雑種路線でいこう

2006年08月21日

日本への執着」が日本ソフトを弱くする

宋文洲氏は日本ソフトウェア技術者の卑屈な「日本人特殊論」こそ日本に於けるパッケージソフト流行らない理由と論じているが,これはミスリードも甚だしい.IBMが独禁法の排除勧告を受けてハードソフト分離を行って以来30年有余年の歴史を持つソフトウェア産業振興の議論を蒸し返し,ちょっとした補助金を受け取ろうという魂胆なら却って芳ばしい時代錯誤かも知れないけど.

確かにパッケージソフトウェアが入りにくいことは日本エンタープライズ市場の際だった特徴だが,これは宋氏の論ずるパッケージソフトベンダの怠慢より,長らく閉鎖的だった資本市場やユーザー企業の問題である.土地や機械といった実物資産を担保にしか資金を借りられず,株式会社をつくるのに一千万円もの資本が必要だったから,多くの零細ソフトハウスリスクを取れず人月商売に精を出した.80年代90年代を通じて生まれたなんちゃってパッケージ業務ソフトの多くは,受託で値引きの引き替えに知財を手元に残しておいたものを,化粧し直してパッケージ化したものが大半なのだ.だって元手がないし借りることもできなかったのだから.通産省がそのことに気づき官製VCを設えて会社法を改正した頃には,パッケージソフト自体が時代遅れになりつつあって,表層的なベンチャー振興の結果として,TV局に色気を示した某社のようなIT企業の仮面を被った金融・小売業ばかり焼け太ったことは記憶に新しいところ.

もともと大企業にはとっくに汎用機やオフコンが入って,情シス部門や系列のSI業者が時代遅れのJCLオペレータCobolプログラマを抱えていたので,どこの誰がつくったとも知れないパッケージ業務ソフトに入り込む余地はなかったのである.この問題は団塊の世代が引退することで解決するので,政策を打とうが打つまいが,パッケージソフトはこれから普及するのだろう.そういった意味では政策評価の厳しい今日,かなり都合のいい政策対象ではある.

ところで宋氏が気づいているかどうか分からないが,彼の批判する日本人による「日本特殊論」の多くが実際のところ「欧米コンプレックス」の裏返しである.特に戦後は「対米コンプレックス」と言い換えてもいい.「パッケージソフトウェア振興論」の背景にあるのも,とどのつまりは「なぜ日本にはマイクロソフトも,オラクルもないのか」という点に尽きる.けれども実のところ世界に通用するパッケージソフトなんて米国以外では非常に少なく,有名どころでドイツSAPフランスダッソーくらい.これら欧州系国際的パッケージベンダでさえ,国際展開の過程で米国法人の役割が増している.論ずべきは日本特殊論より米国特殊論であって,「対米コンプレックス」の裏返しとしての「日本特殊論」だからこそ「パッケージソフトを使わないユーザー企業はおかしい」という合理的な議論が,知らず知らずのうちに「世界に通用するパッケージソフトをつくれない日本はおかしい」となり,気がつけば防空訓練で「気合いでB29を打ち落とせるに違いない」と竹槍を振り回した時代と変わらぬ「前向きなオープンマインドと気概を持ってほしい」という末端の精神論へと置き換わってしまうのではないか.

実のところ国際的に通用する日本発の汎用ソフトは増えている.組込系Java VMをつくるアプリックスの最大の顧客はモトローラだし,まつもとゆきひろ氏のRubyRuby on RailsとしてWebアプリ開発の最先端を支え,次期Mac OSにも載るという.実は国際化できていないのは,政府べったりの大手ベンダや,彼らにぶら下がっている無数の下請企業ばかりだ.確かに国産メインフレーマ3社はポータルでもミドルウェアでもハードウェアでも米国トップ企業の後塵を拝しているが,米国でさえ図体の大きなメインフレーマがポータルミドルウェアでは成功していない.ぶっちゃけGoogleも,Oracleも,MicrosoftIntelも,IBMと比べれば後発の専業新興ベンダだ.一時は旬の市場を独占し,世界を支配したと目されたところで,AT&TだってXeroxだってIBMだって,残酷な時の動きを止めることなどできなかったのだ.これは米国の独占禁止政策が機能していたと同時に,政府や独占企業がミスリードしてもイノベーションが止まらない仕掛けが出来上がっていたということだ.

日本でもここ30年近くIT絡みの振興政策に関しては外し続けた訳だが,発想の外し方ほどには深刻な状況に陥らなかったのはボトムアップオルタナティブがあったからである.例えば,第五世代コンピュータに俊英を集めたことが汎用機指向でダウンサイジングを遅らせたという指摘があるが,ちゃんとNEC1970年代からTK-80を嚆矢に日本マイコン・シーンをリードしていった.シグマプロジェクト最中にも,SONYはNEWSを完成させた.郵政省がINS構想,通産省がOSIを推進した時も,村井純先生が心ある民間企業から寄付金を募ってInternet研究を続け技術者を育てた.NTTが光化の阻害を懸念しADSLを潰そうとした時も,Softbankが押し切って日本を世界に冠たるブロードバンド大国にした.数年前には既存3社で1GHzを山分けするという報告書が出た携帯電話についても,ちゃんと非IMT系技術に2.5GHz帯を割り当て新規参入も認める方向に梶を切った.我が国の政策過程を眺めて驚嘆するのは個々の議論,個々の施策技術者として眺めていても眠たくなるし茶番としかみえないようでいて,10年単位の大局で眺めてみると案外どうにかなっていることだ.

昨今も情報大航海について第五世代やシグマから学んでいないのではないかという議論があるが,これらから学ぶと結局のところ数十億円の予算を何に使っても大局に影響はないということに尽きるのではないか.泣いても笑っても未踏のスーパークリエイターとか検索関係で有名どころの技術者のめぼしいところの何割かはGoogleに流れていて,残りも対抗してYahooに流れるか,独立自営でやっていくのだろう.どんな優秀な技術者が好き好んで重層的な下請け構造の末端に行こうとするだろうか.船頭ばかり多く現場を持たないプロジェクトが,腕に覚えのあるプログラマーにとって面白いはずがないではないか.

第五世代コンピュータの時代なら天才プログラマーが政府の失策で誤った方向に寄ってしまったが,今や政府にそれほどの力はないし技術者には豊富選択肢が与えられている.きっと誰も困りやしない.突っ込む税金が勿体ないとか,もっといい使い途があるのではないかという議論もあるが,いまどきmixiの上場益が数十億円という時代に検索とかの分野に事業機会があれば,とっくに張っているのではないか.彼らなら図体の大きな政府プロジェクトと違って,腕利きのプログラマを揃えられる可能性が高い.だって面白そうで活気があって儲かるかも知れないから.

わたしは日本にも世界に通用するプログラマが少なからずいると信じる.問題があるとすれば前向きなオープンマインドと気概を持った技術者がいないことではなく,彼らの働きに報い,幸せにできる場を持っているのが,主な振興政策の対象である日本の大企業ではなく,元気のいいベンチャー外資系グローバル企業,オープンソースコミュニティだったということだ.未踏のスーパークリエイターが独立したり,オープンソースプログラマーとして国際的に活躍するのは見込み通りとして,相次いでGoogleに入社したのは予想外だったかも知れない.税金でGoogle技術者を育てた矢先にGoogleと戦うというのでは端から眺めて自作自演だが,憲法は職業選択の自由を保障している.社費留学のように外資転職するならカネを返せという理屈も立つだろうし,そのうち応募条件がそうなるかも知れないが,問題は彼らがGoogle転職したことではなく,彼らにとって最も居心地のいい場がGoogleだったことの方だ.

閑話休題日本パッケージソフト利用を推進し,閉鎖的な取引慣行に風穴を開けることは意義深い.ただ独自システムと比べパッケージソフトの割合が低いことを技術者精神論矮小化し,国産パッケージソフトベンダで閉じたアライアンスを組むという方法論は,役所から補助金を受けるにはいいスキームかも知れないけれども,そこから国際的なパッケージソフトが生まれる機運ははっきりいって感じない.僕の目には大企業の中小企業に対する偏見を克服すべく,米国起業日本への逆輸入を果たした多くの技術者たちの方が,現実的に世界を見据えているように映る.*1

末端にいるソフトウェア技術者の気概を云々する前に,閉鎖的な取引慣行と重層的な下請け構造による歪みを粛々と糺す,具体的には労働基準法違反の摘発強化,偽装請負の撲滅,下請法の改善などを地道にやっていけば,少なくともSI業界が今とは違うかたちにならざるを得ないだろう.これで業界全体が好転するかは保証しかねるけど.

技術ベンチャーが生まれなかった理由を「技術者の卑屈な『日本人特殊論』」に帰すことは,世界に通用する志と技術を持ちながら閉鎖的な資本市場と取引慣行故に世界で羽ばたけなかった多くの技術者からも,排他的な取引慣行を放置するどころか無駄な税金を垂れ流し続けることで業界構造を温存した過去の失政からも目を背けることになりはしないか.国破れて山河あり.いくら産業政策が失敗し続けたところで,気概あるエンジニアは世を憂う前に自分の居場所をみつけるのだろうけど.

いわゆる汎用性の高いソフトウエアパッケージ分野においては、世界に通用する日本ソフトウエアはありません。世界に通用しないだけでなく、国内市場においてもトップシェアをとることができていません。

この状況は先進国に限らず、途上国を含む各国の中でも珍しいケースです。

(略)

傲慢の「日本人特殊論」も卑屈の「日本人特殊論」も世界に通用する大型パッケージソフトの開発を阻害してきました。「私が特殊だからグローバルスタンダードは要らない」といって自分の殻に逃げるのではなく、「私の設計こそグローバルスタンダードにふさわしい」という前向きなオープンマインドと気概を持ってほしいものです。

ウサギと亀の共通項が見えますか? 「特殊への執着」が日本のソフトを弱くする ビジネス-最新ニュース:IT-PLUS

*1業界ユーザー企業も不思議なモノで,米国の新技術というと地雷だろうが屑だろうが何でもありがたがって気前よく高いカネを払うのに,日本零細企業を相手にした途端,門前払いか人月で買い叩こうとする.日本人経営者技術者であっても米国起業して商社などを通じて日本逆輸入した方が,大企業と対等な関係を築きやすいのは不思議なことだ

hujikojphujikojp 2006/08/22 03:16 重箱の隅ですが、問題にすべきは第4世代ではなく第5世代コンピュータではないでしょうか。

mkusunokmkusunok 2006/08/22 03:23 素早いご指摘ありがとうございました.さっそく直しました.
言い訳にもならないのですが,第三世代が俗に「ノイマン型」といわれるプログラム蓄積型で,次の次くらいに来るだろうから第五世代ということで,という話で実は第四世代コンピュータなるものがある訳ではないのですよね.
世代を勝手につけて外すのは日本のアンチパターンで,携帯電話でもITUでSystems beyond IMT-2000と呼んでいた時期から勝手に4Gを定義して,あれは3.5Gで次のは3.9Gで,という不思議なことになっていますね

hujikojphujikojp 2006/08/22 05:37 世代は構成素子による分類だと習いました。
1 - 真空管, 2 - トランジスタ, 3 - IC, 4 - LSI。第五世代は素子が違うわけじゃないので、やや詐欺に近いですが。
携帯のほうの数字の意味づけはついていけません。

mkusunokmkusunok 2006/08/22 07:38 そのようですね.なんか勘違いしてました
『わが旅、次世代コンピュータ』2.6 「プロジェクトの命名と広報活動開始」より:
「その世代の定義が曖昧なのです。以前はハードウェアがどのような素子で作られているのかによって世代を分けていたのではっきりしていたのですが。つまり真空管が第一世代、トランジスタが第二世代、集積回路で構成されるコンピュータが第三世代です。ところが、最近になって業界でも3.5世代などといっているのです」「どうもよく分からないが」
「昔は素子の進歩とコンピュータの機能・性能の進歩が画然としていたのですが、最近は世代というよりは連続的な変化になって、雑誌によっては3.5世代の次は3.75世代という風にますます一般の人には訳がわからなくなってきています。第四世代に近づきながらも永遠に漸近しているようなものです」「いつまでもプロジェクトの名前が次々世代でもあるまい」そうか、中野総括班長の時代にはっきりと名前をつけてプロジェクトの広報戦略を考え、実行に移さなくてはと児西は思う。年を越すと中野は異動する可能性が高いのだ。「ともかく、大雑把に言って次は第四世代のはずなので次の次は第五世代として売り出しましょう」「うん。正式名称を第五世代コンピュータプロジェクトにしよう」

hujikojphujikojp 2006/08/22 16:01 確かに 3と4の間は曖昧ですね。第4世代言語よりすごい、って意味もあったのかも。

zoffyzoffy 2006/08/22 19:29 第五世代コンピュータといえば渕さんお亡くなりですね、一週間ほど前に。享年70歳だそうで。

akamakuraakamakura 2006/08/23 23:26 >>受託で値引きの引き替えに知財を手元に残しておいたものを,化粧し直してパッケージ化したものが大半なのだ.だって元手がないし借りることもできなかったのだから.

というのは確かにその通りなのですが、だったらなんで金が取れるアメリカで商売しないの?ってのが私の疑問だったりします。単なる経営者の怠慢のような気がして。

mkusunokmkusunok 2006/08/23 23:34 日本の業務パッケージって,会計にしても他の業務にしても,日本特殊なビジネスプロセスを織り込んでいるから海外のパッケージに食われていないのであって,海外で売れるほどの汎用性はないのですよ.もとが受託ベースでつくってるんで国内の他企業・他業種でさえ通用するか怪しい.
SAPが秀逸なのは,良かれ悪しかれERPというコンセプトが世界で受け入れられて,その分野でマーケットリーダになれたことじゃないですかね.日本じゃ横並びで「そこはSAPじゃないだろ」というところにまで入ってますが.

akamakuraakamakura 2006/08/24 00:13 最初の志が違うのでしょうね。結局、日本でしかビジネスをする気が無い。下請けであることに甘んじてきた。

mkusunokmkusunok 2006/08/24 02:30 志が高いだけでは商売にならない環境の問題であって,日本企業や日本人エンジニアの志が低いという風に,問題を内面化すべきではないでしょう.この文章の趣旨は,つい最近まで独立系ソフトウェア会社が下請けであることに甘んじざるを得なかった環境について論じたつもりです.

hoehoehoehoe 2006/08/24 13:47 どちらかと言うとフリーソフトやコピーソフトのため「パッケージソフト」から金が取れなくなったため、「ウェブサイト」に移行したためではないかと思います。
つまり昔のパッケージソフトが「ウェブサイト」に形を変えただけではないでしょうか。
そうなると日本のウェブサイトが世界に通用しないかと言う話になりますが、言語の問題さえクリアすれば世界に通用する物はたくさんあると思います。
たとえば有名どころだけでも「価格コム」「はてな」「楽天」「ミクシー」「クックパッド」など。
まあ、トータル的に言えばアメリカサイトの方が上かもしれませんが、日本の技術者も全く遜色ないと思います。
ただ一番の問題が言語でしょう。資金力のない所は英語化するだけで諦めるしかなくなりますので。
個人的には政府にどうにかして欲しいのは言語の問題ですね。
格安で翻訳や通訳をしてくれるサービスを政府が提供してくれれば、新興の日本企業もどんどん海外に手を広げられるのではないかと思います。

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