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2016-08-03

高江ヘリパッド建設中止を求める声明に賛同します

環境保護団体であるFoE Japanが、沖縄県東村高江の米海兵隊ヘリパッド建設中止を求める声明への賛同を募集しています。

私、宮川拓は同声明に賛同しています。下記はその際に寄せたメッセージです。

外国の軍隊の施設を、いやがっている人々の土地に強権をもって押し付けることは、恥知らずな蛮行です。また、自然と人々の生活双方に大きなダメージを与える行為を、「負担軽減」の名で推し進めることは、まったく卑劣な行為です。

以上、日米両政府に対して強く抗議します。

2016-07-31

[] 丸山邦男(1975)『天皇観の戦後史』、白川書院

天皇観の戦後史 (1975年)

天皇観の戦後史 (1975年)

著者はジャーナリストで丸山眞男の弟。『現代の眼』、『流動』、『創』といったアングラ雑誌を中心として掲載された、天皇制、というかどっちかといえば昭和天皇その人にまつわる問題についての記事をまとめた本。

昨日までのことは知らんぷりで象徴天皇とそれと結託した日米政府にすり寄る右翼を、天皇制を封建遺制として片付けてまともに問題化しない共産党や新左翼党派を、天皇「制」に拘泥して昭和天皇その人をほっぽってる進歩的文化人*1を、「象徴」になりおおせて政治責任から逃げまどう昭和天皇を、かたっぱしから攻撃しています。一方で、象徴天皇を批判して腹を切った三島由紀夫や、「ヤマザキ、天皇を撃て!」の奥崎謙三のことは、ともかくも一貫しているとして褒めています。

自分がわざわざ、この歳月に埋もれた本を引っ張りだして読んだ理由は、著者の兄である丸山眞男の天皇制論にまやかしがあると思っていて、その批判のとっかかりがあるような気がしたからです。「超国家主義の論理と心理」において、無責任の体系の頂点にあるべき天皇の国家に対する責任を、皇祖皇宗に投射されるものとして書いたのは、(少なくとも)結果として天皇個人を免責する言説になってんじゃない、という。著者もまさに同じ問題意識を持ってるみたいで、丸山眞男をほぼ名指しで批判しています。

(引用者註: 対米開戦前の御前会議で、昭和天皇が杉山参謀総長の見通しについて問い詰めたエピソードを引いて)。陸軍参謀総長に対して、いい加減に「アア、ソウ、シッカリヤレ」などといわなかった天皇は、政治家としても統帥者としても、確固としてすぐれた見識の持ち主であったことを物語るひとこまではないか。その意味では、天皇をロボットであるとし、軍部にあやつられた“恍惚人間”として軽視し、そのような天皇の権限を至上絶対のものとした戦前の<絶対天皇制>に対し、あれは「無責任の体系」だったという定義を下した近代デモクラシーの復権者*2たちの思想は、まことに犯罪的であり、戦争裁判を通じて、国民大衆の天皇呪詛の感情をそらし、さらに、天皇個人の責任を免罪することによって、より無責任な「象徴天皇制下の戦後民主主義政治体系」を、なし崩しに容認し、国民の中から戦犯追求のホコ先が天皇に向けられるのを巧妙にそらす役割を果たしたことになる。(pp. 156-157)

ただ本書は、著者がまえがきでことわっているように、理論化を目指したものではないので、これ以上はない。あとは自分で考えることです。

本書を知るきっかけとなった id:takamm さんの下記記事を読み直したら、自分の記事は、引用部含めてほとんど引き写しみたいな内容になってました。すみません。*3

[] 新崎盛暉『日本にとって沖縄とは何か』

1945年の沖縄戦移行、2015年の「オール沖縄」まで、沖縄の米軍基地問題に関する通史。ページ数の半分以上は1995年の少女暴行事件と地位協定見直し要求以降について扱っていますが、どっちかといえば1972年沖縄返還までの内容について興味深く読みました。反占領・日本復帰ナショナリズムを軸とした反基地運動が、佐藤内閣による返還政策批判を通じて、日米両政府に対抗する運動へと変わってくところ。

読んでる最中に、日本政府は高江ヘリパッドの工事強行を始めました。たった今起きていることについて、その文脈を知るための本です。

[] ピエール・ブルデュー『資本主義のハビトゥス』

アルジェリア戦争当時のアルジェリアで行われた、都市のひとびとに対するフィールドワーク研究の抜粋版。資本主義や近代的生活を受け入れる(受け入れざるを得ない状況に追い込まれる)にあたって、ひとびとの行動様式がどのように変容するか、また変容のしかたが間でどのように異なるか、ということを書いています。

正直あんまり問題意識が分かりませんでした。挟まっていた喫茶店のレシートから推測すると、大学を卒業する年度の春に、講義をサボって駅前の古本屋で買ったと思われるのですが、当時の自分の問題意識もよく分かりません。

最近、既に読んだ本を買ってしまうことが続いたので、とりあえず読んだという記録だけでも書いとこうと思いました。

[] キャロル

下高井戸シネマで『キャロル』を観劇。

1950年代のニューヨークを舞台にした、ケイト・ブランシェットが演じる中年の裕福な女性と、ルーニー・マーラが演じる若い女性の恋愛映画。

演技も脚本も映像も、とにかく緻密で濃厚で遊びがなく、胸焼けがしました。あまり好きにはなれないけど、とても良くできた映画であることは分かります。

あと、1950年代ってのは実に「旧時代」であって、60年代中盤以降の文化変容ってのはすごかったんだなーと思いました。特にルーニー・マーラの職場のデパートで、「アイゼンハワー大統領の誕生日を祝して当店は特売りを〜」みたいな店内放送が掛かるとこ。ここまで書いて、『競売ナンバー49の叫び』の主人公であるエディパ・マースが60年代の大学を訪れて、自分の学生時代と引き比べて衝撃を受けるところを思い出しました。

[] 大相撲2016年名古屋場所 総括

優勝した日馬富士の状態はここ普段と変わらず、悪いところをだましだまし取っていた感じ。中盤までは左上手投げで効率よく星を稼いで、優勝が現実的になった終盤は稀勢の里・白鵬を鋭い攻めでしりぞけた。白鵬が二敗したのをチャンスだと思って頑張ったとのことで、好機を狙って優勝できるのはすごい。優勝回数8回は北勝海に並んだ。これでもう、どんな見る目のないアンポンタンだって、彼を「弱い横綱」なんてえことは口が裂けても言えない。

白鵬は五日目の宝富士戦の敗戦あたりから足をいためたようで、右で踏み込めずに両足で飛び上がるような立ち合いになってしまい、攻勢が取れなくなった。

稀勢の里は日馬富士と違ってチャンスを生かせなかった。五日目の敗戦から踏み込めずに苦戦続きで、彼も足をいためていたのかも。前二場所の出来とは程遠く、なんとか12-3の星でまとめて綱取り継続できたのは幸運だった。

正代は2大関を破って5枚目で9-6。左を差して力強い相撲。

*1:最近聞かなくなった言葉です。

*2:言うまでもなく、名指されているのは丸山眞男です。

*3:8月1日追記。

2016-07-24

[] 大相撲2016年名古屋場所千秋楽

○9-6琴恵光(突き出し)里山5-10●

琴恵光の突っ張りを里山左に左に回りこむが、琴恵光叩き込みからさらに突き放して突き出し。

○9-6玉鷲(寄り切り)錦木9-6●

中入り後の相撲。錦木が突っ張るのを玉鷲右の廻しを取って寄り切り。

○9-6荒鷲(左下手投げ)大栄翔5-10●

大栄翔の突っ張りを荒鷲引っ掛けて両者左差し。数秒止まって荒鷲の下手投げ。

●6-9北播磨(右突き落とし)蒼国来6-9○

北播磨右おっつけで四つを拒否し、突っ張り合いから北播磨が前につんのめったところで蒼国来が右突き落とし。

○4-11佐田の富士(左すくい投げ)豪風6-9●

豪風中に入って押し込むが佐田の富士残して左上手。ジリジリ寄って、豪風が耐え切れず叩き込むところを左すくい投げ。

○7-8輝(押し出し)大翔丸7-8●

輝両喉輪で突き放して両はず押し、大翔丸左にいなすところを付け入って出た。

○7-8佐田の海(押し出し)遠藤3-12●

佐田の海両差しから遠藤左巻き替えたところを出て押し出し。

○12-3貴ノ岩(寄り切り)10-5嘉風●

嘉風両差しで出るのを貴ノ岩右巻き替え、嘉風が差し手を抜いて押し出しを決めようとするが貴ノ岩残す。貴ノ岩逆襲寄り切り。

貴ノ岩は優勝の可能性を残した。

●5-10松鳳山(押し出し)豊響7-8○

二度松鳳山が早く立って立ち合い不成立。三度目の立ち合い、豊響ぶちかまして電車道、最後は右の突き手で押し出し。

●9-6千代鳳(送り出し)妙義龍7-8○

妙義龍右を張って右を深く差し、横から後ろを向かせて送り出し。

○8-7隠岐の海(押し出し)碧山8-7●

碧山の両手突きに隠岐の海一歩も下がらず前に出て押し出し。

○10-5宝富士(叩き込み)栃煌山8-7●

宝富士珍しく右に変化すると栃煌山そのまま前に倒れた。

○5-10御嶽海(寄り切り)徳勝龍6-9●

互角に当たって御嶽海左差し、右おっつけで出て、土俵際で右上手。徳勝龍の右突き落としに来るのを、差し手を返して寄り切った。

●9-6逸ノ城(左上手投げ)高安11-4○

当たって差し手争いから右四つがっぷり。高安ちょっと寄って左上手投げで逸ノ城バッタリ。逸ノ城いちおう差し勝ったのにあっけなかった。

●2-13琴勇輝(押し出し)勢5-10○

琴勇輝両喉輪から突っ張るのを勢右からいなして体勢逆転、押し出し。

●9-6正代(叩き込み)栃ノ心6-9○

正代栃ノ心の左前回しを嫌って引きながら左に回り込み、左をのぞかして出るところ栃ノ心左で首をおさえつけて右から叩き込み。

●7-8魁聖(右小股掬い)照ノ富士8-7○

照ノ富士すぐに左前廻し引いて出し投げから右で小股掬い。カド番脱出。お見事。

○12-3稀勢の里(押し出し)豪栄道7-8●

稀勢の里右をかかえて、左差し切れなかったが落ち着いて左おっつけから突き落としで後ろを向かせて押し出し。今日は良い相撲。

●10-5白鵬(寄り切り)日馬富士13-2○

白鵬が右半身で当たるのを日馬富士すぐ左上手投げ、右四つで白鵬の左を遠ざける。白鵬廻しを切って粘るが、日馬富士が巻き替えて両差しで出ると抵抗できず寄り切り。勝った日馬富士は左膝をガックリ折って土俵に崩れた。満身創痍の優勝。

2016-07-18

[] 大相撲2016年名古屋場所9日目

○4-1小柳(押し倒し)魁3-2●

突っ張り合い。小柳の左右の喉輪がクリーンヒットして押し倒し。

○5-4琴恵光(叩き込み)若乃島4-1●

十両の相撲。

琴恵光右張って右四つ。若乃島が巻き替えて両差しから出ようとするところ、琴恵光が右に開いて叩き込み。

●3-6剣翔(寄り切り)天風8-1○

剣翔低く当たるが天風右おっつけで起こし、両差しから押し出し気味に寄り切った

以前なら押し出しを取ってたところで、最近は寄り切りを取ることが多い気がする。

○6-3阿武咲(押し出し)旭日松2-7●

旭日松が阿武咲の当たりを胸で受けてしまい、そのまま押し出し。

●7-2千代丸(押し出し)大道6-3○

千代丸の突っ張りを大道おっつけて押し込み、叩き込みのフェイントから中に入って、千代丸が右に開いて叩くところを付け入って押し出し。

●2-7富士東(寄り切り)北太樹3-6○

北太樹左を差す立ち合いから突っ張り合い。北太樹両差しになって寄り切り。

●4-5志摩ノ海(叩き込み)朝弁慶3-6○

朝弁慶当たってすぐ右で首を押さえつけて叩き込み。

●4-5千代皇(寄り切り)旭大星4-5○

旭大星左に変わって左上手、出し投げから寄り切り。

○5-4旭秀鵬(寄り切り)朝赤龍4-5●

旭秀鵬右四つ左上手、下手を返して朝赤龍の上体を起こし、朝赤龍が下手投げを打つところ引きつけて寄り切り。

●5-4石浦(押し出し)宇良7-2○

手取り対決。頭を付け合って手四つ。宇良が頭をこじ入れてふところに入り、石浦が叩くところを押し出した。

●1-8出羽疾風(引き落とし)里山3-6○

里山左に変わって左とったりで振り回し、向き直って押そうとしたら出羽疾風前に倒れた。

決まり手は引き落としだけど、引いてはいない。かといって、とったりが決まったわけでもないので難しいところ。

●4-5佐藤(押し出し)千代大龍4-5○

千代大龍左を固めて思い切りぶちかますと佐藤引いてしまった。

●4-5英乃海(押し倒し)誉富士6-3○

英乃海当たり勝って押し込むが誉富士右に回り込んで逆襲。これをこらえて再度英乃海が押し込むところで誉富士再度叩き、英乃海が向き直ってしゃがんでこらえようとするところを押し倒し。

○5-4阿夢露(押し出し)東龍4-5●

阿夢露左右ののど輪で押し込んで押し出し。

●4-5臥牙丸(左上手出し投げ)千代翔馬6-3○

千代翔馬当たって首根っこを叩き、左上手に手をかけて出し投げ。闘牛のような相撲。

○4-5輝(寄り切り)青狼6-3●

中入り後の相撲。

輝両差し。青狼右をおっつけるが、輝押し込んでおいて、左差し手を抜くと同時に右を深く差して寄り切り。

●4-5北播磨(右上手投げ)徳勝龍5-4○

北播磨当たって押し込むが、徳勝龍右上手を引いて回り込みながら上手投げ。

○5-4錦木(寄り切り)佐田の海6-3●

佐田の海両差しを狙ったところが左四つ。錦木が佐田の海の下手を切って右上手を引き、引きつけて寄り切り。錦木うまかった。

○6-3貴ノ岩(寄り切り)荒鷲5-4●

貴ノ岩当たって押し合いから叩いて左を差した。巻き替え合って右四つ、貴ノ岩左上手を引きつけて出ながら上手投げ。決まり手寄り切り。

○4-5豊響(押し出し)蒼国来2-7●

蒼国来左を差すが、豊響右おっつけ左のど輪で押し出した。

○6-3千代の国(寄り切り)佐田の富士3-6●

突っ張り合いから千代の国両差しで寄り切り。

○6-3千代鳳(右突き落とし)大栄翔3-6●

大栄翔上突っ張りから左の突き手がスッポ抜けて左四つ右上手、千代鳳左下手。千代鳳がじりじり寄ると、大栄翔が上手投げを掛けようとしたところでバランスを崩し、千代鳳の右突き落とし。

○4-5玉鷲(突き出し)遠藤0-9●

玉鷲一方的に突っ張って突き出し。遠藤君は何が悪いのかしら。

○6-3正代(寄り切り)碧山5-4●

碧山の両手突きを正代左から跳ね上げて密着し、左を差して寄り切り。

●2-7松鳳山(送り出し)豪風4-5○

松鳳山左おっつけから押し込むが豪風左に回り込む。なおも松鳳山出るところ、右の突き手を豪風が跳ね上げて回りこんで送り出し。

○4-4大翔丸(押し出し)妙義龍2-7●

妙義龍がいっぺん叩いて出るところ、大翔丸左に開いて横について押し出し。

●6-3逸ノ城(寄り切り)宝富士7-2○

右差し左おっつけで宝富士出るが逸ノ城これは残す。宝富士左巻き替えるが逸ノ城再度巻き替えて右四つ。再々度宝富士左巻き替え、両差しで寄るところ逸ノ城またしても右を巻き替えるが、宝富士今度は左上手を引きつけて寄り切り。宝富士強し。

●4-5隠岐の海(左下手出し投げ)高安8-1○

左の相四つ。高安は左下手。隠岐の海の下手廻しを高安再三切る。隠岐の海が左下手に手を伸ばすところ、高安頭をおさえつけて下手出し投げ。

●0-9琴勇輝(押し出し)御嶽海2-7○

琴勇輝フライング気味の立ち合いから押して出るが御嶽海悠々残して左おっつけ右喉輪で押し出し。

●5-4魁聖(押し倒し)栃煌山6-3○

栃煌山両差しで寄り、左はず押しで押し倒し。こうやってカチッとした型にハマると栃煌山はむちゃくちゃ強い。

●5-4豪栄道(寄り切り)栃ノ心2-7○

右四つで豪栄道出ようとするが栃ノ心左上手が引けた。栃ノ心左上手を引っ張り上げて上手投げから寄り切り。豪栄道は動き回れない体勢にしてしまった。

○8-1稀勢の里(寄り切り)照ノ富士5-4●

稀勢の里一度突っかける。稀勢の里の左すくい投げから照ノ富士半身になって左下手、稀勢の里右上手。照ノ富士徹底して稀勢の里の左を嫌い、頭を下げて足取りも見せながら耐えに耐える。稀勢の里上手投げに右外掛けも使って重い照ノ富士を動かし、割り出し気味の寄り切り。

五日目の敗戦からこちら、苦労する相撲が続いて、仕切りでの余裕をなくしているように見えるが、ともかく結果は出している。

●7-2白鵬(叩き込み)勢3-6○

両者ふわっとした立ち合いから右四つ。しかし白鵬の右を勢おっつけて差させず、白鵬押し離して再度四つに組もうとしたところで右足がすべり、勢突き落とし気味の叩き込み。土俵に座り込んだ白鵬は、勢に右腕を差し出して起こしてくれ、という合図。

足がすべったのは事故だけど、立ち合いも変なら展開も変だった。右四つでじっくり取れば問題ない相手なので、楽な勝利をもくろんで失敗した、ということなんだろうか。取組後の所作からすると、もしかして足を痛めてるのかな。

勢は先場所左張り手右かち上げのワンツーでノックアウトされただけに、どんな相撲かと思ったら、まっすぐ当たらずに見るような立ち合いだった。白鵬が変だったので、成否はよく分からない。

○7-2嘉風(叩き込み)日馬富士7-2●

時間いっぱいの仕切りで日馬富士が先に拳を着くと、嘉風呼吸を嫌って待った。今度は嘉風が先に手をつく立ち合い。日馬富士低い当たりで押し込んで、再三左の張り手。叩いて呼び込んで、思い直して前に出ようというところで嘉風叩き込み。

日馬富士は立ち合いの駆け引きでカチンと来たのか、荒っぽい相撲で墓穴を掘った。

まとめ

一敗だった両横綱と逸ノ城が負けて、田子ノ浦部屋の稀勢の里と高安が優勝争いを並走。

2016-07-16

[] 大相撲2016年名古屋場所7日目

○4-3佐藤(突き倒し)里山2-5●

佐藤突き放し。里山離れたとこから頭を下げて潜り込もうとするところ、佐藤さらに突き放した。ざんねん。

○4-3千代翔馬(左小手投げ)東龍3-4●

千代翔馬左に開きながら当たって左小手投げで振り回し、尻もちを付きそうになりながら投げ切った。小手出し投げみたいな感じ。

●2-5豊響(叩き込み)北播磨4-3○

中入り後の相撲。

北播磨左に変わって叩き込み。

○3-4輝(左とったり)大栄翔2-5●

当たって突っ張り合いから輝左とったり。

○5-2荒鷲(寄り倒し)佐田の海5-2●

佐田の海両差し狙いから右四つで出ようとするが、荒鷲下手投げで体勢をひっくりかえして寄り倒し。

○5-2貴ノ岩(寄り切り)佐田の富士2-5●

貴ノ岩右を狙う立ち合いから押し合って右上手前廻しに取り付き、上手出し投げで崩して寄り切り。

●3-4錦木(叩き込み)豪風3-4○

豪風当たって首を抑えて素首落とし気味の叩き込み。

●3-4徳勝龍(左突き落とし)大翔丸3-4○

大翔丸低くあたって徳勝龍が叩くのに付いていく。今度は徳勝龍が押して出るのに、大翔丸左に開いて突き落とし。

○6-1逸ノ城(寄り切り)玉鷲3-4●

玉鷲当たって右喉輪で責めるが逸ノ城捕まえて左上手。上手投げから引きつけて寄り切った。

○4-3千代の国(右上手投げ)遠藤0-7●

遠藤あたって左四つ。千代の国右上手投げで振り回して、投げの打ち合いで両者頭から落ちた。勝ったのは千代の国の上手投げ。遠藤動き悪くないと思うんだけど。

○4-3碧山(押し出し)千代鳳5-2●

碧山立ち遅れるが、後の先で下から当たれた。細かく突っ張って押し出し。千代鳳は胸を出しただけみたいな感じ。

たぶん立合い不十分で仕切りなおしだと思ったんだろうけど、勝手に決めちゃだめだわね。

○5-2正代(うっちゃり)蒼国来2-5●

正代右差しを狙うが結局左四つ肩越しの右上手。蒼国来上手投げで体勢を逆転して寄ろうとするところ、正代右上手を引っ張りあげて、左から強引にうっちゃり。不思議な相撲だ。力強いんだなあ。

●5-2嘉風(寄り切り)宝富士6-1○

嘉風が下に入って押すのを宝富士受けきって、左を差して右上手取って寄り切り。

○3-4隠岐の海(左突き落とし)松鳳山2-5●

突っ張り合いから松鳳山の右突き手がスッポ抜け、隠岐の海左突き落とし。

●0-7琴勇輝(叩き込み)高安6-1○

琴勇輝左喉輪で攻めるが高安突き返しておいて左に開いて叩き込み。

○6-1稀勢の里(押し出し)栃ノ心1-6●

稀勢の里すぐに左がのぞいて、そのまま前に出て寄り切り。差し手が浅いので押し出しに見えた。これは強い。

左右が逆だけど、横綱になってからの武蔵丸の相撲を思い出した。

○5-2栃煌山(寄り切り)照ノ富士4-3●

栃煌山両差しで攻め込むが、照ノ富士右小手投げで残す。栃煌山なおも両差しで攻め立てて寄り切り。

照ノ富士残す腰はあるけど、前に出られていない。

○5-2豪栄道(左上手投げ)御嶽海1-6●

豪栄道右四つ左上手を引いて、頭を抑えながら上手投げ。御嶽海右ふくらはぎをちょっと痛めたか。

○6-1白鵬(左下手投げ)妙義龍1-6●

白鵬右の右かち上げは妙義龍が踏み込んで不発。妙義龍左を差して一気に出るが、白鵬左下手が命綱になって下手投げ。あっぶねー、という表情。

白鵬三日続けて立ち合い失敗で精彩を欠く。かち上げが攻略されつつあるのかも。

●2-5勢(寄り切り)日馬富士6-1○

日馬富士十八番の、立ち合いズレて立って左上手投げ。今日は一発で決まらず、横について寄り切り。

2016-07-10

[] 大相撲2016年名古屋場所初日

一日遅れ。

●0-1誉富士(左下手投げ)里山1-0○

突っ張り合いから里山左を差して、右おっつけを見せながら頭をねじこんで左を深く差し直し、誉富士が外掛けにくるところを、掛け投げ気味の左下手投げ。

○1-0荒鷲(寄り切り)佐田の富士0-1●

中入り後の相撲。

荒鷲立ち合いすべったが左踏み込んで左四つ右前廻し。佐田の富士左半身で粘ろうとするところを荒鷲引きつけて寄り切り。

○1-0北播磨(左切り返し)錦木0-1●

北播磨一度突っかける。突っ張り合って北播磨左差し。一気に寄って出るところを錦木右上手から掛投げを掛けるところ、北播磨切り返して錦木尻もち。

○1-0豊響(押し出し)輝0-1●

豊響出足から押し込んで押し出し。輝は立ち合い一歩も踏み込めず。

●0-1玉鷲(押し出し)徳勝龍1-0○

空色の廻しの両力士。徳勝龍左を差すような立ち合いだが差せずに玉鷲の右突き手を跳ね上げる。横を向かせて押し出し。

○1-0大栄翔(押し出し)佐田の海0-1●

立ち合い五分だが大栄翔の二の矢の上突っ張りを佐田の海まともに受けて、右からのいなしも間に合わず押し出し。

○1-0貴ノ岩(叩き込み)蒼国来0-1●

貴ノ岩右おっつけで押し込んで、蒼国来がバランス崩したところを引き落とし気味の叩き込み。

○1-0千代の国(押し出し)豪風0-1●

千代の国が珍しく潜り込もうとするような立ち合い、豪風が飛び上がって叩こうとしたので距離が離れて変なかっこう。千代の国の突っ張りを豪風終始いなして左に回り込むが、一回転したところで土俵を割った。

○1-0千代鳳(押し出し)大翔丸0-1●

大翔丸が引くのに付け入って千代鳳押し出し。

○1-0逸ノ城(極め出し)遠藤0-1●

遠藤突っ張って右四つ。左巻き変えようとするところを逸ノ城挟み付けて出た。

●0-1碧山(押し出し)嘉風1-0○

碧山細かく突っ張るが嘉風一歩も下がらず飛び込んで、左かいなを突き付けて押し出した。

○1-0正代(左下手投げ)勢0-1●

正代左差し。勢右を巻いて小手投げで引きずり倒そうとするが、正代下手投げを打ち返した。

勢相手に左四つなんだから、正代どう考えても左差し狙ってるよね。

○1-0松鳳山(押し出し)妙義龍0-1●

妙義龍いったん叩いて左にまわって、向き直って押し返すが、上体が起きたところに松鳳山が飛び込むと再度叩いてそのまま押し出し。ちょっとあっさりしすぎた。

●0-1隠岐の海(寄り切り)照ノ富士1-0○

照ノ富士右で一発張って、左四つ右おっつけでにじり出る。隠岐の海が巻き替えて反撃するも、左上手をがっちり引いて寄り切り。照ノ富士だいぶマシになったように見える。

●0-1豪栄道(左突き落とし)宝富士1-0○

当たって差し手争い、豪栄道右おっつけて行こうかな、というところで宝富士左からいなすと豪栄道簡単に落ちてしまった。

○1-0栃煌山(寄り切り)琴奨菊0-1●

栃煌山一度突っかける。琴奨菊わきがら空きの立ち合い。栃煌山両差しで左を深く差し込み、休まず寄り切り。

○1-0稀勢の里(寄り切り)御嶽海0-1●

塩をつかんだ稀勢の里は謎のアルカイックスマイル。

稀勢の里左四つ右上手をガッチリ引きつけて万全寄り切り。てめえら若造とは格が違う、ってえ相撲。

○1-0日馬富士(左上手投げ)栃ノ心0-1●

日馬富士右四つ左前廻しに取り付いて、栃ノ心の左を遠ざける。栃ノ心の右小股を右手で抑えながらグルグル振り回して上手投げ。

●0-1琴勇輝(押し出し)鶴竜1-0○

琴勇輝の出足を鶴竜右からいなして押し出し。

○1-0白鵬(寄り切り)高安0-1●

白鵬一発左で張る。左四つになりかけるが振りほどいて右四つ左上手で寄り切り。最近の初日に似ない厳しい相撲。

2016-05-07

[] ハンナ・アーレント『暴力について』

ハンナ・アーレントの論集『暴力について』(みすず書房、2000年、原著1972年)は、1969年〜1971年にかけて書かれた三つの論評「政治における嘘」、「市民的不服従」、「暴力について」、および最後の論評についてのインタビュー記事「政治と革命についての考察」からなっています。それぞれの論評は、ベトナム戦争における国家の嘘・ベトナム反戦・学生の反乱について、同時代の視点から書かれたものです。

「政治における嘘ーー国防総省秘密報告書についての省察ーー」(1971年)

タイトルの「国防総省秘密報告書(ペンタゴン・ペーパーズ)」は、アメリカ合衆国がインドシナ〜ベトナムに介入する中で行われた意思決定の過程についての報告書です。現在では機密指定が解除されていますが、アーレントの論評は、この報告書の内容が1971年にニューヨーク・タイムズに暴露されたことを受けて書かれたものです。

著者は国防総省首脳部における意思決定の過程に「欺瞞、自己欺瞞、イメージづくり、事実からの乖離」といった諸相を見出します。たとえば:

  • 地上軍投入以前の段階(1965年)ですでに、実質的な勝利という目的は取り下げられ、以降は「世界の最強国」というイメージを守ることが究極的な目的とされた。(pp. 15-16)
  • このような究極的な目的としての「心の問題」を解決するために、首脳たちは政策をとっかえひっかえ、それら政策がイメージに与える影響を計算し、評価し続けた。このような計算は結局、戦争そのものとは無関係のものである。(pp. 33-36)
  • 諜報機関は現地の事情に即した情報を一貫して報告しつづけていた。これらの情報は、国防総省首脳部の問題設定・問題解決のモデルに合致しない偶発的な事象として常に無視された。(pp. 20-21)
  • ラオスと南ベトナムの共産化が、カンボジアを越えて東南アジア全域に波及するだろうという理論(ドミノ理論)を本気にしているものはほとんどいなかった。にもかかわらず、ドミノ理論は戦争目的に関する公式見解の前提とされ、また彼ら自身の意思決定の前提ともされた。(pp. 22-23)

著者はまた、「政府はしかるべく機能しうるためには国家機密を必要とする」という考えが疑問に付されたことを指摘します(p. 29)。報告書中に書かれたことの中で、公衆に知られていない目新しい事実はほとんどありませんでした(p. 44)。そのうえ、ホワイトハウスと国務省は、この秘密報告書の存在自体を突き止められませんでした(p. 28)。

一方で著者は、秘密報告書の内容がほとんどあらかじめ公知であったことは、アメリカにおいてジャーナリズムが健全に機能していることを示唆している、とも指摘しています(pp. 43-44)。

「政治における嘘」に関する考察

丸山眞男の「軍国指導者の精神形態」と引き比べて読むと面白そうです。丸山は日本の指導者が、曖昧模糊とした大言壮語を口走りながら、一方でみずからの職務の権限範囲に逃避し、それらを合理的に関連付けないことによって事態が進むに任せた(しかし彼らは指導者なのだから、「事態を進めている」のは彼らなのである)ものとして描写しています。一方でアーレントの描く国防総省首脳は、現実をはなから切って捨てて、まったく観念的なモデルを作り上げて、合理的な計算とアドホックな政策によって戦争を泥沼へと推し進めています。まったく異なる精神形態でありながら、直接的な帰結は似通っています。

「市民的不服従」(1970年)

市民的不服従運動と法秩序に関する議論を受けて、市民的不服従がアメリカ法の中でどのように正当化できるかを考察した論考です。

主な考察は次の通り。

  • 市民的不服従を法体系の中で正当化するのは困難。これはアメリカ法の性質によるのではなく、法の違反を法自体が正当化することは難しい、という一般的な事実による。(p. 92)
  • 一方で市民的不服従は、アメリカ法の基盤となった伝統において枢要をしめる自発的結社の一種とみなせる。 (p. 88)

著者は、アメリカにおける社会契約が必ずしも擬制ではないことを指摘します。これは、異論を唱える権利のある人が異論をとなえないでいたとすれば、それは暗黙に同意しているものとみなされるべきだからです(pp. 80-81)。しかしながら、政府は議会の同意を得ないカンボジア侵攻など、頻繁に憲法を踏みにじり、したがって社会契約を破っているのだから、既に同意は撤回されているとみなさざるをえない。これは「第一級の憲法上の危機」です(p. 82)。

著者は、この危機において、社会契約が行われる基盤となった「法の精神」、およびその発露としての伝統である自発的結社の一種である市民的不服従が、政治的な役割を果たせるのかもしれない、としています(pp. 76, 93-95)。

また著者は、自発的結社は多数決の原理によっているのではなくて、むしろ少数者がみずからの政治的な力を強め、多数派に対して行使するするものであることを(トクヴィル、およびその評者のミルを肯定的に引きながら)指摘します。これはもちろん危険であり、いかがわしいロビイストの一群として既にその危険が顕現しているのですが、しかしそれは多数派の暴政というさらに大きな危険に対する予防策でもあります。(pp. 84, 88-89)。

「市民的不服従」に関する考察

アーレントはアメリカの社会と法の伝統に状況をしぼって書いています。一方で、日本にあって、たまにデモに行ったり集会に参加したりする人間としては、不服従に限らず異議申し立ての運動一般を日本においてどう正当化するか、ということについて考えたい。正当化なんかいらない、やりゃあいいんだ、という考えもあるわけだけど、正当だと思ってるから活動するわけで、その理屈付けはやらないよりはやった方がいい。

「暴力について」(1969年)

新左翼の学生運動が、歴史を転回させる契機として暴力を礼賛していること、およびその理論的支柱となっているサルトルやファノンの主張に対する批判的論考です。とりわけ毛沢東の「権力は銃身から生じる」というスローガンに対抗して(p. 105)、暴力は権力を破壊しはしても、作り出すことはない、と主張しています(p. 145)。

著者によれば、マックス・ヴェーバーをはじめ、左翼・右翼を問わずほとんどあらゆる論者は、他人に対して正統的に行為を強制できる能力として権力を定義し、また「暴力を権力の最もあからさまな顕現と定義」しています(pp. 125-127)。しかしながらこれは大間違いであって、「権力の極端な形態とは、全員が一人に敵対するものであり、暴力の極端な形態とは、一人が全員に敵対するものである」(p. 131)、つまり正反対のものであると著者は主張します。

権力(power)・力(strength)・強制力(force)・権威(authority)・暴力(violence)、以上の語についての著者の定義は次のとおりです(あんまり整理された気がしないんですけど)。

権力 (power)
「他者と一致して行為する人間の能力」(p. 133)。したがって権力は究極的には人民に属する。
力 (strength)
なんらかの実体の特質(p. 134)。どんな「特質」かアーレントは明示してないんだけど、まあだいたい分かります。その実体がいかに強いかを表す特質、ということでしょう。
強制力 (force)
なんらかの運動から発生されたエネルギー。 *1
権威 (authority)
「それに従うように求められた者が、疑問を差し挟むことなくそれを承認することによって保証される」もの(pp. 134-135)。
暴力 (violence)
「道具を用いる (instrumental) という特徴によって識別される」(p. 135)*2

以上の整理の上に立って著者は、暴力と権力が正面衝突したときは、常に暴力が勝利をおさめるが(宮川による例: どんなに大規模でよく組織された熱いデモや集会も、軍が戦車を突っ込ませたらひとたまりもない)、そこにおいて暴力の担い手は自らの権力の基盤である人民の一致をむしばむという代償を負うことになります(p. 143)。この意味において、「暴力は権力を破壊することはできるが、権力を創造することはまったくできない」(p. 145)。

「暴力について」に関する考察

暴力と権力を厳格に区別するべきだ、という主張は正当です。しかし、「暴力は権力を破壊することはできるが、権力を創造することはまったくできない」という主張については、明確に間違っていると考えます。

つっこみどころは二段階に分けられます。

ひとつめのつっこみどころは、結局アーレントが論じている暴力の形態は、少数の支配者が行使する多数の被支配者に対する暴力だけであるということです。「暴力の極端な形態とは、一人が全員に敵対するものである」とアーレントは述べていますが、「一人/少数者に対する全員の暴力」や「外部に対する共同体全員の暴力」を「極端な形態」と呼んでまずい理由はないと思われます。

ふたつめのつっこみどころは、とりわけ「一人/少数者に対する全員の暴力」の形態において、「暴力が権力を創造する」ことは現実に起きる、ということです。

少数の「支配者」に対する暴力としては、フランス革命やロシア革命における王族に対する暴力と、それに引き続く革命権力が例示できます。ただしアーレントの考えでは、これらは人民が既に新たな権力を確立したところで行われた、副次的な暴力の発現とみなされるのかもしれません。

より興味深いのは、支配者でない少数者に対する全員の暴力です。これはルネ・ジラールが「いけにえに対する暴力」として主張したものの典型であり、これはまさにアーレントの言う「権力(=共同体の一致)」を作り出すものとして提示されています。ジラールは『暴力と聖なるもの』において、共同体の危機(疑心暗鬼、信頼の崩壊、アーレントの言う「権力」の崩壊)において、共同体の周縁にいる少数者(理念的には一人)に対して危機の責任を押し付ける同意が生まれ(疫病を持ち込んだのはあいつだ!)、共同体全員の暴力がふるわれ、結果として疑心暗鬼が消え去り、共同体が再度結束する(アーレントの用語法では、「権力」が再生する)、というメカニズムを提示しています*3。このメカニズム自体は実際そうだよね、と言わざるをえない。ここで近世東欧におけるポグロムや、関東大震災の際の朝鮮人虐殺を思い起こしてもいいし、ベッキーに対するバッシングを思い起こしてもいいのですが、よりプリミティブな例として、小説ではありますが、ボルヘスの「じゃま者」という短編を紹介します。

「じゃま者」の主人公は仲の良いガウチョの兄弟。兄貴が女を連れて帰ってきてよろしくやってたのが、弟がこれに横恋慕してギクシャクしはじめる。なんだかんだあって、兄弟で女を「共有」するようになるんだけど、やっぱりどうもうまくない。結局は諸悪の根源である女を殺して埋めて、兄弟ひしと抱き合って泣く、という話。「男社会」ってまさにこれですよね。

というわけで、アーレントは暴力が発揮される状況としてごく限られた状況を想定しており、それ以外の状況においては、まさに暴力が権力を創造することがあり得る。それは単なる偶然とか同時発生ではなくて、前者が後者を生み出すようなメカニズムによって説明できる、と言えます。

もうひとつ、アーレントがファノンやサルトルを単なる暴力の礼賛者として書いていることについて。「ちげーぞ!」とは思うのですが、どう違うのかよく分かってないこと、アーレント自身があんまり筆をつくしていないこともあるので、「ちげーぞ!」にとどめておきます。

*1:んー?よくわからん。

*2:instrumentalの訳は「手段的」の方がよいのではないかと思うのですが、p. 131では「後者(引用者註: 暴力の極端な形態)は道具がなければおよそ不可能である」とも主張しているので、「道具的」で正しいのかも。

*3:自分の卒論「ルネ・ジラールの聖暴力論の射程」: http://ripjohn.net/article/2008_01_31_sotsugyourobun.pdf