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ミルトスの木かげで このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

God Bless you!!
(ミルトスの花)

Christian spiritual formation is the process of being conformed
to the image of Christ for the sake of others.
M. Robert Mulholland Jr.

ブログを移転しました。こちらにお越し下さい。よろしくお願いいたします。
http://rhythmsofgrace.blog.jp

2005-05-30

娘と買い物に

19:04 | 娘と買い物にを含むブックマーク

 今日はメモリアルデーというアメリカの祝日。戦没者記念日みたいなもの? 戦没者には限らないのかな。

 午後からエミが卒業式に着るドレス(ワンピース)を買うために二人で買い物に。ドレス1着だけかと思ったら、卒業式の他に卒業ダンスパーティーもあって、それに着て行く服も必要だと言う。「1着を二回着るわけにはいかないの?」ときくと、「みんな2着用意するって言ってるもん」と。エミはこの一年間は本当によく頑張ったし、卒業記念の服くらい買ってあげてもいいか、と結局2着… と、靴と、下着まで買った。それにしても、ジュニア向けのドレスでも、今や肩や背中や胸元が大きくあいているものばかりで、まるで水商売の人が着そうな感じのものが多く、選ぶのが大変だった。もうちょっとモデストなものは扱ってくれないのかな。それでもエミはその中から何とか上品な感じのものを見つけ出していたけれど。

 娘と一緒に買い物に行くのは楽しい。ただ買ってあげるだけじゃなくて、買い物のコツというか、品を選ぶ時にどこに気をつけたらいいかなどを教えながら一緒に選ぶ。たとえば、白い服の下につける下着は白だと透けるから、自分の肌の色より1トーン濃い色のもの、たとえばモカみたいな色を選ぶといいんだよ、とか。先日みんと二人でスーパーに買い物に行った時はオレンジジュースを買ったのだけど、みんは何も考えずに1パック3ドル以上するものを取ってカートに入れた。でもそのすぐ隣にはトロピカーナのオレンジジュースがセールになっていて2パックで5ドルだった。だから「ちょっと待って。こっちのトロピカーナと、今みんが取ったのと、どっちが安いと思う?」と言うと、彼女はちょっと考えてから「あっ、二つで5ドルの方が安い!そうか、ユニットプライス(単価)を計算するんだね!」

 以前はとにかく「育児」に追われて、一緒に時間を過ごすことを楽しむゆとりがあまりなかったけれど、最近ようやく、一人ひとりの個性を楽しみつつ、「育くむ」ことの喜びを味わえるようになってきた気がする。まだまだドタバタしていることの方が多いけどね。

お祈り感謝します

19:04 | お祈り感謝しますを含むブックマーク

ひとみちゃんのためにお祈りくださっている皆さん、本当に感謝します。皆さんの上にも主の祝福がありますように。

KayakoKayako 2005/05/31 08:09 はちこさんのファミリーのページでいつも、癒されています。中村ファミリーに主の祝福と平安をお祈りさせていただきます。また、ひとみちゃんのためにお祈りいたします。

れいこれいこ 2005/05/31 16:23 覚えてみえるでしょうか?約2年前にある人を追ってエジプトに行き、今はカナダのバンクーバーで英語を勉強している者です。ここに来て一年が過ぎました。
「ヤベツの祈り」は日本から持ってきて、「バウンダリーズ」は最近母がこちらに来た時に持ってきてもらいました。まだ読んでいる最中ですが、友人や家族との境界線について考えさせていただいてます。私はこの境界線をしっかり持っていなかったからなのか、しがらみが多くなってしまったのだなあ、と思いました。クリスチャンではないですが、この本はすばらしいですね。
ひとみちゃんは私の妹と同じ名前です。彼女が回復することを心からお祈りいたします。

はちこはちこ 2005/06/01 21:10 Kayakoさん、れいこさん、コメントそしてお祈りをありがとうございます。れいこさん、もちろん覚えていますよ。カナダでの生活はもう1年になるのですね。『バウンダリーズ』も読んでくださってどうもありがとう!

erinaerina 2005/06/01 21:13 アメリカは今が卒業のシーズンなんですね。
ということはもう夏休みが目の前?!羨ましいです。
東京はこれから梅雨に突入です。

モノを選ぶコツって本当に難しいですね。
家族でいたら2個でXX円っていうのが安いし、1人で暮らすと割高でも少量買いのほうが安かったり。
それに品質でいうと野菜やお魚なんかはどういう基準で選べば良いのかといつも悩んでいます。そのたびにお母さんからもっと教わっておけばよかったとお店で後悔し、次のために母かに教えを請います。やっぱりお母さんは偉大だなとそのたびに実感している今日この頃です。

ひとみちゃんの容態が一日でも早く快方に向かいますように...。

はちこはちこ 2005/06/02 07:30 erinaさん、こちらは本当にもう夏休みが目前です。
私も、この年になっても「親に教わっておけば良かった」と思うことがたくさんあります。お母さんがそばにいるうちに、たくさん教えてもらってください!(^^)

ぼぼるぼぼる 2005/06/06 18:58 れいこさん、おひさしぶり!カナダでの修行はいかがですか。また陽気がよくなるころですね。残された時間を存分に堪能してください。

2005-05-29

その後

19:52 | その後を含むブックマーク

 先週事故にあった私の親戚の大学生の女の子ですが、まだ意識不明の状態が続いています。続けてお祈りいただけると感謝です。(本人も家族もクリスチャンではありません。)

KazukoKazuko 2005/05/29 23:19 人生というのは本当にいつ何が起こるかわからないものですね。

家族の皆さんがどんな気持ちでおられるかと思うとつらいです。

どうか主が、ご本人に力を与えてくださり、また家族の皆様に慰めと平安を与えて下さるよう祈っています。

みぞっぺみぞっぺ 2005/05/30 02:31 ご本人の上に直接イエス様が触れて癒して下さいますように。また、ご家族にこの試練を乗り越える力を与えて下さい。引き続きお祈り致します。主が最善を尽くして下さると確信しつつ。

はちこはちこ 2005/05/30 08:21 彼女の名前は「ひとみ」ちゃんと言いますが、90歳になるひとみちゃんのおじいちゃん(私の叔父)は、自分が代わってあげたかった、90になる自分はこんなに元気なのに、将来のある孫がこんなことになるなんて、と泣いて泣いて悲嘆に暮れているそうです。また、ひとみちゃんのお父さん(私の従兄)は医者で、本当ならすぐにひとみちゃんが入院している大阪の病院に駆けつけたいところなのに、今どうしても目が離せない患者さんが自分の病院にいるため、まだ一度もひとみちゃんに会いにいけていないそうです。どんなにか辛いだろうと思います。皆さんのお祈り本当に感謝します。

がらっぱちがらっぱち 2005/05/30 15:18 かみさま
どうしてこのようなことがおこるのですか

かみさま
どうか
どうかひとみさんをたすけてください

イエスさまのおなまえをとおしていのります
アーメン

EphEph 2005/05/30 16:26 私もご本人とご家族に主イエス=キリストから力が与えられる
ようにお祈りしております。

2005-05-28

CCから戻りました

21:55 | CCから戻りましたを含むブックマーク

今しがたCCから戻って来た(CCそのものは月曜日の昼間まで続くけれど)。昨日、今日ととても濃い2日間だった。夕べ寝たのは3時近く。今朝は午前10時会場に集合して4時の開会に備えた。私たちは毎年初日しか参加できないのだけれど、残りの2日間も主にあって祝されたものとなりますように。

今夜は疲れたのでもう寝ます。

みぞっぺみぞっぺ 2005/05/29 01:48 本日の礼拝に京都のT兄がいらして、JCFNのお話をちょっと聞きました。はちこさんのお宅にも行かれた事があるそうです。(留学中に)ところでマウントハーモンもJCFNと関係あるのでしょうか?
引き続き、帰国後のクリスチャンがしっかりと教会につながる事ができるようお祈りします。

はちこはちこ 2005/05/29 08:29 おお、T山くんですね? 彼はJCFNを始めたオリジナルメンバーの一人で、私をJCFNに紹介してくれた方でもあります。うちにはプリンストン時代とシカゴに引っ越してからと、2度来てくださいました。マウントハーモンとは直接のつながりはないですが、JCFNの主事が時々参加しています。 お祈りありがとう!

2005-05-26

多忙なヒト

00:08 | 多忙なヒトを含むブックマーク

来週金曜日に持たれるフルツ流体実験室の落成式典の準備で、ぼぼるパパは最近とても忙しい。一日二回出勤する日もある。朝行って、夕方帰って来て、夜また行って、夜中過ぎに帰って来て、というパターン。今夜も2度目の出勤で現在留守。特に明日はプレスリリース用の写真撮影のためにメディアの人たちが来て、彼はカメラの前で実験のデモンストレーションをすることになっているので、今夜はその準備のために出かけている。パパは人前で話をするのは苦手だけど、人前で実験をしてみせるのは大好きなようで、結構嬉々としている。私も学生時代は実験心理学をやっていた身なので、人前で実験をしてそれがうまくいったときの喜びはよくわかる。フェスティンガーの認知的不協和理論などは実験で簡単にデモンストレートできて、やるたびに学部生が驚きのうなり声をあげるのが嬉しかった。(^^)パパの明日の実験もうまくいくといいネ。

中部JCFN地区修養会(CC)

10:08 | 中部JCFN地区修養会(CC)を含むブックマーク

 今週末の土曜日から来週月曜日にかけて、シカゴ郊外のジャドソンカレッジを会場に、中部JCFN主催の修養会(ミニ聖会?)、セントラルカンファレンス(CC)が開かれる。今年で3回め。(だよね?)準備は佳境に入っていて、明日の夜9時半からうちで最後の準備委員会&祈祷会がもたれる。

 私とぼぼるパパは実は特に何もしてなくて、ただ準備委員会の集まりや宿泊の場所を提供をしているだけだが、若い人たちがそれぞれに仕事や学校もあるなかで、本当によく動いてくださっていて、それを見ているだけでも祝される。

 明日は祈祷会の後、大人6人と子供二人がうちに泊まって行かれることになっているので、寝室の準備をしなくては。といっても、エミの部屋とケンの部屋を使うだけだけど。あと夕食の献立と、デザートは何にしようかな… お客さんがあるたびに、快く自分の部屋を提供してくれるエミには心から感謝。ありがとね!

かずくんかずくん 2005/05/26 11:21 JCFNってなんだろうと思ってリンクのページ見てみると良くわかりました。とても大切な働きなんですね。確かに海外でクリスチャンや教会、聖書に触れて日本に帰国して、紹介された教会に足を運ぶが、海外の教会との違いに戸惑い、今ひとつ信仰にはいれないという声を聞くことがあります。たとえば、「英語だと聖書の言葉や、お祈りの言葉がすっと心に入ってくるのだが、日本語で聞くと違うもののように感じて心に入らない。」という意見を聞きました。JCFNとはそんな人をサポートしてくれる働きなのでしょうね。

がらがら 2005/05/26 14:25 ビタミンJ、いい表現ですね。
良いものになりますように。
エミちゃん、ケンちゃん、えらいね。

みぞっぺみぞっぺ 2005/05/26 17:33 JCFはわかるのですが、Nはネットワークの意味でしょうか?そういえば、北米でもJCFの修養会はあるのでしょうか。海外に住む日本人にとって日本語でのメッセージをたっぷり聞くことや母国語での交わりって当たり前の事ではありませんから。そういう機会がもっと増えて、海外でも沢山の方々が救われますように。日本からも牧師がもっとそういう働きに召されるといいですね。

はちこはちこ 2005/05/26 23:52 皆さんコメントありがとう。JCFNはJapanese Christian Fellowship Network の略で、欧州やアジアのJCFとは別の団体です。海外で救われる日本人は、何と日本国内で救われる日本人の30倍の数と言われているそうです。けれども、そのうちの多くの人たち(8割以上?)が帰国後、教会につながることなく信仰を失っているという統計があるらしいのですね。JCFNは海外で救われた日本人クリスチャンの支援や弟子訓練のためのネットワークやリソースの提供、そして帰国後のサポートやフォローアップなどを主な働きとしています。最近は日本国内でも帰国者クリスチャンのサポート意識が高まって来ているようなので、とても嬉しいです。

2005-05-25

お祈りのリクエスト

15:40 | お祈りのリクエストを含むブックマーク

今しがた、はちこ母から連絡が入ったのですが、私の従兄の娘(大学三年生)が昨日、交通事故に遭い、現在意識不明の重体なのだそうです。このままでは一命は取り留めても植物状態になってしまうかもしれないそうです。彼女と彼女の家族のためにお祈りいただけると感謝です。

In Your Presence, O God

08:49 | In Your Presence, O Godを含むブックマーク

 Lynn DeShazo の In Your Presence, O Godを朝からずっと聴きながら、神さまとのひと時を過ごしていた。この曲は、私には、ダビデが敵に追われて疲れ果て、すっかり嫌になって息も絶え絶えで、それでも何とか神様にしがみつき、泣きついているような、そんなdesperationが感じられる気がする。(この曲を書いた本人はそういうつもりではなかったようだけど。)

 詩篇を読みながら、ダビデの祈りって激しいよね、と思う。神様に向かって、自分の全ての感情を注ぎ出している。ダビデの祈りはきれい事だけでなく、時には敵を呪うような激しい表現もあるし、納得がいかなければ神様にもくってかかる。その一方で、神様の義と公正と聖さと愛を充分に知っていて、主の前に地べたに這うように徹底的にへりくだっている。彼のどんな激しい言葉も、神様に対して疑問を投げかけているような時でさえも、ある意味、神様のご性質を充分に知り、神様との間に親密な関係を持っていればこそ出て来る、彼の信仰と信頼の現れなんだろうなぁと思う。どんな苦しみや恐れのなかでも、自分自身の罪から来る痛みのなかでも、彼は繰り返し告白している。

「あなたこそ私の主です」

「あなたこそ私の神です」

「あなたこそ私の王です」

「あなたこそ私の望みです」

「あなたこそ私の避け所、隠れ家、わが岩、わが救い、わがやぐらです」

 私も今朝、ダビデにならって告白しよう。

 あなたこそ私の主です。今日も一日、私をあなたの御臨在のなかに住まわせ、あなたの道に歩ませてください。この目が右にも左にもそれることなく、一心にあなただけを見つめていることができますように。

MatthewMatthew 2005/05/25 18:29 早速祈らせていただきます

erinaerina 2005/05/25 19:55 お祈りしています。。。

F子F子 2005/05/25 20:29 お祈りしています。 主はいつも最善をしてくださるお方です。

はちこはちこ 2005/05/26 08:41 お祈りどうもありがとう。心強いです。何か連絡が入ったらまたお知らせします。

かずくんかずくん 2005/05/26 11:12 おくればせながら、お祈りに加えさせていただきます。

が 2005/05/26 14:20 お祈りしました。
ひきつづき、お祈りしていきます。

まりやまりや 2005/05/27 20:53 続けてお祈りしています。

2005-05-24

 はちこ母から電話

| 22:16 |  はちこ母から電話を含むブックマーク

今日、はちこが留守の間に、はちこ母から電話がかかってきた。特に用件というわけでもなさそうだったので、はちこと違って聞き上手でない私が相手では申し訳ないなあと思いつつも、最近行ってきたというトルコ旅行のおみやげ話などをうかがった。おしまいのころになって義母が言った。「まあ、ぼぼるさんには、いつもはちこがお世話になっています。あの子もほんとにねえ、マントヒヒで」。私は一瞬言葉を失いましたよ(汗)。そういやあ、お母さん、このブログ読んでらっしゃるんですよね。「いえ、そんなことは」とかなんとかお茶を濁してその場はとりつくろったが、自分の書いた物がこういう形で返ってくるとは思わなかったので狼狽した。こういうのを種まきと刈り取りの法則というのであろう。それにしても愉快なお母さんである。

はちこはちこ 2005/05/24 22:21 ははは、こりゃ愉快だ。(笑)

2005-05-23

 橋桁パート2

| 22:05 |  橋桁パート2を含むブックマーク

 日本では橋梁建設の談合問題が話題になっているようだが、私の家の近くでも橋梁建設をやっている。インターステート80号の恒久的な渋滞を解消すべく、車線の拡張工事をしているのだ。現在の6車線から10車線に拡張するため、高架部ではいままでの橋脚の横に新しい橋脚を並べて立てて、その上に車線を増設している。既存の橋脚はローマ数字の2(II)のような形をしているのだが、となりに橋脚を並べるには肩のでっぱりの部分が邪魔になるらしく、そこをわざわざ切り落としている。その切り落とし方が、いかにも「壊しました」といわんばかりに、でこぼこしている(写真上)。ミロのビーナスの肩みたいだ。これ一本ならまだしも、何列も同じようにハンマーで叩き割ったような古い橋脚が並んでいるのはなかなか壮観で(写真下)、建築家の独特な美意識がしのばれる。アメリカのこういう大雑把なところが、私は大好きだ。

 VIPでの写真

| 22:05 |  VIPでの写真を含むブックマーク

 土曜日のVIPの集会では何枚か講演中のはちこの写真を撮ったのだが、本人曰く「私、全部マントヒヒみたいね」 せっかく「お、いい表情をしている」と思ってシャッターを切っても、この人は表情や身振り手振りが豊富なので、次の瞬間には白目を剥いていたり、歯をむき出していたり、にらみを利かせていたりで、結局どれもマントヒヒみたいに写っちゃったのであろう。というわけで、今回は、写真は公開いたしません。

みぞっぺみぞっぺ 2005/05/25 08:17 楽しいご夫妻ですね。こんなに美人のはちこさんがマントヒヒなら、わたしなんかきっとゴリラですわ。今日子供達にEric Carleの From Head to Toe を読み聞かせしながら(これはジェスチャーしながら読む絵本なので)知らない人がこの光景を見たら絶対私はゴリラだと(あるいはゾウ)思われるんじゃないかと不安でした。子供達は大喜びでウッホウッホやってましたが。

はちこはちこ 2005/05/25 08:57 エリック・カール、子供と一緒に読むには最高ですよね。From Head to Toeは私も大好きです。(^^) 私が写真を見て「マントヒヒみたい」と言った時、主人はお腹を抱えて大笑いしつつ、うなずいたんですよ。普通「そんなことないよ」とか、否定しそうなものなのにね。(笑)

2005-05-21

画期的と思ったこと

23:08 | 画期的と思ったことを含むブックマーク

 今日のシカゴVIP Clubでの集まり、最初に3曲ほど歌ったのだけど、1曲めは何と「大きなのっぽの古時計」だった。なるほど、ノンクリスチャンの方も招待して来ていただいているのだし、いきなり賛美歌・聖歌ばかりだったら、彼らは「場違いな所に来た」と思ってしまうだろう。まず誰でも知っていそうな日本の唱歌を歌い、それから賛美の歌を歌うというのは、こういう集まりではとても適切な配慮だと思った。

 たとえば伝道集会などノンクリスチャンがメインの集会だったら、賛美の歌だけではなくみんなが知っている歌ーー歌謡曲だっていいじゃない? ちょっと聖書的なメッセージが感じられる良質の歌ならーーも数曲取り入れるというのは、すごくいいアイディアだと思うな。 どうですか、皆さん?

「今日」から始まる「過去」

23:08 | 「今日」から始まる「過去」を含むブックマーク

 なぜだかふっと、タウンゼント博士がリカバリーセミナーでおっしゃっていたことを思い出した。

 「過去」を変えることは不可能だけれど、それでも私たちに出来ることはある。それは「今日」をスタート地点にして、そこから新しい「過去」を一日ずつ作っていくこと。

感謝

21:31 | 感謝を含むブックマーク

 今日のシカゴVIP Club での「バウンダリーズ」に関するお話は、とてもうまくいきました。主の御名を讃えます。お祈り下さっていた皆さん、どうもありがとうございました。I couldn't have done this without your prayers! 適度な緊張感はありましたが、あがるという程でもなく、1時間あまり、自然体で楽しくお話させていただきました。40名弱ほどの方々が集まってくださり、話の後も、短いながらも良いお交わりを持つこともできました。このグループはもともと日本人クリスチャンビジネスマンの会が前身だったので、今日も男性ばっかりだったらちょっとやりにくいかも、と思っていたのですが、シカゴ近郊の日本人教会にもアナウンスされていたそうで、半分くらいは女性の方たちでほっとしました。またJCFNの仲間たちも数人集まってくださり、とても心強かったです。(ふぅきぃも来てくれてありがとね!)

 やはり「バウンダリーズ」というこのテーマは、誰にでも身近な問題のようで、皆さんうなずきながら、時に苦笑しながら、熱心に聴いて下さいました。最後の質問の時間でもたくさんの具体的な質問が出され、感謝でした。『スモールグループから始めよう!』もすでに読んで下さっている方がいて、友人と4人でこの本に書かれているようなことを実践するスモールグループを始めようと話しているんですよ、とおっしゃってくださり、とても嬉しかったです。

 シカゴ近郊にはいくつかの日本人教会がありますが、私が住んでいる方面には残念ながら一つもありません。そのためJCFNの若い人たち以外には、普段は滅多に日本人のクリスチャンの方たちとお会いする機会がないので、今回はその意味でも私にとって祝福でした。シカゴVIP Clubの上に、シカゴ近郊の日本人教会の上に、またそこに集われるお一人お一人のうえに、主の豊かな祝福がありますように。そして「境界線」について知り、それを実践していくことで、皆さんの人生がさらに自由と愛と喜びに満ちたものとなり、それにより一層主の御名が讃えられますように。

ふぅきぃふぅきぃ 2005/05/22 00:43 今日は(もう真夜中を回っているので昨日の事ですがw)VIPでの講演おつかれさま&すばらしかったです!服装もすごいかっこよくて(特にスカーフが)、さすがでした。話も全然長く感じなかったし。でも、さすがに急に「冬樹君、来てたの?!!」とかのコメントはシャイな僕にはびっくりでしたw。CCでは覚悟しておいてくださいねwふふふ

KayakoKayako 2005/05/22 06:01 「今日」をスタート地点にして、そこから新しい「過去」を1日ずつ作っていくこと。嬉しいお言葉です。いろんな日がありますけど、毎日、安らかに大切に過ごしていきたいと思います。(感謝)

はちこはちこ 2005/05/22 14:33 ふぅきぃ、
最前列の、しかも私の目の前に座ってたのに、なぜか全然気が付かなかったのよね。死角になってたのかなぁ。途中でひょいと見たらいたから、すごくびっくりしたのよ。(笑)1時間余りしゃべったのに、長く感じなかったというのは良かったです。(^^)CCでは急に名指しにして何かさせるのはなしにしてよ。このおばさんも気が小さいんだから。(笑)
Kayakoさん
「過去」のくびきに囚われることのない、新しい「今日」を、朝毎に新しい主の恵みと憐れみに感謝しつつ主にあって生きていきたいですね!

2005-05-20

もう金曜日

22:53 | もう金曜日を含むブックマーク

今日はエミとみんがそれぞれに友人の誕生日会に呼ばれて、しかもみんは二つのパーティーのかけもちで、おかげで私は3つのパーティー会場を右へ左へと送り迎えに遁走させられた。一方ま〜やとケンは二人で仲良く並んでビデオを観ていた。

送り迎えの合間に、明日のVIPシカゴでのお話の原稿チェック。数週間前の私からは信じられないほど落ち着いている。ぼぼるパパがパワーポイントを使ってプレゼン用の画面(っていうんですか?)を用意してくれた。先日PstrNSさんが紹介しておられた高橋メソッドを使ってみようかとも思ったんだけど、私は初心者だし気が小さいので、なんだか恥ずかしくてやめた。(笑)

全然関係ないのですが、このPstrNSさん、実ははちこの大学時代のKGKの先輩なのであります。大学一年生の頃、ものすごーくお世話になった方で、先日ネット上で、実に約25年ぶりの邂逅をはたし、感激していたのでありました。PstrNSさん、これからもどうぞよろしくお願いします。(^^)

PstrNSPstrNS 2005/05/20 23:37  トラックバックありがとうございました。こちらこそよろしくお願いします。
 高橋メソッドは、確かに「これでほんとにいいだろうか」って思いますよね(^^ゞ。通常のプレゼン資料作成で行き詰まりを感じたり、めんどくささを感じている人には、魅力的です。わたしは準備が簡単な点、それから笑いがとりやすいところが気に入っています(^^ゞ。

がらがら 2005/05/21 18:41 高橋メソッドはじめてみました。
うん、おもしろい。わかりやすい。
つかえそうです。

おいのりしてます。

はちこはちこ 2005/05/21 19:58 高橋メソッド、確かに画期的だと思いますよ。次回また人前でお話させていただく機会があれば、使ってみたいです。パワーポイントだと、私は使い方がわからないので夫に用意してもらわないといけないのですが、高橋メソッドなら自分でもできそうだし。楽しくて有益な情報をお分かちいただけて感謝です。(^^)

erinaerina 2005/05/23 19:53 こんにちは。HPを発見して数週間...いつも楽しみに読みに来ています。
私は周囲にクリスチャンの友達が少ないから、その代わりというわけではないですが、いつも励みになります。
実は私は今の会社に入社して2年目。
私の発言から思わぬプロジェクトを課長が発足させ...リーダーに祭り上げられ、マネージャーミーティングという課長さんがたの集まりで来月発表をすることとなりました。
昔の仕事ではプレゼンテーションを何度か経験したことはあったのですが、、、今の会社に入社したのはそういう仕事がしたくなかったからなのに!と嘆いても今は遅く。それ以外の仕事のストレスと相まって...大きな重荷が私の胃に穴をあけ始めていました。
でも、昨日の帰り道にふと寄った本屋で見つけた本にマタイの重荷を背負う人は私のところに来なさいっていう言葉にであったり、プレゼンが苦手という『はちこ』さんの成功例を読み...力づけられました!!!

はちこはちこ 2005/05/24 17:37 erinaちゃん、ようこそ♪ いやぁ、ほんとに神様が助けてくださいました。プレゼンの日が近づいたら教えてね。そしたら祈ります。

2005-05-18

For this child I prayed

23:09 | For this child I prayedを含むブックマーク

ほのぼのとしたとても良いバンケットでした。表彰式では、オーケストラ、バンド、合唱隊のそれぞれで一番貢献度の高かった生徒が一人ずつ選ばれたのだけれど、エミはオーケストラで賞をいただいた。 先日も学外で参加しているオーケストラで賞をもらったばかりだったけど、エミは今年は本当に良く頑張ったんだね。音楽っていうのは一生楽しめるものだし、機会があるうちにどんどん打ち込んでいって欲しいな。そういえば、合唱隊で12小節分の作曲をするという課題が先生から出されたそうなんだけど、エミは12小節と言わずフルレングスの三部合唱を作詞作曲して提出したところ、それが卒業式で歌われることになったそうだ。今日そういうことに決まったとかで、エミは大喜びをしていた。合唱隊が歌ってエミがピアノ伴奏をする。

エミのこの数年の成長ぶりは、本当に目を見張るものがある。単に成績が良いとか、いろんな賞を取っているとか、そういう次元のことだけじゃなくて、何て言うのかな、エミの生活全般や、精神的、霊的な部分が、とても穏やかで安定していて、同時に活動的で生産的で、伸び伸びと充実していて… そうだなぁ、「健やか」という言葉がピッタリな感じ。そしてそんなエミを見るたびに、また私との間の本当に良好な関係を思うたびに、約6年前のある出来事を思い出し、神様への感謝の思いが溢れてくる。

あれはエミがまだ3年生だった頃、私はエミを育てることにある種の行き詰まりのようなものを感じていた。エミとの間に良い関係が築けなくて、あせる思いばかりが空回りし、必要以上に厳しくしてしまったり、あるいは彼女のニーズをうまく満たしてあげることができなかったり、親として何をしたらいいのかわからなくて本当に自信を失っていた。

だけど、あるとき聖霊がエミと私に触れてくださり、その時私はこう祈った。

「エミをあなたのために聖別いたします。私の自我が今までエミを縛ってきたことをお許しください。エミの知性、エミの才能、エミの性格、エミの存在の全て、あなたのものです。あなたのご栄光のためにエミを用いてください。」(1999年12月6日の日記より

今のエミを見るたびに、神様がこのときの私の祈りを聞いてくださったのだと思う。本当に主は真実なお方。

Too cold or too old?

17:50 | Too cold or too old?を含むブックマーク

 今夜はこれからエミの学校の音楽部門(オーケストラ、バンド、合唱)の卒業バンケット(夕食会)&各賞授与式に行く。そんなにフォーマルな格好をする必要はないだろうけど、ジーンズというわけにもいかなかろうと思って、お化粧をしてからノースリーブのワンピースに着替えた。今日は比較的暖かかったけれど、夜にノースリープのまま出かけたら寒いので、当然カーディガンか何かを羽織るつもりでいた。

 私がバスルームで支度をしていると、エミがやってきて、「お母さん、その上に何か着るでしょ?」

 「もちろん。Otherwise it will be too cold.(そうじゃないと寒過ぎるもん)」

 するとエミは、

 「Yeah, you are too old for it. 」

 「What? What did you say?」

 「I said, you are too old to wear no-sleeve.(お母さんはノースリーブを着るには年取り過ぎてるよって言ったの)」

 けしからん。何と言う娘だ。(笑)

 ふーんだ、ちゃんとカーディガン羽織りますよー。 さて、出かけて来ますか。

KayakoKayako 2005/05/19 10:08 私は、長老派の教会で洗礼を授けて戴いたのですが、洗礼を受ける前の準備の勉強会で、ウエストミンスター小教理問答書を牧師さんに学びました。その中の問1
に「人のおもな目的は何であるか。」というのがあります。答は、「人のおもな目的は、神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶことである。」です。ほんとにいい言葉だと思います。エミちゃんにそして、エミちゃんを育てていらっしゃるはちこさんにこれからも祝福がありますように。

いずみいずみ 2005/05/19 16:05 はちこさん、覚えていますか? 以前シドニーからメールを送りましたいずみです。その後日本に帰国し、素晴らしいチャーチをみつけ、日本でも恵みにあふれた生活を送っています^^ そして、一人暮らしを神様の愛を日に日に強く感じています。よかったら、ブログ書いているので、遊びにきてください。http://yaplog.jp/izumi_sydney

はちこはちこ 2005/05/19 16:26 Kayakoさん、コメントどうもありがとう!Kayakoさんにも祝福がありますように!
いずみさん、覚えていますよ。(^^)JCFNでは2ヶ月に一回、報告のあった帰国者のリストを作り、「祈りの勇士」たちがその人たちのtransitionと帰国後の祝福のために祈っているのですが、リストにいずみさんの名前を見つけたとき、あっ!いずみさんだ!と思って嬉しかったです。日本でもますます輝いて、Jesusの愛をどんどん伝染させてください。ブログも明るくて楽しくていいですね! 祝されますように。

ピョコピョコwalkピョコピョコwalk 2005/05/19 18:21 ハッと気がつかされました。頭ではわかっているのに、家族に対しても人間関係でも、自我で縛ってきたこと…大切な祈り教えられました。
エミちゃんをはじめ、蟹ダンスエスコートするケン君に素敵なお子さまたちと、子育ての中から、主の香りがたくさん薫ります。思わず立ち止まって薫り楽しむと共に、教えられました。エミちゃんのピアノ伴奏たのしみですね。さらに健やかに成長されますように。

はちこはちこ 2005/05/19 20:12 ピョコピョコwalkさん、お帰りなさい! 韓国はいかがでしたか。きっとたくさんの祝福があったのでしょうね。Praise the Lord!(^^)

いずみいずみ 2005/05/20 15:40 はちこんさん、返事有難うございます!そうですかJCFNで祈っていてくださっていたのですね!そのせいか、全て日本にきてから順調に良い具合にいっています♪なんどかOFFICEに遊びにいったのですが、誰もいませんでした(涙)日本でもっと神様を感じられることに感謝します!JESUSの素敵な愛を周りにいっぱい広げていきたいです☆

2005-05-17

シカゴVIP Club

15:32 | シカゴVIP Clubを含むブックマーク

今週の土曜日はシカゴVIP Clubでバウンダリーズについてお話させていただく日。1時間という時間を与えられ、ビジネスマンの方たちが主な対象(クリスチャン6〜7割、ノンクリスチャン3〜4割)ということなので「境界線ーー人生のより良い管理者となるために」というタイトルでとりあえず原稿(アウトラインに肉付けしたようなもの)を作ったけれど、どうも1時間で話す内容にしては情報量多過ぎの感じ。ぼぼるパパに見てもらったら彼も同じ意見。このままじゃ2〜3回分の講演の分量だよと。この原稿を半分近くに削ってフォーカスを絞った方がいいかもしれない。ああー。

先週までは、このお話の準備をするのが憂鬱で緊張しまくっていたのだけれど、先週祈りのパートナーのH子さんと話した時、「そんなに緊張するのは、実は佐知さんのプライドが原因なんじゃないの? うまくやらなければならない、失敗は許されない、というような」と指摘され、あぁそうかもしれないと思い当たるものがあった。それでプライドを主の前に認めて告白し、悔い改め、代わりにシカゴVIP Clubで私がお話させていただくことになっている人たちに対する主の思いと情熱で私を満たしていただくようH子さんと一緒に祈ったところ、平安が与えられた。本番はそれでもやっぱり緊張するだろうなと思うけれど、準備をしている今はちょっとワクワクしている。

ちなみに、今のところの原稿のアウトラインは

  1. 簡単な自己紹介
  2. 導入
  3. 境界線とは
  4. 境界線の中にあるもの
  5. 境界線に問題を持つ人たちの4つのタイプ
  6. 境界線を明確にし、神の秩序のなかで人生をマネジするための境界線の10の法則
  7. 境界線の究極の目的ーー愛と自由と責任のある人生のなかで豊かに実を結ぶために

多分、このなかから10の法則はすっぽり削ることになるかな。 原稿のシェイプアップの上に主の御手がおかれ、語る私の上に当日主の油注ぎがありますように。

がらがら 2005/05/17 16:52 わたしは、礼拝での聖書朗読を奉仕させていただく機会があるのですが、最初のうちは、前日から緊張していました。
ところが、主よ、どうかわたしを用いてくださいと祈るようになると、余分な緊張が取れました。
さちさんの実践、とても参考になります。

どうか、良いものになりますように。


スモールグループ〜、読み始めてます。

はちこはちこ 2005/05/17 22:44 がらさん、いつもありがとう。一言ひとことが胸にしみて励まされました。本も読み始めてくださってありがとうね。祝福がありますように。

大塚大塚 2005/05/20 17:07 「人生のより良い管理者となるために」ですか…。まだまだだなぁと思いつつ、
本を取りにいかなければと少し焦っています(^^;;; VIPでのご奉仕の祝福を
お祈りしています。

はちこはちこ 2005/05/20 19:10 大塚さん、お祈りありがとう。シカゴ時間の明日の朝です。良い時となることを期待して、私も楽しみです。(^^)

heidiheidi 2005/05/20 21:41 別件でメールありがとうございます。日本時間で今夜ですね。大丈夫ですよ、お祈りさせて頂きますね。私事ですが、3/20に長年のあがり症を克服させて頂いた証を教会でしたばかりです。私があがらなくなったのは、努力ではなく聖霊のなせるわざです。(^_^)HPの証のページ(一番下)にも載せました。
http://www2.gol.com/users/heidi/testimony/index.html

2005-05-16

悲しやー

11:14 | 悲しやーを含むブックマーク

キッチンシンクのディスポーザーが壊れた。昨日、コーンホルダーを中に落としたことに気づかないまま動かしてしまい、恐ろしい音をたてたと思ったら、そのまな動かなくなってしまった。プラマー(水道屋さん)を呼ぶと高くつくから嫌だなぁと思いつつ、仕方がないので今朝になって電話した。

動かなくなったディスポーザーを見て、水道屋さんは「これを直すのには159ドルかかるよ、いいね?」「はあ。お願いします。」で、直すのに所要時間30秒。「直ったよ」「えっ、もう直ったんですか?」「直し方教えてやるから、今度こうなったら自分で直しな。こういうレンチが金物屋に売ってるから、それを買ってきて、ここの小さな穴に差して左右に動かしてみるんだ。それですぐに直るよ」「…… それだけで159ドルかかるんですか?」「ほんとだったら249ドルなんだけど、それじゃあまりにフェアじゃないから、値引きしてやったんだよ」「……」

プロを呼ぶと、毎回泣きたくなるほど高くつく。やってることを見ると、たいしたことしてないのにとにかく高い。アメリカの人は、大抵の修理は本などを見て勉強して、自分でやってしまうことが多いけど、こんなに高いんじゃ無理もないよね。

実は先週、娘達が使っている二階のバスルームのシンクとキャビネットを取り替える作業をぼぼるパパにやってもらった。もう3年前からずっとお願いしていたことで、ようやくやってくれた。(ダーリン、ありがとう!)これも、プロに頼めば1500ドルくらいはかかる仕事だけれど、パパにやってもらったので材料費だけ、800ドルくらいで済んだ。約半額だけど、プロがやれば半日で楽々できる仕事も、パパがやると数日かかる。(でもパパは仕事が丁寧だから、完成度はプロにまったく劣らない。)パパの時間と体力は貴重なので、それを費やさせて数百ドル浮かすのと、彼には仕事やそれ以外の「パパならでは」の事に専念してもらい、日曜大工的な事はお金がかかってもプロにさくっと頼むのと、果たしてどちらがいいのか、妻/主婦としては、悩むところ。

嬉しいコメント発見

10:11 | 嬉しいコメント発見を含むブックマーク

クリスチャントゥディのサイトの新刊案内の欄で、先月だか『スモールグループから始めよう』が紹介されていたらしく、昨日検索していて偶然発見した。クリスチャントゥディのサイトはしばらく前に大々的なリニューアルをして、全ての記事に読者がコメントをつけられるようになったのだけど、この新刊案内のところにも読者さんのコメントがついていて、その内容に感激してしまった。

十字架の縦の棒は神と人。横の棒は兄弟姉妹の交わり。リバイバルは安心して心を開く事の出来る交わりの中から起きる。愛の実践があるところに告白と悔い改めが起きる。賛美して、願い事を祈って、説教聴いて、献金して。それだけがクリスチャン生活ではあまりに貧しい。世間話をしながらお茶を飲むのではない。心の中にある本当の自分をさらけ出す場所が必要なのではないか。

「愛の実践があるところに告白と悔い改めが起きる。」そう、そうなんですよ! この本で著者が言いたかったことを読み取ってくださっていて、すごく嬉しかった。クリスチャンの交わりがただの社交サロンのようになってしまうなら、お互いに自分のいい部分ばかりを見せ、醜い部分は取り繕い、なんだか納得いかなくても裸の王様の家来たちのごとく「その通り、その通り、ああ素晴らしい、ハレルヤアーメン」とうなずき合うだけの薄っぺらな関係になってしまう。

PstrNSPstrNS 2005/05/16 21:19  修理代を言って了解を取り、修理の内容にかかわらず、きっちり取るあたりが、いかにもアメリカ的ですね。契約は契約だ、という感じ。作業内容をあらかじめ訊かなかったのが、敗因だったかも。
 ご主人の大工仕事には、たとえば1500ドル−800ドルで、700ドル浮いたなら、ちょっとお小遣いをあげるとかはいかが。わが家の場合、何かした後、「あなたってほんとに素敵」、という家内の一言で、ごまかされています(^^ゞ。いえ、実はそれで結構満足している自分がいたりして。

はちこはちこ 2005/05/16 21:57 PstrNSさん、ようこそ♪
「これを直すのに159ドルかかるよ」と言ってから五分とかからないうちに「直ったよ」と平然と言えるその神経に私は驚きました。せめて苦労して直しているフリくらいしたらどうなんだっ!と。(笑)
PstrNSさんのコメントを見たら、次回からは主人も「○○ドル浮かせたから、その分で僕が欲しかった××を買うよ」とか、言い出すかもしれないですね。困ったなー。(笑)

まりやまりや 2005/05/17 04:58 ウチも衣類乾燥機を修理(といえるのか!?)してもらった時に経験しました。なんと後ろについているサーモスタットのリセットボタンを押しただけで200HK$ (3500円位)!!!「電話してるんだからそのとき教えてよ」と言いたくなりました(笑)。

LovelyLovely 2005/05/17 07:15 ◇5月15日付けの『カトリック新聞』の「ほん」の欄に、次のような紹介文が掲載されてありました。その全文と原文を転記します。

 聖書の学びや依存症からの回復、交流や支援など、さまざまな目的をもつ小グループが教会の中で動いている。著者は「人の人生を変えるスモールグループを実践する方法」について、その始め方や、世話役と参加者の責任、またグループの諸問題に対処するための示唆などを詳しく示す。

http://d.hatena.ne.jp/Lovely/

はちこはちこ 2005/05/17 10:38 まりやさん、お久しぶり! ホンコンでもそうですか。 こんな、素人でも簡単にできるようなことだけしてお金を取るなんて、プロとして恥ずかしくないのかと問いたいですね。(笑)
Lovelyさん、ご紹介ありがとうございます。この本ももっともっと大勢の方に是非読んでいただきたいです。

ぼぼるぼぼる 2005/06/06 18:56 3年前?1ヶ月前じゃなかったっけ。

2005-05-15

ユースパスター決定

15:52 | ユースパスター決定を含むブックマーク

 先週の日曜日、別のユースパスター候補がやって来て、無事、彼に決まった。ハレルヤ。今回の人は私も何となく「うん!」と感じるものがあったので、彼に決まって嬉しい。就任は6月3日から。彼と彼のご家族のうえに祝福がありますように。

 今夜は教会でポットラック(持ち寄りディナー会)があり、みんが自分でフルーツサラダを作ってみたいと、今、台所で奮闘している。奮闘と言っても、フルーツを切るだけなんだけどね。彼女は今日、生まれて初めて自分でリンゴの皮を包丁で剥きました。初めてにしてはなかなか上手にできてたかな。

ケンスケとダンスする

15:52 | ケンスケとダンスするを含むブックマーク

 先日ケンスケと公園に行った時のこと。タンポポを摘んで花束にしたものを私に差し出しながら、「Mom, will you dance with me?(ママ、僕と一緒に踊ってくれる?)」スローダンスでも踊るのかなと思った私は、「もちろんよ」と答えて彼の手を取ろうとした。すると彼は直立不動の姿勢を取り、バルタン星人のように頭の横で両手をチョキにした。「Let's dance to the rhythm.(リズムに合わせて踊ろう)」そして、右に一歩、左に一歩、左右に揺れながらカニさんダンス。

 私はそれを見て、思い切り脱力。ああ、ケンスケにとってのダンスって、これかぁ… そうだよね、スローダンスのはずがないよね… そういえば、彼が持ってる幼児向けのリズム体操のビデオの中に、こういうダンスがあったなぁ… 私は地面の上に座り込んで大笑いしてしばらく立ち上がれなかった。そしてようやく立ち上がってから、踊りましたよ、ケンスケと一緒にカニさんダンスを。

みぞっぺみぞっぺ 2005/05/15 17:09 ふさわしい方がいらしたようで良かったですね。はちこさんの教会にきっとピッタリの方を主が送って下さったのでしょう。私達のところにも素晴らしい方が来て下さり、子供達も私達も大喜び。神様のなさる事って不思議です。アーメン。

ViviVivi 2005/05/15 17:46 ケンスケくんのジェントルマンなふるまいに「なんてかわいいんでしょう」と娘に話しながら、続きを読んで爆笑でした。少し前にTVで「Shall We Dace」を見ていたので、公園でかわいい男の子とママが優雅に踊る姿を思い浮かべたんですけどねぇ。(笑)

ViviVivi 2005/05/15 17:48 ↑の「Dace」に「n」が抜けちゃった。(笑)「Dance」です。(*^^*)

heidiheidi 2005/05/16 07:12 はちこさん、すっかりご無沙汰しちゃいました〜。私は一昨日寒いヨーロッパから帰って来たばかりです。ケンちゃん、ケンブリッジで会った時は赤ちゃんだったのにね。大きくなったのねぇ。(^_^)

はちこはちこ 2005/05/16 09:56 みぞっぺさん
おととし、新しく主任牧師を迎えるときも、主は確かに私たちを導いてくださったので、今回も安心して主に委ねることができました。これからうちの教会のユースグループが、また教会全体が、主にあってどんな展開を見せることになるのか、楽しみです。
Viviさん
でしょう? 私もケンってばなんて可愛いミニ紳士なの、と思ったんですよ。それなのに、カニさんダンスだなんて…(笑)
heidiさん
お久しぶりです!(^^) もしかして、長ーいGWを楽しんでおられた…? 今回はどちらだったんですか?

heidiheidi 2005/05/18 10:02 ヨーロピアンには笑われてしまうのですが、2週間は日本人にしては長いかも知れませんね。今年は9年ぶりのウィーンと、そこから電車で2時間50分位のブダペストに行き、最後は毎年会いに行っている元ボス夫妻がいるコペンハーゲンです。エンジョイしてきました。行くたびにシカゴのお友達はどうしてるって聞かれます。(^_^)

はちこはちこ 2005/05/20 19:12 ヨーロッパに比べれば、シカゴはあまりにも文化も何もないですが(^_^;;、またいつかこちらにもいらしてくださいね〜♪

2005-05-12

やっぱり

21:08 | やっぱりを含むブックマーク

やっぱりまだ完全には直っていなくて、調子が出ません。風邪は直るまでに1週間かかるといいますから、仕方がないですね。咳とくしゃみがとまらなくて、そのうち家族の皆にうつるのではと心配。今夜も早く寝ます。

2005-05-11

「贖いの時間」

22:19 | 「贖いの時間」を含むブックマーク

 今夜のミッショネット(女の子対象の子供ミニストリーで、私は6〜8年生のクラスを担当している)は、思いがけない展開になった。今やっている単元は「選択」で、いつものようにレッスンを始めたのだが、ふと見るとカレン(仮名)が泣いている。びっくりして「どうしたの?」と聞くと、実は今日妹と喧嘩をしたら、私だけが悪かったわけじゃないのに、お母さんは私を一方的に責めて、そのことを急に思い出して悲しくなってしまったのと言う。正直な話、唐突だったのでどう対応したらいいのかわからなかったのだけれど、本人は吐き出したら気が楽になったようで、そのまままたレッスンを続けた。しばらくすると、今度はアネットが、どういう話の流れだったか忘れたが、やはりお母さんと喧嘩して、理不尽に叱られて悲しかったことを分かち合い始めた。そして彼女はさらに話を続け、自分にはお父さんが側にいなくてがとても悲しいこと、どこにいるのか最近は連絡もつかなくて、もうすぐ卒業式なのにきっと来てもらえないと思うと悲しいこと、お母さんも自分よりもボーイフレンドのことばかりで自分は大切にされていないようで悲しいこと、などなど、涙を流しながら次々と話し始めた。すると今度はブリアナが、アネットはそれでも時々はお父さんと連絡が取れるからまだいいけど、私などお父さんに会ったことがなく、きっとこれからも会うことがないと思うなど、彼女の悲しさをいろいろ分かち合い出した。レッスンからはすっかりはずれてしまったけれど、この時間はものすごく大切だと感じたので、私は彼女たちにできるだけ好きなだけ話させ、好きなだけ泣かせてあげた。みんなの話に耳を傾けつつ、適宜私とベッツィーも話をした。私は、私自身父親が不在の家庭でずっと育ったこと、それで寂しい思いをした事もあったこと、だけど神様は私がこの地上での生活で持てなかったものを補って余りあるお方であり、父との関係もずっと後になってから神様が不思議な機会を与えてくださり回復してくださったことなどを分かち合うことができた。

 人は皆、ーー大人だけでなく子供でさえもーーいろんな重荷や葛藤を抱えつつ生活している。でも、日常生活の中で機能していくためには、心の中の葛藤や痛みをしまい込まざるを得ないことがある。しかししまい込んだままでどこにもそれを出す場所がなければ、やがてそのような思いは、どこかで破壊的なパワーをもって噴出したり、あるいは形を変えて別の場所に現れ、私たちの生活に悪い影響を与えたりする。だから私たちは、どこかに自分の感情や葛藤や重荷を、正直に表現できる安全な場所が必要だ。この女の子たちにとって、ミッショネットのこのクラスがそのような場になってくれれば、と切実に思った。1時間半があっという間に過ぎ、アネットは最後の方で、普段はこういう個人的なことは恐くて話せないんだけど、今日は不思議と自然に話せたの、と言っていた。カレンも「I needed this tonight」と清々しい笑顔を見せてくれた。

 『スモールグループから始めよう』のなかでは、日常生活から一歩退いたところで、自分の感情や葛藤などを正直に表現し、光の中に差し出すことで神と他者からの愛に触れてもらえる時間のことを「贖いの時間」と呼んでいるが、今夜のミッショネットのクラスは、まさにそんな時間だったのだなと思った。こういう時、先日も話したような「霊的にふるまう」ことをすれば、彼女たちは恐らく口と心を閉ざしてしまっていただろうと思う。大切なのは、うわべをなぞるような形で慰めの言葉をかけたり、御言葉を彼女たちの喉元につきつけて無理矢理飲み込ませることではなく、御言葉を通して神様が示しておられる愛と真理を、グループのみんなで体現してあげることではないだろうか。聖霊が私たちのただ中におられ、一人ひとりの心を溶かして下さっているのを感じた暖かい夜だった。

ほぼ復調

20:57 | ほぼ復調を含むブックマーク

お祈りくださった皆さん、コメントをくださった皆さん、どうもありがとうございます。おととい、昨日の晩とゆっくり寝たら随分楽になってきました。まだ鼻声ですが、もう日常生活にはほとんど差し支えません。皆さんの暖かいお言葉とお心遣い、本当に感謝します。(^^)

KaroKaro 2005/05/12 07:22 はちこさん、わーい!再開してくださって、ありがとうございます。でも、まだまだ、無理しないで、お身体を大切にしてくださいませ。「スモールグループから始めよう」は、いつも、持ち歩いて、私の仕事の間にある空き時間に読んで、私の人付き合いの為、それから、大事な信仰のために、大いに役立てます。本のサイズが、気に入っています。

2005-05-09

風邪

10:57 | 風邪を含むブックマーク

風邪をひいたようで、体調不調です。

みぞっぺみぞっぺ 2005/05/09 16:56 私も花粉症から風邪を引いてしまいました。鼻をかみすぎて真っ赤なお鼻のトナカイさんです、トホホ。GWでキャンプ場に泊まって楽しかったんですが、何かのアレルギーでクシャミ&鼻水、困りました。カタクリアレルギーってあるのかしら?(あたり一面カタクリの花でした)
はちこさんもお大事になさって下さいね。

KazukoKazuko 2005/05/09 19:17 ちょっと風邪かな?とおもったら、airbourneがいいそうですよ。これはいつも学校の子供たちに風邪をうつされた学校の先生が発明したもので、いろんなビタミン剤など入っています。

同僚が、このおかげでわたしは風邪をひかないと自慢していました。

わたしは、予防のためにechnesia(スペルがまちがっているかも)という花のサプリメントをとります。

とにかく、よく食べてぐっすり眠るのが一番ですが、子供さんの世話とかあって大変でしょうね。近所なら手伝いに行くのですが。。。

ピョコピョコwalkピョコピョコwalk 2005/05/10 07:45 つらいですね。お大事に。
主の癒しと、ゆっくり睡眠時間が与えられますように。

かずくんかずくん 2005/05/10 10:22 数日睡眠不足が続いた後に、早めにたっぷりと眠った次の朝はとても気持ちよかったです。そのとき「ああ、身体的境界線を守ることも大切だな(早寝したこと)」と思いました。風邪の癒しを皆様の祈りにあわせてお祈りいたします。

emiemi 2005/05/10 16:55 お大事に。
早くお元気なはちこさんに戻られますよう、お祈りしています。

がらがら 2005/05/11 14:16 おつらいでしょう。ご自愛ください。

2005-05-08 Happy Mother’s Day!

母の日

18:14 | 母の日を含むブックマーク

今日は母の日。日本の母たちにはネットで注文してうなぎを贈った。外食しなくても、美味しいものが手軽に食べられるように。一人暮らしのおばあちゃんにはちょうどいい分量だと思う。楽しんでくださいね。

一方私には、ぼぼるパパからはバラの花束と子供たちの写真が入った写真立て、子供たちもそれぞれにプレゼントとカードをくれた。今夜はエミとみんが夕食の支度をしてくれている。みんなありがとね。(^^)

KaroKaro 2005/05/08 22:40 美味しそうな素敵なうなぎのセット、見せていただきました。うちの家族にもこのページのことと、うなぎのページを見せてみたら、中村ファミリーをほめていました。うちでは、私1人が、クリスチャンで、娘として同居中です。まだ、母の日のプレゼントをしていなかったので、これから、私のできるプレゼントを考えます 世界中のお母様方に、神さまの尊いお恵みが、ありますように。

さえさえ 2005/05/10 06:36 ネットで美味しいものを贈るのっていいアイデアですね。今までは出歩くのが好きな母との外食は親孝行でもあったのですが去年からすっかり弱くなって、出歩くのを嫌がるようになってしまったので、今度は家で美味しいものを食べられるようにしてあげようと思いました。・・自分で作ってあげようと思わないしょうがない娘です(苦笑)。

はちこはちこ 2005/05/11 21:02 ネットで注文して送れるのって、本当に便利ですよね。特に海外にいる私にとってはとてもありがたいです。以前はアメリカのものを送っていたのですが、こちらの食べ物は、見た目は華やかでも、味が今ひとつということが多くで、特に日本人の年配の方の口には合わない事が多かったみたいなので、今ではもっぱら日本のものを送っています。来月は主人の母の誕生日なのですが、今度は何を贈ろうかな。

2005-05-07

平川氏の事件簿

| 19:26 | 平川氏の事件簿を含むブックマーク

おお、ベーシスト平川理雄氏の番外編日記「ベース刑事(デカ)の事件簿」が予想外の展開を見せている。目が離せない。完結篇の第五話のアップが大いに期待されるところだ。

余り物

| 12:52 | 余り物を含むブックマーク

皆さんは何かを作るときに、材料を適当に買ってきて作り始めてみたものの、いろいろ足りないものがあってあとから買い足しに行くことがよくありますか。それともいつもきっちり買い物のリストを作って、過不足なく用意する方ですか。あるいは、足りなくなると困るからと材料を余計に買って、結局使わずじまいになってしまうタイプでしょうか。

はちこに言わせると私は3つ目のタイプなのだそうだ。道具箱の中には前のプロジェクトの残りの金物がどっさりあるのに、何か作るとなるといつも新しくしかもどっさりと買い足してくるので、使わない部品ばかりどんどん増えて、お金の無駄使いもいいところだと言う。

しかし、これには少々誤解もある。使っていない部品で使えるものはもちろん使うが、ものを作るには微妙に規格の違うネジだとか、長さや太さの違う釘が必要なことも多く、しかも細かい部品は一箱何十本という単位でしか売っていないので、いきおいいろいろな種類の金物がたまってしまうのだ。それに食べ残しのご飯と違って、放っておいても腐って捨てることはないのだから、本当にいつか使う日が来るかもしれない。長い目で見てほしいものである。

などということを考えていたら、最近大学のそばで面白いものを見つけた(下の写真)。鉄道の陸橋なのだが、明らかに一番外側の橋桁が使われずに余っている。いかにも「これくらい作っておけば足りるだろう」とニョキニョキ立てておいて、ふたを開けてみたら一組余分でした、という感じがして可笑しい。しかもごていねいにちゃんと白いペンキまで塗ってある。アメリカのこういうおおざっぱなところが私は大好きだ。

KazukoKazuko 2005/05/08 11:38 わたしもアメリカの大胆なところ大好きです。寛大というか、forgivingというかようまく言葉で表せないのですが、許容範囲が広いんですよね。

100%失敗しても30%ほめてくれるようなおおらかさが好きです。

でも日本に幾たび、きちんと正確に何でも細かに計算して予定通りにおこなってきちんと整っているのもすごいな〜と感心しますが。。。

まさおまさお 2005/05/08 21:31 ぼぼるアニキ、ご無沙汰してます。
ネジの箱買いは基本っすよね!工具やパーツが揃っていると、クリエイティビティー湧いてきます。キッチンにたくさんの種類の調味料が並んでいるようなものっすよ。醤油ばかり買い足しているのではなく、種類を揃える感じ。その辺りではちこアネキにも納得してもらいましょう。
ベース刑事は意外にも(?)高評価、ありがとうございます!また事件の匂いを嗅ぎ付けてみたいと思います。

ぼぼるぼぼる 2005/06/06 18:55 Kazukoさん、コメントありがとうございます。ほんと、アメリカの度量の広いところは見習うべきものがありますよね。サービスのキメの荒さとかはありますが。まさお氏、元気ですか。去年の夏のタバサの蚊取り線香とひぐらしのコンサートがいまだに印象に残っています。

2005-05-06

境界線の機能

| 15:00 | 境界線の機能を含むブックマーク

 リバイバル新聞では今、3月にもたれたリカバリーセミナー:バウンダリーの内容に関する連載をしている。(全12回、3ヶ月間に渡る連載で、現在第3回め。)今日届いた5/1号では3月21日午前のタウンゼント博士のセッションから「境界線の機能」についてが出ていた。

 境界線には二つの機能がある。一つは自分がどういう人間であるかを明確に「定義」する機能。聖書の中で、神はご自身を明確に定義しておられる。ご自分がどのようなお方であり、どのようなお方ではないのか、何を愛し、何を憎まれるのか、どういう原則を持たれ、それに反したならどのような結果があるのか、そういった事を私たちに明らかにしておられる。そして神は私たちにも神と同じようであって欲しいと願っておられる。つまり、神が愛するものを愛し、神が憎むものを憎み、また自分がどういう価値観を持った人間なのかを他者に対して明確にすることを願っておられる。

 もう一つの機能は「守り」である。(っていうか、「保護」ですね。記事の中で「守り」となっていたということは、私がそのように通訳したのでしょう。冷や汗。英語ではprotection と言っていたはず。こういう時は「保護」と訳したかった… と今更自分に突っ込んでも遅いか。うう。)箴言4:23に「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ」とあるが、私たちは自分の境界線の中にあるものには自分で責任を持ち、それを周りの悪から守る必要がある。自分を傷つけようとする人や状況からは境界線を引いて距離を取る必要がある。それは、神さまから委ねられた大切な宝を守ることであり、それによってさらに自由に、心からの愛をもって仕え、与えることのできる人間になるためである…

 このお話のなかで、タウンゼント先生は、私との間に起きたあるやり取りを例に使っておられた。21日の朝、会場に向かう途中、私は寒くて震えていた。一方先生は、自分が着ているコートの他に、前日に尾山清仁先生から借りた余分のコートを手に持っておられた。私はそれを「寒いので貸して下さい」と言えばよかったのに、つい遠慮して黙っていた。そしたら先生の方から気が付いて、「コート、着る?」とオファーしてくださったので、私はそれにとびついた。私は自分に必要があったのに、それを満たすことのできる人に対してその必要を正直に表現していなかった、という例だった。この場合、先生が気が付いて貸して下さったから良かったものの、そうでなければ私は寒くて風邪を引いていたかもしれないし、さらには「どうして先生は私が震えていることに気づいてくれないのかしら、余分のコートを持っているんだから貸してくれればいいのに、意地悪ね」などと逆恨みをしていたかもしれない。まぁこれは些細な例だけれど、実はこのようなことは日常生活の人間関係の中では結構よく見られるのだと思う。特に日本人は、自分の必要を明確にすることが苦手であるうえに、「気配り」を美徳とするから、言われなくても相手が気づいてくれることを期待してしまう部分があると思う。ところが相手が自分の期待通りに動いてくれないと、逆に相手を心の中で裁いたり恨んだり苦みを覚えたりする。とても不健全。

 さて、実はこの「境界線の定義」の話には後日談がある。コートとは関係ないんだけどね。セミナー三日目の後、みんなで食事に行った話は先日セミナー四方山話の中で書いたけれど、この食事のデザートの時のこと。2種類のデザートが出され、お店の人は、その2種類をランダムに配ってくださった。一つはチョコレートケーキで、もう一つはクリームブリュレ。私の前に置かれたのは後者だった。タウンゼント先生は並べられたデザートを見て、「2種類あるんだね、じゃあみんなで分けっこしようよ」とおっしゃった。しかし私は「あら、でも私はクリームブリュレ、大好きだから」と言った。先生は笑いながら「なんだー、さちはシェアしたくないんだー」そこで私はすかさずこう言った。「だって先生もおっしゃってたでしょ。私たちは自分が何を好み、何を好まないか、自分の境界線の定義を明確にすべきだって。」するとタウンゼント先生もオカオト先生も大爆笑して、タウンゼント先生はお腹を抱えつつ「さちはもうこれ以上僕の本を読んじゃダメだ」とおっしゃった。それから「僕は君のご主人に申し訳ないよ、君をこんなモンスターにしてしまって」とも。(笑)

 笑い話はさておき、自分の境界線を愛をもって尊重してくれる人と一緒にいることは心地よい。自分もまた相手の境界線を尊重しようと、素直に思わされる。境界線を引くことは、決して相手との間に壁を作って断絶することではなく、互いに相手をより良く知り、さらに愛しあえるようになることを助ける。そうして不必要な摩擦や苦みは回避され、健全で前向きな人間関係が構築される。タウンゼント先生たちと一緒に過ごした数日間は、そのことを私に身をもって教えてくれた。デザートの件も、私はクリームブリュレがとても美味しかったので、結局オカモト先生にも「美味しいですよ、一口いかがですか?」とオファーした。それは、タウンゼント先生にプレッシャーをかけられたからではなく、美味しいものを分かち合いたいと私が心から思ったので、自主的にやったこと。そしてオカモト先生のチョコレートケーキも一口いただき、それもとても美味しかった。(^^)

KaroKaro 2005/05/07 05:18 私にとって、自分の意思をどう伝え、相手にどう尊重してもらうか。また、もし、相手に自分を尊重してもらえなかったら、相手との付き合い方を考えていこうと思っています。でも、神さまの御心に心を寄せて、極端な結論を(絶交する等。)出したくないと、思っています。祈りつつ、(極端にならないように、気を付けながら。時と場合も考慮して。)でも、大切な事は、たとえダメだったとしても、角を立てずに、伝えることが、できる人になりたいと思っています。

hirohiro 2005/05/07 09:19 「boundaries」という言葉について、ひとつ質問させてください。あるアメリカ映画の中で、恋人の大切な品物を勝手に触ってしまい 恋人を怒らせてしまった主人公が謝りながら「どこに『boundaries』があるかわからなかった」というようなセリフがありました。(邦訳は「どこまで許されるかわからなかった」となっていた。)また、今ちょっと読んでるある本の原著には「”no”is how we establish and begin to comprehend boundaries.」とありました。
英語では、boundaries という言葉は 著書「境界線」の中の意味で フツウに使われているのですか?あるいは「許容範囲」といった意味でしょうか?日本語の中では「境界線」という言葉が 人間関係における関係の築き方の意味で使われることは少ないように思いましたので。
 日記の中に書いていられるように、日本人は、−いえ 私は、−関係の築き方がうまくないですよね。人間関係における「境界線」のあり方を意識しているか いないか、「ことば」の中にも表れているのかな?英語圏では そもそもそういう考えが(人間関係の境界線)があるのかな?と思いましたので、もしよろしければ教えてください。

はちこはちこ 2005/05/07 10:56 『Karoさん、hiroさん、コメントありがとうございます。
まず、英語での”boundaries”という言葉ですが、そうですね、一般的に人間関係その他で「限度」のような意味で普通に用いられますね。日本語でも「けじめをつける」とか「分をわきまえる」という表現がありますが、それに近い感じでしょうか。しかし、日本語の「けじめ」や「分」も著者の言う「バウンダリー」のコンセプトの一部に含まれると思いますが、それが全てではないように、著者がこの本の中で言う「バウンダリー」は、通常の英語の「boundary」よりも、さらに深く豊かなコンセプトを表現する言葉として用いられていると思います。

著者のクラウド博士は、『境界線 略解』という短い文章をご自身のHPに掲載されています。その中で、「バウンダリー」が自分勝手な目的のために用いられることもあり得る事を憂慮しつつ、以下のように言っておられました。

「境界線は神が私やあなたに自由を回復させるためのものです。それによって私たちが自分の人生に対する支配権を取り戻し、神や他者を愛することができるようになるためです。目的をもって、自由に愛すること、これこそ境界線が生む究極的な実です。」(『境界線 略解』より)

つまり「バウンダリー」とは、キリストがその十字架の死と蘇りを通して私たちに得させてくださった「自由」(ヨハネ8:36)を、私たちが責任をもって用いることができるようになるためのものなのですね。そしてそこには私たちの人生における神の秩序の回復があり、真に心から愛することが可能になります。恐れや強制や罪悪感や義務感から解放されて自由に心から愛するときにこそ、私たちは天国に持ち帰ることのできる「実」を結ぶことができるようになるのですね!』

hirohiro 2005/05/08 06:21 はちこさん、お返事ありがとうございました。
「境界線」のあとがきに、「こういう考えは (日本では)かなりアメリカ的なものと考えられるのでは」ということを書いておられましたね。(友人に本を貸していて手元に無いため、ニュアンスに間違いがあったらごめんなさい。)
 確かに、「限度を設ける」「けじめをつける」という言葉は、日本語では何か切り捨ててしまうようなイメージが一般的にはありますよね。でも、英語の”boundary”という言葉も正しく理解されないと(主がそれをお与えくださっている目的について知ることなしには)、著書の中に示されているような 豊かな祝福された意味合いは持たないのですね。
 お返事感謝いたします。次の翻訳書も心待ちにしております。

がらがら 2005/05/08 15:22 先日は過分なコメントを書いてしまいすいませんでした。

ようやく、「境界線」を購入し、第二部まで読み終わりました。
大げさに言えば、今まで生きてきた中での人間関係の、もやもや、葛藤、歯がゆさ、悲しみ等が氷解して行くのを感じました。

コートの話、ケーキの話、よくわかります。
境界線が混乱していると、生きることは、とてもつらいものになりますね。

はちこはちこ 2005/05/08 16:10 がらさんって、がらっぱちさんですか? 『境界線』読んでくださってありがとう!
>境界線が混乱していると、生きることは、とてもつらいものになりますね。
本当にそう思います。そして境界線が明確にされるにしたがって、私たちの人生のなかに神様の秩序が回復され、自由と愛と喜びが戻ってくるのでしょうね。がらさんの上にも主の祝福を心から祈ります。

がらがら 2005/05/09 05:14 がらっぱちです。
おいのりありがとうございます。

自由と愛と喜び、、、いっぱい、いっぱい、ほしいです。
いっぱい、いっぱい。
よくばりです。

さちさんにも、ご家族にも、神様からのあったかいお恵みがありますように。

はちこはちこ 2005/05/11 21:08 がらっぱちさんもお祈りありがとう。 自由と愛と喜びに関しては、いくら欲張ってもかまわないですよね。だって。それを与えるためにイエス様は私たちのところに来てくださったのですから。私も、いっぱいいっぱい求めちゃいます。(^^)

だにこ。だにこ。 2005/07/07 02:51 こんにちわ。僕はそんなに境界線について勉強してないんですけど、
前から思っていたことを書いて見ます。

クリスチャンではないんだけど、中村326というイラストレータが書いていた
詩の中で、verbatimではないのですが、こんなことを言っていました。
「傷つく、ということは、人との距離の取り方に関して、一番の先生だ。
だけど、人にはときに、超えてはいけない線を超えて、対岸の火事を
助けに行かなきゃいけないときがあるんじゃないだろうか。
昨日という鉛筆の線を自分という消しゴムで消しながら」

境界線の大切さと、それをむやみに越えることの危険は、本当にそうだと
思うのです。だけど、ときには、「それを超えて愛しなさい」って言われることも
あるんじゃないかなぁって思いました。(でもそれは、境界線が広がるっていうこ
となのかな?) 境界線を越えて、傷つくことを恐れず愛したっていうのが、
まさにジーザスの受肉の愛なんじゃないかなって思ったのです。
そして、十字架を負って従う自分たちにも、そういう犠牲を払わなきゃいけない
トキがあるっていうか... どうでしょう。どうでしょう。

はちこはちこ 2005/07/07 10:53 だにこ。さん、こんにちは! コメントありがとうございます。(^^)

だにこ。さんのおっしゃること、よくわかります。確かにイエスさまは神であられるのに、ご自分を無にして肉を取られましたよね。アダムとエバが境界線を超えたせいで人類の中に入って来た罪から人間を解放するために、イエスさまも境界線を超えて人となってくださいました。「Love Incarnated」、私たちには想像を絶するような愛の御業です。

「傷つくこと」を恐れずに愛することの大切さというのもわかります。また私たちは「傷つくこと」を通してこそ学べることもたくさんあると思います。ただ、傷つくことも恐れずに愛することができるのは、「境界線」をしっかり持った人ならではのことだ思うのです。このコメント欄の上の方で、クラウド博士の『境界線略解』の中から「目的をもって、自由に愛すること、これこそ境界線が生む究極的な実です」という言葉を紹介しましたが、境界線をしっかり持っていて初めて、私たちは主体的に自由に大胆に愛することを選べるのですね。なぜ「境界線」をしっかり持った人は傷つくことを恐れずに愛せるのか、それは、傷ついた時には自己憐憫に陥るのではなく、どこにその傷を持っていって癒しと慰めと励ましを受け取ったらいいか、わかっているからではないでしょうか。残念なことですが、「傷つくことを恐れずに」と思っていろいろなことに飛び来んでも、いざ傷ついてしまうと、自己憐憫とresentmentと痛みの中から抜け出せなくなってしまう人は少なからずいるように思えます。しかし境界線がしっかりしている人は、主体的にそのような選びとりをし、そして結果として傷ついたとしても、そのことで人や状況や神を責めるのではなく、自分で責任を取れる人です。つまり、傷ついた心を適切に神と人(キリストの身体)の前に差し出して、癒しを受け取ることの出来る人です。そしてそれを繰り返していく中で、人は品性を練られ、主にあって成長していくのではないでしょうか。イエスさまが「自分を捨てて、十字架を負って私について来なさい」とおっしゃったとき、それは決して私たちが自分を捨てっぱなし、傷つきっぱなしでいいと思ってそう言われたのではなく、神はさらに良いもの、さらに価値のあるもの(まことのいのち)で私たちを満たし、覆うことのできるお方だからですよね。

また、「傷つくことを恐れずに、境界線を超えて愛する」といって私たちがその愛を実行しても、実は境界線は超えていないはずだと思います。というのも、私たちは、自分が持っている以上のものは与えることができないからです。私たちが他者や神を愛することができるのは、神がまず愛してくださったからです。(第一ヨハネ4:19)私たちが他者に慰めを与えることができるのも、まず私たちが慰めを得たからです(第二コリント1:4)。
表現上は「境界線を超えて愛する」と言っても、私たちが主から受けているチャレンジは、実際には、自分の境界線の中にあるもの(自分が主から与えられている各種リソース…愛、時間、エネルギー、知恵、技能、などなど)をまず自分のものとしてしっかり所有したうえでそれを最大限に差し出す、ということだと思うのですね。境界線は、いわゆる「コンフォートゾーン」とは違います。たとえそれがuncomfortableだとしても、犠牲のように思えても、神から委ねられたもの、与えられたものを、神と他者への愛ゆえに最大限に差し出していくこと… それができるものにさせられたいと、私も願っています。多分だにこ。さんが考えておられるのもそういうことかなぁと思いました。(^^)

ところで、だにこ。さん、Do I know you? I kind of sensed that I know you...

だにこ。だにこ。 2005/07/07 20:55 はちこ。さん、いっぱいお返事書いてくれてありがとうございます!
よく分かりました。 そして、違うことを考えていた訳ではないと
分かってうれしかったです。

「目的をもって、自由に愛すること、これこそ境界線が生む究極的な実です」
すごい解放感にあふれたことばだと思いました。それが目標にあるってすばらしいことだなと思います。「境界線」が、自分の身を守る、自分が分かる世界だけにとどkまる言い訳みたいになっちゃったらやだなぁと思っていたんです。
でも、自戒も含めてですが「境界線」をしっかり持てていない人がクリスチャンに多いということは、目を背けちゃいけない事実ですね... 自分にとって犠牲を払って傷ついたときのいちばんの慰めは、「十字架で自分を愛して下さったジーザスと同じ道を歩ませて頂いた」ということかなと思います。 そして、その道を歩んで傷ついた人たち、耐え抜いた人たち、those who overcameということばが黙示録にあるけれど、
はやはり選ばれた人たちだし、特別の祝福を与えられているんだなと思います。自分も含めてまだまだですけれど、一人でも多くジーザスと同じ愛で愛する人が増えていけたらなぁと思います。

境界線の本、ちゃんと読んでみます。

昨年の年始にもちつき大会でお世話になりました。緑の服を着たブレイズの
人でした、だにこは。
クリスチャン向けではないんですけれど、こんなん作りました。
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=daniko

はちこはちこ 2005/07/07 22:45 だにこさんもお返事ありがとう。(^^)『バウンダリーズ』、是非読んでみてください。いろいろ気づかされることがあると思います。
だにこのHPも、豊かに用いられますように!

2005-05-05

動物園へ

22:33 | 動物園へを含むブックマーク

 今日は、ケンの幼稚園の遠足の付き添いで、シカゴ市内にあるリンカーンパーク動物園に行って来た。今日はお天気がよく、気温もまあまあ暖かく、動物園を歩き回るには最適の日和だった。行く時、高速道路が大渋滞で本当なら40分くらいでいけるところが1時間40分かかったのには参ったけど、良い遠足だった。

 しかし子供たちは、動物を見る以上に友達同士であたりを走り回ることの方が楽しかったようで、半日目一杯駆け回っていた。最初のうちは親達も、我が子にいろんな動物を見せてあげようと「○○! こっちよ、ライオンがあそこで寝てるわよ!」「ほら、シロクマが泳いでるの、見える?」「早く、早く! キリンが高い木の葉を食べてるよ!」と必死で子供の関心を動物に向けようとしていたけれど、そのうち諦めて、子供達には好きに走り回らせるようになっていた。(笑)だって、たとえば大きな岩があると、となりの檻の動物には目もくれず、岩によじ上ったり飛び降りたり、その周りをぐるぐる走り回ったりを20分くらいずっと続けていたりするんだもの。岩一つがこんなに子供たちを喜ばせるんだから、驚きよね、と親同士は苦笑してた。帰りのバスの中ではみんな疲れて寝てました。私も。

 ケンスケは、パパから「遠足はどうだった?」と聞かれると「ジョーイと、ベンジャミンと、ホーヘイと、ディロンに会って一緒に遊んだよ」(みんな幼稚園のクラスメートだから、「会った」んじゃないくて、一緒に行ったんだけど。)「そうか。で、動物は何を見たんだ?」「覚えてない」だって。 やっぱりねー。

キャンパスの春

| 15:54 | キャンパスの春を含むブックマーク

ようやく暖かくなってきた。月曜の日中の最高気温は8度だったのが、週末には27度くらいまで上がると予想されている。この陽気でキャンパスの花は今が見頃だ。昼は1時間程花見をしながらサンドイッチをほおばった。6月早々にはプール開き。シカゴの春は短い。

2005-05-04

霊的にふるまう

17:39 | 霊的にふるまうを含むブックマーク

 先日、Viviさんがコメント欄に「『スモールグループから始めよう!』を読んで、『痛み』を受け止めるということがどんなに大切で必要なことかを教えられました」と書いてくださった。(4/30のコメント。 Viviさん感謝します!)私自身、『スモールグループから…』からは、人との関わり方について、また自分自身(あるいはキリストの身体の個々の器官や身体全体)の成長を考えるにあたって、多くの示唆と気づきを与えられた。

 中でも、第55章「霊的にふるまう」は非常に身につまされたことの一つだった。この章で著者は、クリスチャンたちがスモールグループの中で互いに対して「霊的にふるまう」ことがしばしば見られること、そしてそれがどれだけ人々の成長の邪魔をしているかについて語っている。そしてここで言う「霊的にふるまう」とは「崇高で霊的な説明やコメントに見えて、その実は役に立たない、紋切り型の答えを与えること」と定義される。

 例えば、苦しみや試練の中にある人に対して「神さまは全てのことを働かせて益としてくださるから大丈夫よ、主に信頼しましょうね」と言う。あるいは愛する人を亡くした人に対して「悲しまないで、○○さんはもう天国にいるんだから。またいつか天国で再会できるのよ」と言う。どちらもまったくその通りだし、言っている方は精一杯善意のアドバイスをしているつもりに違いない。では、なぜこれが問題なのか。それは、その人が本当に取り扱わなければいけない真の問題からその人の目を逸らさせ、通るべき成長と成熟の過程を妨げてしまうからだと著者は言う。さらに、そのような「霊的な回答」は、聖書が実際に提供している真の回答からは往々にしてずれたものであることも多いと指摘している。

 誰かが何らかの問題を抱えているとき(喪失、試練、罪との葛藤、等など)、その人は時間をかけて恵みと真理を受け取りつつその問題に対処する必要がある。自分の問題についてその人が心を開いて語り出したときに(多分それはその人にとって非常に勇気のいることだったろう)聞き手がいかにも霊的な「模範解答」をポンと差し出してしまうと、その人はそこで「そうね、その通りね、ハレルヤ」と言って引き下がらざるを得なくなる。本当なら、その人の葛藤なり何なりの根の部分を掘り起こし、主の光の中に差し出し、じっくり取り扱う必要のある問題があるかもしれないのに、表面にさっと漆喰を塗って、とりあえず白くなめらかにしておしまいにしてしまうことになる。

 例えば誰かがある事に関して不安や葛藤をずっと持っていたとする。そしてそのことをクリスチャンの友達に相談する。すると、第一ペテロ五章七節を引用して「一切を神に委ねましょう、神さまが心配してくださるのだから」と言われる。その通りだなと思って友人と一緒に祈る。でも祈ってもまだ不安がなくならない。そこでまだ不安があると伝える。すると今度は、もう委ねたのだから、そのことは考えちゃだめよと言われる。主に目を留めて、ポジティブなことを告白しましょう!と言われる。その場は「そうね」と言って一生懸命主にある信仰を告白してみる。友人はそれでいいのよと言う。一時的に不安がなくなったように感じるかもしれないが、しばらくするとまた戻って来る。だけどもう、友人にはそのことを言えない。言っても同じことを繰り返されるだけだから。あるいは不信仰者のレッテルを貼られてしまうかもしれない。うんざりされて、もう付き合ってもらえなくなってしまうかもしれない。 そこでその人は表面だけ取り繕って心を閉ざす。自分の心のうちの真実を打ち明ける場所を失い、心の奥に穴を掘って埋めてしまう。埋めてしまったものは、腐敗して後からもっと悪い形で吹き出してくるだけかもしれないのに…

 この章を読みながらこんなことを考え、私は本当に身につまされた。私自身、「紋切り型の『霊的な』模範回答」を差し出した側にも、差し出された側にもいたことがある。私が「模範解答」を差し出してしまった相手に対しては、本当に申し訳ないことをしてしまったと泣きたい思いがした。また自分がそれをされたとき、どれだけ絶望してしまったことだったか。今になって、あぁ、そういうことだったんだ、とわかった。

 そしてまた、この「霊的にふるまう」ということを、自分自身に対してもやってしまうことがしばしばあることにも気づかされた。悩みのある時、苦しくて早く抜け出したいと思う。あまりに苦しいから、手っ取り早く励ましになりそうな御言葉をつかんで、「信仰によって」告白して、ハレルヤ!と叫んで「信仰によって」その問題は解決したと「信じる」。一見霊的で、信仰深く、敬虔であるようでいて、実は時間をかけて正面から自分の問題に立ち向かう勇気も忍耐もないだけかもしれないのに。本当の問題から目をそらして「霊的にふるまう」ことで安易な解決を得ようとするなら、結局同じ問題が場所と形を変えて何度も堂々巡りで繰り返されるだけ。同じ問題が繰り返し出てくるのは、必ずしも「信仰が足りない」からではなく、対処すべき問題を認知せず、それを放置しているからなのかもしれない。

 神さまは確かに一瞬にして私たちの傷や痛みを癒し、問題を解決することのできるお方だし、御言葉にはそれをする力があることも100%信じている。だけど、神さまが選ぶやり方はほとんどの場合が「一瞬にして解決」するものではなく、時間をかけて根っこから私たちを取り扱うことで成長への道を歩ませることなんだということを忘れてはいけないと思った。

Memo

16:10 | Memoを含むブックマーク

(私の個人的なメモで、上の記事とは関係ありません。)

kazukokazuko 2005/05/04 22:12 <だけど、神さまが選ぶやり方はほとんどの場合が「一瞬にして解決」するものではなく、時間をかけて根っこから私たちを取り扱うことで成長への道を歩ませることなんだということを忘れてはいけないと思った。

スモールグループの話身につまされます。

人とともに痛みを分かち合うというのは、本当に神様にしかできないことなのかもしれません。

本当に苦しいですね。全知全能の神様なのだから一瞬で、すべてを益にしてくださったらどんなに楽だろうと思うことがあります。

死ぬことより毎日を生きるほうが苦しいですよね。

自分でもいい加減疲れていやになってさじを投げそうになりますが、主はあきらめず、共にいてくださると思うと、やっぱり神様はすごいな〜と思います。
感謝です。

みぞっぺみぞっぺ 2005/05/05 00:51 霊的に振舞う事と本当に聖霊に満たされている事とは違うんですね。問題の本質を見ないといけないなと、思いました。インスタントの答えを期待してはだめですね。せっかちな私には考えさせられる記事です。はちこさん、ありがとう。

はちこはちこ 2005/05/05 20:57 kazukoさん、No matter how slow our growth may be, no matter how many times we may fall or screw up, God would never give up on us... NEVER. Isn’t this amazing?
みぞっぺさん、問題の本質を見ないといけない… その通りだと思います。著者が言っているのは御言葉を引用するなとか、慰めの言葉をかけるなとか、そういう表面的な話ではないんですよね。本当の愛とは、その人の成長や回復を促すような形で関わっていくことなのだということなのかな… 神さまがまさにそのように私たちと関わってくださっているように。

ピョコピョコwalkピョコピョコwalk 2005/05/06 11:30 書き直している段階で送信してしまいました。お手数ですが先のコメント削除できたらお願いします。
教えられました。
信仰生活の中で、信仰生活が長くなるほどこの罠ともなりうることだなと。
霊的にふるまうこと、自分自身をみて思います。
励ましたい一心だったけど、人間的な励ましや教えてあげることは、一時的には慰められるけども、同じ問題がきた時のまたそこでコケてしまう。 Kazukoさんが書かれていたように、神様にしかできない領域なのだと思います。
痛み分かち合うこと、本当の意味では私にはできないかな。
でも同じ家族として思うことや、回復の過程を待ってあげること、お帰り〜と迎えることはできるかな。。。
霊的に見せる偽善はいらないなと、宗教っぽくなっていたところ、見直すことができました。

はちこはちこ 2005/05/07 19:41 ピョコピョコwalkさん、 神さまにしかできない領域… そうですね。でも、神様は、その神様にしかできない業を実現するために、「私たち」のことを用いられることも多々あるのだということを、最近思わされています。私たちをagent として、神様が働かれるのですね。

皆さんが、この「霊的にふるまう」という問題に目を留めて、一緒に考えてくださっていること嬉しく思います。
Lovelyさんのトラックバックもありがとう!

2005-05-02

more on『これからのキリスト教』

20:24 | more on『これからのキリスト教』を含むブックマーク

先日、興味がある本としてご紹介した『これからのキリスト教 一精神科医の視点』について、神戸ホームチャペルのかず先生がご感想を書いておられましたのでリンクします。かず先生も「心の真実をうちあけあう『小グループ』の真実な姿がここにもあるような気がいたしました」とコメントのなかで書かれていました。 先生、お分かちくださって感謝します!

大失敗

19:28 | 大失敗を含むブックマーク

 今日は(も)大失敗をした。夕方からま〜やの歯医者さんの予約が入っていたので早めに夕食の支度をして、ポークリブの下ごしらえをしてから家を出る前にオーブンに入れた。低温でじっくり焼くものだし、タイマーをセットしたので、帰って来るまでオーブンの中に入れっぱなしになっても大丈夫だろうと思って出かけた。

 帰宅するとリブのいい香りが漂っていて、よしよしと思ってオーブンを覗くと… そこには無惨にも真っ黒コゲになったリブが鎮座していた。歯医者さんの帰りにスーパーに寄って買い物をしてしまったのが命取りだったのかもしれない。黒い塊を前に、どうしたものかと途方に暮れてしまった。じっくり観察したところでは、こげているのは表面のソースの部分で、肉そのものはそれほどでもないようだったので、こげた部分をこそげ落とすことにした。だってそうしないと、夕飯に食べるものがあんまりなくなっちゃうんだもん。

 そのうちパパが帰宅して、キッチンカウンターの上の黒こげリブを見ると、「あれ、焦がしちゃったの? 今夜のご飯はBurnt offering (全焼のいけにえ)かぁ!」とニッコリ。なんて優しいの…(泣) 子供たちも食卓につくと黒こげリブに大笑い。そしてこげた部分を避けながらかじりついて、「ちょっと硬いけど、味は美味しいよ!」 うちの家族はみんなforgiving でありがたい。みんなが差し出してくれた恵みに感謝しつつ、私ももっと優しくなろうと思った夜でした。

 で、その黒こげリブ、写真に取って皆さんにもご披露しようかと思ったけど、そこまで自虐的になることもあるまいと思ってやめました。

かずくんかずくん 2005/05/03 01:43 はちこさん、コメントをくださり、さらにTBまでいただきありがとうございました.工藤師自身が、キリスト教会に失望し、講演活動を今後しないということを決心し、最後の挨拶をと考えた講演会の中で、そこに集った人々との交わりの中で、その決心が変えられたこと。「信仰や生活上の諸問題を語り合える心の友と呼べる人に会いたい。」という人々の切実な「パッション」が工藤師の心を動かしたそうです。それははちこさんが書いてくださっていることとすごくつながっている感じました。

テケテケテケテケ 2005/05/03 04:55 はちこさん、お久しぶりです。
東京に転勤となり、はや2年が経とうとしています。奉仕したがりの私は賛美リードや壮年会長などを仰せつかり楽しく毎週を過ごさせて頂いています。
現在7時PM、黒こげのリブが食べたい〜

はちこはちこ 2005/05/03 09:50 かず先生、フォロー感謝します。工藤先生、そうだったのですか… キリストの身体の交わりが、互いの「心のうちの真実」を喜び合い、恵みとまことによって癒しと成長が促される場所となることを私も切望します。
テケテケさん、お久しぶりです! 黒こげのリブよりもっと美味しいものをおうちに帰って奥さんに食べさせてもらってください。(笑)けーちゃんにもよろしくお伝えくださいね!

2005-05-01

Woe is me, I am undone!

00:44 | Woe is me, I am undone!を含むブックマーク

 早いですねー、もう五月。いい季節になってきました、と言いたいところだけど、シカゴはここ2週間くらいずっと寒い。もうしばらくこの寒さは続きそう。

 翻訳はちょっと切りのいい所まで来たので、一旦中断して、他の用事をしばらく優先させることにする。あれとか、これとか。一つひとつの働きのうえに、神さまの守りと導きと祝福がありますように。昨日、うちの教会の2代前のパスターから電話がかかってきて、今彼が牧会している教会で6月の末にサーヴィスをしてくれないかと頼まれた。ぼぼるパパと私で賛美と礼拝メッセージ(証でいいから、とのこと)をして欲しいのだそうだ。正直な話、感情レベルではあまり嬉しくない。私も彼も、人前で話すのはとにかく苦手なので… でもその一方で、主が呼んでくださることなら何でもやらせて下さいという思いも確かにある。だから喜んでやらせていただきますとお返事した(らしい、彼が)。自分たちが何かをするというよりは、神さまは何を見せてくださるのだろう、という気持ち。

 朝に夕に、主に語られ、促され、主の愛と恵みに圧倒され、その聖さと義の前に「Woe is me, I am undone!」と呻いてひれふす。でも、主がイザヤに触れたように、私にも触れてくださるならば…

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