シン・エヴァンゲリオン劇場版 感想

もうこのページも1年以上放置中で、来られる方がいるかどうかも分かりませんが、それでも今作については語っておかないとかなと。だってエヴァですからね。エヴァを語ることは自分にとってのアニメ史を語るようなもの、そういう方は多いのではないでしょうか。思えば多感な時期にエヴァに出会い、衝撃を受けてからなんだかんだ25年です。もちろん、旧劇と新劇の間にブランクがあるとはいえ、人生にとって決して短くない時間が流れました。そう思えば、「Q」で驚かされた年代の変更も必然であったのかもしれません。

 

さて、以下ネタバレでこまごま感想です。といっても、難しく深いことを書けるわけでもありませんが、とにかく、

 

終わった。良かった……。

 

ですね。

 

あれだけ広げに広げたエヴァの世界を、さらに「Q」でさらに斜め上方向にすっ飛ばしたわけで、果たしてこんなものが本当に終わるのかどうなのかと懸念していた(あるいは、さらに続いてくれるんじゃないかと期待もしていた)わけですが、2時間半を超える長尺を存分に使い、予想以上にきっちり風呂敷を畳んでくれました。

 

シンジが、アスカが、レイが、ミサトやリツコが。他ほとんど全てのキャラが蔑ろにされることなく、それぞれのドラマに一つの決着をつけたと言って良いんじゃないでしょうか。一つ一つは描ききれませんが、トウジとケンスケ、それにヒカリの思わぬ再登場は嬉しいところでしたねえ。それもサービス的な意味合いではなく、物語にくっきり重要な役割を担ってました。

 

序盤の第3新東京市ならぬ第3村の生活は、これまでのエヴァのイメージとは違う生活感あふれる風景。エヴァって基本都市と機械でしたからね。そこがクールという部分もあったのですが、それだけでは世界は回らない。プラグスーツを着た綾波が田植えをするシーンは、そんな、従来のエヴァのかっこよさからの脱却でもあったのでしょう。しかしケンスケがまさかアスカとくっついていようとは、さすがに予想外というか、まあくっつくと言ってもどの程度の仲なのかは明示されていないとはいえ、個人的には「恋人」と受け取りましたね、あれは。それも納得してしまうほどのケンスケの成長ぶりではありましたけど。

 

物語的のクライマックスとなるのはシンジとゲンドウとの対峙であり、旧劇でもすれ違っていた父子の対話が長年の時を経てついに実現したかと思うと感慨深いところでした。そう、ここだけは今までのエヴァで最後まで描かれていなかったところだったんだなあと。逆に言えば、ここが描かれたことによって、「ああ、本当に終わるんだ」という思いに。つまりは壮大な親子げんかであったとも言えますが、ゲンドウをこんなに狂わせてしまったユイさんはやはり魔性の女なのか。大学時代の友達っぽいマリさんに語ってもらいたいくらいです。

 

そしてミサトさん。TV版から通じてもうひとりの主人公でした。「Q」の時はシンジに冷たいようにも見えましたが、「破」の時にシンジに投げかけた言葉をずっと気にしてたんですねえ。歳を重ねて、ほんとにシンジ君の良き保護者になれました。まさかの加持さんとの子供が存在することが発覚するも、母親であることを明かさないと。切ない。ゲンドウや冬月の死は当人たちも納得するところがあったでしょうから、今作の中でもっとも辛い別れはやはりミサトさんですね。最後をリツコさんに託す。時に言い争いををすることはあっても、この二人はやはり盟友でした。

 

ラストはね、誰もが(旧劇を見た人なら)言うでしょうが、あの浜辺のシーンを再構成して前向きに上書きしてきたのがまた感涙モノです。ほんと、長年のエヴァファンが救われるシーンですよ。

 

そして世界はある程度元の姿を取り戻し、大人になったシンジたちは暮らしていく……。ニアサーのあとなのに宇部市発展すぎてませんかね、というのはともかく、めでたしめでたし、で良いのでしょう。まさかマリルートとは予想だにしていませんでしたが。一回見ただけでは世界がどうなったのか、アスカはともかく、レイやカヲルとの再会はできないのか、とかいまいち掴みきれてませんが、そのへんはこれから考察等を楽しみに読みます。

 

正直、映画として傑作か、エヴァのTV版から期待していた楽しさがこれだったのかと問われるとちょっと困る部分もあります。戦闘シーンは動きと勢いだけでよく分からない部分も多く、バトルの緊張感は薄かったですし。設定も新規用語ごちゃごちゃ過ぎて頭に入りませんしね。

 

ただ、少なくとも「力作」、それも「大力作」ではありました。上にも書きましたが、膨らみに膨らんだエヴァを見事に終わらせてみせた。問題作と思われた「Q」でさえ、今作のあとではきっちり収まっている。25年という時間の流れとそれに伴っての作風の変化すらも、包み込んでくれました。

 

まさにキャッチコピーに偽りなしの「さらば、全てのエヴァンゲリオン」。エヴァという作品の最後をしっかりと締めた一品でした。一時代の終わりに多少の寂寥を覚えつつも、今はただ「キャラクターみんなにお疲れ様、そして庵野監督はじめスタッフの皆さんに、ありがとう」と言いたいです。

劇場版「SHIROBAKO」

コロナが怖くて映画が観れるか! という今日このごろになってしまいました。学校が休校になったり、ライブが中止になったり、はたまたディズニーランドまで休園という非常事態ですが、そんな中で映画館は普通にやっている不思議。あまり自粛しすぎると、ウイルスではなく不況で死人が出てしまいそうなので、難しいところではありますね。


ともあれ、劇場版「SHIROBAKO」です。不急不要の外出は控える方針は一国民として承知しておりますが、SHIROBAKOの新作となればファンとして急用であり、必要というものでしょう。なにより、スタッフの方々が精魂込めて作ったアニメがウイルスに負けて不入りになってしまってはあまりにも悲しいというものです。応援の意味も込めて駆けつけましたよ。


以下、ネタバレ感想で。

 

あのTVシリーズから4年。武蔵野アニメーションは順風満帆……かと思いきや、そう甘くないのが世の中。冒頭の第三飛行少女隊の2期放送場面から、その暗さ、寂しさが痛烈に叩きつけられます。「タイマス事変」以後、すっかり低空飛行になったムサニと、さすがに少し元気のないあおいが悲しい。それにこの、第三飛行少女隊2期の中身が前作とは打って変わった露骨なエロ路線なのがまた痛々しいです。こういうの、出ている声優さんも辛いだろうなと、作中作なのに思ってしまうほど。


絵麻、しずか、美沙、みどりらも、食いっぱぐれまではしていないものの、うまくいったりいかなかったり。それぞれ悩みを抱えている中。しかし、そこに訪れるオリジナル劇場アニメ「空中強襲揚陸艦SIVA」の制作機会が、あおいを、そして関わる人々をまた前向きに変えていくのでした。


一度は距離が遠くなったTVシリーズのメンバーがだんだん集結してくるのは単純に嬉しく、頼もしいものでしたね。この流れで思い出したのはナデシコの劇場版だったりしますが、まあ、ある種の定番でもあるんでしょう。


感じたのは、TVシリーズと同様に、あるいはそれ以上に群像劇としての色が濃かったということです。多分、あおいたちメイン5人だけに焦点を当てれば、もっと個別に深い話を作れたんでしょう。でも、本作はそうはしませんでした。それはきっと、アニメ制作は集団作業であるということを反映しているのだと思います。


木下監督や矢野さんや太郎や平岡らももちろんですが、特に印象的な役割が与えられていたのは遠藤ですね。タイマス事変から自暴自棄になっていた彼を支え、叱咤し、励ます周囲の人達の温かさ。もちろん、最後にはそれに応えられる彼の強さと能力があってこそという面もありましょうが。


また、杉江さんの開いたアニメ教室ですね。ここも筋だけで言えば劇場版作成にあまり関係しなさそうなんですが、絵を描くこと、それが動くことの根本的な楽しさが示される重要シーンでした。今作では突然ミュージカル調になるところが2ヶ所ありますが、どちらもアニメの良さをあらためて観客に伝えたかったのだろうなと思います。まあ、一回目のあおいのはちと長すぎた感もありましたけどね。


劇場版の制作は順調に進むも、直前になって権利関係のトラブルが。このへんはTV版2クール目の繰り返しでもあるんですが、今回乗り込むのは監督ではなく、プロデューサーたるあおい(と宮井)。ここがまた成長を感じられるところです。TV版では、「おいおい、そんな大事なこと、契約はどうなっているんだ」というツッコミたくなるようなところでしたが、今回はその反省も踏まえて(?)、契約書も武器に戦っているのは好印象。でも、最後の最後はあおいの度胸で決めると。


いったん完成かと思いきやラストにもう一頑張りあって、今度こそ完成。「SHIROBAKO」のすごいところは、作中作を修正すると、本当に目に見えて良くなっているのが分かることです。これはきっと、「空中強襲揚陸艦SIVA」も高評価になることでしょう。


一つの作品が完成してまた明日へ。同じ日を漫然と繰り返すのではなく、自分のやりたいことに向かって、あがいて、動いていく。「私達の戦いは、いつまでもこれからだ!」。僕も少し力を分けてもらった気分です。


TVシリーズから5年経ってからの本作でしたが(劇場版ってやっぱり作るの大変なんでしょうね。本作では9ヶ月で作ってましたが)、そこにあるのは紛れもなくSHIROBAKOの世界でした。もっとも、TV版ではアニメ制作の豆知識要素も多かったですが、今回は具体的なアニメの制作場面は少なめ。その分人間ドラマが中心でしたね。欲を言えば、劇場版ならではの上映に向けてのうんちくみたいなものがあるとなお良かったかも。


総評としては、楽しみにした甲斐のある出来栄えでした。


「頑張れあおい、頑張れみんな」


素直にそう言いたくなる作品でしたね。できればまたいつか彼女たちの活躍も見たい気もしますが、ここまでがちょうど良いのかなあ……。制作はSIVAに負けず劣らず最後までギリギリだったようですが、スタッフの皆さんお疲れさまでした。

「天気の子」感想

公開に京アニの悲報が重なってしまったので、アニメを見る気が回復するまで待って行ってきました。


言わずとしれた新海監督の最新作なわけですが、事前の情報はできるだけ入れないようにして鑑賞。それだけに多少不安もありましたが、さすが新海作品ですね。物語の評価云々以前に、まず映像だけで心地よい。ほんの数分見ただけで、「この絵を見るだけでもチケット代の元は取れるな」と感じさせるクオリティがすごいです。これはなんなんですかね。単に精緻とか美麗とか言うだけでは表しきれない没入感。新海マジックというところでしょうか。花火すごかったなあ。


で、ここからストーリーについてネタバレありで。


予想していたよりも全体にシリアスで重めな話でしたね。まず主人公の帆高が家出少年で、当初は働く場所もなく邪険にされるという設定が重い。ヒロインの陽菜にしても母を亡くして弟と貧乏な二人暮らし。そして2人は終盤警察に追われることとなってしまう。追われると言っても重罪を犯したわけではないので「話せばわかる」というレベルにはなっています。が、それでも、やはり主人公たちが警察と敵対するというのは広く言えば社会と対決するということであり、その時点で、観客としてはどこか居心地の悪さを感じてしまいます。そして、最後に二人の決断は警察以上に大きなものと対峙してしまうことになる……。


事前情報は避けていましたが、「セカイ系」という単語は耳にしており、なるほど確かに、と納得するものがありました。ただ、ラストは多くのセカイ系作品とはまた異なる着地点ではありましたね。セカイ系というと未だに「イリヤの空、UFOの夏」を思い出してしまう自分ですが、あの作品では結局イリヤは救えない。でも、本作では帆高と陽菜は再会することができました。もちろん、そのために少なからぬ犠牲を払ってしまうことになるわけで、再会に感動してたら「その後3年雨が振り続けて東京が沈んだ」なんてことをさらりと突きつけられる。これは衝撃的でした。監督が、賛否両論かもと言われていたのもわかります。


ただそれでも、自分は良かったと思いました。何が正しいのかはなかなか難しいのですが、それでも二人が全力が進んだ先に笑顔でいられたのなら、それはハッピーエンドで祝福すべきことでしょう。


さて、ここからはあらためてキャラクターについて。帆高はなかなかに熱い行動力のある少年でした。多少無鉄砲なところもありますが、勢いで島を飛び出して勢いで働いて、陽菜を手伝ったり連れ戻そうとしたりと奮闘します。銃の発砲や警察からの逃走は見ている分にはハラハラしますが、パンフの監督インタビューにもあったように、ある面では狂っているほどの純情さがないと成り立たないキャラだったのだろうなあとも。


陽菜。特殊能力持ちヒロインということで、どういう性格なのかなと思いきや、可愛くてさっぱりしつつも変に特別にしすぎない良い塩梅のキャラになってたなあと。新海さん、ヒロインの描き方がどんどん上手くなっている感。天気にする力は生まれつきではなく後付で、本人もよく意味がわからずに得ていたということで、基本は普通の子でしたね。好きなのは微妙に下手なカラオケのシーン。しかし年下っぽく見える年上のはずがまさかの本当に年下だったとは。これは過去の新海作品を伏線にした絶妙なトリックですな。しかしそうして思い返すと、お姉さんっぽく振る舞う陽菜も良いですよね。


あとは須賀さん。帆高に手を差し伸べてくれた人であり、突き放した人でもあり、背を押してくれた人でもある。警察に囲まれて「まあまあ」みたいにとりなそうとしているところが印象的。常識的視点で見れば実際そうなりますよね。最後の「うぬぼれるな」というのも作品に大人視点からの救いをもたらしていて良いなあと。まあ、帆高はその救いをも乗り越えようと決意するわけですが。


おまけで瀧君と三葉。瀧くんはモブキャラかと思いきやずいぶんオーラがあったので、「あれ、これ瀧君か」と。ということは三葉も出てくるかなと思っていたので、宝飾店(?)の店員さんとしての出演は判別できました。二人が元気そうで何よりなのですが、その後東京が水没してしまうことを考えるとなんとも。あくまでおまけの出演でパラレルワールドと考えるという手もありますが、どうですかね。


ということで、総評としては「エンターテインメントを抑えつつも尖ったところを見せた新海監督の挑戦作」ということで、大変面白かったです。ただ、「君の名は。」に比べるとどうしても暗めのイメージが残るので、リピートは弱くなっちゃうかもですね。ま、それも想定のうちなんでしょうけど。

京アニ火災……

16人の死亡を確認、心肺停止10人以上 京アニ火災、現場には刃物 男「死ね」と叫ぶ(京都新聞)

 

あまりにもひどい、ひどすぎる……。それ以外の言葉が出ません。

 

たとえ犯人に厳罰が課せられたとしても、失われた命は戻らず、傷も簡単には治らないのです。嗚呼。

 

今はただ一人でも多くの無事と回復を祈るばかり。その後に、微力ながら何がしかの義援金でも参加できればよいのですが……。

「Fate/stay night [Heaven's Feel]」 ?.lost butterfly」

実はこの年末年始、ろくに新アニメもチェックせずに「結城友奈は勇者である 花結いのきらめき」というソーシャルゲームにはまり込んでいたりします。ただ、そんな中でも何をおいても観ておかねばならないのが本作。優先順位は最高峰です。本当は去年観たかったんですが、ちと待たされました。もっとも、こちらは原作プレイ時から考えれば15年待ってきたところ。なにより、1章に続いてこれだけのクオリティで作り上げられては、ぐうの音も出ないというものです。


前作から1年以上経っているので、最初は少し記憶力に不安がありましたが、始まってみると細かいことはともかく、一気に世界に引き込まれますね。まず単純に作画が素晴らしい。空気感だけで浸れます。


そしてなんと言っても桜ですよ。桜ちゃん。もちろん1章でもヒロインではありましたが、2章でいよいよマスターであるということ、凛の妹であるということが明らかになって、桜の桜らしい面が良くも悪くもどんどんと表に出てきます。可愛くてエロスで黒くて健気で幼稚で頑張りやな彼女の姿をたくさん観られますよ。良きかな。視界、士郎と桜が結ばれるシーンをあれだけしっかり描くとはちと驚きましたね。でもエロ目線というより、「良かったねえ桜ちゃん」という思いになってしまいます。少なくともその時、彼女は幸せであったでしょうから。


ただ、桜好きな視点から見ても彼女がどんどん罪を重ねてしまっているのは事実(メルヘンチックな夢の中で桜が次々と「捕食」していく図はアニメ版ならではのすごい絵でしたねえ……)。この重苦しさが原作HFルートをプレイし直せない理由ではありますが、果たして第3章ではどのような結末を見せてくれるのでしょうか。予告では2020年春とのこと。予定通り桜の季節となれば美しいですね。


バトルもありましたが、今回のメインはやっぱりキャラクターの心情や関係性だったと言えましょう。ちょこちょこっと出番を増やしてきたイリヤも、本来のイリヤルートが混じっているというだけはあり、最後にさらに見せ場もあることでしょうね。ufotableらしく、zeroとの繋がりもうまく入れてきます。藤ねえにまで出番があるとは思っていなかったですよ……。そう言えば、アインツベルン城結構派手に壊れてましたが、リズとセラは無事なんでしょうか。まあ地下室に避難したということにしましょう。


そんなこんなで、期待通り期待以上の出来栄えでした。厳しく言えばちょっと展開に飛び飛び感はあるんですが(凛が桜を処分すると言っていたのが、なんとなくうやむやになったのがちと気になりました。そこは行間を読めということなんでしょうが……)、元が長すぎるので多少はしょうがない。


それにしても、映画の客層意外と女性が多いなあと思いました。もちろん基本的には男性主体なんですが、2割以上は女性だったような。FGOも人気なようですし、ファン層広がってますよね。すごいものです。

「やがて君になる 佐伯沙弥香について」

今期の一押しアニメと言えばゾンビランドサガ……も良いですが、個人的には「やがて君になる」なわけです。


いわゆる百合ものですが、自然体の百合といいますか、耽美とか二人だけの世界とか魔法少女だとかきらら系とかそういう感じではなく(そういうのはそういうので好きですが)、現実的な日常や学校生活の延長で恋が描かれているテイストが好きだなあと。


特に、燈子のアクションに対して淡々としている侑が良いです。まあここ最近はだいぶん燈子に惹かれていて、話の流れ的に告白したりするんだろうなあ、と予想はつくのですが、いやもう、このまま最後まで淡々モードでも良いんじゃない、と言いたくなってしまいますね。


さて、本題に遅くなりましたが、そこで本書です。燈子に密かに想いを寄せる親友・佐伯沙弥香のスピンオフ前日譚。本作ファンなら必読と言って良いくらいの良いサイドストーリーでした。本編だと基本侑が主役なので、沙弥香は決して悪役ではないにしても、どうしても思い入れが薄めになってしまいます。しかし、本書を読めば一気に彼女のことが好きになること間違いなし! ……と思いましたが、人によっては「好きになる」まではいかないかもしれない。でも、沙弥香の背景を知ることで物語に深みが増すことでしょう。


それなり以上のお嬢様として育った沙弥香。ちゃんと両親や祖父母といった家族が描かれるのは本作の良いところですが、外伝の本書でもそこは受け継がれてますね。両親の存在感は薄いですが、雰囲気の悪い家庭で育ったとかそういうことはなくてほっとします。


本書のメイン部分は、中学生時代の先輩との恋愛模様で、結果的には先輩の身勝手すぎる行動に沙弥香は深く傷つけられてしまったわけですが、先輩も困った人ではあっても決して悪人という訳でもなかったろうし、二人で楽しく過ごした時間も確かにあったわけで、やりきれないところですねえ。


あと、序盤の小学5年生のときに出会った女の子はその後どうなったのか。それこそ名前も出てこないのは、沙弥香にとって過去の薄れた思い出でしかないということなんでしょうが、あんな出来事のあとで沙弥香がスイミングスクールを止めたのでは、当人も傷ついて水泳を続けられなくなってしまったのではないかと心配になってしまいますね。二人が偶然再開することはあるのか。多分ないんでしょうが、想像していしまいます。


そして高校の入学式に出会った燈子への恋。もし沙弥香が主人公ならば、今度こそ成就しても良さそうなものですが、道のりは険しそうです。頑張れ沙弥香。


ところで、侑と沙弥香の、別に嫌い合っているわけではないけれど微妙に距離のある関係というのも、また本作の魅力の一つでありますね。侑が沙弥香をファストフード店に誘った時の勇気ぶりは称賛に値するってものですよ。もし燈子が間に挟まっていなかったら二人は仲良くなれたのか……と考えてみますが、う〜ん……結局相性が悪そうな気もする。さてはて、二人の関係の行く末も気になります。原作やアニメにキリがついたら、本書の続編も期待したいところですね。

若おかみは小学生!

全くのノーマーク、というかそもそも作品名すらつい数日前まで知らなかったのですが、何やら評判が良いらしいということをいまさらのように聞きつけ、上映が終わらないうちにとあわてて鑑賞してまいりました。


うん、良かったです。「ものすごく感動」とか「大傑作」というような感じではないですが、全方位オール4的に手堅い、老若男女楽しめること請け合いの一作でしたね。以下ネタバレ含む感想です。


可愛らしい絵柄とは裏腹に、優しい両親をいきなり事故で失ってしまうというシリアスな展開。引き取られた祖母の家で「おっこ」こと織子の若おかみとしての奮闘が始まりますが、なによりもまず、おっこが頑張り屋さんなんですよね。前向きで応援したくなる。


ただ、彼女とて普通の小学生女子なわけで、表面上はそれほど見せないものの、心中では両親の死を深く引きずっている。それが夢のシーンとして現れてくるわけですが、おっこの中では「本当は生きているんじゃないか」という希望を捨てきれていないと。だから今作はおっこが両親との別れを受け入れるまでの物語と言えるのでしょう。


そしてそんな彼女を支える役割を担ったのが幽霊のウリ坊や美陽。幽霊ありの世界観とは驚きましたが、おっこが大変な日々の中でもくじけずに進んでいけたのは彼らの存在があったからこそで、両親の代役をウリ坊たちは勤めてくれたと言えるのかもしれません。


若おかみとして様々な客に接し、お客さんに喜んでもらえることの嬉しさを知り、同時にお客さんから教えられる優しさもあって、経験を積んでいくおっこ。彼女が町になじみ、自分は花の湯の若おかみであると言えるようになった時に、両親やウリ坊たちとのお別れの時が来るのでした。そのお別れは全然涙涙なものではなくて、前向きなさよなら。爽やかなラストでしたね。


ただ、ラストについてあえて言うのならば「若おかみ」という公的な立場に自分を閉じ込め過ぎじゃないか、まだ子供なのに自分を殺し過ぎじゃないか、という懸念もなくはありません。でもまあ、人間、時には私的に、時には公的になるわけで、そこのところを上手いこと使い分けておっこも育っていってほしいものです。


おっとそうそう、アニメで重要な作画演出について触れてなかったです。と言っても、マッドハウスなのでこちらも手堅い。超絶作画とかそういうんではなく、良い意味で子供向けにわかりやすい作りです。コミカルなシーンでは子どもたちの笑いも起きてましたし。


さて本作。上述のように全然知りませんでしたが、児童文学のベストセラーだったのですね。加えてテレビアニメ版もあったとは。TV版は横手美智子さん構成ということで、そちらも気になるところですが、ともあれ劇場版はおなじみ吉田玲子さんです。相変わらずというか上手いなあ。考えてみれば今年見たアニメ映画は「リズと青い鳥」以来ですから、どっちも吉田さんということに。おそらく長い原作をうまくダイジェストしてるんでしょうが、完成度高いです。こうなると原作も気になってくるなあ。


なお、旅館ものといえば「花咲くいろは」を思い出すところ。もちろん、おっこと緒花とでは年齢も境遇も違うわけですが、とりあえず出だしの働き出すところは、半ば強制だった「花いろ」に比べ、一応本作のほうが自由意志でやってる感はあってよかったですね。いやまあ、実際は半分以上ウリ坊に言わされてるんですが、とりあえず周囲の目線としては、おっこの意志を尊重するというベースが感じられる。とりあえずそこだけでほっとしますよ。