雑種路線でいこう

2008年01月07日

天才機関説と未踏の次

RubyMatzさんがBruce Eckelのエントリを紹介している。この2:8の法則を掛け合わせるという論法は他にもいろいろ使えそうな感じ。例えば、8割のプロジェクトは失敗と見なされており、成功した残り2割のプロジェクトを牽引したのはそのうちの2割なのだ、とか。8割の開発者は結果を出し得るプロジェクトに携われておらず、結果を出し得るプロジェクトに携わっている開発者のうち8割は実際の成果を上げられていないとか。

IT技術者ではトップ5%は残りの人たちの20倍の生産性を持つという。 これが本当のことであるとしたら、その科学的な根拠はなにか、という話。

80%の技術者は、本を読まない、イベントに参加しない、勉強しない。 それでどうして、それらを継続的に行う開発者と同等の生産性をあげることができるのか。 それらを行う20%のうち、さらに80%は、(まだ)うまく成果をあげられていない。 すると、それらを継続的に行い、さらにうまくいっている人はおおよそ5%になる。

Matzにっき - The Mythical 5%

それらの比喩が実際どうかは別として、一握りの成功は極端な能力の違いではなく小さな確率の掛け合わせで簡単に生じるにも関わらず、周囲の人々は結果そのものを大きな能力の違いと勘違いしてしまいがちであることを的確に風刺している。

ところで日本ソフトウェア産業が飛躍できないのは天才を大切にしないからだという説がある。20倍の生産性を持つ人々を発掘して活躍させれば、シリコンバレーのように新しい技術ベンチャーが次々と新事業を開拓するのではないかと期待したのである。未踏ソフトウェア創造事業は、そういうスーパーハッカープロジェクトマネージャが発掘し、スーパーハッカーの目利きとしてプロジェクトマネージャベンチャーキャピタリストから発掘される、という筋書きでつくられた。決まりきった大企業にカネを撒くよりもずっと創造的な事業だったが、ハッカーコミュニティらしきものを日本に創ったものの、彼らがシリコンバレーのように産業を興すには至らず、最近Google転職したり、シリコンバレー起業している。

飲んだり一緒に仕事する機会もあるから、彼らがとても優秀なハッカーであることは知っている。未踏で採択されるにはプログラミング能力だけでなくプレゼンテーション能力にも長けていなければならないし、1年以内で成果を出すには高いプロジェクト管理能力も求められる。そういう意味で優秀な開発者の中で特に成功に近いところにいる人々だし、実際ビジネス的な成功を収めている連中も少なからずいるけれども、彼らの立ち上げた企業がソフトバンク楽天のように大きな雇用を生んだとは寡聞にして知らない。

それが何故かとずっと考えるんだけれども、結局のところ米国で天才プログラマーが頻出するのは、もちろん世界中から優秀で野心的な連中を集めていることも大きいけれども、それ以上に産業構造そのものが常に天才を必要としているのではないかという風に考え直した。天才がいっぱいいるんじゃなくって、産業を回すために多くの人が常に天才をつくろうとしているから、たくさんのシンデレラボーイが生まれてくる。産業を回すためにというのは、日本がど田舎に立派な箱物をいっぱいつくったり、年末いつも道路工事しているのと同じように、毎年のように華々しく天才をデビューさせていくべく、利害関係者が予定調和的に働きかけている訳だ。

田舎にできた立派な道路が本当に必要か分からないように、シンデレラボーイたちが本当に天才かは二の次なのである。けれども本当の天才もそういったインフラを利用できる機会が充分にあることは、きっと新しい産業を生む上で重要なのだ。バブルとか過大評価は、そういった循環を維持するための必要経費なのだろう。かつて日本公共事業が「落ちぶれても工事現場で働けば食える」というカタチで労働へのエンカレッジ社会福祉とを両立したように。いっけん無駄馬鹿げたことににみえても社会の辻褄を合わせるために必要だったりする訳だ。

振り返って日本は、ベンチャーが活躍して競争ルールを塗り替えることは、基本的に番狂わせだから、まず叩く。孫さんとか、三木谷さんのようなタイプ経営者が生き残るのって、結局のところ叩かれても叩かれても挫けずに事業を遂行し、従業員を引っ張っていく持続力が求められるからではないか。プロ野球騒動の時に梅田望夫さんが楽天ライブドアを評して「生活密着型サービス産業」たるダイエー末裔と指摘したけれども、この国で新参者に優しいのは産業界ではなく消費者なのだ。何故ってたぶん、消費者は企業と違って従業員を抱えていないから。事業者にしてみれば、できることなら競争ルールなんて変えてくれるな。環境が激変した時のリスクヘッジで変人天才も飼い殺しにしておくか。天才だからったって社内で波風を立てないでくれよ、みたいな。

出る杭は打つというか、同調圧力というか、日本社会ではもともと強いんだけれども、こと学生については昔よりだいぶ恵まれているように感じる。例えば未踏の採択者って結構な割合でAO入試を使って大学に入ってるんだけど、コンピュータに強ければ一流大学楽しい仲間に囲まれて高度な講義を受けられるって正直かなり羨ましい。僕なんかSFCAO入試で受けようとしたら大検の点数で足切りを食らっちゃったもんね。僕が受け損ねて数年後からSFCAO入試では足切りがなくなったらしい。やっぱ成績で足切りすると、僕のように面白い奴を採り損ねちゃうかな、とか閑話休題

ともかく最近の子たちは物心ついた頃からネット上でゴロゴロ教材が転がっていて、オープンソース世界最高水準のソースコードアクセスできて、一芸に秀でていれば受け入れてくれる一流大学も結構あって、実に羨ましい。羨ましいんだけど、就職活動の話なんか聞いてると結構コンサバで、こっちが驚いてしまう。コンサルっぽい皮を被ったSIをやってる会社とか、結構人気みたいだし。Blogger諸氏が嘆いている割に大手SIer就職ランキングで上位に来ているよね、とか学生に聞いてみると、あれは調べ方が悪いという。ともかく希望する会社を筆記で書かせる訳だが、思いつくのって有名な会社ばかりになっちゃうし、みたいな。

どっちにしても彼らって恵まれている割に夢がないようにみえるんだけど、僕らナナロク世代のことを「彼らの時代は未開拓のチャンスがあったけど、僕らは整地された後に運び込まれた兵隊だよね」という風にみているのかも知れない。けど、90年代後半はあの時代で閉塞感があったんだよ。山一證券とか長銀とかバタバタ潰れて、新興市場はまだなくて、信用収縮で商売うまくいってる会社でさえ金策に奔走していたり。Webビジネスなんてものになるのか、いつまで続くのか見えなかったしね。

未踏コミュニティの連中は流石に業界耳年増になっているから、あまり大企業志向を感じない。Google幻想とかは結構あるようだけど。ただ彼らが工房のような身軽なベンチャーを立ち上げるのも、結局のところこれまでのような生活を続けたいっていう保守性からきているのではないか、と感じることもある。会社を大きくすると、自分のやりたいことできなくなっちゃうよね、僕が豊かに暮らしていく分には効率的な働き方だってあるからね、と。だいたい産業界の方が活躍の場を用意しないんだから、せっかく税金を突っ込んで育てた連中が小さくまとまっていても、Google転職しても、シンデレラボーイを夢見てシリコンバレーに渡っても、文句をつける筋合いじゃない。

80%のITベンチャーは事業リスクを取らない、人を採らない、研究開発に投資しない。それでどうして、それらを継続的に行う企業と同等の成長を遂げることができるのか。それらを行う20%のうち、さらに80%は、(まだ)うまく成果をあげられていない。すると、それらを継続的に行い、さらにうまくいっているITベンチャーはおおよそ5%になる。

と嘆けるくらいに、5%でいいから20倍も儲かっている会社が出てくると、この業界にも夢が出てくるんじゃないかな。今は受託モデルでやっていると、人だけ採って事業リスクを取らず研究開発にも投資できないし、事業リスクを取り人を採っているサービス企業は、そうそう中長期の研究開発に投資できない。かといって中長期の研究開発に取り組む技術ベンチャーは少数精鋭で大企業と組んだり政府の補助金にぶら下がって事業リスクを抑えていたり。あちらが立てばこちらが立たず。

90年代末からのベンチャー育成とか、ハッカー発掘といった取り組みは一定の成果を収めた一方で、日本がどう米国を簡単には真似られないかを浮き彫りにした。最近京速コンピュータとか、時代は再び大企業による大規模プロジェクトに揺り戻しつつあるようにもみえるが、日本の産業構造をもっとベンチャーに優しくしていくのか、或いは日本の産業構造に合わせた技術革新への適応の仕方、世界市場での立ち位置があるのか、真面目に考えるべき時期にきているのではないか。

blogの賑やかしにそういう大上段の話をしつつ、僕らは僕らでグローバルに考えてローカルに行動するとか、ナショナリストとして国内問題に取り組みつつコスモポリタンとしてのコンピテンシーを磨くとか、そういった自助努力を通じて、業界を嗤うんじゃなくて業界で笑えるようでありたい。できれば日本に根を下ろしたまま世界に目を向けて。

shakaijinshakaijin 2008/01/09 19:41 あおってるねぇw

KK 2008/01/09 22:47 未踏ソフトウェア創造事業の人って優秀かもしれないけど、
天才ではないよね。

天才って1年間に何人も誕生するものではないし、
そもそもそんなコンテストとかに応募なんてしないんじゃないかな・・・?

なぞのPMなぞのPM 2008/01/10 06:08 こんにちは

もと未踏のマネージャーをやってたものです
おそらくは、産業育成のトリガーとしたいのであれば未踏のやり方は変える必要はあるでしょうね。

個人的にはDARPA のアーバンチャレンジのような、

デモンストレーション効果の高く
実用が近い領域で
達成可能なぎりぎりの課題を与えて平等に競わせ
賞金はゴツイ

方法が良いんだと思います。現在のやり方での起業輩出は困難でしょうね。大体、期間と予算でソフトウェアなめてます。天才がつくるコア部分と、それを実用商品化する莫大な作業の質的な差が主催者に理解されてません。このギャップを埋められなければ個人の天才は個人の天才のままなんです。

企業は天才個人ではなく、それがチームとして機能して初めて設立しうるものです。アウトプットそのものに商品化に至る具体性がなければ、その人をサポートする組織も資金もつきません。単なる優秀な人であれば、依頼される仕事は、発注主の思いついた請負の仕事になってしまうのです。

経済産業省さんは、「情報大航海」として、国産サーチエンジンの開発構想を持っていましたが、そちらの発注は大企業にするようです。
「国産サーチエンジン」の「次世代的特性」は謎ですが、それが明確であるなら、仕様とパフォーマンスを明示し、それをこそ公募で未踏的な天才に解決させればよいのです。

日本の問題とは、組織化を補助するシステムの脆弱性と、秀才に与えるべき目標設定ができる人材層の薄さにつきるのではないかと思います。

OBOB 2008/01/10 21:29 ご多分に漏れず、私も工房的なベンチャを立ち上げましたが、会社を興して思ったのは、別に自分は社長になりたかったわけではないということです。
権利や訴訟は法務がやってくれて、販路は営業が開拓してくれる大企業に入って、給料分の仕事を適当にこなしながら、趣味でコーディングして、未踏で知り合った友人と開発合宿に参加する方が楽しかったです。

私はそれなりに優秀な技術者ですが、優秀な経営者ではありません。
企業を続けていく上で、優秀な経営者が必要でしたが、それは見つけられませんでした。
会社をやっている間、多くの若い起業家やワナビー、ビジネスマンを目の当たりにしましたが、日本ではビジネスマンとして優秀だと感じる人材はホトンドが大企業の中におり、ベンチャーの経営に携わりたい人の多くは視野が狭く、能力が著しく欠如しているというのが個人的な見解です。

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