道草の友 − 大久保雅永 −

<ライブ情報>

■8月17日(金)大久保雅永ライブ・「道草日和」

  18:30open 19:00start 2,000yen(ドリンク別)

  ライブハウス・コタン

  住所: 東京都新宿区住吉町9-1 アイランドコート曙橋B1階

  お店のホームページはこちら

2018年08月13日

mitikusanin2018-08-13

ライブのお知らせ 23:26

「道草日和」8月17日(金)

ライブハウス・コタン

http://www7b.biglobe.ne.jp/~kotan/index.html

18:30open,19:00start 2,000円

マンスリーライブです。

私の出演は20:30頃です。

お待ちしてます。

2018年08月05日

道草な話 22:31

 梅雨明け宣言が出て数日たった週末、父の様子を見に田舎へ帰った。施設に入っている父と会って、その帰り道、バス停に行ってみたが、一向にバスがやってくる気配がない。そういう時に僕はよく次のバス停まで歩いてみることがある。途中で抜かされたらそれはそれ、と思うことにしている。用事が済んで、後は電車に乗って帰るだけだ。先を急ぐ必要もなかった。結局次のバス停に着いてもバスはまだ姿を見せない。ふと、それなら駅まで歩いて行こうと思い立った。大まかな地図は頭に入っている。ただ、どのくらい時間がかかるかはわからなかった。まあ、疲れたらどっかでタクシーでも拾えばいいや、と考えていた。

 しばらく歩いているうちに、大事なことを思い出した。田舎では道で通りすがりのタクシーを拾うなんてことはまず不可能なのである。みんなタクシーを使う時は電話で呼び出すのである。案の定、タクシーの姿を見かけることさえなかった。そして僕が目安にしていた母校(高校)に辿り着いた時には、もう大分足がつらくなっていた。おまけに夏の太陽が容赦なく降り注いでのどがカラカラである。そして僕の記憶では、まだ行程の半分も来ていない。これはちょっとどこかで休憩しないと行き倒れになりそうである。その時、もう少し行ったところに叔父の家があるのを思い出した。藁にもすがる思いで呼び鈴を押すと、幸いにも在宅で、しばらく休ませてもらうことにした。お茶うけに梅を甘酢で漬けたものが出た。その梅の何とおいしかったことか。疲れた体には酸っぱいものがいいというのをつくづく実感させられた。結局、そのあと車で駅まで送ってもらうことになった。高校生の頃は、飽きもせず街中を歩き回ったものだ。情けない話である。

 僕は時々、「いいや、歩いてしまえ。」と思って、結果的にかなりの距離を歩いてしまうことがある。別に健康を意識しているわけではない。脚力に自信があるわけでもない。そして大抵、へとへとになって目的地へ到着する。時間だってもちろんかかる。それなのに「いいや、歩いてしまえ。」と思うのは何故なのだろうか。たぶん、面倒くさいのだ。電車に乗るために駅まで引き返したり、バス停でバスが来るのを待ったり、タクシーの空車ランプに眼を凝らしたりするのが面倒くさいのだ。自分の足で歩くのであれば、何を待つ必要もないし、誰に気を使う必要もない。そういうのが好きなのだ。たぶん。

2018年07月09日

mitikusanin2018-07-09

ライブのお知らせ 23:07

「道草日和」7月13日(金)

ライブハウス・コタン

http://www7b.biglobe.ne.jp/~kotan/index.html

18:30open,19:00start 2,000円

マンスリーライブです。日にちと曜日が素敵ですね。

私の出演は20:30頃です。

お待ちしてます

2018年07月04日

道草な話 23:15

 今年も息子の担任の先生が代わった。今年3年生で毎年代わっているから、もう3人目である。最近は同じクラスで同じ担任で6年間を過ごすといったことはなくなってしまったのだろうか。立派な人たちが一生懸命考えた結果、今のような制度になっているのだろうと思うのだが、良くも悪くも学校というところがビジネスライクになってきているように思える。可能な限りリスクを避ける、トラブルの種を事前に回避するといった思惑が垣間見えるような気がする。あらゆるものに対する不信感ばかりが増していく現在の日本では、もう昔のやり方が通用しなくなったということなのかもしれない。

 ただ、ひとつ思うのは、子供にとっていい面もあるかもしれないということだ。いろんな先生に出会う中で、自分と相性の良い先生に巡り合う確率は増えるわけで、生徒によっては、6年間ずっと相性の悪い先生と過ごさなければならない苦痛からは解放されるわけである。まあ、逆に考えれば、せっかくいい先生と巡り合ったのに、たった1年でまた別の先生に変わってしまうということになるのだが。

 僕は小学校の時、ずっと同じクラス、同じ先生だった。六年生になる時に転校してしまったのだが、そのまま卒業していたら、さぞかし「仰げば尊し」が胸に迫って来たのではないかと思う。その先生は特に魅力的というわけでもなかったが、生徒を大事にしてくれた。僕は何度か友達と一緒に先生の家に遊びに行った。そこでいただいた版画絵は今でも実家に飾ってある。

 中学生以降は、あまりいい先生に恵まれなかった。魅力的な先生がいても、いつも他のクラスの担任だった。だから同窓会で恩師を囲んで語り合うという機会にも恵まれなかった。というか、同窓会というものに行ったことがない。これは先生のせいではなく、自分自身の問題に起因している。

 今年息子の担任になった先生は、僕が以前からちょっと気になっていた先生である。運動会などの学校行事で何度か見かけただけであるが、強く印象に残っている。それは、昔の先生にあったような「学校の先生としてのオーラ」を身に纏っているように見えたからかもしれない。「聖職」などという言葉は遠い昔に消え去り、学校の先生も今は単なる公務員、あるいは職業のひとつといった顔をしている人が多いように思う。実際、辞めていく人も多い。それでも子供たちから見たら、今でも先生は尊敬すべき存在なのだろうか。そうあってほしい。息子は「仰げば尊し」で涙を流せるだろうか。

2018年06月04日

mitikusanin2018-06-04

ライブのお知らせ 23:07

「道草日和」6月8日(金)

ライブハウス・コタン

http://www7b.biglobe.ne.jp/~kotan/index.html

18:30open,19:00start 2,000円

マンスリーライブです。今回はマーチンかな・・・。

私の出演は20:30頃です。

お待ちしてます

2018年05月29日

道草な話 23:57

 ヒデキが死んだ。もちろん、既に多くの芸能人(僕らがリアルタイムで親しんできた人々)がこの世を去っているのだが、ヒデキの死は結構堪えた。まあ、脳梗塞になった時点で相当驚かされたけれど。何しろ、元気が取り柄みたいな人だったし、こんな風にいなくなるとは思っていなかった。

僕が育った家庭は、特に音楽に熱心な人がいたわけではない。親父がミュージシャンだったとか、兄貴がビートルズを聴きまくっていたとか、そういったことが全くないごくフツーの家族だったので、子供の頃に触れる音楽と言ったら、テレビから流れてくる歌謡曲が中心だった。そんな環境で、僕は初めてファンになったのが、西城秀樹である。小学校3・4年生くらいの話だ。

 「傷だらけのローラ」あたりからだったと思う。それまでああいった絶唱タイプの歌手がいなかったせいで、相当インパクトがあった。歌詞の意味なんかよくわからなかったし、過剰なアクションや、「ローラぁぁぁ!!」って絶叫するところは子供ながらにすこし恥ずかしかったけれど、それでも夢中になってしまった。道を歩きながら「白い教会」を大声で歌ったりしていた。変な子供だと思われていたかもしれない。

 一番自分の中で盛り上がっていたのは「若き獅子たち」から「ブルースカイブルー」の頃である。特に僕が気に入っていたのが「ラストシーン」だ。たまたま、母がかけていたラジオ番組から流れてきて、衝撃を受けた。西城秀樹の歌の中では、随分地味な印象のバラードだったが、その歌唱と歌詞のストーリーにすっかりやられてしまった。歌を聴いて涙を流したのはそれが初めてだったような気がする。その時、子供ながら「この人(この声)は、もっと違うタイプの歌を歌ったら、かっこいいんじゃないか」と思った記憶がある。だから、「ヤングマン」だとか「ギャランドゥ」なんか聴いたときはちょっとしらけてしまった。今更それはないだろうという気分だった。

 それにしても、あの頃の「歌謡曲」にはいい曲が多かった。フォークとかロックとかのジャンルに縛られず、それでいていろんなエッセンスを含んだ名曲揃いである。今聞き返してみても、演奏やアレンジもカッコイイ。僕らは次第にフォークだのロックだのを聴くようになり、「歌謡曲なんてダサいぜ」なんていい気になっていたけれど、歌唱も作詞も作曲もそれぞれのプロフェッショナルが集まって作り上げた名曲たちは、やはり有無を言わさぬ力があるのだということを改めて痛感させられた。

2018年05月15日

mitikusanin2018-05-15

ライブのお知らせ 23:07

「道草日和」5月21日(月)

ライブハウス・コタン

http://www7b.biglobe.ne.jp/~kotan/index.html

18:30open,19:00start 2,000円

マンスリーライブです。今回はハミングバードの予定。

私の出演は20:30頃です。

お待ちしてます。

たぐちたぐち 2018/05/22 18:58 大久保さん3/31のライブではお世話様でした。昨日ライブだったんですね、、、チェックが甘く今確認しました〜〜。HP確認するようにします。ちなみに5/26WFSOB総会は参加できませんか?ご都合つくようでしたらご一報頂ければ幸いでございます。

2018年05月07日

道草な話 23:32

 我が家は、夫婦共に腰痛持ちである。二人とも運動を積極的にする方ではないのと、姿勢が悪い(猫背である)ためかと思われる。特に僕は30代に一度ひどいのをやって、どうしようもなくなって友人の紹介でとある整体師さんのお世話になった。それ以来、腰痛が出るたびに、その人に治療してもらっている。そして妻もいつしか腰痛に悩むようになり、同じ整体師さんに治療を受けるようになった。ただ、その治療院は結構遠くにある。そして普通の病院に比べると結構費用もかかる。だからちょっとおかしいなと思っても、気軽にひょいと行けるわけではない。そして、治療に行く度に普段の生活で気を付けることをアドバイスされる。その時には拳々服膺して帰ってくるのだが、時間が経つとついつい忘れがちになり、結果としてまた腰を痛めることになってしまう。そういう後ろめたさもあって、これはどうにもこうにもという状態にならないと、なかなか行けないのである。情けない大人である。

 先日、妻の腰痛がひどくなり、治療を受けに行った。約1年ぶりの訪問だったが、それまでいつ行ってもガラガラだったのに、その日は患者さんが次から次へとやって来た。彼の収入を心配していたので(余計なお世話である。しかし潰れたら困る。)僕は喜ばしいことだと思った。そしていつものように治療を受け、ありがたいアドバイスをいただいて帰って来た。

 そしてその1週間後、朝食を作るためフライパンを出そうとかがんだ僕の腰が「バキッ」と音を立てた。そしてそのまま立ち上がれなくなった。明らかに腰を痛めたのである。とりあえず仕事に行かなくてはならないので、コルセットを装着して出社した。しかし、座っていても立ち上がっても痛い。僕の脳裏に整体師さんの顔が浮かんだ。しかし、1週間で夫婦が交替で行くのもどうも極まりが悪い。そこでその日は何とか我慢して、帰宅してからできる限りの対策(腰痛とは付き合いが長いので、培ってきたノウハウが多少はあるのです。)を実施し、様子を見ることにした。

 幸いにも翌朝起きてみると、少し改善していた。そこで無理をしないようにして回復を待つことにした。何とか治療に行かずに済みそうである。おまけにもう1日頑張れば週末である。そうしたらゆっくり体を休めて・・・あっ、月曜日ライブだわ。スタジオはいらなきゃ。ああ、それから子供の自転車の練習に付き合わなきゃ。えーと、大丈夫かな。

2018年04月14日

道草な話 22:32

 楽器の通販サイトをよく見る。なぜ見るかというと、やはりギターが欲しいからである。そうかといって、欲しいギターが見つかったらポチっと買えるかというと、もちろんそんなことはできない。優先事項は他に山ほどあるのである。だから、眺めるだけにしている。それにしても便利な世の中になった。昔は左利きの中古ギターなんて、御茶ノ水を歩き回ってもほとんど見かけることはなかった。それが今、通販サイトで左利きで検索すると何十本もの左利きギターが表示されるのである。こんな時代がくるとは思ってもいなかった。そしてこんな時代が来た今、僕はギターを気軽に買うことなどできなくなっている。人生は上手くいかないものだ。

 僕は昔からずっとあこがれ続けているギターがある。マーチンのM−38というギターだ。マーチンのカタログを見て、このギターを目にした時、僕の中を電光が駆け抜けた。「これだ!」と思った。とにかくその姿に惚れてしまった。しかし、値段や音色などを検討した結果、最終的にD−28というギターを買うことになった。その決断は間違っていなかったと思っているけれど、諦めてしまったM−38は未だに僕の憧れである。

 そして何年か前、偶然にインターネットで左利き用のM−38の中古を見つけた。しかも格安である。ただ、見つけた時は既に売約済みになっていた。この時は本当に悔しかった。なぜもっと早く検索してみなかったのかと激しく後悔した。それからしばらくは狂ったように検索し続けたけれど、もちろん二度と見つけることはできなかった。

ギターに関しては、それを弾く人ひとりひとりが違った考えを持っていると思う。安いギターで素晴らしい音を出す人もいれば、100万円もするギターを持っているのにろくに鳴らせない人もいる。一本で十分という人もいれば、何本あってもまだ足りないという人もいる。それはいい悪いではない。それぞれが、自分で考えて決めることである。

 一人で弾き語りをしていると、ギターというのはたった一人の相棒である。そう思うと、やはり求めるものが多くなっていく。弾きやすいこと、音がいいこと、見た目も好みであること等々。言い出したらきりがない。でも諦めずに探し続けたい。せっかく長いことギターを弾いているのだから、少しくらい夢を見てもいいのではないかと思う。だからと言って、買うかどうかは別問題ですよ。ええ、わかってますとも。

2018年04月03日

sakura

ライブのお知らせ 12:51

「道草日和」4月16日(月)

ライブハウス・コタン

http://www7b.biglobe.ne.jp/~kotan/index.html

18:30open,19:00start 2,000円

マンスリーライブです。

私の出演は20:30頃になります。

現在、大久保3号(ラリビー)強化月間中のため、3号でやります。

ご来場お待ちしてます。

2018年04月02日

木場「if」で 00:38

歌って来ました。

学生時代の友人の企画で。

当時の音楽サークルの人達と久しぶりに再会。たまにはいいもんです。

2018年02月18日

道草な話 09:33

 息子が、「お父さんは子供の頃、どんなアニメを見ていたの?」と訊いてきました。「えーとねぇ・・・」と考え出したら、出てくる、出てくる。サスケ、パーマン、天才バカボン、モーレツあ太郎、おばけのQ太郎、いなかっぺ大将、巨人の星、マジンガーZ、バビル二世、鉄腕アトム、ど根性ガエル、赤き血のイレプン、どろろ、ゲゲゲの鬼太郎等々。いやぁ、よく見てましたね。これに加えて、特撮ヒーロー物も見ていたわけで、立派なテレビっ子だったわけです。

しかしこうやって並べてみると、実にバラエティ豊かですね。そして決して明るい話ばかりではないですね。そしてみんな主題歌が素晴らしくて、今でも覚えているのが沢山あります。歌詞がみんなそのアニメのことをちゃんと歌っていて、潔いですね。僕が特に好きだったのはサスケの歌です。「来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、手ごわいぞ〜」ってソノシートかけながら一緒に歌ってました。あの頃のアニメの主題歌は、歌詞にしろ、アレンジにしろ、歌声にしろ、何ていうか手ごたえがありましたね。色気づく前、歌謡曲なんかまだよくわからないガキにしてみれば、アニメや特撮ヒーロー物の主題歌がカッコイイ音楽だったわけです。それは今の子供たちにとっても同じかもしれませんが。

大学生の頃に、コンパなんかでよく昔どんなアニメを見ていたかなんて話題で盛り上がることがありました。「あ〜知ってる知ってるぅ〜」なんて言って盛り上がるわけですが、僕はなんか違和感がありました。それは、まだみんな二十歳そこそこなわけで、昔を懐かしむ齢でもないだろうと思っていたからです。だからそういう話になると、つまらなそうな顔をして黙っていました。嫌な奴ですね。そういうことをしていると、合コンなんかには誘ってもらえなくなります。そうすると余計にいじけた性格になります。息子には見習ってほしくないです。

ところで、息子は米国の子供向けCGアニメがお気に入りのようです。確かに絵は綺麗だし、話もよくできています。でも僕からすると、よく出来ていすぎてちょっと違和感があります。何度かジブリのアニメも一緒に見たのですが、あまり興味を示しませんでした。まだちょっと早いのかもしれません。あるいはただ単に趣味が合わないだけかもしれません。でも、いつか「未来少年コナン」は見てほしいと思っています。それは僕が一番心ときめいたアニメだからです。冒険と友情と淡い恋。やっぱ、これでしょ。

道草な話 09:35

 息子が、「お父さんは子供の頃、どんなアニメを見ていたの?」と訊いてきました。「えーとねぇ・・・」と考え出したら、出てくる、出てくる。サスケ、パーマン、天才バカボン、モーレツあ太郎、おばけのQ太郎、いなかっぺ大将、巨人の星、マジンガーZ、バビル二世、鉄腕アトム、ど根性ガエル、赤き血のイレプン、どろろ、ゲゲゲの鬼太郎等々。いやぁ、よく見てましたね。これに加えて、特撮ヒーロー物も見ていたわけで、立派なテレビっ子だったわけです。

しかしこうやって並べてみると、実にバラエティ豊かですね。そして決して明るい話ばかりではないですね。そしてみんな主題歌が素晴らしくて、今でも覚えているのが沢山あります。歌詞がみんなそのアニメのことをちゃんと歌っていて、潔いですね。僕が特に好きだったのはサスケの歌です。「来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、手ごわいぞ〜」ってソノシートかけながら一緒に歌ってました。あの頃のアニメの主題歌は、歌詞にしろ、アレンジにしろ、歌声にしろ、何ていうか手ごたえがありましたね。色気づく前、歌謡曲なんかまだよくわからないガキにしてみれば、アニメや特撮ヒーロー物の主題歌がカッコイイ音楽だったわけです。それは今の子供たちにとっても同じかもしれませんが。

大学生の頃に、コンパなんかでよく昔どんなアニメを見ていたかなんて話題で盛り上がることがありました。「あ〜知ってる知ってるぅ〜」なんて言って盛り上がるわけですが、僕はなんか違和感がありました。それは、まだみんな二十歳そこそこなわけで、昔を懐かしむ齢でもないだろうと思っていたからです。だからそういう話になると、つまらなそうな顔をして黙っていました。嫌な奴ですね。そういうことをしていると、合コンなんかには誘ってもらえなくなります。そうすると余計にいじけた性格になります。息子には見習ってほしくないです。

ところで、息子は米国の子供向けCGアニメがお気に入りのようです。確かに絵は綺麗だし、話もよくできています。でも僕からすると、よく出来ていすぎてちょっと違和感があります。何度かジブリのアニメも一緒に見たのですが、あまり興味を示しませんでした。まだちょっと早いのかもしれません。あるいはただ単に趣味が合わないだけかもしれません。でも、いつか「未来少年コナン」は見てほしいと思っています。それは僕が一番心ときめいたアニメだからです。冒険と友情と淡い恋。やっぱ、これでしょ。

2018年02月03日

道草な話 10:11

 1月初旬の日曜日、僕は新型車両になった「スーパーあずさ1号」に乗って、実家へ向かった。母が死んで、一人暮らしになった父の様子を見に行くためである。新しくなった特急の内装は随分とシックになって、全座席にコンセントが付いた。窓も広くなり、快適である。しかし僕が最も望んでいる所要時間は全く短縮されていない。一体何のために新しくなったのだろうか。せめて10分でもいいから早く到着してくれたら、もう少し褒めてあげてもいいのだけれど、どうもユーザーのニーズを把握していないように思えて仕方がない。やはり新幹線を通さないとダメなのかしら。

終点の松本で降りて、ローカル線に乗り換える。快晴の朝で、雪を被った北アルプスが遥か彼方まで見渡せる。登山客らしき人たちがしきりにスマートフォンで撮影している。しかし、地元民たちは全く見ようとしない。それは日常の風景だからだ。かつては僕もそうだった。しかしもはや地元民ではなくなったので、写真は撮らないけれど観光客気分でその雄大な景色を眺めている。

 父は居間の炬燵でボーっとしていた。寒くてなにもやる気が起きないという。そのくせファンヒーターはつけていない。ここが昔から不思議に思っているところである。寒いなら暖房をつければいいのに、それをせずに寒い寒いと言っている。別に灯油代がもったいないわけではない(と思う)。どうも、寒い時は寒いんだからしようがないと思っているフシがある。そしてそれは実家だけでなく、長野県全体の傾向であるような気がする。必要以上に暖かくすることを恥とするような雰囲気がある。変なプライドを持っている厄介な土地柄である。そしてそれは、暖房だけに限った話ではない。

 父は一人暮らしを始めて1年以上になる。最近、やっと慣れてきたようだが、その一方で認知症も確実に進んでいるようだ。遠くない将来、一人暮らしは困難になるに違いない。記憶が抜け落ちていくことに、彼は今、とても怯えている。もともと気に病む性格なので、認知症より、それを気に病むことで精神的に参ってしまうのが心配である。

 そんな父と、母の墓参りに行った。安曇野を見下ろす山裾にあるその墓地には、誰もいなかった。田んぼが見え、川が見え、点在する家屋と神社、そしてそれらを取り囲む防風林が見える。昔から変わらぬ風景である。母はここから毎日安曇野を眺めているのだろう。それは悪くない環境のように思える。都会のビル街の一画に取り残された墓地に比べれば、少なくともずっといい。

2018年01月13日

道草な話 13:16

 最近、息子が友達の家に遊びに行くようになった。それ自体は一向に構わないのだが、行った先々で迷惑をかけるようなことをしていないか心配である。そして、人の家に行く以上、それなりに相手の親に負担をかけるわけで、お礼を言ったり、お礼にちょっとしたものを持たせたりと気苦労も多い。外で集まって遊べばいいじゃないかと思うのだが、それほど遊ぶ場所があるわけではない。そして何と言っても、他人の家に行くというのは子供とって魅力的である。一人ずつ違う家があり、違う生活があり、違う境遇があるということを理解することは、社会の中での自分の立ち位置を把握するためにも大切なことかもしれない。

 僕も息子と同じ歳くらいの頃は、よく友達の家に遊びに行ったものだ。一番よく遊びに行ったのは、瓦屋のK君の家である。その頃僕は三部屋しかない小さな社宅のようなところに住んでいたのだが、K君の家は、とても広くて、敷地内に瓦を焼く工場もあったため、とても複雑な構造をしていた。だから家の中を探検するだけでも楽しくて仕方がなかった。そして何と言ってもK君はとてもたくさんのおもちゃを持っていた。そのどれもが、僕が欲しくてしょうがないけれど買ってもらえないといったものばかりで、僕はK君の家に行くと、むさぼるようにそのおもちゃで遊びまくった。K君とは気が合ったし、おもちゃを自慢したり威張ったりするタイプではなかったため、僕は卑屈な思いをすることもなく、楽しく遊んでいた。一時期はほぼ毎日遊びに行っていたような気がする。もちろん僕は気が付かなかったけれど、きっと母はいろいろと気を使っていたのではないかと今にして思う。考えてみれば、K君が僕の家に遊びに来たという記憶は全くない。でも子供だった僕は、そんなことはまったく気にしていなかった。ただ単に彼の家に行くのが楽しかったからそうしていただけのことである。

 息子は帰ってくると、友達の家がいかに立派で、いかに素敵なおもちゃがあって、いかに自分よりいい暮らしをしているかといったようなことを話す。それは時によっては、僕をつらい気分にさせる。もしかしたら、僕も同じように親に対して話をしていたかもしれない。なぜ僕はあのおもちゃを買って貰えないのかなんて言って、親を困らせていたのかもしれない。いや、きっとそうだろう。でも子供ってそういうものだし、それをのらりくらりとかわしていくのが親の仕事だったりする。因果は巡るのだ。

2017年12月10日

道草な話 22:39

 20年以上前の話になるが、まだコタンが四谷にあった頃、僕はまだ駆け出しのペーペーで、先輩達の前で必死に歌っていた。リハーサルから開場までの間、その先輩達と話す機会があるのだが、人見知りでおまけにプライドの高い僕は、あまり話をしなかった。その先輩達の中でもひときわ異彩を放っている男がいた。茶髪で長髪、派手な衣装、そして唯一無二の歌声と、素晴らしい楽曲。知らん顔をしながら、僕はその男に激しく惹かれ、そして嫉妬した。彼の名前をSという。

 それがひょんなことから一緒にバンドを組むことになった。いざ付き合い出してみるとなかなか面白い男で、妙にウマが合った。そして、そのバンドで僕は主に楽曲を作り、Sがボーカルをとった。それは僕にとってとても楽しいことだった。あの声を使って、どんな曲を歌わせようか。ワクワクしながら曲を作った。

しかし、Sの人生は常にトラブルが付きまとっていた。それは主に彼の気の弱さと酒に起因していたと思う。私生活のトラブル、仕事のトラブル、そういったものに耐えられず、Sは音楽を捨て、姿をくらましてしまった。それから10年近く経った。

 人づてにSがまたバンドをやりたがっているという話を聞いた。ほかのメンバーもそれならやろうじゃないかということになった。僕はSに連絡を取り、会って話をした。久しぶり会ったSは、思ったほど変わっていなかった。いろいろとわだかまりがあるようだが、とにかくやってみようかという話になった。そしてスタジオに集まって練習した。それはとても楽しい時間だったが、Sがいつもべろんべろんに酔っぱらって来るのが気になった。もともといつも酔っぱらっている男だったが、以前より酒に吞まれている感じがした。それでも何とかライブをやったのだが、そこで歌っていたのは、以前のSとは別の男だった。鋭かった視線は宙を泳ぎ、突き刺すようだった歌声は呂律が回っていなかった。僕はSの横でギターを弾きながら、とても悲しい気分になった。

 僕たちは機械じゃない。歳もとるし、調子の良し悪しもある。歌を地で行くような人生もあれば、そうではない人生もある。いくら才能があっても、それを活かせる人と活かせない人がいる。そんなことはわかっている。でも、僕はSのことを一般論で片付けることができない。じゃあどうすればいいのか。その答えが見つからなくて、今、途方に暮れている。

2017年11月24日

ありがとうございました。 23:12

 ワンマンライブ、おかげさまで無事終了いたしました。ご来場の皆様、ありがとうございました。

2017年11月21日

新曲できました 00:15

 「吹雪の夜」というバラードです。

 ワンマン、よろしくお願いします。

2017年11月17日

11月23日(木)は、ワンマンライブです。 23:13

よろしくお願いします。

f:id:mitikusanin:20171117231157j:image

2017年11月07日

いよいよ 23:59

 11/12 MISOJIES、よろしくお願いします。

f:id:mitikusanin:20171107235838j:image

2017年10月07日

道草な話 23:21

 えーと、もう10月ですか。相変わらず早いですね。今年もあと3ヶ月です。そんなことを言っているうちに、あっという間にヨイヨイの爺さんになってしまいそうです。まあ、ヨイヨイの爺さんになるまで生きられればの話ですが。

先日、息子の小学校の運動会がありまして、早起きしてお弁当を作って出かけました。幸い天気も良く、進行よろしく、無事に終わったのですが、グラウンドが狭いので、立ちっぱなしで観戦していたせいで、足がガクガクになってしまいました。

 しかし何ですな、子供の晴れ姿を写そうとカメラやビデオを持った親たちの陣取り合戦は実に熾烈なもんですな。私も立場上、その戦に参戦しなければならんわけですが、周りのお父さん・お母さん達の気迫にすっかり気圧されてしまいまして、満足な映像をとることができませんでした。というか、どうもそういうことに夢中になれんのです。これは性格ですかな。それとも歳のせいですかな。あと、学年ごとに発表されるダンスみたいなやつ、あれもちょっと苦手ですな。特に高学年になると「テーマ」みたいなものがあって、それがどうも胡散臭いんです。そんでもって、閉会式で6年生が立派な演説をしたりすると(みんながひとつになって成し遂げたとか、絆の大切さを感じたとかいうあれです)、もうなんか、ケツの穴が痒くなってしまうんです。こういう考え方はよくないですね。そういうのは絶対に子供にも伝わってしまうので、もっと純粋に感動したり、熱くなったりしなければならんと思うのですが、なかなかうまくいきません。ずーと世間をはすから眺めていたせいですかな。ひねくれた親を持った子供も可哀想です。

 しかし何ですな、子供っちゅうのは実に親の一挙手一投足をしっかり観察しとるもんでして、またそれをそのまま真似したりしますな。だからうちの息子は、すぐ「疲れた」とか「休憩」とか言ってゴロゴロしとります。言い訳けが多いとか、すぐに諦めてしまうとか、厭味ったらしい文句を言うとか、いちいち腹が立つ態度をとるんですが、よく考えたらみんな私の真似をしとるんですな。だから余計に腹が立つわけです。

 そのうち自我が芽生え始めると、きっとこんな親父みたいになりたくないと思うんでしょうな。そんでもって、強烈な反抗期を迎えるわけです。そしてその頃には、もう私にはそんな息子に対抗できる体力・気力は残っておらんのです。さてさて、どうしたもんですかな。