雑種路線でいこう

2007年12月04日

誰が音楽文化を支えるのか

昨晩から国際会議を手伝うため京都にいる。新幹線を降りて地下鉄を乗り継ぎ、ホテルに着いたときは夜10時前だった。飲み屋を探して投宿している五条烏丸から徒歩で四条商店街をとぼとぼ、高瀬川のあたりまで歩いて川沿いへ曲がるとアコースティックギターを抱えた女性が歌っている。誰か聴いているのかなあと思って周囲を見回すと、ひとり聴衆と思しきは通りがかりではなく付近に屯するポン引きだった。

傍でずっと聴いているのもこっぱずかしいので数百円の投げ銭をして明かりに照らされた小さなイーゼルを覗き込むと、CDが立てかけられていて200円と書かれていた。「これは自分で焼かれたんですか」と聞くと、彼女は嬉しそうにそうだという。ジャケットだけでなくCDレーベル面にも素敵な意匠があしらわれていた。CDブランクメディアが安くなったとはいえ、印刷の手間なども考えると面倒そうだし、元が取れているかどうかも疑わしい。ひとつ買うよといったら彼女ははしゃいで手提げ鞄から新しいCDを取り出し、名刺をくれた。時々このあたりでストリートライブをやっているという。名刺にはQRコードblogアドレスが書かれていた。

それから高瀬川を渡って猥雑な街角大衆居酒屋でレバ刺しと鱧の唐揚げを突きながら発泡酒や焼酎を呷り、もらった名刺QRコード携帯にかざしてみたのだが認識しない。バーを梯子してホテルに戻った時には深夜1時前だった。買ったCDは早速リッピングしたがCDDBには登録されていなかった。

翌朝おもうところがあって彼女名刺に書かれたblogアクセスしてみたら、1枚目のCDが売れたと喜ぶ書き込みがあった。きっと僕のことだ。その1ヶ月ちょっと前のエントリで、音楽活動を始めるとか、スタジオで収録したとか、僕の買ったCDジャケ写とかも載っていた。ちょっと気になってblogRSSリーダに登録した。僕がいつ次に京都に行くかは分からないが、僕は自分が最初の客となったアーティストの今後のことを知ることができるだろう。

彼女に限らずアマチュアアーティストが自分の曲をCDに焼くのはよくあることで、実費で販売していることもあれば名刺代わりに配っているひとも少なくない。地元のバーで意気投合してCDを貰ったときは、お代を断わられてカクテルを1杯おごったこともある。

数年前ニューオリンズに行ったとき、ジャズ発祥の地というのでバーボンストリートを歩いたが、くたびれた観光客向けの奏者ばかりだしバーボンは高いし散々な目に遭った。滞在最終日の夜に同僚と入った日本料理屋で愚痴をこぼしたら、それを小耳に挟んだ日本人ウェイトレスが「バーボンストリートには観光客くらいしか行かないから。フレンチクォーターの先に行けば地元の人々が集うジャズバーがある」と教えてくれた。

夜も更けて同僚たちはホテルに戻ったのだが、僕は40分くらいかけてウェイトレスの地図への書き込みを頼りにフレンチクォーターの先まで歩いた。するとそこには毎日違うアマチュアバンドがジャズを演奏し、地元で彼らを応援している人が集うアットホームなバーが並んでいた。10ドルできっちりワンフィンガーのバーボンストリートにある観光客向けジャズバーと違って、5ドルでなみなみと注いでくれて、バンドもマイクなしで真剣に歌っていた。必死の演奏に感動してチップを渡したら嬉しそうに強く握手して”Thank you”といってくれた。ハリケーン・カトリーナの被害が心配だったのだが、あの辺りは今どうなっているのだろう。

正直いって僕は素人だから音楽のことはよく分からない。確かにミリオンセラーになる曲は洗練されているけれども、彼らだって最初はアマチュアだったのだろうし、音楽の楽しみは聴くことばかりじゃない。たまたま街で気になったストリートミュージシャンが普段どうしているのか簡単に知ることができて、たまたまバーで飲んで意気投合してCDを渡されるとか、彼らを暖かく応援している人々の緩やかな繋がりとか、音楽を機縁として様々な人間模様があるのだ。

対価を支払うとか商品を購入するという近代的で疎外された関係だけでなく、素直に感動を伝えるためにお金を払って、そのことを縁にアーティストと繋がることがとても簡単になった。音楽を聴く権利という風に物象化されたパッケージングするから、ダウンロードのような代替手段に食われるのであって、そうやって人と人の心が繋がっていく、彼らが音楽活動を続けられることを願い、それは生活を支えるほどでなくても、いつも聴いているよ、あなたを感じているよということが伝わるだけで、表現者はモチベートされるだろう。実際、数でいえば音楽で食っている人々より、そういったアーティストがずっと多いのではないか。

文化の豊かさという尺度での議論は難しいものがあるが、経済規模よりは参加者裾野の広さや多様性、視聴者の成熟度が効いてくるのではないか。賭け金が上がって流行り廃りでポジティブフィードバックの働きやすいメジャーより、様々な試みが行われてアテンションを競い合うインディーズでこそ新しい何かが生まれつつあるのではないか。

いまや日本ベストセラーの半分は携帯電話執筆されていることを世界は驚嘆の目で見ている。ケータイ小説の素晴らしさが僕にはよく分からないが、あのヘンテコな日本語はいずれ明治期の言文一致運動のような、日本語重要イノベーションとして評価されないとも限らない。

革命は常に周縁から起こり、それは今やケータイSNSといった技術にエンパワーされて、瞬く間に社会のメインストリームへと躍り出るようになった。頭の固い大人たちをスルーして暴力的なアクセス購買力が文化を突き動かしていくのだ。

音楽の世界だって書籍と同じように、オリコンチャート意識して売り捌きようのない枚数のCDプレスするという時代錯誤不毛なチキンレースは遠からず終わり、いくつダウンロードされたか、総額いくら寄付を受けたか、世界中でノベ何時間再生されたか、そこからどういった二次著作物が生まれたか、誰をどう触発したか、何にマッシュアップされたかといった、もっと本質的尺度で測られるようになるだろう。

SNSでファンを囲い込んで暇をみて電撃ライヴを行う兼業ミュージシャンも増えるだろう。ライヴに駆けつけられない時はUStreamで中継をみることもできる。新人発掘を諦めたレーベルは、勃興しつつある新たな音楽文化にただ乗りして、成功者たちをマネタイズするインフラとして今後も残るに違いない。ケータイ小説平積みにする書店のように。

けれども新しいアーティストの多くは、自分たちの登龍門であったネットを無下にはしないはずだ。そして僕らはこれまで通りヒット曲も押さえつつ、もっと個人的に繋がりを持ったアーティストを応援することにコンテクスチュアルな愉しみを見出す。

ストリートライブの文化は昔からあったが、チープ革命によって今やCD製作ダウンロード配信、ライブ中継、ファンクラブ組織化など、レーベルの支援なしに誰もが自由に総合的な音楽活動を展開できるようになった。これからの音楽文化を支えるのは、昔のような新人育成を放棄してベストアルバムの焼き直しと不毛プレス競争を突き進む大手レーベルではなく、ボトムアップで新たなアーティストを応援する成熟した消費者ではないか。この革命は着実に進行しているし誰も止めることはできない。

この大きな流れの中で私的録音補償金の適用範囲など恐らく些細な問題でしかない。しかし、この先の音楽文化を誰が支えるかは、今後のコンテンツ政策の方向性を議論する上で、少なからず意味がある論点ではないか。

namename 2007/12/05 04:56 Jazz & Jive & Swing
http://swinglike.ojaru.jp/

世界中では、かなり前から音楽家が音源を公開していますよ。

tanakatanaka 2007/12/05 08:47 文章が美しくてグッと来た。

niconico21niconico21 2007/12/05 10:07 消費者として自分たちが成熟、変化すればするほど音楽(を含めたさまざまな文化的商品)の成熟と変化をより楽しめるようになるというのはわくわくする未来像ですね。
未来じゃなくて、もう、始まっているはずですが、これからもっと目に見えて感じられるようになるのでしょう。
いい文章を読ませていただきありがとうございます。

AGE EXPRIRAGE EXPRIR 2007/12/06 02:45 「聴く権利」を売るのではなく、音楽そのものは無料で聴かせて、感動を売ろうという方向性はもはや止まらないでしょうね。ネットが広がった今レコード会社はもう不要でしょう。
しかしそれは制作費のかからない音楽だからです。テーマとずれることを覚悟で申し上げますが、実写映画やアニメなど資本の集積がなくては成立しない文化活動においては未だに「見る機会」を売って商売をするしかありません。
先日行われた私的録音録画小委員会(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0711/28/news132.html)では音楽も映像も同等の著作物として同じ著作権法で扱うことを前提に会議がなされていたように見えます。この法律の柔軟性のなさにも問題はあると思います。

rick08rick08 2007/12/06 18:45 うん。美しい文章。

大手レーベルの人も、みな音楽を愛してることは間違いないはずで、板ばさみになってることもあるはずなんだよね。
誰が音楽文化を支えていくのか、っていう議論はたしかになされるべきだと思います。

hiro4hiro4 2007/12/07 01:02 ネットのおかげで発生したバーチャルアイドル・初音ミクのような存在も出て来ましたね。
ニコニコ動画やYoutubeを見ると音楽やっている人って、こんなにいたのかと驚くばかりです。
レベルの高い人も多いですし。
裾野の広さが頂点を高くします。
頂点は複数有って良いと思います。
音楽を職業とするのでは無く、あえて趣味として続けて行くのも有りでしょう。

unknownunknown 2008/05/04 00:36 youtubeでクリックされた広告料の1割でも作った人にいけば良いのにね。どんなフリーマーケットでも主催者が10割りもってく事はないんだから。

しかも売り物ただで配って広告乗っけてる訳だし。
P2Pはあんだけ問題視されたのにYouTubeは検索にアーティスト名入れなくても不法な物しか出てこない。

アニメや映画は容量のせいで、サンプル程度しか流せないから、流れるだけ広告になるけど、音楽はフルで流れて、ちょっと考えれば保存だって出来るから誰も買う人いなくなっちゃった。

でも、そのうち回線が改善して、60分の動画がリアルタイムでさくさくみられたら、アニメや映画も誰も買わなくなるだろうな。

eb3545eb3545 2008/05/10 11:51 「金持ちの家の食堂で生演奏し、子供に教えて週いくら」
から
「レコードを何万枚売って何億円」
の変化と、そのレコードから…原理的には可能な
「全音楽を一つのシステムに番号つけてアップし、
インターネットに接続できる誰もが瞬時に、わずかな電気だけで
ダウンロードできる」
の差は同等レベルのものでは?レコードのための著作権法を
ネットに当てはめるのは馬車のための道路交通法を自動車に
当てはめるより無茶なのでは?
新しい皮袋には新しい酒を。
たとえば「レコード何万枚売れて何億円」の代わりに、
「世界全体で10億再生の名誉ポイントで最新スタジオ使用権
週二時間+ポール・マッカートニーと会食+オンライン
ネットゲームに使える金」
では駄目なのでしょうか。

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