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God Bless you!!
(ミルトスの花)

Christian spiritual formation is the process of being conformed
to the image of Christ for the sake of others.
M. Robert Mulholland Jr.

ブログを移転しました。こちらにお越し下さい。よろしくお願いいたします。
http://rhythmsofgrace.blog.jp

2008-04-29

寒さがぶり返し…

20:35 | 寒さがぶり返し…を含むブックマーク

 あさってから5月なのに、寒さがぶり返しているシカゴ。再びダウンジャケットを着ている私です。でも、この寒ささえ越えたら、今度こそあったかくなっていくはず…

 

 ここ数日、睡眠時間が短めで、そろそろバテてきました。今夜はもう寝てしまおう。

 そういえば、ケンスケがイリノイ州の教育委員会みたいなのが主催の小中学生経済学ポスターコンテストに応募したら、なんと州で一等賞に選ばれた。一等賞といっても、12人選ばれるんだけど。(応募は全部で2000人くらいあったらしい。)12人の受賞者のポスターで、来年のカレンダーを作るのだそうだ。趣旨は、経済学のコンセプトを表現したポスターを描くことで、ケンが描いたのは「goods and services」。子供だけでなく、その子供に経済学の概念を教えた先生も表彰される。地区レベルの表彰式には、担任の先生と校長先生まで参列してくださって、びっくりだった。(去年の受賞者のポスターはこちら。)

めぐんちゃんめぐんちゃん 2008/04/30 11:07 Whoa!けんちゃん、受賞おめでとうございます^0^。州で一位ってすごいですね!!

はちこはちこ 2008/04/30 19:36 めぐんちゃん、
たいしたポスターじゃないんだけどね、テキトーな絵だし。だけどそれが1年生らしくて良かったのかもしれません。(笑)

F子F子 2008/04/30 19:58 けんちゃん、すごいですね! 去年の子達の絵もかわいい。 けんちゃんの絵も見れるかな?楽しみです。それぞれのお子さんがそれぞれの賜物を発揮していてすばらしいですね。

フィベフィベ 2008/04/30 23:28 2000人の中から選ばれるってすごいですね。
ケンスケくんの絵を見てみたい。
HPにアップされたらここで紹介してくださいね。

それにしても外国人の数字の書き方は、筆跡に特徴がありますね。
日本人と違います。

はちこはちこ 2008/05/01 07:27 F子さん、フィベさん、
去年の子たちの絵に比べると、ケンのはもっとずっとテキトーなんですよ。(苦笑)1年生から8年生までのコンテストなので、上級生の方が当然丁寧で上手なのですが、ケンの幼稚な絵がいかにも1年生らしくて審査員にうけたのかもしれません。ケンの絵は、カレンダーになる前にウェブに載せちゃって大丈夫かわからないのですが、授賞式に絵をもって撮った写真があるので、今度それを載せますね。

2008-04-26

イヤというほど読み直す

| 18:37 | イヤというほど読み直すを含むブックマーク

 フランシス・コリンズ著、『The Language of God』(邦題未定)は、あと一週間くらいで脱稿の予定なので、今、ラストスパートで原稿を読み直している。

 普通は共訳というと、半分ずつ分担して訳すものかもしれないが、私とぼぼるパパの場合は、二人ともすべての原稿にかかわる。特に今回は、科学の専門用語も多いので、ぼぼるパパのサイエンティストとしての語彙が大活躍している。DNAに関する章は、私たちの十数年来の友人であり、日本の大学で発生遺伝学を研究しておられるクリスチャンのK博士にも見ていただき、用語などを確認していただいた。その章で引用されていた論文に関する記述にあいまいな箇所があったら、K博士はただちにScience誌に掲載された原著にあたって確認してくださった。さすが! こういうことは、その道の専門家でないとなかなかできないことなので、本当に感謝!

 さぁ、あと少しだー。

『The Language of God』称賛の言葉

| 18:37 | 『The Language of God』称賛の言葉を含むブックマーク

 

 『The Language of God』に寄せられている称賛の言葉を、いくつか抜粋して訳してみたので、ちょっとご紹介。

            *****

何と麗しく書かれた書物であろうか。優れた科学者であるフランシス・コリンズは、なぜ自分が熱心な信者でもあるのかを語る。…… 探究心旺盛な精神を持ち、かつ、霊的な事柄にも惹かれる人たちにとって、彼はまさに神から遣わされた者である。

デスモンド・ツツ大司教


本書は、世界屈指の科学者がしたためた力強い信仰の告白である。科学と信仰は敵対するものであると長らく信じられていたが、コリンズはその固定観念を論駁し、信仰と理性の両方を含む知識の統合を見いだすよう、読者に問いかける。彼が示すように、信仰は科学的合理性の敵ではない。むしろ補完するものである。ヒトゲノム計画の監督が分ちあうこの力強く個人的な証には、驚く人もいれば喜ぶ人もいるだろう。いずれにせよ、人間知性という重要な分野に、いつまでも残る貢献となるに違いない。

ケネス・ミラー ブラウン大学生物学教授

『ダーウィンの神を捜して』著者


本書は、世界的に卓越した科学者であるフランシス・コリンズが、科学と宗教の関係を、理性と崇敬の念をもって取り扱うものである。コリンズの明快な専門的解説と個人的な省察は、知的かつ霊的な正直さに満ちている。信仰と科学的知見はどのようにして相容れるのかと疑問に思う人、近代科学は信仰の中核を攻撃するのではと恐れている人、今日に生きる私たちが直面する重要な問題について眼が開かれるような話を聞きたい人は、ぜひとも本書を読むべきである。

ウィリアム・D・フィリップス 一九九七年ノーベル物理学賞受賞者



フランシス・コリンズ は、神は存在するだけでなく、積極的に我々と関わっているという世界観に、驚くほどわかりやすい形で科学的妥当性を提示している。

トニー・カンポロ イースタン大学社会学名誉教授

『神に恥をかかせることなくイエスに従う』著者


コリンズは、誰でもよく理解できるように、複雑な遺伝学のトピックを大変わかりやすく説明している。行間からは、科学と神のそれぞれに対する彼の愛が、はっきり伝わってくる。…… この非常に優秀な科学者は、信仰を持つために自分の知性を置き去りにすることはなかったのだ。

アメリカ医学協会ジャーナル


本書は、世界有数の遺伝学者が自らの科学への情熱的な愛と、個人的な信仰の物語を綴った注目すべきものである。科学と信仰について考えたい人には必読の書だ。

アリスター・マクグラス 神学者 

ドーキンスの神:遺伝子、ミーム、生命の意味』著者


ほとんどの信者は、「神とは、人間には理解できない事柄を説明するために生み出された作り話である」という無神論の科学者の言うことに、耳を貸そうとしない。無神論の科学者もまた、聖書を字義的に解釈する人々による科学的説明にはまったく無関心だ。しかしコリンズは、どちらの立場にも通じており、第三の道を推進しようとしている。……彼は、(科学と信仰を)重ね合わせ、結びつけるべきだと主張する。

タイム誌


科学と信仰は矛盾するものではないというコリンズの議論には、大勢の人が耳を傾けるべきである。彼の主張は、 霊的な事柄について、 信者でない人々にも違和感なく考慮する機会を与える。フランスの科学者ラプラスは、ナポレオンから神について尋ねられた時、「私にはそのような仮説は必要ありません」と答えたそうだが、本書を読んだ後ではラプラスに賛同し難い。

ニューヨークタイムス紙

hirohiro 2008/04/27 01:16 『The Language of God』翻訳書の出版を心待ちにしていますが、称賛の言葉・推薦の言葉を拝見し、待ちきれなくなってきました!
この本によって、すでに多くの人が励ましをうけ、理解を深め、信仰を強められているのですねー。このような素晴らしい本の翻訳の業に用いられるはちこさんは、祝福された方ですね!
出版されたら、まず私が読んで、大学で研究をやっている夫にも読んでもらおうと思います。
翻訳のお仕事の上に、ますます、み恵みのありますことと、その完成を、お祈りいたしております。

うさたろううさたろう 2008/04/27 08:14 「イヤというほど読み直す」という所に反応してしまいました。ぼくも最近、何度も何度も読み返したあげくの果てに、ようやく手の離れた翻訳原稿があるので、お気持ちよく分かります。でも、これが無事に誤字脱字なく、一番よい形で出版されると、その苦しみも忘れてしまうくらい嬉しいものですよね。主イエスの言われる通りです(ヨハ16:21)。はちこさんもスマイル40をさしながら完走してください。
さて、コリンズの本ですが、ぼくも楽しみにしています。自分の父は数学者をしている福音派のキリスト者なのですが、前々から六日間創造説に対して微妙に距離を置いているところが高校、大学生のころの不満でした。しかし今にして思えば、父は父なりに現状のデータから断言できることとできないことを誠実に区別しようとしていたのかと思われ、エライ! と感じます。今度実家に帰ったら、コリンズ本をからめて、久しぶりにじっくり父と話をしようかと思います。

はちこはちこ 2008/04/27 14:51 hiroさん、
ありがとう! 科学界、医学界、キリスト教界、一般のマスコミなど、いろいろな方面から注目され、評価されているのがわかりますよね。もちろん、それぞれに反発している人たちもいるのでしょうが。ある教会で講演している時、怒って出ていってしまった人たちがいたこともあったそうです。
ご主人、研究者であられるのですね。ご主人にとっても、この本が助けとなりますように!

うさたろうさん、
何度も読み直していると、いくら手を入れても、もはや原稿が良くなってるのかいないのか、わからなくなってくる時があって、そうなると潮時なんですよね。スマイル40、先月日本に行った時、いくつか買い足してきましたよ!(笑)うさたろうさんも、ご遠慮なく、うさたろうさんの翻訳プロジェクトや翻訳書の宣伝をこちらでもなさってくださいね! きっと興味のある方も多いと思いますので。

>六日間創造説に対して微妙に距離を置いて
「微妙に」というところ、わかる気がします。教会内には、この件についてあまりはっきりと異論や疑問を呈せない雰囲気がありますしね。でも、六日間創造説を受け入れていない日本人のクリスチャン科学者は、実は決して少数派ではないはずと思います。アメリカのASA(www.asa3.org/)のようなネットワークが、日本のクリスチャン科学者の間にもできればいいのにと強く願います。
そっかー、うさたろうさんのお父様は数学者さんであられたのですね。お父様、うさたろうさんとこういう話ができるようになって、きっと喜ばれますね!

ゆみりんゆみりん 2008/04/27 19:40 昨日はハンツヴィルのみんなとK夫妻(!)と楽しく食事会でした。お二人とも、すごく幸せそうで、私までうれしくなりましたた。神様は色々な形で、様々な人たちを私たちの人生においてくださいますね。はちこさんも、そうです。本当に素晴らしい祝福です。
ご無沙汰してるうちに、わーすごい!とっても楽しみな翻訳本!
うちの教会でも、こういう話になると微妙に距離があきますね。
Answers in Genesisが、博物館を建設したと聞きましたが、一度行ってみたいなと思っている場所のひとつです。私は学生時代に、わー自然には絶対神様しかできないようなものがたくさなる!!と感動したひとりなので、科学は信仰を証明するために
あるものだと思っています。その科学が、なぜ信仰と相反するものとなることのほうが多いのでしょうね。読みたい本のひとつなので、訳本楽しみにしていますね!お疲れがでませんように、そしてはちこさんの働きが神様に栄光をもたらすものとなりますように!

ゆみりんゆみりん 2008/04/27 19:42 ↑なんだか、あれ?文字列がきれててすいませんー:)

sayaccosayacco 2008/04/27 20:40 はちこママ!!
わ〜い♪新しい本ですね。私はじっくり「どこ愛」をまだ読み中なので
そこまでいつ追いつけるか分かりませんが、楽しみにしてますね。

ccで数年ぶりにはちこママや中西部組にまた再会出来るのも
とってもとっても楽しみです〜♪久しぶりですね〜★
えみちゃん、ま〜やちゃん、みんちゃん、けんくん、
ぼぼるパパさんもいらっしゃいますか?


あ!私も週末、アラバマにいたのでK夫妻(!)と私の
大学の街で会うことが出来ました。
まみちゃん、だいちゃんとも一緒でした。
神の家族がこうやってつながってるのは嬉しいですね。

会える日まで待てませーん!

はちこはちこ 2008/04/27 21:25 ゆみりんさん、
お久しぶりです! そうでしたか、K夫妻とお食事会でしたか!ねー、いつの間にか夫妻になっちゃってねー。(笑)幸せオーラ出しまくっていたことでしょう!二人のことを考えると、私も顔がほころびます。

創造博物館でしたっけ、すごいらしいですね。ちょっとしたテーマパーク並みで、家族連れでにぎわっていると聞きました。ある意味、アメリカのキリスト教の一つの象徴かもしれません…

sayaccoちゃん

ほんとに、私も数年ぶりでさやっこちゃんに会えるの、すっごく楽しみだよーー。子供たちも、きっとさやっこちゃんが覚えている時の姿からは、随分大きくなったと思う! ぼぼるパパも来ますよ!
まみちゃんとだいちゃんは、今回のCCには来れるのかしら。また会いたいよーー。連絡することがあれば、くれぐれもよろしくお伝えください!

はちこはちこ 2008/04/27 21:34 うさたろうさん、
今さらですが、<葡萄の実>ほん訳ミニストリーをこのページからのリンクに加えさせていただきました!
そしてびっくり、『ロイドジョンズ一日一言』、うさたろうさんの翻訳だったんですねーー!! なんで今まで気づかなかったんだろう? 普段「うさたろうさん」で染み付いていて、ご本名を見ても私の頭の中ですぐにつながらなかったみたいです。トロくてごめんなさい! そして入稿したばかりの本というのは、ロイドジョンズのローマ書講解だったんですね! 刷り上がってくるのが楽しみですね☆

うさたろううさたろう 2008/04/27 23:51 これはこれは。
ひとさまのブログで自分の訳書の宣伝をするのも何だかなーと思い、ここは奥ゆかしく(笑)スルーしようかと思っていましたが、リンク登録と過分の大宣伝をありがとうございます。
ロイドジョンズの『ローマ書講解』はコリンズ博士の本とは別の意味で歴史に残る名著ですので、お読みいただければ嬉しいです。

はちこはちこ 2008/04/28 18:47 うさたろうさんの訳書の宣伝ならいつでも大歓迎ですよ♪
『一日一言』も、うさたろうさんの訳書と気づいていたら、日本で買ってきたのに!『ローマ書講解』も、完成した暁には遠慮なく教えてくださいね!

hide&yokohide&yoko 2008/04/29 08:22 The Language of God の本を楽しみにしています。以前書いていただいたぽぽるパパの科学と信仰に関する簡潔な記事に大変教えられました。
メッセージのブログをご紹介くださりありがとうございます。また、創世記からと黙示録まで貫くテーマに関する記事を載せさせていただきました。

K夫人(!)K夫人(!) 2008/04/29 11:29 アラバマ楽しかったです〜^0^。

TLG、うちの教会でも牧師先生が「Faith community とScience communityの架け橋と言って紹介していました。私の住んでいるAnn Arborはとてもリベラルでアカデミックな大学街なので、「信仰を持つ人が科学をどう捉えるか」というのはとてもRelevantなトピックです。

人は色んな形で神様と出会い、Relateしていくし、神様はそれぞれの人に、それぞれの心に響くLanguageで語りかけてくださると思います。科学者が、科学というフレームから見る主の姿もまた美しい。この本が、神様に心惹かれながらも「信仰と科学は両立し得ない」という思いから一歩を踏み出せずにいる人々、また一歩を踏み出したものの自分と既存の「クリスチャンはこうあるべき」像とのズレに葛藤を覚えている人々、また科学を通してこれから主と出会う人々のために、大いに用いられますように。

はちこはちこ 2008/04/29 13:16 hide&yoko先生、
励ましをありがとうございます! 新しい記事も早速読ませていただきました。先生のこの記事を読んで、不思議と涙がポロポロ出てきました。聖書に学ぼうとする者たちが忘れてはいけない重要なパースペクティブを、こんなにもわかりやすく提示してくださり、本当に感謝します。創世記にしても黙示録にしても、字義的解釈に拘泥されるなら、その背後にある神様の壮大な意図、聖書のこれらの記事を通して主が私たちに伝えようとしておられるものが、矮小化されてしまいますよね。アウグスティヌスがあんなにもしつこく(?)創世記1、2章の解釈に思いを巡らせていたのも、その神様の壮大な御思いを、少しでも知りたいという切なる思いの現れだったのでしょうね。

K夫人(!)、
お祈りありがとう、一語一句、アーメンです。
夏にでも、科学と信仰のテーマでCCの準備委員の親睦会をかねた学び会をやろうか、なんて声もみきちゃんとかよーしけあたりから上がっています。
そういえばコリンズ博士はミシガン大学の教授だから、アナーバーの街を歩いているかもしれないよ。(^^)

ともよともよ 2008/04/29 22:12 はちこさん、今晩は。私もThe Language of God読みました。とはいっても、コリンズ博士の科学や生物学についての章は辞書引いたり推測したりでどうにか読んだというのが正直な表現です。(^^)はちこさんの以前のブログやほぼるパパの信仰と科学についての記事を読んで関心を持った次第です。

はちこさんの翻訳のミニストリーを通して主が多くの方々を祝福されますように。日本語出版をとても楽しみにしています。ラストスパートされているとのこと、聖霊様がはちこさんを励まし力づけて下さいますようにお祈りしています。

95%(?)文系人間の私ですがコメントさせていただくことにしました。神学校時代にモーセ五書のInductive Bible Studyのコースを学んでいた時、担当教授は「私は進化論と聖書の天地創造の記述が矛盾するとは考えない。進化論を受け入れてた上でも聖書の無謬性を確固と信じることが出来る」との考えを話されたことをふと思い出しました。天地創造の記述が書かれた背景のヘブライ文化のパラダイム(世界観や時間の概念等)を21世紀に生きる私達のパラダイムをもって理解するのにはかなり無理があるように思われます(コリンズ博士のアウグスティヌスの引用、心にグッときました)。天地創造の記述の背景にある神様のなされた天地創造の偉大なreality!をコリンズ博士の記述を通して私達クリスチャンが感じることが出来ますように。そして私達の理解や世界観が限られたものであることを祈りつつ謙虚に受け止める機会となりますように。それにしても神様は私たち一人一人がユニークな存在であること、そしてそれぞれの賜物とパーソナリティーに応じた方法で語りかけて下さるんだな〜と改めて感謝しました。特に最後の章、そして本全体に流れるコリンズ博士のSincereな信仰告白がとてもリアルでした。彼がクリスチャンではない読者にも向けて書かれていることを喜びつつ、主がアメリカそして日本のノンクリスチャンの読者に語りかけて下さることを大きな期待をもってお祈りします!

はちこはちこ 2008/04/30 19:34 ともよさん、
The Language of God、読まれたのですね! ね、コリンズ博士の誠実な信仰告白が、どのページの行間にも溢れていますよね! 最後の章のアフリカでのことなど、初めて読んだ時も泣き、翻訳しながら泣き、原稿を読み直しながらまた泣いています。(笑)コメントしてくださったこと、本当にアーメンです。どうもありがとう!

2008-04-25

10時間睡眠

17:20 | 10時間睡眠を含むブックマーク

 昨日は夕方からちょっと気分が悪くなり、夜8時前には寝てしまった。今朝は6時に起きたので、10時間睡眠だ。今日は、午前中にま〜やの学校で、オーケストラのツアー(といっても、車で5分の小学校までだけど)の付き添いのボランティアをした。午後は細かなことをあれこれやっていたら、あっという間に夕方。一日が短い。

ともよともよ 2008/04/25 19:45 今晩は、はちこさん。その後の体調は大丈夫ですか?ここ最近、気候の変動も激しいことですし、お体に気をつけて下さい。

修養会、参加出来ることになりました。今日の午後、さっそく申し込み用紙とチェックをはちこさんのご住所に郵送しました。そうするうちに実感が沸いて来るのを感じます。初めて参加させていただくわけですが、何だかワクワクしてきました。修養会で、はちこさんにお会いできることをとても楽しみにしています。わ〜い;^^

現在、はちこさんたち実行委員会の方々が準備に向けて奉仕して下さっているとのこと、感謝しています。ありがとうございます。修養会、主がご臨在され、働かれますように、そして楽しい交わりとなりますようにさっそく毎日のお祈りに覚えさせていただいています。

はちこはちこ 2008/04/26 17:21 ともよさん、お気遣いありがとうございます!たっぷり寝たら、元気になりました!
そして、CC08のお申し込みもありがとうございます。 お目にかかるのを楽しみにしています! 私もワクワクです☆(^^)

2008-04-24

使命感の落とし穴

11:13 | 使命感の落とし穴を含むブックマーク

 臨床心理士のふじかけ先生が、ブログに「指導者の使命感と共感性」という記事を載せておられた。

 私もちょうど、「使命感の落とし穴」のようなものについて思わされていたところだったので、ちょっとメモ。

 人が使命感に燃えていると、大きな仕事ができるものだ。キリスト者も、神様から召命が与えられ、それに必要な賜物や機会が与えられるとき、神さまの力によって大きな働きができるのだと思う。けれども、キリスト者の場合、常に意識の中においておくべきなのは、自分はキリストの身体の一部であって、身体の他の部分と協調して働くように召されているということではないだろうか。

 旧約聖書では確かに、一人の人が選ばれて、高いストレスの中で働きをする場面がたくさん出てくる。しかし新約聖書では、教会・コミュニティー単位という、「互いに」の関わりの中で働くことが強調されているように思う。「互いに」の関わりの中で働くことの素晴らしさは、助け合い、励まし合い、祈り合えるだけでなく、補い合い、教え合い、戒め合い、説明責任を負い合うこともできること。神様は、新約聖書の教会(エクレシア)を、「互いに」「共に」の関係にある人々として召し出されたとも言えるのではないか。キリスト者にとっての使命感も、そういうパースペクティブの中で受け止めることが大切な気がする。

 日本のどこかの会社に「俺がやらねば誰がやる」という標語が掲げてあったのに、「誰が」の「が」の点々を消して、「俺がやらねば誰かやる」になっていた、という笑い話がある。「俺がやらねば誰がやる」という使命感は、日本人の美徳なのかもしれない。実際、教会の中でも、そういう心構えで奉仕にあたろう、と奨励されることも少なくないかもしれない。

 でも、「俺がやらねば誰がやる」という使命感が嵩じると、自分の境界線を越えて、限界以上、能力以上、自分にまかされている役割以上のことをしたい、しなくては、という思い(時には強迫観念)に駆られてしまう落とし穴が出てくるのではないだろうか。使命感に燃えているうちは、気持ちの上では高揚してかなり頑張れるかもしれないが、いずれは身体も精神も疲れてくる。ストレスが生じる。と同時に、心の片隅に、「自分はこれだけやっている」「他の人がやっていないことをやっている」という奢りも出て、さらには心理学でいう"Sense of entitlement" (特権意識)も出てくるかもしれない。つまり、「自分はこれだけやっているのだから、これくらい許されるだろう」と、本来なら踏み込まないはずの領域にも、ストレス解消のために安易に入っていきかねないということ。

 人間とは、一人で頑張ってしまうなら、見た目の偉大な働きとは裏腹に、さまざまな誘惑やストレスに対して脆弱なのかもしれない。そんな私たちの弱さをご存知で、コミュニティーに召してくださった主に、感謝。

馨子馨子 2008/04/24 11:56 はちこさんの今日の記事、まさにその通りです。
私のことを言われているような気がしました。

三十代前半までは、自分はほんとに「背負ってる」人だったと思います。
実際、その使命感が自分のエネルギーになってました。

そして、今から四年前に発病して、そういうことができない自分に打ちのめされました。
でも、この四年間の病気を通して、やっぱりはちこさんが指摘されていた問題がじ私に生じていたから、その部分を改めて、もっと祝福に満ちた人生を送れるようにと
神様が私を教えるために与えて下さった病気だったかもしれないと思っています。

最後の「これだけやっているのだからこれ位やっても・・・」という意識も
やっぱり、自分の中にあったことは否めないと思います。
だから、これからは、出来ない時は出来ない、と正直に言って、
それで不利益を蒙るならそれも甘受できるような品性を練ってゆきたいと思います。

啓蒙的な記事をありがとうございました!!

GoせんせGoせんせ 2008/04/24 13:15 まさにその通りですね。
神様は「使命」を与える時、使命達成の道に沢山の人を用意してくださっている...その事を忘れてしまうと、動機が神様への信仰ではなくて使命達成意欲でしかなくなってしまいますからね。

エペソ4:16にはっきりこの事が書かれてますね。
「キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長し、愛のうちに建てられるのです。」

だから「俺がやらねば誰がやる。俺ができなきゃ誰かやれる。」この両方が必要かもしれませんね(^.^)

まきとまきと 2008/04/24 17:09 仕事が複雑になっていて、自分しか分からなくなっていることがありました。他の人に代わってほしいのに、自分でしか動けなくなってしまっていました。苦い経験でした。

ViviVivi 2008/04/24 19:07 開拓途上の教会では働き人も限られ、多くの負担は牧師とその家族にかかっています。牧師の燃え尽き症候群もありますね。
考えさせられるところが多くあります。
わたし自身もそれまで何とも思わずに多くの奉仕に関わってきたところに、夫の病気で礼拝を守ることもままならなくなったとき、初めて「わたしがやらなくても誰かがやってくれる」というところを見せていただきました。
「大草原の小さな家」のある話の中に、(たしか^^;)雑貨屋さんのオルソン家が村の教会の鐘を寄贈するということになりそうになった時、村人が反対したのですが、たとえそれをすることが可能であっても全部を一人がしてしまってはいけないんだと教えられたことを思い出しています。

meekmeek 2008/04/25 05:11 Don’t run alone.なつかしいです。
境界線という一冊の本を読んだことがきっかけで、翻訳者であるはちこさんのブログを読むようになってもう何年もたつんですね。あのころ「Don’t run alone.」を読んで本当に励まされました。何年もたって今も、その励ましは変わらず、交わりは少し筒広がっています。私は今一人ではありません。そして、また、一人でやっていくのはないということを今も学ばされています。

さえさえ 2008/04/25 09:27 私も、教会を変わる、ということで馨子さんと似たようなところを通らされました。礼拝も休まず、奉仕も人一倍しっかりやり・・・。教会を去る1年半ほど前から、日曜日の朝は起きられなくて、頭痛や胃痛がして、・・・心身症ですね。それなのに休めませんでした。苦しかった。教会を変わってからも「あんなに苦しかったのに、私が頼れるのは神様だけだったのに、なぜもっと早くあの苦しみから救って下さらなかったんだろう」と辛さがよみがえってしまうことがよくありました。でもこの頃思うんです、私を傷めつけて徹底的に砕いてしまうことが、あの時の神様のみこころだったんだ、と。そうでなければ、私は「責任感が強い」と周囲からも思われ、自分でもそう思って誇りつづけていたでしょうし、どこの教会に行っても、何かを裁いてしまっていたでしょう。神様は、私が責任感強くあることよりも、もっとあわれみ深く、弱さや足りなさを受け入れられる者になることを望んでおられる気がします。頭でっかちをやめて、肩の力を抜いたら、礼拝に集うことにもまた喜びが戻ってきました。

はちこはちこ 2008/04/25 11:51 馨子さん

3年前のリカバリーセミナーで、病気や問題が起きてくるというのは、ある意味祝福なのだと講師のタウンゼント博士が言っていました。それによって一旦立ち止まり、現状を見直し、軌道修正することを余儀なくされるからだそうです。その時は辛いですが、あとから振り返ってみると、それがターニングポイントになっていたことを知り、感謝できるのですよね。
馨子さんの博士論文、就職、翻訳、そしてプライベートな生活、何より主と主にあるコミュニティーとの交わり、一つ一つの領域の上に、神様の豊かな祝福と導きがありますように!

Goせんせ、
先生のコメント、ひとつひとつにアーメンです! これを書きながら、私もエペソ4:16を思っていました。いつもありがとうございます!

まきとさん、
職場などでは、自分が好むと好まざるとに関わらず、一人で背負わざるをえなくなってしまうこともありますよね。特に仕事が細分化され、専門化されていくとなおさら… 職場で孤軍奮闘しておられる方々の上にも、主の助けがありますように…

Viviさん、
牧師の燃え尽き症候群、聞きますよね。開拓途上の教会もそうだし、大きくなればなったで、やはり責任やら仕事量やら増えるでしょうしね。
「わたしがやらなくても誰かがやってくれる」と気づくって、最初はショックかもしれないけれど、でも実は、これぞ神の家族の麗しさなんですよね。決して怠惰の勧めではなく(笑)、皆で分担し、協力しあえばこそ、喜びも祝福もそして働きがもたらす結果も、何倍も大きいのでしょうね。

meekさん、
>私は今一人ではありません。
ハレルヤ、感謝です! コミュニティーの中でキリストの身体の一部として働くというのは、私たちの品性が練られ、整えられていくためにも、最良の環境ですよね。meekさんのお証にはいつも励まされます。その時その時は遅々たる歩みでも、何年かたって振り返ると、随分遠くまで来させていただいたことに気づき、驚きつつ感謝ですよね。

さえさん、
さえさんが初めてこのブログにコメントをくださったのは、確かちょうど教会を変わるか変わらないか、という頃でしたよね。
>神様は、私が責任感強くあることよりも、もっとあわれみ深く、弱さや足りなさを受け入れられる者になることを望んでおられる気がします。
主が与えてくださる気づきは、真実に満ちていて素晴らしいですね! ブログのコメント欄というささやかな接点ですが、こうしてさえさんの人生の中でなされている主の御業を垣間みさせていただくことができ、私にとっても祝福です。ありがとう!

じんくんじんくん 2008/04/27 04:08 はちこさん。 こんにちは。
自分もふじかけ先生のブログ読みましたよ。
その他にもクレオパさんや水谷先生のブログにもこの件でコメントしましたが。

Don’t run alone の記事感動しました。
Dick & Rick Hoytさんのビデオ(http://jp.youtube.com/watch?v=f4B-r8KJhlE)は自分も好きですが、有名みたいですね。
ビデオの販売サイトもありますし(http://www.teamhoyt.com/)

はちこさんの最後の祈りも心に留まりました。
今自分はこういうことを望みつつも教会の中では出来ないでいます。
このまま今の働きを続けていていいのかなと最近考えています。

自分の愛の言語(ゲーリーチャップマン)はクオリティタイムなのでこの手の話題には特に心ひかれます。
ありがとうございました。

hide&yokohide&yoko 2008/04/27 09:20 さちさん
 使命感の落とし穴、本当にその通りです。たまたま小生の今回のメッセージにぴったりのところだったので、「日本のどこかの会社に「俺がやらねば誰がやる」という標語が掲げてあったのに、「誰が」の「が」の点々を消して、「俺がやらねば誰かやる」になっていた、という笑い話がある。」という部分、引用させていただきました。みんな笑ってくれて、とっても効果的でした。
 このブログをご覧の方も、よろしかったら、下記のページをご覧くだされば幸いです。
http://efctachi1.cocolog-nifty.com/blog/

はちこはちこ 2008/04/27 17:17 じんくんさん、

Hoyt父子のビデオにはとても励まされますよね。

>今自分はこういうことを望みつつも教会の中では出来ないでいます。
>このまま今の働きを続けていていいのかなと最近考えています。

若輩の私が言うのも僭越ですが、何か、神様がじんくんさんの中に思いを与え、かき立てておられるような、そんな印象を受けました。じんくんさんと同じ思いを神様から与えられている人たちが他にもいるはずだと思います。そのような方たちとつながって、情報交換や励まし合いができるといいですね。たとえばmeekさんも同じような思いを与えられている方では、と思いましたが、じんくんさんはmeekさんと以前から面識があるのでしたよね。じんくんさんの中に与えられている思いが、主にあってより明確にされ、道が開かれていきますように… 

hide&yoko先生、

あの笑い話がお役に立てて嬉しいです。早速メッセージも読ませていただきました。(そういえば、普段メールで送っていただいているメッセージは、届く週と届かない週があるようなのですが、ご紹介いただいたページに行けば、毎週の分が読めますね!感謝です!)

>いくらでも神の目には代わりがあるのに、神は敢えてそれほど役に立たないあなたを選んで働きの場を与えてくださいました。それ自体を感謝すべきでしょう。

アーメンです! 夕べちょうど、ある兄弟から電話がかかってきて、『使命感の落とし穴』を読んだけれど、自分もまさにそのようなことで葛藤している、という話を聞かせてくれたところでした。彼にもこのメッセージはぴったりだと思いますので、早速知らせます。あまりにタイムリーで驚きです。これもすべて、神様がオーケストレイトしておられるのでしょうね!

はちこはちこ 2008/04/27 17:26 hide&yoko先生、
このページの左側にあるリンクの欄にも、先生の礼拝メッセージのページを加えさせていただきました。感謝します!

TamikoTamiko 2008/04/28 08:57 うわああああああ。痛い痛い。。。。神様から、聞くべきことを、聞かされた気がします。ほんとうに、そうですね。あたしがやらなきゃ、に埋もれてしまうと、自分自身も霊的にだめになってしまうし、教会の役割もメタメタになってしまいますよね。
今常に教会でボランティアがたりないで、私自身も、他のエリアでリーダーシップに立ってる人も、日曜日が憂鬱になってしまいがちです。Burnt Outのリーダー達が教会を去っていくなか、ものすごく、同感をもてたりします。もう金曜日あたりから、ピリピリして、礼拝にでれないのもありますが、教会が喜びの場所でなくなってしまう感じです。それに加えて、そのSense Of Entititlementっていうのすごくあると思います。頭でっかちになってしまってるなー、とツクヅクです。教会の体の役割、私自身も教会自身もふりかえらなければなー、とすごく思わされます。いつもハチコさんの日記には、はっとさせられることだらけ。感謝です。

はちこはちこ 2008/04/28 19:03 Tamikoちゃん、
コメントありがとう。奉仕が負担になりすぎて、教会が喜びの場所でなくなってしまうのは悲しいよね。それにTamiちゃんは特にまだ産後間もないのだから、なるべくゆっくりしてないと。教会としても個人としても、バランスが回復され、教会が、疲れている人たちが真に憩える喜びの場所となりますように…

meekmeek 2008/04/29 07:34 はちこさん、じんくんへのレスで「たとえば」と僕の名を書いてくださりうれしく思います。そうです、じんくんは僕の心の友です。じんくんには仲間や素晴らしいご家族がおられると思います。はちこさんはこんなにたくさんの方々がコメントをされておられるのに、誰と誰がい知り合いでつながっていてなど、覚えておられ、いつも丁寧にレスしてくださるのですごいと思います。じんくんのコメントと引用されてたブログやそのコメントを読んで、あらためて、「あ、このエントリの話題はAERAの記事についての話だったんだ。」と遅ればせながら気がつきました。(Don’t run aloneの懐かしさにばかり気がいっちゃって、、、。)いろいろと対策なども書かれているのですね。あらためてこの問題についてですが、「境界線」と「支援グループ(支援関係)」が正しく理解され、実践されるならば、かなりの程度防止できるのではないかな、と思わされています。

はちこはちこ 2008/04/29 08:18 meekさん、
いや〜、実際に名前を書くまでは、お二人がお知り合いであることを忘れていたんですよ。でも書いてから、あれっ?と思い出したのでした。(笑)
この記事は、確かにAERAの記事の件に触発されて書きましたが、牧師などの指導的立場にある人に限らず、すべての人に当てはまることであり、自戒をこめて書きました。ただ、これが指導的立場にある人の場合、その立場上、パワーハラスメントにもつながりますし、与える影響力も大きいので、キリストの身体に与える痛みは一層大きいかもしれないですね…

2008-04-23

怪我の季節

19:05 | 怪我の季節を含むブックマーク

 暖かくなって外で遊ぶことが増えたのはいいが、怪我をする機会も増えた。

 ケンとま〜やは今、スケートボードにはまっていて、学校から帰ってくるとただちにボードを持って、向かいの公園に行く。

 今日も、いつものように二人は公園へ行った。天気がいいので窓やガレージドアを開け放していて、公園の子供たちの歓声が家の中まで聞こえてくる。

 春の日差しを楽しみながら夕飯のミートローフをつくっていると、遠くから野太い泣き声が聞こえてきた。はっとしてガレージの方へ出ていくと、ま〜やとま〜やの友達が走って来る。それを見た瞬間、「ああ、やっぱりケンか」と思った。

 「Mom, Ken got hurt!」

 「Was he wearing a helmet?」

 「No.」

 スケートボードをする時、自転車に乗る時は、必ずヘルメットをかぶるようにあれほど言ってあったのに!

 「But it's not in the head!」ま〜やはなおも説明しようとしたが、私はとにかく公園に走った。

 ケンスケは自転車にまたがって、股間を押さえて大泣きしていた。自転車にまたがっているケンを見て、ひっくり返っているわけではなかったことにちょっとホッとした。

 スケートボードをしていたま〜やと、自転車に乗っていたケンがぶつかり、股間をハンドルに打ちつけたらしい。それじゃあ大泣きするのも無理はないか。

 抱きかかえて家まで連れて帰ってから患部を見てみると、足の付け根(幸い急所ははずしたもよう)が紫色になって、少しくぼんでいた。それでアイスパックで冷やしてあげた。

 やれやれ、大事に至らずに済んでよかった。まぁ、これからも、転んだりぶつかったり落ちたり、いろいろやることでしょう。特にスケートボードなんかはじめると、骨の一本や二本は折ることも覚悟しておいた方がいいかもしれない。しょうがないね。私ももっと、肝っ玉を大きくもたなくては。

 ちなみに、ヘルメットをかぶっていなかったま〜やとケンは、厳しく注意されました。ほんとに、転んで頭を打ってたら、大変だったんだから!

GoせんせGoせんせ 2008/04/23 20:37 急所ははずしたんですね...ヨカッタヨカッタ...^_^;
あれは女性にはわからない痛みなんですよぉ...
(ごめんなさい...変な書き込みで)

我が家は長男がサッカーで背中を痛めてしまい、今日ドクターストップ(専門医にかかるまでの間)がかかり、何とかプレーするすべはないかと本人なりにない知恵絞ってます(^^ゞ

いずれにしても子どもの怪我はドキッとしますよね。

ともよともよ 2008/04/23 21:33 再びコメントさせていただきます。

ケンくんとま〜やちゃん、大変でしたね。大事に至らなくて何よりです。子供のアクシデントってヒヤッとしますよね。

はちこさんがご紹介下さった修養会のページに今朝いってみました。ページを開けたとたんに何だか不思議な主の導きを感じました。実は私も講師の榊原先生と同じ教派(コンフェレンスは違いますが)に属していることを知りました。日程的に参加出来そうです。JCFNについて友人を通して聞いたことがあり関心があったのですが今まで集会に参加したことがありませんでした。参加できることが確定したら即申し込みさせていただきたいと思っています。

さー。さー。 2008/04/24 02:01 私もよく下の弟の怪我に遭遇しました;;

目の前がMiddle Schoolのグラウンドだった我が家、
そこは広くて、テニスコートやや公園も陸続きであったんですが、
ある日自転車で公園に向かうと、まだたどり着く手前から、
突き当たりにある公園の、車型のジャングルジムの中の低い鉄棒に、
足でぶら下がってはまっさかさまに落ちてる弟2号の姿が・・・

唖然としながら見ていると、ケロッと立ち上がって、またチャレンジするんですが、
やっぱりまっさかさまに落ちていて・・・遠めに見えるその姿に目を疑いました。

私と弟1号が出来るようになって、得意気にやる足でブラ〜ンっていうのが
彼も出来るようになりたかったのでしょう。一人で黙々と練習していたのです。

でも絶対!痛いはず!・・・恐る恐る近づいてみると、キャーーー!やっぱり
てっぺんは血が出てるーーー!!!><;

大丈夫?って聞いても大丈夫って言うけど、血が出てるわよって言うと、
手で触ってみて『あ、ホントだ。』って全く気にしない様子。
いやいや、ダメでしょう、即刻家に帰るよう言ったら、従ってくれましたが、
今でもあの姿は忘れられません、、、2号だけは怖いもの知らずな子でした。

他にも恐ろしい事件は多かったけど(車にも空高くはねられたし。でも無傷。)
骨折はしませんでした。御使いが送られていたと信じて疑わない私です。

ケンちゃんも思いっきり遊んで、でも守られて、主があがめられますように:D

フィベフィベ 2008/04/24 02:26 小さい子は、思いっきり遊びたいし、
なのに、注意力散漫であぶなっかしいなぁと思うこと、多々ありです。
特に、男の子!
私の2歳年下の弟も子供頃、何度、血を出したりか、うでの骨がはずれたり
(骨折は無かった)怪我がたえなかったです。

教会の小学生の坊やも腕の骨折で(鉄棒から落ちた)入院したり
あごの骨にヒビが入ってたり。すげぇ〜。のなんのって。
この子のお母さんいわく・・
「男の子だから骨の一本や二本、時々、折れたってへこたれない!
むしろ『僕、ふわふわのベッドじゃ、寝むれない。』と言われる方が
困るなぁ。」と言ってました。
こんなお母さんだから息子も暴れるのでしょね。

でも、おおごとにならなくて良かったですね。
怪我するのはいいけど、大変なことになるのではなく
心身ともにたくましくなる糧になるといいですね。

はちこはちこ 2008/04/24 09:10 Goせんせ、
さすがに、その痛みだけは、私にも想像しようがないですねぇ… 
息子さんも怪我されたのですか。やはり暖かくなってくると、増えますね。怪我の痛み以上に、好きなスポーツや遊びが一時的にでもできなくなるという精神的な辛さもあるので、可哀想ですよね。息子さんも、大事に至ることなく、すぐに復帰できるといいですね!

ともよさん、
きゃー、嬉しい! 私がレジストレーション担当なので、お申し込みいただいたら、すぐに私からお返事しますね!

さー。さん、
血を見ても動じなかったというのが、弟二号さん、強いですね。男の子の中には、転んでも平気だったのに、血が出ていると気づいたとたんにパニックする子とかいますから。(笑)

男の子のやる事は、度胸があるというより単に思慮が足りないだけ、みたいなのが多いですが(笑)、親としては、あまり過保護にならないで、本人の気が済むまで遊ばせてあげたい、という思いもあります。(とは言ってもやっぱり過保護なんですけど。笑)

>ケンちゃんも思いっきり遊んで、でも守られて、主があがめられますように
アーメン! ありがとう!

フィベさん、
小さい子は、自分の興味が向いたところにまっしぐらですから、傍で見ていると本当に危なっかしいですよね。まぁ、そうやって少しは痛い目にあいつつ、だんだん自衛も学んでいくのでしょう。
ケンは末っ子のせいか、ちょっと痛い思いをすると、すごく大げさに泣くんですよね。大泣きすれば、親やお姉ちゃんたちがすぐに駆けつけてくれると知っているからでしょう。公園が家の前にあるので、何か起きれば今回のようにすぐに私が駆けつけられるのですが、彼の場合もう少し親の目のとどかないところで痛い思いをして、自分で対処する術を覚えることも必要かもしれません。

>怪我するのはいいけど、大変なことになるのではなく
心身ともにたくましくなる糧になるといいですね。

本当にアーメンです。ありがとう!

2008-04-22

ようやく春

10:12 | ようやく春を含むブックマーク

 今ごろ…?という感じですが、シカゴはようやく本当に春が来たようです。ここに至るまでは、暖かくなったかな?と思っても、また氷点下に戻っちゃったり、ということを繰り返していましたが、ようやく水仙やヒヤシンス、チューリップ、れんぎょう、もくれん… 春の花が咲き始め、木も芽吹き始め、芝生の緑も少しずつ濃くなってきました。(しかし、やっと春が、と思ったのに、あと1ヶ月でもうプール開きなんですよねー。)

 昨日は久しぶりに外に出て、ちょっと庭仕事をしました。去年植えたクレマティスも、あたらしい芽が出てた!

 今年の夏は、6月上旬に東海岸を訪問する以外は特に長期の旅行に出る予定はないので、野菜育ても気合いを入れましょう。去年は、日本に行っている間にキューリがこん棒のように大きくなっちゃって大変だったんだよね。(写真はこちら。)トマトは摘心するのを忘れて、葉っぱばかりがぼうぼうと茂って、肝心の実はプチトマト化するという大失敗を犯したし。

 さぁ、耕すぞー。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2008/04/22 11:18 木蓮、ハナミズキ、枝垂桜〜♪。春の花大好きです(ピンクばっかり)^0^。気の若葉とか見ると、もうやたらめったら嬉しくなります。長い冬に圧迫されていた体と心がお祭り状態☆。でも、アレルギーも全開。室内にこもってばかりで、春を見逃さないようにしたいです。

はちこはちこ 2008/04/22 21:26 春の花、嬉しいよね〜。私は、レンギョウとか菜の花とか黄色いチューリップとか、黄色い花が好きです。もちろんピンクも好きだけど☆

erinaerina 2008/04/22 22:01 今週の土曜日から一週間ほどシカゴにいます〜。
2週間ほど前にシカゴの友人に連絡した時は戦々恐々としたものですが、春!という言葉を聞いてとっても嬉しいです。
東京もかなり暖かくなってきました。
半そででも昼間なら大丈夫。
菜園作り楽しんでください!

まきとまきと 2008/04/23 02:00 春の季節の変化に身体もこころもついていけません(++)
ウオーキングをしようと、パーカーと長袖のウエアーを買ったのですが、もう半そでのTシャツでもいいですもんね。シカゴは一ヶ月後にプールですか!早いですね。

masamasa 2008/04/23 07:54 だいぶ暖かくなりましたよね、油断していると春を感じる間もなく夏になってしまいそうです。

erinaさんシカゴに来るんだ、グレンビュー教会のこと覚えてますか〜?もし時間があればぜひグレンビューへw

はちこはちこ 2008/04/23 09:45 erinaちゃん、
土曜日から!? あっそうか、日本はGWになるんだね。
今、週間予報を確認してみたところ、土曜日からまた気温が下がって、月曜日には氷点下になって霜が降りるかも、とありました。油断しないで、寒さにも備えた服装を用意した方がいいかもしれません。寒さといっても、摂氏5〜15度くらいかな。
楽しいシカゴ訪問になりますように!

まきとさん、
春は、暖かかったり、肌寒かったり、微妙ですよね。アレルギーも出るし。 シカゴは、春が短いんですよ…(泣)

masaさん、
>油断していると春を感じる間もなく夏になってしまいそう
そうなんですよねー。やっと春だぁ〜と喜んでいるうちに、あれ?夏だよ?という感じ。Enjoy while it lasts ですね!

2008-04-20

"And we don't give a shit."

19:12 | "And we don't give a shit."を含むブックマーク

 週末のリトリートで聞いた話から。

 うちのパスターが神学校の学生だったころ、トニー・カンポロが招かれて講演をしたことがあったそうだ。「飢餓で苦しむ人々と、教会の役割」みたいなテーマだったらしい。カンポロ師は、様々な社会問題にキリスト者として深い関心を寄せ、教会として何ができるか、何をすべきか、クリスチャンたちにチャレンジを与えている人だ。

 そのカンポロ師が神学校で話をしている時、こう言ったそうだ。"There are so many people in the world who are suffering from poverty and hunger, and we don't give a shit.(世界中には貧困と飢餓で苦しんでいる人たちが大勢いるのに、私たちはそれを意に介そうともしない)"

 これを聞いた神学生や教授たちが、どんな顔をしたか、想像にかたくない。講師の口から思いがけず出てきた「shit(糞)」という野卑な言葉に、眉根を寄せ、互いに顔を見合わせたことだろう。

 カンポロ師は続けてこう言ったそうだ。「そしてあなたたちにとっては、今私がshitという言葉を使ったことの方が、世界中に飢えている人が大勢いるという事実よりも、大問題なのでしょう」

 この後、神学校の教授たちは、彼が講演の中で野卑な言葉を使ったからという理由で、カンポロ師を二度と招かないことに決めたそうだ。皮肉にも、まさにカンポロ師が言った通りであったことが証明された。

忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは白く塗った墓のようなものです。墓はその外側は美しく見えても、内側は、死人の骨や、あらゆる汚れたものがいっぱいなように、あなたがたも、外側は人に正しいと見えても、内側は偽善と不法でいっぱいです。(マタイ23:27、8)

 イエス様も、当時の律法学者やパリサイ人たちが後生大事に守っていた律法を破るかのようなことを平気でやっては、律法学者たちの神経を逆なでしていた。イエスの行動に対する律法学者たちの反応によって、彼らの偽善があらわにされていた。この講演でのカンポロ師も、普段から野卑な言葉を使っていたからこの時もつい口をついて出て来てしまったのではなく、聞く人たちの心をあらわにするために、わざとこのような言葉を使ったのだと思う。

 キリスト教とはこうあるべき、クリスチャンとはこうあるべきと、私たちが思い込んでいることの、一体どれだけが実際にイエスが教えておられたことと一致しているのだろう。もう一度、我が身を振り返って考えたいと思わされた。

Following Jesus Without Embarrassing God

Following Jesus Without Embarrassing God

yukayuka 2008/04/20 20:11 読み終わって、私も同じ思いになりました。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2008/04/20 20:19 自分がクリスチャンだと、クリスチャンがそうでない人達の目にどのように映っているかよく分からないことがあります。私はクリスチャンホームに育ったので、特にその傾向があるかも知れませんが。

ノンクリスチャンの友達と接する中で、彼らが「クリスチャンは偽善的」「環境問題に関心を示さない」「弱者に対して偏見が強い」等の印象を持っていると知って衝撃を受けました。

「そんなことないよ。それはイエス様の教えと正反対だよ。神様の愛を身をもって伝えるために一生懸命働いているクリスチャンがいっぱいいるよ」と、いくら口論したところで、実際に彼らのクリスチャンに対するイメージは彼ら自身、また彼らに近い人がクリスチャンのそういうネガティブな姿を見た実体験に基づいているから、説得力はなくて。彼らのイメージが改善されるには、悪印象を覆すようなクリスチャンを目にするしかないのでしょうね。

カンポロ師の本の題名にもありますが、リアルで、Authenticに、イエス様の名に泥を塗らないよう歩めますように。

はちこはちこ 2008/04/21 08:51 yukaちゃん、
コメントありがとう! ほんと、考えさせられるよね…

めぐんちゃん、
>「環境問題に関心を示さない」
それ、確かにそうなんだよね。クリスチャンにうんざりしている科学者たちの言い分の一つが、「クリスチャンは新天新地信仰を持っているから、どうせいずれは過ぎ去るこの地球のことなど、大切にする必要はないと思っている、だから彼らは環境問題に対して無責任だ」というものらしいの。それを聞いた時、私もショックだった。でも、言われてみれば、確かにそういう側面もあるかもしれないと思い当たる節もあって、なおさらショック… 実際に聖書が教えているのは、地球の良き管理者となることなのにね。

実際、悪いイメージを持たれても無理はないというような事件も時々あるよね。数ヶ月前、ミズーリだったかな、イラクで戦死したゲイの兵士のお葬式があったの。ところが、同性愛に反対するクリスチャンたちがプラカードもって式場の周りを行進して、お葬式を妨害したんだって。最悪だよね。泣く者とともに泣きなさいというイエス様の言葉を、まるっきり無視してるよね… 私もそういうズレたクリスチャンになってしまわないよう、たえず自戒しつつ、イエス様の言葉に立ち返らなくてはと思わされます。

ともよともよ 2008/04/21 22:49 初めてコメントさせていただきます。数年前にケンタッキー州にある福音派の神学校を卒業し、現在シカゴのサウスでホーリネスの信仰理解に立つUrban Ministryに関わっています。私達もKeep It Realと問いつつ、コミュニティーの中で元ギャングメンバー、ドラッグアデクト、そしてホームレスの人々を対象にミニストリーをしています。時々あまりの惨めな罪と罪の帰結を目の当たりにし、がっかりすることもありますが、外見に関わらず、どの人の奥にもイエス様を必要として叫んでいるかけがえのない魂が存在していること、そして現在たとえどんな罪を犯していても心から悔い改めてイエス様に立ち返る時、主は必ず許して下さるばかりではなくどんな罪人をもthe glorious images of Godへと聖化してして下さるお約束に希望を見出します。

はちこさんの充実したサイトに励まされて来ました。Blog shy(?)でついコメントさせていただけずにいましたが、今日「アーメン!」と感じたのでコメントさせていただきます。この場をお借りしてはちこさんご一家の証に感謝いたします。

特にこの記事に感謝します。私達一人一人が祈りつつ振り返らなければならない問題だと思います。私も同じ思いで、自分自身を振り返りながら読ませていただきました。私自身Campolo氏について存じ上げませんでしたが、この機会に読んでみたいと思っています。私もはちこさんが書かれていたように、Campolo氏は神学生や教授たちに自分達のmindsetを問い直す機会を持って欲しいと考えて敢て過激な表現をされたのだと思います。

それから関連記事の「売春婦のために誕生パーティーをひらく教会」も読ませていただきました。

はちこさんご一家の上に主の祝福をお祈り致します。

ともよともよ 2008/04/21 23:29 本当にコメント投稿出来たようです。ハレルヤ!初コメントですっかり緊張し乱筆乱文だったことをお詫びします。コメントし忘れましたが、先日金曜日の明け方の地震についてコメントさせていただきます。シカゴサウスのビルディングの4階に住んでいますが揺れを感じて目を覚ましました。実家が神戸で1995年1月の阪神大震災の時には大学最終学年で実家住まいでした。あの揺れを経験しているのでどうやら13年以上たった今でも揺れには敏感なのかもしれません。金曜日の朝10時過ぎに近所に住む教会の友人が「今朝揺れたの知ってる〜?」と電話をくれました。思わずエキサイト(?)して「シカゴには地震ないと思ってわざわざ引っ越してきたのに(冗談ですが)ウソでしょ〜!」と絶叫していた私です。ホントに怖いですよね、地震は。でもイエス様は嵐の中でも一緒にいて下さるばかりか嵐をも止める権威お持ちなお方であることを改めて感謝します。

クレオパe03552クレオパe03552 2008/04/22 01:36 カンポロさんの「誕生パーティ」の記事は以前にも読ませていただきましたが、今読んでも深く感動します。そして、はっとさせられます。ヤンシーのエッセー「深夜の教会」につながる視線を感じますね。(前の投稿は消してくださいね。)

はちこはちこ 2008/04/22 07:47 ともよさん
初めまして!コメントしてくださって嬉しいです。^^ シカゴサウスですか!危険な地域ですよね。気候がよくなってくると、物騒な事件も増えますしね…
5月末のメモリアルデーウィークエンドに、日本人向けの修養会をやるのですが、よろしかったらともよさんもいらっしゃいませんか? 今年の講師は、元暴走族で、神学校に入ってもしばらくは肩で風をきりガンを飛ばしながら歩いていた、という榊原宣行先生です。詳細は  http://cc2008.exblog.jp/ にあります。中部を中心に、80人前後の日本人クリスチャンが集まるこじんまりとした、でも元気いっぱいの修養会です。
地震は、やっぱりイヤですよね。先日のは、軽い揺れですんでよかったです。
ともよさん、同じシカゴ(といっても、私は郊外ですが…)ですし、これからもよろしくお願いします!

クレオパさん、
「誕生パーティ」の話で、私にとって何が一番ハッとさせられるかといえば、一般の人の教会に対するイメージです。教会は、「聖い」人たちの集まりだから、自分には関係ないと思われてしまっていることです。そしてそれは、ある意味、教会が自ら作り出したイメージでもあるんですよね… 「聖さ」の本当の意味を学びたいと思わされる今日この頃です…

ともよともよ 2008/04/22 15:03 こちらこそどうぞよろしくお願いします!修養会、とても楽しみな内容ですね。もし都合がつけば行きたいと思います。ありがとうございます。

はちこはちこ 2008/04/23 16:11 ともよさん、
修養会でお目にかかれたらとても嬉しいです☆
行けそうでしたらぜひご連絡くださいね!

まきとまきと 2011/11/17 16:53 中学時代、学校は同和問題で揺れていました。問題があっても、なかなか手を差し伸べると言う次元には至らないですね。校内暴力で荒れていました。身を守ろことや受験で精いっぱいの時代をすごしました。大学になり、アジアの問題にクリスチャンは何もしないのかと先輩に挑発されて、マレーシアでのIFES学生大会に行ってみました。大学院の時、大学の先生がフィリピンに派遣されていて、先生をたずねました。今朝ははちこさんのブログで昔の緊張を思い出しました。

2008-04-19

Memo:The Divine Hours

18:33 | Memo:The Divine Hoursを含むブックマーク

 -http://explorefaith.org/prayer/fixed/index.html

People have prayed at fixed hours during the day for centuries. Quietly easing away from the obligations of home or work, they take a few moments to spend time with God. These moments connect them to the Divine, and to the countless others who are also pausing to pray the prayers designated for that hour, on that day. Prayers whispered and chanted, spoken loud and clear or murmured silently within, all join together in a continuous flow, a river of words from our soul to God’s.

……

Praying the hours enjoins us to stop, let go of all that occupies us, and focus on the sacred at regular intervals throughout the day. Suddenly, every day becomes holy, for every day is laced together by our appointments with God.

Outcome は主の御手に

15:29 | Outcome は主の御手にを含むブックマーク

 先週、私のミスのせいでちょっとした事件(?)が起きた。事件を知らされたその晩は、心配のあまりよく眠れないほどだった。胃が痛くなるような思いの中で、できる限りの誠意と最善を尽くしたあとは、とにかくこの事件のすべてを主の御手に乗せるだけだと思わされた。その結果がどうなるか、私には支配できないことで、いくら思い悩んでも仕方のないこと。不安の中にとどまっていてはいけない、主に信頼しよう。ただ全能の善い御父の判断におまかせしよう……

 そしたら今朝になって、一番気になっていたことはクリアできたことがわかった。事件そのものはまだ解決していないけれど、これで胸のつかえがおりたような感じ。この後も、主に信頼しよう。主は、主の御目に良いようにしてくださるのだから。

 最近、「結果(outcome)」を支配したいという願いを手放すよう、いろんな方面から教えられている。ゆっくりながらも学んでいるのは、この願いを手放すと、たとえ状況は変わっていなくても、格段に気持ちが楽になり、心に平安が与えられるということ。勤勉に働き、最善を尽くすことは大切だけれど、その後のアウトカムも自分の期待通りになって欲しいと願うなら、人生はとても生きづらい。でも、どちらに転んでもいいのだ、アウトカムを支配しておられるのは善い御父なのだから、と信頼できるなら、よけいな思い煩いから解放され、恐いものなしになる。これを、ほんとにいろんな分野で今、訓練されている。忍耐をもって教えてくださる主に感謝。

Renovation of the Heartリトリート

| 15:29 | Renovation of the Heartリトリートを含むブックマーク

 この週末、私の教会でRenovation of the Heartリトリートがもたれた。Renovation of the Heartとは、ダラス・ウィラードというクリスチャン哲学者が書いた、「霊の形成/訓練(Spiritual formation, spiritual discipline」に関する本で、アメリカでは高く評価されている。(2003年に、スピリチュアリティ部門でChristianity Todayのbook awardを受賞)

 信徒の霊的成長のために非常に役立つということで、うちの教会でも将来Renovation of the Heartコースを開設する予定らしいが、今回は、その準備として試験的に行われたもの。本は難解だけれど、講師(うちの教会のティーチング・パスター)の教え方がとても上手で、楽しく、わかりやすく、engagingなリトリートだった。

 

 "The Language of God"の翻訳が終わったら(もうすぐ!)、再び"Renovation of the Heart"に戻る予定の私にとっては本当にタイムリーで、大いに励まされた。パスターも私がこの翻訳をしていることを知っていて、いろいろ役に立つリソースを教えてくれた。感謝!

 今回のリトリートを通して、内側から根本的に変えられることに対しての深い願いを新たにされた。教えられた内容も、また機会があれば書き留めておきたいが、今日は眠くなってきたのでここまで。

Renovation of the Heart: Putting on the Character of Christ (Designed for Influence)

Renovation of the Heart: Putting on the Character of Christ (Designed for Influence)

めぐんちゃんめぐんちゃん 2008/04/19 21:16 「結果(outcome)」を支配したいという願いを手放す...

私も考えさせられます。
結婚式の準備とかしてると特に〜(>_<)。

Outcomeを支配したいという思いは、「人に喜んで欲しいから」とか、Good Intentionから出ていることもあるんだけど、結局それにこだわるあまり押し付けがましくなったり、気分的に余裕がなくなったり・・・。神様が下さる最善の結果を、平安を持って受け入れる者と変えられますように。

Divine Hour、毎日毎時間やってるわけではありませんが、Phillis Tickleという人が編集した本を使ってやっています^^。私は個人的に自分の中に祈りの言葉が見つからない時や、「んー、なんか祈る気分になれない」という時、特にHelpfulだと感じます。

はちこはちこ 2008/04/19 21:29 そうなのよね、自分なりに善かれと思ってのことなんだけど(私の場合、特に子供のこととか)、結局、何が最善かということを、自分の基準で決めてしまっているんだよね。そして、そうならないかもしれないと思うと不安や恐れやいらだちを感じてしまったり。Bottom lineは、Do I really trust God? Do I really think He knows the best and what He is doing? ということなんだろうね。

Divine Hours, 上にリンクしてあるサイトが、Phillis Tickleのを用いたものです。自分が住んでいる場所の時間帯を入れてクリックすると、その日その時間の祈りが出てくるの! 今までは、spontaneityこそ大切って思ってる部分があったんだけど、最近、もっとdisciplineされたいという願いが出てきて… そういう願いをくださるのも神様なんだろうね。

2008-04-18

シカゴで地震!

07:57 | シカゴで地震!を含むブックマーク

 今朝、早朝、シカゴで地震があった。シカゴで地震とはとても珍しい。マグニチュード5.2だったそうで、これまでシカゴで観測された地震の中では一番強い方にはいるらしい。震源地はイリノイ州の南部にあるセーラムという町で、そこでの地震発生は4時35分くらいだったらしいけれど、私が揺れを感じたのは40分頃だった。セーラムは、地図を見たら結構南の方だった。

 寝ていたら、まず窓のあたりからカタカタカタ…という音が聞こえて目が覚めて、何だろう?と思っていたら、グラグラッと家が揺れた。久しぶりなので怖かった。そもそもシカゴは地震なんて滅多に来ないから、建物の耐震度も高くないだろうし。

 シカゴ方面にお住まいの皆さん、地震、感じましたか?

 

めぐんちゃんめぐんちゃん 2008/04/18 11:05 今朝会社の人が「地震、あったよねぇ!」と話していたので、この辺でも体感されるぐらいの揺れはあったようですが、私は全然気付かず眠りこけていました。神戸大震災の時日本にいたし、揺れには割りと敏感だと思ってたんですが。

まいちーまいちー 2008/04/18 11:37 おひさしぶりです、はちこさん。地震大事ではなくてよかったです。私も阪神以来地震には妙に敏感になってしまいました。これ以上広がらないといいですね〜。

はちこはちこ 2008/04/18 15:40 めぐんちゃん、
おおー、ミシガンでも感じた人いたんだー。めぐんちゃんは阪神大震災の時、神戸にいたの?ちょうど一時帰国してた時とか?

まいちーさん、お久しぶりです!
私もさっき、そちらを覗かせていただいたところでした。私もポール・ポッツ、YouTubeで予選から決勝まで全部見てます。(笑)
シカゴは普段は滅多に地震がないので、ちょっと揺れただけで、みんな大慌てするみたいです。私も久しぶりだったので、緊張してしまいましたが…

GoせんせGoせんせ 2008/04/19 00:05 へぇ〜 こっちは全然揺れませんでしたよ(爆)
ほんとはこっちの方が地震がもっとあってもいいんでしょうけど、僕らが来てからはまだそれらしきものは一度も感じてないなぁ...別に懐かしいわけじゃないけど...。

冗談はさておき、何事もなく良かったですね。

KAZUKOKAZUKO 2008/04/19 00:57 天気本当に変ですよね。シアトルは今日雪です。チューリップやすいせんはこんがらがっています。

はちこはちこ 2008/04/19 07:06 Goせんせ、
でもね、フロリダでは感じたそうですよ!中部は地盤が固いので、遠くまで揺れが伝わりやすいんだそうです。それにしてもフロリダまでってすごいですよね。シアトルって、地震、ありそうであまりないみたいですね。良いことです!

KAZUKO さん、
ええっ! シアトルで、4月に雪ですか! それは異常ですね。本来なら、ゴージャスな季節の始まりなのに。シアトルにいたころ、ワシントン大学のキャンパスにツツジの大きいの(名前忘れてしまいました)が春になるとたくさん咲いて、ものすごく美しかったのを覚えています。
シカゴは、昨日も20度以上の暖かい日でした。今日は雨模様ですが…

めぐんちゃんめぐんちゃん 2008/04/22 11:27 まだ高校生だったんで家にいましたー^^。普段何事にも動じないお母さんが動揺しているのを見て、心底びびりました。腰が抜けるとはまさにこういうのか、と慌てふためきながら実感したり。外に出たらあちこちから火の手が上がって灰が降ってくるし、コンクリートが割れてあちこち段差になってるし、この世の終わりかと思いましたね・・・。お母さん達は未だに家具が倒れてきても下敷きにならない所を選んで寝ています。同じ経験をしても、その場を離れた人と留まった人とでは、恐怖の記憶の残り方が違うようですね。

はちこはちこ 2008/04/23 16:14 そっかー、めぐんちゃんもあの地震をリアルで経験したんだ… 本当に、とてもこの世の出来事とは思えなかったでしょうね。
地震そのものの恐怖だけでなく、そのあとの復興までの間も大変だったでしょうし… めぐんちゃんが無事で、ここにいてくれてよかった…

2008-04-17

暖かいを通りすぎて…?

21:31 | 暖かいを通りすぎて…?を含むブックマーク

 今日のシカゴはとても暖かかった。摂氏26度くらいまで上がった。この前の週末は雪がちらついてたのに。昨日まで家の中ではダウンジャケットを着ていた寒がりの私も、さすがに今日は必要なかった。(昨日も外は20度以上まで上がったんだけど。)

 今日はま〜やのサイエンス・フェア。よく頑張りました。

2008-04-16

MEMO:アウグスティヌス(2)

20:42 | MEMO:アウグスティヌス(2)を含むブックマーク

 『告白』の11〜13巻を先に読み、今は山田晶先生の解説を読んでいるが、これがまたすばらしい。中央公論社の版を買って、本当に良かった。(クレオパさん、高橋先生、感謝します!)


 アウグスティヌスは若い頃に、当時の文化の中心であった北アフリカに「遊学」した。そしてそこでマニ教に入信する。マニ教というのは、ゾロアスター教に由来するもので、光と闇、霊と物質の絶対的対立という二元論を説く宗教なのだそうだ。しかしキリスト教をもうまく取り入れ、教会にもしのびこんでいたらしい。彼にとってのマニ教は、母モニカが信仰していた「とにかく黙って信じなさい」という泥臭いカトリックのキリスト教とは違って思索的であり、いわば近代的で知的なキリスト教だったようだ。しかし、やがて彼は、マニ教の「嘘」に気づくようになり、失望してそこから離れる。

 アウグスティヌスはアフリカからローマにわたり、さらにミラノ行く。そこで、アンブロシウスという司教に出会う。アンブロシウスは、「聖書の文字の奥に隠されている深い意味を信者に開示し」、アウグスティヌスは彼から大きな影響を受けた。

 これまで彼(アウグスティヌス)は、『旧約聖書』を文字どおりの意味にとり、それによって『旧約』に書かれていることは、不合理、荒唐無稽、さらには不道徳であると感じ、そのようなことをまにうけている教会の信者を嘲笑していたのである。しかし、司教の話を聞いているうちに、『旧約聖書』のふくむ深い意味がわかってきた。『旧約』のはじめからくりかえし予言されてきた神の子と、その予言の実現としてのイエス・キリストと、その神の子たることを強調するヨハネの福音書やパウロの書簡との内的関連が、はっきりわかってきた。要するに、真実のキリスト教がわかってきたのである。(30ページ)

 同じ頃、彼は新プラトン派からも深い影響をうけるようになる。山田先生の解説によると、影響を受けたといっても、新プラトン主義をそのまま彼の神学の中に取り入れたのでなく、それが刺激となって、キリスト教の真理に新たに目がひらかれた、と言った方がいいようだ。 以下はアウグスティヌスの言葉。

 

「私はそれらの書物から、自分自身にたちかえるようにとすすめられ、あなたにみちびかれながら、心の内奥にはいってゆきました。……私はそこにはいってゆき、何かしら、魂の目のようなものによって、まさにその魂の目をこえたところ、すなわち精神をこえたところに、不変の光を見ました。」

 このアウグスティヌスの体験って、なんとも神秘的な感じがするけれど(そして実際、中世には彼のこの考えは神秘主義へとつながっていくらしい)、でも、キリスト者なら、何らかの形で、このような不思議な神様とのエンカウンターって、経験があるんじゃないかという気もする。自分という存在に、とことん絶望したその時に、神様の救いの光を見いだす、みたいな… そう、この心の奥に入っていくということも、「あなたにみちびかれながら」するのだから。これこそキリスト教のスピリチュアリティなのかもね。

 山田先生は言う。「ほんとうの意味での精神的なものは、そのようなしかたで自分の外に、あるいは自分の前に見られるものではなくて、自分のうちに、自己の内奥においてふれられるものである。心は外にむかうかぎり、真の自己をも、精神をも、神を見ることができない。」

 「この場合、内面への道は、心から神への連続的な道ではなくて、心から神への超越の道である。心は直接神にゆくのではなく、神にいたる前に、心を神とをへだてる無底の深淵につきあたらなければならない。」(31ページ)

 ここで山田先生がいう「精神的なもの」は、メンタルなものというより、むしろ現代で言う「スピリチュアルなもの」を指しているように思われる。

 まだ途中までしか読んでいないのだけれど、アウグスティヌスがどこからどんな影響を受けているのか、整理しておきたかったので、自分へのメモとしてちょっと書き留めてみた。この辺りを読みながら、上沼先生がここ数年、自分の魂の闇と向き合うことについて語っておられるのを思い出した。上沼先生は、自分の「心の井戸を掘る」という表現も使っておられたっけ…

 

hide&yokohide&yoko 2008/04/17 09:16 はちこさんの書いた「キリスト者なら、何らかの形で、このような不思議な神様とのエンカウンターって、経験があるんじゃないかという気もする。」というのは本当に大切な視点だと思います。神秘体験を求める事が偶像のようになることは厳に戒めなければなりませんが、自分の体験しためぐみをあまりにも小さく扱う事も問題です。アウグスチヌスの回心の瞬間も不思議です。C.S.ルイスも自分の回心の瞬間を説明できないと書いています。
 アウグスチヌスが母モニカと体験した神秘もすばらしいものです。
 西方教会はゲッセマネの苦しみを強調するけれど、東方教会は変貌山の栄光を強調すると言われます。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2008/04/17 11:28 こうして読んでいると、アウグスティヌスはHipでAcademicで、当時で言うトレンディーなIntellectual系の人という印象を受けます。既存の宗教に対する失望とそれに続く離脱。それでも心に満たされないものを感じて「スピリチュアルなもの」を新興宗教に求める姿。何世紀も前に生きた人なのに、現代人ととても似たものを感じます。

結局母モニカと同じ信仰に戻ったという見方もできますが、真実を求めるアウグスティヌスが既存教会・教理から離れて旅立った先で、主が彼と出会ってくださって、彼の心に響く言葉で語ってくださり、彼の心を捉えられたという感じがします。読んでみたいなー。でも分厚いなー(本が)。英語だと難しいですよねぇ。

はちこはちこ 2008/04/17 21:41 hide&yoko先生、
コメントありがとうございます!
山田先生の解説の中で、先生ご自身の回心の時のことについて、ほんの少しだけ触れておられましたが、先生もまた、自分自身を向き合う中でキリストに出会ったようなことが示唆されていましたね。今翻訳中のフランシス・コリンズ博士もまた、自分と向き合うことで、自分にはキリストが必要だと目が開かれた一人です。神秘的といっても、必ずしも「恍惚感」を伴うとか、そういうことではないんですよね。理屈や知性では説明しきれないけれど、でも確かに真実なものとして体験するというのか… 
 この後、『告白』を最初から読んでいくのが楽しみです!

めぐんちゃん、
ほんとにそうだよね。アウグスティヌスって、紀元300年代から400年代にかけての時代の人なんだけど、とてもそんなに昔の人という気がしないよね。
英語で読む方が、たぶん簡単だと思うよ、特にめぐんちゃんなら。日本語訳は、わかりやすいとはいっても、現代文と文語体が混ざっている感じで、時々??だから…

2008-04-15

今お気に入りの動画

17:10 | 今お気に入りの動画を含むブックマーク

 最近、ジャズバイオリンが気に入っています。そしてこんな動画をYouTubeで見つけて、すっかりご機嫌です。あ〜、疲れが癒される〜。

中西俊博&寺井尚子 Tiger Rag

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中西俊博&寺井尚子&ウェイウェイ・ウー Spain

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 音楽もすばらしいけれど、演奏している時の彼らの表情をご覧ください。本当に楽しそうで、演奏している音楽の世界に浸りきっています。寺井さんの、信じられないような弓さばき。こんなふうに首や腰を振りながら、ステップを踏みながら、バイオリンを弾けるってすごいと思いました。演奏中の彼女の表情は格別ですね。まるでバイオリンを介して歌っているみたい。また中西さんの優しい表情も素敵です。それに服装が、どことなく寝起きの頭にパジャマのシャツみたいで可愛いし☆ Spainの方は、胡弓の響きが最高ですね。胡弓の音、大好き!

 こんなふうに音楽が演奏できるって、本当に素敵。うらやましい。でも、演奏できない人たちにもこんなに楽しみを与えてくれる演奏家の方たちに感謝!

 

2008-04-14

疲れ気味

16:20 | 疲れ気味を含むブックマーク

 昨日は、朝早い方の礼拝に出て、昼からはエミと二人でシカゴにあるパーティードレス専門店に行き、プロムドレスを購入。なかなかすごい体験だった。

 今日は、朝6:40に家を出て大学病院に。今日の検査は結果オーケーとすぐにわかったので良かった。

 連続ででかけたので、ちょっと疲れ気味。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2008/04/14 20:27 朝早くからお疲れ様です!結果OKで良かった!!

ウエディング・ドレスを買うのも一大イベントでしたが、若かっただけにプロムドレスを買った時の方が感情的に大変だった気がします。

エミちゃん、Dream Dressは見つかったでしょうか^^。

はちこはちこ 2008/04/15 08:16 プロムドレスショッピングは、なかなかすごい経験で、これをあと、みんとま〜やの時もやるのかと思ったらちょっと疲れましたが(笑)、逆にjoy of motherhood とも言えます。
それにしてもいろんなドレスがたくさんあって、私は、シンデレラ系のお姫様ドレスが女の子らしくていいと思ったのですが(エミもそういうのを選びました)、中には、クレオパトラみたいなのとか、水着の裾が伸びたみたいなすごくセクシーなのもあって、驚きました。でも、アメリカ人の女の子は、そういうのもため息がでるほど似合うんだよねー。
エミは、気に入ったドレスが見つかって、とても喜んでいました。(^^)

2008-04-12

CC08準備委員会/コリンズ博士が来る!

21:02 | CC08準備委員会/コリンズ博士が来る!を含むブックマーク

 今日はCC08の準備委員会の日。普段なら私がみんなのお昼ご飯を用意させてもらうのだけど、今回は、スケジュールが立て込んでいたのと、体力的にしんどかったのとで、お弁当持参にしてもらった。以前の私なら、こんな時、意地になってでもがんばってしまうところだったけど、今回は素直にみんなに甘えてみた。「忙しくても疲れていても、頑張ってこなしてしまう自分」という虚構の私ではなく、弱さ丸出しの等身大の自分を、「敗北感」のようなものを感じることなしにさらけ出せることは、本当に心地よい。(^^)

 みんなが到着する頃、ちょうどケンスケを体操教室に迎えに行く時間と重なっていたので私は留守だった。でも、帰ってきてみると、みんなが台所で持参の肉じゃがを温めていたり、トマトを切っていたり、すっかり台所が占拠(?)されていて、思わず笑ってしまった。文字通り、「勝手知ったる他人の家」だ。(笑)

 ミーティングは、賛美、分かち合い、祈り、それから今日のアジェンダ。5時間にわたったけれど、全然長く感じなかった。今年も、CCへの期待がどんどん高まる。今回は、主はどんなことを語ってくださるのだろうか。どんなすばらしいことを成してくださるのだろうか。今年の講師はサンフランシスコの榊原宣行先生。ああ、本当に楽しみだ!

 -http://cc2008.exblog.jp/ (4月中に申し込むと、参加費が5ドル引きになります!)

 そうそう、InterVarsity(福音主義の大学生伝道の団体)のスタッフをしているEちゃんから聞いた話。この暮れに、インターバーシティー主催の教授や大学院生対象の三日間のコンファレンスがシカゴで開かれるのだが、その講師の一人がフランシス・コリンズ博士なのだそうだ! アメリカでは40%くらいの人たちが、文字通りの6日間による創造論を信じていると言われているが、やはりアカデミア(学究界)にいるクリスチャンの間(福音主義者も含めて)では、コリンズ博士のクリスチャン科学者としての立場(有神論的進化論)は、支持されているのだろう。

 アメリカには、American Scientific Affilication (ASA)というクリスチャン科学者の会がある。ぼぼるパパも、10年以上前にInterVarsity主催のアーバナ学生宣教大会で教授たちのミーティングに参加した時、ASAを勧められたと言っていた。ASAのメンバー(コリンズ博士もそう)は、有神論的進化論の立場を取る人が多いらしい。実際、ウィキペディアにも、ヘンリー・モリス博士に代表される創造科学(文字通り6日間による天地の創造)は主流の科学界からは受け入れられておらず、福音主義の旧約聖書学者たちの間や、さまざまな科学の分野で活躍する福音主義クリスチャンの間でも賛否両論があると書いてあった。モリス博士の著作は日本でもいくつか翻訳されているけれど、彼の主張はクリスチャン科学者を含む、科学界では受け入れられていないということを、日本の読者にも知っていて欲しいと思う。もちろん、信仰の立場として何を信じるかは個人の自由だが、科学的にはどうなのか?という点では、そういうことなのだ。そして、現在科学的にも妥当とされる見地は、聖書に依って立つ信仰と決して矛盾するものではない。(これについては、コリンズ博士が著書で詳細に論じている。日本での出版は、9月頃になる見込み。)

 あれ、話がそれたけど、とにかく暮れのコンファレンスも楽しみだ!

mikimiki 2008/04/13 08:22 はちこさ〜ん。
昨日もどうもありがとうございました!ホント、5時間あっという間のミーティングでしたね。
1月には真っ白の状態から、どんどん神様のプランが見えてくるみたいで、本当にExcitingです。
みんながそれぞれ与えられた役割で、素晴らしい仕事をしていきながら、一つの大きなことが出来上がっていくこのプロセスの只中にいられることを、心から感謝してます。昨日もひとつひひとつ確認しながら、あ〜ホントにみんな頼りがいがあるなぁ。。。ってしみじみ思ってました。
お互いに、できないところとか弱いところを補い合ってこれからも頑張りましょうね〜!私ははちこさんがその場にいるだけで、ただそれだけで安心感が全然違うんだよ!

はちこはちこ 2008/04/13 22:00 mikiちゃん、
こちらこそ、昨日もどうもありがとう!mikiちゃんのリーダーシップと仕える姿勢に、励まされています! それと、昨日はたくさんのおやつも差し入れてくれてありがとうね。
みんな、本当に頼もしいよね。最初の準備委員会でやった性格テスト(?)でも明らかだったように、みんなそれぞれ違う個性を持っているのに、それが主にあってすばらしくオーケストレイトされていて、本当に主に感謝です!

マックマック 2008/04/14 10:28 はちこさん

いつも楽しみに読ませていただいています。いよいよCCですね。祝福をお祈りしています。皆さんのお顔が心に浮かんできます。

またコリンズ博士の考え方がどのように受け止められているか、その現状について分りやすく説明して下さってありがとうございます。ぼぼるさんをはじめ、おそらく全米にも多くの日本人クリスチャン科学者がいると思います。ネットワークがつくれたらいいですね。

はちこはちこ 2008/04/14 12:09 マック先生、お祈りをありがとうございます! 2年前に先生を講師としてお迎えした時のCCも本当に祝され感謝でした。今年も主に期待しています! 

日本人クリスチャン科学者のネットワーク、できたらいいなぁと切に思います。特に、日本において必要だと感じます。そのようなネットワークのために、祈ってみます。

それから、スタンフォード大学でクリスチャン学生主催の講演会でコリンズ博士がお話された時のビデオです。とてもわかりやすい内容ですので、お時間のある時にでもよろしければご覧ください。
http://franciscollinstalk.stanford.edu/

2008-04-09

親子で大騒ぎ

21:54 | 親子で大騒ぎを含むブックマーク

 エミが夕方になって突然、「私の友達はほとんどみんな、年が明けてからSATやACTを受け始めていて、私も5月3日のSATを受験しようと思うんだけど、申し込みの締め切りが明日までなの」と言い出した。こっちはびっくり仰天。SATのスコアというのはアメリカの大学入試では重要なのに、そんなにポイッと思いつきで受験しちゃっていいのだろうか?

 SATなどのことは私にはよくわからないから、ちゃんと学校の先生に聞いて、自分で受験のスケジュールをたてなさいよ、と以前から言っていた。でもエミは、年が明けてからは演劇三昧で、受験のことなど二の次になっていたようだ。いろいろ調べてみたら、やっぱりジュニアの年の1〜2月か5〜6月に一回目のSATを受験し、シニアの10〜11月に二度目を受験するというのは良いアイディアらしい。ああ、私もちゃんとフォローしてあげるべきだった… 

 それで、慌ててオンラインで5月のテストの受験の申し込み。準備する子はみっちり準備してから受験するのに、こんなんでいいのだろうか…(ため息)

erinaerina 2008/04/10 07:19 エミちゃん頑張れ〜
まだ2度目の試験までに半年って言うのは良い感じに聞こえるのは何も知らないからでしょうか。
最初は何も準備しないでとりあえず受けるってぜんぜん無謀にきこえませんよ!
資格試験とか、よくやる方法じゃないですか?
とりあえず受けてそれを受けた勉強って。
日本の高校生だって夏休み直前から真剣な受験勉強する人もいっぱいいた記憶がありますよ。

道川 勇雄道川 勇雄 2008/04/10 22:28 エミさんの御健闘を祈ります。
前に、コメントを書かせていただきましたが、どうやって辿り着いたのか、記憶に無く、ヤフーから、自分の名前で検索して、このたびの訪問が出来ました。
僕の義姉が、ミズーリのカンサスシティに住んでいます。
地図上では、お住まいは、義姉の住まいの上の方ですね。
まだ、寒いそうですから、エミさん共々、お風邪をひかないように・・・

さー。さー。 2008/04/10 23:33 アリでしょうw

実は私も先月、TOEICを初めて受けました。

(実際は本番がイースターと重なっていた為受験は諦めたのですが、
 その直後に無料模試の案内をもらって、模試を受験)

しかもイマサラって思って、一切勉強せずに・・・

終わって感じたのは、勉強して対策を知っていたら、時間の余裕が作れ、
点数も数十点上げられたかもしれない。
でも神様が働いて下さり、私は満足のいく点数は取れたから失望はしなかったし、
主により頼むのみで得られた結果を知る事が出来て、
むしろ欲張らなかった事が誇れると思いました。

エミちゃんの道は主の前にあるから感謝します!
大学入学まで主の完全な守りの内に歩む事が出来ますように。
主の最善が成されますように。

はちこはちこ 2008/04/11 12:50 erinaちゃん、
SATって、確か受けたテストの成績が全部大学側に送られちゃうんだよね。だから、あんまりひどい点だと、いくら次で頑張っても、悪い印象を与えてしまうんじゃないかと心配になったり… でも、そんなに気にしなくていいのかな。そうね、二度目のテストまでは半年あると思うと、結構しっかり準備できそうだね。応援ありがとう!

道川 勇雄さん、
ありがとうございます! そうなんですよ、中部は、なかなか春が本番にならなくて。今週末も、氷点下まで下がる予報です。(泣)

さー。さん、
アリでしょう、と断言してもらえると、ホッとします。実際、受けさせることにして良かったと思います。半年準備しての一発勝負よりは、一回目は準備不足でも、とりあえず経験させてみることの方が、有益になりそうですよね。
お祈りありがとうございます。主の御心の進路にエミが導かれるよう、これからもお祈りに覚えていただけると嬉しいです!

TamikoTamiko 2008/04/11 15:59 エキストラのアクティビティーをしてると、勉強も今学校でやってることに集中するので精一杯な感じですよね。でも、はちこさんと、のぼるさんの、Brainで、しかもがんばりやのエミちゃんなのでだいじょうぶでしょう!!きっと、普段からの積み重ねとやら、、ですし。。。あたしは、高校のころ、なんだか良くわけわからずに、SATやACTを、もちろん勉強することもなくうけてしまいました。。。。もちろん点数はものすごく良くなかったですが、ミリタリーから、お誘いの電話が入りました(笑)。。有名校ではまったくないけどそれでも、いった大学にいかなかったら、今頃ダメになってたかも、と思う日々です。ただ神様にたよってLazyになるわけではないけれど、神様はやっぱり、私たちのこと一番よくしってて、一番いい道へ、導いてくださることでしょう。エミちゃんの試験のProcessにも神様の大きな恵みがありますように!

はちこはちこ 2008/04/11 20:49 >神様はやっぱり、私たちのこと一番よくしってて、一番いい道へ、導いてくださることでしょう。
アーメン! 本当にそう思います。最善は尽くさせますが(神様もそう願っておられると思うので)、最終的には、「あなたの道を主に委ねよ。主がなしとげてくださる」だよね。そして、その時にははっきりわからなくても、後から振り返ってみれば、導かれた道こそ、確かに自分に必要な道、行くべき道だったのだとわかるのだろうね。私も、いたずらに心配しないように、これからの一年間を主への信頼をもって平安の中で過ごしたいな!

2008-04-08

EGD

20:28 | EGDを含むブックマーク

 明日は朝7時頃に家を出て、大学病院でEGD(胃や食道の内視鏡検査)。

夕べの感動

15:30 | 夕べの感動を含むブックマーク

 夕べから、うちの教会で、ある神学校の教授を講師に招いてのエペソ書の学び会が始まった(全5週間)。それで、うちのスモールグループもその学び会に合流することにした。みんなでカープールして、約30分の道のりを、遠足みたいで楽しかった。(笑)

 学び会では、まず「聖書を読む時に役立つヒント」をいくつか教えてもらった。良いツールを利用しよう(コンコルダンスやバイブル・アトラス、『ハーレイの聖書ハンドブック』のような参考書、他)、5W1H(いつどこで誰が誰に何をなぜどのように)を意識しながら読もう、各巻が書かれた背景やテーマ、またその巻のジャンル(歴史、書簡、詩的、他)を知ろう、文脈に注意を払おう、接続詞(しかし、そこで、なぜなら、もし、他)に気をつけよう、解釈や応用を考える前に、書き手がそれを書いた時のオリジナルの意味や意図を知ろう…等々 前に行っていた教会でも、こういった、聖書の読み方・学び方を学ぶためのセッションがあって、とても役に立ったのだが、今回もよいリマインダーや新しい視点が与えられて感謝だった。

 その後は、いきなりエペソ1章に入るのでなく、まずはエペソという土地や、この書簡が書かれた時代背景についての解説。先生は、パウロの書簡を読む時は、「使徒の働き」に戻って、その手紙が書かれた背景や前後に起きていたことなどを確認すると良いとおっしゃっていた。なるほど!

 教えてくださった先生は、実はうちの教会のパスターの一人のお父さまで、結構な高齢。講壇から教えておられる時は権威を感じさせられたけど、終わってから参加者たちのテーブルに来て挨拶をしてくださった様子は、とても謙遜でフレンドリーだった。驚いたのは、座っている私たちと話をするのに、先生は床にひざをついて、私たちと目線のレベルをあわせてくださったこと。このくらいのお年になると、たいていの方は膝が弱ってきて、膝を曲げるというのは大変なことだ。高齢の方たちは、みなさんそう言われる。私自身、最近膝が気になるようになってきている。(汗)だから、高齢の先生が私たちと話をするために膝をつかれたことに、私はものすごく感動した。先生の知識以上に、そのにじみ出る品性に打たれてしまった。キリストの香りって、こういうことなんだろうなぁ。

 あっそれから、もう一つ、先生が何気なくおっしゃっていたことで心に残ったこと。私たちはしばしば、「律法を破る(break the law)」という言い方をするけれど、実際は私たちが破る(壊す)ものは、律法ではなく私たち自身なのだ、と。たとえば、親の言いつけに背いて二階の窓から外に出ても、私たちには重力の法則を破ることはできない。私たちはただ窓から落ちて、怪我をするだけだ。神の律法も重力の法則のように、神がこの地上での人間生活に対してお与えになった原則であり、それ自体は決して破られることはない。それに背くことで壊れてしまうのは私たち自身なのである…  

めぐんちゃんめぐんちゃん 2008/04/08 16:12 律法を破って壊れるのは私達、ですか。

柔和で謙遜な方の口から出た言葉だけに、重みがありますね。

GoせんせGoせんせ 2008/04/08 16:56 今、うちの教会のバイブルスタディでもエペソやってます。
その先生のおっしゃるとおり、初日は使徒の働きを見て、背景を学びました。
(良かった...あってた...)

エペソは僕の一番好きな書物なんですよぉ。
教会とは何か...クリスチャンと教会の関係は何か...これがみっちり書かれているからです。
パウロの頭の中に「クリスチャンライフ=教会ライフ」(別々のものじゃない)と言う公式があるのがとてもよくわかりますよ。

また、学んだ事、いろいろ教えてくださいね(^.^)

はちこはちこ 2008/04/08 19:27 めぐんちゃん、
ほんとにね… 終わりの方でちらっと言われた言葉だったのですが、妙に心に残りました。

Goせんせ、
リンウッドでもエペソ書を学んでおられる最中でしたか! 私にとって、使徒の働きを見て背景を学ぶ、というのは目からウロコでした。注解書を見て、というならわかるのですが… なるほどなぁと思いました。
先生のコメントを拝見して、ますますエペソ書を学ぶのが楽しみになってきました! (^^)

道川 勇雄道川 勇雄 2008/04/09 02:36 老体です。ミキシイから、辿りつきました。
もう、どこをどう辿ってきたのか、サッパリ分かりません。
エペソ1:4すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。
凄い宣言ですね。
神以外、人の介入なしに・・・・という意味ですよね。
お邪魔しました。

はちこはちこ 2008/04/09 14:39 道川勇雄さん、
はじめまして! コメントありがとうございます。
世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、って、本当にすごいですよね。
またいらしてくださいね〜!

くじらくじら 2008/04/19 16:54 お久しぶりです。
律法を破って壊れるのは私達・・・なんて、わかりやすくて深遠!!
そうですよねー。その時はわからないんでしょうがねー。地面にたたきつけられた時にわかるんでしょうねー。しまったって。

はちこはちこ 2008/04/19 21:22 くじらさん、
お久しぶりです! お元気でしたか?
そうなんですね、痛い思いをしないとわからないんでしょうね、私たちって…

2008-04-05

感謝…

21:15 | 感謝…を含むブックマーク

 エミが17歳になったことで、ちょっと感傷的になったり、自分の至らなさばかりを思い出してやや落ち込んでいた私に、神様は憐れみに満ちた感謝な体験…というか、リマインダー?をくださった。

 昨日は、私はエミにバースデーケーキを用意してあげられなかったら、ま〜やが夕食の時、「私が作る!」と申し出てくれて、食後に早速ケンと二人でケーキを焼き始めた。(もちろん、ケーキミックスを使ったんだけど。)ケーキが焼けた頃、みんもやってきて、三人でワイワイいいながらクリームとイチゴとロウソクで飾り付け。出来上がったらエミを呼んで、みんなで歌を歌ってお祝い。エミはとても嬉しそうに、「私の友達には、弟や妹に誕生日ケーキを作ってもらえる人なんか、きっといないよ。私は本当に祝福されてるなぁ!」そしてエミとみんが口々に、自分がこの家族に生まれたことをとても幸せに思うと話してくれて、私は胸がいっぱいになってしまった。

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(こっちの写真は、昨日のではなくて、先月のケンの7歳の誕生日の時のもの。ケーキは市販。)

 これだけでも幸せだったのに、今日はさらに嬉しいことが。食事の時の会話の流れで、エミの親しい友達が最近次々にカップルになった、という話になった。それで私が、そういうお友達はみんな、健全な交際をしているの?と聞くと、「まぁ、だいたいそうみたい。中には3年つきあってる、なんて子たちもいるし。」ここでエミは、興味深いことを言った。

 エ「だけど、高校生のうちにそんなに長くつきあって、結局結婚しなかったあかつきには、将来の関係に悪影響が出るんじゃないかと思っちゃう。過去に感情的に深く結びついた関係があると、結婚すべき相手に巡り会った時、それが邪魔になっちゃうんじゃないかなぁ。」

 は「それは賢い洞察だね。感情的に加えて、もし身体的関係にまで進んでいたら、一層将来の関係を傷つけかねないよね? お友達たちは、その点大丈夫なのかな?(と、何気なく探りを入れてみる)」

 エ「うん、妊娠っていう話はほとんど聞かないね。」

 は「ほとんどって、妊娠した子、いるの?」

 エ「いるの! 1年生で。その子は赤ちゃんを生んで、相手の男の子は親権を取ったんだよ。」

 は「相手の子も高校生? 二人とも学校続けてるの?」

 エ「うん。」

 み「私の同級生でも妊娠した子いるよ!」

 は「えええええ〜〜〜!」

 エ「妊娠はしてないけど、肉体関係を持ってるって子たちは他にもいる。」

 は「妊娠しなければいいってものじゃないでしょう。」

 エ「うん、私もその子たちのこと、心配してるの。」

 み「私の友達でもそういうことしている子たちがいる。」(顔を曇らせるみん)

 は「ほんとに!?」

 み「(ほとんど怒りに震えながら)中学生はまだ愚かだから、早く大人になりたいとあせって、後先考えずにそういうことしちゃうんだよね。なんでそんなバカなことしちゃうんだか…」

 は「(恐る恐る)…あなたたちは、大丈夫ね?」

 エ&み「もちろん! 私たちのことは信頼してくれて大丈夫だよ! 私たちはそんなことしないよ!」

 は「Thank you, Jesus, thank you, Jesus...」(感涙にむせぶはちこママ)

 実際の会話では、もっといろんなことを話したのだけれど、エミやみんが、男女交際に関して、私が期待する以上にしっかりした価値観を持っていてくれているのがわかって、本当に感謝だった。実は、特にエミについて、私はちょっぴり心配していたのだ。高校生になって、男の子と出かける機会もできてきて、ピアプレッシャーに負けてないだろうか、感情に流されたりしていないだろうか、と。でも、こういうことって、薮から棒には聞けないし。この会話で、自然な流れで確認することができて良かった。もちろん、これで将来も間違いが起きないことが保証されたわけではないけれど、これからも主にあって最善を尽くさせていただこうと思えた。ほんとに感謝。

馨子馨子 2008/04/06 04:26 勿論、将来を保障するものではないとしても、
こういうしっかりとした価値観を持って育っていらっしゃるお子さんが
いらっしゃるということは嬉しいことですし、
そういうお子さんがこの世に存在するという証をこの場に書いて下さり、
励ましとしてくださるはちこさんに感謝です!

私も高校生の頃は女子ミッションスクールで守られていましたが、
大学生の頃はイエス様を知らなかったので、放蕩娘になっていましたから。。
どうか引き続き神様のお恵みとお守りが中村ファミリーの上にありますように☆

はちこはちこ 2008/04/06 15:41 私自身の経験からも、まわりの人たちから聞く話からも、クリスチャンホームに育ったり、若い頃に信仰を持ったからといって、こういった誘惑から守られるという保証は本当にないんですよね。
でも、憐れみ深い神様は、たとえ私たちが自らwrong choiceをした結果、傷ついたり刈り取りをすることになったとしても、私たちを癒し、建て直し、その経験をも神様により近づき成長させられるための道として用いてくださいます。だから、その意味ではどっちに転んでも大丈夫という確信はあるのですが… やはり親としては、子供が辛いところを通るのは見たくないですよね。まぁ、ある程度の覚悟はしていますが…(苦笑)

ひみつのあっこちゃんひみつのあっこちゃん 2008/04/07 02:37 エミちゃんのお誕生日おめでとうございます!
私も3人の子供の母親(夏に4人目も生まれます!)として、子供が神様を悲しませ自分を傷つけることがないように日々祈る母親の一人です。
長男はまだ10才なので、結婚して一緒に暮らすと神様が一方的に赤ちゃんを与えてくれると思っているようです(苦笑)。(手をつないでも赤ちゃんができると心配しているみたいです・・)
一番良いときに、正しい知識を与えてあげられるように、親も心の準備が必要ですねー。
でも一番良いのはエミちゃんのような、しっかりした信仰と価値観をもった友人を持つことなのでしょうね〜。本当に素晴らしい子育てをなさっているのだな〜といつも尊敬しております。
サッカー選手のカカはいつもイエスさまを証していますが、インタビュー記事でも貞潔を守ることがいかに大切か、そして大変だったかということを語っていましたね。
そのような良い例をもっともっと子供達が知る機会があるといいですよね。

はちこはちこ 2008/04/07 07:25 ひみつのあっこちゃん、
夏に4人目がお生まれになるのですか! おめでとうございます!
うちも、一番上と一番下は、10歳違いですよ!
母親の立場では、女の子には教えやすいですが、男の子にはどうしていいのかわからないですね。ケンのことは、パパにまかすわよ、と言ってあるのですが、どうなんだか… むしろ姉たちがケンに、「将来、女の子が嫌だということを無理強いしちゃいけないよ」とか、そんなことを言ったりしていますが…(苦笑) 
ほんとに、主から知恵をいただきつつ、授かった大切な子供たちを育てていきたいですね!

veilchen23veilchen23 2008/04/07 16:16 heidiです。子供達しっかりしていて頼もしいですね。しかしアメリカはそこまで行ってしまっているのかと驚きました。(^_^;;本当に自分がしっかりしていないと、流されていってしまう、危険な環境でもありますね。
私は中2の頃まで、親しく顔を見ているだけで自然に子供が生まれるのかと思っていました。それもお腹が割れて。(笑)

はちこはちこ 2008/04/08 19:22 heidiさん、
私も驚きました。なんとなく、子供たちの身近ではそんなことは起きていないような気がしていたので… でもこういう状況は、今は日本のティーンでも同じですよね。大人が子供にしっかり教える責任は重大ですね。

2008-04-04

料理再開/エミの誕生日

17:59 | 料理再開/エミの誕生日を含むブックマーク

 日本から戻ってきて、昨日あたりからようやく料理再開。それまでの1週間は、ろくに手をかけたものを作っていなかった。時差ぼけと貧血の相乗効果か、とにかく疲れるわ眠いわで、身体が動かなかったのだ。

 でも昨日は久々に、料理らしいことをした。チキンの香草焼きとほうれん草とエビとガーリックのバター炒め(ライムのしぼり汁をかけて)、それからカリフラワーとタマネギと人参のスープ。今日は豚の生姜焼きとオニオンソテー、インゲンとレタスのスープと、キャベツと人参のサラダ。

 今日はエミの誕生日。なんと17歳になりました。17歳といえば、もう半分大人に足を突っ込んでいるよね。エミを見ていると、とてもそうは思えないけれど…(汗)

 子供たちを見ながら、「ああ、いい子たちに育ってくれている」ととても満足感を覚えることもあれば、「あー、あー、こんなんじゃ全然だめだ、1からやり直したい」という焦りにも似た思いに襲われることもある。実際、やり直せるならば、と思うことはたくさんあるし。思えば、エミを生んだ時の私は、なんとまだ20代だった。未熟で至らないところの多い親だったし、エミには申し訳なかったと思うことの方が多い。それにもかかわらず、ここまで育ってくれたのは、やはり神様の憐れみとしか言いようがない。紆余曲折もあったけれど、難しい年頃と言われるティーンになった娘たちとも、親子関係がとても良いのは本当に感謝なことだ。

 ああー、17歳という年齢に、結構衝撃を受けている私です。彼女を大人として飛び立たせるまでに、いよいよ秒読み段階か… くすん。

鹿子鹿子 2008/04/05 07:33 エミちゃん、17才のお誕生日だったのですね・・・。
おめでとう!エミちゃん!!これからも主の祝福が豊かでありますように・・!

結構、古くからはちこさんの日記を読ませて頂いているので、私的にもじぃいーーんです(;。;)おめれとぉ〜!えみたん!(←ついこの間まで、家の娘はPC画像のエミちゃんを差して幼児語全開で「えみたん♪」といっていたのです/会ったこともないのに・・)

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難しい年頃と言われるティーンになった娘たちとも、親子関係がとても良いのは本当に感謝なことだ。
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これ、素晴らしい・・本当に憧れです。

秒読みクスンの、はちママをハグ!
主にあって心から、感謝とともにハグね!!

鹿子鹿子 2008/04/05 07:37 それにしても、なんて素晴らしいお料理!
ひゃうぅ・・・♪わたしもお相伴に与りたかったです(^−^)b

遠山遠山 2008/04/05 09:53 エミさんのお誕生日、おめでとうございます。
かみさまの祝福が、いつも共にありますように。

はちこはちこ 2008/04/05 20:02 鹿子さん、ありがとう!
中村家のホームページを始めた頃(1998年2月)、彼女はまだ6歳だったんですよね。それがもう17歳になっちゃって… 私が鹿子さんとネット上で知り合った時は、鹿子さんはおジョーちゃんを妊娠中だったんですよね。時間が流れるのは早いですね…
ハグ、ありがとう! 私からも、ハグ! おジョーちゃんにも!
お料理は… 実物を見れば、全然どうってことないですよ。(^_^;;

遠山さん、
祝福をありがとうございます! 遠山ファミリーの上にも祝福が豊かにありますように!

2008-04-03

「水が蒸発した」/アウグスティヌス

21:46 | 「水が蒸発した」/アウグスティヌスを含むブックマーク

 今日、学校から帰ってきたケンの第一声が、「水が蒸発したよ!」だった。

 「はぁ? どこの水が蒸発したの?」と聞くと、「地面の水だよ。今朝はすごくいいお天気で目が痛いほどだったのに、今はこんなに曇ってるでしょ。太陽の熱で地面の水が蒸発して、雲になったんだよ!」 ほほーう。そんなことをケンなりに考えながら、学校から帰って来たのか。これまでに聞いていた「雨が降る仕組み」と、自分が今日実際に観察したことをもとに、このような結論を導き出したようだ。夕方になって雨が降り出すと、「ほらね、これがサイクルなんだよ」としたり顔。もっとも、仕事から帰ってきたパパに、「まぁね、雲になる水分は、主に海の水が蒸発したものなんだけどね」とさりげなく突っ込まれていたが。

 ケンの中に芽生えている知的好奇心・科学的探究心に、ついニンマリしてしまう。彼のこういう部分を伸ばしつつ、同時に神様が造られた自然への感動、神様への畏怖が育つよう助けてあげたい。

 4月からまた創世記を最初から読み始めているが、今回はいままでとはちょっと違った視点で読んでいる。アウグスティヌスの「われをして聞かしめ、理解せしめたまえ。いかにしてあなたは『始めに天地を造りたもうた』のかを。…(中略)…モーゼもまた、あなたにみたされて真実を語ることができました。どうぞわが罪を許したまえ。あなたは、あなたのしもべであるかの人に、そのことばを語る賜物を与えたもうのですから、私にもまた、その意味を理解する賜物を与えたまえ」という祈りを覚えつつ。私が納得できる解釈を探そうとしてではなく、主が私たちに伝えたいと思っておられることを汲み取りながら読めるように…

 アウグスティヌスといえば、『創世記注解』の第一巻18章で、こんなことを言っていた。

 また明瞭でない事柄やわれわれの眼からはきわめてかけ離れている事柄に関わる聖書の箇所に出会い、それについては、われわれの心にしみ透った健全な信仰に従っても様々な見解を取りうるような場合、われわれがせっかちにあれやこれやの見解にくみして、さらに詳細な検討の結果、その見解の誤りが明らかになった場合、われわれは聖書自体の見解のためにではなく、われわれ自身の見解のために戦って倒れることになろう。そこではわれわれは、われわれの見解が聖書の見解として通用することを望んでいるのであるが、本当はむしろ聖書に含まれた見解がわれわれのものになることを望むべきなのである。(アウグスティヌス著作集第16巻 創世記注解 34頁)

 聖書の中の解釈が難しい箇所を読むとき、このことはしっかり心に留めておくべきだなと思わされた。

 (ちなみに、続く19章では、アウグスティヌスはクリスチャンがドキッとするようなことを言っている。とても興味深いのだが、それはまた別の機会に。)

CC08

21:46 | CC08を含むブックマーク


今年もやります!Central Conference 2008!! 

今年のテーマは“Home - あなたのおうちはどこですか?”です。

“HOME”と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?家族の笑い声、故郷のなつかしい風景、子供の頃の淡い思い出、あたたかいご飯・・。生まれ育ったところを遠く離れて、その温もりを思い出したり、忘れかけたり。きっと誰にでもある心休まる場所-“HOME”。聖書には、「神からいただく建物、すなわち天にある、人の手によらない永遠の家が備えてある」とあり、「わたしたちの国籍は天にある」とも書かれています。

いつまでも変わらない“HOME”、生きる意味と目的を満たしてくれる“HOME”、心からの安らぎと喜びにあふれた“HOME”がわたしたちを待っているというのです。あなたのおうちはどこですか?あなたはそこに誰と一緒にいますか?一緒に本当の“HOME”を探しに出かけましょう。

セントラルカンファレンス(CC)は、中西部に住む日本人クリスチャン・キリスト教に関心のある人たちを対象にして日本人クリスチャンフェローシップネットワーク(Japanese Christian Fellowship Network;、JCFN)の協力の下、中西部クリスチャン有志が集まり開催している修養会です。

 開催情報の詳細や参加申し込みについては、こちらのページをご覧ください!

鹿子鹿子 2008/04/04 09:49 ケンちゃんの知的好奇心・科学的探究心、凄いですねぇー。

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彼のこういう部分を伸ばしつつ、同時に神様が造られた自然への感動、神様への畏怖が育つよう助けてあげたい。
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Amen!

家なんかは「カタバミ」の観察もどき遊びですが、本当にこう思います。

アウグスチヌスの引用、私にタイムリーでした。
主が教えたいと思っておられるように教えられたいですし

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本当はむしろ聖書に含まれた見解がわれわれのものになることを望むべきなのである。
<<

a-menです。

この後に、このコメントを書くのも・・アレですが・・
「●●は見るぅ〜♪」は、わたしが小学生時代から、東京(北)ー埼玉では息長く続いていているのでは?と思います。
ただ、私の近辺ではその後に「ブタの●●〜♪」と続くのですが・・〔●●はおしりのことですね)
ああー、下品な話しになってしまって申し訳ない!ごめんなさいですー。

クレオパさんのを読んで「アレは何だ?」「ワシだ!」「わしはここにいる」・・と言うギャグも思い出しました。これも小学生時代ネタですねぇ。

こんな時ばかり反応してしまう自分が情けないです・・(^^;

はちこはちこ 2008/04/04 13:01 鹿子さん、
知的好奇心や科学的探究心って、子供はみんな持っているんですよね。ほんとにそれを、うまく伸ばしてあげたいものです。観察は、科学の基礎ですよね!ファーブルだって、ひたすら昆虫を観察していたのだし。
でも、私が子供の頃と比べて、道ばたに生えている草花の種類が減ったような気もします。単に日本とアメリカの違いなのかなぁ? 上の子たちが小さい頃、子供の読み物の中で「オオバコ」が出てきて、オオバコくらいどこにでも生えているだろうと思って探しに出かけたのですが、なかなか見つからなくて驚いたのを覚えています。綺麗に造られた公園はあちこちにあっても、ただの野原って、最近少なくなってますもんね。


>「アレは何だ?」「ワシだ!」「わしはここにいる」
初めて聞きましたが、ツボでした! いかにもぼぼるパパがいいそうなギャグです!(笑)

かきごおり@NJかきごおり@NJ 2008/04/04 20:12 いやあ、ケン君、いいですねえ。お友達になれそうです。
確かに、私も「太陽の熱で地面の水が蒸発して、雲になったんだよ!」には「オイオイ・・・」と思いましたが、まあ、ぼぼるパパのつっこみはまた大人げない・・・(笑)。ま、父親にとって、息子は「ライバル」ですからね、ちゃんとここで「俺の方が知ってんだぞ」と見せつけておかなければ・・・ですよね。
いや、でも確かにここで「よく考えたなあ・・・」と流さないで、「でもな・・・」と、ちゃんと正しいことを教えられたのは、ケン君を信頼していたから?とも想像。どっちでしょう?

CC08、17歳のJRが参加します。お世話になります。よろしくお願いします。

はちこはちこ 2008/04/04 20:49 かきごおり先生、
はやりカエルの子はカエル、自然にお天気のこととか、興味を持つみたいです。(^^)
ぼぼるパパは、もちろん最初は誉めて、それから間違いを指摘してましたよ。子供だから多少間違っていてもいい、で済ませられないのは、やはり彼のこだわりでしょうかね。(笑)

おお、CC08、息子さんが参加してくださるのですか! 嬉しいです。楽しみですね! 4月中に申し込めば、参加費が5ドル引きになりますので、お見逃しなく!

ぼぼるぼぼる 2008/04/04 23:04 しかし、考えてみると、ケンの言っていることもあながち間違いともいえないかもなあ。中西部は海から離れているし、冬にはミシガン湖からの湖沼効果の雪も降るし、春先には放射霧も発生するわけだから、局地的な水循環が降水過程に貢献している割合は、馬鹿にならないかも。同位体分別法で水分子の大気内滞留時間や輸送軌跡などを割り出すのも面白いかもしれない。

かきごおりかきごおり 2008/04/05 11:26 う〜ん、さすがぼぼるパパは学者ですねえ。

子供の言葉に耳を傾け、それを受け止め、
でも・・・と通説を子供に語りながらも、
その通説にも疑問を投げかけ、
実証してみようと思う・・・。

「大人げない・・・」はひとまず(笑)撤回!

はちこはちこ 2008/04/05 19:55 かきごおり先生、
いや、「大人げない」というのは、ある意味あたってるんですよ。大人げないというより、相手が子供でも容赦しないと言った方がいいのかな、子供相手に話す時でも、大学生相手に話すみたいにきっちり説明したり。それじゃあ子供にはわかんないよ!と私は思うのですが…(笑) その一方で、子供とまったく同じレベルでウルトラマンを楽しんでたりするんですけどね。(笑)

2008-04-01

エイプリルフール

19:39 | エイプリルフールを含むブックマーク


 やられました、ぼぼるパパに。


 ぼぼる「昔、こういうのがあったよね」 

 はちこ「なぁに」

 ぼぼる「あっ、あれは何だ!」(突然窓の外を指差す。)

 はちこ「えっ、なに?」(窓の外を見る。)

 ぼぼる「バ〜カは見るぅ〜♪ って言うのがさ」


 独特の節まわしで「ば〜かは見るぅ〜」というの、私たちが小学生くらいの頃流行ってたんですけど、これって、全国的だったのかな、それとも神奈川とか関東圏だけだったのかな?

 モロに引っかけないで、会話の中でやんわりやるところがぼぼるパパの優しさです。(笑)

眠いよー。

13:10 | 眠いよー。を含むブックマーク


 夕べは10時過ぎに眠れたので、今回は時差ぼけから回復するのが早いかも、と思ったが、甘かった。

 午前2時過ぎにはパッチリ目が覚めてしまったのだ。ベッドの中で寝返りをうっていても仕方がないので、起き出してあれこれ作業。それでも、そのまま起き続ける自信はなかったので、5時にもう一度ベッドに戻って、6時まで休んだ。それから再び起き出して、子供たちを送り出す。それから9時前にまたベッドに戻る。住宅ローンのリファイナンス(より低い金利で借り直すこと)をすることにしてあって、不動産鑑定士さんが来たので、12時過ぎに無理矢理起きた。普段は他人を入れないような部屋まで家中くまなく見てまわられ、写真まで取られて、恥ずかしかった。

 今朝早く、SGの仲間のレスリーからメールが来た。夕べ、彼女の友人のメリーアンも祈り会に参加したのだが、メリーアンがとても感動していたとのこと。夕べは、部屋の真ん中に椅子を二脚置き、そこに夫婦が座って、みんなで二人を取り囲んで手をおいてその夫婦の子供たちのために祈る、という形式で行った。メリーアンはご主人がノンクリスチャンのため一人で来ていて、みんながカップルごとに祈られているのを見て、最初はうらやましかったのだそうだ。でも、自分の番に祈ってもらっている時、ふと目をあげると、隣の椅子にイエス様が座っておられるのがわかったのだそうだ! ああ、ジーザス、あなたはなんと優しいお方でしょう!

tamatama 2008/04/01 20:53 メリーアンさんのお話に感動!!
私も主人がノンクリスチャンなんですが
霊においては今はイエス様が夫の状態です。
イエスの花嫁という感じではないのですが・・・
相談相手や祈りの助けはそばにいるイエス様にどうしてもなる。

私は他のクリスチャン夫婦とお交わりの機会があると
やっぱりさみし〜い気分を味わいます。

はちこはちこ 2008/04/01 21:19 tamaさん、コメントありがとうございます!
イエス様が霊的に夫がわりになってくださるって、本当に感謝なことですよね。夕べも、主がメリーアンさんの心の痛みを察してくださり、彼女にわかるように主の愛を示してくださったこと、さすがだなぁと思いました。
tamaさんの上にも、いつも主の慈しみに満ちた愛と恵みが注がれますように。

馨子馨子 2008/04/01 23:18 え、それって、そんな古いネタだったんですか?
Y田K子さんというタレントさんがやって、それが私の中学生の時に大流行で
私も何回か引っかかりましたよー。(^^;)

でも、そういう風にやんわりとなさるぼぼるさんの優しさにも心がほんわりしました。
それが、ぼぼるパパさんのエイプリルフールだったんですね〜(笑)

まりやまりや 2008/04/02 08:58 >バ〜カは見るぅ〜♪
大阪では「アホが見〜るぅ♪(以下省略…せざるを得ない内容)」です。
私も未だに主人にやられてますよ(笑)。
東京篇のメロディー聞いてみたい〜。
今度関東の友人に尋ねてみます!

めぐんちゃんめぐんちゃん 2008/04/02 11:26 私も眠いですー。でも変な時間に目が覚めても、起きて作業はしていません^^;。

変な時間にお腹が減るのも困りものですー。

はちこはちこ 2008/04/02 19:17 馨子さん、
馨子さんが中学生の頃というと、私が小学生の頃より随分後ですよね。ふむ、一過性ではなく、かなり息の長いネタだったんだなぁ。(笑)
そう、ぼぼるパパは、露骨な意地悪とか、できない人なんです。(^^)

まりやさん、
お久しぶりです! おお、大阪でもやってましたか。関東でも、後に続くちょっとここには書けないセリフ、ありました。(笑)
メロディーは、きっと関東と大阪では微妙に違うでしょうね。私も大阪バージョン、きょうみありです!

めぐんちゃん、
眠いよねー。今日もまた、昼間、思いっきり寝ちゃったよー。
そうなの、変な時間にお腹が減るもんだから、結局一日4食くらい食べてて、日本から戻った時、5ポンドも体重が増えていてあせりました。今は大分元に戻ってきたけど…

うさたろううさたろう 2008/04/02 21:35 自分は関東圏から遠い北国出身の者ですが、高校時代に、そのウォータークローゼットのスモールルームでこんな体験をしたことがあります。クラウチングスタイルをとったところ、目の前に「左を見よ」と書いてあるのです。そこで左の壁を見ると「上を見よ」。つられて上方を見上げると、
「馬鹿は見る〜」。
1978年か1979年の話です。

クレオパクレオパ 2008/04/02 22:37 私が記憶しているのは、「あれは何だ」(指差す)と言うところのせりふが、たとえば「あっ、豚が木に登っている!」とか、あり得ない設定を言い、それにつられて見てしまった人に、「馬鹿は見る〜」だと思うんですけど。。。私は皆さんよりもっと年上ですけど、なんか記憶があります。

はちこはちこ 2008/04/03 02:55 うさたろうさん、
あはは、大受けです! その姿勢でいざ、という時なのに、さぞかし脱力されたことでしょう。(笑)
このネタはやはり全国的で、しかもかなり長期にわたって草の根で語り継がれて(?)いたのでしょうか。

クレオパさん、
おお〜、西海岸訪問中のクレオパさんまで、こんな話題につきあってくださってありがとうございます! そうですか、クレオパさんの時代にもありましたか。 言われてみればそうですね、確かにそういうパターンもありましたね。というか、多分それが正統派でしょうか。このネタの元は何なんでしょうね。やはり漫才師か何かなのかしら。

TamikoTamiko 2008/04/03 10:04 Wow。なんだかあっというまに、日本にいって、帰ってらしたんですねー。どうでしたか?体調のほうもどうですか?すべて順調にいってるといいです。ご主人との会話いつもいつも、あったかー、な感じがしてすてきです!!

はちこはちこ 2008/04/03 11:08 Tamiちゃん、
ほんとに、あっという間に行ってあっという間に帰って来ましたよ〜。時差ぼけだけが尾を引いています。(苦笑)
Tamiちゃんちの坊やもすくすく育っていることでしょうね。早く会いたいよ〜!