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続々・ノボリゾウ日録 by 岬たく

 

2017-08-19 夜になっていく時刻

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 数か月前から予定のない時間にふと思い出しては、2010年以降2017年までに撮った大量の写真を「月単位」を区切りで見直しては、今の目で埋もれていた写真をピックアップしていた。最初は季節に限らず適当にある年月を選んでいたが、そのうちに、五月と六月を選ぶようになっていた。ひと月のあいだに撮った写真の中から選ぶのは少ない月で十数枚で多い月で六十枚くらいだったろうか。そんなことをしていて、それを実施した月が16になっていた。2010年以前にもたくさんの写真を撮って、それが全部HDD二台以上に残してあるが、2010年以降に区切っても、この2017年7月までに90以上の月数が過ぎているから16と言うのは二割にも満たないわけだが、選んだ写真がひと月平均で四十枚だったとすると、そうして選んだ写真が40×16=640枚くらいになっていたわけだ。とここまで書いて、そのフォルダーをプロパティで分析したらファイル数が846と出てきたから、もっと多かったです。

 夏休みでもあるし、ここはひとつ、さらにその846枚をベースに写真集を一冊自作してみようと思い立ち、月曜火曜くらいでさらに選抜して、水曜の夜には選んだたぶん250枚くらいを普通紙A4一枚に四枚でプリントして、カッターで四分割してA6相当にした。それを木曜と金曜にDVDレンタルで借りた映画を観ている隙間の時間(トイレのために一時停止したときのついでなど)とか、読書のあいまの時間などに、仮に選んで並びを作ってまた崩して、そんなことをしていて、一応木曜の夜に概ね40枚で並びを決めたので写真用紙でA5サイズにプリントをした。土曜の午前にタイトルを、中身はストリートスナップ的なのに、まったくなんの脈略もないままにふと浮かんだだけで「green sleeves」と決めて、表紙にその字を入れたりしたものを追加でプリントした。それで全部ページをそろえてから、土曜の昼頃に横浜駅西口のキンコーズへ持っていき、製本作業を数百円でしてもらう。表紙と裏に透明アクリルを入れる。そうするといままでこうして何冊か自作の一冊だけの写真集を作って来たがなんとなく「様になる」のである。

 出来上がった写真集をバッグに入れて、すぐ近くのDORAGONなんとかっていう大衆中華の店で回鍋肉定食を食べた。奥の席にサラリーマンや若者男性ばかりのなか、ひとり細面の清楚な若い女性が座って食べている。きれいな光景だった(が、写真に撮るわけにもいかないですね)。

 帰宅してから、家族は用事があり不在とのことで、月曜にTSUTAYAで借りた五本のDVDの中から「Life goes on 彼女たちの選択」という映画を観た。日本では劇場公開は至らず、DVDのみ発売(およびレンタル)という映画で、アメリカのモンタナ州のリビングストンという町やそこから車で四時間離れた牧場などを舞台に四人の女性のそれぞれの日常の「目下の課題」のもとでの心の揺らぎや希望につながるふとした思いが描かれる。四人の女性はほとんど交わらない。一つ目のエピソードの主人公が最後のエピソードのなかのとある会話の場面で後ろを通り過ぎていくとか、ほかにも気づいた範囲ではせいぜいもう一つかな、その場所の同じ季節(冬に向かう季節)を覆う概ね曇天の、気が滅入るような季節ということが通奏低音のような役割をしている。音楽はほとんど使われない。いや、使われているが、滅多やたら雰囲気を作りこむべく流れ続けるような過度な演出には回っていない。普段、大したストーリーのない何も起きない映画が好きだ、などと人に表明しているが、大したことのないかどうかはさておけばストーリーがあるからよりどころにしているわけで、この映画の「淡々さ」には驚いた。それで、それゆえに女優陣の演じる力やカメラワークや背景に秘められた隠し味が気になって、まさに尾を引く映画なのだった。たぶんこの映画を観た人の平均的感想は「つまらない」方に傾くのだろうけれど、私はすっかり驚かされて試された感じもして、これはきっともういちどじっくりと見るだろう。

 夕方になり、ずっと雨ばかりだったのに今日は晴れているから、これを逃したらもったいないと思い、久々に自転車をマンションの自転車置き場の一番奥から引っ張り出してきて、蜘蛛の巣を払い、フレームやサドルを乾いた布でささっとふき取り、チェーングリスはまだ十分にあるから良しとして漕ぎだしたのが午後5時半。適当に思いつくまま路地を曲がって。相模川を渡り、平塚の駅のあたりから線路を南に越えて、最近はダイエットのため(?)朝はバナナ一本を基本としているので行かなくなったものの、半年前にはよく土日の朝にモーニングを食べに行っていた(そのまえに湘南平に風景写真を撮りに行っていた)平塚市千石海岸のデニーズの方向へ進んでいたら新しい蕎麦屋があった。ノンアルビールでいたわさを食べて、夏季限定の「パクチー蕎麦」を食べてみる。これはざる蕎麦の刻みのりをパクチーにして、その量をだいぶ増やしてあるもので、漬け汁にはさいた茹で鳥が入っていた。パクチーの香りが強くて蕎麦の味がわからないまま食べ進む。どうせならこういう変化球メニューではなくてもり蕎麦にすれば良かったか。昨年の秋にオープンした店だという。日本酒メニューやあてとなる料理もそろっているようだった。

 蕎麦屋のおばちゃんがもうすぐ雨が来るよと教えてくれたけれど、遠くの空がときどき遠雷で光るものの、それは随分と北東方向遠くに思えるから、そんな天気警告も忘れてまたぞろゆるりとペダルを漕いでいく。相模川の一番海より、国道134号の橋を渡って、渡りながら河口の突堤で釣りをしている人を写真に撮ったりしていく。

 橋を渡り国道を逸れて、最近順番に新し建物に変わっている浜見平団地を抜けて東海道線をくぐり、自宅まで自転車でもう十分以内というところまで来たら、ある時刻を堺にして大粒のばらばらと降りかかる雨。

 あわてて首から下げていたカメラをバッグに入れて帰ったが、シャワーを浴びたように髪から雨水がしたたった。

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砂州でルアー釣りをしている人だろうか?増水の危険がありますね。

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この雲を見て、もうじき雨がやってくると思いながらもいざ降らなければ意外と安心してしまっている。

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2017-08-17 横浜トリエンナーレ 赤レンガ一号館展示

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 横浜トリエンナーレ赤レンガ倉庫一号館会場に行ってみる。曇天なれど、昨日までの「驟雨・豪雨・霧雨入り乱れ、最高気温も10月並み」と比べれば歩きやすい。それでも日差しはないけれど。

 以下、ネタバレ含む。

 クリスチャン・ヤンコフスキーの、ワルシャワ市内の歴史的人物彫像を重量挙げポーランド代表チーム11名(11だったような・・・9人だったかも)が持ち上げていく(持ち上げられないものもある)動画。最初はなんて馬鹿なことをやっているんだろう?これって伝統的な競技?など疑心暗鬼のように見始めるが、動画の中で実況放送をしているアナウンサー相当の方の彫像の解説や、チームのファン(演出の有無は不明)の四人の女子大生(女子大生だったような・・・違うかな?いずれ、若い女性)の感想を聞いていると、このバカげた行為がそれぞれの彫像になっている人物の歴史を背景にしていて、彼らをまさに尊敬し「持ち上げる」ということからウィットに富んだ、意味深いパフォーマンスに思えてくる。作品名は「重量級の歴史」

 あるいは、モノクロによる、彫像を使った身体訓練の解説写真も「モノクロであること」「モデル役のアスリートがきわめて真面目そうに演じていること」が、これまたウィットに富んでいて面白い。作品名は「アーティスティック・ジムナスティック」

 宇治野宗輝の「プライウッド新地」はさまざまな廃品や日用品やパッケージ類などを使った電気仕掛けのオブジェが音楽に合わせて光ったり揺れたり映したりする。客の子供たちは大はしゃぎ。

 トリエンナーレは三年に一度開催される現代美術の展示。大人ははてさてどんな顔で見ればいいのやら?と作品コンセプトや意味やメッセージを理解しようと鹿爪らしい顔をして腕を組むけれど、子供たちは映像や音楽に意味など求めずすぐに見入ったり踊ったりできている。

 さて写真はラグナル・キャルタルソンの64分の動画作品ビジターズの部屋。9面のスクリーンに液晶プロジェクターで、別荘なのかホテルなのか?ある建物にやってきた音楽家や家族と思われる集団が、一つ目のスクリーンにはバスルームで湯に浸かりながらアコースティックギターを奏でる男を、次のスクリーンではドラムセットのある部屋でそれを演奏する男を、また別のスクリーンではアコーディオンを抱いた白い服のきれいな女性を、といった風に固定のカメラがずっと「定点観測」をしている。それらの9面が同期していて、彼らはそれぞれヘッドフォンから流れるほかの部屋のミュージシャンの演奏を聴きながら「合奏」に参加している。それぞれのスクリーンの前に行くと、その音楽家の出している声や楽器の音がリアルに聞こえ、他の音楽家の音は部屋全体の後ろや前から響いてくる。たまたま64分の作品のほぼ最初の場面で、すなわち曲が始まるところから(それ以前にはそれぞれの部屋に音楽家が到着して演奏準備をしていくシーンがあった)見ることが出来たが、それぞれの音楽家の前へ行き、しばらく見て聞いて、またゆっくりと歩いて次のスクリーンへと・・・と言う風にゆっくりと会場内を回遊するように見ていた。曲はゆったりとしたテンポで静かに始まるが、途中何度か盛り上がり、音量が増し、コーラスが響く。また波が引くように静かになり、また一体的に演奏の頂点へと向かう。映像(音楽家の風貌や服装や部屋の中の様子や置かれているオブジェなどなど)と、場所の構成(広さ、暗さ、スクリーンの置き方)と、もちろん曲の旋律や編曲や、そういうトータルなことが鑑賞者の胸に打ってくる。いやー、暗い部屋をいいことに?二度ほど泣いてしまいました。二度目は嗚咽がもれそうになって焦った。具体的ななにかの物語に泣かされるということではなくて泣かされるのだからすごい作品だ。

 YOUTUBEにRagnar Kjartanssonと入れるとこのVisitorsという作品のダイジェストを見ることが出来ます。

 この映像作品を目いっぱい全編鑑賞して、感動してその後ぼんやりとなってしまい、駅に向かう途中の合同庁舎に入っている古めかしい喫茶店でスパゲッティ・ナポリタン450円を食べ、珈琲(ブラックだけれど薄目でほんのり甘い香りがするような逸品)300円を飲み、そのあとはさっさと帰宅。

2017-08-15 横浜トリエンナーレ 横浜美術館展示

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 横浜トリエンナーレに行ってみる。雨脚強い。美術館の正面のショッピングモール「mark is」や最寄り駅の「みなとみらい駅」ではポケモンの、というかピカチュウのイベントをやっている。それと何らかの関係があるのでしょうか?ゲームにはなにの興味も沸かない私にはちんぷんかんぷんなのだが、美術館とモールのあいだには、傘をさしたまま、立ち止まってスマホをやる男女が大勢見える。みな静かにスマホ画面に集中していてお互い話すこともしていないようで奇妙な感じがする。

 

 さてトリエンナーレ。三年前にはトヨダヒトシさんのスライドショーにすっかり魅せられてしまい、期間中、五回か六回か、シークレット上映会も含めてトヨダさんのスライドショーに通い詰めだった。毎回、なにかひとつふたつ、ぐぐっと魅了される作品に出合えるのですね。前回はほかにも、おばあちゃんの若いことのヌード写真をたよりにその歴史を紐解いていくような映像作品(作家の名前はとっくに忘れてしまったけれど・・・)や、美術館の前に設置された錆びた大型トラックや、大竹伸郎の「記憶装置」だっけ?とか、今も思い出すとワクワクする作品に出合えた。

以下、ネタバレあり

 マップオフィスという香港で活動しているモロッコ人とフランス人によるグループのミニチュア工作のように作られた島と海とそこに集う人々のオブジェは、領海をテーマにしているそうで(解説書によると)政治や社会の問題を想起させるとのこと、そういうインスタレーション。それぞれのオブジェに合わせて作られた小冊子に入っている文章が朗読された音声も流れているが、この文章は聞いていると、誰かが書いた一つの文章のように聞こえてなんの違和感もない(もしくは注意深く聞けば違和感があるのかな?)のだが、同じ海なら海を題材にして、村上春樹や大江健三郎や三島由紀夫の小説から集めた文章が切り貼りされているのだった。なんかその方法が面白い。

 瀬尾夏美の東日本大震災をきっかけに、地層に重なってあるもの、語り継がれているものあるいは語り継がれ続けなくて消えたもの、へと注視してそこから生まれた絵画とテキストによる作品。テキストが説明的という印象もあるが、地底の国や石というキーワードは作家の想像の先に出てきた世界観なのかな?うーん、でもなんかこれも村上春樹的ですな・・・地底と石。しかし総じて好きな作品。とくに絵画の色鮮やかさと優しい線とのミスマッチ的な印象が特徴。この方の作品は半年か一年か前に群馬県立館林美術館でも鑑賞したのだったがより増強されている感じ。

 タチアナ・トゥルベの段ボールを使った居住空間を現している?作品も印象に残る。

 などなどでした。

 それにしてもスマホゲームの無口な、雨の中の動きの少ない人たちの奇妙さが気になる。会場をあとにしてから彼らのあいだをぐるぐると歩き回って写真を撮っていたら、いつのまにか靴の中に雨がしみ込んでぐちょぐちょになっていた。

 

 夜、TSUTAYAで借りた映画「幸せなひとりぼっち」を見る。

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幸せなひとりぼっち [Blu-ray]

幸せなひとりぼっち [Blu-ray]

2017-08-13 下鴨神社 古本祭り

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 午後、昨日もちょっと立ち寄った古本祭りにまたぞろ立ち寄る。

 でも今日の主目的は特別公開中の京都大学花山天文台を見学すること。朝の9時に東山あたりで服を造るAさんと、写真仲間のHさんと合流。交差点近くのパンと喫茶の店でモーニングを食べたあとに、地下鉄一番出口から天文台のあいだの臨時シャトルバスに乗って行く。蹴上の先から脇の道に逸れ、くねくねした山道を上ること数分で天文台に到着する。ときどき観察会などはあるようだが、建物の特別公開ははじめてとのこと。ドームの回る仕組みや開く仕組みに古びたモーターや滑車や歯車の連動機構が見て取れる。丸い屋根の内側は小さな板材を合わせて出来ているように見える。解説の方も木のようだと言っていた。外側は板材数枚に一つの金属板が貼られて、隙間をなんらか埋めたのかな?まぁ建築知識はないからよくはわからないけれど、そういうところに興味がどどどっと沸いていく。ドームの天文台のほかに「歴史館」の木造平屋の建物のたたずまいも素晴らしかった。時刻校正のために子午線を星が通過する瞬間を測っていたころのものだそうだ。

 なんで古い天文台に惹かれるのか?すごい乱暴な括りだけど、宮沢賢治や萩原朔太郎や稲垣足穂や、大正のころの文学者の残した詩や小説には、西洋趣味(というか憧れ?外来語をいち早く使ってた感じ・・・)と、科学、とくに天文学などへの興味をよく感じる。科学は今も最先端で不明なことを明らかにする課題に、今まで以上に直面しているのだろうが、比較的には昔ほど、その課題が一般人と共有できていた、課題が判りやすかった時代ではなくなったのだろう。博物学全盛の大航海時代などは、一般人も総動員で新たな発見の「豊作」にウキウキしていたのではないか。なんかそういう時代があったことを漠然とだけど知っていて、もう不思議ではないのだが、知らんぷりして不思議を時間を越えて共有するような感じ。結局は理科におけるノスタルジーを見たいってことなのかもしれないな。

 そういう感じって小川洋子や吉田篤弘の小説を読むような・・・すごい乱暴ですよ、だから・・・

 今日は古本祭りではなにも買わずにいたけれど、そのあと京都市役所近くの1000000tアローントコに立ち寄って、また二冊、古本を購入してしまう。「故郷のわが家/村田喜代子」「いちばんここに似合う人/ミランダ・ジュライ

 夜8:53分京都発の小田原停車のひかり号指定席を予約していたが、午後にはAさんともHさんとも別れて一人行動。結局ふらふらと歩き回って、休もうと目論んだ珈琲の店は、お盆の休業や閉店で休むところに落ち着けない。そんなんならさっき通り過ぎたあそこに寄ればよかった、等々の後悔。

 小田原停車の一つ前のひかり(午後に2時間だか3時間に一本ペースでやってくる)に指定席券を振り替えようとスマホの予約サイトで試みるが、すでに満席。そこで京都シネマで午後6時〜8時10分で日本映画PARKSという井の頭公園開園100周年記念映画を観ることにした。

 映画のなかで若い女優永野芽郁演じる不思議な役柄の少女は公園の精霊のような役回りなのかな?映画の中に1960年代に作られるフォークソング(風の曲)が出てくるが、そのメロディもいかにもPPMの時代を思わせていてよく出来ていた。

 橋本愛ってダルビッシュに似てるな、などと勝手な感想を持ったが、私が性差を越えて、男の誰かと女の誰かが似ていると感想を述べても、ほぼ百パーセント同意が得られないから、そこから類推すると似てないんだろうな。

 

2017-08-12 ずっと割れなかったガラス

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 京都、特別公開中の「旧三井家下鴨別邸」。古いまま割れなかったガラス窓は平面度が低くて向こうの景色が歪んで見える。ガラスに筋も入っている。その筋を撮った写真です。ボケている庭には赤い百日紅。関東はじめじめの梅雨のような8月だけれど京都は快晴で猛暑。クマゼミが鳴いている。

 今日の主目的は、パリマグナム写真展(京都文化博物館)と京都在住のO氏ご夫妻と名古屋からやって来たH氏と一緒に計4人により煮込み「鈴や」でおでんを食べたりしながらの四方山話。

 荷物を最小限にしてきたのに、古本祭りでキキの本を買ってしまった。

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