雑種路線でいこう

2008年05月12日

Twitterに「ぶっ殺す」とか書き込ませない情報リテラシー教育

次男が5歳になった。相変わらず長男との喧嘩が酷くて、時にどちらからともなく「ぶっ殺す」とかいう。まあ、そういう台詞って中学生くらいまで、よくあることという気もするのだが、昨今の世情をみるに早めにいい聞かせて、控えさせておいた方がよさげな気もする。

子どもたちのネットでの活動に不安があるっていうか、長男次男とも適当にMiiを量産し、気づいたらPS3の「いつでもいっしょ」でアイテムを買うために僕の口座から勝手に2万円もデポジットされた時は本当に驚いた。

問題は、子どもに何を教えるかなのである。僕だって小学生の頃は「ぶっ殺す」とか面と向かっていっていたかも知れない。いまブログとかTwitterとかあれば、同じことをやっているだろう。もちろん面と向かって「ぶっ殺す」というのも十分にヤバい訳だし、そういう物言いを聞けば注意する訳だが、それをブログTwitterに書くかどうかって、桁違いに人生にとって重要となってしまうのだろう。

公園おもちゃを取り上げられたことに激昂して「ぶっ殺してやる」とかいうのと、ネットで激昂して「ぶっ殺してやる」とか書き込むのと、僕個人はさしたる違いを感じないのだが、たぶん世の中的には違う営為として扱われるのだろう。理由はよく分からない。どこかで誰かが「ぶっ殺してやる」といったところで哀しいし、仮に録音していたところで、真面目に取り合ってもらえる気がしない。それは社会の理屈として、それなりに合理的ではある。誰がやったか分からないことだし、脅迫といったところで脅威は具体的じゃないからだ。

ことブログとか掲示板Twitterに書き込まれた場合、呟きと違って誰もが参照できる証拠が残っているし、令状ベースサイトに対する書き込み日時やIPアドレスを照会できる。管理のいい加減なネットカフェとかでなければ、身許を割ることができるのである。そうなると、いったかいわないか水掛け論となりがちなコトバと違って、それなりの責任が出てくるのだろう。

そういった意味で、ブログとか掲示板Twitterに書き込むって、子どもにとって非常にリスクがある訳だが、なかなか教育する機会がないのである。小2の長男はよくWii Fitで走ったり適当にゲームを遊んでいるようだが、まだ掲示板に自分の意見らしきものを書き込んでいる気配はない。最近5歳になった次男も、VoDでお気に入りのポケモンをみているが、CGMを使いこなすには至っていないようである。けれども長男次男ともに、古い携帯動画とか音声を吹き込んで遊んでいるところをみると、何をするにも時間の問題という気もしないでもない。それ故、リアル喧嘩していて「ぶっ殺す」とかコトバが出てくる度に過敏になる訳だ。

数週間前、フィルタリングベンダの方に話を聞いてなるほどと思わされたのは、子ども有害コンテンツとかフィルタリングの話をしても仕方ないのであって、ひとつだけ教えるべきは「ネットで何をやってもみているひとがいるよ」ということを伝えることなのだという。これは正しい気がする。ネット上で無法なことをできる背景に、自分が匿名の何者かであるという安心感があるのだろう。実際問題として、その期待は決して正しくない。

だからといって必ずお縄にする訳でもないし、民事で処罰意識があったりなかったりする問題もある訳だが、ともかく自分がいったこと、やったことの足跡は残っているんだよ、それはあなた自身のものなんだよ、という現実感は持ってもらった方がいいんじゃないだろうか。

世知辛い話ではあるが、早めに世界に触れる機会を得る代償でもあるのだろう。ちょっと寂しいが、若い時期にそういう機会を与えられること自体、それ以上に羨ましい。少しずつ時代が良くなっていく気がするのは素晴らしいことだが、逆の思いを持っている人々と問題意識を共有することも、時には重要なのだろう。

otou-nootou-no 2008/05/13 02:01 世の中が見てみぬふりが多いからこそ、ネットでも誰も見ていないと思ってしまうんでしょうね。情報リテラシーを教育するときに覚えておきたい話になりました。ありがとうございます。

touhou_huhaitouhou_huhai 2008/05/13 03:17 子供は子供を殺す。言葉から始まり、エキサイトして殴る蹴るで。体が大きくなれば、危険はどんどん増していく。子供がたとえば学校で被害者でなく加害者になるときは切ない。被害者になるときは髪の毛が抜ける苦しみだが、加害者になるときは親に悟性やシンパシーがあればあるほど辛い。

はてブうんぬんは知らないが。ネット上で、誰かに殺すといわれたときの恐怖。それを加害者になる前に、被害者の立場で感じさせ、分からせなければいけない。それでも「みんなやってる」ということになると、すぐ禁忌の感覚は和らいでしまうが。「あのおじちゃん達が殺す、死ねと言ってるのは間違ったことなんだよ」と説得するのも難しい。

子供は「罰」がなければなかなか悪いことを理解しない。大人もそうなのかもしれない。いかなる言葉の暴力に対しても、罰が与えられないネットに常時接していれば、言葉の暴力を悪と思えなくなるだろう。じゃぁ、フィルタリングすっか、という思考停止がそこで働く気がする。

通りすがり通りすがり 2008/05/13 22:57 >ひとつだけ教えるべきは「ネットで何をやってもみているひとがいるよ」ということを伝えること

いい言葉ですね。
フィルタリング推進者の主張を聞いていると、その先がどうにも見えてきません。
それはフィルタリングありきで、社会の黒い部分との接し方をどう教育していくのかが、全く聞こえてこないからだと思っています。

フィルタリングという楽園というか無菌室をこしらえるのは結構ですが、いつまでもいられはしないそこを出たときに生きていく為の方策を用意することは、子供が接する情報を取捨選択しようとしている大人の義務ではないでしょうか。

だからこそ、この言葉を囁き続ける必要があるのでしょう。
「ネットで何をやってもみているひとがいるよ」と。

OguraHideoOguraHideo 2008/05/14 00:44 しかし,小中学生を「社会の黒い部分」から絶えずアプローチしてくる環境に放置しておいて,悪い大人におもちゃにされても「自己責任だ」と切り捨てるのは酷というものです。「ネットで何をやってもみているひとがいるよ」といくらいってみても,「裸の写真を送ってくれたら,魔法が使えるようになるんだよ」という甘言に負けてしまう子供なんていくらだっているのです。

nono_rain_dropnono_rain_drop 2008/05/14 01:55 面と向かって「ぶっ殺してやる」といわれると、その言動主との関係や相手のその他もろもろの動作でその言葉どおりのことをしようとしているのかわかると思うのです、でも、ネットで「ぶっ殺してやる」というと、その言葉だけが相手に伝わるために、言葉どおりの非常にぶっそうな言葉になってしまうと思います。そこが違うのではないでしょうか。

nonamenoname 2008/05/14 15:44 はてな「見てるぞ」があるといいのかなぁ。

通りすがり通りすがり 2008/05/14 21:59 他人様のサイトでコメントのやり取りをするのはご法度なのかもしれませんが……。

>OguraHideo氏
私はフィルタリングという手段自体は悪いとは思ってはおりません(現行のままではフィルターのかけ方や運用には疑問符が付きますが)。
問題なのは議論がフィルタリングにのみ目が行っており、それ以外の対策にはろくに議論をされていないということです。

これは子供に「社会の黒い部分との接し方」という手段を公的には全く与えないといっているの等しく、フィルタリング対象年齢外まで成長してからは「自己責任」だから、何かあったら勝手に自滅しろといっているのに等しいのではないでしょうか。
大人が勝手に制限しておいて、後のことはしらないというのは無責任というものです。

ゆえに「ネットで何をやってもみているひとがいるよ」というのはそのための手段の一つとして考えても良いのではないでしょうか。
無論、これが銀の銃弾になるわけではなく、他にも色々と考えていかなくてはならないのは言うまでもありませんが。

直接つながりはないのですが、「ネットで何をやってもみているひとがいるよ」という言葉は「悪いことをしたら罰を受ける」という言葉とセットで教えたいですね。

OguraHideoOguraHideo 2008/05/15 00:39 まずフィルタリングをして子供たちが大人の目の届かないところで有害情報に触れることを回避した上で,ある程度判断能力がついた段階で,大人たちの管理の下で,それが有害であることを示しつつ,そういう情報を流して子供たちを食い物にしようとしている人がいるということを教えていくしかないのではないですかね。

OguraHideoOguraHideo 2008/05/15 08:33 大人たちが匿名であることを良いことにネット上で好き放題に暴れている環境で,子供たちに,ネット上で他人を誹謗中傷したり攻撃したりする行為が,人なりおてんとうさまに見られていると恥ずかしい行為なのだと教え込むこと自体が難しいかもしれません。ネット上にはそういう大人たちの行為を正当化し,むしろ被害者をなじる表現に満ちあふれていますし。

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