ナマズと地震と要石

ナマズが騒ぐと地震が起きる、という伝承があるが、これ一概にただの迷信と切り捨てられる話でもない。
実際、ナマズの活動を観察し、地震との関連性を真面目に研究している人たちもいる。
なんらかの地震の前触れを察知してナマズが騒ぐというのはあり得ないことではなさそうだ。
だが、地震を起こすのは地底にいる大ナマズだ、という伝承になるとこれは迷信である。
現代日本でこの伝承を信じている人はもはやいないだろう。

最近何度か関東地方で地震が起きたが、これを契機に少々ナマズ地震について思うところがあるので書いておく。

まず地震の原因が地下の大ナマズが暴れるため、という伝承についてだが、これ元々はナマズではなかった。
古来より原因がわからない事象については神々の仕業、もしくは人知を超えた存在による怪異(=妖怪)として捉えてきたのが日本の文化である。
結果、八百万の神とも言われるほどの大量の神が生まれ、現実の事象を司る存在としてまつられて来た。

古代には原因が不明だった事象は山ほどあるが、特に天候の変化や地震については、「龍」が引き起こすもの、というのがベースにある。
この考えは中国から渡ってきたものと思われる。
中国の仏典を紐解いてみても、天候の変化を引き起こす力を「龍力」として定義おり、突然の嵐などは龍の力によるものと考えられていたようだ。

地震の原因について伝承を調べていくと、古くは地底の虫の仕業であるとされていた。
虫とは蛇、または龍を指す。
古い神社の絵図などには、地中にとぐろをまいた蛇のような龍のような虫の姿が描かれたものもある。

「地中の龍が地震を起こす」という伝承をベースに、要石伝承が生まれる。
要石で有名なのは鹿島神宮に祭られている石だが、地面に出ている部分はわずかで、地中深くに巨大な岩が埋まっているそうだ。
氷山の一角状態の石とでも言うか。
この石が地中の龍の頭を押さえていて、結果地震を防いでいるという伝承となった。
現存する史料に基づく限り、1200年代頃に生じた伝承らしい。
要石については、水戸光圀が散々掘ったけど掘り出せなかったとか、そんな伝説もくっついて神聖化されていく。
また、要石は香取神宮にも存在している。
鹿島神宮香取神宮茨城県霞ヶ浦の南東部に位置する神社で、距離的には遠くは無い。
元々は鹿島神宮香取神宮も武士の神である。
地震とは無関係だ。
それが何故要石伝説を持つ神社になっていったのか。

現代においては地震の原因は地下の活断層によるものが大きいということがわかってきている。
活断層データベースを使って、現在知られている活断層の位置を調べてみた。
特に鹿島神宮香取神宮のある千葉北部・茨城県南部にクローズアップしてみてみると、なかなか興味深い結果が見えてきた。

鹿島神宮、そして香取神宮の近辺には活断層がない。

ところが、どういうわけだか周囲を取り囲むようにして活断層が発見されている。
千葉県南部、東京、埼玉、茨城北部など、大小の差異はあるが活断層だらけである。
にも関わらず、ぽっかりと霞ヶ浦周辺(鹿島神宮香取神宮近辺)には活断層がない。

ということは、要石が地震を押さえているかどうかは別として、この地域では地震の被害があまりなかったのではないかと予測できる。

要石の「周辺地域」には活断層があり、地震が多く、被害も多発していたと考えられる。
にも関わらず、要石のある場所では逆に、活断層がなく、地震が起きない。あるいは起きても被害が小さかった。

周囲では地震被害が起きているのに、何故かこの地域だけは無事、という事実の積み重ねによって、
「要石が地震を防いでいるのだ」
という伝承が生まれていったと考えるのが自然だろう。

例えばこんな感じだ。
村人A:「江戸では大きな地震があって、何人もの人が死んだそうだ」
村人B:「そうなのか?この辺りは少しばかり揺れたくらいだったがなぁ」
村人C:「これはきっと神様が守ってくれたに違いねぇ」
というようなことが度々あって、鹿島神宮の神は地震から守ってくれるという認識が徐々に出来上がっていったのではないだろうか。
やがて要石が発見される。
村人A:「この石はどれだけ掘っても掘り出せねぇ。一体どのくらいでかいんだ」
村人B:「地の底まで続いてるんじゃないのか」
神官:「これはきっと地震の虫を押さえつけている石に違いない。だからこの辺りでは地震の被害が少ないのだ」
というように、地震を防ぐ神の力に論理的な説明がつけられる。
一同納得し、要石伝説が生まれていくわけだ。

しかし、この時点ではまだ地震の原因はナマズではない。
龍がナマズに置き換わって知れ渡るのは江戸時代に入ってからのことである。
幕末の安政の大地震(1885年)が起こった後、要石がナマズを押さえつけている絵が描かれた御札が大流行。
ナマズと要石の御札がすんなり民衆に受け入れられたということは、龍がナマズに置き換わったのはそれよりも以前と考えるのが自然かもしれない。
なにはともあれ、どうもその辺りから「地震の原因=ナマズ」の伝承が一般化していったようだ。

しかし、どういうわけで龍がナマズに置き換わったのか、それがいくら調べてもわからない。
有力な説は、冒頭に述べた通り、ナマズには地震を予知できる能力があることから、地震ナマズが結びついたというものだが・・・。
地震を予知するという意味では、ナマズに限らず、ネズミが家から逃げ出すとか、犬がやたら吠えるとか、そういう伝承もあるので「何故ナマズなのか」の答えになっていない気もする。
身近だという意味ではネズミや犬のほうがナマズよりも身近だし、わかりやすいと思うが・・・。

地面を揺さぶる強大な力、という意味では龍のほうがイメージしやすいし、
地震を予知する、という意味ではより身近な動物のほうが多くの人が接している=本当に予知していると実感できる。
ナマズでなければいけなかった理由が見当たらない。

ナマズ伝承の最大の謎は、その辺りのように思う。