武漢から - mklaoshi日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-09-17

[][]千回さがして

パソコンの電源接続が悪いなぁと思っていたら、週末全く通電しなくなった。昨日いつものようにS君にS0Sした。校内の修理店と広阜屯のパソコンセンターを回ってくれ、ある店は800元といい、ある店は150元でも治るかどうかわからないと言われたそうだ。2時間かかるから「今日はおいてけ」と言われたところを、昨日はわざわざもって帰ってきてくれた。というのも、修理には立ち会わないと何をされるか保障がないというのだ。これは以前も聞いたことがある。そんなわけで、今日再び足を運んで、修理に立会い夕方もって帰ってきてくれた。

修理屋さんに対してある<性悪説>と、時間を惜しまず助けてくれるS君への<性善説>が同時に存在する不思議さ。原因はPC本体接続部分の錆びだった。150元。

 ところでS君は来年中国最大の検索エンジン百度(ばいどぅ)」を狙っているそうだ。日本人はなぜヤフーやGogoleが好きなのかと聞く。ヤフーやGogoleのサービスの話、ネーミングの話をしつつ、今度は逆になぜ「百度」というのかと問うてみると、宋代の詩人辛棄疾の詞『青玉案』にある「衆里尋他千百度(人ごみの中で百回も千回もあの人をさがす)」という句から来ているのだそうだ。わ〜何やらロマンチック。

百度」なら「あの人」を千回でも百回でも探し出してくれるのかも知れない…。

武漢のくまねこ武漢のくまねこ 2009/04/13 00:23 今更ながらごめんなさい。。。

今自分が追っかけているテーマの関係で辛棄疾の「青玉案」詞が出てきて、そういえばmk先生に「百度」のネーミングに絡めてこの作品を紹介した日記があったなあ、と思いコメントを差し上げた次第です。

ちなみにこの作品、かの王国維がべた褒めしてまして、「古今之成大事業・大学問者、必経過三種之境界……『衆裏尋他千百度、回頭驀見、那人正在、灯火闌珊処』、此第三境界也。……」(『人間詞話』二十六則)とありますね。探し当てられないとすぐに音を上げる性質なので、肝に銘じたいと思います(苦笑)。

mklasohimklasohi 2009/04/14 16:51 熊猫さま 博士の同学は羅振玉先生の著作をこんもり読んでいます。王国維先生の先生でしょうか。
「百度、千度」も「白髪三千丈」の「誇張数量」表現でしょうけれど、こうした典故を愛する伝統が
ネーミングの中にも中国では生きているところがすごいですよね。 
この詞は元宵節の夜というセッティングがまたいいですねぇ。

mklasohimklasohi 2009/04/15 09:57 熊猫せんせい 蛇足質問で恐縮です:王国維のいうあと2つの境界はなんですか?

武漢のくまねこ@京都武漢のくまねこ@京都 2009/04/17 22:28 すみません、今気づいたのでレスが遅くなりました。
王国維『人間詞話』のテクストは以下から見れるので、そちらを参照してください(見れない場合はワードファイルで送ります)。
http://home.educities.edu.tw/f5101231/d1.html(人間詞話をクリック)
第一の境界は晏殊「蝶恋花」詞、第二の境界は柳永「鳳棲梧」詞です。ただ、王国維という人はかなり特殊のセンスの持ち主&凡人のボクにでも分かるような説明をしない御仁なので(苦笑)、イマイチ真意が取れません。恐らく全体の記述は「一、晏殊→柳永→辛棄疾の順で詞境(詞における意境)が高くなる。二、今挙げた詞句は大詞人じゃないと表現できない。三、でもこんな解釈の仕方をすれば晏殊や欧陽修には許してもらえないだろうけどね」ということだと思います。

mklasohimklasohi 2009/04/18 17:47 くまねこ先生 解説ならびにご紹介ありがとうございました。 ゆっくり目を通してはいませんが、
「無我之境,人惟於靜中得之。有我之境,於由動之靜時得之」というのがありちょっと足を止めました、
今週の指導教官の勉強会は「説”動静”」という論文で、用例が経書、史書…人民日報から取られ、詩詞が検討されていいないことを指摘したのですが、詞詩での用例について何か、思われるところはありますか?
杜甫の詩に「動静」が使ってあるものがあるようですが。

ってだんだんマニアックな対話になってきたかしらん(笑)

武漢のくまねこ@京都武漢のくまねこ@京都 2009/04/19 17:21 詩詞における「動静」の用例ですか。。。ボクはよく知りませんが、『漢語大詞典』では陸游「雷」詩の「非時動静皆為災」の例が載っていましたね。
全唐詩と全宋詞の用例索引は
http://www.oligood.com/oldpeasant/web/scindex.htm
などが便利だと思います。
思っていたより用例が少ないなあ、というのが私の実感です。

武漢のくまねこ@京都武漢のくまねこ@京都 2009/04/19 17:28 論文自体を見ていないので何ともいえませんが、改めて対概念の漢字による熟語って漢語ではなんと多いことか、と思います(是非、明白、など)。
中国古典文学の批評では、唐・宋代あたりから「実・虚」や「景・情」の関係について、色々と言及されています。

「論動静」も、対概念の熟語が、どのような使われ方をするのかってことなんでしょうか?
この「動・静」も太極から始まり、画論・書論、そして文学論まで適用範囲が留まるところを知らないって感じですよね。

mklasohimklasohi 2009/04/19 19:02 くまねこさま
今回の論文はD1の子の博論入口のもので、不備が多かったのです(自分のことはさておいて、へへ)
詩詞の世界だと対概念が境地を作るといったことを問題にするのでしょうね。動静合一というのも目にしました。 わたしたちだと、意味拡張とか多義性(変化)を問題にします。(それを考える上で、唐代の用例も詩句の用例もなかったので彼女に質問したのです。)
おおざっぱに言うと「動静」は反義並列句から、「動」の義に偏り(偏義詞)、現代中国語でも日本語でも「物音」という具体的な意味に変わっています。偏義詞の例は「妻子」や「国家」があります。中国語ではもはや「妻子」は妻と子ではなく「妻」の義に偏っていますね。
意味の拡張についていえば、日本語の「甘い」は「厳しくない」などの意味になるのにたいして、中国語ではなんだか「いちゃいちゃ」してきますよね。(ここに比喩の作用がある)。
一般に具体から抽象へと言われていますが、動静はちょっと難しいと思う、そんなことも話しました。
意味分布のマッピングなどをしたりしますが、あとは彼女の仕事です。

お付き合いありがとうございました。

ワタクシ個人ではそちらに紛れて「通感」について少し学んでみたいなぁと思うのですが…

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