雑種路線でいこう

2006年03月03日

インフラただ乗り論やバックボーン不足論の虚妄

不思議な議論だ.地方の零細プロバイダって,まだあるんだっけ.あってもインフラは大概アウトソースしてるよね.テレホーダイとかフレッツとかブロードバンドとかで潰れるべき零細プロバイダはとうの昔に潰れて名前だけプロバイダのまま顧客管理業に徹してるんだから,誰も困らないのですよ.技術革新についても,WDMの波長多重数であれルータの処理能力であれ,すごく困るほど低迷している訳ではない.京都議定書との絡みで,消費電力をどうするとか細かい問題はあるけどね.だいたい,インターネットはもともとベスト・エフォートというくらいで,パイプのどこかが詰まったところで遅くなるだけのことだ.*1

いまさら従量課金なんか,どこもやらないでしょう.面倒だし,みんなが一斉にやらないと従量課金に移行した事業者から顧客が逃げるだけだし,一斉に従量課金シフトしようものなら,独占禁止法に抵触してしまう.よしんば苦しいキャリアが何社か潰れたところで,キャリアなんか設備産業だから会社更生法なりを適用して身綺麗になったら再び価格競争を仕掛ける,それだけのことだ.

GyaOにしてもSkypeにしても,トラヒック総量そのものは今のところWinnyと比べるとかわいいもので,*2何故一部のキャリアが目くじらを立てているかというと,彼らの夢を壊すからだ.彼らがどういう夢を持っているかというと,テレビ電話コンテンツ配信で,電話の頃と同じようなアプリケーション単位の従量課金を復活させ,ARPUを増やすことだ.Skypeトラヒックそのものはどう考えたって無視できるのに,彼らが声高に批判するのはARPUに響くからである.B-ISDN構想やATMがうまくいかなかったのに,NGNで夢よもう一度,という議論はなくならない.本気で信じているというよりは,信じること自体に政治的な意味があるのである.*3

J2さんはアクセス網の低価格化に対して基幹網の低価格化が遅れてるのが問題と指摘するけれども,なぜ基幹網の低価格化が遅れているかというと単に競争環境がそうなっているからであって,基幹網では波長多重しにくい古いファイバと,装置さえ更新すれば簡単に波長を増やせる新しいファイバとがあって,新しいファイバを抱えている人々も自分たちから市場を破壊することはないよね,ということで,血みどろの競争になっていないだけの話だ.

基幹網事業者の本当の強みは管路を持っていることなので,伝送容量不足が深刻になれば,新しいファイバを引き直すまでだ.逆にいえば,秩序ある競争の中でもトラヒックは捌けているし,そこにはボトルネックなんかない.大手固定通信事業者は今以上に儲かるかは別にして,まだまだ消耗戦を戦い抜く余力がある.団塊世代が引退するここ数年で収支は飛躍的に改善するし,局舎や社宅といった不動産の大量な含み益もある.

新興ブロードバンド通信事業者がなぜ相次いで携帯電話とか無線ブロードバンドに参入しようとしているかというと,無線は有線と違って周波数という排他的で希少な資源を必要とするため,有線ほど血みどろの価格競争になり難いと分かっているからだ.基幹網とか有線アクセス網と違って,無線アクセスは周波数・空間あたりの伝送容量を劇的に増やすことが難しい.個別端末の最大伝送容量は急ピッチで増えているけれども,網全体の容量はそれほど急激には増えない.

インフラただ乗り論とかバックボーン不足論といった歪んだ議論の背景には,国産ルータの開発資金を国から引っ張り出したい人々とか,再々編とか通信放送融合とか相互接続料金の算定基準といった議論を有利に持って行きたい大手通信事業者の思惑もあって,そういう極めて政治的な議論を真に受けて,表面的なところで似非技術論を打つと底が知れてしまうので気をつけた方がいい.

このままだと地方の零細プロバイダからバタバタと潰れていく。そして、行き場を失ったユーザが大手プロバイダに大量流入する。すると、大手プロバイダも予想以上の回線増強の必要に迫られ汲々とする。

(略)

日本インターネットに従量課金が復活するのは、すぐ目の前と見た。

音極道茶室: 日本のインターネット、マジやばくね?

J2さんが予言する従量制料金の復活、すなわちユーザのインセンティヴ構造を変えてトラフィック増加ペースを落とそうとの試みは、暗黙のうちに技術進歩のペースが限界に来ていることを前提にしていると解すべきでしょう。

bewaad institute@kasumigaseki(2006-03-03)

*1スイッチポート容量のギリギリまでトラヒックで埋めるとhead of the line blockingが発生したり,大量のマルチキャストトラヒックをくべるとチップが焼けこげたりしたのは,かなり昔の話だ

*2:公表されているデータを参照できない上,GyaOをはじめとした映像配信サービストラヒック伸び率を考えると情報が陳腐化している可能性も考えられるため,謹んで削除させていただきます

*3:要は音声ARPUの下落を適切に見積もってしまうと,アクセス網の光化や,コアネットワークのIP化にじゃぶじゃぶ投資する理由を株主に説明できなくなるということ.SkypeGyao流行ることによって,光化・IP化によるARPU向上という事業計画を支えるシナリオの前提が崩れてしまうことが問題なのだ.けれども指定通信事業者がSkypeGyaOトラヒックを止めた場合,電気通信事業法で禁じられた「検閲」や独占禁止法で禁じられた「優越的地位の濫用」に当たる可能性があり,公的な場で議論を尽くすなりの手続きを踏んで,違法性阻却事由として認められる必要がある.つまり事業主体がなく違法性も指摘されるWinnyほど簡単にはブロックできないから政治的に騒がれるのである

J2kawaJ2kawa 2006/03/03 19:15 J2です。はじめまして。

>表面的なところで似非技術論を打つと底が知れてしまうので気をつけた方がいい.

気をつけます。私自身、自分の論が絶対正しいなどと思ってはいないので、誤りがあれば訂正しようと思うのですが、どのあたりが「似非技術論」なのか、ご教授ください。
自分としては日経の記事が正しいという前提で立論したので正直、どこが似非なのかわからないです。

mkusunokmkusunok 2006/03/04 03:04 細かい点は色々ありますが,だいぶ前からprivate peerが増えているので,少々GyaOのトラヒックが増えたところでリニアにはIXトラヒックは増えないですよね.
あと,零細プロバイダが潰れて束になって大手ISPに流れこんでも,痛くも痒くもないでしょう.アウトソースも含めるともう充分に寡占化が進んでいて,弱小ISPから大手に流れても充分に吸収できる規模しかありません.
あと,設備敷設費用でいえばアクセス網の方が基幹網よりはるかに割合が大きいので,収益不均衡という問題もないです.基幹網の方が需要状況に応じてリニアに設備を打ちやすいので,アクセス網と比べてダンピング競争になりにくいということはあるでしょうけれども.

J2kawaJ2kawa 2006/03/04 03:51 すみません、疑問が解けないのでもう少しお付き合いくださればうれしいです。
IXトラフィックについてはおっしゃるとおりです。
ただ、それはかなり末節の話で、エントリーの論旨にあまり影響は無い気がします。
あと、仮に大手ISPが痛くも痒くもないとして、零細プロバイダがバタバタ倒れる時点で「ヤバイ状況」と私なんかは感じます。
例えば、
http://flets.com/opt/pbd.html
などを見ても、NTT東日本管轄で直接プロバイダ契約を結んでる所だけでかなりの数の中小プロバイダがあると思うのですが、アウトソースでぶらさがってるプロバイダもこのリストに掲載されているのでしょうか。ちなみに私が仕事で関わってるある地方プロバイダはBフレッツ対応にも関わらず上記URLに載っていなかったので、それは多分アウトソースだからなんだろうと解釈していますが。

また、ここが一番キモなんですが、IIJ鈴木社長の言う「日本のMbps単価が世界平均の50分の1」というのが事実ならば、物価水準の高い日本でこんな破格の安さを実現できる論理的根拠はあるのでしょうか。これこそが不均衡の証左だと思うのですが。他国に比べ、この部分でムダに体力を消耗していると思いますし、そういう意味でアメリカ等と比較しても日本の方が悪い状況にあり、それを是正する為にアクセス回線の料金体系が見直される事は十分ありえる事だと思うのですが。

mkusunokmkusunok 2006/03/04 06:17 まずMbps単価という単位にトリックがある.日本では事業者間の競争で50Mbpsとかのサービスが始まっているけど米国では数百Kbpsというのが普通.これは,NTTに局舎コロケーションの解放を義務づけた日本に対して,米国ではFCCがRBOCの不当競争行為をちゃんと規制できなかったのでCLECが育たなかったのが大きい.その結果,RBOCは競争がないので今も古いサービスを高値で提供し続けている.名目速度の高いDSLほど実効速度との乖離が大きいし,通信容量が大きいほど回線利用率が低いので,名目Mbps単価で比較すると日米で非常に大きな格差が生じる.また,ダイヤルアップ接続の時代から市内定額だった米国に対して,市内も従量課金だった日本では常時接続のためのブロードバンドへの移行が進んだこと,米国ではもともとケーブルテレビが普及していたため,回線速度を上げにくいCATVインターネットのシェアが非常に高いということもある.
あとインフラ費用の話でいくと,国土面積の小さい日本の方が米国と比べて管路整備にかかる費用が小さいし,AT&Tを分割して通信自由化で劇的に電話料金を下げた米国と比べ,緩やかに通信を自由化した日本の方は遅くまでNTTの体力が温存され,米国ほどメタルの通信設備が老朽化していない上に光化も進んだことが大きい.
もともとバックボーン不足論というのはIIJが傾いた時に鈴木社長が煽った話で,IIJが傾いたのは個人向けアクセス回線での過当競争が法人向け専用線料金に飛び火したから.
ISPがスケールメリットの働きやすい典型的な装置産業である以上,事業者間の統廃合が進むのは経済的には当然の帰結であって,市場が成熟する過程でベンチャーや中小事業者が淘汰されること自体は危機でも何でもないし,本来は技術的な問題ではない,というので説明になったでしょうか.
もちろんISPの統廃合はこれからも進むでしょうし,中小ISPが生き残るためには回線インフラからサポート・サービスに収益構造をシフトする必要があるでしょう.
また,今後ますます地方と都会との間で回線サービスの速度や価格で格差が生じることも予想されますが,これは基幹網の費用よりもブロードバンドがユニバーサル・サービスでないこと,ADSLが回線品質によって速度が大きく変わる不平等なサービスであること,地方での事業がそもそも儲からないから設備投資しにくいという課題であって,バックボーン不足論とは何ら関係がありません.通信量から考えるに,仮にバックボーン不足が生じたとして,それが直撃するのは地方ではなく都心部ではないでしょうか.

mkusunokmkusunok 2006/03/04 06:22 この調子で音声ARPUが小さくなり,アクセス網の光化が進んだ場合,メタル・インフラを音声サービスの収益で支えられなくなるので,NTTがDSL事業者にメタル回線を貸し出す場合の原価計算手法の都合で,ADSLの価格が値上がりすることは充分に考えられます.けれどもこの議論も従量制という方向には向かわないでしょう.
あと,地方のアクセス網については改善の見込みもあって,予定通り2.5GHz帯が無線ブロードバンドに解放された場合,無線では加入者密度が低いほどセル面積を大きくできるので,比較的廉価で高速なブロードバンド・常時接続サービスを提供できる可能性があります.

J2kawaJ2kawa 2006/03/04 20:44 遅くなりましてすみません。
これほど内容の濃いお話を聞けたのは心から感謝します。いろいろ考えさせられました。

もう一度、mkusunokさんのお話をじっくり咀嚼して考えを深めたいと思います。以下は現段階で漠然と思った事です。

結局、どこまで議論を重ねても結論は1年後、2年後になってみないとわかりません。
今回の議論で重要なのは、様々な現実を認識し、知識を共有する事です。
私には、アメリカNBCで回線逼迫のニュースが紹介され、中国やインドでもその前から回線逼迫が起きている中で、単なる「政治的議論」と一蹴はできないと思ってます。

michiさんは、「力関係と料金水準と業界秩序が変わっていくだけだと思うのですが。」とおっしゃって、これがまさに真実だと思います。

だから、やはり、世界中で料金水準は変わる可能性は十分ある。そしてその中で、日本の場合、「需要と供給」が正しく価格に反映されてこなかった。ここに日本固有の問題があると思ってます。

いずれにしても、こんなマニアックな(?)議論がこれだけ注目を集めました。それが今回の一番の意義だと思ってます。正直、こんな状況になるとは想像してませんでした。昨日だけでうちのブログは30000PVを超えました。

いずれにしても、 mkusunokにはお付き合いいただきまして深く感謝いたします。ありがとうございました。

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