneko800

 僕は、「少女は獣姦(コミュニケーション)の夢を見る」という論考を寄せています。大体八千字弱ほどの文章です。こちらはタイトルをみてもわかるようにテーマは「獣姦」!あの獣姦マンガ家栗田勇午の傑作マンガ『少女は犬の夢を見る』を柄谷の『探究?』にからめて論じています。まあこんなこというとたいていどんなこと書いてあるかはバレバレみたいなものですが、ともかくこの神マンガを論じられたのはとても嬉しかったです。獣姦というとそういう性癖を持っている人もいるよね、という感じでマルチカルチュラルに無害化されて見られてしまうし僕もそうだったのですが、このマンガを読んで「獣姦」というモチーフの可能性に目を覚まさせられました。よかったら読んでみてください。まったぼっち座談会や、『CROSS†CHANNEL』、『放課後保健室』、「エンドレスエイト」のレビューなども載せています。

 で、ここで訂正、というか僕の文章内で致命的なミスがあります。僕の間抜けのせいで僕はこの文章の中で「栗田勇午」をずっと「栗田勇牛」と書いてしまっています。作者名を間違えるという最もやってはいけないことをしてしまってしまいました。お詫びして訂正いたします。

 もう一つは『東大批評』です。詳細はコチラ→はてなダイアリー

 こっちでは「ハーレムルートの文学 生徒会の一存試論」という13000字ほどの論考を載せています。タイトルの通りこれは今アニメ化されている『生徒会の一存』を論じた文章です。さらにいえば思想地図で話題の「ミニマリズム」問題についても論じています。

 まあこの原稿を書くのは大変苦労して、物凄く引っ張りまくってしまい東大批評さんいは大変申し訳ないことをしたんですが、なんとか掲載することが出来ました。その節はすいませんでした。こちらはかなり荒削りの論になってしまいましたが、『生徒会の一存』を例にこれからのコンテンツの分析の道筋をつけるという感じでやっています。まあともかく『生徒会の一存』もとてもいい小説です。

 というわけでこちらも是非見てみてください。では文学フリマで!

2009-08-11

村上君おめでとう

http://shop.kodansha.jp/bc/kodansha-box/zeroaka/kanmon_06.html

さて長きに渡ったゼロアカ道場ですが、優勝者が村上裕一君に決まったようです。

村上君はゼロアカ道場に参加する前からの友人でした。そして数少ない尊敬する友人でした。

僕もゼロアカに参加していた1人なわけですが、思えば村上君がゼロアカに参加してくれたことで僕はずいぶん助けられたような気がします。

そんな彼が優勝してくれて本当に嬉しい。

村上君おめでとう。

しかし、彼の受賞コメントは本当にかっこいいですね。彼らしいコメントだ。

2009-05-14

文フリありがとうございました

 遅くなりましたがみなさま文学フリマお疲れ様でした。約80部ほどのフリーペーパーはほぼすべてはけてしまいました。どうももう一時前には50部くらいはけてしまったようでかなりいい感じで手にとられたようです。まわりから100円くらいで売ればよかったんじゃないかという声が出るくらい本当に早く消えてしまいました。まじ100円とかで売ったら帰りは風俗で泡まみれになれたのではないか(笑)。まあ100円で売りたかったというのは冗談ですが。本当にありがとうございます。

 アニソプターくんも書いていますがこのフリーペーパーの製作は超突貫工事で、告知も印刷も前日で気を抜くとかなりやばかったのですがwなんとか完成にこぎつけてちゃんとはけたということはほんとうによかったです。印刷中とか僕のテンションとかマジでおかしくて(製本しながらなぜか日本の批評とアカデミズムの将来について語ったりとかしてましたw)これが同人の魔力かとか思ったりしたのですが、楽しくてほんとうにいい経験でした。アニソプくんの家にも泊まったしね!

 思えば、前回のゼロアカ同人誌はある程度強いられてやっていたところもあったのでもちろんやる気はいやでも出ざるを得ないわけですが、今回は完全に自分たちの主体的な意志でやって自分で自分を鼓舞しなければならない状況なわけでこれが曲りなりに完成できたのは本当に大きいです。

 そして、文学フリマ当日も、文芸空間さんに委託し前日のハイテンションのままに筑波批評社にも『Critique As Readymade』をゲリラ委託というよくわかんないことをし楽しんでいました。文フリといえばオフですが僕も例に漏れず知っている人や声をかけられた人に出会えば本を手渡しお話しするという風俗で泡まみれならぬ文フリでオフまみれ満喫していましたwこれはやみつきになりますね。委託を受けてくださった文芸空間様と筑波批評社さまには改めて感謝します。

 文学フリマは去年のゼロアカの狂騒がそれなりに記憶に新しいわけですが、なんというか今回の文フリもさすがにあのときの狂った感じはないものの静かな批評の熱気みたいなものはまだまだ残っているような感じがしました。ネットとかみていてもけっこう批評誌とか売れてるみたいです。筑波批評社のまわりも人がひっきりなしに来ていました。

 だからもしかしたら今は批評同人誌出すのにはいいタイミングなのかもしれませんね。しかし僕は個人的にはさすらいの同人誌ライターみたいなのがいいんですケドw

2009-05-09

文学フリマ

前日告知ですがワタクシ峰尾もサークルでは出ませんが、5月10日開催の「第八回文フリマ」にいろいろ参加しております。

まず、id:sayukさんの「Girls’ Comic At Our Best! vol.04」(F-29)に「「家族」という名の惑星――萩尾望都スター・レッド』試論」という小論を寄稿しております。ごらんのとおり萩尾望都論です。

僕は萩尾望都はもちろんその全部を読んでいるわけでもないし、少女マンガ界隈の文脈をつかんでいるわけではありませんが、ぱらぱらと萩尾作品を読んでいてほんとすげー作家だなあと常々思っていました。これは大江健三郎とか中上健次とかと並べられるぐらいの存在じゃないかとマジで思います。まあそういうわけで作家論とかとても無理なのですが、とりあえず萩尾の『スター・レッド』(なんとsayukさんがはじめてよんだ少女マンガらしい。それはすばらしい!)を僕なりに論じてみた論考になっております。なんか少女マンガ論のくせに妙に男臭くてだらだらしてる論考です。

またメインの麻生みこと天然素材でいこう』特集やほかにもいろいろな論考があるのでこれは買うべきじゃないかしら。

そしてもうひとつ。

ゼロアカ五次落ち暇人の僕(峰尾俊彦)となんか忙しいらしいなぞの男のカワムラケン(id:anisopter02)が突如タッグを組んでお送りするなんだかよくわからない突発的批評フリーコピー誌「Critique As "Readymade"」を出します。どのぐらい突発的かというとまだ印刷してねーし。

この本はある日のサイゼで二人でだべってて盛り上がってなんか俺らでださね?というノリでできた本です。ぶっちゃけお互い原稿できたの昨日だしみたいなそういうノリです。でこの本は

・カワムラケン「<既製品(レディメイド)>としての批評」

・峰尾俊彦「新たなる「ジャンル」概念のために」

の二本の論考を収録しております。まあ大体20ページくらいになるんじゃね?なんかそれすらもわからん。

僕のほうは現代思想チックな文章を一回書いてみたい!というテーマで書いたものでグリーンバーグを中心にデリダプラトン論とエロマンガを少々絡めて今、ジャンルってこんな感じじゃね?みたいなのを論じた論文です。正直、もうちょっと議論をちゃんと展開したかった(坂上秋成の「クレオールする日本文学」を絡めたりとか、もっとエロマンガに対してつっこんだりとか)のですがさまざまな物理的制約(いやまじ「眠い!」。上の萩尾論もそうですが、どうも僕は深夜になって気分が腐らないと文章がかけないらしく眠気と戦いながら書いてました。もうちょっとスケジュール管理をちゃんとしなきゃな…)と実力不足もあってなんだか妙に抽象的な文章になってしまいました。しかも自分でも思ってもないこといってるし。つか途中で力尽きた感バリバリだし。とはいえこういう文章をかけたというのはよかったです。これからもっとうまい文章を書けるようにがんばります。

そしてカワムラケンの論考「<既製品(レディメイド)>としての批評」。この文章、今朝来たのですがこれはすばらしい!これはマルセル・デュシャンのスキャンダラスを起こした「レディメイド」とゼロアカを絡めた論考です。実は僕もにたようなことを考えていたのでこれはやられたと思いました。

ゼロアカ」という現象を語る際の困難とは、それを目にした途端に我々を捉える「現象としてのゼロアカはさておき、結局のところゼロアカが生み出して来た個々の作品はクズではないのか?」という素朴な疑念に答えること、これに尽きている。

というような問題提起から始まる「<既製品(レディメイド)>としての批評」。ゼロアカウォッチャーは必読です。

それで「Critique As "Readymade"」ですが、松平耕一さんの文芸空間(F-04)のブースに委託させていただくことになりました。そしてなんとフリーコピー誌なのでtake freeです。なので文フリにご来場する方はF-04のブースに行って「「Critique As "Readymade"」ください」でも「峰尾のやつくれ」と言ったりだまってうばいとるなりしてください。

僕もたぶん会場をうろついて本を携えているので僕の顔を知っている人は声をかけてください。さしあげます。

それでは明日!明日はオフ会かしらうひひwwwww

あ、そうそう。僕はまあゼロアカ祭りのあのときの文フリと違ってお客さんみたいな気分です。そのせいかわかりませんが去年僕と村上裕一君が出した『最終批評神話』って、けっこうすごい本なのではないかと最近感じるようになりました。自画自賛めいて恐縮ですが。『最終批評神話』を作ってるとき、あるいはそれを販売しているときにはそんなことをまったく思っていなかったのに。しかし今になるとそんなことを思います。だってあんな同人誌が突然出されたら普通買うだろwwなんか客の立場にたってそんなことをふと思ってしまいました。

追記

印刷できました! 

f:id:mine-o:20090510013223j:image

コレを目印にぜひきてください!タダなのでがんがんとってってください。僕にもアニソプターくんもガンガン声かけてね。

筑波批評社のブースにもゲリラ委託させてほしいなあみたいな

2009-03-12

明日はどうすんねん

青空研究室はてな跡地(移転済)

取り急ぎですが、三ツ野さんが門下生のプレゼンの傾向についてまとめてくださっているので僕も一言

僕と村上君が生成論をやっているというのはおそらくその通りでしょう。

このかぶり方自体が、流行かどうかはともかくとして、今コンテンツを論じる時は人間的=固有名的「製作」ではなく動物的=匿名的「生成」を重視せざるを得ない状況がけっこう一般的になっているということを示しているのではないかと思います。

しかし僕と村上君の差異も見逃せない。僕の発表はgdgdなので本番をお楽しみにといっておくことにして、村上君の発表を見た限りでは、むしろニコニコ的あるいはMAD的な対象によっていかにして人間的で固有名的なものを再構築するかを追求している様に思う。

村上君の認識ではもはや作者の精神がコンテンツに宿り、そこから崇高な経験を得るみたいなロマン主義的な図式は前提に出来ない。しかし彼はそれでもなお超越的で人間的な何かを求める時に、キャラクターのような反復的で流通可能性が高い物こそがむしろそのようなことを可能にする逆説が存在するのではないかと彼は考え人間的なものを救おうとする。

このような村上君の思考は「ゴースト」という言葉によく表れている。このゴーストという言葉はおそらく東浩紀の『存在論的、郵便的』から、さらにその大元はジャック・デリダの思想から引っ張っているように思われるが彼のゴーストという言葉の使い方は明らかに東やデリダとは違う。村上君のゴーストやる夫が例に出されているがやる夫の話はほとんど柄谷行人のいっている単独性に近い。あるいは東の用語で言えば否定神学。そして東、デリダの「幽霊」はそれをむしろ脱構築する物だった。

だから村上君の行っていることは動物化肯定どころか、むしろ動物化した世界のなかにおいてそれをエンパワーしているはずのネットのなかで人間的な契機を見出すというアクロバティックな試みなのではないかと思う

翻って僕はどうか。僕は東やデリダに忠実に行きたい。僕は村上君とは逆で、むしろ人間のイメージを変えてしまうこと、人間と動物、あるいは人間と機械が見分けが着かなくなってくる世界の論理を徹底的に考えたいなあとか思います。

つかあしたヤバス