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続々・ノボリゾウ日録 by 岬たく

 

2017-01-22 ロウバイ

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 近視眼の人が見ている風景、のようなロウバイ畑の写真。

 昨日、早川から小田原へと散歩をしていたときに、神奈川県の松田町(東名高速大井松田インターのあたりです)の寄(やどりぎ)と言う場所にロウバイが20000本も植えられたロウバイ園と言う場所があり、1/14から2/12までロウバイまつりが開催されているということが宣伝されたフライヤーを一枚取って来た。どこで取って来たのか。早川漁港近くの観光客相手の店だったか、小田原のういろうの店だったか。それを帰宅してから見ているうちに、開花状況を知りたくなった。そこでネットで調べたら五分咲きとあった。梅は満開より満開の前の方がきれいだろう。五分はちょっと早いかもしれないが、行ってみようかな。

 今朝、9時にひとり自家用車運転してロウバイ園へ。圏央道と東名高速を使って一時間もかからずに到着する。

 寄地区へは御殿場線の松田駅近く、国道246から折れて北へと入っていく。山間の人もいないようなくねくね道を行くわけだが、寄地区に着くと山間の盆地に忽然と言う感じで大きな集落があるのだった。この地区はいつ頃からどういう暮らしで成り立って来たのか。鉄道もない山間にこれだけの集落がどう発展してなにを生業にどう時間を経てきたのか不思議な気がした。そこにこんな乾いた風が吹いて枯葉が舞い上がる中、黄色いロウバイが咲き誇っているのだ。ちょっと桃源郷のような感じだった。

 途中、70-300mmも使うが、主に50mmのレンズを使う。甘い香りに酔いながら、400枚ほど撮影する。300円でロウバイの花をつけた切り枝を買ってきた。花瓶にさして玄関に飾った。玄関に梅の香りが漂っている。

 過疎が進んで作業者が確保できない。以前はタバコや茶を作っていた。猪や鹿の害も多い。そこでみなで相談してロウバイをはじめた。出荷するのは切り花だ。

 以上、枝を落としていたおじさんに聞いたはなし。「どうもありがとうございました」と言うと「ゆっくり見ていってください」とおっしゃった。

 

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2017-01-21 早川

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 荒川洋治著「夜のある町」を読んでいる。いったい、いつ、どこの古本屋で買ったものだったろうか。本を買っても、だいたいすぐには読まない。ときには一年か二年経ってから読み始める。「夜のある町」と言う題が気に入ったものだったのか。いまは「夜のある町」と言う言葉に惹かれるが、買ったときもそうだったのか。これは1990年代に著者が新聞をはじめいろんなところに書いた随筆を集めてある本だ。真ん中あたりに、横光利一が「夜の靴」と言う、戦時中の疎開生活をしていたころのことを日記のように書き記した本をたよりに、荒川洋治が、横光が疎開をしていた鶴岡市を訪ねる旅の記録が収録されている。誰かが誰かの思い出を語るのを読んだり聞いたりするのは、なぜ面白いのかな。思い出を語る人の、その思い出が、時間に風化されて丸くなっている。その丸さが伝染してきて、どこか自分の思い出に接続するのかな。横光利一の小説を、1990年代に、茅ヶ崎駅から自宅までの途中、もう取り壊された水泳教室の入っていたビルの一階にあった面積の大きな古本屋によく寄り道をしていたころに買って読んだことがあったと思う。「機械」とか「春は馬車に乗って」。しかし、内容をなにも覚えていないのです。

 21日の土曜日、YさんとHさんと三人で早川港近くの食堂でカワハギの刺身や、金目鯛の煮つけを食べた後、小田原文学館を見て、川崎長太郎小屋跡から旧抹香町を歩いた。小田原文学館では小田原にゆかりのある作家がたくさん紹介されている。名前を知っていた著作を読んだことがあるのはせいぜい川崎長太郎くらいか。名前を知っていても著作を読んだことがない作家や、名前すら知らない作家がおおぜい。

 知らないこと、読んでいないことが、すごく勿体のない感じがするのだった。

文学館からういろうの店を経由して、蒲鉾の店、と言うよりむしろ工場か・・・蒲鉾の工場の多い通りを歩き、土産にと、小田原の蒲鉾店で一番に古いと伝えられているらしい鱗吉でしんじょうを買う。ついでにその場で炙ってもらい店先で食べた「てこね揚げ」が美味しい。魚の干物そのものを食べているような魚の香り

長太郎の小屋跡の碑がある場所は、西湘バイパスを潜れる小さなトンネルの近く。トンネルから海へ出ると小石の浜だった。

旧抹香町の辺りを経由してから、駅へと戻る。冬の陽射しが暮れ諦めるのを、少し粘って先のばししてくれている。いやなに、ただ冬至からひとつきを経て、少しだけ日没時間が遅くなったってことなのだが。店内に開店祝いに贈られた花が並ぶ新しいLAWSONの駐車場で、寒くなってきたからダウンジャンパーとコーデュロイボタンダウンシャツのあいだに、デイバックに入れてきたセーターを着込む。それからせいぜい三階か四階の高さのビルがギザギザと切り取るオレンジ色の空を見たときに、それらのビルに光と影を作るそこからは直接は見えない夕日に粘りを感じたりしたのだ。

 そう言えば、文学館の庭には、もう梅が咲きはじめていた。

 写真は早川漁港の水揚げ場から二階に上がる階段。二階には一般の人も入ることができる食堂がありました。

2017-01-15 出船

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今年一番の強烈な寒波が来ているそうだ。茅ヶ崎でさえ最低気温が零下まで下がった。南関東には雪は降っていないが、テレビのニュースを見ていると広島や京都が、それぞれの都市にとっては何年ぶりかの大雪になり、交通が混乱している様子が放送されていた。都内では隅田川に川霧が立ったことが報じられた。今朝は5時半に目が覚めた。6時半頃に自家用車運転して家を出て、最近よく行く湘南平まで上がる。

途中、車の運転でヒヤリとすることがあって気が動転した。バスの後ろに付いて走っていた。バスは停留所で停まった。バスがウインカーを出した時点で反対車線をバスの右サイドから首を捻って見通したら、向こうからやはりバスを先頭に数台の車がこちらに走ってくる。すなわち前に停まったバスを追い抜くことは出来ないな、と判断してバスの後ろで停車した。ところが反対車線のバスが少し向こうで停まった。私の前のバスの最前部と、反対車線に停まったバスの最前部のあいだには五メーターくらいの間がある。反対車線のバスが停まったのは反対車線にもバス停留所があるのかな、と思って、べつだん気にもせず、私はただ停まっていた。ところが、反対車線のバスがパッシングをしたのである。例えば右折待ちのときに向こうからの直進車が、減速しつつパッシングをすれば、先に右折していいよと言う合図である。たぶん運転法令上はこんなような車同志のライトを使った、アイコンタクトばりの意思交換は許されてないんじゃないかな。二車線が一車線になる合流のところや、細い路地から大通りに入ってくる場面で、前に入った車は御礼に一秒か二秒かハザードランプをつけたりする。あれもなんだか常識のような行為で、ハザードがつかないと、なんだよ入れてやったのに、と憤慨することもある。が、あれだって本当はダメなのではないのか。ハザードの正しい使い方ではない。

反対車線の停まったバスが、私の前に停まっているバスにパッシングをする理由が思い付かない。パッシングは普通は対向車になにかの意思を伝える。すなわち反対車線に停まったバスは私になにかの合図を送ったのか?でも、なに?と思っていたら、またもやパッシングをしたのだ。それで、あのバスは私が前のバスを追い抜くように待っているのと勘違いして、追い越しをかけるため動き始めたのだった。しかしかのバスのパッシングの相手は私ではなくて、前のバスの先で、私から見て左側にある駐車場から右折して反対車線に入りたい車に、入りなさい、停まっててあげるから、と言うことを知らせるパッシングだったのだ。

ほんの数秒かコンマ何秒で、わたしが前のバスを追い越し終えた先で出てくる車とぶつからずに鼻先をかすめて、私は無事に前のバスの前に出て、駐車場から出てきた車も反対車線のバスの前に入ることができたが、紙一重の違いで私は出てきた車とぶつかったか、あるいは前のバスに並んで反対車線で立ち往生していたことだろう。

何十年も自家用車や若い頃はオートバイを運転してきて、間一髪で事故を免れた感じで冷や汗が出たことが4回くらいある。どれもリアルに覚えていて、何年経ってもドキドキする。

私が自家用車で音楽を聴くためにたくさんの音楽ファイルをいれた16GくらいのUSBメモリーを車に差し込むと、あまりにデータが大きすぎるらしく、読み込み作業に20分くらいかかる。なんだかアナログチックなのは、その日によって読み込むまでの車のオーディオの反応が、なんの条件が異なるからか全く不明だが、違うのだ。車に乗ると、オーディオ装置が、勝手に、今日は何月何日で何の日だ、と話す。もちろんOFFにもできるのだろうが嫌とか良いとか、どちらでもないくらい些細なことで放ってある。ほかにも運転の状況や外気温データを参考にするのか、急加速は燃料を消費するから気を付けろ、とか、暖気運転は何分で何リットルの燃料を消費する。なんてことまで言ってくる。これはちと煩い感じだが、滅多に言わないのでやっぱり放ってある。USBを、差し込むと、こう言うことが何回も繰り返される。今日は、暖気運転の件を何度も繰り返された。読んでるなと思うと不意にモニターが初期表示になり、暖気運転の件をしゃべる。それからまた読み込み始めるが途中でまたリセットされて。正月には、「明けましておめでとうございます。今日は1月3日、瞳の日です」と言うのを何回も繰り返された。何の日のご報告を繰り返す条件と、運転の指南を繰り返す条件は、どこが違うのか。

今日はまた寒いせいか?とうとう湘南平に到着しても読み込みが終わらない。写真を撮って(上の写真)から、帰路に坂道をエンジンブレーキで降りていっても終わらない。それでもうこのメモリーは詰め込みすぎでNGってことにしてバッグにしまった。男性アイドルグループの曲ばかりの入った家族の女性陣のメモリーは聴きたくない。それで久々にFMヨコハマにした。磯絵里子と言うヴォイオリニストがパーソナリティをつとめる15分程度のクラシックのかかる番組。チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレと言う弦楽四重奏が流れた。磯絵里子と言う方が曲のあとに曲にまつわるエピソードとして、トルストイがこの曲を聴いて泣いたことを話していた。

調べるととっても有名な曲らしいが、私は知らなかった。

アブナカッタ運転の話と、このラジオ放送の話に、特に関係はないですよ。同じ朝の出来事ってだけ。

写真は平塚の馬入漁港からでしょうか漁場に向かう漁船が数隻、写っています。

今日はイチゴの日だそうです。車に教わった。

2017-01-14 大磯左義長

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 二年ぶりか、三年ぶりかな、大磯町の砂浜で行われる左義長祭に行ってきました。毎回毎回、同じような写真ばかり撮っているので、今回は火花の軌跡を長く写し止めようと、三脚にカメラを据えて、3〜10秒程度の長時間露光をやっていたのだが、火が付いた当初は、とくに今年は風もあったせいか、人の動きやサイトの燃え尽きていく変化が早くて、こんな悠長なことはしていられないとばかり、早々に手持ち撮影に変え、ISO感度を5000まで上げて、絞り開放2.8の手振れ補正ONで、1/4秒から1/10秒あたりでシャッター速度を同じ場面で細かく変えて四コマか五コマかを撮っていった。結果、いつもと似たような写真ばかりになってしまったが。1時間強で700枚弱。いつものストリート・スナップ撮影と比べると、時間制限のなかでああだこうだと素早く考えていることを試しながら撮っていくのは、小気味よくて気持ち良い。なんか時間が決まっているスポーツみたいだった。むかし、浅井慎平だっけ?カメラはスポーツだ、って言ってたような。24mmで手振れ補正ありとは言え、1/4秒で撮るときは相当しっかり構えてぶれないようにする必要がある。あまり意識していなかったが、そういうときには息を止めて、心臓の鼓動と鼓動のあいだを狙ってシャッターを押しているようだ。帰り道に胸の筋肉が疲れている。大声で歌を歌ったあとのように。それで何度も呼吸を止めていたんだなと理解した。

 写真を選ぶときには、燃え盛るピークのときよりも上の写真のような、火を観ながらいろんなことに思いを馳せているようなおセンチな場面の方を好んで選んでしまう。実際はみなさん竹の先にぶらさげたお餅などを焼いているので「いろんなこと」ではなくて「もう焼けたかな?」ってことになるのかな。

http://www.town.oiso.kanagawa.jp/isotabi/matsuri_event/matsuri/sagichou.html

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 今日は、夜に左義長を撮りに行くまえ、横浜美術館で巡回中の篠山紀信展+収蔵作品写真特集展を見てきた。篠山紀信展は一昨年だったか松本市美術館で見たことがあったから二度目なので、主目的は後者の方だった。松本で見たときもそうだったけれど、篠山展ではスターの大型プリントがたくさん展示されているのだが、その中で私は、蒼井優が黒い喪服のような服を着て微笑むでもなく泣くわけもなく、だけど意思をもってカメラを見据えているような写真が、ほとんど唯一その写真だけがスター編のなかでは目を見張るのだった。解説によるとスターの本当の姿をあばくというような意図はなくスターのスター性を撮っているとのことだが、と言うことは、それぞれのスターや著名人を鑑賞する日本人たる我々はどういう人物かある程度共通認識があって、それを前提に見ることを写真家は前提としているのか。それともスターが普遍的に持つスターとしてのパワーを見せることで個の無名性を超越したなにかを撮ろうとするのか。。。ってわかりにくいことを書きましたが、例えばこれらのスターのことを全く知らない外国の人が写真を見たときにもそこにスター性をちゃんと感じられるかってことです。

 ところで東日本大震災の被災地で撮った一般の方のポートレートは、ちょっと不意を突かれたように胸を付かれた。篠山紀信が被災地を撮ったけれど、結局は被災地を前にして写真家の特別ななにかを出せてはいなかった、と言うような否定的な感想は何度か聞いたか読んだかしたものだったが。ポートレート全部と言うよりそこに写っている人たちの中の何人かの人に、射すくめられた感じがしたのだった。

 収蔵品写真展では、中平卓馬のアレブレのころの写真は、何とも言えずかっこいい。あれをかっこいいと思ってしまう世代ってことでしょうか。

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 収蔵写真展の方は撮影自由だった。これは「中平卓馬の写真に写っている飛行機とその写真の下の壁と壁の下の写真の上部の黒」です。スマホで撮りました。

2017-01-13 寒波が来る

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 私用があり休暇取得。午後、上野の森美術館でデトロイト美術館展を、そのあと科学博物館でラスコー展を見る。ラスコーの実物大再現展示はさすがの見ごたえだったが、それより久しぶり、二十年ぶりくらいか、科学博物館の常設展示が面白かった。博物館の展示品を静物として写真を撮るのって、これがまたなかなかに面白い。上の写真は江戸時代の天球儀。下の写真は日本列島の模型の上に人型の模型を置いて、その数で人口密度を示した展示(だったと思います)。

 超弩級の寒波が明日明後日、やってくるそうです。

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