奇跡なす者たち/ジャック・ヴァンス(国書刊行会)

ジャック・ヴァンスといえば、SFの世界では数多のリスペクトを集めるカリスマ作家だが、実はミステリとの縁も浅からぬものがあって、『檻の中の人間』でエドガー賞の処女長編賞を獲っているし(本名のジョン・ホルブルック・ヴァンス名義)、エラリー・クイーンゴーストライターとしてペイパーバック数作にも手を染めている。今月は、そのヴァンスの本邦初となる作品集『奇跡なす者たち』から。
ずらりと並んだ八編の中、短編は、いずれも舞台を異世界に選んでいるが、ひと括りにはできない多様さがある。すりあわせ不能の文化の摩擦を描く「フィルスクの陶芸」で幕が開き、続く「音」では作品そのものが音楽と見紛うばかりのファンタスティックな世界が映し出されていく。生態系をめぐる消耗戦がスラップスティックに描かれる「保護色」、散文のような「ミトル」、すべての因果関係が消えた世界の混沌がテーマの「無因果関係」と、この五編に描かれた異星人や他民族との価値観のぶつかり合いだけでも、どれだけのバラエティだと感嘆させられる。
さらに中盤を折り返してからがこの作家の本領で、表題作と「最後の城」は、短い長編といった堂々の読み応えもあり、極彩色のエキゾチシズムを背景に、中世の群雄割拠を思わせる物語の絵巻が繰り広げられる。しかし、白眉はその両編に挟まれた「月の蛾」だろう。エキセントリックな社会風習の中におかれた探偵役が、指名手配犯探しに奔走するという風変わりなフーダニットとして語られていく。プリンス・ザレスキーやポジオリ教授も真っ青のその世界は、ミステリの書き手としてもヴァンスの異才ぶりを十分に窺わせる。
[ミステリマガジン2011年1月号]