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ミルトスの木かげで このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

God Bless you!!
(ミルトスの花)

Christian spiritual formation is the process of being conformed
to the image of Christ for the sake of others.
M. Robert Mulholland Jr.

ブログを移転しました。こちらにお越し下さい。よろしくお願いいたします。
http://rhythmsofgrace.blog.jp

2007-04-29

mmesachi2007-04-29

濃い週末

15:31 | 濃い週末を含むブックマーク

 昨日のシカゴJCFNバイスタのハイキングは、天候にも恵まれとても楽しかった!

 私にとって、特筆すべきは(直接ハイキングとは関係ないんだけど)、州立公園まで、高速道路で1時間半を道のりを、自分で運転して行ったこと。高速道路と言ってもいろいろで、シカゴ近郊の高速道路は、車線が片側5車線くらいあって交通量は多い、みんな飛ばしている、いくつもの高速道路と複雑に絡み合っているなどなど、私にとっては怖い要因がいくつもあってとても苦手なのだけど、シカゴから離れる方向に向かう道は、高速道路といってものどかなもの。片側二車線で、延々真っすぐ行くだけ。私にも運転できました。

 前日まで雨が続いていたので、イリノイ川が氾濫しメインの駐車場は完全に水没していた。トレイルもあっちこっちぬかるんでいたけれど、それがかえって歩く楽しさを増やしていたかも? 普段ジムで鍛えている(!)せいか、若い人にまざっても十分歩けました。ホッホッホ。

 途中、滝のある場所で御言葉を読み、自然の中に現される主の御臨在についての分かち合いタイム。そして最後は町のアイスクリーム屋さんに寄って、エネルギー補給をしてから解散。(ちなみに、エミとみんは教会のイベントで金曜日から泊まりがけででかけていたため、今回は一緒ではありませんでした。今度は家族でも来たいね。)

(グループ写真は期間限定のつもりだったので、外しました。)

 そして今日は、erinaちゃんの洗礼式。うちから小一時間くらいのところにある教会へ出かけて来た。erinaちゃんの証を聞き、また式のあといろいろお話をして、神さまがいかにerinaちゃんを捕え、糸をたぐるようにしてerinaちゃんを主の元へと引き寄せてくださったかがよくわかって、とても感謝だった。

 私とerinaちゃんの出会いは、2003年の秋、当時シカゴ郊外のOさん宅で持たれていたJCFN日本語バイブルスタディでだった。シカゴに留学し、卒業して一旦日本に帰ったerinaちゃんが、もう一度3ヶ月の予定でシカゴに滞在していた時のこと。同じ年の11月、うちで開かれたJCFN感謝祭ディナー集会にも来てくれて、その時いきなり会計係をお願いしたりして、大勢の人がいた中でもerinaちゃんは特別私の印象に残っていた。

 その後erinaちゃんは帰国し、普通ならそれだけの関係だったかもしれないけれど、それから一年半が経ってから、erinaちゃんが偶然私のこのブログを発見してくれた。以来、コメント欄などを通してずっと交流が続き、一緒にJCFNの聖書通読もするようになり、今回こうして洗礼式に立ち会うことができて、本当に嬉しい。erinaちゃんのこれからの歩みの上にも、主の変わらぬ守りと導きがありますように! (写真もあるんだけど、erinaちゃんの許可を得てから…)

 というわけで、とても濃い週末でした。日本は今、GWですね。皆さんも楽しいGWをお過ごしください!

めぐんちゃんめぐんちゃん 2007/04/30 11:22 滝の写真とても素敵!

普段ジムで鍛えている(!)せいか、若い人にまざっても十分歩けました。ホッホッホ。>

私は昨日教会の若目の友達と同じような調子で公園で大騒ぎして遊んでいたら、しっかり肩を痛めてしまいました。腕があがらへ〜ん(T口T;)

鍛えなければっっっ。

yukayuka 2007/04/30 20:13 州立公園のHPをチェックしてました。ロッキーが恋しくなりました。みなさんの写真に写る表情に、こちらも嬉しくなりました。洗礼式を迎えたerinaさん。はちこさんとの出会いを設けておられた神様。一人の魂の救いのために、必要な人々をその時に合わせて配置されているっていうか、神様って名コーディネーターだって思ってます。(当たり前かぁ)私もアメリカで救われた時も、そうだったよなぁ。愛されているんですね、私達。感謝だ。
昨日、私も家の周りを散歩しました。2ヶ月近く寝ていたため筋力落ちてるのは分かっていましたが、昨日、その事実を認めました。:D これから頑張ろう!!

はちこはちこ 2007/04/30 22:12 めぐんちゃん、
滝、素敵でしょう! なかなか幻想的でした。 
じゃあ、CC準備委員は、身体を鍛えるために、来年はみんなでシカゴマラソンを目指そうか? (って、私はやる気なしだけどw)


yukaちゃん、
ロッキーは、規模が違うから、もっと迫力だよね。
erinaちゃんは、シカゴに最初に来たのが十年以上前で、その頃からの友人の皆さんも遠方からも駆けつけておられて、彼女が神様からも人からも本当に愛されているのがわかり、感動ものでした。 ほんと、一人一人のために、神様は素晴らしい出会いの数々を用意し、それらを用いて私たちを御元に引き寄せてくださるんですね。感謝です!
元フィギュアスケートの選手だった渡部絵美さんは、妊娠中も卓球して身体を動かしていたそうです。妊娠中に卓球だなんて、さすがスポーツ選手は違う!と驚いたものでしたが、yukaちゃんももともとスポーツウーマンだから、妊娠中も適度に運動しておくと、出産が安産になると思うよ!

yukayuka 2007/05/02 02:11 洗礼は、本当に喜びですよね。これからもerinaさんが与えられたクリスチャン達との交わりを通して、成長して行きますように!

妊娠中も卓球か... 先日、長距離ランナーが妊娠中もトレーニング(勿論走り込みです)、出産予定日も走ってる姿を追ってました。びっくり。今日、マタニティビクスを受けるための書類をもらってきました。出産のみならず、今後の肉体的な健康管理のためにも動かす事は良い事ですよね。

はちこはちこ 2007/05/02 09:02 出産予定日にも走り込みのトレーニング! それができるのも普段からトレーニングしていればこそでしょうが、妊娠中も適度な運動はした方がいいらしいので、マタニティビクス、頑張ってね! yukaちゃん、1月頃にまたトレーニングをしたいなぁと言っていた矢先に妊娠・つわりで運動どころじゃなくなっていたけど、これからまた体調が良くなって、徐々に始められそうで、感謝だね!!

2007-04-27

今週末の予定

17:39 | 今週末の予定を含むブックマーク

 明日はシカゴバイスタの仲間達と、Starved Rock State Park という州立公園へ行く。お天気も気温も、ちょうどいい具合になりそうで楽しみ。

 そしてあさっては、このブログにもよくコメントを寄せてくれるerinaちゃんの洗礼式! erinaちゃんはシカゴでクリスチャンになったので、洗礼式もシカゴの教会で行われる。嬉しいーー! たっくさんの祝福がありますように!

労働

| 14:55 | 労働を含むブックマーク

 神様の方法でお金を管理することについての学びの6回目は、「労働」。(それまでの学びの要約は、タイトルの[HMGW]をクリック!)


1. 労働は神が創造されたものである。

「神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた」(創世記2:15)

 労働は、罪の呪いとしてこの世に入ったものではなく、神がエデンの園でアダムに真っ先に与えたものだった。しかし堕落後に、労働は人間にとって厳しいものとなった。(創世記3:17) 


2. 神の目から見た労働とは

 A. 労働は必要なものである。 (第二テサロニケ3:10)

 B. 労働は私たちの品性を立て上げる。勤勉さ、忍耐、協調性、リーダーシップ、従順…

 C. 私たちは主のために働くべきである。(コロサイ3:23-24)

 D. 仕事の種類に貴賤はない。 

 聖書の登場人物の職業もさまざま。羊飼い、政府高官、医者、取税人、皮なめし,天幕作り人…


3. 労働における神の側の責任

 A. 私たちに技術を与えてくださるのは神である。(出エジプト36:1)

 B. 私たちに成功を与えてくださるのは神である。(創世記39:2-3)

 C. 私たちの昇進を支配しているのは神である。(詩篇75:6)


4. 労働における私たちの側の責任

 A. 一生懸命働くべきである。(伝道者の書9:10、箴言12:27)

 B. 働きすぎてはいけない。「あなたは六日間は働き、七日目には休まなければならない。耕作の時も、刈り入れの時にも、休まなければならない」(出エジプト34:21) 主の前に、正しい優先順位を持つことが大切。


5. 神を畏れる従業員(被雇用者)の責任

  A. 正直さ・忠実さ 

「大臣や太守たちは、国政についてダニエルを訴える口実を見つけようと努めたが、何の口実も欠点も見つけることができなかった。彼は忠実で、彼には何の怠慢も欠点も見つけられなかったからである」(ダニエル6:4)

 B. 祈り

「ダニエルは、…いつものように、日に三度、ひざまずき、彼の神の前に祈り、感謝していた」(ダニエル6:10)

 C. 雇用主を尊重する

 第一ペテロ2:18

 D. 同僚を尊重する

 ゴシップに関わったり、同僚を悪く言うことはしない。職場での政治的な派閥などに巻き込まれないようにするのは賢明。

 E. 時宜にかなって信仰を分かち合う

 ダニエル6:20, 26

 普段から勤勉に働き、上司や同僚の信頼を得ているなら、信仰を分かち合う時にも聞いてもらえる。

 

 今祈っている事と関連して、個人的にこの学びにはとても励まされた。実は秋からパートでの就職を考えていて、先日、ある場所に履歴書を送ったのでした。でも先方からは何も言ってこないので、電話をしてみると、倍率が高いので5月中旬くらいまでは連絡できないだろうとのこと。ふえーん。主の御心なら、道が拓かれますように。御心でないなら、閉ざされますように。

浩子浩子 2007/04/28 09:17 実は私も今年に入って就職および職種についての
思いを与えられていて、いろいろな状況が
これからどうなっていくのか分からないながらも、
夏にある学校にいって資格取得、その後・・
というような思いが今胸にあります。

仰るように、御心ならば拓かれ、そうでないなら閉ざされ、という
柔軟さを持ちながら、祈っていこうと思います。
はちこさんのこのことも、そのように祈っていますね^^

はちこはちこ 2007/04/29 07:07 おおー、浩子さんもでしたか! 
新しいことにチャレンジしようとしている時、主よりも先走るのでなく、かといって尻込みするのでもなく、神様に聞きながら神様の速度とタイミングで進みたいですね。
「それはその地に住んでいる者たちをわたしがあなたの手に渡し、あなたが彼らをあなたの前から追い払うからである」(出エジプト23:31)から励まされています。物事を実現させるのは神ご自身であるけれど、主の導きにしたがって私がなすべきパートもあるのだと。
私も浩子さんのためにも祈りますね!

まりまり 2007/05/19 06:56 はじめまして、いつもこのブログを楽しみに拝読しています。現在求道中かつ労働が私の修論テーマに関わっているため、興味深く読ませていただきました。

神さまが労働について伝えてくださっていることは、こうだったのかーと心に響きました。分かりやすくまとめてくださってありがとうございます。

「御心でないなら、閉ざされますように」と素直に祈ることのできるはちこさんのようなクリスチャンになりたいです。今後も記事を楽しみにしています!

はちこはちこ 2007/05/19 10:21 まりさん、初めまして! コメントありがとうございます。
労働に関して修論を書いていらっしゃるのですね。この記事がお役に立てて嬉しいです。
求道中とのこと、イエスさまが今すでにまりさんにとどき、語ってくださっているのを感じました。イエスさまは優しいお方ですから、たとえまだわからないことなどがあっても、安心してお任せして大丈夫ですよ!(^^) 何かあれば、いつでも気軽にコメントorメールしてください!

2007-04-25

バウンダリーズ

16:26 | バウンダリーズを含むブックマーク

 スモールグループの仲間のリンダとマイクは、親戚の事で困っている。リンダのお姉さんは結婚生活にトラブルがあり、お姉さんの子どもの問題とか、経済的なこととか、しわ寄せがリンダたちのところに来ているらしい。

 イザヤ58:7に、not to turn away from your own flesh and blood(肉親の世話を拒んではいけない)とあって、グループの一人がそれを指摘しながら、「たとえ嫌だと思っても、肉親には背を向けたらいけないんじゃないか」と言った。リンダは、「でも、求められるがままにお金を貸し続けても、それは彼らのためにはなっていない気がする」と言い、私も、「ただお金を貸すことが、イコール助けることとは限らないよね。お金を貸さないからといって、それが背を向けることになるとも言えないし」と言った。結局その場ではそれ以上つっこまず、そこで終わったのだが、あとからリンダと話して、『バウンダリーズ』を貸すことになった。

 今日彼女から『バウンダリーズ』がものすごく参考になっていて感謝する」とメールがきた。親戚の問題だけでなく、リンダが手を焼いている16歳と9歳の子どもたちの育児にも、役立つヒントがたくさんあって嬉しいとのことだった。良かった,良かった。助けてくださる主に感謝!(^^)

 バウンダリーといえば、昨日こんなことがあった。みん(12歳)が友達と電話で話していて、彼女がこう言うのが聞こえてきたのだ。(電話なので、会話の片方しか聞こえないのだけど。)

「それは大変だよねー。気持ちはわかるよー」

「うーん、それは私にはどうしようもないなぁ。二人で話して決めないといけないと思うよ。」

「その通り! だからこそ、今すぐにでも、二人で話し始めないとだめなんだよ。」

「それは私には何とも言えないなぁ。今からでも電話して聞いてみたら?」

 どうも友達の悩み相談をしている様子。随分上手に相手をしているのに驚いた。ちゃんと相手の状況に共感を示しつつも、相手の問題を肩代わりしてしまうことなく、当事者で話し合うよう勧めている。みんは私よりもバウンダリー引くの、うまいかも。(汗)

 「上手にアドバイスしてたねえ」と言うと、「皆いつも、私にアドバイスを求めてくるんだよねー。どうしてかなぁ」と、みん。それはきっと、あなたのアドバイスが的を射ているからでしょう。

 そんなみんを頼もしく思いつつも、親としてはちょっと心配にもなる。「ねぇ、みんながあなたに相談をするのはいいんだけど、あなたが誰かに相談したいと思う時、話を聞いてくれる友達はいるの?」「うん、いるよー」ケロっと答えるみん。それならいいんだけどね。

 みんは幼稚園児の頃から、不思議と人との付き合い方が上手だったんだよね。(こんなエピソードもあったっけ。)神様が与えてくださったこの素晴らしい資質がこれからも伸ばされて、主のご栄光のために用いられるようになりますように!

馨子馨子 2007/04/26 05:04 私も若い頃、やはり友人に相談してみんさんのように答えられた時には、何となく突き放されたような感じがしました。そして、相手が責任逃れをしているのかとも思ったり。でも、その後のその友人の態度を見ていると、私に悪意があったのではないことがわかり、かつ、その問題は人に頼っても解決しない問題であることが、その問題に関してははっきりと悟ったので、その友人を恨むことはありませんでした。かえって尊敬するようになりました。

ただ、ちょっと気になったのが、みんさんのお相手のご友人。その方がアメリカで育った日本人、もしくは非日本人だったら、みんさんの対応でよいと思うのですが、純粋に現代日本育ちの方だと、みんさんのような対応をしたら、はちこさんが心配なさるように、「友達がなくなる」ことがあるかもしれませんね。大人になってからは、友人は自分で選ぶことができますが、学校時代は、どうしても「たまたま一緒の場にいさせられることになった」人の中から友人を選ばないといけないので・・・

ふっとそんなことを感じてしまい、お母様の心配は杞憂でもあるが、ある文脈では当たっているかも、と思いました。

はちこはちこ 2007/04/26 08:47 馨子さん、
コメントありがとう! こういう事って、微妙ですよね。単に「私には関係ない事だから、自分で考えなさいよ」と突き放すのと、相手のことを思い、相手が自分の問題に向き合えるように押し出してあげることは、似て非なるもの。この時、相手の痛みや辛さに共感を示すことが大切なんでしょうね。それがないと、ただの無関心で突き放しているだけになりかねません。それでは相手は拒絶されたように感じますよね。

今回私が心配したのは、娘が友達を失うことではなく、友達との関係が常に「頼る側」と「頼られる側」という役割ができあがっている不均衡な依存関係になっていないかということでした。いくらしっかりしていて普段はみんなから頼られる存在といっても、自分に悩みがある時に自分が頼ることのできる相手がいないと、潰れてしまいますものね。

子ども同士の人間関係もいろいろ難しそうですが、これもまた、成長のプロセスの一部なんですね。横で見守りつつ、私も学ばされています。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2007/04/26 11:32 私はまだまだバウンダリーが上手く引けません(>0<)。特に友達の相談に乗っている時。ただ黙って開いての話を聞くべき時と、「それは違うんじゃないのかな」と言うのが適切な時と、なかなか区別がつかなくて。いつも後になってから、あれは不味かったな・・・みたいな。

最近ある所でKeep your thoughts and words acceptable before Godという箇所から、もし自分の頭の中でPhantom Opponent相手にArgumentしてたらそれは不健康だというのを読みました。私は前述の友達に対して「次に彼女がこの話を持ち出したらこう言おう、ああ言おう」とか、「電話がかかってきた時は言えなかったけど実際こうだよね」とか考えているうちにイライラしてきてたりしてたんで、はっとしました。これってある意味相手の問題を肩代わりしてしまってるんだな、と。

直接相談を受けてる時は愛と知恵を持って対応し、その後は神様のお取り扱いに信頼して(実際私が心配しなくても取り扱われているし)Loving detouchmentを身につけられたらなと思います。

書いていてふと思いましたが、友達の話を聞いてイライラするのは、Control issueと格闘してる彼女の中に自分のControllingな姿を見出して拒否反応が出ているのかも。

なんかすんごいSickで嫌なんですけど、自分の問題を認識するのはリカバリーへのSStep 1ですよね。これも神様にSurrenderしてなるべく早いこと取り扱われますようにっっっ。

はちこはちこ 2007/04/26 15:04 めぐんちゃん、

そうなんだよね、こういう状況で難しいのは、人の話を聞いている時に、いつの間にか「共感」を通り越して、自分が抱えている問題を相手の状況に投影(project)して、客観的に状況が見れなくなっちゃったりすることかもしれない。

projectしてしまうものもいろいろで、たとえば自分がinsecureで内心他者からの承認(approval)を切望していたりすると、相談に乗りながらも、相手から親切な人だと思われたい、知恵のある人だと思われたいという自分の欲求を満たそうとしていたり。あるいはめぐんちゃんも言うように、自分の問題を相手の状況の中に見てしまって、それで過剰反応してしまったり。

みんの対応を見ていてオオ!と思ったのは、そういった投影がなく、純粋に相手の問題にフォーカスしていたことなんだよね。そうすると、言いにくいことでもスパッと言えるし、逆にびっくりするほどselflessになって相手のために何かしてあげることもできる。…というのも、みんを見ていて学んだんだけどネ。

去年のハロウィンの時、みんは教会の友達とパーティーをする予定で、1ヶ月くらい前から楽しみにしてたのね。他にも学校の友達からいくつかパーティーに誘われたのも全部断って、そのパーティーを心待ちにしていたの。ところが、ハロウィン当日になって、学校のある友達から電話がかかってきて、一緒にtrick or treat に行く人がいないからつきあって、と頼まれた。最初は、「じゃあ私が行くパーティーに一緒に来る?」と誘ったんだけど、教会の子たちは知らない子だから嫌だとその子は言ったのね。「他の子たちにも聞いてごらんよ、でも4時になっても誰も一緒に行く人が見つからなかったら、もう一度電話して」と言ってみんは電話を切りました。結局その子は他に友達が見つからなくて、みんに、「どうするつもりなの?」と聞くと、「パーティーはキャンセルして、アレーナ(その友達)と二人でtrick or treat に行くよ、だって、せっかくのハロウィンに一人だったら可哀想だもん」と言うではないですか。そしてパーティー用に友達とお揃いのコスチュームを用意してあったのも脱いで、パパっと即席で違うコスチュームを作って、アレーナのところに出かけて行ったんですよ。どうしてこんなにselflessになれるんだろうと、私は驚くやら呆れるやら。でも本人は、親切にしてあげようという気負いも、恩着せがましさも、resentmentも全然なくて、その晩は「あー、楽しかった!」とケロっとして帰って来たのでした。(何か、親ばか話みたいになっちゃってゴメンね。笑)

バウンダリーがある(=Who I am and who I am not を知っている)っていうのは、単に適度な距離を保つという問題でもなくて、時には頭から相手の問題に飛び込んでいくことも可能にするものなのかもしれない。

>直接相談を受けてる時は愛と知恵を持って対応し、その後は神様のお取り扱いに信頼して(実際私が心配しなくても取り扱われているし)Loving detouchmentを身につけられたらなと思います。

これ、ほんとにそう思います。結局、私たちは全能の神ではなくて、主が私たちを用いてくださる分だけ他者にも手を差し延べることができるけど、最終的な解決や癒しは、ただ神様からのみやって来るのだもんね。

私も、他の人の話を聞いている時、ついいろんなものをプロジェクトしちゃう傾向にあるんだよねー。でも、めぐんちゃんの言う通り、自分の問題を認識することがリカバリーへの一歩だよね! 主が助けてくださいますように!

MannaManna 2007/04/26 20:07 昨日と今日のブログを読ませて頂いて… 
子は親の鏡という、ドロシー・ノルトのことばを思い浮かべています。 
素敵なお子様が4人も、すくすくと育てられていますね。^^
12歳のみんちゃんがお友達と、大人にもなかなか出来ない、対応をされているのには、感心しています。
子はまさに、神様からの贈物、素敵な宝物…、彼らの日々の成長が楽しみですね。
彼らが、毎日、健康で安全に過せますように。
主の御守りがありますように。

『わざわいは、あなたに振りかからず、えやみも、あなたの天幕に近づかない。
まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、すべての道で、あなたを守るようにされる。』 詩篇91:10−11

はちこはちこ 2007/04/27 14:15 Mannaさん、
お祈りと御言葉をありがとうございます! 次女(みん)は、relational skill は非常に優れていると思うのですが、それ以外の部分はまだまだ未成熟なんですよ。部屋は片づけられない、すぐに忘れ物をする、何かに夢中になると他の事が一切耳に入らない… やれやれです。(苦笑)
彼女が小さい頃は、私は彼女の「できない」部分ばかりが目について、随分厳しく接したものでした。でも、幼稚園の先生との面談の時、先生から「みんは素晴らしい子どもだ!」と褒められ、それ以来、私の彼女に対する見方も変わったんですね。足りない部分も多いけれど、彼女の素晴らしい部分を、積極的に評価してあげられるようになりました。(ちなみにその先生は、クリスチャンでした!)まだ新米ママだった私を助けるために、主がこういった人物を私の人生に送り込んでくださったのですね。本当に感謝です!

馨子馨子 2007/04/28 03:21 はちこさん

はちこさんのご心配のポイント、わかりました。
で、これは大人の体験と子供の体験と違うかもしれませんが、一人の人間が「頼られる側」と「頼る側」の双方に立つこと、言ってみれば、give and take になる、というのは難しいかもしれません。でも、それを一人の人物が兼ねる必要はないわけで、ある人にはこちらが頼られる側になることが多く、ある人にはこちらが頼る側になることが多いかもしれない。でも、それはバウンダリーがきちんと引ける関係であれば、メンターとメンターされる人の関係でいいんじゃないかな、と。

私も、ある方からはアドバイスを頂くばかりで、私が何も返せてないな、と思うことがありますが、その方に直接返せない分、私は私のアドバイスを必要としている他の方に返すし、その方は、今は私に何かを返す力がなくても、今、別の局面で別の方に、あるいは成長してから後に別の方に、何らかの形で返してゆかれればいいんじゃないかな、と思います。みんさんだって、きっと頼っている方はいるはずですよ。その方が、必ずしも同年代の友人でなくて、神様だったり、ご両親だったり、先輩や先生だったり、ということはあるとは思いますが。

でも、コメントでお母様の目から見て、叱るポイントの多かったみんさんが、幼稚園の先生によって、別の美点を見出された、というのは学びになりました。私も自分の子供はいないけど、今、アルバイトで子供さんたちと接する仕事をしています。その際に、大人の一方的な目で子供を見ないように気をつけたいと思いました。

はちこはちこ 2007/04/29 06:56 馨子さん、
そうですね、mentor と menteeのように、一つの関係の中で必ずしも双方向である必要がない場合もありますね。馨子さんがおっしゃるように、この人との関係では自分がアドバイスをもらう側だけど、別の人とは自分が助けを差し出せる側、というのもよくあることだと思います。それぞれが持っているタラントは異なりますから、関係の中で自然と役割分担が決まってくるというのはあるでしょう。ここでも、「who I am and who I am not」を知り、それを生かしているかどうかで健全な関係か不健全なものかの違いが出てくるのかもしれません。
娘も、人間関係における相談事は友達の間で一手に引き受けているとしても、別の部分(時間に遅れないように友達に声をかけてもらうとか)では、周りの友人に頼っているところもあるかもしれないですね。いや、あるでしょう。人間関係のダイナミクスとは面白いものですね。私も、これでまた娘の人間関係を広い目で見てあげることができそうです。ありがとう!

2007-04-24

ようやく春ですね☆

22:56 | ようやく春ですね☆を含むブックマーク

 アメリカ中部も、ようやく春になりました。日曜日など、春を通り越して夏だった… 

 今日からケンスケのサッカーが始まった。そう、空手に続き、今シーズンはサッカーチームにも入ったのです。幼稚園児のチームだからみんな小さくて可愛いんだけど。ケンはなかなかよく走って頑張っていた。やっぱり男の子だね。エミやま〜やがサッカーしてた時とは全然違う。空手の方も続けているし、いろいろ楽しみです。

 ケンと言えば、先日こんなことがあった。誕生日に買ってもらった大好きなナルトのヘッドバンドをつけて公園で遊んでいたケン。夕方頃になって、彼が尋常ならぬ声で叫んでいるのが聞こえてきた。どうしたのかと思って覗いてみると、小学生の男の子が自転車で疾走するのを、ケンもまた自転車で叫びながら追いかけている。あまりにもただならぬ雰囲気に、てっきり狂犬でもいて二人で命からがら逃げているのかと思い、私もびっくりして二人の方に向かって走り出した。

 二人に追いついて「一体どうしたの?」と聞くと、小学生の男の子は、「なんでもないです。これを借りていて、今から返すところです」と、自分の頭に巻き付けていたナルトのヘッドバンドをはずして私に手渡した。そしてそのまま自転車で走り去っていった。

 ケンスケに事情を聞くと、公園で知り合った男の子で、ヘッドバンドを貸してというから貸してあげてしばらく一緒に遊んでいたらしい。ところが、それを返さないまま帰ろうとしたため、ケンは「Give me back my Naruto headband!!」と叫びながら彼を追いかけたのだそうだ。追いかけている時のケンはすごい迫力だった。今一番自分が大切にしているおもちゃを持っていかれそうになり、必死でそれを取り戻そうとしていたわけだ。無事取り返した後も、ケンはしばらく引きつっていた。失っては大変だと、よほど緊張したのだろう。そんなケンが可愛らしいやら、いじらしいやら、頼もしいやら… 

 家に帰ってからその話をぼぼるパパにすると、パパはケンの頭をなでながら、「偉いぞ。それでこそ男の子だ。自分のお気に入りのおもちゃでも、貸してと言われたら貸してあげるのも親切で男らしいし、それを持って行かれそうになった時、ちゃんと返してくれと言えるのも男らしい。さすがはパパの息子だ!」

 その2週間後くらいに、今度はこんなことがあった。ケンはいつものように、幼稚園から帰って来ると公園で自転車に乗っていた。しばらくすると、公園で子どもを遊ばせていた近所の奥さんがうちに来て(公園はうちから通りを隔てた真向かい)、「ケンが大きな子どもたちに取り囲まれて何か言われてるわよ。様子を見に行った方がいいんじゃない?」 何事かと外に出てみると、ちょうど近所の中学校の下校時間で、学校帰りの中学生たちがケンに絡んでいた。私が通りを渡って公園に向かうと、彼らはサーッと散っていなくなった。ケンは一人、自転車にまたがったまま、くちびるを噛みしめていた。

「どうしたの?」

「Nothing.」

「何を言われてたの?」

「I don't know. I wasn't listening.」

 ぶっきらぼうに答えるケン。

 結局事情はわからずじまいだったが、向こう見ずのケンのこと、おそらく中学生のお兄ちゃんたちに「ウルトラマーン!」とか、「ナルトー!」とか、自分の方から声をかけたに違いない。それでお兄ちゃんたちにからかわれたのだろう。普段、エミやみんの友達の男の子にもよく一緒に遊んでもらったりしているので、年上の子どもを見ても物怖じしないのだろうな。だけど残念ながら、みんながみんな、お姉ちゃんの友達のように、ケンに優しくしてくれるとは限らない。世の中には意地悪な子もいるのだ。

 他者の善意を無条件に信じられるような、そんなイノセントな子どもに育って欲しいとは思うけれど、現実の世界には危険や悪もたくさんある。イエス様が弟子たちに言われたように、「蛇のようにさとく、鳩のようにすなお」であることが大事なのだろう。

 今日も幼稚園から帰って来て公園に行くというケンに、「中学生の子たちが来ても、話しかけちゃだめよ」と言うと、「わかってる! 今度は近寄らないで、無視するよ!」とケン。6歳なりに、いろいろもまれつつこの世の現実を学んでいるようだ。こうして、強く逞しい男の子に育っていくのかな。

 念のため、中学校の下校時間の頃に公園の様子を見ると、ケンは茂みの反対側に隠れて(?)近所に住むダニーと二人でヒソヒソ遊んでいた。(笑)

erinaerina 2007/04/25 10:33 今週末にそのケン君と会えるのかと思うと嬉しいです。

はちこはちこ 2007/04/25 10:58 erinaちゃん、
シカゴは今週末から暑くなるみたい! 週間予報によると、来週の日、月、火の予想最高気温はずっと80度越えてます! 会えるの楽しみにしてるよーー!

yukayuka 2007/04/25 19:29 うわぁ〜、ケン君すごいなぁ。私はこれを読みながら場面を想像し、ドキドキしてしまいました。どうなるんだ?って。最後のおちが可愛らしかった!実は、これを読む前に地震があって、そのドキドキがまだ残っていたから余計にドキドキしたのかな...小さいなりに、知って行くんですよね。

sayacco*sayacco* 2007/04/25 19:57 はちこママさん!お久しぶりです。(いつもそう言ってるような、、笑)
けんクン、すごいですねぇ。そして、それを見守るパパママもステキです★
子供の世界も色々ありますよね。
ホント、大人の社会の縮小版みたい。
でも、みんなが一生懸命に生きている姿に
いつもはっとさせられたり、励まされたりしています。

そうそう、今年はcc行けないんです。
いろんな実行委員の方から声をかけていただいたんですが、
今回はナビゲーターズのスタッフと一緒にコロラドへ
弟子訓練に出かけることになりました。
はちこママやカワイイお子さんたちに会えないかと思うと
とっても寂しくて、一体私はいつになったら中村家に
泊まれるんだーーーーーーーーー!!と
ちゃぶ台をひっくり返しそうになってますが
主の導きは何よりも尊いと思うので、
コロラド、楽しんできます。(もちろん、こっちも
とてもとても楽しみなんです!!)
その代わりに(?)南部の子達がぞろぞろと
お世話になりに中部へ行くので、どうぞよろしくお願いします。
可愛い可愛い弟たち、妹たちです。
中村ファミリーのことも伝えておきました☆

でも、祈りのチームには去年と変わらず入っていて、
プレイヤーリストも受け取っていて
ある意味、今年も参加していま〜す!

いつか一緒に過ごせるときを楽しみにしています。

はちこはちこ 2007/04/26 06:53 yukaちゃん
地震、大丈夫だった? 震度4くらいだったらしいね。地震は怖いよね。

子どもも、いろんな経験を通して知恵をつけ、学んでいくんだよね。見守りながら私もドキドキしちゃうけど、「あなたの子どもたちはみな、主の教えを受け、あなたの子どもたちには、豊かな平安がある」(イザヤ54:13)が私の支えです。

sayacco*ちゃん、
久しぶり!! 今年はCCに来れないとのこと、残念だけど、コロラドでの弟子訓練が祝されますように! それも素晴らしい機会だものね!
南部の青年たちが来てくれるの嬉しいー! 中部のみんなも両手をひろげて待ってます!
お祈りもありがとうね。ほんと、早くまた再会したいね。 Blessings!

yukayuka 2007/04/28 00:04 岡山ってあまり地震がないのかなって思って過ごして来た3年間。あまりにも突然グラッとこられて、驚きました。しかも、今はさっと動いて避難って出来ないんだとかあの数秒で考えたりだったので、ドキドキがすごく続きました。
はちこさんが書かれている御言葉、私もこの御言葉を心に留めたいです。「主の教えを受け、主の豊かな平安がある。」って何よりですね。

はちこはちこ 2007/04/29 06:27 yukaちゃん、
大きな地震にならなくて良かったよね。私はシカゴに来てからすっかり地震知らずになったので、たまに日本に帰った時にグラリときたりすると、すごく緊張します。
妊娠期間中(そして出産後も!)ずっと守られますように!

2007-04-22

邦題決定

| 21:59 | 邦題決定を含むブックマーク

 去年から翻訳していたEvery Woman's Battle の邦題がようやく決定しましたと、いのちのことば社出版部のTさんからご連絡いただいた。邦題って、ただ英語のタイトルを日本語に訳せばいいというものではないので、ある意味、本文の翻訳以上に大変だったりする。内容のエッセンスを凝縮し、かつ、読者の注意を惹くようなタイトルを考えるのは、容易なことではない。私も翻訳者としていくつかアイディアを出させていただいたが、最終的には出版部の方たちが会議で決定する。(会議の前に、これから会議なので祈っていてくださいと連絡をいただいたので、祈っていました!)

 で、今回決定したタイトルは…

「あなたはどこに愛を探していますか? 

〜女性の真の性的・感情的満たしとは〜」

目次はこんな感じ。

第一部 女性が気づくべき現実 

 1 男性だけの戦いじゃない!

 2 知らぬ間に一線を越えて

 3 妥協があなたを追いつめる

 4 エバが手放してしまった贈り物

第二部 戦いを始める時

 5 死ぬまで続く誘惑に負けない秘訣

 6 正しい場所に愛を求める

 7 唇を守り 危険と戯れない

 8 あなたを守る境界線

第三部 喜びの訪れ  

 9 甘い降伏

 10 新しい橋を架けよう

 11 イエスの熱烈な恋人

 12 勝利した女性たち

 発売は、五月末頃の予定だそうです。最後まで、主の守りがありますように。夫婦の関係の中で、そして神様との関係の中で、真の愛と親密さに飢えている女性たちのために… 本書が、日本の女性の皆さんにとっても、励ましとなりますように。

 ちなみに、著者シャノン・エスリッジのサイトです。

こりんごこりんご 2007/04/23 07:24 早く読みたいですね!すばらしい題ですね!

本文に関係ないかもしれませんが。
主人のことで教会のリーダーの女性に相談したとき、
「妻は、夫に求めないで、与えること。
 夫ではなく、イエス様と愛し合うこと。」というようなアドバイスをもらったことがあります。

そのことに対してどうこう言うつもりはありませんが、
そのときの率直な感想は
「それなら、“私”が“この人”と結婚した意味ってあるのかな?」でした。

一冊の本を翻訳して仕上げて、題を決めて…
ほんとにたくさんの業を経て届けてくださるんだ…と改めて感じました。
楽しみにしています!

はちこはちこ 2007/04/23 12:57 こりんごさん、
夫婦もお互い不完全な人間ですから、相手に多くを求め過ぎると確かに失望してしまいますが、だからといって、二人の関係はせいぜいこの程度のものだと、諦めてしまいたくはないですよね。そういえば、随分前にもこれに関連する話題が出たことがありました。http://d.hatena.ne.jp/mmesachi/20051130 この時、夫婦の関係に、どこまで理想を求めていいのか、ということを考えさせられたのでした。理想ばかりを求めて現実を受け入れられないのはよくないけれど、かといって、その現実が、神様が意図されたご計画からははずれている場合はどうするのか…、と。

私たちにとって、究極の満たしは確かにイエス様から来るのでしょうが、同時に、夫婦の関係においては、夫を通して与えられるようにと神様が意図された満たしもあるはずですよね。

この本は、夫を通して与えられるようにと神様が意図しておられる満たしと、ただ神様からしか受け取ることのできない満たしの、それぞれを追求していくことについて学べると思います。 期待して待っていてくださいね!

AzumiAzumi 2007/04/24 06:20 私も素晴らしい題だと思います。主が翻訳本を大いに用いてくださいますように!はちこさまも、お疲れ様でした^^

MannaManna 2007/04/24 10:01 まさに、”Well done, good and faithful servant...”(Matt.25:23)
と、主が喜んでおられる事でしょう。
はちこさんのタラントが、益々、豊かに用いられますように。
御本の出版を楽しみにしています。
日本人女性の励ましとなるように、私も心を合わせて祈らせていただきます。
お疲れさまでした。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2007/04/24 12:52 本に邦題が着いて、いよいよ「顔」ができた感じですね♪

シャイな日本人クリスチャン女性が書店で買い求めやすいように、サブタイトルはちっちゃく(でもちゃんと買う人には見えるように)印刷されてるといいなー、と個人的に思いました。

・・・とここまで書いてて気づいたんですが、これだけ何年もアメリカに住んでても日本人のクリスチャン女性として性について話すのは難しく感じます。英語で、アメリカ人クリスチャンと聖書の語る性について話すのは平気なんですが。

日本にいる女性たち、本当に必要としてるのに他の人と話せなくて苦しんでいる人も多いでしょうね。この本を通して多くの人が励まされ、癒され、建て上げられますように。

はちこはちこ 2007/04/24 15:20 Azumiさん
ありがとう! 出版部の皆様にも感謝です!

Mannaさん
お祈りありがとうございます! 私が翻訳しているのではないですが、この本の男性版(?)で、Every Man’s Battle も現在出版準備中なんです。7月以降になるそうですが、そちらのためにもお祈りいただけると嬉しいです!

めぐんちゃん
確かに、この本のタイトルを考える時、女性が書店で手に取ってみるのが恥ずかしくなるようなタイトルでは困る、ということも念頭においていました。
 本書がこの問題(女性の性的誘惑や結婚における満たし)におけるアイスブレーカーとなり、日本の女性たちのさらなる満たしと癒しのために用いられることを祈ります。

明かり明かり 2007/05/01 19:59 はちこさん
お疲れ様でした!タイトルや、はちこさんのコメントを見て、ますます、読みたくなりました^^ 楽しみ〜。

こりんごさんのコメントを見て、こういうことを感じるのは私だけじゃ
なかったんだ!!・・・と思いました。
私は、夫に愛されていない、と言う自己憐憫に浸りやすかったのですが
ある時、主任牧師に「どんなに上手く言っている夫婦でも、100%、夫だけに
満たされている人はいない。あなたが必要としていて、今、夫から与えられないものは、この神の家族の中で求めなさい。私達はあなたを愛しているよ!」と
ハグしてくれました。
正直、その時は「でも、夫からの愛も欲しいんです」と思いました。

でもね、それから夫と話せない分姉妹達に相談に乗ってもらったり、ハグしてもらったりして、私は癒しを受けてきました。(はちこさんのメールにも!)
そして、私の夫に対する苦々しい気持ちを捨てる手助けを、受けてきました。
そして、今は、夫と手をつないだり、なんとハグしながら祈ることさえ
できるようになりました。(お祈り感謝します!)
まだ夫は、私の祈りを聞いてるだけですけど。
夫から受けた傷を、まず、神さまと家族の愛で癒されていなければ、
夫と向き合うことはできなかったんじゃないかと思います。

私も「イエスさまが愛してくれてるから、夫が愛してくれなくてもさびしくないもん!」と自分をごまかしていたことがありました。
本当は、愛しあいたかったのにね。
そして、夫も「妻には神さまさえいればいいんだ」とさびしい思いをさせて
いたのです。
本当に神様の望んでおられるものと、現実がずれていることは多くありますが
「平静の祈り」を思い出して、受け入れ、チャレンジしていきたいですね。

そういえば、先日学びの中で、主任牧師が「神様の造られたものは、みんな
よいものです。しかし、サタンに誘惑されたものが罪。夫婦生活も、神さまが
作られたよいもので、これは罪じゃない。
みんな、今夜ご主人がラブコールしてきたら拒まないでね(笑)」といってました。
フランクに色々話せる関係と言うのは、感謝ですね。

はちこはちこ 2007/05/02 09:14 明かりさん、

素晴らしいお分かちをどうもありがとう!!!
明かりさんがここまで通って来た道のりは、本当に険しいものだったと思いますが、その道すがら、神様がずっと明かりさんに寄り添って、必要な助けを与えてくださっていたことに、神様への畏怖と感謝で心が震えます。その助けは、明かりさんの中に何よりも主を求めたいという内なる願いを起こさせるという形で与えられたり、教会内外の主にある家族を通して与えられたり、危機的な状況への具体的な主のご介入という形で与えられたり… Through it all, God is good all the time!! ですね!

今ではご主人と手をつなりだり、ハグしながら祈ることさえできるようになったとは、何と素晴らしいことでしょう! 明かりさんのお証の全貌を知らない人にはピンとこないかもしれないけど、これは本当に主の大勝利、大ドンデン返しですよね。今後のお二人の関係にも、続けて主の導きと祝福があることを祈ります。

>夫と話せない分姉妹達に相談に乗ってもらったり、ハグしてもらったりして、私は癒しを受けてきました。

これ、必要なことですよね。実は「あなたはどこに愛を探していますか?」の前書きと後書きを、スティーブ・アーターバーンというクリスチャンカウンセラー(クラウド&タウンゼント博士らと一緒にカウンセリングラジオ番組をやっている、Life Recovery Bibleの編者)が書いているのですが、その後書きの中で、まさにこのことが触れられているんですよ! いくら私たちが聖書的な満たされた結婚生活を望んでも、夫がそれに対して協力的でない場合もあります。特に夫がノンクリスチャンならなおのこと。その場合、主にある家族の元へ行って、まずそこから必要な愛や慰め、励ましをもらうことが、妻にとっての死活問題になってくるのですよね。明かりさんにも、それができる素晴らしいチャーチファミリーが備えられていたこと、本当に感謝です!

>そして、夫にも「妻には神さまさえいればいいんだ」とさびしい思いをさせていたのです。

ハッとさせられました。夫がノンクリスチャンでもクリスチャンでも、主が結び合わせてくださった配偶者にこういう寂しい思いをさせてしまうのは、主が願われることではないのですね。(そして逆も真なりで、妻が「夫には神さまさえいればいいんだ」と寂しい思いをしていたら、それも主が願われることではないですよね。)

>みんな、今夜ご主人がラブコールしてきたら拒まないでね(笑)

こういう話も語ってくれる牧師さん、素敵ですね! 実はこれに関わることで笑える話があるのですが、ここに書くのはちょっと恥ずかしいなぁ。また今度メールでシェアしますねー。(笑)

明かりさん、いつか明かりさんのストーリー(証)を、文章にまとめてみられてはいかがでしょうか。もし明かりさんがかまわなければ、このブログでも分かち合わせていただければと思います。明かりさんが通られた道のりから、励ましやチャレンジを受ける方々はきっと多いだろうと思うのです。私一人だけでそれを知っているのはもったいなくて。もちろん、すごくパーソナルなことだし、今はまだその時ではないかもしれないので、今すぐにとは言いませんが、そういう可能性も心の片隅に置いて祈っていただければ嬉しいです。

明かりさん、いつも本当にどうもありがとうね。私の方が、いつも明かりさんの主を求める姿勢から励ましを受けてきました。これからもどうぞよろしく!

明かり明かり 2007/05/03 08:02 ちょっと長すぎるコメントだったかな?
個人的すぎた内容で、メールしたほうがよかったかしら・・・と
投稿してから思っていましたので・・・
こんなに大いに励ましてくださって、感謝です(^^)

実は「この体験をいつか文章にしてみたら?」と他の方にも言われたことが
あるんです。
でも、やはり今はまだ無理そうなので・・・祈っていきますね。

>みんな、今夜ご主人がラブコールしてきたら拒まないでね(笑)
こういう話も語ってくれる牧師さん、素敵ですね!

・・・でしょう!?私にとって、お父さんのような方でもあります。


 実はこれに関わることで笑える話があるのですが、ここに書くのはちょっと恥ずかしいなぁ。また今度メールでシェアしますねー。(笑)

なんだろう?楽しみにしてます^^
そして、こちらこそ、これからもよろしくお願いします♪

はちこはちこ 2007/05/03 22:28 明かりさん、
そうですね、慌てて今すぐでなくても、その時が来たら、主が導いてくださいますよね!

ここに書くのはちょっと恥ずかしいこと… よくよく考えてみたら、メールに書くのも恥ずかしいかもー。*^_^* 勇気が出たら(?)書きますねー。 くだらないことなので、期待しないで待っていてください。(笑)

2007-04-21

日本行きの日程

20:43 | 日本行きの日程を含むブックマーク

 今年の夏の日本行きの日程がほぼ決定。私とみん、ま〜や、ケンは7月9日にシカゴ出発。ぼぼるパパとエミは7月25日に出発。(エミのサマースクールが24日まであるため。)帰りは全員そろって8月13日に日本発。それにしても飛行機代が高くて参った。6人で7000ドル弱(税込み)。夏のこの時期はどうしても高いうえに、今年はエミもみんも大人料金になるため。家族6人揃って日本に帰るのも、もしかしたらこれが最後かもね。楽しい日本滞在になりますように。

お疲れさまでした

19:53 | お疲れさまでしたを含むブックマーク

 本日のCC07準備委員会に参加された皆様、お疲れさまでした。次回集まる時は、CCの前日だねー!今年のCCも、集まる者たちが主のご栄光を見、主に触れられ、取り扱われ、主に似た者に変えられ、主の働き人として整えられるためのプロセスの一部として用いられますように!

 ちなみに、今日のミーティングでのお昼のメニューは:

  • ホワイトカレー(黄色かったけど)
  • フィッシュフライのアジアンソース(シラントロたっぷり)
  • ローストポーク
  • イタリアンレイヤードサラダ

 今日のホワイトカレーには、白菜、チンゲン菜、ニンジン、インゲン、トマト、タマネギ、ポートベラ(キノコ)、ベーコン、ホタテを入れました。不思議とタイカレーに風味が似ているんだよね。先日鹿子さんが、北海道で食べた本場のホワイトカレーもタイカレーに似てたとおっしゃってたので、そういうものなのかな。


 ***CCとは、セントラルカンファレンスという中部JCFNが中心となってもたれる二泊三日の修養会です。日にちは五月末のメモリアルデーウィークエンドで、今年のCCの詳細はこちらをご覧下さい。アメリカにお住まいの皆さん、ぜひどうぞ! 今年の講師はシアトル・リンウッド日本人教会の金田豪先生です。 また、今年はチャイルドケアも充実しているので、お子さん連れの御家族も安心してご参加ください!***

F子F子 2007/04/22 02:24 ハレルヤ! 7月9日ですね。 日本でお会いできますことを楽しみにしています。 詳しくはまた、ご連絡をさせてください。 ご家族揃っての帰国、全てが守られ祝福されます様、お祈りしています。

heidiheidi 2007/04/22 05:27 飛行機代高くなりましたよね〜。久しぶりにお会いしたいです。この前よりずっと太ってしまいましたが・・。(笑)

yukayuka 2007/04/22 06:08 日本滞在が、神様の祝福たっぷりの時でありますように。
CC07の準備委員会、お腹も満たされて終えられたんだなぁと伝わってきました!

AzumiAzumi 2007/04/22 06:09 お気をつけて、良いご旅行となりますように!主がいつも共におられますように・・・

はちこはちこ 2007/04/22 17:18 F子さん
お祈りありがとう! また日程が正式に決定したら、またご連絡しますね。

heidiさん
GWのヨーロッパ行きも高いですか? 私もこの1〜2年で、めっきり太りましたよ。(苦笑)


yukaちゃん
お祈りありがとう! yukaちゃんはその後の体調はいかがですか?

Azumiさん
お祈りありがとう! 旅行、楽しみです。(^^)

フィベフィベ 2007/04/24 03:13 おーー。
はちこさんたちとオフ会ができるといいですね。

ちょっと話がそれますけど・・・
随分前からイタリアに関心があって、最近、それが強くなってきたのですけど
(祈っていたらイタリアへの旅も与えられて行った事があり。)
なんでだろ??と自分でとても不思議に思っていたのですが・・・
アメリカ・ロサンゼルス在住のいとこがイタリア系アメリカ人と
結婚して男の子2人を産んでいたのです。

今、5歳と2歳かな?その男の子たちといとこといとこの旦那さん
(この方がイタリア系アメリカ人)の写真が私の姉の所に送られてきて
びっくりしました。

いとこは、私の母の妹の子なんですが(私にとって叔母です。)
アメリカ人と結婚していて、いとこは叔母にそっくりです。

うちは親戚同士仲が悪いので、親戚の為にも祈っているのですが
イタリア人急に出現!でイタリアのためにも祈らなきゃ。

2007-04-20

書きたいことはたくさんあるんだけど…

22:41 | 書きたいことはたくさんあるんだけど…を含むブックマーク

 今夜は時間がない…

 ヴァージニア工科大学での事件のこと。 昨年3月に起きた、牧師の夫を銃殺した奥さんのその後の裁判のこと。(この事件に関して去年書いた日記はこちら。)ケンスケのこと。夏の日本行きのこと…

 しかし今夜は時間がないー! 明日はうちで、CC07の準備委員会です。お昼ご飯約20人分(おお、今年はこんなに大勢いるんだ、ハレルヤ!)の下ごしらえをしなくては。

こりんごこりんご 2007/04/22 03:57 ヴァージニア工科大学の事件。

撃った男子学生の、26歳のお姉さんチョ・ソンギョンさんが家族を代表して出したコメントを新聞で読んで泣けて仕方なかったです。こんな若い人が負っている重荷。彼女のためにお祈りしています。

本当にイエス様ご自身が必要です、来て包んでください、と。
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は…」と読みなれた句を祈りかけても涙で続けられませんでした。

彼女に知らせるすべはありませんが、彼女のために祈っている者がいます…

フィベフィベ 2007/04/22 09:46 アメリカのこの事件、考え、祈らされます。

日本も長崎市長が突然の銃弾で亡くなったり、特急電車の中で21歳の女性が
1時間以上も見知らぬ男性から暴行されていたのを同乗していた乗客が
制止も警察への通報もせず、知らんふりしていたという事件があって、
もう、あちこちで深刻な問題が起きてます。
人の心が病みズレすぎてます。

はちこはちこ 2007/04/22 17:24 こりんごさん、
この男子学生のご家族は、最初に事件をニュースで聞いた時、きっと息子さんの安否を心配したことと思います。それが、犯人が息子だったと知った時、どれほどの衝撃を受けたことでしょうか… 本当に、この御家族のためにも祈りたいですね…

フィベさん、
特急電車での事件、びっくりしました。制止しなかっただけでなく、誰も通報もせず知らんふりだったとは、どういうことなのでしょう。みんな携帯だって持ってただろうから、そっと通報することだってできたはずなのに。
イエス様、早く来てください、という祈りが切実です。

2007-04-19

Wakeに行ってきた

11:48 | Wakeに行ってきたを含むブックマーク

 Wakeとは、お通夜のこと。日曜日にスモールグループの仲間のクリスのお母様が亡くなられ、昨日がWakeだった。クリスはフィリピン人で、子どもの頃両親に連れられ、7人の兄弟姉妹と共にアメリカに移住した。お母さんはフィリピンにいた頃から熱心なクリスチャンで、お通夜の会場は平安と希望にあふれ、とても暖かな雰囲気だった。先週、先々週と、お母さんが危篤だったクリスは、涙を流して祈っていたが、お母さんが亡くなられた後は、とても清々しい表情をしていた。

 日曜日の礼拝直後、ホスピスから連絡が入り家族を集めた方がいいと言われて、家族で駆けつけた。兄弟たちもみなシカゴ近郊にいて、大勢がお母さんのために集まった。お母さんが昏睡状態で眠っているその隣で、親戚一同、みんなで語り合ったり笑ったり、お昼にはフライドチキンを買って来て食べたりして、非常になごやかな一時を持ったのだそうだ。そしてお母さんが息を引き取るその瞬間、大きな大きな平安があったという。

 夕べのお通夜の会場にも、お母さんのフィリピン時代からの写真や、シカゴに来てからの家族写真などが飾られ、あちこちで談笑がなされ、故人を偲ぶというより、彼女のこの世でのいのちを喜び、さらにそれにまさる次の世でのいのちをみんなで喜んでいる、そんな雰囲気だった。

 私はアメリカに来てからは、クリスチャンのお通夜やお葬式にしか参加したことはないので比較ができないが、何人かのノンクリスチャンのお葬式に参加したことのあるぼぼるパパに言わせると、やっぱり雰囲気が全然違うとのことだった。

 帰り道、私の母はクリスチャンになっていてよかったなぁと思った。いずれ母を送り出す日が来る時、この世での別れは辛くても、母がどこに行ったのかわかっていて、そして再会の確信があるというのは、なんという希望だろう。一方、私の父はクリスチャンではない。父の救いのためにもっと祈らなくては… あらためてそう思わされた。

yukayuka 2007/04/19 19:35 私も両親、祖母が救われました。私が救われた’91年からずっと祈り続けた結果、神様の御業が成されたのです。ただ、妹とその家族は、全く違うものを拝む人々です。親戚も同じく。彼らについては全く祈ってませんでした...。アメリカ帰国前から彼らの事をすごく思わされ、今遅ればせながら祈り続けています。昨年、叔母が危篤になり、急いで千葉に向かいました。もう意識はなく、時間の問題でした。叔母の手を握り、罪の許し、イエス様を信じる祈りを共に出来たらと思っていましたが、その場で「イエス様、どうか今叔母を覚えて下さい。罪を許して下さい。イエス様。叔母を許して下さい。」としか祈れず、それを何度も何度も必死に祈ってました。私は周りにいる親戚達に気がいってしまって、もっと大胆に祈りたいのに、それを出来ずにいる自分も分かっていました。意識がない叔母がある瞬間、両まぶたをゆっくりと動かしました。「ありがとう。」という意味だったのか、よくわかりません。その後しばらくして息を引き取りました。叔母はどこに行ってしまったのかわかりません。とても悔しく、悲しく、自分が情けなく思った出来事でした。父は、姉にあたる叔母のために私が祈ってくれていた事に感謝してると言ってくれました。叔母の葬儀は父の意思でキリスト教で行われました。自分の大切な姉に対して、自分の信じる神様の方法をもって、葬儀をしたいと思っていたそうです。私の親族でキリスト教での葬儀は、全く初めての事でした。親戚の中には「これじゃ、○○さん(叔母の名前)が可愛そう。」という意見もあったようでしたが、納骨に至るまでキリスト教で成されました。葬儀は親戚だけで行われ、神様を信じるものだけが「Amen」と言う感じでしたが、牧師先生から永遠の命の希望があると語られた事は、少なからず、親戚達に神様が働いて下さるものとなったと信じています。改めて、家族、親族に対する救いの祈りを思います。

はちこはちこ 2007/04/20 07:27 yukaちゃん、
お分かちありがとう!yukaちゃんに続いてご両親やおばあ様が救われたというのは感謝ですね。愛する人の最後の瞬間に、その人がどこにいくのかわからないまま別れなければならないというのは、本当につらいことです。まだイエス様を知らない家族・親戚のために、祈り続ける必要を思います。

はちごろーはちごろー 2007/04/21 02:28 所属教会の方が凱旋され、先週は前夜式と告別式でした。
教会(だけでなく、集う人々も)を愛し、多くの方がその愛をそこここから感じ取りつつ参列されたようです。
毎日100名以上のために祈ることを日課にしていたその方は、未信者のためのお祈りも
されていたのだろうと思います。

2007-04-17

捧げる

| 12:13 | 捧げるを含むブックマーク

 神様の方法でお金を管理することについての学びの5回目は、「捧げる」。(それまでの学びの要約は、タイトルの[HMGW]をクリック!)

 おっと、先に進む前にちょっと。この学びの前回のエントリー「正直であること」をアップした後、複数の方から大変励まされるメールをいただいた。その一つは自営業を営んでおられる方のメールだった。ある申告の時に、心に責めを感じつつも、経費節減のために偽りの数字を書いて提出したのだそうだ。しかし、書類に不備があったため書き直しをすることになり、その時、もう一度その書類を前に、主が警告しておられるのを感じた。悩みつつこのブログを覗いたところ、目に飛び込んできたのが「正直であること」という文字。ああ、もうだめだ。神様ごめんなさい、と完全降伏し、正しい数字に書き直して提出する決心ができたのだそうだ。ハレルヤ! 

 神様がこのような形でこのブログを用いてこの方に語ってくださったことに畏怖を感じた。そしてその方が神様の促しに素直に応じられたことに主の御名を讃えた。これによって、支出は増えてしまうし、上司であるお姑さんに叱られるのも必須。それでも、人を恐れるのでなく神を恐れて正しいことを行うことができたことに、すがすがしい思いで満たされたとおっしゃる。なんて素晴らしいのだろう。この方の上に、そしてこの方のビジネスの上に、お姑さんとの関係の上に、主の豊かな祝福と導き、守りがありますように。 そして他にも、正直であることに関する証を送ってくださった方の上にも、主の豊かな祝福がありますように。メールをくださってありがとう。お祈りしています。

 

 さて、今日は「捧げる」ことについての要約です。捧げるといえば、クリスチャンにとってのトレードマークのようなものでもあるが、これについて神様は何とおっしゃっているのか…


1. 捧げる時の態度

 ただ捧げるのでなく、その時の態度が重要である。「また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え…ても、愛がなければ、何の役にも立ちません」(第一コリント13:3)「ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます」(第二コリント9:7)

 主ご自身も、愛によって動機づけられた捧げものの模範を示してくださった。"For God so loved the world, that He gave His only begotten Son."(ヨハネ3:16)


2. まず第一に、神に捧げる

 「あなたの財産とすべての収穫の初物で、主をあがめよ」(箴言3:9)


3. どれだけ捧げるか

 収入の十分の一を捧げることは旧約聖書が示す基本。(マラキ3:8) 新約聖書ではさらに、十分の一という数字にこだわる以上に、イエスの模範にならって愛をもって犠牲的に捧げることを教えている。


4. 捧げることがもたらす恵み

 (1)心がキリストへと向かう。(マタイ6:21)

 (2)捧げることを通して私たちの品性が練られる。

    捧げるとは、自分のものの一部が取られることでもある。その時、主を信頼することを学べる。

 (3)永遠の世界へ投資することができる。(マタイ6:20)

 (4)捧げることによって、捧げる人が物質的にも祝福される。「ばらまいても、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんでも、かえって乏しくなる者がある。 おおらかな人は肥え、人を潤す者は自分も潤される」(箴言11:24、25)


5. 具体的には、誰に捧げるのか

 (1)地域教会

 (2)クリスチャンの宣教団体

 (3)貧しい人たち (マタイ25:35−40)

    貧しい人たちに捧げることは、3つの領域においてクリスチャンの生活に影響を与える。

    i. 貧しい人たちを顧みないでいることは、祈りが答えられない原因になりうる。(イザヤ58:7−9)

    ii. 貧しい人たちに捧げる時、私たち自身も満たされる。「貧しい者に施す者は不足することがない。しかし目をそむける者は多くののろいを受ける」(箴言28:27)

    iii. 主をさらに親密に知るようになる。(エレミヤ22:!6)


 捧げるということが機械的な行為にならないように、というのが私にとっての個人的なチャレンジかな。毎月機械的に小切手を書いて、献金箱に入れて、はい今月の義務はこれで果たしました、というのではく。捧げることが、主への感謝と信頼の現われであり、一つの礼拝行為であるように。毎回毎回、その思いを新たにしつつ捧げるようになりたい。数ヶ月前にそんなことを示されて以来、献金する前に小切手の上に夫と二人で手をおいて、感謝を捧げ、信頼を告白し、その月の経済的やりくりに関する知恵と祝福を求めて祈るようにしている。捧げる金額そのものは変わっていなくても、捧げものの質が変わった気がする。

 それから、貧しい人たちを顧みるというのもチャレンジかも。今度スモールグループの仲間たちと、この地区にあるスープキッチン(ホームレスの人たちなどに無料で食事を提供する場所)にボランティアに行こうか、という計画を立てている。

2007-04-15

日野原先生

22:57 | 日野原先生を含むブックマーク

 Asahi.com の「どらく」というコーナーにあった日野原重明先生のインタビュー記事。

 聖路加国際病院の理事長で、95歳にして現役医師として活躍するだけでなく、最近はユニセフの大使にも選ばれたり、執筆・講演活動にも大忙しの日野原先生。若い頃はからだが弱く、60歳まで生きられればいいだろうと思っていたそうだ。しかし、60歳を目前にして遭遇した「よど号ハイジャック事件」が、先生の人生の転機となった。赤軍派によってハイジャックされた飛行機の中に4日間監禁された後、無事に解放されて地面を踏んだ時、自分の人生はこれから始まると確信したのだそうだ。

 でも、よど号ハイジャック事件って…(汗) このブログを読んでおられる方たちの中には、この事件を知らない方もいるのでは? 私だって、記憶の片隅に、そう言えば昔そんな事件があったなぁとぼんやり覚えているだけだよ。そうかぁ、日野原先生は59歳の時にあの事件に遭遇され、それから人生が変わったのかぁ。人生って、何があるかわからないものだね。それを思えば、私の人生なんてまだ始まっていないに等しいね。

 そういえばモーセも、人生最初の40年間はエジプトの王宮で王女の息子として育てられ、次の40年間はミデヤンの高原で羊飼いをして暮らしていた。しかし、彼の人生の言わば「本番」は、その後にやって来た。羊飼いをしていたモーセのところに主が燃える柴をもってご自身を現され、エジプトで奴隷にされていたイスラエル人を連れ出すようにと命じられたことが転機となり、あの有名な「出エジプト」を導いたのだから。

 私も40代も中盤にさしかかり、体力の衰えを感じると共に「ミッドライフクライシス」なんて言葉が思いをよぎることもあるけど、この先何が待っているのかわからないよね。別にこれから何か大きなことを成し遂げたいなんて、そんな野心はさらさらないけれど、私の人生のロードマップを握っておられるのは神様なのだ。私の人生はそんなに長くはなく、明日には終わるかもしれないし、あるいは日野原先生みたいに長生きするかもしれない。どっちでもいい。いずれにしても、一日、一日を生き、一瞬、一瞬を楽しみつつ、主が私に許される命の日数の限り、主と共に歩むこの世での人生を最後までしっかり全うしたいものだ。

 いやー、それにしても、日野原先生すごい。インタビューでは信仰については何も触れられていなかったけど、先生のエネルギーの源は、やっぱりイエス様だよね。(ちなみに、日野原先生は『バウンダリーズ』に推薦の言葉を寄せてくださっているんですよ!)

erinaerina 2007/04/16 09:16 私の命を使っていきたい。命は使うものなのですね。「人は創めることを忘れなければいつまでも若くある」。
逆を言うと私でも創めることを忘れたら年が襲ってくるんでしょうね。
力強いインタビューです。
言葉では言い表せないけど創世記から出エジプト記とすっごく語られています。

はちこはちこ 2007/04/16 15:39 >逆を言うと私でも創めることを忘れたら年が襲ってくるんでしょうね。
これ、怖いけど、その通りなんだろうね。
erina ちゃんと一緒に通読ができて、私もすごく嬉しいです! ね、ハマるでしょう? (^^)

めぐんちゃんめぐんちゃん 2007/04/16 20:33 気づけば心配ごとばかりが頭の中を占めがちだけど、これから何があるんだろう、神様は何をしてくださるんだろうって、ドキドキしながら生活できたらいいなーと今日ちょうど考えてました。

ひらめひらめ 2007/04/16 23:19 2人を聖路加で産みました。リスクがいくつかあり
総合病院を選んだのですが、日本の3大ブランド産院と
呼ばれる理由に納得です。ブランドと言っても質実剛健、
派手さなどはありませんが、看護が最高でした。生れて初めて
人から大事にされたという気持ちになりました。待ち時間だけは
かなり長いのでチャペルのコンサートに出かけましたら入り口で
「どうぞ、どうぞ」
と通りかかる患者に呼びかけているのは日野原先生ではありませんか。
この日のコンサートは先生の勲章受賞おめでとうがテーマでしたが、
自らバイリンガルで司会をされていました。

助産師さんが「私はクリスチャンではありませんが、
キリストにあっての看護を目指している病院なので
みんなの考え方が一致するし1つの指針がある病院なので
そういう看護を目指せる」と話してくださって感動。
聖路加に関しては思うことがたくさんありますが、
私には神様からのプレゼントだったと思います。

はちこはちこ 2007/04/17 08:32 めぐんちゃん
主に期待しながら生きる人生って、素敵だよね。老け込む暇なんてないだろうね!

ひらめさん、
素敵なお分かち感謝です! そうですか、聖路加で出産されたのですね。働いている人も、クリスチャンでなくても「キリストにあっての看護」というビジョンを共有しているって、すごいことですよね。 院内でチャペルコンサートもあるんですね。日野原先生自ら司会をされていたなんて。きっと病院内を主の臨在と平安が満ちていて、患者さんにとっても心地良い環境なのでしょうね。

yukayuka 2007/04/17 19:35 やっぱりこの世の歩みに握る物は何もない。本当にそうなんだなと思いました。生かされている、命が与えられている、そういう存在である自分を思いました。今朝、自分の通読箇所から偉大な神様の姿が響いてました。自分の中でいつの間にか「これが一番大きいという箱」のサイズで神様を見ていた自分がいた事に気づかされ、計る事の出来ない神様から受けている愛、命、ご計画等を思いめぐらせていたところだったので、この日記を読み、広い場所へ導かれていくような(上手く言えませんが)御霊に導かれて歩むそんな自由さを思いました。

はちこはちこ 2007/04/19 09:55 yukaちゃん
計ることのできない神様… 本当にそうだよね。その神様に導かれている私たち、なんて幸いなんでしょう!

2007-04-13

断髪

21:58 | 断髪を含むブックマーク

 おととい、何を思ったのか、突然髪の毛が切りたくなって自分でバッサリと切った。私は昔から時々そういうことをする。

 私は髪の毛の量が多いので、短くしたら毛先が広がって収まりが悪くなったため、昨日、美容院にいってレイヤーを入れてもらった。そしたら、まぁ当然のことながら、ますます短くなり悲惨な結果になってしまった。肩にもとどかないくらいの長さで、一言でいうなら、前髪のないコケシみたい。

 ああ… 夏に日本に帰ったら、日本の美容院でパーマをかけることを楽しみにしていたのに、何を血迷ったことをしてしまったのか…

ViviVivi 2007/04/13 23:18 わたしもどうにかしたくてうずうずしいるところです。前髪だけなんとか自分でカットしてみたものの、美容院でカットしてパーマをかけたいと思いつつ、どうしようか(カット代ケチって:笑)迷っている時にこの記事。
う〜〜ん、やっぱり美容院に行くべきかしら・・・ね?(笑)
気に入らないスタイルってストレス溜まるね。ショートなら帽子でアレンジ楽しめるかも。

MannaManna 2007/04/14 13:41 フフフ… ゴメンナサ〜ィ♪ 
あなたを良く存じ上げないのに… 「前髪のないこけし」って表現が可愛くて、思わず笑ってしまいました。(w/love)
実は、私も、数ヶ月前、折角長くなり始めていた髪の毛をばっさり切ってしまったのです。(汗) 
一番長いところが、3cm位で襟足は刈り上げよりは長いかなって感じです。
お陰で、朝のシャンプー後もワンちゃん同様、ブルブルとシェイクして、ムースつけた手グシで終り。 服装も、何となくボーイッシュになります。 そうすると気分的にもスッキリして気持ちが良いです。
今は、思い切って(?)良かったかな〜って思ってます。
はちこさんも、観念して、新しいオシャレを楽しんでください♪

はちこはちこ 2007/04/14 14:33 Viviさんもお迷いですか! 美容院でやってもらえば絶対納得の行くスタイルになる、という保証もないところがこまるんですよねー。自分で切ったあとも今イチでしたが、美容院に行った後は一層悲惨で、高いお金を払ったのにと思うとなお悔しかったです。(笑)
気に入らないスタイルって、ほんとストレス溜まります! Viviさんのヘアスタイルも、納得のいくものになるといいですね!

Mannaさん、
いいんですよ、私も自分で笑いましたから!(^^)
今、中途半端なショートになっているので、いっそ、思い切ってもっとカットした方がいいかも、と考えています。でも、多分夏までは我慢して、それでもどうしようもなかったら、その時には本格的ショートに挑戦かな。年を取るにしたがって、ロングだと野暮ったくなるんですよね。新しい境地を開発するぞ!と思って、楽しんでみます。(^^)

鹿子鹿子 2007/04/15 07:47 へぇー、はちこさんでもこういうことがあるんですか・・って、ん?そういや、前にもこんな日記を読んだ記憶が無いわけでも・・ない・・かなぁ。
わたしもちょっと前に40cmくらいばっさりと切りました。娘が待っている時間が短い方が良いので、とっても安いカット専門店でです@この地にあってなんと1300円(笑)
昔はね、自分で切っていたんですよ、かなりアバンギャルドなヘアスタイルをしていましたが、多分、誰もわたしが自分で切ってイタとは思っていなかったんじゃないかなぁ。ショートはアレンジもちゃちゃっとスタイリング剤で自分で出来るし、実は楽しいンですよン^^
はちこさん、目鼻立ちがハッキリとしてとぉーっても美人&個性的だから絶対!ショートが素敵だと思うなぁぁー♪
長い髪は女性の栄光ですが、今の私たちは主にあってヘアスタイルを楽しめるのですから感謝です。このサイ?一緒にショートを楽しみましょう(うふ)!

鹿コメ2鹿コメ2 2007/04/15 08:03 そうそう!それとね、偉そうですが(気に障ったらごめんね)はっつぁ〜ん、下手なパーマより、ぜーったい!ショートやストレートミディアムのデザインカットの方が似合うと思う!!日本でカットせよぉ(^−^)vうふうふふ♪

kurikskuriks 2007/04/15 08:58 あららん、またはちこさんとの共通点を発見!私も衝動的にセルフ・ヘアカットしちゃうんですよね。思ったような髪形にならなくても、その悔しさ度が、{美容院で切ってもらった場合>自分で切った場合}というのも似ています。美容院だと「お似合いですよぉ。」と言われ、「ウソだろう…」と心の中でイライラ呟きつつ、「そうですね、ありがとうございます。」とニコヤカに店を出てきてしまう。(でも不満度大。)自分が切ったなら「ん〜、ちょっと変だけど、こんなもんだろう。まぁいっか☆」と許せるw 

こう書きつつ、「私ってば心が狭いのかな?他人に厳しく、自分に甘いのかな?」とふと気になりましたが、きっとこれには他の要因があるからですよね。
1.美容師はプロである=お金を払う&資格有→Expectationが高くなる→技術はあっても、他人には自分の頭の中のイメージが上手く伝わらず、「あれ?」となる(プラス、アメリカではアジアンの髪の切り方がイマイチ)→「腹タダシイ!」となる
2.自分はプロではない=タダ&資格無→Expectationはそんなに高くない→技術はないけど、自分の頭の中のイメージは良く分かっている→「まぁこんな感じかな?」となる→技術面のミスも「まぁいっか」となる

自分でも「こんなハズじゃなかったぁぁぁ」な髪型になることもありますが、
不満の持ってきどころがあるからまだいい。美容院だとイライラがもやもやして気持ち悪い。。。これで〈断髪が思い通りにならなかった場合における、美容院と自分に対する感情的リスポンスの違い〉が解明いたしました!(って頼まれてないけど。。。)「これ、わかる、わかる!」に押されて、ついこんな書いてしまいましたが、前髪のないコケシなはちこさんにもうすぐ会えるの楽しみにしてます、きっとショートも素敵ですから☆と、ホントはこれが言いたかったのです。(前置き長っ)

ひでくんひでくん 2007/04/15 09:21 はぁ〜いしつも〜ん(^O^)/手をあげる! 日本の美容院でパーマをかけるのと、アメリカはなにか違いがあるんですか?

遠山遠山 2007/04/15 10:18 最近新しい美容師さんにおまかせしたら「えっ!」という感じになりましたが、周囲の評判は良いようで、不得意分野はプロにまかせることと、自分の感性を柔らかく保つことを学びました。それから遅くなりましたが、エミさんの合唱、素晴らしいですね!(エミさんが見つけられません・・・)エレキ・ギターには絶対アンプが必要なように、アカペラのコーラスには響きの良い教会が必要なのですね。でもあんなに響く教会では、メッセージの言葉を聞き取れるのか心配になってしまいます。そのあたりも入念に音響設計されているのでしょうか。

はちこはちこ 2007/04/15 15:43 お鹿ちゃん
えー、お鹿ちゃんも40センチばっさり? 前は腰にとどきそうなロングだったよね? アバンギャルドなヘアスタイルって、どんなだろう? モヒカンとか…?(まさかね…)
ショートはカットが命だよね。上手にカットしてあれば簡単にきれいにまとまるけど、カットがひどいとどうやってもまとまらない… 私の現状は後者に近いので、ちょっと大変です。しかも私はクセっ毛なので、長い時は髪の毛の重みで落ち着いていたのが、短くなったとたんに360度ピンピンにはねてる感じ。(涙)でも、ショートそのものには目が慣れてきたので(?)これからはショート路線でもいいかも、と真剣に思ってます! 日本でカットしてもらうの、いいね。絶対やる!

kuriksちゃん
あっ、kuriksちゃんって、もしかして他の人の髪の毛もカットしたりしない? もしやるなら、土曜日にカットを直してもらおうかなー。
アメリカの美容院の場合、料金を払う上にチップも渡さないといけないから、気に入らないスタイルになった時のストレスも大きいんだよね。長い前置き、共感してもらえて嬉しかったよー! やっぱりみんな、同じ経験してるのネ。^^

ひでくん
はい、よい質問ですね。(笑)アメリカの美容師さんは、やっぱりアジア人の髪の毛を扱い慣れていないせいか、髪質を誤解しているみたいなんですね。この黒い髪は、ちょっとやそっとじゃパーマはかからないだろうと。いくら「私の髪の毛はパーマがかかりやすいので、ゆる〜くかけてくださいね」と念を押して言おうとも、出来上がりは「山火事ですか?」みたいになっちゃうんです。鏡を見てワナワナと震えつつ、「I like it. This is what I wanted」と言ってしまう自分が情けない…(笑)

遠山さん
新しい自分を発見するって、楽しいですよね。自分の感性を柔らかく保つ、なるほど、大事ですね!
エミの合唱、聴いてくださってありがとうございます。^^ エミは小さいので、いつも頭の先っぽしか見えないんですよ。(笑)先生も配慮して、エミは最前列にしてくれればいいのに、なぜだか後ろから2列めなんです。
あの音響はすごいですよね。でも確かに、メッセージが語られる時は、大丈夫なのか心配になりますね。

2007-04-12

ホワイトカレー

08:59 | ホワイトカレーを含むブックマーク

 先日、献立アイディアを得るためにあちこち検索していたら、北海道のホワイトカレーというのが目に留まった。見た目はシチューのようだけれど食べるとカレーという不思議な食べ物なんだそうだ。ハ○スの市販のカレールーを使った作り方が主流だったけれど、そのルーの説明には、野菜のだしと生クリームにスパイスを効かせた…とあったので、それなら自分でできるかも、と夕べ早速やってみた。

 チンゲン菜とキノコとエビのホワイトカレー。あんまり白くならなかったけど。ガラムマサラとかをいれたら、結局最後には黄色になっちゃって。でも、とても美味しく、家族にも好評だったので、またリピートしましょう。

 ちなみに作り方は、タマネギとニンニクのみじん切りをバターでゆっくり炒めて、そのあとにチンゲン菜とキノコを加えてさらに炒める。途中で白ワインをふって、カップ半分くらいのお湯で溶かした野菜ブイヨンも加える。そうだ、ざく切りにしたトマトも入れました。カレー粉、ガラムマサラ、クローブ、チリーパウダーなど、うちにあった使えそうなスパイスを加え、エビも加え(このあたりの順番は適当)、最後に生クリーム半カップくらいを入れる。適宜塩こしょうやスパイスも足して味を整えてできあがり。

 いわゆる「北海道ホワイトカレー」とは、多分随分違うしろものになったんじゃないかと思うけど、本当に美味しかったですよ! エビの代わりにホタテやチキンでも良さそう。野菜も、チンゲン菜にこだわる必要はないしね。

子どもたちの遠足

07:58 | 子どもたちの遠足を含むブックマーク

 昨日は、朝起きたら一面銀世界でびっくりした。そう、雪が積もっていたのです! 一日中みぞれやら雨が降り続く寒々とした日でした。今日も昨日と同じような感じみたい。

 こんなお天気の中、みんとエミがそれぞれに遠足。みんはイリノイの州都スプリングフィールドへ。朝6時15分までに学校に集合、帰りは夜10時過ぎになるらしい。スプリングフィールドはシカゴよりも五時間くらい南の方にあるので、お天気がもう少し良いといいんだけど。それにしても、日帰りで行くにはかなり遠いけど、大きなコーチバスで行くので、快適らしい。3年前に同じ遠足に行ったエミによると、バスの中が一番楽しかったとか。

 一方エミは、世界的チェロ奏者ヨーヨー・マとシカゴシンフォニーオーケストラの共演のコンサートのリハーサルを見学に行く。コンサートそのものではなくリハーサルというところがミソなんだけど、音楽を聴くだけでなく、ヨーヨー・マさんやオケの人たちに質問をしたりいろいろ話を聞くことができるのだそうで、彼女たちにとっては夢のような体験になるでしょう。シカゴに住んでて良かったねぇ、こういう機会が与えられるなんて。

 ケンスケは来週、動物園に遠足。ま〜やは、今のところ遠足の予定は入っていないけど、いろいろ行事が目白押しで、彼女も忙しくしている。

 そういえば、エミのヨーロッパツアーの時のビデオが、エミの友人のサイトにアップされたそうで見せてもらったら素晴らしかった。ドイツを移動中、ドアが開いている教会があったので勝手に中に入ってみんなで一曲「Ave Verum Corpus」を歌ったのだそうだ。そしたら、外にいた他の観光客たちも、歌声を聞いて中に入ってきて、歌い終わった時に盛大な拍手をもらえたとかですごく嬉しかったらしい。なんて素敵な体験だろう。 期間限定でちょっとお分かちします。教会堂の中も美しいし、音響が素晴らしく、天使の歌声のようです。

ドイツの教会にて(エミの高校のクワイヤの歌が聴けます)

MannaManna 2007/04/12 09:16 Wow! Wow, Wow!!
ハレルヤ! 素晴らしいですね〜。
さそかし、絶賛を博した事でしょう!
お分かちして下さって、ありがとうございます。
私も祝福を受けました。
今日も良い日になりそうです。

yukayuka 2007/04/12 19:37 ホワイトカレー、試してみたいです。
まだつわりの余韻があるので、もう少し経ってからだなぁ。
先日、NHKのためしてガッテンという番組で、美味しいカレーライスの作り方を紹介してました。お肉はお野菜と一緒に煮込まず、フライパンで炒めて、出来上がったものに入れるか、そのままお皿に盛りつけてその上にルーをかける。その方が、お肉の肉汁が出てパサパサにならず、お肉の美味しさを味わえるそうです。それと、ルーを入れる時は、お鍋を火から下ろし、しっかりお鍋が冷めてからルーを入れるといいそうです。4種の神器と呼ばれる「お砂糖、バター、唐辛子、ニンニク」があって、これをルーの量を少なめにして入れると、またまた美味しさアップなんだそうです。

silver fishsilver fish 2007/04/12 20:19 ホワイトカレー、おいしそうですね。我が家でもやってみます。
うちでは、ホワイトビーフストロガノフを時々作りますよ。
牛肉の薄切り、エリンギなどのキノコ類、カラーピーマンを炒めて軽く塩コショウし、最後にキャン*ルのマッシュルームスープを薄めずそのままどべっと出して混ぜちゃいます。きのこ嫌いのポン太には不評ですが、夫と私は好きです(^・^)
 それにしても、ヨーヨー・マ様にインタビューできるなんてうらやましい!
よろしくお伝えください。(って、もちろん面識も何もありませんが(^_^;))

はちこはちこ 2007/04/12 20:40 Mannaさん、
聴いてくださったのですね! ありがとうございます! 音響がいいせいか(お風呂場で歌うのに通じるものがある?)、かなりいい感じに聞こえますよね。(親ばか)
私も、何度も聴いて感動にひたってしまいました。(笑)

yukaちゃん、
お帰り! つわり、少しずつ収束しつつあるかな? 食欲が出てきたら、ぜひホワイトカレーも試してみてね!
カレーのルーは、火を止めてから割り入れる、と確かに箱に書いてあるよね。でも、火を止めた直後に入れるんじゃなくて、やっぱりお鍋が冷めてからでないとだめなんだね。確か、そうしないとルーが上手に溶けなくて、こげたりしちゃうからだったっけ。4種の神器、私も今度試してみよう!

silver fishさん
ホワイトビーフストロガノフも美味しそうですね! キャン*ルのマッシュルームスープは、いろいろ料理に使えて重宝するんですよねー!
 エミは今日、魂を抜かれたような顔をして帰って来ました。間近で見たヨーヨー・マ様のあまりのすごさに、圧倒されてしまったようです。音楽を志す人へのアドバイスもしてくれたそうですが、エミは逆に、気後れしちゃったみたい。(苦笑)それでも、今日の体験を忘れずに、これからの励みにして欲しいものです。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2007/04/12 20:48 むむう。ホワイトカレー、本当に美味しそうですね。一人でやるのは寂しいので今度友達を呼んで作ってみます。

今日は本当に寒かったです。みぞれ交じりの雨と強風の中、昨日今日続けて出張でした。普段かなり能天気に仕事をしているのですが、今回の交渉結果は天候に追い討ちをかける寒さで(T口T;)

春よこい〜。という感じでした・・・。

はちこはちこ 2007/04/12 20:53 寒かったよねー。4月も半ばになって、銀世界になるほど雪が降るとは… いい加減、そろそろ暖かい方向に向かってほしいよね。 五分咲きのままで枯れてしまったモクレンが、残念でならない私です。

鹿子鹿子 2007/04/13 05:19 昨年の夏、北海道で食べました@ホワイトカレー
私が食べたところのお味は、タイカレーに近かったかなぁ。ココナッツミルク系でしたよ。スッコォーンと広がるでっかい青空とマッチしてましたー。北海道ってスープカレーも発祥の地だったと思いましたが・・。やはり美味しい「にんたまじゃが」の産地だからでしょうか。また行って食べ歩きたひ(じゅるじゅるっ)〜♪

erinaerina 2007/04/13 06:32 まだ雪が降ってるんですね。
友達がクリスマスに雪がなくてイースターに雪がある変な年だと言っていましたが。
あと2週間。
いく前には暖かくならない。。。でしょうね。
素晴らしい歌声。心が洗われました。

Mrs.まいこMrs.まいこ 2007/04/13 09:39 感動しました!感動しすぎてgoose bumps状態でした。素晴らしいです。ホワイトカレーも非常に興味深いです。食べ物ネタだとすぐ反応してしまいます(^^;私も今度試してみます!

はちこはちこ 2007/04/13 12:02 鹿子さん
そうですか!タイカレーに近かったですか! 実は、私た作ったのも、タイカレーっぽかったんですよね。ココナッツミルクじゃなくて生クリームを使ったのに。
そう、スープカレーも北海道ですよね。これはまだチャレンジしたことないですが、食べてみたいですー。

erinaちゃん
微妙に冬物が片づけられない悲しい天候が続いています。でも、2週間後にはもう少しましになっていて欲しい…
エミたちの歌、聴いてくれてありがとうね!

Mrs.まいこさん
ありがとうございますー!
ホワイトカレーもぜひお試しください。私もこの前、Mrs.まいこさんが紹介しておられたブラウニークッキー、造ってみたんですよ! またいろいろレシピの情報交換しましょ!

TamikoTamiko 2007/04/13 16:41 はちこさん、お久しぶりに、お邪魔しましたが、はちこさんの、日記には勇気付けられたり、目を開かれたり、とてもします。神様がはちこさんの、日記を通して、これからも周りの人みんなを祝福されますように!!
それにしても、すごいレシピですねー。作りたいけどメンドクサガリの私には、無理だわーー。Boxのものとか、作ったりしないのですか(笑)? そういえば、この間Children’s Ministry Conferenceで、バウンダリーのヘンリークラウドが、1セッションお話しました。素晴らしいですねーー!
はちこさんに、近いうちお会いできるの楽しみにしてます。

はちこはちこ 2007/04/13 19:50 Tamikoちゃん、
ホワイトカレー、作ってみれば,難しいことはないんだよ。^^ 市販のルーを使うことももちろんありますよ! 子どもたちは、ハ○スバーモントカレーの甘口が一番好きかな。
おお、クラウド博士がお話されましたか!コンファレンスはシカゴで? 彼、結構ちょくちょくシカゴに来てますね。 来週はTamiちゃんに会えるのを楽しみにしてま〜す!

2007-04-10

正直であること

| 08:19 | 正直であることを含むブックマーク

 神様の方法でお金を管理することについての学びの4回目は、「正直であること」。(それまでの学びの要約は、タイトルの[HMGW]をクリック!)


1. 「正直であること」に関して、この世の基準は相対的になり、皆おのおのの目に正しいと見えることを行っている。(士師17:6)しかし、神は私たちに絶対的な正直さを要求される。(箴言20:23,12:22)

「盗んではならない。欺いてはならない。互いに偽ってはならない 」(レビ19:11)

2. 神は真実なお方である。この点においても主は私たちに、主に似た者になって欲しいと願っておられる。(第一ペテロ1:15、16)

3. なぜ神は私たちに絶対的な正直さを要求されるのか。

 (1)不正を行いつつ、なおかつ主を愛することはできない。

「まっすぐに歩む者は、主を恐れ、曲がって歩む者は、主をさげすむ 」(箴言14:2)

 正直に行動するかどうかは、しばしば私たちの信仰の問題である。正直であることを選ぶ時、信仰は強められる。しかし不正直であるなら、それは「神などいない」と言うに等しい。

 (2)不正を行いつつ、なおかつ隣人を愛することはできない。

「愛は隣人に対して害を与えません」(ローマ13:10)

 (3)私たちが正直であるなら、主を証する時にも人々は私たちの言葉に耳を傾けてくれる。 (ピリピ2:15、16)

 (4)正直である時、神の導きが確かなものとされる。

「偽りを言う口をあなたから取り除き、曲がったことを言うくちびるをあなたから切り離せ。 あなたの目は前方を見つめ、あなたのまぶたはあなたの前をまっすぐに見よ。 あなたの足の道筋に心を配れ。そうすれば、あなたのすべての道は堅く定まる」(箴言4:24−26 NIV聖書からの邦訳)

 (5)どんなに小さな不正直さも主の前には罪である。(ルカ16:10)

4. 神への健全な畏れは、私たちを不正直に陥ることから守る。 

「主を恐れることによって、人は悪を離れる 」(箴言16:6)

5. 不正を行ってしまった場合はどうすべきか。

 (1)罪を告白することで神との交わりを回復する。(第一ヨハネ1:9)

 (2)不正を行ったことで得た利益を、本来の持ち主に返す。(レビ6:4−5)

6. 正直であることの祝福

 (1)より親密な主との交わり(箴言3:32)

 (2)家族への祝福 (箴言20:7)

 (3)いのちへの祝福 (箴言12:19)

 (4)豊かさ (箴言15:6)

7. 不正直であることの呪い

 (1)神からの断絶(箴言3:32)

 (2)家族への困難(箴言15:27)

 (3)短命(箴言21:6)

 (4)豊かさがない(箴言13:11)


 不正直であること、不正を行うことは、「神はいない」「私は神を愛していない」と言うのに等しいというのは、ちょっとドキッとした。でも、考えてみれば、確かにその通りだ。大きな不正は行わなくても、小さな不正直さなら、それに流されたくなる誘惑は生活の中でちょこちょこある気がする。たとえば日本的な例だけど、キセルをしたりとか、お店の人が誤ってお釣りをたくさんくれた時にラッキー!と思ってポケットにおさめてしまうとか。数十円、数百円のことで、良心を敵に売り渡すようなことはしたくないものだ。欲に駆られたり、これくらいみんなもやっている、たいしたことではないと思う時、私たちは神の存在そのものを否定してしまうことになる。

 また、ビジネスをやっていると、相手にとって不利となるような情報は伏せたまま商談を進めたくなる誘惑もあるらしい。そういう時、「嘘はついていない」と自分を正当化してしまうのかもしれないが、それでは隣人を愛していることにはならない。

 神を愛し、隣人を愛するということ。神の真実と守りと導きを信じること。それが、私たちが徹頭徹尾「正直」であれるための原動力となる。前回の「助言を求める」の時も思ったけど、これは、必ずしもお金の管理の仕方だけに限ったことだけでなく、生活全般に関しても言えることだね。

鹿子鹿子 2007/04/11 05:49 最後に「必ずしもお金の管理の仕方だけに限ったことだけでなく」とありますが、本当にそれを感じながら読みました。
意外と日本人って「嘘も方便」などといってルーズだったりしますね。稲葉 寛夫 さん(チアの代表・元NHKのディレクターで三浦綾子さんの番組などを制作)のお子さん達は奥様とアメリカに在住なのですが、「嘘」に対して厳しいということを指摘していたのを思いだしました。
ビジネスマンだけでなく非常にキビシイと感じるかもしれませんが、「嘘はついていない」と自分を正当化してしまう時、確かに隣人を愛していないンですよね。
うぅうー、しかし、後で告白すればいいという言い訳のためではなく1ヨハ1:9が差し出されていることも同じくらい・・いえそれ以上の胸の痛みをもって迫ってくる真実ですね・・。

はちこはちこ 2007/04/11 19:25 鹿子さん
そうですよね、日本人の感覚の中には、「嘘」は必ずしも悪いものばかりじゃない、というものがありますよね。もっとも英語にも、「white lie」(罪のない嘘)という表現がありますが… この学びの時の分かち合いでも思ったのですが、自分はそこそこ正直者のつもりでしたが、いろいろ考えてみると、案外ルーズな部分があることに気づかされ、ショックだったのでした。そもそも、嘘や欺きに対する感覚が鈍ってきていること自体、恐ろしいですよね。他人の嘘に対しては厳しいままなのにね…(汗)

kurikskuriks 2007/04/15 09:19 クリスチャンのビジネスマンが、〈相手にとって不利となるような情報は伏せたまま商談を進めたくなる誘惑〉と戦うお話を「もしキリストがサラリーマンだったら」という本で読んだことがあります。フィクションですけど、もと三○物産でバリバリビジネスマンしてた牧師さんが書かれているので、結構リアリティありました。(日本でビジネスしたことのない私には、未知の世界でしたが。)この主人公は、クリスチャンになる前は小さな嘘をあちらこちらに散りばめてビジネス・トークしていたのに、クリスチャンになってからはやめて、「以前のお前とは変わったな...信仰というのは凄いものだな。」と上司に感心されるのでした。(話うま過ぎ?)

「不正直であることの呪い」のリストは結構厳しいですね。。。でも、不正直であるっていう心の状態自体が不幸なのだな、ってはちこさんの今回のエントリーを読んで思いました。

はちこはちこ 2007/04/15 15:53 「もしキリストがサラリーマンだったら」って、聞いたことあるけど、小説なんだ? おもしろそうだね!

不正直である状態って、自分の嘘がばれないようにと隠している状態だから、それだけでもう心が不自由で苦しいだろうね。一方で、不正を行っていながら、それに対して感覚が鈍くなっていて、不正だという自覚すらない場合もあるかもしれない。人間的感覚では不正直ではないことでも、神様の基準からいったら不正直になることってあるかもしれない。そんなことを考えていたら、第一コリント4:4「私にはやましいことは少しもありませんが、だからといって、それで無罪とされるのではありません。私をさばく方は主です」という御言葉を思い出したりしていたのでした。

2007-04-08

Happy Resurrection Sunday!

19:06 | Happy Resurrection Sunday!を含むブックマーク

 うちの教会では復活祭礼拝は金曜日の夜、土曜日の夜、日曜日の朝、計五回、同一の礼拝を行った。日曜日はゲストの方たちが多くなることが予想されるため,教会員はなるべく金曜日か土曜日の礼拝に出席してくださいとお達しがあり、私たち家族も夕べの礼拝に出席した。

 復活祭当日の今朝は、家族だけで静かに礼拝。と言っても、ぼぼるパパのリードによる賛美と短いメッセージ、夕べの礼拝メッセージからそれぞれの分かち合い、それから全員で祈るというシンプルなもの。

 こう書くと、何やら霊的なファミリーのように聞こえるかもしれないけど、決してそんなことはない。ケンはくねくねするし、みんとま〜やは賛美の歌詞が見えないと言って二人で押し合ったりコソコソ叩き合ったりするし(^_^;;、そんな子供たちを私が目を三角にして「コラッ!」と叱ったりするしでトホホなものです。それでも、こうして家族全員で神様を讃え祈れることは感謝なこと。子供たちがますます神様に対する飢え乾きを持ち、神様を慕い求めるようになりますように。子供たちの信仰が、自分の信仰として、確固なものへと成長させられていきますように。

MannaManna 2007/04/08 20:47 Glory to God in the highest!
輝かしいResurrection Sundayを迎え、喜びが溢れています。 感謝!

愛らしい中村ファミリーの復活祭礼拝を、神様がご覧になり微笑まれた事でしょう。
私達も、成長した子供達が帰省して、親子そろって復活祭礼拝を与る事が出来ました。 感謝! 
子を思う親の気持ちは、彼らが幾つになっても同じですね。 子供達が守れれている事を感謝します。
子供達が神様と人に愛されて成長し、イエス様と共に歩み続けてくれますように。と祈ります。 祈りましょう。

主の十字架とよみがえりは、私の救いと希望です。 
生きておられる主をほめたたえます。
幾重もの祝福に感謝・感謝の復活祭でした。

はちこはちこ 2007/04/09 14:08 Mannaさん
いつも励ましに満ちたコメントをありがとうございます!
>子供達が神様と人に愛されて成長し、イエス様と共に歩み続けてくれますように。と祈ります。
アーメン! 共に主をたたえます!

まーち夫人まーち夫人 2007/04/10 13:28 イースター、おめでとうございます。
本当に子供たちの信仰が成長してくれることを祈ります。

はちこはちこ 2007/04/12 09:07 まーち夫人御家族も、祝された復活祭を過ごされたようで感謝です!(ブログ拝見しましたよ!)

2007-04-07

復活祭の週末/アザゼルのやぎ

23:01 | 復活祭の週末/アザゼルのやぎを含むブックマーク

 金曜日はグッドフライデーで子供たちの学校はお休みだった。キリスト教の祝日だけど、公立の学校も休みになる。(ちなみに、ユダヤ教の祭日であるヨム・キプル(贖罪の日・Day of Atonement)も休日。)

 そこで昨日は、1ダースのゆで玉子をつくって、ま〜やとケンはカラフルなイースターエッグをつくった。そして玉子型とうさぎ型に抜いたクッキーも焼いて、パステルカラーのフロスティングで飾り付け。エミは一週間がんばって学校に行ったけれど、さすがに旅行の疲れが出たのか、昼過ぎまで寝ていた。みんは何をしてたのかなぁ。

 今日は、私たちが以前行っていた教会が主催したアウトリーチのエッグハントの手伝いに、子供たちを連れて行ってきた。各種ゲームが一時間、復活祭のメッセージが15分、エッグハントと賞品の授与が30〜40分くらい、というプログラム。聖書やトラクト、明日の復活祭礼拝のチラシなども配った。去年はお天気がよかったので200人くらい集まったけど、今年はあいにくの寒ーいお天気のせいか、100人も集まらなかったかも。ちょっと残念だったけれど、今日のメッセージを聞いた子供たちに蒔かれた福音の種が、大きく育っていきますように。

 エッグハントの後は、今行っている教会の復活祭礼拝に。復活祭までの4週間、ずっとレビ記からのメッセージで、今日は16章に出てくるアザゼルのやぎの話。というか、もちろんイエス様の十字架の話なんだけど。アロンに扮した男性と、本物のやぎも壇上に登場し、ビジュアルにもとても印象的なメッセージだった。

 アザゼルのやぎとは、英語の聖書では「スケープゴート」となっていて、現在でもスケープゴートと言えば他の人々の罪の身代わりとなって一人の人が責めを負わされることを言うが、まさにそのために使われるやぎのこと。「アロンは生きているやぎの頭に両手を置き、イスラエル人のすべての咎と、すべてのそむきを、どんな罪であっても、これを全部それの上に告白し、これらをそのやぎの頭の上に置き、係の者の手でこれを荒野に放つ。そのやぎは、彼らのすべての咎をその上に負って、不毛の地へ行く。彼はそのやぎを荒野に放つ。」(レビ:16:21、22) 

 「これは年に一度、イスラエル人のすべての罪から彼らを贖うためである」(34節)とあるように、当時は年に一回なされることだったが、私たちにとっては、イエス様が最初で最後のスケープゴート、アザゼルのやぎとなってくださった。

 アザゼルとは、ヘブル語のアザル(「除く」)とエズ(「やぎ」)の複合語だそうだが、パスターが興味深い指摘をしておられた(他の教会の牧師さんから聞いたらしいが)。それは、ヨハネ19:15で、ピラトがイエス様を「さあ、あなた方の王です」と民衆の前に引き出した時、民衆が激しく叫んだ言葉「除け。除け。十字架につけろ」の、「除け」がヘブル語で言えばまさにこの「アザル」なのだそうだ。

 アザゼルのやぎがイスラエル人の宿営の外に出され、全イスラエル人の罪を背負って荒野に放たれたように、イエス様も門の外に出され、全人類の罪を背負ってゴルゴタの丘で十字架につけられた。

また、すべて祭司は毎日立って礼拝の務めをなし、同じいけにえをくり返しささげますが、それらは決して罪を除き去ることができません。 しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、 それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。 キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。

(ヘブル10:11−14)

このことを覚えながらあずかる聖餐式は、本当に感謝だった。

イエス様、私たちの罪のために、最初で最後のアザゼルのやぎとなってくださったことを感謝します。レビ記の記述と併せて考える時、あなたの十字架の上に私たちの罪がすべて負わされたのだということが、とてもよくわかります。あなたがご自身の身体という一つのささげ物によって、贖いの業を永遠に全うしてくださったことを感謝します。 あなたが私たちの罪の身代わりとなって流された血潮のおかげで私たちが赦され、あなたの復活のいのちに与って新しく生きるものとされたことを感謝します。

ミチエミチエ 2007/04/08 00:12 4月8日の日曜日のイースター。家の留守番を頼まれたために教会に行けなかっつた私です。神さまと人が、信じられない悲しみを時折、抱く私でもあります。
はちこさんファミリーのこのページや、翻訳してくださった本から、今の私に元気に生きるヒントをいただいています。復活の主に祈り、兄弟姉妹と共に感謝する時が、私にも、もう一度与えられますように。

みちこみちこ 2007/04/08 03:23 ハッピー・イースター!
私もミチエさんと同じく、今日は礼拝に行くことができませんでした。
ほんとにこうしてネットを通じていろんなお分かちをいただいたり、
気付きを与えていただいたり、お祈りしあえたり……感謝です。

AzumiAzumi 2007/04/08 04:42 イースターおめでとうございます!私たちの罪のために死なれたイエス様の愛、よみがえられたそのみわざを、心からほめたたえ、感謝いたします。

erinaerina 2007/04/08 08:40 Happy Easterです!
エッグハントの卵作りは一度しましたが、、、お酢のにおいが印象的です。
エミちゃん、ほんっとに偉いですよね。
私、いっつも読んでて感心しかないんですけど。
今日蒔かれた福音の種が芽吹く季節が楽しみですね。

はちこはちこ 2007/04/08 10:21 皆さん、Happy Resurrection Sunday!

ミチエさん、みちこさん、
目が神様に向き、心が神様のことを思い巡らせているなら、たとえ物理的には礼拝に出席できなくても、神様は同じようにミチエさんやみちこさんのことを祝福し、親しくその御臨在を現してくださいますよね! 日本はもう日付が変わってしまいましたが、皆さんの復活祭が主の愛に満ちたものであったことを祈ります。^^
Azumiさん、
アーメン!
erinaちゃん、
そう、なぜかお酢を使うんですよね。 福音の種が芽吹く季節、本当に楽しみです!

やこぶのはしごやこぶのはしご 2007/04/08 10:51 アザゼルのやぎのお話、非常に興味深く読ませて頂きました。当時の日常語がアラム語であったことを考えると、「除け!」ということばが、ヘブル語「アザル」の未完了形から作られる命令形と音として似ていたことは十分考えられるかも知れません。もし、そうだとすると、イエス様は、まさに「アザゼル」として十字架に架かられたことの意味が浮き彫りになります。根拠は乏しいですが、非常に興味深い話ですね。

新約聖書は、徹底的に旧約聖書に基づいているのだなぁと思わされる話ですね。勿論、あまりにもユダヤ教的に解釈し過ぎるのは問題です。予型論的typologicalな聖書の読み方は、原則的には、旧新約聖書の両方において明らかな場合のみ、明確に語られることですが、それでも「これは偶然ではないな?」と思う箇所が幾つもありますよね。例えば、約束の地に入っていく神の民を率いる者の名はヨシュアですが、新約聖書においては、まさしく新天新地を目指す教会の頭となられ民を率いられる方は、初穂となり天に着座されたイエス(ヨシュア)様です。つまり、以前から言われてきたモーセ5書と4福音書&使徒行伝の漸進的な文学的対照構造説は、あながちではないなと。
昔、ある人が『旧約聖書に新約聖書は含まれており、新約聖書において旧約聖書は明らかにされている。』と適切にも言いましたが、その通りだと思います。そして、まさに聖書を一貫して理解するためにも、はちこさんのパスターのように言語での釈義は重要だなぁと。やはり原語ならではの意味の広がりがあるというか。例えば、ヘブル語で『ことば』『荒野』という言葉の語源は同じなんです。一見すると関係ないんですが、その意味は、神様の『みことば』以外、何もないところ、即ち、それは『荒野』である、という理解なんだそうです。つまり、私たちの人生の『荒野』はある意味では、『みことば』だけと向かい合い、共にいることのできる幸いな時でもあるわけです。こういうことを知ると、聖書のことばの持つ意味の深みを、もっと丁寧に学びたいなぁと思います。

はちこはちこ 2007/04/08 12:55 おお、やこぶのはしごさんならではのコメント、ありがとうございます!
当時の日常語はアラム語だった、ああ!確かにそうですね。アラム語とヘブル語の関係とか詳しく説明すればいろいろあるのでしょうが、昨日は未信者も大勢来ていた復活祭礼拝だったので、パスターは細かい部分ははしょってポイントだけ強調したのかもしれません。ヘブル書の記者も、イエス様の十字架による贖いを旧約の罪の贖いとパラレルにして記述していますし、イエス様がアザゼルとして十字架にかけられたというのが、強引な解釈ということはないですよね。

『旧約聖書に新約聖書は含まれており、新約聖書において旧約聖書は明らかにされている。』アーメンですね!! やこぶのはしごさんのコメントを読みながら、私ももっと原語がわかればいいのに、と思いました。いつも勉強になるご指摘、感謝します!

馨子馨子 2007/04/09 06:06 イエス様はアザゼルだったのですね。
つい見落としてしまう点でした。
しかも、それが聖書解釈学的にも根拠があることを、
本文とコメントとから学んで、大変勉強になりました♪ 感謝〜☆

はちこはちこ 2007/04/09 14:10 この旧約と新約のつながり、人間業じゃない、やっぱり聖書って神のことばなんだと思わされますね!

浩子浩子 2007/04/09 21:32 以前はちこさんが一番好きな賛美、といってらしたと思うのですが
”Be Thou my vision”聖歌259番、今日ミクタムのCDで初めて聴きました。
なぜか平静の祈りを初めて教えてもらったときと同じ気持ちになって泣きながら
歌いました。ありがとう!

はちこはちこ 2007/04/09 21:55 おおー、”Be Thou my vision”を聴かれましたか! ミクタムなら、日本語の歌詞かな? 日本語でも、文字数の限られた中に思いが凝縮されたような歌詞で、心に響きますよね。
もともとアイルランドの古い賛美歌だそうですが、このメロディーがまた、日本人にもしっくりくるのでしょうね。本当に大好きな賛美です。心がざわつく時、混乱しそうになる時、この歌を歌うと、主に思いをフォーカスすることができます。
最近私のまわりに”Be Thou my vision”が好きという方が増えてきて、嬉しい。^^

はちこはちこ 2007/04/09 21:59 ここに、インストゥルメンタル(ピアノ)の”Be Thou my vision”を発見。とても美しいアレンジです。
http://www.ourmedia.org/node/41203

通りすがり通りすがり 2007/04/29 20:20 もう一匹の山羊も忘れないであげて下さいね

2007-04-04

JCFN聖書通読

21:45 | JCFN聖書通読を含むブックマーク

 4月からまた、JCFNの聖書通読が始まった。今回も去年に引き続き、1日4章ずつ創世記から黙示録まで読んでいくというやり方。私はお正月から1日4章よりもスローなペースで読み始めていたけど、せっかくこちらも始まったので、ジョインすることにした。

 先日、教会で50セント均一の古本市みたいなものがあり、フィリップ・ヤンシーの"The Bible Jesus Read"(『イエスが読んだ聖書』)を今さらながらゲットした。早速読み始め、今日もジムでステッパーを踏みながら30分ほど読んだ。(本を読みながら有酸素運動をする人は多いけど、私のように老眼鏡をかけてまでやる人は珍しいかもしれない。ええ、恥ずかしかったですとも。でもいいのさ。)まぁそれはいいとして、前書きの中で、トーマス・メルトンという人の次のような言葉が紹介されていた。

There is, in a word, nothing comfortable about the Bible --until we manage to get so used to it that we make it comfortable for ourselves... Have we ceased to question the book and be questioned by it? Have we ceased to fight it? Then perhaps our reding is no longer serious.

For most people, the understanding of the Bible is, and should be, a struggle: not merely to find meanings that can be looked up in books of reference, but to come to terms personally with the stark scandal and contradiction in the Bible itself...

Let us not be too sure we know the Bible just because we have learned not to be astonished at it, just because we have learned not to have problems with it.

 一言で言えば、聖書とは決して心地良い本ではないのだ。少なくとも、聖書にすっかり慣れきって、自分にとって心地良いものにしてしまうまでは。私たちは、聖書に問いを投げかけ、また聖書によって自らを問われることを止めてしまったのだろうか。逆らうこと止めてしまったのだろうか。だとしたら、私たちの聖書の読み方は、もはや真剣なものではないと言える。

 ほとんどの人にとって、聖書を理解するとは、葛藤を伴うものだ。単に注解書を読んで意味を調べるだけではなく、聖書自体に含まれる矛盾やあからさまなスキャンダルについて、自分の中で折り合いをつけようとするならば、葛藤を伴ってしかるべきだろう。

 聖書を読んでも驚愕しなくなったから、違和感を覚えなくなったからといって、自分は聖書を知っているなどとわかった気にならないようにしたいものだ。

("Opening the Bible" Thomas Merton 邦訳版を持っていないので、はちこ訳です)

 著者のヤンシーは、これは私たちが旧約聖書を読む時、特に当てはまるのではないかと言っていた。なるほど、確かにそうかもしれない。去年の通読の時、1日4章というペースで読み進みながら、今まで自分がどれだけ多くのことを見落としていたかに気づかされたものだった。旧約聖書には、いろんな意味でびっくりするようなことが詰まっている。わけ知り顔で、さらりと読み流していきたくない。現代の私たちには理解しにくいこともたくさんある。しかしだからといって、何でもかんでも現代の私たちにわかるように理解しようとするのでなく、そのままを受け取っていけたら、と思う。ヤンシーも前書きで言っているように、自分で理解できる範囲での神像を作るのでなく、神様がご自身で現してくださるものを、そのまま受け取っていきたい。

 今回のJCFN聖書通読も、参加する人たちがみな、大いに祝されますように。

大学病院で検診

22:50 | 大学病院で検診を含むブックマーク

 明日はまた大学病院で検診の日。去年の夏の手術のフォローアップと、婦人科の定期検診。マモグラフィーもやる。朝が早いぞ、もう寝よう。

MannaManna 2007/04/05 08:15 本当に… 訪問のたびに良いアドバイスがいただけて嬉しいです。
その通り。 良い教訓ですね。
聖書は、毎回、新書を開くように、襟を正して読みたいです。 聖霊様に読み聞かせていただけると、読み古して薄汚れた聖書から新しいことばが聞こえてきます。
ハレルヤ! 

あなたのブログにおジャマし始めて日が浅いので、昨年の手術の事を知りませんが… すべて主の御手の中で守られている事でしょう。 
あなたとご家族の健康と安全が守られますように。
GAも、春の嵐と共に、肌寒い朝が戻って来ています。

hide&yokohide&yoko 2007/04/05 09:48 Thomas Merton のことば大賛成です。僕は聖書を読み始めたとき、いちいちつまづいてばかりいました。でも、無理して納得しようとせずに、真剣に向き合うと、いろんなことが見えてきて、ますます面白くなりました。神様に向かって率直に疑問をぶつけるって、とっても大切だよね。それが詩篇にいっぱいあります。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2007/04/05 13:00 私もその本読みました^^!はちこさんと読書経験をシェアできるのが嬉しい♪

読み終えるまでにものすごく時間がかかりましたが・・・。詩篇についての章と、預言書についての章が特に印象に残っています。

はちこはちこ 2007/04/05 19:29 Mannaさん
聖書は、何度読んでも決して飽きることがなく、本当に生きた神の言葉だなぁと思わされますね。
手術は、たいしたことではなかったんですよ。本当に、すべて守られました。後は、普通に毎年の定期検診を続けるだけです。
GAもまた寒さが戻ってきたのですか。全国的なんですね。急に気温が下がると調子が狂ってしまいますが、Mannaさんも守られますように!

hide&yoko先生
以前、うちの教会のパスターが、God can handle your honesty と言ったことがあるのですが、まったくその通りですよね。私たちが正直な疑問をぶつけたからといって、神様は傷ついたり動揺したりなさいません。それどころか、「さあ来れ、論じ合おう」と、神様と腹を割った(?)対話を持つよう、招いてくださるのですね! 先生の詩篇の新刊も楽しみにしています!

めぐんちゃん、
おー、めぐんちゃんも読んだのね!私も、なかなかゆっくり本を読む時間って取れないので、ゆっくりしか進まないだろうけど、今日も病院に行く途中の電車の中で読みながら、ちょっと涙してしまいました。CCのパネルディスカッションのヒントもいただいた気がしています。

やこぶのはしごやこぶのはしご 2007/04/06 10:38 頌主 お久しぶりです。
やんしを英語でスラスラ読めるほど、英語力がないことに気付きつつ(苦笑)、なるほどなぁと思いました。神学の門を叩いて1年半が過ぎて、最近、自分が極端な論理的傾向があることに気付かされてます。神学を学ぶととにかく聖書は読めるようになります。今まで分からなかったことが本当に明らかになり、喜びと感謝が溢れてくるのですが、同時に、それで他者より分かった気がちになるというか。他者の内にある御霊のお働きを信じることの重要さ、即ち、自らもImago Deiであることを覚えるべきなんだなぁと思いました。聖書通読守られますように。
ちなみに、僕はとにかく朝、顔を洗うように、まず詩篇を読めるだけ読みます。ボケた頭を聖書の深みに突っ込んで目を覚ますためです。その上で、新約と旧約をそれぞれ読めるだけ読みます。時間は15〜20分。慣れると読む速度も速くなるのでオススメです☆

はちこはちこ 2007/04/06 21:57 やこぶのはしごさん
お久しぶりです! 朝起きたら、まず顔を洗うように詩篇を読めるだけ読むって、素晴らしいですね! ○○章読む、と決めないで、読めるだけ、というのがいいなぁと思いました。たくさん読む日もあるだろうし、一節が心に留まって、ずっとそこに思いを巡らせる、という時もあるでしょうね。一日に読む分量を自分で決めてしまわないで、神様に語られるところまで読む、という通読のやり方、私も好きです。
やこぶのはしごさんの、神学校での学びも祝されますように! いつもいろいろ教えてくださってありがとうございます!

はちこはちこ 2007/04/06 22:02 hide&yoko先生
今日、『ヤハウェがあなたがたを恋い慕って…」の創世記の部分をもう一度読んでいたら、トーマス・メルトンやヤンシーが言っていることとまさに同じことを先生も書いていらしたことに気づきました。
ーー引用ーー
…私はかつて「あなたのイサクをささげなさい!」というメッセージを聞きながら、恐怖と同時に嫌悪感を覚えたことがありました。それは12章以降の文脈を味わってはいなかったからです。しかし、この箇所をじっくり味わう中で、神の真実が見えてきました。多くの人は、自分で自分を納得させようとあせったり、またあまりにも急激な信仰の飛躍を願って、かえって自分を霊的な死に追い込もうとしてはいないでしょうか。
ーー引用終わりーー
疑問は疑問として神様の前に差し出せばこそ、神様はその部分を通してさらにご自身の真の姿を現してくださることができるのですね。もし中途半端に自分で自分を納得させてしまうなら、神様が私たちに啓示してくださろうとしておられるその姿を、知らないままで終わってしまうのかもしれません。

2007-04-03

春… なのに。

08:24 | 春… なのに。を含むブックマーク

 3月は初夏を思わすような陽気が続いたせいか、外は水仙やヒヤシンスなどが咲き乱れ、庭のレンギョウも満開、近所のモクレンも五分咲きくらいになっている。これは例年より1ヶ月早い。

 昨日も60度代、今日もそれくらいの暖かさらしいが、なんと明日から三日間、再び寒くなるようだ。日中最高気温も摂氏で2度くらい、最低気温は氷点下4度くらいまで下がるとか。昨日の時点では予報は雪だった… 

 エミは昨日はさすがに疲れたらしく、夜6時頃から、夕飯も食べずに朝まで12時間睡眠。朝になってから、「ママ、どうして起こしてくれなかったの? 宿題がなんにもできなかった!」と叱られて(?)しまった。疲れている時には寝る方が優先だと思ったから、あえて起こさなかったのだけど。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2007/04/04 11:30 急に寒くなるとせっかく咲いたお花が散ってしまいそうですね・・・。

はちこはちこ 2007/04/04 12:38 ほんとにね… しばらく寒い日が続きそう。ブルブル…

2007-04-01

エミが無事に帰国

23:53 | エミが無事に帰国を含むブックマーク

 ヨーロッパツアーに行っていたエミが無事に帰って来た。特にトラブルもなく、ものすごく楽しくエキサイティングな10日間だったようだ。エミは特にオーストリアが気に入ったそうで、ウィーンにはいつかもう一度行きたいと言っている。できれば音楽の勉強をするために、と。なんでも,音楽と科学の博物館とかいうのがあったそうで、そこがエミにとってはものすごく楽しかったそうだ。本当はオペラハウスも行きたかったのに、時間がなくていけなかったのが残念だったと言っていた。

 ザルツブルグでの自由行動の時間、友達数人と川岸を歩いていたら、スペイン人の旅行者たちに話しかけられたそうだ。クワイヤのツアーで来ていると言ったら、歌え歌えとおだてられ、男の子たちはカルテットを、エミはモーツァルトのオペラをソロで披露したらしい。そしたら、道行くオーストリア人たちもみな立ち止まって、拍手してくれたのだとか。エミはオペラ歌手になることにも興味があるそうで、将来声楽の勉強をしにヨーロッパに留学することにもなるかもね。ちょっとドキドキ。

 写真は700枚くらい撮ったらしいよ。整理するのが大変だね、と言ったら、iPhotoはこういう時のためにあるのよ!とケロッとしていた。

 今日帰国したばかりだけれど、明日の月曜日からは普通に学校が始まる。ちゃんと朝、起きられるかな?

思いがけない展開…かも?

23:53 | 思いがけない展開…かも?を含むブックマーク

 うーん、突然,思いがけない展開が。しかし、実は「思いがけない」のでなく、去年の夏から祈っていたことへの答えなんだと思う。去年の夏、ある願いが心に湧き上がり、それについて祈っていた。しかし、確信が与えられず、ずっと足踏み状態だった。それがここに来て、急に押し出された感じ。当初思っていたこととは微妙に違うのだけれど、それでも心にストンと納得がいく。祈り始めた時、神様が扉を開いてくださったらその時には迷わずに扉をくぐればいい、その時が来るまではあせるまい、と思ったのを覚えている。今がその時なのか、今日のこの段階ではまだわからないけれど、いずれわかると思う。

erinaerina 2007/04/02 06:04 娘さんの無事の帰国、ほんっとに良かったです。
それ以上に海外に良い体験ができたなんて、うらやましいです。
10代のエネルギー。ほんっきでうらやましくなりつつあります。

はちこはちこ 2007/04/02 08:59 文字通りの「かわいい子には旅をさせろ」で、私もいい経験をさせてあげられて、親としてもとても嬉しいです。今日からすぐに学校なんだけど、勉強するのが嫌になっちゃったと言いながら出かけていきました。(笑) だけど、夕べは普通に眠れて、今朝目覚ましが鳴るまでぐっすり寝たそうです。若い子は適応力がすごいなと思いました。年取ってくると、疲れていても、時差ぼけがあるとなかなか休めなかったりするのにね。(笑)

heidiheidi 2007/04/04 09:20 へぇ、エミちゃんがモーツァルトのアリアを歌ったのね!年齢的にフィガロの結婚のケルビーノあたりを歌ったのかなと勝手に想像してしまいました。(^_^)音楽や芸術好きにはオーストリアはたまらなく魅力的なところです。ウィーンは治安も比較的良いし、人々もとても親切ですよ。私も飽きもせず又今年もオーストリアに行きます。(笑)

はちこはちこ 2007/04/04 12:39 今年のゴールデンウィークはまたヨーロッパですか? heidiさんがオーストリアに行く時、エミも連れていって欲しいですよー。

heidiheidi 2007/04/04 17:38 普段どこにも出かけないので、1年に一度はリフレッシュの為にヨーロッパに行くことにしています。ゴールデンウィークは高いのですが、仕事のこともあり休暇が取りやすい時期なのです。はちこさんの所に行った時は16日間と長かったのですが、年々仕事の関係で短くなり、今年は11日しか行けません。(^_^;;今年はザルツブルクにも行きます。4、5回目かも。大好きな町です。初めてデジカメを持って行くので、沢山写真を撮ってウェブにアップするつもりです。

はちこはちこ 2007/04/04 19:42 いいですねー!
普段は仕事に専念し、休暇をとる時は思いきり羽を伸ばす… そういうメリハリのある生活に憧れます。私も、またヨーロッパに行きたいなー。イギリスにいる間に、もっといろんなところに出かけられたらよかったんだけど。 GW、楽しんできてくださいね!

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