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続々・ノボリゾウ日録 by 岬たく

 

2017-11-12 日向薬師

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2017-11-11 DALI

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2017-11-05 始まりの庭 鈴木康広

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 朝、7時前に起き、ふと思いついて、先日のTABF2017のとあるブースに置いてあったフライヤーで開催中であることを知った鈴木康広展「始まりの庭」を見に行くことにする。場所は箱根の彫刻の森美術館。

http://www.hakone-oam.or.jp/specials/2017/spontaneousgarden/

7時20分に出発。道は空いていて、ナビの到着予想時刻は8時20分と出る。これでは早すぎる(開館は9時)ので、西湘バイパスを使わずに国道一号線を選ぶ。結局はそれでも8:40分前には到着した。10分前から入場券販売の列に並び、早々に入場する。

 部屋に張り巡らされた銅管の中に冷水を流し、より暖かい室温との温度差により銅管に水滴ができる、その水滴が落ちることを使って、例えば「水の切り株」の年輪を作ったりするような仕掛けになっているが、開館したばかりかまだ銅管から水滴が落ちていないのがやや残念だった。

 しかしその「空気と水の庭」のあとの「反転の庭」「見立ての庭」に並べられた各作品の面白さといったらない。含み笑いや微笑、一人で見ていても笑ってしまう。「軽さを測る天秤」は水槽のなかで水槽の底から沸いてくる泡を受ける二つの皿が天秤をさかさまにした形で設置してある。あぶくの出る量の差から、一方の皿がもう一方の皿より早く泡(=空気)を貯める。そのアンバランスから天秤が傾くが、溜まった空気が皿の容量を超えるとバランスがくずれて・・・三分か五分か、ずっと見ているのが楽しい作品。「理想の色鉛筆」は真白の色鉛筆がたくさん並んでいるところにプリズムを使って作られた虹のヒカリがスキャンしていく。理想の色を垣間見るということらしい。「ファスナーの船」はファスナーの把手部の形の船を作り池や海を走らせる。航跡が二つの線を描くようにできているので、航跡と船を合わせてみると本当にファスナーのようだ。「りんごの天体観測」はりんごの実の表面にある点を星に見立てた作品。見立ての作品のビデオが流れているのを見ると、赤瀬川原平トマソンのようなウィットを感じる。そしてこれだけのたくさんの見立てを集めることができる自由な視点が素晴らしい。

 入口や二階会場にA3の作品解説(わら半紙(?)。手書き説明が書かれたもののコピー)が置かれている。これを見ながら鑑賞するのが良いと思いました(じゃないと意味がわからないまま通り過ぎてしまうかもしれない)

 でもって帰路はさすがに少しだけ渋滞。写真は塔ノ沢温泉と湯本温泉のあいだにある橋です。なにかに見立てられるかしら。

 帰宅後、1990年代に月例コンテストモノクロ部門の選者が須田一政さんだったころのアサヒカメラ誌を整理する。すなわち須田さんのセレクトしている月例ページとグラビアで気になる作品があるとそのページを切り取ってあとは捨てることにする。

 以前、須田さんの言いたいことは、選者だったときのセレクト写真を見れば一目瞭然でわかる、とIさんが言っていた。それを聞いたあとで平塚のブックオフで90年代のアサヒカメラがたくさん並んでいるところに行き当たり買ったもの。

yohakuyayohakuya 2017/11/05 23:23 「始まりの庭」面白そうですね。

misaki-takumisaki-taku 2017/11/11 23:54 とても面白かったですよ!会期も長いので、ぜひ。

2017-11-04 朝、海まで

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 朝、海まで走ってみることにして、けれども走りながらの周りの光景のなかには必ずや写真に撮りたくなるところがあるに違いないから、カメラも持っていきたい。走ろうなどと思ったのは、先日のがん検診の事前血液検査で、肝臓の各種値も尿酸も血圧も黄色信号〜赤信号だったから、あまりの運動不足を少しは解消したいからだった。でも急に走り始めても、すぐに息が上がってしまい、歩くことになる。走りに集中できないのは右手にまるでバトンのようにコンパクトデジカメを持っているからってこともある。結局きょろきょろしてしまう。すなわち、今朝も海までのおよそ2キロを走り通せなかった。

 海に着いて写真を撮って歩くが曇天で人気も少ない。白い犬を連れたおじさんが烏にパンの耳か何かを投げている。犬は烏が怖いのか烏に興味がないのか少し後ろにひかえている。

 海の近くのデニーズに行ってモーニングセットを食べる。でも卵二個のサニーサイドアップはちょっとカロリーが高い気がする。だから一個を食べてもう一個は残し、珈琲を飲みながら、会社の某さんから昨日もらったメールに返信の返信の返信を書く。昨日言ったグッドデザイン賞の展示に普通のペンの感覚で上手に毛筆風の字が書ける筆記用具があった。筆いらず だったかな、その名前。それを試し書きしたのだが、そのときに思いついた感じが「松竹(梅)」だった、松と竹と書いてなんだかこの単語を思いつくってところが自分で思っている以上に自分が年を取っている証明のような気になり、梅は書かなかった。なんていうどうでもいい話を書いて送った。面白くもなんともないじゃないか。

 帰り道は余計に走るよりも歩いてばかりとなる。nanoshと言うパンやでいくつかパンを買って帰って、遅く起きたほかの家族がそのパンを食べるときに紅茶と一緒に私も少しパンを食べる。オニオンとチーズのパン。

 午後、母のいる施設に叔母やいとこが訪ねてくるので行く。いとこの息子はまだ小さい。八十代の母とおばは赤ちゃんをあやすのが大好きの様子。うまくあやしてすぐに打ち解ける。

 上の写真はその帰り道に車の窓から見えた赤い橋とガードレールです。

 帰宅して部屋の片づけ等々。

 ところで下のタクシーの写真は住宅街の小さな公園に止まっていたのを撮ったのだが(ジョギングの足を止めて)なんかここにタクシーを待たせている人(家の前まで寄せない人)に隠し事があって事件の香りがするような物語を思い浮かべて撮った。だけど客を迎車しているわけではなく、ただ運転手が休んでいる(寝ている)だけかもしれない。

 一番下の写真は海で撮ったのだが、最初に撮ろうとしたのは砂浜越しの向こうの倉庫だった。このときには右下の日産ステージアを画角に入れるかどうかを迷った。普段はそんな作画めいたことには無頓着でどっちかと言えば日の丸構図で撮りたいものを真ん中に置くだけなのだが、数秒だけふと迷ってからこうしてみました。

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2017-11-03 いつもの渋谷 長島有里枝展など

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 久しぶりの晴れの休日に、久しぶりに都内を歩くが、年齢とともに徐々に徐々に体力が衰えてきているってことなのか、数年前と比べると明らかに歩いている距離が短くなっていると思う。情けないなあ。

 まず東京都写真美術館長島有里枝展「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」。これは長島有里枝の上を流れた時間。カメラを手にした十代後半?から今までに流れた時間を明示するような写真展だった。そしてこの頃は・・・と続いていくような。壁に掲げられた一枚一枚の写真からも、並べられたり映像で短めの切り替わり時間で流れるスライドショー提示されたりするその大量の写真の一枚一枚からも、はっとするような、規定の「良さ」(数有る写真コンテスト評価基準に当て嵌めたような「良さ」)は少ない。ほとんどの人に流れている多くの着飾っていない時間が、写真家をサンプルにしてただただ示され続ける。いや、もちろんそのなかには砂浜の鳥の群れの白黒写真など、はっとするものもあったし、比較的歳を経てもう肉体的に若くない写真家のセルフポートレートの中には大人になる凄味が写ってもいるからそんな風に片付けられない訳ではあるが、そう言う規定で観ることに慣れ、それしか観る規準がないと、何がなんだか迷わされるんじゃないか。

例えば駅のホームでラッシュアワーに一人ベンチに座り、騒音と行き交う人が作る光景をただ五感で受け続けるようなこと、それがこの写真展を見るような感じかもしれない。それが繰り返し繰り返し何十年も続いていて、まとめてみると変化していることと変化していないことが見えてくるが、それは哀しいことも多い。部分的にはいつも哀しくて、総体的にはそれでも幸福と言ったような。もしかしたら数十年後にいちばん力が出てくる写真家なのかもしれない。次に行くチケットをWeb予約してあった映画の時間が決まっていたので、セルフポートレートのスライドショーを全部観てしまったら、壁の展示作品をゆっくりと眺めてる時間が取れなかったのが残念でした。

古着のテント(オブジェ作品)は以前、外苑前辺りのギャラリーの個展でも観たことがあったが、今回少し腑に落ちた、咀嚼できた気がする。

 次にBunkamuraル・シネマで「ル・コルビジュエとアイリーン 追憶のヴィラ」を鑑賞する。全編流れ続ける音楽がひどく邪魔。愛憎劇です。

 それから六本木ミッドタウンに移動して、招待券をとあるところからいただいていたグッドデザイン賞展に行ってみる。今年の受賞作、今年の候補作、いままでの受賞作、等々がいくつもの会場で展示されている。いまの日本のいろいろな商品開発や都市開発が、その目的において癒しを求めるというか幸せを目指すというか優しさを得ようとしているというか自然に戻ろうというか、いやこれはこの賞の受賞基準がそうだというだけなのかな、なんだかそういうことがひしひしと感じられた。いいことでもあるし、それでは弱くてグローバルの中で大丈夫なのかと危惧したりもする。気のせいかな。

 最後に同じミッドタウンにある富士フイルムスクエアで大原治雄展を見る。

 街角スナップも、うまくいかないし、まあもうちょっとは面白い写真があっても肖像権うんぬんも気になって載せられないし、なんかちょっと憂鬱な感じが残ってしまう散歩の日でした。