奨学金の拡充について*1。

奨学金には、1)必要性に応じて給付されるものと2)能力に対して給付されるものの二種類がある。

前者は、日本育英会に代表されるもので、採用には本人の能力よりもむしろ家庭環境が重視される。このタイプの奨学金は日本にはわりと多い。

後者は、本人の資質に対して社会が投資するタイプのもので、日本ではあまり見受けられない。ところが、米国の大学院などではこのタイプの奨学金が主流である*1

現在、良く知られているように日本育英会奨学金*2は縮小傾向にある。表向きでは大学院重点化を謳いながら、日本育英会第一種奨学金の研究職特別免除規定を廃したことは、「はしごをかけて二階に登らせ、後でそのはしごを外す」卑劣な行為であると非難されても仕方あるまい。

これは由々しき問題である。なぜならば、日本育英会の役割は「必要性」に応じて学資を提供することにあるからである。極端な話、日本育英会奨学金の縮小=「貧乏人は進学するな」というメッセージにとなってしまう。

これに対する解決策は二つある。それは

  • 授業料免除枠の拡大
  • 資質投資型奨学金の充実

である。

まず、授業料免除枠について検討しよう。授業料免除は、奨学金(お金をあげる)とは異なる方向(コストを減らす)での援助となるが、これには幾つかの望ましい性質がある。一つには、学習面での援助に直結するということがあげられる。つまり、お金の形で渡すとどのように使われるかは不明だが、授業料免除という形で便益を提供すれば、これは学習面での援助以外に用いられようもない。また、給付側のコスト面からも有益である。なぜならば、教育は公共財的性質を持ち合わせているため、追加的に学生を増やすコストはほぼ0に近いからである。例えば、一人当たり100万円(授業料相当額)の奨学金給付をするためには100万円×人数分の金額が必要となるが、それと同人数の授業料免除を行うためのコストは明らかにこれよりも小さい。

さらに、資質投資型奨学金について検討しよう。これは本人の資質に応じて給付される奨学金のことである。米国ではこれが主流とされ、この充実した奨学金のおかげで能力がある人間はその能力を最大限に伸ばす事が出来る。これはまさしく、才能に対する投資なわけだが、これは知的な分野において非常に有効である。なぜならば、一人の天才の仕事は100人の凡人の仕事をも上回るのが研究の世界だからである。

某大学経済学部の看板教授が授業中に放言したことには、「私が学部長になったら、授業料を5倍にして、勉強しない学生はその多く(全体の二割程度)を放校にする」というものがあると聞く。国立大学独立行政法人化の流れを受け、全体の競争が活発化すれば、このような方策を取り質の高い卒業生を世に送り出すことを目指す大学が出てきても不思議ではない。

いずれにせよ、能力を通じた平等、を実現するためには、その能力の発現を妨げるようなあらゆる障害(資金面など)は取り除かれねばならない。

奨学金の拡充はその意味において、必要であり、望ましいと思われる。

*1:ここらへんの事情は、http://econphd.tripod.co.jp/scholarship.htmに詳しい。

*2:しかし、返還のことを考えると、これは奨学金ではなくて国が利子補填する学資ローンと呼ぶほうが正確である。

「敬老という習慣の合理性と限界」

http://amrita.s14.xrea.com/d/?date=20030804#p01

以前は老人は社会における少数派であり、また、知恵を体現する存在であった。それゆえ、「敬老」という慣習には一定の合理性が存在した。しかしながら、若者が社会における少数派に転落した昨今の状況では、その合理性はもはや保証されるとは限らない。現代の社会的な閉塞感を打破するためには、若者に発言権を与えることが重要だが、そのためには「敬老」は足かせになってしまう、という指摘。

ところで、敬老という習慣を排すインセンティブは人々の間に存在するのだろうか、という疑問はある。若者はいずれ老人になる。待っていれば安定的な立場へと移行できる、という保証があるのに、それを自ら突き崩そうとするだろうか?

これと同じ議論は終身雇用制を含めた日本企業内の社内登用制度にも適用可能である。例えば、就職難をなんとかくぐり抜け、会社に入った若者に終身雇用制を突き崩すインセンティブはあるのだろうか。

おそらくそのインセンティブは「外からの火急の脅威に対抗する」という形からでしか生まれ得ないのではないかとわたし自身は推察する。

つまり、会社の例で言えば、終身雇用制を守っていては会社自体がつぶれてしまう、という火急の危機感こそが改革の牽引車たりうるということである。これと同じ議論を社会に対して当てはめると、「日本の国際的なプレゼンスの急激な低下」が改革の火種になるのかもしれない。

経済成長率の低下はフリーターの増加を招く?

An unemployed worker recieves each period an offer to work for wage w_t forever, where w_t=w in first period and w_t= \phi^t w after t periods on the job. Assume \phi>1, that is, wages increases with tenure. The initial wage offer is drawn from a distribution F(w) that is constant over time(entry-level wage is stationary); Successive drawings across periods are independently and identically distributed.

The worker's objective function is to maximize

E[\sum_{t=0}^\infty \beta^t y_t]

where y_t=w_t if the worker is employed and y_t=c if the worker unemployed.

上のようなモデルを考えよう。これはいわゆるサーチ理論に基づく失業の分析の一形態に他ならない。

この後はベルマン方程式を立てて、その問題を解けば良い。

この時、留保賃金は賃金成長率\phiの関数になり、さらに、賃金成長率が下がると留保賃金が高まることが示される。つまり、高いjob offerを引き当てるまでは、c(失業給付orフリーターの給与水準)で我慢しようという主体が増える、ということである。