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続々・ノボリゾウ日録 by 岬たく

 

2018-08-16 強い南風の日に波を俯瞰したくて

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 朝、八時頃に平塚市の田村にあるスタバへ行ってみたら本日最初の客だった。珈琲を飲みながらチキンとアボカドとレタスが挟まったサンドイッチを食べ、上橋菜穂子の守り人シリーズの一冊名を読み始める。先日、黒姫童話館で企画展示を観たのでちょっとどんな話か読んでおこうと思ったのです。守り人シリーズは全部で八作あるらしいが、一作一作で完結していると思っていて、とりあえず一冊だけ読んでどんなものかわかればいいや、と思っているが、「いやいやそうじゃなくて八作続きだから、すなわち栞子さんシリーズみたいに、大変だよ」と家族のSに言われる。面白ければ八作とも読むことになっちゃうのか。今のところはそんなつもりはなく、どんなものかの一作だけ、のつもりなのだが。

 南風が強いから、湘南平から相模湾を見渡せば、大きな波が入ってきたり、白い三角波が一面に立っているところが見えるかもしれない、と思って、昼過ぎにまたぞろ自家用車を一人で運転して、APS-Cサイズのセンサーを持つカメラに望遠側300mm、すなわちフルサイズ換算(135フイルムサイズ換算)480mmとなるズームを付けて上ってみた。

 山(丘)の上は吹き上げる風が強烈でまっすぐ立ち続けることが出来ないほど、カメラを構えても揺れる揺れる。その割には思っていたほど沖合から波がずーっと入ってきているわけではない。天気も曇っているから青い海原に白波がキラキラと立っているわけでもない。ま、そういうものです、風景は妄想通りに展開しておらず、それが面白く、妄想よりも劇的ではなくても、自分の見たこの風景が、見たという一点において、一番重要なリアルタイムの記録なのだ。なんてね。この「一点において」って中平卓馬っぽくないですか?

 大波の写真(下の写真)より二宮から小田原、真鶴、の方向を撮った上の写真の、海原の微妙な光のうつろいが美しかった。

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2018-08-15 マイルスのアルバム

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 最後にingが付くマイルスのアルバムが四枚あった。とあるカフェに飾られたLPのジャケットは、そのうちの一枚(だと私が誤解していた)「WALKING」。

 1970年代後半、学生時代、下宿の四畳半の部屋で、FM番組「渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ」でピアニストの益田幹夫が、たぶん、ソロのエレピで「さらばジャマイカ」を演奏しているのをたまたま聞いて、いいなぁと思い、以降、この番組を毎週のように聞くようになった。来日中のジャズ・ミュージシャンがゲストとしてやって来て、ナベサダと共演した演奏が放送されることが多く、それで、ミュージシャンの名前やスタンダード曲を覚えていった。そのうちスイング・ジャーナル誌を読むようになり、レコードも徐々に増えていく。LPレコードは輸入盤が安かったが、どこでも買えるわけではなかった。学生時代は名古屋市で暮らしたが、夏季休暇やGW休暇、年末年始、に神奈川県の自宅に戻ると、休日の一日をつぶして、一人、もしくは近くに住む友達のK君と二人で、都内まで輸入盤レコードを買いに行った。渋谷にあったCISCOとか青山通りにあったパイドパイパーハウスっていったかな、そんな店に。買っていたのはCISCOってくらいだから西海岸のSSWやロックバンドのLPが多かったが、ジャズのアルバムも随分買った。  

 名古屋でも下宿のあった星ヶ丘駅近くのレコード屋にも面積は小さかったが輸入盤のコーナーがあって、そこには海賊盤レコードも置かれていて、中にはビートルズの東京ライブのレコードなんかもあった。

 輸入盤レコードは、ぜんぶじゃなかったかもしれないが、盤の厚さが厚くて重かった。国内盤が薄い半透明のビニール?シートにレコードを入れたのちに厚紙で出来たジャケットにそれを仕舞うようになっていたのに対して、輸入盤はそんなシートなんかないまま直にジャケットに挟まれていた。それから、なぜかよく藁のようなカスがくっついていた。梱包されて日本に来るまでのあいだにくるまれていた何かのカスだったのか。

 そんななかのどの店で買ったのかはもう判らないが、マイルスの最後にingの付くアルバムのうち「relaxin'」を持っていた。「もしも私が鐘ならば/If I Were a Bell」が入っているアルバム。あの曲の冒頭のピアノのフレーズが好きだった。誰のピアノだったのか?レッド・ガーランドかな。

 さて、とあるカフェでこのアルバムジャケットを見て、そのときはingが付くのは三部作だったと思って、この写真の「WALKING」に持っていた「relaxin'」にあと一枚は?と一生懸命に思い出していたら、ぽろりと「cookin'」と出てきてほっとした。アハ効果とか言うのだっけ。

 ところが、その後になって「workin’」というのもあった気がしてきて、三部だと思っていたから、あれ?四部?と疑問に思った。

 それで調べたらマイルスのingの付くアルバムで四部作と括られているのは「relaxin'」「workin'」「cookin'」に「steamin'」となっていて、この写真にある「WALKING」は四部作とは違うんですね。いまになってはっきりしました。四部作はマラソンセッションで同じメンバーで同日?同時期?に録音されたものを言うらしい。この「WALKING」も同じく1950年代後半の録音だけれど、その仲間ではないらしい。

 すいません、いい加減な知識で。ここに書いたこともいまちゃちゃっと検索して確認したりしたこと

 コーヒーを飲んでから街を歩けば、風強く、同じ真夏でもちょっとだけ晩夏って感じがする。風のせいだけでなく、五感の全部が言葉では書けない微妙なところで、なにか真夏の疲れ、秋の気配、を感じているのだろう。晩夏は素敵な季節。しかし次の初秋だって素敵だし。どの季節もそれぞれの良さを共有したいものです。

2018-08-14 記憶の夏のような

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 子供の頃、捕虫網を持って、汗をたくさん流しながら、セミやトンボやバッタを探して歩いたり走ったりしていたころ、見ていた光景はこんな風な緑がいっぱいだった。目の前の光景であっても、むかしの光景を見ているみたいだな。なんて思うってことが年を取って今ではなくむかしに生きてしまっているってことなのか?

 久々に映画を借りてきてみました。「私はダニエル・ブレイク」と「希望のかなた」を見て、あと3本借りてある。世の中、庶民の力で「当たり前」がぎりぎり維持されているってことですかね。いろんなシステムは頭でっかちになって机上(PC上)だけで作らずに、現場を見て作らないと。それはむかしっから同じで、ますますそう出来にくくなっている。その上、境界線が曖昧で、そうなると、匿名性の高い人が叫んだ一番窮屈な正義だけがまかり通って行くのではないか。

 三十年くらいまえに会社にいた奴が、世知辛い世の中です、と言いつつ、自転車で世界をめぐるために会社を辞めていったことなんかを急に思い出しまして。

2018-08-11 山を越える

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 昨晩までは、今日は安曇野の岩崎ちひろの美術館に寄ってから帰ろうと思っていたが、まてよ、そういえばここは戸隠神社に近いのではなかったか?などと今日になって急に思い出して調べてみる。霧雨のなかだった。戸隠神社には五つの社がある。いちばんよく知られている奥社と言うところは荘厳な杉並木の道を40分だか歩かないと着かないらしいが、そんな時間をものともせず、素晴らしいらしい。という俄か勉強をしてナビに奥社を入れたが、朝の10時前なのに奥社あたりの駐車場は満車となっていて、では次にどこに停めるべきか?まで詳細に調べてこなかったままにずるずると進んでいくと、中社も満車で、そのすぐ先に有料は空いているようだったが、位置関係が判らず停めるべきか判断できないまま、黒姫の方から来ると一番奥の、宝来社まで行ってしまった。そこでやっと車を停めて、傘をさして参拝。奥社と言う行けなかったところと、行けなかったから比較はできないが、この宝来社は素晴らしかったですね。霧雨にけぶる空に向かって杉の大木がぐーっと何本も伸びて森を作っているその真ん中に長い急な階段があって、それを下から見あげるだけで、なんだかわからないがスゲェーって思うわけ。そして雨に濡れた石段に滑らないようにと、手すりを持ってゆっくりと上って行く。本殿は戸隠神社のなかで一番古いものと書いてあった。きっと晴れていれば木漏れ日の中を上がっていき、くっきりと美しい神殿が聡明に見えたのだろう。霧雨の中を上がっていくのは、これはなんていうか深淵で神聖。時間が見えるような。

 また蕎麦を食べる。宝来社の階段のすぐ下にあったおばちゃんたちがやっている小さな蕎麦の小屋のような店があったので入ってみる。ざるそば850円で、天ざるが980円。引くと天ぷら代が130円に過ぎない。のだが、今日は、昨晩と今朝のホテルの食事が美味しすぎて満腹だったのでざるそばだけにする。

 戸隠神社から安曇野の方に行くことに。高速を使わずに山間の一般道を進む。これも四十年くらいまえに友人と単車でツーリングしたときに寄った、水芭蕉が有名な鬼無里を通過していく。道幅が細いくねくね道をゆっくりと進む。ときどき後ろに車が迫るから、二度か三度、先に行かせる。

 安曇野では野菜直売所に寄り、地酒の大雪渓の直売所っていうのがあったので立ち寄り、以前行って居心地が良かったチルアウトスタイルコーヒーで珈琲を飲んで読書。結局、岩崎ちひろの美術館には立ち寄れなかった。。

8/12のこと。日曜美術館を付けたら、なんと特集が岩崎ちひろだったので、驚いてしまった。いま東京ステーションギャラリーで生誕100年の展示をやっているそうです。番組ではちばてつやのインタビューや高畑勲が生前に語ったちひろについての話などが挟み込まれていた。いままで岩崎ちひろのことなど興味を持ったこともなかったので、この偶然(行ってみた観光地でちひろの絵と別荘を見たその二日後にテレビを着けたらちひろの番組をやっていた)に驚く。

http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201807_chihiro.html

2018-08-10 誰かの本

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 黒姫童話館と言う場所に行ってみる。ついでに行く、という感じ。どっちかと言えば読書に来ている方が主目的。せっかくだからちょっとだけ近くの観光地を見ておきましょうかね。行ってみたら岩崎ちひろの絵が何枚か飾られていて、夏のあいだ使われていたという別荘が移築されていた。移築された別荘はまだまだ生々しい。そこに主人が生きている感じが残っているのは、玄関に置かれたスキー板とか・・・そっか、夏のあいだだけでなく四季折々に使われていたんだな、スキーがあるってことは・・・電気式でもなんでもない昔の象印の魔法瓶とか、生活のままの道具が置かれている。

 モモを書いたエンデのコレクションも豊富に展示されている。なんでだろうと思ったが、エンデは奥様が日本人だったらしくそのせいでここに所蔵品が多いのかしら。

 ちひろの絵を見て別荘を見たら、興味が沸いて、明日は安曇野のちひろ美術館に行ってみようかな、と思ったりする。

 昼に蕎麦を食べた。細い細い蕎麦。朝、店主夫婦が蕎麦打ちをするらしい。

 蕎麦のあとに小林一茶記念館にも寄ってみる。それからホテルに戻る。三浦しをんの本を読み始める。

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