訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。
……すべての懲らしめ(discipline)は、そのときは喜ばしいものではなく、
かえって悲しく思われるものですが、後になると、
これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます
(ヘブル12章7、11節 写真はミルトスの花)
(ときどき、このブログの不具合でコメントが認証失敗ではじかれることがあります。お手数ですが、その場合にははちこにメールでコメントを送ってくだされば、私の方から投稿させていただきます。s.nakamura37アットgmail.com)
2005-04-30
無題
今日は午前中はま〜やのサッカーの試合、午後はエミが学外で参加しているオーケストラの年度末コンサート。エミは他の数人の子と一緒に賞をもらって、ヴァイオリンのレッスン代に当てるようにと200ドルの奨学金をを授与された。充実していたエミの8年生の1年間ももうすぐ終わる。卒業式は6月13日。信じられない。エミが生まれた日のことは、昨日のことのように覚えているのに。(前の晩に何を食べたか、出産後に何を食べたか、私が陣痛で苦しんでいる間にぼぼるパパがおやつに何を食べたかまで覚えている。←食べたことばっかりじゃん。<自分)
2005-04-29
興味のある本
- 『これからのキリスト教 一精神科医の視点』(工藤信夫 いのちのことば社)
日本のクリスチャン精神科医の草分け的存在であられる工藤信夫先生による本。案内にはこうある。
教会の中で、「何かがおかしい、どこか不自然だ」と感じる感性こそが、もしかして健全なのではないだろうか……。臨床の現場やセミナー等で多くの人の困惑に耳を傾けてきた著者が、一見「不信仰」と見えることばの中に、キリスト教と教会を創造的に再出発させるきっかけがあるのではないかと訴える、今日の福音の意味を再考する意欲作。
何だか、今私が翻訳中の本と通じるものがある気がする。やはり、臨床現場に携わっている方たちは、きっと同じ現象を見、同じことに気づいておられるのだろう。(なーんて、全然違う内容の本かもしれないけど。)
今夜の予定
今夜の夕飯はカルビ丼。カルビのたれを今、煮込んでいるところ。お醤油とみりんの甘辛い香りがあたりに立ちこめている。カルビ丼を食べたら、
ふぅきぃ(シカゴJCFNの仲間)の卒業リサイタルを聴くために、ジャドソンカレッジまで行って来ます。彼のブログに出てた案内の写真を見たら、かなりフォーマルな感じ。「リサイタル」なんだから当たり前か。これはちょっとドレスアップして行った方がいいかな。確認して良かったー。もう少しでジーンズのまま行っちゃうところだった。(^_^;;
Karo
はちこさんの翻訳されている本を読むと、アメリカ人の面白さがたまに伝わってきて楽しい気分になります。そこが、わたしは気に入っているんですよ。
Matthew
息子くんは12歳、今春中学生になりました。このHNだと、男性に間違われても仕方がないのですが、息子くんがAustraliaで生まれた時に、ミドルネームとして登録したのを使っています。GWは仕事が多いですし、息子くんもサッカーで忙しいのですが…楽しくやってます。はちこさんも、ご家族と楽しい時間を過ごせますように† Amen 主の平和☆ちなみに、私はCatholicなんです〜☆
k’s
私も『中村ファミリー』のファンのひとりです。Andieと同じ教会に集っていて彼女
からも多大な影響を受けています。日々の記録や過去日記などとても充実していて、
楽しみです。お嫁さんや友達に紹介しています。ますます多方面で活躍されますこと
を祈っています。
はちこ
Matthewさん、息子さんサッカー少年なんですね! 中学生かぁ。お互い、親に許されている子供と過ごす時間を大切にしたいですね!
k’sさん、Andieさんと同じ教会なんですね! 私も彼女にはとってもお世話になっています。お祈りありがとうございます。(^^) Many blessings to all!
Faith
Thank you SO much for coming to the recital! I wanted to thank you right away but my computer broke. I wanted to write in Japanese but it seems like my computer won’t be fixed for a while so I’m gonna thank you in English. Thank you for coming! You made my day. = ) God bless!
はちこ
Faith a.k.a. ふぅきぃ
It was my pleasure! You did a wonderful job. Noboru and I were so proud of you! Noboru is putting together a DVD for you. It should be ready by Central Conference. See you then. Love ya!
2005-04-28
つらつらと
ここ数日、毎日の翻訳のノルマがこなせないでいる。忙しいのと、あとちょっと集中力を欠いているかなという感じ。それに春になると、やっぱりケンスケを外に連れ出してあげたくなるので、昼間はなかなかパソコンの前に座れない。
昨日もケンスケを連れて公園に行って、一緒にかくれんぼをした。何回か交互に隠れたり探したりしているうちにケンが「ママ、探すのが難しいところに隠れて」と言うので、滑り台の滑りおりるところにペッタリと横になって隠れた。案の定ケンスケには難しかったのか、いつまでたっても見つけてくれない。おかしいな、と思ってちょっと首を持ち上げて様子を伺うと、ケンはいつの間にか、持って来ていた三輪車でその辺りを乗り回している。黙ってそのまま見ていると、今度はジャングルジムに登り、それからうんていにぶらさがったりして、一人でご機嫌で遊んでいる。あれあれ、かくれんぼはどうなっちゃったの? 滑り台にペッタリ横たわっているところなんか、誰かに見られたら恥ずかしいんだから、ちゃんとかくれんぼしてるんだとわかるように探してよ。しかもその滑り台はまっすぐのやつではなくて螺旋状のもの。螺旋状の滑り台に横たわっている大人なんて、傍から見たらどうしたって奇妙に違いない。ついにしびれをきらした私は起き上がって、そっとケンスケの側に近寄った。「ケンちゃん、もうママのこと探すのやめちゃったの?」と急に声をかけると、彼はビクッと身体を硬直させてから、慌てたように、「今から探しに行く所だったんだよ」などと言い訳をする。言い訳なんかするところが可愛いね。まぁそれだけの話なんだけど。平凡な日常です。
今日はタウンゼント博士の秘書さんからある件でメールが来た。そしてやり取りのついでに時差ぼけの話で盛り上がった。私は今回は3週間もかかってしまったが、先生も苦労されたらしい。日本でも大変だったしね。
先生は今執筆中の本の締め切り間近でお忙しいそうだ。今回の本はお一人で執筆のもの。クラウド博士と二人で執筆されるときは、どのようにするんですか?と3月にお会いしたとき、先生に聞いてみたことがあった。まず二人で顔を付き合わせて、本の構成と目次について徹底的に話し合うのだそうだ。この部分はとても大切なので、かなり時間をかけてこの作業をするとおっしゃっていた。それから出来上がった目次を見ながら二人がそれぞれどの章を担当するかを決める。「僕はこの章を書くよ」「じゃあ、僕はこっちの章を書こう」みたいな感じに、分担はわりとさらさらっと決まるらしい。クラウド博士とタウンゼント博士は大学院時代のルームメート同士だったそうで、もう随分長い付き合いになるはず。二人で共同するお仕事と、個々にやるお仕事のバランスも取れているようで、まさに健全な境界線を持っているお二人ならではのチームワークなのでしょうね。8月にはクラウド博士がシカゴ(ウィロークリーク)に来ることになっているので、その時にお目にかかれたらいいな。
さて、もうひと頑張りしないと、今日のノルマも終わらなくなっちゃう。
Matthew
忙しい中で、ケンスケくんと遊ぶのも、心和むひと時になったのでは?なんて思いながら読みました。私はSingle
Matthew
途中で送信しちゃいました^^;えっと、Single motherで働きながら、息子のボンボンと生活しています。仕事は大好きなんですけど、忙しいんですよね〜。でも、短い休みの中で、ちょっとでもボンボンとゆっくりした時間を持つと「よし!頑張るか〜^^」という気持ちになれて、活力源になってます☆
Karo
中村ファミリーのファンのひとり、Karoです。お忙しい毎日、お疲れ様です。お身体を大切に日々、お過ごしくださいませ。お疲れを充分にとっていただいてから、翻訳のお仕事をして下さいませ。ご健康をお祈りしています。
のお仕事が
Karo
(上記の最後にある「のお仕事が」の部分、間違えました。ごめんなさい。)
はちこ
Matthewさん、こんにちは。Matthewさんは女性の方だったのですね! お子さんはおいくつですか? 外で働きながらの育児は大変でしょうが、守りと祝福がたっぷりありますように!日本は今、GWですよね。息子さんとゆっくりする時間が持てるといいですね。
Karoさん、こんにちは。アメリカは4、5月が年度末に向かうところで、母親にとってはこの時期が一番、学校関係の行事で忙しくなる気がします。でも、6月になったら夏休み♪
応援ありがとうございます!
2005-04-27
ヨハネ21章と「リカバリー」
今日はピョコピョコwalkさんからトラックバックをいただいた。早速見に行ったらそこにはヨハネ21:4−14の記事について、こうあった。
漁は空振り、なにもとれない、くたくたの彼らに、jesusは声をかける。
弱さ責めるのではなく、jesusとわかる奇跡に、アドバイス。
そして、あたたかい炭火で焼いた魚に、パンを用意してくださっていた。
復活された体に、食事が必要なのかわからないが、必要とする人たちと一緒に食事をするjesusの姿が心に深く残る。
その後、お腹を満たした後、jesusはペテロの心の傷を会話の中でいやされる。
「復活された体に、食事が必要なのかわからないが、必要とする人たちと一緒に食事をするjesusの姿が心に深く残る…」私もイエスさまのその姿に思いを馳せ、朝から涙ぐんでしまった。
今まで考えたことなかったけど、もしも不漁と徹夜でくたくたのペテロに、いきなりイエスさまが「わたしを愛しますか」と聞いていたとしたら、イエスさまの言葉はペテロには重すぎてとても受け取れなかったかもしれない。イエスさまを知らないと3度も言ってしまった後で、ただでさえ自己嫌悪に陥っていたに違いないのだし。ここでのイエスさまとのやり取りはペテロの癒しと回復にとって必要なプロセスだったのだろうけれど、だからといっていきなりイエスさまがたたみかけていたら…? でも、イエスさまはそうはしなかった。まず食事をして、炭火を囲みながら心安らぐ交わりをして、ペテロの疲れた身体と心を解きほぐして、それから彼の霊の深い部分に触れられた。 何か、「リカバリー」の働きの本質がここに見えるような気がする。
ピョコピョコwalkさんの素晴らしい気づきに、私も恵みを分けていただきました。どうもありがとう!
ピョコピョコwalk
TBありがとうございます。紹介されると肩に力が入ってしまいそうなのですが、すべて上から感動や、深い理解が聖なる方によって味わえたモノなので、素直に主に感謝です。jesus最高です。
「リカバリー」の働きの本質が、
>疲れた身体と心を解きほぐして、それから彼の霊の深い部分に触れられた。
と書かれたところに、適応を気がつかされました。
人との関係で、相手の必要を聞いてあげることはそれだったんだ!って。(すみません。あたりまえのことを‥)聞くだけに終わって、そこから大事なステップに、本質に触れないままで終わってしまっていることが多いことを気がつかされました。こちらこそありがとうございました。
はちこ
ピョコピョコwalkさん、一つの気づきがまた次の気づきにつながり、こうして共にjesusに触れながら一緒に成長させていってもらえる… キリストの身体の醍醐味ですね!
まさに「そのお方によって、からだ全体は、一つひとつの部分が各自の働きをなすことにより、また補強するたえのあらゆる結び目によって、つながれ、組み合わされ、成長して、愛のうちに自らを建て上げるのです」(エペソ4:16)ですね!
2005-04-25
Incarnational needs
夕べ書いた日記に、少しだけ加筆しました。それから、「肉的な必要」という表現は誤解を招くかもしれないので、ちょっとだけ説明を加えます。ヨハネ1:14には「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」とありますが、この「ことばは人となって」の部分は、英語では「The Word became flesh」(flesh=肉 原語でも「肉」を意味する単語が使われている)となります。神学者はこれをIncarnation、すなわち「受肉」と言いますね。「肉的な必要」(クラウド&タウンゼント博士は「Incarnational needs」と表現していました)とははいわゆる「肉の欲」のことではなく、私たちが人間としてこの地上で生きていくにあたって必要なもの、神さまが人を肉をもった存在としてお造りになられたときに、それを維持するために神さまご自身が組み込まれた必要、というような意味です。
人間は肉的存在でもあり、肉的必要がある、なんて言うと、「それでは『自己を否む』はどうなったんだ? 肉は十字架につけるべきではなかったのか?」と思われるかもしれませんが、イエスさまが人としてこの地上に生きておられたときに必要としていたものなら、私たちもまた、イエスさまと同じようにそれが必要なのだということです。
上沼昌雄先生の「ウィークリー瞑想」
今日の午後メールで配信されてきた上沼昌雄先生の「ウィークリー瞑想」でもイエスさまの「受肉」に触れられていてあっと思った。以下、抜粋。
「わたしについて来なさい」といわれたイエスが私たちと同じ肉を持ってくださったので、肉を持つ私たちの弱さや苦しみや罪をよく知っていました。罪人たちと食事をすることはイエスにとって自然なことでした。私たちのまっただ中に来てくださったのです。遠くから私たちを招いておられるのではないのです。罪に苦しみ、弱さに落胆している私たちの真ん中に来て「わたしと一緒に歩こう」と言ってくださっているのです。その道は十字架の道ですが、イエスと一緒に歩くことができるのです。
アーメン。クラウド&タウンゼント博士の著作に感じることは、まさにこのイエスさまの視点とも言えるかもしれない。イエスさまはご自身も肉になられたために、私たちの苦しみ、弱さ、誘惑、必要をよくわかってくださるお方。そして恵みをもって私たちを包容し、真理をもって教え、諭し、解放してくださるお方。ちなみに、先に言及したヨハネ1:14の全文はこうなっている。
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハネ1:14)
栄光の主、イエスさまの御名を讃えます!
msasaki
「身体的な必要」という言い換えはどうでしょう。
はちこ
msasakiさん、コメントありがとうございます!
Incarnational needsと著者が言うとき、そこには身体的な必要だけではなく、たとえば感情的必要、関係的必要なども入ってくるのですよね。言い換えるとしたら「人間としての必要」かなぁ… 訳語に迷ったら、ここで皆さんの意見を聞いてみるというのはいいですね。 これから時々聞くかもしれません。よろしくお願いします。(^^)
msasaki
なるほど。難しいもんですね。「霊的」に対する「身体的」の場合は感情や関係性も含まれると思いますが、単に「身体的必要」という言葉が出てくると、確かにからだの必要程度にしか聞こえませんから、著者の意図する意味とは違いますね。
はちこ
上沼先生からもメールでコメントをいただき、「受肉的必要」としたら堅過ぎるでしょうか、とのことでした。確かに、著者はあえてIncarnationalとしているのだろうし、この場合は意味を汲んで言い換えてしまうより、そのまま「受肉」という表現を残す訳にした方が適切かもしれないですね。
ピョコピョコwalk
あまりにもジャストにあじわうことができたので、トラックバックさせていただきました。翻訳の油注ぎお祈りしています*^^*
パンを見ていただけたんですね。うれしいです。分量アバウトなので、冷凍庫に眠っているパンの失敗作も‥
2005-04-24
今やっている翻訳
『12 "Christian" Beliefs That Can Drive You Crazy --Relief from the False Assumptions』という本を翻訳している。今回もクラウド&タウンゼント博士の著作。彼らの著作の何が素晴らしいかといえば、彼らは「人間」というものを、本当に聖書的にとらえていることだと思う。つまり、人間は「霊的」な存在であると同時に身体と魂(感情・知性・意志など)を持った「肉的」な存在でもあることを正面から見据えているということ。
この世の心理学は人間を後者のようにしか見ていないし、いわゆる「スピリチュアルな」キリスト教の書物はしばしば人間の肉的な性質から目を背け、霊的な部分でしか人間を捉えようとしていないように感じる。結果として、セキュラーな心理学は人間の行動や思考パターンに関する豊富な観察とデータの集積という点では貢献してくれるけれど、人間の根底にある霊的な必要にまでは手が届かず、本当の解決は与えてくれない。一方人間を霊性からだけで語ろうとすると、確かに正しいことを言っているようなのだけれど、受け取る側としては何かが自分の実際の経験や生活とは噛み合ず、それは私が充分霊的でないからいけないのかな…という気にさせられる。
しかし、イエスさまは「受肉」した神だ。100%神でありながら、100%人間でもあったイエスさまは、人間の霊的な必要と肉的な必要の両方をご存知であられた。そして聖書は人間を確かにそのような存在として語っている。クラウド&タウンゼント博士の著作は、そのことを読者に思い出させてくれる。人間の霊と魂と身体がどのようにつながっているかを理解した上で、私たちが日々の生活で直面する諸問題への解決の糸口を教えてくれる。人間はいのちのパンも必要だけれど、小麦粉のパンも紛れもなく必要なのだ。イエスさまは群衆の霊をいのちのパンで満たしただけでなく、身体もまた実際の食べ物で満たしてくださった。イエスさまは私たちの両方の必要をご存知であり、それを満たすことのできるお方。実際弟子達には(私たちにも)「日ごとの糧」を求めて祈る事ことも教えられた。しかしキリスト教「的」考え方のなかにどっぷり浸かっていると、小麦粉のパンを必要とすることがあたかも罪であるかのように思えてくることがある。でもそれは聖書の教えていることではなく、あくまでキリスト教「的」な考えだ。
『12 "Christian" Beliefs That Can Drive You Crazy』はクリスチャンを混乱させ、みじめな「クルシチャン」にさせてしまうような、12の間違ったキリスト教「的」信念(思い込み)を斬り、聖書が実際には何と言っているかを教えてくれる本です。夏の終わりまでには翻訳が完成すればいいなと思っています。 今回の翻訳の上にも主の助けと守りがありますように!
ぢみにやってゐます
ぼ | |
先週は、教えているクラスの半数が球の表面積の公式を知らないという現実に強い衝撃を受けて、4日間ほど気分がすぐれなかったが、やっと少し落ち着いてきた。この件に関してはとにかく愕然としたので、学生たちには正直に「このような基本的な事項を理系の諸君が知らないということに深く失望した」と伝え、「いったい君たちはどこで幾何学を学んできたのか」と問いただしたところ、3人ほど講義のあとで「勉強が足りませんでした」「講義の外で自分で補習します」と言ってきたが、2人は次の講義から姿を見せなくなってしまった。講義に必要な予備知識が足りないことを自覚して自ら去っていくのであれば、無理をしてレベルの合わない講義を消化しようとするよりずっと健全だが、それにしてもアメリカ人の大学生の基礎知識は日本のゆとり教育の結果と大差ないということか。2人のうち少なくとも一人は本年度の卒業予定ではないので、仕切り直しをして来年また戻ってきてもらいたいものだ。このようにして学期が進むにつれ、クラスの規模がだんだん小さくなっていく。
きのうはみぞれまじりの空模様のもと、ま〜やがこの春から始めたばかりのサッカーの初めての試合を観戦しに行った。小学校1、2年生の女の子のチームだが、体の小さいま〜やは2年生でもあまり存在感がない。足もそれほど速くないし、ボールに対する執着があまりないので、チームへの貢献度という点ではまだまだだ。それでも何回かはボールに触ることができ、15分間ゴールキーパーもやらせてもらえて、すっかりご満悦だった。さいわいチームメートに何人か優秀なプレーヤーがいて、試合は2対1で勝った。帰宅後はちことま〜やの会話。
は 「サッカーどうだった?」
ま 「うん、すんごいたのしかった!ゴーリーもやった」
は 「で、ま〜やのチームは勝ったの?」
ま 「知らない」
ぬわ〜んと、まるで大局が飲み込めていないま〜や。

Eph
今はちこさんが取り組んでおられる翻訳、内容的に興味深いです。
根拠のない「キリスト教的考え」に縛られず、本当に霊肉ともに
神様の前で自分を大切にして生きること、これ、現在の自分にとって
clearしたい課題なので・・・。
本当に、今度の翻訳も主イエス=キリストの祝福がありますようにお祈り申し上げます。
肉的な教会
私たちの教会は最も「肉的」な教会かもしれません・・・・・なぜなら焼肉屋が教会になったからです。・・・すみません!!まじめな記事にとんだ冗談を・・・
はちことぼぼるさん大阪に来られたら是非お立寄りください。
くじらえつこ
こういう書き方をすると、誤解されるかもしれませんが・・・。
実は、私は時々キリスト教会のある一部のスタイルにウンザリすることがあります。
自分が人間である事を忘れて、極端にアンバランスな勢いを押し付ける人々です。
SSの教師が、「悩む友のために実際にいつでも死ねるようにこころと環境の準備を
しておきましょう」といい、いつ召されてもいいような準備をするよう教えたり・・・。
思うように行かないのは、全部悪霊のせいにしたり・・・。
普通の人が聞いたらつまづきそうな話。
それって、正常な人の教える教えなの?っと尋ねられることもあります。
もちろんすべてが誤ってるなんて思わないけど、けっこう極端な意見を大きな声で
言うほうが、信仰的に聞こえてしまったりする。
完全であろうとするあまり、人間の自分をないがしろにして、心が病む方もおられる。
おお〜い!! なにか、へんじゃないかぁ〜〜??って思うことあるんです。
すいません・・・書きたいことかいちゃった・・・
はちこ
皆さん、コメントありがとうございます。
キリスト教が他の宗教とは違うところは、人間である私たちが何らかの形で「神のごとく」なるのでなく、「神が人間になってくださった」ところだとクラウド&タウンゼント博士は言っています。私たちは「人間」のまま、つまり人間としての必要や苦しみや痛みや葛藤を持ったまま、神の前に出て、神との関係を回復することができるんですよね。より「霊的」になろうとして、人間としての自然な営みを止めたり歪めたりする必要はないのです。 今翻訳中の本は、さまざまな間違った「キリスト教的」思い込みを指摘するだけではなく、それについて聖書は実際に何と言っているのかを教示してくれます。翻訳しながら身につまされたり目からウロコだったり… どうぞ完成を楽しみにお待ちくださいね! お祈り感謝します。
2005-04-23
ほうれん草のポタージュ
中途半端に余ったほうれん草と半分に切ったタマネギ、それに夕べ作ったビーフストロガノフの残りの生クリームがあったので、じゃがいもを足してポタージュを作った。ミキサーを出すのがちょっと面倒だったけど、一手間かけるとやっぱり俄然美味しいものができるね。満足。
今日のシカゴはめっきり寒くて、みぞれが降りました。こんな寒い日は、あったかいポタージュが一番だねー。
リカバリー・セミナー2005:バウンダリーズ CD/DVD
先日のリカバリーセミナーのCD/DVDができたようですね!パーパス・ドリブン・ジャパンさんのHPに案内が出ています。
なお、このDVDはリージョンフリーのはずですから、日本国外にお住まいの方でも大丈夫です。
関連記事
- セミナー四方山話(その1〜5)
- リカバリーセミナー:バウンダリー(講師の先生たちのインタビュー記事などが読めます)
ピョコピョコwalk
スープ美味しそう。この手間は尊敬です。
スープをパンと食べるのが大好き。お腹が減ってきました。
リカバリー・セミナー2005には、残念ながら行けなかったのですが、
このblogから情報いただいて聴講のおこぼれに与っている感じです。
これがひと手間かけたスープのよう。いのちのパンと一緒にいただきます。
リンクはらせていただきました。ありがとうございます。
はちこ
ピョコピョコwalkさんのパンも美味しそうではないですか! 写真、拝見しましたよ。私はパンは、パン焼き器を使ってもなぜかうまく焼けない人で、どうもパンとは相性が悪いみたい。(笑) リンク、ありがとうございました! (^^)
2005-04-22
クリスチャン・ケア・ネットワーク(C.C.N.)
神戸ホームチャペルの「かずくん」こと魚住和嗣牧師が、「クリスチャン・ケア・ネットワーク」という、リハビリテーション・介護(ケア)の分野で働くクリスチャンの情報交換と祈りを主な目的としたネットワークを始められました。先生ご自身、作業療法士としてリハビリや介護の現場でも働いておられます。「医師、看護士、理学療法士、作業療法士、介護福祉士、ホームヘルパー、ケアマネージャー、生活相談員、施設経営者の方、ボランティア、家族の立場で介護にあたっておられる方、教会として介護や障害をもたれる方の支援にかかわっておられる方その他、関心のある方はどなたでもご参加ください」とのことです。この日記をご覧になっている方のなかにも、この方面のお働きをなさっておられる方がいらっしゃいましたら、是非下記のページをご覧になってみてください。有益で祝されたネットワークが広がりますようお祈りしています!
King of Glory
今朝から何度も聞いている曲。クリス・トムリンのアルバム 『Arriving』に入っている「King of Glory」。
私の大好きな御言葉、詩篇24:7−10をモチーフにしていて、歌詞がとてもいい。(というか、ほとんど御言葉そのままなんだけど。)
朝、起きて来てからずっとこの曲をBGMに流していて、それから聖書を開いて読んだ箇所はイザヤ40章だった。特に9−11節が心に響いた。
シオンに良い知らせを伝える者よ。高い山に登れ。
エルサレムに良い知らせを伝える者よ。
力の限り声をあげよ。
声をあげよ。恐れるな。ユダの町々に言え。
「見よ。あなたがたの神を。」
見よ。神である主は力をもって来られ、
その御腕で統べ治める。
見よ。その報いは主とともにあり、
その報酬は主の前にある。
主は羊飼いのように、その群れを飼い、
御腕に子羊を引き寄せ、
ふところに抱き、乳を飲ませる羊を優しく導く。
力をもってやって来られる栄光の主。強く、力ある主。
私も力の限り声をあげたい。
「見よ。あなたがたの神を!」
そして、力の限り、主を誉め讃えて歌いたい。
♪Who is this King of glory?
The LORD strong and mighty
There is one God, He is Holy
There is one Lord, Lord of everything
There is one King, He is Jesus
King of Glory, strong and mighty....
(ちなみにこの曲はここで試聴できます)
ふぅきぃ
King of Gloryっていえば、Third Dayも同じタイトルの曲がありますね
♪Who is this King of glory that persues me with His love
And haunts me with each hearing of His softly spoken words
My conscience, a reminder of forgiveness that I need
Who is this King of glory who offers it to me
かずくん
はちこさん。CCNを紹介してくださりありがとうございました。さっそく、一番乗りしてくださいました方がいます。感謝です。栄光の主、強く、力ある主。私たちをふところに抱き、優しく導いてくださる方。励まされます。
2005-04-21
ユースパスター決まらず
2週間前にうちの教会を訪れたユースパスター候補は、結局むこうから断ってきたらしい。彼はメッセージは上手だったし、ユースパスターとしての実績もあった人なので、がっかりと言えばがっかりだけど、実は私は個人的にはがっかりしていない。彼を見た瞬間から何だか違うような気がしていたので、彼に決まらなかったと聞いて「やっぱり」という気持ち。
前任のパスターは素晴らしくて、彼がいた五年の間にうちのユースグループは大きく成長した。そして彼がいなくなったあとも、さらに急激に成長を続けている。つい2週間前も、3人の高校生がイエス様を受け入れ、そのうち二人は初めて教会に来た子だった。神さまはこのグループのために選り抜きの器を用意しておられるのは間違いないのだから、期待しつつ祈り続けよう。
みぞっぺ
ハハハ。こんなになるまで放置しちゃうなんて、まるで私を見ているようです。(手抜き主婦の会代表)ここまでくるともはや「チューリップ」とは呼べないかも。何か別のネーミングを考えましょう。
はちこ
あ、一発でわかっちゃいましたね。みぞっぺさんも経験者ですか?(笑)処分しようとしたのですが、主人が「いいじゃないか、これはこれでいい味出しててきれいだよ」と言うので、しばらくこのままにしていました。(苦笑)でもこうなると、ほんとにもう「チューリップ」とは呼べないですね。(笑)何か、いい名前ないですか?
ふぅきぃ
すいません、ご無沙汰してました。
ってゆーか、いつの間にかレイアウトとか色々変わっているではありませんか!
僕も日本語オンリーのブログを始めたのでよろしくお願いします。
http://fooky11.exblog.jp
ここへのリンクをはってもいいですか?
はちこ
おお、一瞬誰かと思った。リンク、もちろんどうぞ! 私も時代の流れにのってブログにしてみたのヨ。卒業に向けて忙しくしてますか?
ピョコピョコwalk
?!?黄色いアネモネかと思いました。二度楽しめるとは…チューリップがさらに好きになりました。御主人様の感性すばらしい。ネーミング…「チュリモネ」「シダレチューリップ」…うーん
よかったら…私もリンクを、はらせていただいてもよろしいですか?
本当に充実していて、人に紹介したくなるサイトにblogです。
はちこ
「チュリモネ」可愛い! いいですねー。私は、ちょっと百合に似てるかなと思ったので「チューリリー」とか思ってましたが、チュリモネの方が可愛い。明らかに自分の最盛期を過ぎて、衰退の一歩手前まで来ていながら、それでもなお美しくあろうとしているかのようで、なんだかいじらしくて処分できなかったんですよ。主人の言う通り、確かにこれはこれで悪くないと思って。でも、今朝起きたら花びらが何枚か落ちていたので、いよいよお別れかな。名残惜しいけど。今年も楽しませてくれてありがとね、の気持ちです。それから、リンク、もちろんオーケーです。感謝です。(^^)
みぞっぺ
神様は必ず私達の祈りを聞いてくださっていますが、答え方は yes, no, waitの3種類とメッセージで聞きました。今、ピッタリの方が与えられて、私達みんな喜んでいるところです。ここにたどり着くまでのプロセス、いろいろあったけど、ローマ8:28そのままだと納得しています。はちこさんの教会でも、絶対この人!というようなパスターがいらっしゃることでしょう。最善を成して下さる主にお祈りします。神様の答え、楽しみですね!
2005-04-20
Nothing is too small or too big for God
今夜のミッショネットでの出来事。レッスンの途中、アネットがおもむろに手を挙げて青ざめた顔で言った。「ポケットに入れておいた携帯がなくなっちゃったんですけど、廊下に落としたかもしれないんで探してきていいですか?」 携帯をなくしたんじゃショックだろうと思い、「いいよ」とすぐに行かせてあげた。しばらくすると、肩を落として戻って来て、「なかった…」 最後に確認したのは教会に来る途中の車の中だと言うので、落としたとしても教会のどこかか、車の中のはず。
「じゃあ、みんなで祈ろう。神さまは私たちの生活の全てに関心を寄せておられるんだもの。私たちが何を祈ろうと、神さまにとって小さ過ぎることも大き過ぎることもないんだからね」レッスンを一旦中断して、みんなで祈った。祈ったらアネットは俄然希望が湧いたのか、「もう一度階下に行って、事務室に落とし物として届いてないか、聞いて来る!」と立ち上がった。足早に教室を出るアネットの後ろ姿を見ながら、見つかりますように、と私は心の中でもう一度祈った。でも、戻って来たアネットの表情は暗かった。仕方がないので、とにかくレッスンを再開しようとしたちょうどその時、ブリアナの携帯が鳴った。
かけてきたのはブリアナのお母さんで、車の中にアネットの携帯があったよ、との知らせだった。それを聞いたとき、私たちはみんな一斉に「キャー! Thank you, Jesus!」と叫んだ。些細な出来事かもしれないけれど、こういうことの積み重ねって信仰生活には大切だよね。女の子たちにはとても励ましになったと思うし、私も励まされた。神さま、本当にありがとうございます。
アネットが初めて教会に来たのは去年の大みそかのユースグループのイベントだった。そして2月初めのミッショネットのウィンターキャンプでイエス様を救い主として受け入れた。ブリアナのお母さんがアネットをいつも教会に連れて来てくれるおかげで、彼女もすっかり馴染み、霊的にもどんどん成長している様子が手に取るようにわかる。まさに乾いたスポンジが水を吸収するようで、半年前にはイエス様のことを全然知らなかった子とはとても思えない。今日、先月買ってあげた聖書につけるための聖書カバーを買いに、アネットを連れてキリスト教書店に行ったのだけど、その途中の車の中で、ケンがなぜか「神さまはどうして人間を造ったの?」なんていうやけに意味深長な質問をした。そしたらそれに答えてアネットは「Because He wanted to love someone」と言ったので、私は唸ってしまった。あぁ神さま、あなたのさらなる恵みと祝福がアネットの上に、そして他の子たちの上に、豊かに豊かにありますように!
VIP Chicago
VIP Chicago(シカゴ近郊のクリスチャンビジネスマンの会)の方からお招きを頂いて、来月の例会でバウンダリーズについてお話をさせていただくことになっている。今日打ち合わせの電話がかかってきて、会自体は2時間、話はだいたい1時間と伺い、ちょっとあせってしまった。1時間も話せるのかなぁ。この件は快諾させていただいたものの、実は人前で話すのはすっごく苦手なんです、私。まだ1ヶ月先のことだけど、祈って備えよう。
千葉のF子
子供達への働きって、特権ですよね。 イエス様は、子供達が大好きなんだなって、思います。女の子達とはちこさんがさらに、ミッショネットで、すばらしい体験を重ねられますように。VIPクラブでの働きも、紅一点? イエス様の麗しい香りを放って、祝福されますよう、お祈りしていますね。
Tomoko
はちこさん、昨日の夕方4時半頃、「はちこさんの為に祈りなさい」と神様から示されました。その時は何を祈ったらいいのかわからなかったのですが、このミッションネットについて祈ることだったのかな・・・と今思います。
もしブリアナのお母さんがアネットの携帯のことで、皆が祈る前に電話をしてきたら、「キャーThank you Jesus」という歓びはなかったと思うし、もしミッションネットが終わってから電話をしてきたら、皆で歓び合うこともなかったし、本当にイエス様のタイミングはパーフェクトだな〜と改めて感じました。はちこさんの言葉を借りて表現するなら、Nothing is too early or too late for Godですね。
hiro
子供達への働きは、特権…そうですね。そして、主を限りなく信頼できることはクリスチャンの特権ですね。
以下は はちこさんへの私信 となってしまうかもしれませんが、その信頼に立って、信仰者同士はもちろん、子供達からも、患者さんからも(私は医療従事者なので)、そしてノンクリスチャンからも学ぶことが出来る。幸いですね。胸にストンとおちました。
遅ればせながら、hiroと申します。このようなお分かち合いの出来ること、感謝です。どうぞ よろしくお願いします。
かずくん
人が救われ、成長してゆくこと。神様のタイミングはすばらしいですね。VIP Chicagoでのメッセージのことお祈りさせていただきます。僕も聞きたいな〜。
はちこ
F子さん、Tomokoさん、hiroさん、かず先生、コメント&お祈りありがとう!
F子さん、ほんとにイエス様は子供たちが大好きですよね。F子さんの子供のミニストリーにおける賜物がさらに生かされるよう、祈っていますよ!
Tomokoさん、その時間(シカゴでは3時半ですね)、ちょうどアネットを車で家に送っている最中だったのですが、3:45分頃、左折するときに対向車とぶつかりそうになったのです。無事すり抜けたのですが、結構危なかったです。Tomokoさんのお祈りのおかげかもしれないですね。 ありがとう!
hiroさん、ようこそ! パウロは「労苦して弱い者を助けなければならない」と言っていますが、hiroさんのお働きはまさにそういうものですよね。かず先生や他の同じ重荷を持たれる方たちと、良いネットワークが築けますよう、祈ります。
かず先生、クリスチャン・ケア・ネットワークのこと、また後でこのブログでも紹介させていただきますね。 Many blessings to all!
大塚
VIPシカゴで証しとのこと、お祈りしております。国内外で5-60箇所に
広がっているVIP、離れて数年になりますが祝されているようです。
PS Aさん元気にしています。海外出張もしばしばで多忙のようです。
はちこ
大塚さん、お久しぶりです。お祈りありがとう。ご家族の皆さんはお元気ですか? Aさんにもよろしくお伝えくださいね。特にシカゴに来る事があれば是非ご連絡下さいと。
2005-04-19
いい陽気
ここ数日のシカゴは、初夏並みの天候でとても気持ちがいい。昨日など28度まで上がった。庭のチューリップもきれいだし、もうすぐ姫リンゴも満開になりそう。4月でこんなに暖かいのは珍しい。でも、あさってあたりからまた寒くなるらしいけど。 日本は今頃、菜の花がきれいな時期かな?
2005-04-18
キットカット、もっと
ご当地もののキットカットに非常に興味をもち、ちょっと検索してみました。北海道の「夕張メロン」の他に信州限定の「信州りんご」というのもあるようですね。他にもあるのかなぁ。あと、ご当地ものではないけれど、期間限定として去年は「レモンチーズケーキ仕立て」というのもあったそうで。うーー、なんて美味しそうなんだっ! 今年も何か新しいのがでるのかしらん。気になる。
あと、「北海道ミルク」というのはホワイトチョコ味のことで、これは全国版なんですね? やっぱりアメリカのホワイトチョコより美味しいのかなぁ。
神戸ホームチャペル
神戸で開拓伝道をされている魚住和嗣先生という方から、先生のブログではちこ訳の「平静の祈り」を引用しましたとご連絡をいただきました。『バウンダリーズ』や『スモールグループから始めよう!』も読んでくださっているようで、感謝です。(^^) せっかくお互いに「ブログ」をやっているので、ここは一つ、「トラックバック」とやらに初挑戦してみることにします。「トラックバック」というのは、ブログの記事と記事を相互リンクでつなぐ事、という理解でいいのかな。
魚住先生は、小グループ活動など人々とのふれあいのもてる活動をし、介護や子育て支援の分野にも力を入れることを目指しておられるそうです。先生のお働きが豊かに祝されますように!!
ふかちん
どうも、はちこさん、こんばんは。
へー、平静の祈りの全文って、そうなっていたんですね〜。
私は、最初の4行しか知りませんでした。
なかなか奥深い祈りだと思います。
魚住和嗣
このたびはトラックバックをありがとうございました。ブログをはじめて数日の私。トラックバックの意味も知りませんでした。こういうふうになるんですね。記念すべき初めてのトラックバックを長年翻訳所や日記を拝読させていただいていました「はちこさん」からいただけるとは本当に感激です。私たちの働きのためにもお祈りいただき感謝いたします。これからもよろしくお願いいたします。
魚住和嗣
誤字がありました。すみません。「翻訳所」→「翻訳書」
みちこ
千葉のみちこです。平静の祈り、リンクさせていただいてます。感謝です。
キットカット、この冬は期間限定で有名パティシエのパッションフルーツ味もありました。おいしかったです。
はちこ
ふかちんさん、魚住先生、千葉のみちこさん、コメント感謝します。(^^)
パッションフルーツ味ですか。日本のキットカットはいろんなのがあっていいですねぇ! うらやましい!
2005-04-17
私信
ぼ | |
中間試験の採点や講義の準備の合間を縫って、やっと春休み中からたまっていた学生や同僚からのメールに目を通し始めました。
3月13日付のIさんの質問メールにさっき返事を書いたのですが、住所不定で返ってきてしまいました。日記で失礼いたしますが、もしここをご覧でしたら、以下をもって返答とさせていただきます。
変数の無次元化によって演算子の正規性が変わってしまう、というご指摘ですが、変数を無次元化(スケーリング)することで物理が変わってしまうことはないはずなので、おそらく、風速と温度にそれぞれ独立の次元量を用いているのがまずいのだと思います。演算子の正規性はノルムに何を使うかによって変わり、ここでのノルムはエネルギー (1/2)(u^2+v^2+a T^2) です。ここでaは運動エネルギーと有効位置エネルギーの比に関する定数で、重力加速度や温度減率などの物理量によって決まります。速度u, vと温度Tを別々で任意の定数(たとえば秒速10メートルと5度など)を使って無次元化すると、無次元化された状態ベクトル空間でエネルギー比が変わってしまうことになり(つまり無次元化により状態ベクトルの大きさだけでなく、向きが変わってしまう)、これはとりもなおさずノルムが変わってしまうことを意味しますから、演算子の正規性に影響が出るのも無理はありません。有次元での状態ベクトルを(1/sqrt(2))(u,v,sqrt(a)T) とし、速度u, vを秒速10メートルで無次元化するなら、温度Tは (10m/s)/sqrt(a)で無次元化すべきです。セミナーのご成功をお祈りしています。
御名を讃えます
14日の日記でぼぼるパパが流体実験室の落成記念祝賀会について触れていたけれど、実はこれは私にとっては約2年にわたった祈りの答えであり、とても感慨深いことなのだ。
2003年の9月9日の日記に、私はぼぼるパパの仕事での行き詰まりについて書いた。当時のパパはシカゴにいることが苦痛で、悶々としていた。他所の大学に移ることも真剣に考えていた。詳しいことは9/9の日記に書いた通りなのだけど、そんなパパを見て、私は「もしも、シカゴでのセカンドタームがそろそろ終わって、次の地へ移るべきならばそのようにお語りください、その時にはシカゴでの暮らしはあなたの御手にお返しします、しかしそうではないのなら、ぼぼるパパの仕事を祝福し、彼がこの地でアンハッピーにならずにすむようにしてください」と祈っていた。それと相前後して、シカゴ大学の地球物理学科にパパが主幹となって流体実験室を建設することになり、パパは俄然忙しくなった。
それでも、忙しくなりながらも彼の中ではまだ迷いが払拭しきれないようで、また他の事情もいろいろあって、それから半年くらいはかなり精神的に厳しく、私たち夫婦はいろんなことに揺さぶられていた。神さまの御心は何なのか、自分の思い込みや勝手な期待によって神さまの御声を聞き間違えることがないように… 自分の心を探られつつ、主の御旨を求める日々だった。
実験室の建設も、なかなか一筋縄ではいかず、うまく行くかと思うとがっかりするようなことが起き、そんなことが何度も繰り返され、祈りつつ傍で見ている私は随分キリキリ、ハラハラさせられた。かなりいろんな障害が取り除かれ、いよいよか、と思ったときにもそれを頭から潰されるような悪い知らせが入ったこともあった。その時のことは去年の6月16日の日記に書いた。そして次の日、祈りのパートナーのH子さんと祈っているときに、この件のうえに主の御手が置かれていることをはっきりと確信し、天ではすでに神さまがことを成就してくださったことを知った。あとはこの世でもそれが実現するのを待てばいいばかりだとわかった。それまで私にまとわりついていたこの件に関する様々な不安や恐れから、そのとき完全に解き放たれた。
そうして紆余曲折を経て建設された実験室が、この6月、いよいよ完成して落成記念式典がもたれるのだ。この実験室は、かつてシカゴ大学で教鞭を取っていた有名な流体力学者、デイブ・フルツ博士の記念実験室として建てられた。「フルツ・メモリアル・ラボラトリー」だ。ぼぼるパパも書いていたように、式典には卒業生やその他、この業界で活躍している人たちが出席してくれるらしい。まぁ、式典はどうでもいいんだけど、とにかく、神さまがぼぼるパパのシカゴでの仕事を祝福してくださり、それによって御心を私たちに示してくださったのが何よりも嬉しい。
話が変わるけれど、今朝の礼拝のとき、ミッショネットの私のクラスの女の子たちが、最前列と2列目の座席をズラリと並んで陣取っていて、なかなか壮観な眺めだった。 それを見て私はThey are all my girls!! と思って、彼女たちのことが誇らしく、胸が一杯で、ただ主に感謝した。
だけど神さま、実験室も、この女の子たちも、あなたが私たちの手に委ねてくださったものだからといって、執拗に握りしめていたいとは思っていません。あなたが「手を放しなさい」とおっしゃるなら、いつでも放します。そしてあなたが「行きなさい」とおっしゃるところに、いつでも行きます。私が本当に握りしめていたいものは、あなただけです。私の目が本当に見つめていたいものは、あなただけです。偉大なる神さま、あなたの権威あるお言葉によってこの世は造られ、支えられています。その王なる主の御目が、小さな被造物にしか過ぎない私たちの上に注がれ、愛によって導いておられることに私の心は震えます。イエス様、ただあなたの御名だけに、すべての栄光と誉れとがありますように。
千葉のF子
こんにちは、いつも拝見しています、F子です。 ぼぼるさんのお仕事のことで、いろいろ悩まれていた日々の日記、覚えています。 すばらしい祈りの答えですね。励まされます。手放す事と従う事、従順に従った、その結果の実を主は確実に見せてくださいますね。 ハレルヤです!(ブログって、はじめて。ドキドキでした、でも、世界が広がって?ウレシイですう)
はちこ
F子さん、お待ちしておりました♪ お互い、年を取って来ると新しいものに対する敷居が高くて大変ですが、ゆっくり慣れていきましょう。(笑)数年越しの祈りでしたが、主は本当に真実なお方ですよね!
Eph
こんにちは。いつも日記には励まされております。
実は、うちも家族のことでここ半年ばかり信仰が試されているような
感じで、今も解決したとは言い切れない状態です。
でも、本当に神様におゆだねしているのだから、もう既に天では解決している
と信じ続けて良いのだなと、お証しを通して励まされました。
神様は真実であることに、ハレルヤ!
さえ
こんばんは。こちらの日記をよく読ませていただいているクリスチャンの女性です。
今日の日記で、自分が今思い悩んでいることについて、どう祈ればいいのか、少し示された気がします。ここにいつづけるのがみこころなら、アンハッピーにならないようにして下さい、と祈っていいんですね。ゆだねること、従うこと、天においてはすでに解決していること、etc., 希望が持てるようになりました。いつも真実でいて下さる神様と、その証しをしてくださったことに感謝です。
はちこ
Ephさん、こんにちは! ご家族の状況が主の御手の中にあることを信じて感謝します。信仰は試されてこそ強くなっていくんですよね。その最中にいるときは辛いこともありますが、この経験を通してEphさんご家族がますます主に近づき、ますます主の恵みに与ることができますように!
さえさん、こんにちは! あの時の私の祈りは、切羽詰まった状況の中で正直に自分の思いを主にお伝えしたものでした。ハッピーかアンハッピーかは、実は私たちの受けとめ方の問題で、神さまがどんなに祝福して下さってもなおアンハッピーに感じる人はいますよね。(ぼぼるパパも、せっかくの落成式典で、主幹として話をするのがイヤダイヤダと言っている… 笑)そして神さまの御心は、一時的には私たちに痛みを生じさせることがあるのも事実です。ですからアンハッピーにならないように…という私の祈りは決して「模範的」な祈りではなかったと思います。だけど神さまは、「正しい」祈りよりも、私たちの「正直な」祈りにもっと関心を持っておられると思うのです。ダビデだって随分情けない祈りをたくさんしてますよね。 さえさんの状況は私にはわかりませんが、悩みの中で主がさえさんに触れてくださり、霊的にも、また現実の状況においても、主の恵みと真実で満たしてくださいますように!
Eph
はちこさん、お返事&励ましいただいてありがとうございます。
さえさんへのコメントでの、
>「正しい」祈りよりも、私たちの「正直な」祈りにもっと関心を持っておられると思うのです。ダビデだって随分情けない祈りをたくさんしてますよね。
最近、『境界線』を読んで「最終決定するのは神様だけど、神様は私達が敬意を持って反対することを許されておられる」とあって、神様に積極的にコミュニケーションを取る姿勢が欠けていたなと反省させられました。
さえさんのためにもお祈りしますね。
はちこ
Ephさん、コメントありがとう!
神さまは、私たちが遠慮なく正直な気持ちをもって神さまとたくさん話をしに来る事を願っておられますよね。もし私たちが間違った思いに捕われていたとしても、祈りの中で神さまはそれを指摘し、対決し、正しい方向へと導くことのできるお方です。おっしゃる通り、お互い、安心して、積極的に神さまとコミュニケーションを取っていきたいですね!
ぼぼる
実験室建設にあたっては、たとえ神様といっしょでも私一人ではどうしようもなかったのが、大勢の協力者が与えられて感謝でした。
2005-04-16
ホワイトチョコのKitKat
去年くらいからだったかなぁ、ホワイトチョコ使用のキットカットが出回るようになった。ホワイトチョコもキットカットも大好きな私は、見つけた瞬間すぐに手を出して、以来すっかりはまっている。スーパーのレジの横に並んでいるので、ついつい買ってしまうのよねー。あと、ミントチョコ味のキットカットも期間限定で出ているらしいけど、まだ見た事ないなぁ。
嬉しかった事
木曜日の晩のこと。金曜日のミッショネットFun Nightの準備のために、何人かの婦人たちと教会に集まっていた。私は70代半ばのおばあちゃん(とはいっても、まだ元気で、若々しい素敵な人)と二人で、数ダースの風船にひもを付けるという作業をしていた。たくさんの風船が大きな袋に入って床のうえに置いてあって、私は腰を屈めては一つずつ風船をとってひもを付けていた。しばらくしたらおばあちゃんが、「こうしたらどう?」と言って袋を持ち上げ、大きなテーブルの上に風船を広げた。これならいちいち屈む必要がない。
「グッドアイディア! 私ったらどうして思いつかなかったんだろう!」と言うと、彼女は
「That's why we work together! (だから私たちは一緒に働くのよ)」とウインクをした。
That's why we work together... 彼女の言葉になんだか胸がジーンとした。
「You are right! We work together so that we can complement and enhance one another. That's what the body of Christ does!(その通りね! 私たちはお互いを補い合い、高め合うために一緒に働くのね。それこそまさにキリストの身体がすることよね!)」
二人でニコニコうなずき合いながら、幸せな気持ちで風船にひもを付ける作業を続けた私たちだった。
それからもう一つ。実は夕べのFun Night、みんはお家でお留守番だった。なぜかと言うと、みんの部屋がものすごく散らかっていたので、時間までに片付けないとFun Nightには行かせませんよと言ったのに、みんはだらだらして結局片付け終わらなかったのだ。出かける時になって、「私も行きたい」と半ベソになってるみんを置いていくのは私もとても辛かった。だけどここで行かせてしまっては、みんはいつまでたっても学ばない。だいたい私は今までも、○○しなかったら××ですよ、と言いながら、子供が約束通り○○をしなかったときについ余計な情けをかけてしまい、××しないで済ませてしまうことが何度かあった。本当はそれはいけないんだよね。言ったことはきちんと最後まで通さないと、子供のためにもならない。それで昨日は心を鬼にして、みんを置いて行った。
だけど教会まで行く道すがら、厳しすぎたんじゃないだろうかとか、ついくよくよ考えてしまって、気持ちが沈んだ。教会に着くと、案の定皆が「あれ、みんはどうしたの?」と聞く。私は泣き出しそうになりながら正直に事の次第を話した。「みんには可哀想だったけど、私だって辛かったのよ。でも言ったことはちゃんと実践しないと、いつまでたってもみんも学ばないし」 するとミッショネットのクラスで私のパートナーでもあるベッツィーが「その通りよ。はちこは正しいことしたわよ。辛い気持ちはよくわかるわ。躾けるって、親の方が辛いのよね。でも、はちこのしたことは正しかったわよ」と励ましてくれた。この言葉にどれだけ救われたことか!
境界線を引き限界を設けることは相手にも自分にも痛みをもたらすものだと、この日記でも何度か書いたけれど、言うは易く行なうは難し。特に相手が子供だとなおさら。だけどこうして一緒に立って支えてくれる人が身近にいるとはなんと感謝なことだろう。育児も一人でするものではないなとつくづく思った。
みんはと言えば、私が帰宅すると「部屋、ものすごくきれいになったよ! すごく久しぶりに机の表面が見えるようになった。」どれどれ、と見に行くと、おお、新しい家に引っ越したかのように片付いている。こうでなくっちゃ。本人も満足そう。そして彼女はこう言った。「あのね、ママが出かけてる間に、パティから電話がかかってきて、明日パティの教会のユースグループのボーリングパーティーがあるんで一緒に行かないかって誘われたんだけど、行ってもいい? 本当は前から誘われてたのを、すっかり忘れてたの。」 もしもこの晩私が変な情けをかけてみんを教会へ連れて行っていたら、みんの部屋はまだ片付いてなくて、ボーリングパーティーに行かすわけにはいかなかったけど、ちゃんと片付け終わっていたので、もちろんオーケーだよと許可をあげることができた。みんは大喜び、私も嬉しかった。神さまの恵みを感じた。
今夜は、夕食の支度をしながらここ数日の神さまの恵みを反芻していたら、もう涙が流れて流れて。泣きながら野菜を刻んだり炒めたりしていた私の姿は、他人が見たらさぞ奇妙な光景だっただろうな。(笑)Jesus, thank You, and I love You!
体調やや不調
相変わらず喉が痛い。喉の痛みには大根のおろし汁にはちみつを入れたものが効くと聞いたけど、残念ながらシカゴのこの辺のお店では大根はなかなか手に入らない。かわりに紅茶にしょうがとはちみつを入れたのを飲んでいる。
夕べはミッショネットFun Nightという女の子たちのためのイベントを教会でやった。35人くらい集まったかな。ゲームやクラフト、聖書のお話など。
あー、今日は少し休もう。
GAのあやこ
こんにちは。はちこさんとみんちゃんのやり取りを読んで、涙でちゃいました。私も
「〜しないと〜させない」というものの、結構こどもの悲しそうな顔で引き下がっちゃったりするので、気持ちとってもわかります。そしてはちこさんと教会の方たちのまじわり、これこそ私が教会に求めるものです。ばうんだりーずを読み、はちこさんに背中を押してもらい、スモールグループの盛んな教会を見つけ行き始めています。これから関係をつくっていって、はちこさんのような交わりができたらと思っています。神様の恵みをはちこさんにわけてもらい、神様とはちこさんに感謝です。
はちこ
GAのあやこさん、こんにちは! 先日はメールをどうもありがとう! 教会のこと、進展があったようで嬉しいです。May Jesus draw you closer to Him through His Body!
Matthew
初めまして(o*。_。)oぺこっ私もキッとカットが好きで、今日本では「ご当地キットカット」がありますよ。ちなみに北海道では夕張メロン。日本では北海道ミルクと抹茶が店頭に並んでいます♪
Tomoko
ホワイトチョコのキットカット美味しいんですね。今度試してみよう!ミント味はきっとパスだろうな〜
はちこさんの13日、16日、そして17日の日記の内容が、びっくりするくらいw足しが祈っていることと一致しているので、驚きです。詳しい内容はここでは控えますが、もしかしてはちこさんと私って共通点が多いのかな?頭脳な中味のレベルが違うのは明らかだけど・・・
Tomoko
すいみません、タイポミスが↑にありました。w足しは私の間違いです。
はちこ
Matthewさん、初めまして! MatthewさんもTomokoさんも、キットカットに反応してくださってありがとう! ご当地キットカット、いいですねぇ〜!そういえば、日本のスナック菓子って、ご当地ものが結構ありますよね。キットカットは北海道以外にもあるのかな。あー、日本中のご当地キットカットが食べたいー! だけど、抹茶キットカットは… どうかな?
2005-04-14
七転八倒
ぼ | |
春学期は10週間のうち、やっと3週間を消化した。先が長いなあ。講義を担当している学期は特に憂鬱で、毎朝出勤するのが気が重い。何を隠そう、私は講義が大の苦手なのである。同じ内容の講義を13年間も教えていればだんだん慣れてきそうなものだが、毎回準備を入念にし、何時間もかけて話の組み立てを考えているにもかかわらず、年を追うごとに苦痛になっていくのは、基本的に講師に向いていない性格なのだと思う。アレルギーみたいなものかもしれない。そもそも私は次の5点が決定的に不得手であり嫌いである。
- 人前で話すこと
- 人の話を聞くこと
- 電話に出ること
- 掃除をすること
- 頼みもしないのに誰かが自分の部屋を掃除してしまうこと
これらは純粋な研究職であればそれほど問題ないかもしれないが、教官として9ヶ月分の給料をもらっている以上、講義をしないわけにも行かず、頭痛の種となっている。(大学によってはアシスタントにかなり講義をまかせることができるところもあるが、うちは全て教官が担当する決まりである。)問題のひとつは、何ていうのか、自分で話していたり人の話を聞いていると、次々に良いアイデアが浮かんで来てそっちに気をとられ、話の本筋が上の空になってしまうことだ。そうならないようにするには相当意識して気を張りつめていなければならず、一つの講義が終わると精神的にマラソンを走った後のようにぐったりしてしまう。講義の出来の良し悪しに関係なく、である。
同じ理由によって、毎月のノルマである教授会の議事録制作や、人のセミナーを聞くことなどもとてもしんどい。一時間のセミナーの場合、一言も聞き漏らすまいとするより、最初の5分と結論の5分だけ集中して聞き、残りは(居眠りはしないまでも)頭を使わずぼけっとしている方が、後まで印象に残る確率はずっと高いようだ。
こういうわけなので、普段から人の集まる学会のようなところは極力避けているのに、研究費を頂戴している米国科学基金の担当者から「論文だけではなく、たまには学会に出るように」とのお達しがあり、6月に7年ぶりに学会で口頭発表をすることになった。20分間の辛抱とはいえ、これのためにわざわざボストンくんだりまで飛行機で出かけるのかと思うと、やはり気が重い。それでも、2時間訪問者と顔を突き合わせて説明しなくてはならないポスターセッションよりはましだが。
さらに追い打ちをかけるように、今学期末には流体実験室の落成記念祝賀会があり、責任者の私はそこで何か話さなければならないことになった。そういう大げさなことは無しにしようと思っていたのに、学部の広報課が話を聞きつけて、卒業生にまで招待状を出してしまった上、テレビ局が取材に来るとかいう話に発展してしまった。考えるだけで気が沈む。(はちこは何故かこの機会を楽しみにしているようで、今から着ていく服を選んでいる。)
まだまだ予断を許さない春学期。そういえば、きょうは一念発起して、私のテリトリーであるガレージの掃除をした。(一年に一回だから「一年発起」と言ったほうがいいかも)このままほうっておくと、見かねた誰かに片付けられて大事なものがなくなるというパターンが予想されたので。始めるまでの「いやだよう」という心理的なポテンシャル井戸からはい出すのにエネルギーの大半を費やして、よろよろとホーキをふるう。さいわいあしたは講義のかわりに中間試験だ。ほっと一息。
結城さんと会ったときの事
今回の訪日は目的がはっきりとしたものだったので、あまり友人と会ったりしている時間はなかったのだけれど、合間を縫って数人の方とは会う事ができました。そのうちの一人は結城浩さんで、新宿でお昼(お寿司!)をごちそうになりました。結城さんとは五年前に帰国した際にもお目にかかっているのですが、お互い外見は五年前からそれほど変わっていませんでしたよね?(と思っているのは当人同士だけだったりして。)
五年前もそうでしたが、今回もとても話がはずみ、子育てや教育のこと、翻訳や出版のこと、教会のこと、お家の建て替えのことなど、話題に事欠かず、とても楽しかったです。二人が同時に食べている時以外は、常にどちらかがしゃべっていた感じでしたね。(笑)文章を書く人は、会ってみると寡黙だったりすることがよくありますが、結城さんはそうではないですネ。
今回はノートパソコンで、奥様や息子さんたちの写真をスライドショー風に見せていただきました。結城さんの日記から受ける印象通り、とても素敵なご家族です。
結城さんはプログラマで、たくさんの著作を出版しておられますが、3月末に出たばかりの『プログラマの数学』(私も買いました!)に関するフェアが新宿のジュンク堂(8F35番の棚)で現在開催中だそうです。新宿に出る機会のある方は、是非お立ち寄りください。楽しそうですよ!
結城さん、今回もどうもありがとうございました。奥様にもくれぐれもよろしくお伝えください。次は是非家族同士でget together したいですね!
2005-04-13
ミッショネット
今夜のミッショネットのレッスンも、みんな盛り上がって熱心に参加してくれて、すごく良かった。今度新しく入った単元は「霊的戦い」。といっても、神社仏閣とかエクソシストとかいう話ではなくて、「誘惑」との戦いがメインかな。
実はいろいろ思うところがあって、ミッショネットでの奉仕はそろそろ手放した方がいいのではないかと思って、日本から戻って以来しばらく祈っていた。今の私の状況をみると、ミッショネットを辞めると精神的にも時間的にもゆとりができるから、ちょうどいいんじゃないかと思っていた。それで祈りつつ、主が「辞めてもいいよ」と示してくださるのを期待していた。ところが、祈れば祈るほど、今私が受け持っている女の子たちへの重荷が私のなかに増していく。パッションと愛が増していく。クラスには最近新しい子が立て続けに来るようになっていてとても賑わっているし、今夜みたいにいいレッスンが持てると本当に嬉しくなる。私のようにたどたどしい英語しか話せないガイジンが中学生の女の子のクラスを受け持っていて、本当にいいの?と思いたくなることはしばしばだけど、神さまがいいとおっしゃるなら、主に信頼して続けるだけかな。奇しくも、今日のレッスンの一番最後にみんなで一緒に読んだ御言葉はこれだった。
アーメン。
お知らせ
今日からはてなダイアリーのブログに完全に移行します。今後はhttp://NakamuraFamily.net/diary/diary_current.html の方は更新されなくなりますのでよろしくお願いします。これまでの過去日記は今まで通りのアドレスでご覧になれます。
コメントについて
コメントを下さっている皆さん、また中村ファミリーやこのサイトをお祈りに覚えてくださったいる皆さん、本当にどうもありがとうございます。やはりフィードバックがあると嬉しいものですね。励まされます。この日記も1998年5月から始めてもうすぐ丸7年になりますが、続けて来れたのも、皆さんからのフィードバックとお祈りによるところが大きいと思います。今まではメールのみでしたが、これからはコメントもお気軽にお寄せください。ただ、あらかじめお断りしておきたいのですが、いただく全てのコメントに個別にお返事を書く事は恐らくできないと思いますので、その点はご了承ください。また、コメントには基本的にこの日記に関することを、それ以外の質問や個人的なことなどについては今まで通りメールでお分かちいただけると嬉しいです。メールに関しても100%のお返事のお約束はできませんが、コメントよりは高い割合でお返事できると思います。いずれにしても、皆さんからのフィードバックは一つひとつ大切に読ませていただきます。また、ROMの皆さんも、いつも読みに来てくださってどうもありがとう。Many blessings to all!
あ、それから、HPやブログがある方は、コメントと一緒にそのURLも是非残していってください。このコメント欄、URLを書く場所がないんですよねー。でも、ご遠慮なくどうぞ。(^^)
2005-04-12
みんのコンサート/初めてのディテンション
今夜はみんの合唱部のコンサート。みんがソロを歌った曲もあり、とても誇らしかった(親バカ)。だけど、ほんとに上手だったよ。エミも隣でうなずいてたし。みんもこれから先が楽しみだ。
ところがみんは、今日学校でちょっとした事件があった。帰宅した彼女は明らかに普段と違う様子で、upsetしてる。どうしたのかなーと思って様子を伺っていると、彼女は意を決したように私のところに来て、涙をこらえながらこう話し出した。
「ママ、今度の土曜日はサマンサの誕生日だから、みんなでサプライズでサマンサのロッカーに誕生日の飾り付けをしようって言ってたの。だけどお昼休みのとき、それがサマンサにばれちゃって、そしたらジェシカがすごく不機嫌になちゃったの。それでジェシカは泣きながら校舎に戻ってトイレに隠れて出て来なくなっちゃったの。だからみんなでジェシカを追いかけて、出ておいでよって声をかけて慰めてたの。そしたらそこに昼休みの監督の先生が来て、昼休み中に校舎に戻るのは校則違反だって言われて、みんな校長室に連れていかれたの。そしてみんなディテンションになっちゃったの…」
ディテンションというのは、生徒たちが謹慎の次に恐れている罰則で、居残りのこと。みんたちの学校にはなぜだか、昼食が終わったら天候の悪い日以外は必ず校舎の外に出て昼休みを過ごさないといけないという校則がある。で、それに違反してしまったというわけだ。
「だけど、私とパティが校長先生に事情を話したら、放課後の居残りじゃなくて、お昼休みの居残りにしてくれたけど… ママにもディテンションの通知の紙にサインしてもらわないといけないの。ごめんなさい。」押さえきれず泣き出すみん。
総勢6人がディテンションをくらったらしい。こういうトラブルって、いかにも女の子同士ならではという感じ。気に入らないことがあるとどこかに閉じこもって出て来なくなっちゃうって、典型的天の岩戸。私も小学生くらいの頃には似たようなことをやってたなーと懐かしく思い出した。
「大丈夫よ、みん。事情はよくわかった。ママはこのことではみんを叱らないよ。みんがとってもいい子で、いい生徒で、いい友達だっていうことよくわかってるから、ママは全然気にしないよ。でも校則違反は校則違反だから、ディテンションになっちゃったのも仕方なかったね。だけど校長先生もわかってくれて、放課後のディテンションじゃなくてランチタイムディテンションにしてくれたから、よかったよね。」そう言ってみんを抱きしめると、彼女はとても安心した様子で泣き止んだ。私はみんが愛おしくて、なぜだかホセア書の御言葉「わたしの心はわたしのうちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている」が思い出された。
優等生のみんとしては、初めてのディテンションをくらったことがショックだったのだろうが、私は、みんにたくさんの仲良しの友達がいること、生徒たちを休み時間にもしっかり監督してくれている先生がいること、そして生徒の言い分に耳を傾け、適切なレベルの罰則を課してくれる校長先生がいることが、とてもありがたいと思った。(半年くらい前に、同じ敷地内で中学生がマリファナの売買をしていたこともあり、休み時間や放課後の子供たちの動きに対する先生方の監督の目は厳しいのだ。)
ああ神さま、これからも子供たちを守っていてください。みんなが健やかに育ちますように。
ブログへの移行
ブログへの移行ですが、近々全面的に実施するかもしれません。同じ内容の日記を複数の箇所にアップするのはどうもムダな気がするので。その場合は、トップページからもこのページからもブログへのリンクを張ります。
ピョコピョコwalk
はじめまして。emiさんのblogからきました。
以前、日記を読ませていただいてましたが、blogだとコメントしやすいですね。
HPも見せていただき、大変リンクも充実していて考えさせられました。
blogを始めたもののHPはもっていません。
情報を残しておきたいものや、伝えたいものはHPがあるといいですね。、
聖書の著作権しりませんでした。。。
Blogにどう表記するのだろ…blogも250節なのかな…知らないとは恐ろしいことです(汗)
がらっぱち
初めまして。ピョコピョコさんから来ました。
41才。妻と5才、7才の娘がいます。
夫婦で洗礼を受け9年になります。
妻は二人目を出産後、統合失調症になり、入退院を繰り返し、この四月からは、娘達は施設で生活することになりました。
これも御心なのでしょうか?
病は神の業がおこなわれるためでしょうか?
はちこ
ピョコピョコwalkさん、コメントありがとうございます。がらっぱちさん、初めまして。奥様とお子様方のこと、お辛い状況とお察しいたします。ただ、ここは日記に関するコメント欄ですので、個人的なことに関しては、すみませんがメールでお願いできますでしょうか。よろしくお願いします。
2005-04-11
コメントありがとう!
ブログの方にも早速アクセスして下さった皆さん、またコメントを残して下さった皆さん、どうもありがとうございました。(^^)心暖まるコメント、そしてお祈りを感謝します。
さて、4月9日の日記に、Tomokoさんから、「タウンゼント氏が神学校時代にアルバイトしていた時の質問について、今のタウンゼント氏だったら、何と答えるのだろう?」というコメントがありました。
Tomoko
はちこさん、私のコメントに対するお返事ありがとうございました。
はちこさんの日記を読んでいて、タウンゼント氏が書いたのかな?と一瞬錯覚してしまうような見事な想像(解説)です。やっぱり翻訳をしたはちこさん、そしてセミナーで数日間タウンゼント氏と実際一緒に過ごしたはちこさん、そしてNew Life Liveというラジオ番組を聴いているはちこさんだけあって、「境界線」に対する理解の深さが私とは全然違うなぁ〜と感じました。
境界線を読んでいる最中、なるほど!なるほど!と、その時は理解したつもりでいたけど、本当に理解するのって難しいことですよね。だから聖書も繰り返し、繰り返し読む必要があるのかもしれませんね。
今は途中まで読んだBoundaries with kidsをまた初めから読み直してみよう!と思っているところです。余談ですが、こうしたBoundariesシリーズの翻訳の予定は今後はありますか?
はちこ
Tomokoさん、コメントありがとう。Boundariesシリーズは、とりあえず今のところは予定はありません。でも、別のクラウド&タウンゼント本の翻訳が予定されています。今すでに始めているのは『12 ”Christian” Beliefs That Can Drive You Crazy』です。ちなみに、タウンゼント博士は現在、『Boundaries with Teens』執筆中だそうです。
2005-04-10
ブログ試運転開始
ブログに移行してみようかなとつぶやいたら、結城浩さんが「ブログならはてなダイアリーがいいですよ」と教えてくださったので、早速試しに作ってみた。
- はちことぼぼるの日記 ブログ版
まだブログというものが今ひとつピンと来ないので、当面はこちらの日記をメインにしつつ、慣れるまで平行してやってみることにします。ほんとにブログでcomfortableになってきたら、その時には全面的にそちらに移行します。ブログにすることで今まで何が違うかというと、コメントをつけたりトラックバックをしたりできることでしょうか。(だけど私はまだトラックバックも何なのかよくわかっていない…)とりあえず、よろしくお願いします。
rokochan
はじめまして。ずいぶん前ですが、一時期はちこさんと同じMLに入っていました。いつも「日記」を読ませていただいています。日記の内容に対して感想を述べたいと思っても「わざわざメールするほどでは」と思い、そのままになっていました。
ブログだと、そういうときに書き込みできて、便利ですね。
また、ほかの人の意見も聞いたり、管理人さんとのやりこりを知ることができて、好きです。
これからもよろしくお願いします。
はちこ
こんにちは! MLというと、「クリスチャンママ」MLかな? なかなか活発な良いMLでしたよね。今でも続いているのかしら。書き込みしてくださって嬉しいです。これからもよろしくお願いします。
花恵
ブログ版を見つけて、今、よろこんでいます。
私は、毎日、「ヤベツの祈り」を祈っております。また、はちこさんとぼぼるさ
んの為に、そして、ここのページを開いた方々に主の祝福をお祈りいたします。
素敵な「日記」が、そして、素敵なコメントが、このページに訪れますように。
emi
Welcome to the blogdom!! 嬉しいです。
リンク貼っていただいてありがとうございます。どうぞこれからもよろしく!
はちこ
花恵さん、コメントくださってどうもありがとう!すぐにお返事していなくてごめんなさい。祝福おお祈り、とても嬉しかったです。これからもどうぞよろしく!
emiさんも感謝です。emiさんのブログは、いつも共感しながら読ませていただいていますよ!
2005-04-09
セミナー四方山話(その5)
リカバリーセミナー | |
三日間のセミナーの後、私は2日間のオフをいただいて自宅に戻り、のんびり休養。特に木曜日はどこにも出かけず、一日中寝てた。土曜日は午後からフォーラムだったので、午前11時半にタウンゼント&オカモト先生をホテルでピックアップして、まずは昼食へ。母から10%の割引券をもらっていたので、某ホテルの中華料理屋さんに行ったのだけど、高くてびっくりだった。そういえば、ぼぼるパパが「はちこは方向感覚が鈍いので心配」みたいなことを書いていたけど、彼の心配は大当たりで、私はしょっちゅう方角を間違えていた。ひどい時は、反対方向の地下鉄に乗ってしまったり。二駅くらい行ってから気がついて、大慌てで飛び降りて爆笑したこともあった。この日も、中華料理屋さんを出てから私は反対方向に歩き出し、オカモト先生から「来た道はこっちじゃないかい?」と正される始末。(苦笑)やれやれ、通訳はともかくとして、ガイドは私には向いてないですね。
午後から始まったフォーラムではまず各先生方が通訳込みで1時間ずつお話。どちらのお話も最後を締めるにふさわしい励まされる内容だったけど、特にタウンゼント先生の神学校時代のある出来事の話は印象的だった。
神学校時代、先生は夜はレストランでウェイターのアルバイトをしていた。ある時、職場のある女性に、「あなたは神学生なんでしょ? 私、一つ聞きたいことがあるの」と言われた。神学生にとって、ノンクリスチャンから「聞きたいことがある」と言われれば、伝道のチャンス到来!と張り切るものだろうけれど、先生も例外ではなかった。どんな質問をされるんだろう、三位一体について聞かれたら~~と答えよう、ヘブル語について聞かれたら~~と答えようと、頭のなかで考えてワクワクしていた。ところが、彼女の質問は思いがけないものだった。
「私が一緒に暮らしている男性は麻薬中毒で、調子が悪い時には私に暴力を振るうの。私は一体どうしたらいいの?」
彼は何と答えたらいいのかわからず、とりあえず「神は全てのことを相働かせて益としてくださるお方で…」と言ってはみたものの、それが彼女の助けにならなかったのは一目瞭然だった。彼女はがっかりしたように「ありがとう」とだけ言い、いつものように仕事に戻って行った。
自分の聖書や神学の知識が、実生活のなかで悩み苦しんでいる人への助けにはならないことを突きつけられた彼は衝撃を受けた。それでも聖書のなかには確かに私たちの人生への全ての答えがあるはず… 彼は改めて聖書を徹底的に学び始めた。と同時に、当時彼が研修で行っていたセキュラーな精神病院で行なわれているプログラムが、実際に心の病や傷を負っている人たちの助けになっていることにも目を留めた。病院の人たちは神や聖書について知らない、しかし人々を回復させることには成功している。一方神学校に行っている自分は神や聖書について知っている、しかし人々を助けることができない… 彼は自分のなかでその二つの分野が統合されていないことに葛藤を覚えた。
実際に役に立っている病院でのプログラムを観察し、一方で改めて聖書を学び直していくうちに、彼はあることに気がついた。それは、神や聖書を意識していないにもかかわらず、病院で行なわれているプログラムは、実はその原則を聖書の中に見出すことができる、ということだった。愛をもって相手を受け入れる、心を開く、対決する、真理を語る、境界線を引く… そういったことは、すでに聖書のなかで神が数千年前から語っておられることではないか。やはり聖書のなかに答えがあった! 彼のなかで、分裂していた二つの分野が一つになった。そして同じ頃、同様の葛藤を持っていたヘンリー・クラウドと出会い、現在に至る彼らのミニストリーが始まった…
この日のフォーラムは、もともとクリスチャンの精神科医、カウンセラー、牧師といった専門職の方々を対象とするものであったため、この日も大勢のそういった方々が来ておられた。タウンゼント先生は専門職の方々を励まして言われた。
「皆さんの持っておられる専門家としての知見と経験、そしてクリスチャンとしての知識と経験もまた、分断されたままである必要はないのです。それを一つに統合して、傷つき悩み苦しんでいる人たちに、真の回復の道を聖書から指し示すことができるのです!」
(注:フォーラムで通訳をしているときは、ちゃんと先生がお話されている通りのことを通訳したつもりですが、この日記に書いているのは私自身が消化したことなので、私の解釈が入っている部分もあると思います。その点はご了承ください。あとでDVDを見てみたら、そうは言ってないよ、という部分もあるかも… (^_^;; )
先生たちのお話の後は20分ほどの休憩があって、それから質疑応答のセッション。この時の通訳はキャシーが半分担当してくれたのでありがたかった。一人で全部はとても無理だったもの。
このセッションも2時間くらいやったはずだけど、あっと言う間に感じた。いい質問がたくさん出ていましたね。インナーヒーリングはどうかとか、心の病を持つ人にはどのように境界線を引いたらいいのかとか、「~に対する責任」と「~に関する責任」の違いとか… 通訳しながら私自身勉強になったし、とにかく楽しかったです。
後からリバ新の谷口編集長の奥様からいただいたお手紙のなかに、「本当に楽しい、また心の奥底から揺さぶられるような数日間でした」とあったのだけれど、まったくアーメン。今回のセミナーは、奉仕者一同、とにかく楽しかった。身体的には確かにハードな部分もあったけど、誰もカリカリしてる人がいなくて、みんな主の御臨在のなかで伸び伸びワクワク、その御業に畏怖と感動を覚えながら、喜びを持って働いていたと思う。そしてこの感覚はきっと、参加者の方たちにも共有してもらえたんじゃないかな。
この日は全部終わってから、尾山先生ご家族、タウンゼント&オカモト先生、そして堀越先生ご夫妻と共に教会の近くのフレンチレストランへ。今後の展開についても話しながら、とても良い交わりを持つことができた。感謝。事務局の方々には、きっとまだ事務的な後処理がいろいろ残っているのでしょうが、それもすべて守られ、スムーズにいきますように。日記には登場しなかったけれど、背後で支えてくださっていた大勢の奉仕者の方たちにも心から感謝します。
- 「リカバリー・セミナー2005:バウンダリー」(先生たちのインタビュー記事などが読めます)

雄作
いつも楽しくご夫婦の日記を読ませてもらっています。
佐知さんの日本滞在が充実していた様子が伝わってきます!
セミナー、行きたかった〜。
Tomoko
タウンゼント氏が神学校時代にアルバイトしていた時に質問された答えについて。
今のタウンゼント氏だったら、この質問に何と答えるのだろう?と、ふと疑問に思った同時に、是非今のタウンゼント氏の答えが聞いてみたい!と興味が沸きました。
みぞっぺ
こんにちは、はちこさん。「境界線」は読んで、すごく考えさせられました。今までに無いクリスチャンの視点からみた人間関係の解決策、ユニークですよね。セミナーは残念ながら仕事とのやりくりがつかず、出席できませんでしたが、祈ってました。はちこさんの日記から、神様の御臨在がビンビン伝わってきますね。講演をなさった先生方も奉仕をされたはちこさん達も主の豊かな祝福の中でのびのびと賜物を発揮できた様で、嬉しいです。これからもシカゴでのお働きが豊かに祝福されますように。そして、ご一家の歩みの上にも神様が臨んで下さいますように。
はちこ
みぞっぺさん、コメントありがとう!以前メールくださったことがありましたよね? セミナーのために祈っていてくださってありがとう。Blessings to you, too!
2005-04-07
リバイバル新聞掲載記事
「リカバリーセミナー:バウンダリー」のお知らせページに、リバイバル新聞4月3日号に掲載された同セミナーに関する記事を転載させていただきました。(リバイバル新聞様、転載許可感謝します!)先日ご紹介した記事の他に、タウンゼント博士のインタビューもあります。是非ご覧ください。
2005-04-06
ラミレス選手の話
水曜日の晩、聖霊さまの素晴らしい御臨在に浸されたあと、私たちは叙々苑という焼き肉屋さんでラミレス選手と合流するため、6時半過ぎに教会を出た。待ち合わせの時間は本当は6時半から7時の間に、というはずだったのだけど、いろいろ後始末をしていたら遅くなってしまったのでした。タウンゼント博士は「シブヤのジョジョエン。住所はここだ。ウェブで調べたんだ」と、メモを見せる。渋谷駅から徒歩1分とのことなので、場所は知らないけど行けばすぐにわかるだろう、と気軽に考えてみんなで出発。地下鉄で新宿まで出て、それから山手線に乗り換えて渋谷まで。ところが、いざ渋谷まで出て来ていろんな人にジョジョエンの場所を聞くものの、みんな知らないという。総勢5人で歩いていたのだけれど途中で二手にはぐれて道に迷ったりして、ようやく目指す場所に着いた時、時計はすでに7時半を回っていた。(109のすぐ近くだったんですけどね。(^_^;; )雨は降ってるし、3日間のセミナーの後で、みんな疲れてもいた。とにかく着いて良かったと、エレベーターに乗ってジョジョエンの入り口までたどりついたものの、そこで待っていると言っていたはずのラミレス選手はいない。「おかしいなぁ、入り口のホールで待ってるって言ってたのに。」タウンゼント先生は首をかしげつつ、携帯でラミレス選手に電話を入れた。「ヘイ、アレックス!」と最初の一声は元気が良かったものの、しばらくすると、「Oh, no! Oh, I'm sorry. I'm so sorry. I'm sooo sorry...」と悲しそうな声を出している。電話を切ったタウンゼント先生、がっくりと肩を落とし、「申し訳ない。僕の責任だ。場所を間違えた。西麻布のジョジョエンだった。そんなにいくつもあるとは知らなかったから、ウェブで調べた時一番上にあった住所をメモしてしまったんだ…」もちろん、誰も先生のことを責めたりしないで、すぐにタクシーを拾って西麻布まで移動。今度こそ本当にラミレス選手と合流できたのは、もう8時をまわるかという頃だった。
だけど、ラミレス選手、ものすごく良い人! 1時間以上待たせたのに全然怒ってなくて、とびきりの笑顔で私たちを迎え、すぐに貸し切っていた部屋へと案内してくれた。その部屋にはラミレス選手の義理の息子のジュニアと付き人の人たち3人がいた。ジュニアは寮住まいで門限があり、もうすぐ帰らないといけないため一足先に始めていたけれど、他の人たちは待っていてくれた。ラミレス選手とジュニアは、ホームランを打った時にやるというパフォーマンスを、惜しげもなくその場で披露してくれた。二人ともものすごくいい人たちだった。
私はプロスポーツ選手なんてものを間近で見るのは初めてだったけど、全然気取ってなくて、偉そうじゃなくて、優しくて、にこやかで、最高でしたね。そして嬉しそうに神さまの話をしていました。近々彼は個人のHPを立ち上げるそうで、そこでは御言葉を日替わりで載せたり、教会へのリンクを張ったり、信仰をかなり前面に出すものになるようです。彼は野球によって手にした富と知名度と影響力を、神さまのために用いたくて仕方がない様子で、彼が考えているいろんなプランを、嬉しそうにタウンゼント先生に話していました。(ちなみにラミレス選手は、タウンゼント先生たちがやっているクリスチャンカウンセリングのラジオ番組、New Life Live!の強力なサポーターでもあるそうです。)プロスポーツ界の外国人選手のなかにはクリスチャンも結構いるようで、そういう人たちと一緒に東京ドームでも借り切って、プロミスキーパーズのような感じの男性集会をやれたらいいな、とか。プロスポーツ選手が音頭を取れば、教会主催の聖会やクルセードには絶対行かないような人たちも、大勢集まるんじゃないかな。実現したら素晴らしいね。以前誰かが、日本のおばさんたちには「イケメン伝道」なんかどうだろうと言っていた気がするんだけど(誰よ、そういうこと言う人って? 笑)、日本の男性たちにはプロスポーツ選手による伝道とか、いいかもしれないね?
というわけで、スポーツにはとんと疎い私も、すっかりラミレスファンになったのでした。(事前に「私はスポーツはわからなくて」と言っていたら、オカモト先生やタウンゼント先生から、ラミレス選手に会うときには間違っても「タッチダウンは何回決めましたか」とか、ずれた質問はしないようにね、ボロが出ないよう、なるべく黙ってなさい、と忠告されていた私でしたが。笑)
2005-04-05
セミナー四方山話(その4):Don't run alone
リカバリーセミナー | |
水曜日の午後のセッションの後、ある短いビデオが上映された。重度の小児麻痺で車椅子生活の青年とそのお父さん(Dick & Rick Hoyt) の実話。この青年はある時マラソンをしたいという志を持つようになった。しかし当然一人では走れない。そこでお父さんは、息子を乗せた車椅子を押してマラソンに参加することにした。お父さん自身、それまでマラソンなどしたことがなかったけれど、息子と二人でトレーニングをした。そして二人でいくつものレースを走り、トライアスロンにも挑戦し、ついには二人でマラソンで大陸横断まで成し遂げた。車椅子の青年と、それを押して走る父親。二人の姿は大勢の人々に感動を与えた。
このビデオの一番最後に、「Together has power. Don't run alone」という文字が流れた。Don't run alone... 一人きりでは走らないで下さい。 これはまさに今回のコンファレンスの根底に流れるテーマだ。ビデオの後、タウンゼント先生が前に出てこうおっしゃった。
「私たちには二つの『together』が不可欠です。一つは神さまとの縦の『together』、もう一つは人々との横の『together』です。私たちが癒され、回復され、成長していくためにはこの二つが必要なのです…」
これは、神さまだけでは不十分、という意味ではなく、神さまご自身が私たちの成長に対して持っておられるご計画のなかに、「人々との関係」が組み込まれているのだということ。(この点に関しては、是非『スモールグループから始めよう!』をご参照ください。)
「そのお方によって、からだ全体は、一つひとつの部分が各自の働きをなすことにより、また、補強するためのあらゆる結び目によって、つながれ、組み合わされ、成長して、愛のうちに自らを建て上げるのです。」(エペソ4:16 NIVからの邦訳)
今回の通訳奉仕を通しても、この二つの『together』の意義を深く思わされた。夜ホテルで休んでいるとき、朝起きたとき、講演が始まる直前の賛美のとき… 私は自分一人の力では何もできないことを嫌というほど自覚していたから、とにかくすがる思いで神さまに祈っていた。(余談だけど、2日目の朝の賛美の時、私が泣きながら祈っていたら、私の目の涙を見たタウンゼント先生は「あれ、目がどうかしたの? (What's wrong with your eyes?)」 それで私が、「そうじゃなくて、私は神さまなしには何もできないので、主の御臨在が共にありますようにとお願いしていたのです」と答えると、先生は「そうだね、その通りだね、僕たちは神さまの御臨在なしには何もできないんだ」とハグしてくださった。)祈って、賛美して、主の暖かい御腕のなかにたっぷりと浸って、そして壇上に立ったとき、私の隣にはタウンゼント先生がおられ、最前列の席には尾山清仁先生とキャシーがおられ… あぁ私は一人でこの働きをしているわけではないんだと強く実感できた。それはまるで、神さまの愛と守りが、神さまご自身が備えてくださったこの愛する仲間たちの祈りと視線を通して私に注がれているかのようだった。まさに、I was NOT running alone. また遠いシカゴの地ではぼぼるパパがリアルタイムで私のために祈っていてくれて、セミナー開催中は一日3回くらい電話で話し、お祈りしてもらっていたし。
セミナーの間、いろんな人たちとお話する機会があったけど、講師の先生方やセレブレイトリカバリーチームの人たちからたびたび耳にし、また私自身語っていたことは、「それを一人ではしないでください」ということだった。いろいろな問題やチャレンジを抱え、人生の大切な関係のなかに境界線を引こうとし、また過去の罪や悪癖の告白とそこからの回復を必要としている人たち… 「それを一人ではしないでください。」私たちは何事も一人きりで行なおうとするなら、遅かれ早かれ潰れてしまうものなのだから。もちろん状況によっては、具体的な支援が一切得られず、ただ神さまのみにすがらないといけない場合もあるでしょう。でもほとんどの場合は、私たちが心を開いて周りを見渡しさえするなら、きっと誰かしら私たちの支えとなってくれる人が備えられているはず。だって、「人がひとりでいるのは良くない」とおっしゃったのは、他でもない神さまご自身なのだもの。
今、この日記を読んで下さっている方のなかに、何かを一人で抱え込んでしまっている方がおられるでしょうか。もしそうなら、神さまはあなたのためにも、必ずどこかに支えとなる仲間を備えて下さっているはずですから、その人がどこにいるのか見つけることができるように、お祈りしてみてください。私も祈ります。私たちのうち誰も、決して一人きりで走ることがありませんように… 神さまがすでに備えてくださっているはずの、仲間を見出すことができますように… 関係のなかで人々を通して働かれる神さま、私たちがあなたの愛を、この人生においても豊かに経験することができますように。
今日はラミレス選手のことについて書こうと思っていたのだけど、長くなってきたのでそれはまた明日にしよう。
2005-04-04
お知らせ
『スモールグループから始めよう!』の表紙の付け替え、流通の再納品は全て完了したそうです。キリスト教書店には新しい表紙のものが通常通りに並んでいるはずですので、よろしくお願いいたします。お待ちくださっていた皆様、どうもありがとうございました。
それから、同書の紹介ページも作りました。後からもう少し書き足すかもしれませんが、とりあえず公開してみます。
セミナー四方山話(その3)
リカバリーセミナー | |
時差ぼけと言えば、セミナー期間中タウンゼント先生もオカモト先生も夜よく眠れないで、疲れておられた。それで私は先生に、「私の経験では、時差ぼけの時はいくら頑張って昼間無理して起きていても、夜は夜でどうしてもぐっすり眠れないものなんですよ。だから、時間があれば、昼でもいつでも、少しでも横になってお休みなられた方がいいですよ」と言った。しかしタウンゼント先生は「いや、僕の経験では、最初の2日ばかり頑張って昼間起きていれば、夜ちゃんと眠れるようになるんだ」とおっしゃった。けれど、日本滞在3日めの朝、目をしょぼしょぼさせながら情けない顔で起きて来た先生は、「やっぱりはちこの言う通りかもしれない。どうしても数時間おきに目が覚めてしまって、疲れているのに眠れやしない。今日は昼間、機会があれば少し横になろう。」でも結局、連日エキサイティングなことが続き、先生方はほとんどお休みになれないままの一週間だったのでは。
セミナー3日目は、私にとって一番ハードな日だった。朝9時からのオカモト先生のセッション、10時からのタウンゼント先生のセッション、そして午後2時から5時のもう一つのオカモト先生のセッションと、全部私が通訳することになっていたので。それでも午前中はなんとかなったものの、午後はキツかった。またオカモト先生の話し方は、タウンゼント先生のスタイルとは随分違い、それもまた私にはやりにくい要因の一つだった。話がどの方向に向かっているのかが掴みにくかったため、一行ごとの通訳ではなく、ある程度まとめて、話の塊ごとに要旨を通訳するような形にせざるを得なかったのだが、そうすると今度は細かい部分を訳しもらしてしまう。たとえば先生が5つくらいリストをあげても、私は二つか三つくらいしか訳出できず、後は「?などです」で済ませてしまったり。後でDVDを見るのが恐い。このセッションの通訳は、間違いもきっとたくさんあるんじゃないかな… 詳細はあちこち間違えたり訳し損なったりしたかもしれないけれど、先生のお話のポイントはちゃんと皆さんに伝わっていますようにと、ただ祈るだけ…
それにしても、通訳というのは翻訳とは全然違うプロセスだ。翻訳だと原文をじっくり読み、訳文もじっくり考えて練ることができるけれど、通訳は聞いたことを瞬時に日本語にしないといけない。通訳しながら自分で「あ、間違えたな、」と気づくこともままあるのだが、自分の間違いをいつも訂正できるとは限らない。もちろん、大切なポイントであれば、次に自分の番が回ってきた時に先に戻って訂正するが、ちょっとしたことであれば、「あー、さっきの、間違えてたなー」と思いながら、あえてそのまま先に進む。間違えたと自分でわかっていて、そして聴衆のなかにも私の間違いに気づいた人たちはいるはずだとわかっていながらなおも続けていくのだから、なかなか精神力(と面の皮)が鍛えられる仕事だ。一方、セレブレイト・リカバリーのチームの通訳を担当したキャシーは、通訳経験も豊富で毎回とても落ち着いていた。そのキャシーがいつも最前列にいて、私のことを見守っていてくれたのは、私にとって大きな支えだった。休憩のたびに私を思い切りハグして「You are doing great! I'm so proud of you!」と言ってくれることに、どれだけ励まされたことか。
水曜日の午後のセッションについては、もう少し書きたいことがあるのだけど、長くなってきたから今日はこのへんにしておこう。…と思ってから今リバイバル新聞社のHPを見たら、このセミナーの記事があってそこに水曜日の夜のことも書かれていましたね。そう! これなんです。皆さん、是非ご覧下さい!(ちなみに、この記事に出ている写真を撮ったのは、はちこなんだよー♪)
New Life Live!
このページの左につけたNew Life Live! へのリンクですが、これはスティーブ・アーターバーンというクリスチャン心理学者がタウンゼント博士とクラウド博士と共にやっているカウンセリングのラジオ番組です。ネットでも毎日新しい内容が聴けます。(英語です。)タウンゼント博士とクラウド博士は毎日登場するわけではありませんが、結構頻繁に出てきますので、興味のある方は是非どうぞ。
2005-04-03 今日から夏時間(日本との時差14時間)
続く時差ボケ
明日からは子供たちの新学期が始まるので、ちゃんと起きないといけない。早く寝なくちゃ。
今日は夕拝で、日本での体験についてレポートをさせてもらった。10?15分くらいのつもりだったのに、今朝の礼拝で週報を見たら、普段は牧師の夕拝メッセージのタイトルが書いてある箇所に、「今夜ははちこが日本での体験について報告してくれます」と書いてあり、慌ててしまった。結局、40分くらい話した。
2005-04-02
セミナー四方山話(その二)
リカバリーセミナー | |
2日目は、朝10時から始まるはずが予定変更があって9時から開始。精神科医のオカモト先生の「クリスチャン生活と脳における化学的不均衡」という講演がまず1時間、続いて10時過ぎからタウンゼント先生の「境界線」に関する講演の第二回め。この日は初日ほどは緊張していなかったし、時間が過ぎるのもあっと言う間に感じた。
エミ、もうすぐ14歳
来週の月曜日がエミの14歳の誕生日なので、何がしたい?と聞くと、春の洋服の買い物に行きたい、とエミ。そこで今日は二人で買い物に行って来た。しかしエミは丁寧に選んでじっくり試着するので、買い物に時間がかかる。さすがの私も途中で疲れて、一人でコーヒーショップに行ってエミが終わるのを待つことにした。服と春向けのサンダルは私が買って、アクセサリーやボディーローションなどは自分のお小遣いで買っていた。14歳かぁ。あと4年もしたら、大学進学でエミはもう親元を離れることになるんだろうな。彼女を独り立ちさせるまでに私に残された時間は、あと4年…
2005-04-01
セミナー四方山話(その1)
リカバリーセミナー | |
一番最初のセッションはやはり緊張した。600人まで収容できるという会場は一杯で、第二会場も使ったほど。あたりは熱気が立ちこめていた。3階の控え室から6階の会場まで上がって来て人だかりを見た時、思わず逃げ出したい衝動にも駆られたけど、まさかそうもいかない。仲間たちの「祈ってるよ」という言葉に支えられ、タウンゼント博士と共に壇上に立つ。いざ前に立ってみると、会場は広いし、確かに満員なんだけど、私は目が悪いので、あまり様子がわからないのが幸いした。
始まってみると、聴衆の反応から、集まっている人たちの3分1くらいは英語が理解できる人たちらしいことを感じた(通訳を待たずに先生の言葉に反応しているから)。ということは、私が間違えれば3分の1の人たちには逐一それが分かってしまうわけだ。通常ならやりにくいなぁと感じて萎縮してしまうところだったかもしれないけれど、なぜかあまり気にならなかった。神さまが私の心を守って下さっていたのだと思う。とはいえ、緊張していたのは間違いなくて、休憩までの最初の1時間は長かった。「あと10分」のカードが出されたときは心のなかでホッとした。
休憩が終わって再び壇上に立つ時、何だかとても足が重くて、心のなかで「イエス様、助けてください!!」と叫んでいた。私はそんなに緊張してたっていうのに、タウンゼント先生ときたら話の途中で妙な冗談を言うものだから(笑)、私は立ち往生してしまう一幕もあった。
タ「When I wrote the book "Boundaries" 150 years ago....」
は「私が『境界線』という本を… ????」 怪訝な顔をして先生を見る。
タ「When I wrote the book "Boundaries" 150 years ago....」
は 「……」 無言で先生を見つめる。 会場はすでに笑いでどよめいている。私はといえば、頭の中が真っ白状態。先生が何を言わんとしているのかつかめず、会場の人たちは笑っているし、内心かなりあせっていた。
タ「150 years ago! It's a joke!」 会場からはドッと笑いが起きる。
は「すみません、先生の冗談がわからなくて、通訳できませんでした。」 会場、再び笑う。
「150年前に『境界線』という本を書いたときに…」なんて、冗談としては別に面白くないと思うんだけどなー。マジで冗談だとは気づかなかった私。だけど、私が目一杯ボケをかましてしまったせいで、聴衆から笑いを取るという先生の目的は無事に達成されたわけで、まぁ良しとしましょうね。(笑)私と先生の間では、この件は後まで語り草になって、思い出しては二人で大笑いしていた。
笑い話はさておき、タウンゼント先生の話はとてもうまく、会場の皆さん、みんな身を乗り出して聴いておられた。セミナーの前日と当日の朝、「日本の人たちってどんな聴衆だろう?」としきりと私から事前調査をしておられた先生。小咄っぽい長めのジョークは日本人には伝わりにくいかもしれない、体験談とか例話はいいと思う、日本のクリスチャンは聖書を重んじるから(アメリカ人はそうじゃないというわけじゃないけど)、バウンダリーの概念を説明するときも、なるべく御言葉をひきながらそれが聖書的なものであることを強調する方が、みんなに納得してもらいやすいのではないか、などなど、直前に聞いたことを、先生は見事に講演のなかに取り入れておられたので、さすがと思った。また、なるべくインタラクティブな講演にしたいと言っておられた先生は、前半一時間の聴衆の反応の良さから、休憩後のセッションでは早速会場からの質問を求めた。すると核心を突くとてもいい質問が二つだされて、先生はますますその後の話がしやすくなったようだった。
このセミナーはDVDに収録され、後に発売になりますので、興味のある方は是非お買い求めください。はちことタウンゼント先生の掛け合い漫才のオマケ付きです!?
エミ、コンタクトを作る
今日はエミを連れて目医者さんに。コンタクトを作った。まだ早くないかなぁと思って調べたところ、自分でレンズのケアができるのであれば、別に何歳からコンタクトにしてもかまわないということだったので、エミなら大丈夫だろうと思い、本人の希望もあって踏み切った。2週間ごとの使い捨て式のソフトレンズ。今日は初日なので4時間から。本人は嬉々としている。














何を食べたかは忘れちゃったけど(笑)産まれる3時間前に分娩台の上に
正座して運ばれてきた夕食を味気なく食べた記憶があります。(^^;;
なんだかあっという間に大きくなっちゃったという気がしています。