2010-07-13 提案したら実践しなきゃね
Oh ! 今月は珍しく2回目の「店長日記」の登場であります。
「お久しぶりです」、に違和感を感じる頻度ですね。
我ながら、スバラシイ!
前回の「店長日記」で書いた「修行ダイエット」はぬかりなく継続していて、早くもマイナス10キロを達成っ!
しかし誰一人として「あれ?なんだか痩せましたね」なーんて言ってくれる方もなく、独り密かに日々シャープになってゆくお腹周りをスリスリしていたりします。ひるがえってダイエットとは、ある種のナルシスティズムに通じるところがあるのかなぁ…なんて哲学的に想ったり。
こうして早1ヶ月の間ダイエットをしてみて、哲学的とまではいかないにしても、まぁいろいろと感じることはあります。それだけでも体型的な変化に留まらない内面的な効果があったのではないでしょうか。
まず、これは私自身が言っていたことではなく、ある専門家の方が仰せられていたことですが、いわゆるデフレ時代の寵児であるところの「うまい、安い、早い」的なお食事(あえて詳しくは申しませぬ)は、総じて驚くほどの高カロリーです。その1食だけで1日に必要なエネルギーの半分以上を摂取できてしまうほどのビックリなカロリーです。「値段は安いがカロリー高い」…笑えない事実です。私のようなオトコの一人食事なんざぁ、えてしてこういった「うまい、安い、早い」でささっと済ませてしまいがちですが、いやぁ、ダイエットを実践するにあたってこういった食事を選択しない方法、ってのがまた難しい、かつかなり狭まった選択肢となってしまうことが分かりました。
なおかつ、これほどまでにある意味で極端なストイック性をもったダイエットをしていると、分かるんですね、「あ、ここが分岐点になる」って。
あるんですね、無性に食べたくなる「瞬間」が。
思いっきり食べたぁーい!ってな衝動にも似た感覚、怒涛のように襲ってきます。
この慟哭に耐えられず、衝動のまま流されてしまうといわゆる「リバウンド」という現象になるんでしょうけど。
そんな時、ふと客観的になる自分がいます(←多分、ここが強みかも、ウフフ…)。
あぁ、ここでこの衝動にひれ伏し、思うがままに身を任せたら、リバウンドなる現象のドツボにはまってもとの黙阿弥になるんだろうな、と。
そうすると、ここ約1カ月の過酷な試練っちゅうのは、行って来いで「無かったこと」になるんだな…と。
そうしてようやく、悪魔のささやき?をふるいのけ、両足に力を込めて再び立ち上がるのであります。
そして、まるで検量前のボクサーのごとき過酷なダイエットをしていると、うーん、これほど甘美な誘惑に満ち溢れた食環境はキビシイな、とも感じますね。
見渡せば食、食、食の雨あられ、どれもこれもそこそこ美味しくて美味しそうな演出をほどこし、この食の洪水を頼りない小舟で乗り切ること自体が難しいことを知りました。戦時中の食糧不足の時代ならいざ知らず、「どうぞ、どうぞ」と有り余るほどの食べ物が渦巻くこの時代、「食料自給率40%台」なんて言われてもピンとくることなんてないよなー、なんて思ったり。食を含めてゆるーく生きようと思えば生きられる、ある意味で安易な世の中かもね、とも思ったり。
加えて、少なくとも私の周りの仕事上の尊敬する方々はメタボではない、という事実にも愕然としたのです。
きっとそれなりの良質な食べ物を厳選して、極言すれば食を含めた自己管理を徹底してるんだろな、ってなことを改めて実感したワケです、ハイ。
私はとりわけ食を含めた健康管理に偏ってはいませんが(と、自負していますが)、しかし思うにですよ、齢40を目前にして、すくなくとも自然の摂理からすれば、これからますます代謝は衰え、病気の可能性は増し、老化現象にあらがえず、肉体的な成長というよりもむしろ退化が頭をもたげてくる時代を迎えるにあたって、んーこりゃ改めるべきところは改め始めなきゃいけないな、と思っているワケです(その端緒がダイエットによるメタボ撃退だったんですね)。
どーせ老いるならさ、どーせ老いるんだから、せっかくなら爽やかジジイになりたい。
それが今の未来像であり、ささやかでかすかな希望の光であるんです。
そうしてそして、これまでの感想や理解のかーなーり延長線上ではありますが、食っていうのは質なんだよな、そして、食を含めたライフスタイルそのものも質が大事なんだよな、という結論に至りました。
私自身、和食器や陶器をみなさまにご紹介し、その中で、和食器や陶器に留まらず、和食器や陶器に盛りつけるお料理、お料理が並べられた食卓、ひいては食卓から広がる理想のライフスタイルを提案していますが、そのエッセンスはやはり、みなさま各々が理想とするライフスタイルの「質」の提言であったわけです。
どんなにお料理が山盛りテンコ盛りされていても、どんなに素敵な器を数多く持っていても、ライフスタイルそのものが空洞化していてはまったく意味がないばかりか、虚無でもあります。大事なことは、みなさまの思い描くライフスタイルの「質」をどこまで具現化できるか、ということ、そのために、人から見れば「たかが和食器じゃん」と思われるかも知れませんが、和食器を通じて何らかの形で理想的なライフスタイルの「質」により近づくためのパズルのピースのひとつになれるか、ということなんだと思うんですね(←いやぁ、こんなことばかり考えててイヤですね、男の子って)。
こちらに掲載の写真は、私がみなさまにご紹介している和食器のほんの一例、「竹のスプーン」です。
「なんだ、ただの竹のスプーンじゃん」
そう言われれば確かにそう…
でも、こんな「竹のスプーン」でさえも、デザートやアイスクリームを食べたり、スープや茶碗蒸しなどに大活躍して…口当たりも優しくソフトで、「また食べようね」、「美味しかったね」という笑顔とたまさかの幸福感をもたらしてくれる、ささやかながらもひとつのパズルのピースなのです。
実際、月に1,000本は出るんですから…好調なので追加で5,000本も在庫してしまってますが。ある意味、スリル!
しなしながら、最近とみに実感していることは、このようにみなさまの理想のライフスタイルの充実を提案しているこの私自身が、実のところ、提案するほど実践していないよなぁ…ということなんですよね…
ある栄養学の先生がおっしゃっていましたが、「栄養と健康を指導している人が、太ってたらいけないでしょう」という言葉、実はひるがえって、私には強烈なインパクトを持って胸に響いたんですね…理想的な良質のライフスタイルを提案している私自身が、実は実践しきってないよな、と。
これまでの私は、ちょっぴり仕事に埋没しすぎていた感もありやなしや…1日が1週間が1月がターボ全開でぶっちぎって過ぎ去るように、季節の移ろいも感じないまま駆け抜けてきました。
まぁ、理屈抜きで好きなことをやっていますし、仕事を仕事と思ってないからやってこれているんでしょけど、ね。
でも、ほんのちょっぴり、手綱を緩める時間もあっていいのではないかしらん、自分のライフスタイルってなものに向き合う機会もあっていいのでないかしらん、と思ってきたりしているのです、ハイ。
いえいえ、繰り返しますが、仕事はこれまで通り、ちゃんとしますよ。
その上で、自分自身のライフスタイルもそろそろ考えてあげてもいいんじゃないか、と。
私は野球ファンですが、今宵久々に球場まで野球を観に行って、盛りあがる周りのファンの方々、イニングの間に打ち上がる壮大な花火の美しさとその轟音、歓喜と興奮の熱気…そんな情景が胸に染み入って、ふと、じわじわと、そんな思いに至りました。ビールを飲みながら(←ビールは体内に吸収されるカロリーは低いらしい)。
みなさまのライフスタイルの質を充実させてくれる和食器たち : 茶碗 鉢 ボール 皿 プレート 急須 湯呑み 箸 箸置 カップ 花瓶 しょうゆ入
2010-07-04 どれだけ思いを込められるか
やっとかめ!
名古屋弁で「お久しぶり!」で始まりました、6月を飛び越えて7月に久々登場の、「みの吉店長日記」です。
たしか「やっとかめ」の語源、「8日目か10日目」ぶりくらいに久しぶり、という意味で「やっとかめ」だったと聞いた覚えがあります。
「みの吉店長日記」はそれどころではない久々感ですね…希少なファンの方、本当に申し訳ございません。
久々となった「店長日記」、その理由は恒例の「忙しかったから」だけではござりませぬ。
実は先月6月はこの気候のせいか体調を崩し、ヘロヘロ状態だったのであります。
言葉は上品さに欠けますが、「クソ」がつくほど暑かった美濃焼の産地へ買い付けに行き、しかも梅雨の真っただ中、雨に濡れながら買い付けをして車に乗り込めばフロントガラスは曇って見えず、仕方なしに冷房ガンガンで曇りと暑さをしのぎ…が原因だったようです、今思えば。
美濃から帰って喉は痛むわ咳き込むわで、いやぁ、久々にシンドイ思いをしておりました。
しかし前の「店長日記」でも書いた通り、西洋的療法を避けたがるひねくれた性格の私はあくまで自然治癒を信奉し、薬ひとつ飲まずにただひらすら休養と養生を心がけて過ごしておりました。
そしてそして、これまた私の幼少期からの特長でもありますが(←みんなそうかな?)、風を引くととたんに体重が激減するんですね。食欲減退してるわけでもないのに、ゲッソリ。この休養している数日間で3キロも落ちました。長らく着ヤセを自負していた私でしたが、そーいえばここ最近、ショーウィンドウにふと映った自分の全身像を偶然見てしまう機会があり、そのみすぼらしさに驚きと落胆を感じたほどの「ふっくら感」を目の当たりにしたこともあり、「そーだ、この機会にダイエットに励もう」と鼻息荒く意気込みました、フンガーッ!
これまた私の特長でありイケナイことでもあるのですが、一度決めるとトコトンやり通してしまうんですね。
ダイエット決行!と意を決したからにゃ、生ぬるいやり方には納得せず、自称「修行ダイエット」なる新境地を決意。
これまで朝ヌキ、昼モリ、夜モリモリの脂まみれ甘味まみれの食生活を途端に脱し、朝ヌキ、昼チョイ、夜ヌキの1日1食に限定、あとは水やお茶で空腹をごまかす手法を徹底し…その結果、10日間で7キロ痩せちゃいました。
いやぁ、これは苦しいですが他方で快感でもあります。
だって、今まで車の運転などで座った時に、ズボンのベルトの上にモッサリと覆いかぶさっていたお肉がかなり気にならなくなりましたし、今まで歩くたび揺れる感じがしていたタルタル&ユッサユサ感がほとんどなくなりました。ここ最近お肉が邪魔になって着れなくなっていた服もスルリと着れるようになったりしてさっ!
それに、驚いたのが、これまでモリモリ派の私の自慢は、1日に3回から多い時は5回もトイレに駆け込むほど誰にも負けない「Mr.快便 」だったのですが(←ちょっと汚ない話でスミマセン)、この「修行ダイエット」中は、ほとんどトイレに行かなくなりました。いや、便秘じゃないんですよ。多くても1日1回、少ない時は2日に1回にまで減って、かえってトイレが恋しくなったくらいです…。きっと、数少ない食事の中から、カラダができる限り栄養を取ろう取ろうとした結果なんでしょうね。そうだ、「便」なんて書かずに「結果」って書けばよかった。そう考えると、いやーこれまでずいぶんと余計な食べ物を食べ込んできたんだなぁと、「Mr.快便」なんてイイ気になっていた自分を戒めましたよ。
よーし、この調子で10キロ、いや、15キロ減を実現するゾッ!と、苦しいながらも気持ちだけは先走ってしまうのです(←繰り返しますが、苦しいです)。
ところが。
風邪をひいて咳が出ると、咳ってなかなかすぐには収まらないものですよね。そうなんです、この「修行ダイエット」中に大きく咳き込んだとき、腰にピリッ!とギックリ腰のような痛みが走り…それ以来、歩くこともままならないくらいの腰痛に悩まされています。腰痛でお悩みの方、ギックリ腰をやっちゃった経験のある方ならご存知でしょうが、一度腰をやってしまうと、この痛みをかばおうとして背中や足、ひいては肩や首にまで痛みが連鎖して出てきてしまいます。そう、ここ最近の私は痛みをかばうあまりに猫背になり、足をひきずり、いやはや本当に自分でも情けない有様になっています。
だから!「店長日記」も書けなかった、と、ここに繋がるワケです、ハイ。周りクドイですね。
いえね、なにも久々の「店長日記」の言いワケだけのためにこーんなに長い前フリをしたつもりじゃないんです、本当は。
最近、食や栄養に詳しい方とお話をする機会がございまして。
人心無垢な私は腰の痛みを抑えながら意気揚々と「修行ダイエット」の経緯と結果を吹聴したんですね。
そしたらやんわりと一喝されちゃいました(涙)。
そんな急激なダイエットは体にとって絶対にイケナイこと、リバウンドの傾向がかなり強いこと、それぞれの栄養がどのように影響し合って日々のエネルギーに変わっているかということ、それぞれの栄養素の効果的な組み合わせや特長、摂取法などなど、栄養学の見地から熱心にレクチャーして頂きました。
本当に目からミツウロコ、じゃないや、ウロコとはこういう感覚をいうのね…と強烈に実感しました。
曰く、急激なダイエットは体内が危険信号を発し、数少ない量の食物からできるだけ多くのエネルギーを取ろうとし、結果落ちるのは体内脂肪ではなく筋肉である、と。
そうか!(←電球がパッと点灯するイメージですね、今では LED 電球かな)
腰にピリッ!ときたのは必ずしも咳き込んだことだけが原因じゃなくて、急激な「修行ダイエット」で腰回りの筋肉が落ちていたからなんだっ!
過ぎたるは及ばざるがごとし。
過激な行き過ぎたダイエットは、こんなところにも影を落としていたのであります。
栄養学の先生、ありがとうございます!
先生のありがたいお話を聞いてから、ふむ、そうだよな、自分の「カラダ」をいかに客観的に考えられるか、ひいては、どれだけ「思い」を込めて接する、もしくは対処することができるか、っていうことが大切なんだよな、ましてこれから老いに老いてゆくことが必至の自分の「カラダ」とどう向き合っていくかってことが大事なんだな…と梅雨の夜空を見上げて40前のプチ・オヤジは感慨に耽っていました…
「カラダ」ともども、共通しているのは「仕事」でも同じだよな(←まだ梅雨の夜空を見上げています)。
どれだけ「思い」を込められるか、っていうことは、「カラダ」でも「仕事」でも同じだよな(←夜空を見上げ過ぎて首に微痛)。
相変わらずのダイエットの空腹感の辛さと腰の痛みに耐えながら、そんなふうに想い耽っていたのであります。
そう考えるにつけ最近、とっても感動することがありました。
ちょっくら仕事で急に横浜から名古屋へ行くことになり、新幹線に飛び乗って所用を済ませ、そのまま横浜へとトンボ帰りしたんですね。名古屋滞在時間は、なんと30分ちょっと。「遠方はるばるすみません」と恐縮していらっしゃいましたが、私にとって名古屋は美濃とまったく同じ土地柄ですので、遠いイメージがないんですね。「いえいえ、美濃へは何度も来てますので、名古屋も庭先みたいなもんです」と、恐縮しきりの先方様のお気持ちを察して言葉を掛けていそいそと風と共に去りぬ。
すると…
まったくもって想像すらしていなかったのですが、私が横浜に着いた頃合いのすこぶるパーフェクトなタイミングで先方様からお電話を頂きました。「あれ、なにか忘れ物でもしたかいな??」と思いつつ電話を出ると…「無事横浜へはお着きになられましたか?今日は遠方はるばる本当にありがとうございました」との優しいお言葉。
いやぁ、感動しましたね、率直に嬉しかったですし、なによりこの方の「思い」が直球で伝わってきました。
日ごろからどうお客様にご満足して頂けるか、喜んで頂けるかを考えあぐねている私も、いやはや、これには驚きと感動でした。
だって先方様、言葉で恐縮して下さっただけでなく、ちゃーんと私が横浜まで戻る新幹線の時間まで考えつつ、改めて遠方まで出向いた私へのお礼を伝えてくださったんですもの。この「戻るまでの時間」を考えてくれたってことはですよ、その間、ずっと私のことを気にかけて下さったということですから。いや実際、血を分けた両親だってこんなことしてくれませんもの(←比較しちゃいけませんね、スミマセン)。
ここからは想像の域を出ませんが、「あ、そろそろ名古屋で新幹線に乗ったかな」、「横浜まではこのくらいの時間かな」、そして「無事帰ったかな」の3拍子ですよ…しかも横浜に戻ったのが夜の8時過ぎでしたので、その間、会社の業務時間を超えて心配なさってくれていた。定時終わったからおーわり!じゃないんです。この電話の瞬間に、「あ、この方とは長いお付き合いをさせて頂こう」って率直に思いましたもん。
些細なことなのかも知れません。
人によっては、「そこまですることないよ」と言う方もありやなしや。
でも、この方の「思い」は確かに私の琴線にふれました、ポロローン。
和陶器の販売を生業としている私が常々追い求めている「思い」は、ただ単に「売って終わり」では決して決してなく、「お客様は本当に喜んで頂いてるかな」、そしてその先、「お客様の思い描くお料理の盛りつけが叶ったかな」、さらにもっと広がって、「お客様が理想にしている、食やテーブルを取り巻くリビング、リビングから広がるライフスタイルの夢が実現してるかな」…というところまで馳せる「思い」です。
そしてそんな「思い」のささやかな一歩なのかもしれませんが、私はご紹介する和食器ひとつひとつを、お客様のテーブルに傷がつかないように、丁寧に「ハマ擦り」をしています。和食器の裏側、底の部分の「台」のような部分を「ハマ」といいますが、ここをスリスリスリスリしているのです…とっても地道で丹念な「一歩」です。
遅まきながら、今回の掲載写真は、その「ハマ擦り」の自動機械。
今まではひとつひとつ手仕事でスリスリしていましたが、なにぶん物量が多くなって、もう手仕事だけでは追いつかなくなってきまして(皆様のおかげです!)。
写真の「自動ハマ擦り機」は、円形のヤスリがグイーンッと高速回転して、「ハマ」を適度に押しあてるだけでキレイに「ハマ」がツルツルになります。「ハマを擦る」、ただそれだけのための機械。1台8万円也…
でもね、気づいてくれるかくれないかはともかく、それだけのことでもお客様に喜んで頂ける小さな「思い」を込めていたいんですね。
ちょうど横浜に着く絶妙なタイミングでお電話をくれた方のように、そして、私の急激過激な「修行ダイエット」に親身なアドバイスをして頂いた先生のように、その「思い」を私も継承していけたらいいな…と、梅雨の夜空を見上げながら思い耽るのであります。
「思い」を込めた和陶器たち : 茶碗、皿、プレート、鉢、ボール、カップ、湯呑み、箸、箸置、急須、丼
2010-05-24 好きなことを 体力勝負で
チョイ・ごぶっ!
ちょいとご無沙汰です。
今月は2度目の「店長日記」のお目見えです。
5月は誕生月なので、意味もなくハリキッテいますっ!
誕生月だから、っていうワケでもなく、5月の季節感は個人的にも好きな陽気です。
初夏の雰囲気、晴れ渡る空、風薫る5月…
お盆ごろに仕込んでくれた両親に、感謝!(←さらりと流してください)
しかしながら一方で、この冬に無理を押して、さらに押し続けて邁進してきた我がカラダにも、そろそろ異変が出てくる季節でもあります。
特に今年は、皆々様のご愛顧のおかげで、5月の大型連休も無休でモリモリ邁進し続けてきたのもですから、「過労王子」ことアタクシのカラダはいつぶっ壊れてもおかしくない状況のようです。
週に一度はお世話になっている、かかりつけのマッサージの先生曰く、「あれぇ、全身ハリハリで手のつけようがないですねぇ」と半ば白旗を上げています。
あ、その、ちゃんとした正規の(!?)マッサージですので、皆様誤解のないように。
ただでさえ睡眠が短い挙句に浅ーい眠り、眠っていても夢の中で仕事をしているなんて、ユニクロ、じゃないや、H&M、じゃないや、ZARA です(←ちょっと厳しいね)。
あれよあれよと週末を迎え、なんやかんやで土日も労働、気がつけばまた週の始まり月曜日…こんな感じで突っ走っています。
そしてこんな生活を、もうかれこれ7年も…
多分ですね、いや間違いなく、こんな生活を強制的に強いられたら、7年もしないうちに過労死していることでしょうね。
だって自分でもそう思いますもん。
かく言うアタクシも今の仕事を立ち上げる前は、20代の数年間は宮仕えをしておりました。
いやはや、これは苦痛でした。
ただでさえ自由をこよなく愛する(!?)性格上、会社と言う組織にがんじがらめに縛られることは根っから大嫌いでして。
パソコンのマウスも線がついたのはイヤ、無線のマウスで自由自在です(←関係ないか)。
規律や制約、慣例や上司との関わり…もうそれだけでストレスがグツグツしてました。
その上に仕事上で縛られて、やれ成果を出せ、残業しろ、休日出勤しろ、なんて上から言われたら、多分カラダが壊れる前に精神的に壊れていたでしょう…
だから上司とケンカして、会社を飛び出したんですがね、エヘヘ。
気持ち良かったですよぉ、だって上司とケンカしたんですもの。気分爽快、ストレス解消、結果として職はなくなりましたけど、ネ。
今こうして、自分でも自覚できるくらい時間的にも内容的にも長く濃い仕事に没頭できるもの、つきつめれば、自分の好きなことを思いっきりさせてもらえる環境にいるからなんだろな、なんて午前4時近くまでこうして仕事をしながら考えるわけです、ハイ。
やっぱり、和食器、好きですもん。
「好き」って感覚は、理由なんてないですよ。
恋愛でも同じでしょうが、好きだから好き、なんですよね。
好きだから、もっと知りたいし、もっと突きつめたいし、もっと深く、もっとのめりこんでいきたい…
あえて理由を探すとすれば、昔から美しいものに惹かれていましたっけ。
綺麗なものや美しい景色、雲の流れや夜の海に照り輝く月などを、時間を忘れてただただ眺めているのが好きでした。
小中学生のころには絵画にも興味を抱き、写生大会ではあえて友達の群れから離れて、「こういうアングルで描けば大人受けするだろうな…」などとほくそ笑みつつ独創的な描き方を披露し、狙った通りに市長賞やユネスコ賞などをゲッチュしていた、いやったらしい子供でした。
和食器も、そんな美しさ、綺麗さ、もう言葉を超えた世界が広がっっているようにアタクシには感じるのです。
そして、そんなそこはかとない美しさを内包した器を、自分の好きなようにアレンジして、それを仕事にできる、喜び、至福感。
だからこそ、時間も曜日も、時には季節も忘れ、実家に帰ることも忘れ、物忘れ、ズンズン邁進できるんだと思います。
でも最近では、寄る歳波にはあらがえず、むむ、今日の体調はヘンだぞ…と感じる機会も増えてきました。
そんな時はもちろん、自分の体調管理が大切になりますね。
アタクシの場合、できるだけ西洋医学には甘んじず、東洋的治癒の手法を取り入れています、ハイ。
どーしても大切な仕事があるとか、お会いする方に迷惑を掛けちゃいけない、という時は、西洋医療のお世話になって、お薬をちゃんと飲みます。
即効性があって便利ですが、副作用もあって、眠くなったり、ダルくなったりしてかえって仕事に集中できないことも多々あるんですね。
ですので、普段はもっぱら東洋治癒を取り入れて、薬草風呂に浸かったり、漢方薬を日ごろから摂取しています。
いやぁ、この漢方薬、意外と効き目ありますよぉ。
西洋的お薬のような即効性はありませんが、長きにわたってジワジワ浸透していって、結果として体質を改善してくれるんですから。
ちょっと調子がヘンだな、とか、医者にかかるほどじゃないけどダルいな、とか、最近そういえばココが痛むな、とかいう微妙な兆しが感じられると、アタクシは東京都内の漢方の先生のところに行って、ありとあらゆるカラダの不具合を相談してきます。
近くの町医者よりも、すんごく頼りになりますよ、ホント。
特にこの漢方の先生、82歳なのにピンピンしていて肌ツヤも良く、溌剌として声も通って元気元気。
やっぱり漢方の先生はこうでなくちゃね、という理想的な先生なのであります。
以前に腱鞘炎で手首が痛くて痛くて泣いていた頃、西洋的なお医者さんに診てもらったら、「単なる手首の使い過ぎですね」と、湿布しか服用してくれなかった。
別の西洋的お医者にセカンド・オピニオンで診てもらったら、「手首を固定しましょう」とギブスをはめようとしやがった。
まったく別件だけど、耳の聞こえが悪くなって耳鼻科に行ったら、、耳の後ろの後頭部を切り開いて耳の内部を手術する、と言い放ったドクターもいれば、耳の症状なのに、鼻腔の軟骨を削りましょうと不吉な笑みを浮かべたドクターもいた(←実話)。
きびすを返して、この老練な漢方の先生に相談したところ、おろどおろどしくて臭い薬草をぺタペタ塗りたくることを推奨してくれて、結果腱鞘炎はスッカリ治っちゃっいました。
しかも、ホントかウソか分からないけれど、もしこれで治らないようなら、中国の古い文献を調べるからまたおいで、なんて…ウソでも嬉しかったワ、ウフッ♪
こうしてちょっとした不調や不具合でも、気軽に相談できる漢方の先生(←老練だけどピンピンしてる先生が望ましい)っていう存在、皆様もお近くに1人準備しておくと頼もしい生活が送れることでしょう…
そして、意外と、高くないのよ。漢方って。
こちらの写真はこの漢方の先生ご推奨の入浴剤。
いろーんな入浴剤は多々あれど、化学物質や添加物、色素なんてぜーんぜん入っていない、薬草オンリーの入浴剤です。
疲れたかなぁ、って感じる時は、この薬草風呂にゆったり浸かっています。
温泉の効能バッチリ&薬草そのもので効果テキメンです。
しかも1包、160円。ね、高くないでしょ。
ことさらかように、好きなことを思いっきりやって、なおかつ、漢方のお世話になっていると、こうしてバリバリ仕事に邁進できるようになります。
漢方の老練先生は、アタクシにとっては必須アイテム、じゃないや、大切なお方なのであります。
こよなく愛する和食器たち : 茶碗 ご飯 湯呑み 急須 ポット 鉢 ボール 皿 プレート 箸置 カップ
2010-05-07 皆様、ご愛顧ありがとうございます!
ご無沙汰しています。
やっぱり、ご無沙汰しちゃいました…もう5月ですもんね。
4月の「店長日記」は、とうとう書かずに終わってしまい…おサボリしていたわけじゃぁないんです(涙)。気づいたら5月になっていたんです…大変希少で貴重な特定の一部の方々から、「店長日記、読んでます」なぁんて言われると、胸がズキズキ痛んで痛んで。前回は確か3月の日記でしたから、それ以来日記が更新されていないと、あらぬご心配をお掛けやしないかと、コチラが心配になるくらい。①忙しすぎて日記すら書けなかった、②病気か事故で身体的に書けなかった、③そもそも事業を挫折した、の、いずれかをご想像されているのではないかと、日記を書かないワリには意外と本人は気を揉んでいたりしていました…ら、5月。
皆様はこの大型連休はいかがお過ごしでしたか?
私は上記選択肢の①でした。
和食器や陶器は意外にも、季節によって売れ行きに大きな差異があるものなんです、ハイ。
1年のうちで売れる季節は春と秋、そして春と秋では春の方が好感触なんですね。
新しく始まる新生活、食材が美味しくなる季節、気分も晴れやかになってきて…「食器買い替える?」という気分になってくるのでしょう。
そしてそして、春のうちでもこの4月末から5月初旬の大型連休がイチバンの山場、つまり、1年のうちでもっとも売れ行きのイイ期間なのです。
ココを逃すまいと、ワタクシを含め和食器業界の皆様は躍起になっているんですねー。
有名どころで言えば、九州の有田焼の産地でも、この時期決まって「有田陶器市」が大々的に開催されますし、有田ほどは目立ちませんが、美濃焼の産地、美濃地方でも、この大型連休に「美濃焼陶器市」が開かれます。名古屋辺りから大勢のお客様が大挙していらっしゃるそうです。
そして例にもれずワタクシも、この好機を逸しまいと、それこそ、1年の全パワーをこの時期に集中させた臨戦態勢で臨みました(←なので、4月は日記を書けなかったんです、というかーなーり遠回りの弁解)。
通常月イチの美濃への買い付けも4月は2回行き、通常月イチのネットショップへの新商品のアップも4月は2回しましたし。かたや、ワタクシの本拠地である横浜近郊の和食器の直販も2回実行し、その準備とネットショップからのご注文の対応で、セント・ルイス、いや、おぼん・こぼん、いや、てんや・わんやのスペシャルウィークでござんした(注釈:てんや・わんやまでの言い回しは、お分かりになる方のみで結構です)。
こちらに添付の写真は、その直販でのワンシーンです。
この「和食器売れ行き最高潮(のハズ)」のスペシャルウィークの期間中、大型連休でふわふわ&ウキウキ感充満の世間様に背を向け、ただひたすらに倉庫とトラックに立てこもり、地道にコツコツとネットショップからのご注文の商品の発送と直販の準備に精出していました。時間外労働なんて当たり前、睡眠の寸暇を惜しんで徹夜もしました…泣
お陰様で、皆々様からのたくさんのご愛顧を頂戴し、この期間中に1本立つことができました(←この「1本」の意味はご想像下さい)。
しかし、改めて冷静に見つめてみるとですね、ワタクシのご紹介している和食器はウン万円でもなく、ウン千円でもなく、ウン百円単位ばかり、中にはまさしく100円という商品まであるなかで、1本立つというのはスゴイことだな、と自分のことながら驚きです。だって、100円を1ロットとして、1万回の販売機会をこなした、ということですから(←ここで「1本」の意味がわかる仕組み)。前準備の期間もありますが、スペシャルウィーク中の2週間弱の期間で1本、しかもワタクシ独りで稼働という点を加味してみると、ウム、自分で自分をナデナデしてあげたくなります。
しかもですよ、ワタクシはかたや、和食器や食材の輸出も並行して行っていますので、大型連休とはまったく無縁の平日オンパレードの海外を相手に輸出の仕事を行いながら、というオマケまでついているのです。
しかし、かたや、ウムム、どーして2本にならないのか、2本は極端だとしても、どーして1.2本、1.5本にならないのか、という、自分に対するふがいなさも同居しています。
ワタクシはもっぱらの文系で、学生時代は慢性理数アレルギーを地でいっていたほどですが、簡単な物理の原理はちょっぴり分かります。
曰く、「物を動かす時にかかる一番大きなエネルギーは静止している状態を動かす時で、すでに動いている物をさらに動かす時は、静止している物を動かす際のエネルギーほど、負荷エネルギーは必要としない」
ね~、理屈っぽいでしょ~、男の子って。
つまり、簡単な例を挙げますと、同じ1万円の売上の差異でも、0円を1万円に売り上げる際のエネルギーと、10万円を11万円にするエネルギーは、その負荷の量がまったく違う、ということです(←と、いうことをいつも考えています)。
0円を1万円にするエネルギーは半端ではありません。
だから、夢見て起業した方々の多くは、なかなか思い通りに進まなくて、途中で投げ出してしまうのでしょうね。
でも、10万円を11万円にするエネルギーは、同じ1万円の差異なんですが、ちょっとした工夫やアイデアで克服してしまうかもしれないエネルギー量なんですね。
ちょっとした工夫やアイデアというのは、例えば魅せるお店づくりとか、商品の選別や仕入の量、展示の仕方、販売価格の設定や、ちょっとした一言とか、ネットショップなら商品写真の撮影の仕方とか、コメントの工夫とか…
そこが足りないから、1.2本にならなかったのだし、1.5本、2本には到底達しなかった、ということです。
そんな工夫やアイデアの中でワタクシがもっとも畏れ、そして忌み嫌っているのは、専門的に言うところの「販売機会の損失」っていうやつです。
カンタンに言うと、大好評で売り切れてしまう商品が続出してしまうこと。
一見、大好評で売り切れる、という現象は、お客様にお喜び頂けたという満足感と、販売する側から言えば、在庫がカラッポになくなった、というスッキリ感で至福のひとときのハズですが、でも裏を返せば、そこまで好評の商品をナゼもっと多く準備できなかったのか、多く準備をしておけば、もっと多くのお客様に満足して頂けたのに、販売する側から言えば、もっと売上が立ったのに…ということになります(←繰り返しますが、いつもココまで真剣に考えあぐねています)。
もっと多く商品を準備できなかったのはワタクシの審美眼と商売勘が鈍っていたかズレを生じていたのではないか?
準備に不手際や滞りはなかったか?
…そんなことを思いめぐらし続けて、ただでさえ短い睡眠時間をすっきり眠れずに過ごす結果となります…トホホ
ですので、よく何かしらのイベントや特売コーナーなどで、「完売御礼」やら「 sold out 」なんて万歳三唱&大喜びしている方々を見るにつけ、ウーム、ワタクシとは違う感性だな~と冷めた目で眺めてしまうのです。
やっぱりコレって、ワタクシの両親も商売をしていたせいでもあるのでしょうか…
血は争えない、なぞと申します。
そんなこんなの家庭に生まれて今日で39歳。
いみじくも、本日5月7日はワタクシのバースデーだったりします。
あぁ、今年もどっぷり仕事一色でバースデーが過ぎてゆくぅ~さらば、バースデー!
皆様に大好評を頂いた和食器たち : 茶碗 皿 プレート 碗 鉢 ボール 箸 カップ 湯呑み 急須 箸置 スプーン
2010-03-29 現実を理解すれば見えてくることもある
ハイ、すっかりご無沙汰の「店長日記」、3月も終わりかけになってようやく焦って書いております(汗)。
せめて、せめて月に1度は日記を書かないと、すっかり忘れ去られてしまう危惧を抱きながら、「書かねば、書かねば」という悶々とした日々を過ごし続けて早1ヶ月以上…その間に冬期オリンピックは始まって終わり、桜の開花がチラホラと聞かれ、プロ野球は開幕してしまいました…
次の日記はサッカーのワールドカップが終わった頃か!?
ま、でも、せめて少なくとも月に1度くらいは皆様に元気な姿をお披露目しないと、ものぐさ店長のレッテルを貼られてしまうので、ネタを見つけながら粛々と書き続けて参る所存でございまする。
しかしねぇ、耳にタコ八郎、じゃないや、タコができるくらい聞き慣れた感のある「100年に一度の不景気」なるこの状況、先行きがまったく見えないまま真っ暗闇の中を手さぐりで進まなくちゃならない不安感って、どうにかならないもんっすかね。「頑張れば明日は明るいっ!」的な高度成長期の希望に満ちた躍動感とは対極にある昨今の状況。まぁ、そんな中でも躍進しているところもあるにはあるのでしょうが、同業&異業種の方々の現場のお話を聞くにつけ、うむ、やはりヒドイ状況なんだなと改めて実感しています。
アタクシは和食器や陶器の直販もやっており、お陰様でお客様のご支持を頂きながら高水準でご好評をいただいておりますが、昨年までチラホラ見られた「爆発的」勢いが今年に入ってすっかり影をひそめるようになってきましたもん。昨年まではびっくりするくらいの爆発的反響がある時もあったのですが、今年は一切ない。商品のラインナップも悪くはない(ハズ)ですし、値段もお値打ちのままですし、肝心の売り手(アタクシです)のモチベーションにも変化はない…、なのに、爆発しない。いやはや、現場の実感ってホント正直デス、ハイ。
でも、こんな時に思うのことは、悪いなら悪いなりに、もちろんイイ時にはイイなりに、一体どこを目指すのかいな、という素朴なギモンなのです。
こんなヒドイ不景気の只中にあって、まだ元気にお仕事をさせてもらっていることをヨシとするか、いやいや、もっともっと夢のような境地を目指すのか。
もっともっと、さらなる飛躍を欲するならば、現状のわが社の体制は不十分と言わざるを得ません。かと言って今のままでいい、と見切りをつければ、これ以上の成長は見込めないでしょうし、成長するパワーをないがしろにすれば、こんな時代なら自然と下降線をたどってゆくことでしょう…てな感じで、今ではそんなありがたき岐路に立っている状況であります。
先日も某大手ショッピングモールさんから出店のありがたいお誘いを頂きましたが、今の状況では、現実的に人出が足りないんです。んじゃ、人手を入れれば加速度的に売れるのかと問わるれば、うむ、こんな先行き不安な状況では思い切った策が打てない。ま、でも、見方によっては本当に嬉しい悩みなんですけどね。
現実的なリアリティーを見据えながら次の一手を打つ(あるいは先延ばしする)、ってのが基本線ではありますが。
Oh ! 抽象的っ!
いやね、お仕事でも普段の生活でもなんでもそうなんですが、現実を直視して考えるって習慣、しているようで意外としていないことも多々あるんですよねー。
んでもって、あとになってガックリ肩を落とす結果になったり、「なんだよー」って当たり散らしたり。
先日も、近所の郵便局の本局で、投資のお誘いのビデオが流れていて、ぼんやりと眺めていました。いえいえ、投資に興味はありません。こんなご時世にあって、どんなふうに投資の世界へ導こうとするのかね、という興味で眺めていました。
曰く、「昭和30年に1万円を投資していたら、今では15万円になっています、でも普通預金だったら当時の1万円が2万円にしかなってないんです」だって。「だから投資の方が魅力的です」ってな甘いお誘いを言外に謳っているワケですな。
一見、オオッ!って思いますわな。
1万円が、15万円に…投資をすれば15倍になるかも知れない!と…
でもねー、ちょっと冷静に考えれば、これって一種のトリックだなって、笑ってしまうんですがねー。
確かに、ウソを吹聴しているワケじゃないでしょうから、昭和30年当時に1万円(しかしこの当時の1万円の価値ってスゴイと思う←って思うことも大事)を投資していたら、実際に15倍の価値になっているのでしょう。それは、投資そのものによる価値の膨らみに加えて、1万円という価値そのものの相対的な価値の違いもありますからね。それに、いちばん重要なのは、昭和30年からしばらくの間、いわゆる「高度成長期」だった、という事実が大きく影響してるはずだヨナ、キムヨナ、なんて瞬間的に思ったワケです。つまり、15倍にまで成長する要素がワンサカあったわけです。
でも、じゃあ、今1万円を借りに投資したとして、同じ期間を経て、15倍になるのかね?
と、考える習慣が大事なんだヨナ、キムヨナ(←しつこい)。
こうしてなににつけても冷静に現実を理解しようとする習慣をつけておくと、あとになって後悔するような状況をできる限り回避することができるように思いますが、いかがでしょうか。
例えば、こちらに掲載の写真は、深夜の高速道路のパーキングエリアに停車している長距離トラックの一群です。
写真のトラックはまだ少ない方ですが、場所や時間によってはパーキングエリアに入りきらないほどトラックがギッシリの状態です。
エコエコとなにかと叫ばれる昨今にあって、どーして排気ガスをモクモク出すトラック輸送なのよ?…ってな、率直なギモン。
そして、ほぼすべての停車中のトラック、エンジンをかけたままです。その間も、モクモク&モクモク…おーい、エコはどこいったー?
こんな現実を見るにつけ、エコの努力は認めつつも、あぁ、間違いなく地球は病んでいるんだなと悲しくなります。
でもあんまり、というかほとんど、この現実については語られないのヨネ、キムヨネ(←誰?)。
トラック輸送が国内物流の大半を占めているのは、その自在性にあります。door to door で荷物を運べる点では、やぱりトラックがいちばんですもんね。エコの観点から考えれば、むかーしよく走っていた貨物列車による輸送がいいハズなのに、今や貨物列車は減少の一途。貨物列車は駅から駅(詳しく言えば、貨物ターミナルから貨物ターミナル by 鉄ちゃん)の輸送に制限されますし、いちばんの問題は JR貨物と JR旅客会社との力関係が作用しているんですな。
貨物列車を運行する JR貨物って会社、国内の JRグループで唯一、自分の線路を持っていない会社なんですね。
つまり、JR旅客会社さんの線路を「借りて」、その上を貨物列車を走らせてもらってるノネ、キムノネ(←もう誰か分からない)。
JR 旅客会社と JR貨物の力関係は、つまり以下の通りです。
JR 旅客会社: 「うちはさ、乗客のための会社でさ、そのための線路なんだからさ、乗客のための列車が最優先だからね」
JR 貨物 : 「そんなぁ(涙)」
JR 旅客会社 : 「もし貨物列車を走らせたいなら、旅客列車が走っていない時間ならいいよ」
JR 貨物 : 「じゃあ、いつならいいんですか?」
JR 旅客会社 : 「そうさねー、旅客列車が走っていない深夜とかかなぁ。昼間でもいいけど、旅客列車が走る時は待機しててよ」
JR 貨物 : 「分かりましたぁ(涙)」
JR 旅客会社 : 「あと、それとね、ほら、お宅の貨物列車って、けっこう重量が重いじゃない。痛むんだよね、うちの線路が。だから、補修の費用、多めに肩代わりしてよね」
JR 貨物 : (涙で声も出ず…)
ってな感じです。
なので、貨物列車は意外と経費の負担もあり、いちばんのネックは、時間が掛かり過ぎること。旅客列車を待つ間、5時間待ち、10時間待ちは当たりマエダのクラッカーなのです(藤田まことさんを偲ぶ)。
トラックが幅を利かせている理由は、ここにあるんですね。
しかも、停車中もエンジンをかけっぱなしている理由は、特に冷蔵、冷凍トラックは一度エンジンを切ってしまうと、冷蔵や冷凍の発電機も切れてしまって、積載している商品をダメにしてしまうからなんですね。以前にどこかの団体(政府?)が、かけっぱなしのエンジン対策のために、パーキングエリアに電気の電源を設置して、トラックが停車中に発電機の電源を入れておけば、エンジンを切っても大丈夫、これこそエコ!と声高に謳っていましたが…んじゃあ、もしなんらかの原因で停電になって、積載する商品が全部ダメになったら、一体誰が面倒みるの?という議論になり、この案、スゴスゴと消え去ってしまったという経緯もあります。
排気ガスのエコ対策として、昨今では「カーボン・オフセット」なる横文字もさかんに耳にするようになりました。
つまり、その場で発生しうる二酸化炭素の量を算出し、それに価格をつけて、まだ二酸化炭素の排出量が少ない第三国へ販売する、という内容です。
これだって、一見すると、カーボン・オフセットってエコなのね~♪なんて思いがちですが、現実はその場の二酸化炭素はまったく減っていませんし、「概念上」、ほかへ移しましたよ、ということだけのことです。
そんなふうに冷静に「現実」を見てみると、対処の方法も考えられますし、どこへ進むべきか、とどまるべきか、準備すべきか、静観するべきか…などなど、ご自身の生活の方法、もっと大げさに言ってしまえばご自身の生き方までも考える契機になると思うんですね。
言いたいことはもっとあるんですよ、ホントは。
日本の国家予算が途方もない借金で賄われてるのに、反面、年金が潤沢な夢のような老後を描いていたり…
サッカー日本代表の昨今の戦いぶりを見てるのに、反面、「ワールドカップ、ベスト4!」って叫んだり…(サッカーファンの方、本当にすみません)
食の安全を!と切望している割に、反面、どーしてこの値段で提供できるのよーと思いつつ回転寿司へ足を運んだり…
「頭で儲ける時代」という雑誌を刊行していた出版社が、突如、倒産してしまったり…(それまでの情報は何?)
笑うに笑えない現実って、実はそこかしこにあるんですよね。
ま、でも、現実を考えるのは、綺麗な器で美味しいものをいっぱい食べてからにしましょう!(←と、ここで和食器に繋げるわけです、強引に)
たまさかの現実を逃避させてくれる綺麗な器たち : 茶碗、湯呑み、急須、ポット、皿、プレート、鉢、ボール、箸置、マグ、カップ、スプーン


