かえっていく場所:椎名誠

かえっていく場所椎名誠私小説群の中でも家族を扱った「岳物語」の流れを汲む本です。家族も独立し、それぞれの生活を確立して行く中で、何とはなしに取り残されているような、子供の背中を見ているような感覚なのでしょうか。僕はまだ家族がどうとか、子供が独立とかは夢の先のような話ですが、いつか彼と同じ視線になるのかも知れないと思うと、この本全体を通して感じる暖かさと切なさと不安が混じったような空気も納得が出来るのです。
老いと言うのは失い続ける事なのかも知れません。必要不必要に関わらず、暴力的な時間によって次々と何かを削り取って行く流れ。そしてその中で信じられる価値を守って積み重ねて行く事。僕にはまだ理解し切れないんでしょうね。
椎名誠にとって奥さんと言うのは大きな支えで有ったと言う事が、この本を通じて良くわかります。椎名誠は昔から奥さんへの愛を割と隠さずに表現(あまり直接的ではないですけど)してきたのですが、この本を読むとそう言った精神的な面だけではなく、顔を合わせて共に生活を支えて行く仲間としての奥さんにも大きな情愛を持っている事が良くわかるのです。
【お勧め】★★★☆☆(味わい深い)

焼け跡の青春・佐々淳行 −ぼくの昭和二十年史−:佐々淳行

ぼくの昭和20年代史 焼け跡の青春・佐々淳行 (文春文庫)いつもの佐々淳行の最新刊です。学生時代後半から警察官になるまでの間を埋めた形です。これがあると現在を除いたほぼ全ての佐々淳行の人生の各時代が本になった事になるのかな?
終戦直後から日米安保までの時代を僕は自分の興味が戦争や安保闘争に行ってしまうせいで、良く知らなかったのです。でも、佐々淳行の生き生きとした描写でこの時代が描かれると、まるで自分がその場に居るような臨場感で「時代の空気感」を感じられて、もうちょっと色々知りたくなりました。例えば戦後の猟奇的な事件であるとか、渋谷のヤクザと外国人の闘争であるとかね。
しかし佐々淳行のまっすぐな態度と生きる事に対するパワーは凄いですね。昔の人はみんなこんなに(良くも悪くも)力強く生きていたんでしょうか?無気力な世代とか良く揶揄されて育ってきた僕のような人間は、本気を出して生きる所にまったく衒いが無い時代に、少し憧れます。これはこれで凄く大変なのでしょうけど。
【お勧め】★★★☆☆(3.5点。素直に面白くて、為になります)

雨天炎天:村上春樹

雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行 (新潮文庫)ギリシャの果てにあるような修道院の島をひたすら歩く話と、トルコをひたすら移動する話の二本立ての旅エッセイ(?)です。椎名誠のように感情的な起伏が多い訳ではなく、淡々と話は進んで行きます。裏表紙には「タフでハードな冒険の旅は続く!」と中々勇ましい文章が書いてありますけど(これって編集者が考えるの?良いのこれで?)、ちょっと内容とは乖離しているような…。
でも派手じゃないからツマラナイ、と僕は言いたい訳では無くて、これはこれで面白いのです。椎名誠には椎名誠の、村上春樹には村上春樹旅行記があって、それぞれの味わいがあるのです。味わいとか言うとなんだか偉そうでイヤですけど。
所でこの時のギリシャ訪問が「スプトーニクの恋人」の最後の方で描写される場所の元ネタになったのでしょうか?どうなのかな。
【お勧め】★★☆☆☆(2.5点。ちょっと単調に読める部分もあるので)