始まる前の花


仕事を終えて少し車を走らせ、とある場所に止まる。
彩度の薄い冬夜の中、暗闇の中には梅の花が目印のように朱に染まっている。
車を降り、手に持ったカメラを構えてファインダーに満開に咲いた梅の花を収める。


「久しぶりなんじゃないかい。」とネズミが後ろから声をかけてくる。
「そうだね、久しぶりだね。ネズミ。」
ネズミは少しため息をついて話す。
「分かってないな、君は。僕に会うことじゃないよ。君が夜に写真を撮りに出かける事が、さ。」
「...そうかもしれない。」と僕は思う。
たしかに、わざわざ撮影の為だけに時間をとることが少なくなっている。
だけど、そんな中でも梅の花はカメラに収めておきたかった。


梅の木は桜よりも早く咲く。
桜が春の始まりを告げるものだとすると、梅の木はその予感を告げるようなものだ。
何かの始まる前を告げる花。それが梅の花だと思う。
「なるほどね、だとすると君は何かを始めるのかい。」とネズミ。
「そうだね。始めるかどうか分からないけど、やってみたいことはあるよ。」
「それは映画かな。」
「うん、そう...と言いたい所だけど、その前にやりたいことがあるんだよ。」

「ふうん、そんな回りくどい言い方をするところをみると、聞いても教えてくれなさそうだね。」
ネズミの口ぶりを聞いて、僕は少し笑う。
「まあね。君との間にも内緒みたいな事が存在しても面白いと思うんだ。親しき仲にも秘密ありだね。」
と答える。


一通り梅を撮影して車に乗り込む。
撮影された手ぶれ気味のその写真はなかなか梅らしくていい。
輪郭があやふやで、揺らいでいる。だけど赤い色だけははっきりしている。
ネズミはカメラに写った写真を覗き込む。
「なかなかの写真だろ」と云うと、
「僕は梅酒が飲みたくなったよ。」と云って笑った。

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