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建築・アート・デザインをめぐる小さな冒険

2016-06-08

阿佐ヶ谷書庫に行ったこと

5月某日、堀部安嗣氏設計による「阿佐ヶ谷書庫」(2013)の内覧会に行ってきた。
今回は外観・内観ともに撮影不可という制約があったが、この建築の詳細は『書庫を建てる 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』(松原隆一郎・堀部安嗣,2014,新潮社)につぶさに記録されているので、そちらを参照されたい。



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Living Design Center OZONE 記事より

交通量のある早稲田通りに面した立地に、ひっそりと佇むグレーの外観を見た時、外苑前にある「塔の家」(東孝光、1966)という名作住宅を思い出した。喧噪の中に立つ、いびつで禁欲的な箱という点で両者は似ていた。

ところが中に入った瞬間、禁欲的だという第一印象は消し飛び、「凄いところに来た」と思った。シリンダーの中にびっしりと並べられた本。そこに螺旋状の階段と通路が巻きついている。視線はまず正面の本棚、そしてヴォイドの上下に注がれ、いやがおうにも圧倒的物量の本と対峙しなければならない。
僕が体験したことのある螺旋状の空間ではNYの「グッゲンハイム美術館」があるが、スケールがまるで違って、書庫の直径は3.6m。ちょうど広めの螺旋階段くらいのスペースしかない。このスケールは敷地と棚割から何度もスタディし決められたそうだ。

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新潮社HPより

地下1階、地上2階+ロフト階の3層の構成ながら、徐々に自分が何階のどこにいるのか、方向感覚を失ってしまう。ウンベルト・エーコが著した『薔薇の名前』に出てくる修道院の禁書図書館や、ホルヘ・L・ボルヘスの『バベルの図書館』、遠藤彰子氏の絵画作品などを思い出した。

開口部は脇に設けられた諸室にあるが、中央の書庫部分にはトップライト以外の採光がない。
このトップライトは乳白で、かつドーム状の頂部は白く塗り込められているため光が拡散し、照明を落とした内部は意外にも明るかった。

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新潮社HPより


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平面図、矩計図

ごく一般的な建築教育を受けた僕からしてみると、ここまで外界を拒絶していいのだろうかとはじめ戸惑ったが、やがてここはあくまで「書庫」であり、人がそこに寝泊まりしているという主体の逆転現象が起きていることに気づいた。
堀部氏はこのプログラムの特殊性に目をつけ、積極的に閉じる選択をした。厚く充填されたコンクリートに囲まれた空間は、玄関扉を閉じるととても静かになる。
またこの空間を孤高の存在へと高めるのに、2階部分に設けられた仏壇が一役買っている。書棚2つ分のスペースに巧みに納められた仏壇は、この書棚のスパンを決定する要因となったそうだ。線香の香りが狭い室内に充満し、一万冊の蔵書に染みこんでいく。

クライアントの松原隆一郎氏は東大で経済学を教える学者で、ここは籠って物書きするのに使うそうだ。
特に興味深かったエピソードとして、松原氏はその時執筆している原稿によって書棚の本の位置を更新していて、それでも探している本が見つからないことはないという。つまりこの書庫は松原氏の頭の中そのものであり、脳内を外在化したものという捉え方ができる。
「身体の外在化」というのは言葉で言うのは簡単だけど、スケール感と符合する例は少ない。その点、直径3.6mの円筒と身体の親和性は高く、僕らには想像しかできないが、松原氏にとってこの書庫が自身の身体そのものなのだろうと思った。


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内覧会は無事終了したけど、僕の中で「阿佐ヶ谷書庫」の何かが引っかかっていた。あの空間を形容するにはまだ言葉が足りない。

しばらくモヤモヤしていたが、突破口を開いたのは同行したスギウラ氏が
即身仏になるための空間じゃないんだ」
とつぶやいたことだった。

この「即身仏になるための空間」というのは言い得て妙で、仏壇が象徴する宗教性に加え、書物の山の中心に武術と学問を極めた松原氏が座ることで完成する知の立体曼陀羅という宗教的解釈はおおいに成立する。
さらに大地震の際には棚に納められた一万冊の本が一斉に自分に向かってなだれ込んでしまうという運命を背負った劇的な空間でもあるのだ。死ぬわ。

アフリカのある部族は、家族が亡くなるとその家族が使っていたベッドの下に埋葬するという風習があるそうだ。「眠り」と「死」が空間的に結びつき、「家」が時間とともに「墓」になるという象徴的な話だ。

また冒頭に挙げたボルヘスの『バベルの図書館』では、息を引き取った司書は六角形の回廊で囲まれた穴の中に投げ落とされ、無限の落下の中で肉体が朽ち果てるという。

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"The Library of Babel" illustrated by Erik Desmazieres

「阿佐ヶ谷書庫」はこうしたイメージと決して無縁ではない。
ひとたび巨大地震が起きれば1万冊の書物に埋もれ、運が悪ければ地下に設けられた書斎はそのまま墓と化してしまう。ちょうどアフリカの部族の「眠り」が「死」と結びつくように、線香の香り立つこの書庫では「知」と「死」はまさしく表裏一体の構造になっている。

僕が「阿佐ヶ谷書庫」で感じた形容できない感覚、あれは建物が発する濃厚な死の匂いだったのだ。

ほぼ同時期に堀部氏は「竹林寺納骨堂」(2013)という建築をつくりあげているが、そうした経緯とは無関係ではないだろう。
この特殊な条件下で、二重にも三重にも意味を重ね、密度の高い建築として成立させた堀部氏の手腕は、さすがというほか無かった。

見学会は新潮社が企画し、竣工から今のところ毎年実施されている。
この濃密な空間を体験したい方は次の機会に申し込んでみることをお勧めしたい。

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