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God Bless you!!
(ミルトスの花)

Christian spiritual formation is the process of being conformed
to the image of Christ for the sake of others.
M. Robert Mulholland Jr.

ブログを移転しました。こちらにお越し下さい。よろしくお願いいたします。
http://rhythmsofgrace.blog.jp

2010-03-31

みん、一人旅

14:32 | みん、一人旅を含むブックマーク

 今日から日曜日まで、みんがプリンストンのエミを訪問している。今週はうちの学区の春休みなのだ。エミの大学の春休みはすでに終わっているけれど、学期中の方がキャンパスに人が多くていろんなイベントがあるから、かえってその方がいいよ、とのエミの言葉に甘えて、お世話になることになった。

 初めて一人で乗る飛行機。フライトそのものは大丈夫だろうけれど、問題は、Newarkの空港についてから大学に行くまで。エミは授業があるので迎えに行ってあげるわけにはいかず、「電車を乗り継いでくれば大丈夫だよ」と言われ、そうすることになった。私自身は空港から電車でどうやって大学まで行くのか知らず(というか、すっかり忘れた)、エミが細かい指示を書いてあらかじめメールで送ってくれていた。それを頼りに、見知らぬ土地で一人で電車に乗るみん。

 そろそろ目的地に到着してもいい頃なのに、エミからもみんからも連絡がないので、携帯にメールを送ってみると、「今、プリンストンに向かう電車の中。最初は間違えて逆方向のに乗っちゃったけど、慌てずに("I sustained myself")、ちゃんと乗り換えたよ」と返事。

 それを見た瞬間、つい「Oh, no!」と叫んだけれど、ちゃんと自分で対処して、慌てずに正しい電車に乗り換えられたというのは大変結構なこと。むしろ、最初から間違えずにやるよりも、これくらいある方がかえって本人の自信にもつながるだろう。

 現在翻訳中のBoundaries with Kidsにも、「失敗は成長のチャンス」とあったが、本当にその通り。誰だって、遅かれ早かれ何らかの失敗をするものだし、大切なのは失敗を避けることではなく、失敗したときにそこからどうリカバーし、そこから何を学ぶか、ということ。それに、「私は失敗しない」という自信よりも、「私は失敗してもリカバーできる」という自信がある方が、人間、はるかにいろんなことにチャレンジできる。

 それから1時間くらいして、「今エミと合流した。お天気も良くて、ナイス、ナイス」と携帯メール。二人が抱き合ってキャーキャー喜んでいる姿が目に浮かぶ。

 でも、エミは今週忙しそうだし、最初は喜んでも、そのうちみんが邪魔にならないといいんだけど…(苦笑)宿泊はエミの寮の部屋なので、3人のルームメイトたちにもrespectfulにして、いくら嬉しくても興奮して大騒ぎしないのよ、と出かける間際に念を押した。

 また、復活祭の日曜日には、プリンストン日本語教会にお世話になる。K先生にもくれぐれもよろしくお伝えしてね、「両親がよろしくと申しておりました」って言うのよ、と言うと、「リョ… リョ〜?」と頓狂な声をあげる。ささやかながらの手みやげも持たせ、「皆さんでお召し上がりください」って言うのよ、と言うと、「ミ、ミナ〜?」と全然ダメ。(苦笑) 英語でもいいから、ちゃんと礼儀正しく挨拶するのよ!

 それにしても、きっと一回り(か、せめて半回り?)成長して帰って来ることでしょう。可愛い子には旅をさせろって、ほんとだよね。(って、まだ成長して帰って来たところを確認してないから、どうなるかわからないけど!)

 主よ、どうぞみんをよろしくお願いいたします。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2010/03/31 18:52 ミンちゃん無事ついたようで何よりですね^^。

>「リョ… リョ〜?」と頓狂な声をあげる。ささやかながらの手みやげも持たせ、「皆さんでお召し上がりください」って言うのよ、と言うと、「ミ、ミナ〜?」と全然ダメ。(苦笑)

↑むちゃ可愛い〜。大きくなっても可愛いですねぇ。良い時間が持てますようにw。

はちこはちこ 2010/03/31 21:15 めぐんちゃん、ありがとう!
今ごろ何をしているのかなぁと、気になってしかたがないけど、電話したりテキスト送ったりすると、きっとうるさがられると思って、グッと耐えています。(笑)

たしんたしん 2010/03/31 22:51 例え十代とはいえ、全く何のトラブルもない旅なんて、醤油なしで寿司、食うようなもんですよ(笑)。

はちこはちこ 2010/04/01 11:00 醤油なしのお寿司なんて、美味しくないですよねーー!
あ、だけど、私一度、日本のお寿司屋さんで「これは塩味がついているので、醤油なしでお召し上がりください」っていうお寿司を出されたことがあります。あれはあれで、美味しかった…

2010-03-30

mmesachi2010-03-30

ウィラードの新刊完成!

| 09:28 | ウィラードの新刊完成!を含むブックマーク

 クレオパさんのブログで告知されていました。ウィラードの新刊がついに刷り上がってきたそうです。都内なら、明日かあさってには書店に並ぶだろうとのことです。関係者の皆様には、心から感謝申し上げます。

 そして何よりも、本書の翻訳出版を最初からずっと導いてくださった、主に心から感謝いたします!

 本書の中心テーマは、「キリスト者の霊的形成(Spiritual Formation)」です。一般的にわかりやすい言葉で言うならば、「人格形成」とも言えますが、人間は根本において霊的な存在であるということ、またこの形成は、霊なる神によって導かれるものだという意味で、著者は「霊的形成」と呼んでいます。

 今私たちが持つ自分の「人格」「人となり」は、生育過程の中で徐々に形成されてきたものだと著者は言います。クリスチャンであるなしにかかわらず、すべての人の霊は、何らかの霊の形成を通って現在のものになりました。しかし、多くの人の場合、神を知らないところで、神抜きで形成されてきました。ですからそれは、今や神の主導のもとで、「再形成」される必要があります。パウロは「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい」(ローマ12:2)と言いましたが、この「心の一新によって自分を変える」プロセスが、「霊的形成」であり、「心の刷新」です。それは、上からの神の恵みと内なる聖霊の助け、各人の意志的な関わりとキリスト者の共同体における取り組みといった、さまざまな要素が相互に作用しつつキリスト者の生涯を通して続く聖化のプロセスです。

 私はかつて、このローマ書の箇所の「心の一新」とは、「変わるぞ」と決意し、「えいやっ」とかけ声一つで、一晩で心をガラリと変えよとか、そういう意味だと思っていました。そして、そんなことできないよ…、と葛藤し、泣き言を言い、正直言って、この御言葉は私の苦手な箇所でもありました。しかしダラス・ウィラードは、本書で、また別の著作で、「霊的形成」とは時間のかかるプロセスであり、決して急いてはいけないものだと述べています。ちょうど昨日聴いていたナンシー・オートバーグのメッセージでも、ナンシーと夫のジョンがカリフォルニアからシカゴに引っ越すにあたり(この二人はウィロークリーク教会の教育牧師でした)、ダラス・ウィラードがはなむけの言葉としてくれたのが、「You must ruthlessly eliminate hurry(何が何でも、あわててはいけない、あせってはいけない)」だったと語っていました。霊的な成長とは、「効率の良さ」によって測られるものではなく、時間のかかるもの、かかるべきものなのです。野菜や果物でも、人工的に熟れるのを早めたものは、時間をかけて自然に熟したものに比べ、味が落ちるのではないでしょうか。

 とは言え、霊的形成(実際には、霊的「再」形成)のプロセスにおいて、私たちは受け身になって成り行きにまかせるままであってもいけないとウィラードは言います。このプロセスを導き、進めてくださるのは神様ですが、私たちの側も、主が私たちの人生の中でなさっておられることに、自ら積極的に参画していかなくてはならないのです。そのために必要なステップを、一つ一つ丁寧に説明しているのが本書です。

 本書ができあがるまでは、翻訳者としてこの原稿に取り組んできましたが、ついに出来上がった今、一読者として、あらためてじっくり読み返したいと思っています。楽しみです。主に感謝します。ただ主の御名だけが讃えられますように!!

 

追記:あめんどうさんのウェブサイトからも注文できます。

明かり明かり 2010/04/01 09:11 はちこさん、いつも素晴らしい本の翻訳を、感謝します。はちこさんが訳してくださった本にどれだけ助けられてきたでしょうか。

早く読みたいです〜。
霊的形成(Spiritual Formation)」という言葉を読んで、思い出したことが・・・
最近参加し始めた「12ステップ」で「変わる必要はない。でも変われる」と聞いて、「ん???」と思いましたが「変わる・チェンジ」する必要はない。「変革・トランスフォーム」してくださるようにキリストに謙虚に求める、と聞いて納得。
今までは、自分の力で自分の理想とする姿に「チェンジ」したくてたまらなかった。でも、違う私になる必要はないんですね。
そんなわけで、平静の祈りを最近祈っています^^

このプロセスを導き、進めてくださるのは神様ですが、私たちの側も、主が私たちの人生の中でなさっておられることに、自ら積極的に参画していかなくてはならないのです。

アーメン!

はちこはちこ 2010/04/01 18:52 明かりさん、
こちらこそいつもありがとう!
そう、「トランスフォーム」というのは大切なコンセプトですよね。この本でも、それが「肝」です。私たちの霊はすでに形成されているので、今度はキリストの似姿に「再」形成される必要がある、その再形成のプロセスを、著者はSpiritual Transformation(霊的変容)と呼んでいます。「12ステップ」のことも、変容のプロセスのモデルとして、著者は言及しているんですよ!^^ 明かりさんの「12ステップ」が、祝されますように!

2010-03-29

ミツワ/ナンシー・オートバーグ

14:54 | ミツワ/ナンシー・オートバーグを含むブックマーク

 今日は、生まれて初めて、一人でミツワまで行って帰って来た! ミツワの近くまできて、どの出口で高速道路を降りるのだったか忘れてしまい、あせって二度ほどぼぼるパパに電話したけど…(^^); 一度は降りる直前で「どの出口で降りるの?」、二度目は降りた直後に「降りてからどっちに行くの?」と…

 車中では、しばらく前にやすにもらった、ナンシー・オートバーグのメッセージCDを聴いていた。霊的形成に関するメッセージ。素晴らしく良かった!(ダラス・ウィラードの名前も何回か出てきた。) 聴きながら涙がボロボロ出て、バッグの中を手探りでハンカチを探し、涙を拭いながらの運転だった。あんまり良かったので、往復で3回ちょっと同じメッセージを繰り返し聴いた。というのも、運転中だと、どうしても時々運転に集中しないといけない瞬間があって、そういう部分ところどころメッセージを聞き逃してしまったので…

 帰り道では、メッセージに集中し過ぎて、高速道路の90号から294号に乗り換えるところを通り過ぎてしまい、やや遠回りでシカゴ市内経由で帰ってきた。(汗)でも、メッセージ聴きながらのドライブはとっても快適で、達成感大! シカゴの摩天楼を見ながら運転するのも好きだしね。

 メッセージの中身については、日を改めて、書けたら書くかも。でも今しばらくは、自分の中で咀嚼しようと思います。

 で、ミツワではハマチのカマと大根を買ったので、明日の晩はブリ大根だ〜!(今夜は別のものを予定しているので。) 帰宅してからぼぼるパパにそうメールしたら、「すんげえ楽しみ」と返事。^^

ViviVivi 2010/03/29 20:34 一人でドライブの時間は貴重ですね。
主婦はなかなか一人きりの時間を持てないので、わたしもよく運転しながら賛美したり祈ったりしていました。
パートの仕事を辞めてからはその時間さえもなかなか持てないのですけれど…

はちこはちこ 2010/03/29 22:44 運転中の時間って、実は結構リッチですよね。家にいるとやることはたくさんあって、案外集中しにくかったりするし。
思いのほか楽しめたドライブでした。^^

ふかごろうふかごろう 2010/03/30 03:02 ふかちん改めふかごろうです。
恒例になりました春のお花畑の写真を投稿します。
今年は、いつもの場所に、菜の花畑が無く、別のお花が植えてありました。
なんの花かは知らないのですが、綺麗なので撮ってきました。
今回は、大山も写っています。
写真のURLは
こちらです。ではでは。

http://ikrst.net/p/p.jpg

はちこはちこ 2010/03/30 07:59 ふかごろうさん、
毎年どうもありがとう!
菜の花がなくなってしまったのは残念ですが、この花もきれいですね。何と言う花なんだろう… 気になりますね。
大山…! 海老名で、毎日大山を見ながら育った者としてはとてもなつかしいです!目の前には黒い大山がど〜んと見えて、その左側に白い富士山がちょこんと頭を出している… 心に刻まれている風景です。

2010-03-27

mmesachi2010-03-27

かじ屋

14:43 | かじ屋を含むブックマーク

 そういえば、ブログに書き損なったけれど、先日ケンスケが9歳の誕生日を迎えた。

 そのケンとの、今日の会話。

「ボク、大きくなったらかじ屋になりたい!」

「カジヤ?」

「そう! 金属を熱して、打って、金属の製品を作る人だよ!」

「ああ、かじ屋ね。だけど、いまどき、かじ屋さんなんて、いないんじゃない?」

「カタ〜ナをつくるかじ屋はいるって、ボク、この前読んだよ」

「カタ〜ナ?」

「日本のswordだよ!」

「ああ、刀ね。なるほど、日本刀を作る人なら、日本にいけばいるだろうね。でもそういうのは特別な技術だから、日本刀を作る人のところにいって、弟子入りさせてもらわないとね」

「うん、ボク、それをしたいんだ」

「そうかぁ。弟子入りさせてもらえるといいね」

「うん!」

 ケンスケ、じつは最近、刀作りに凝っているのです。たとえばこんな感じ。

f:id:mmesachi:20100320121412j:image

 材料は、大量の工作用の木の棒と、ボンドを塗って強度を上げたインデックスカード。大きいので長さ80センチくらいかな。デザインはインターネットで検索して探してくるらしい。友達から「作って〜」のリクエストも多く、これまでに何本も作りました。

 そしてこれはケンがつくったカタ〜ナ。最新作です。写真ではわかりにくいですが、刃が微妙にカーブしていて、日本刀の特徴を捕らえている感じ。(背景が散らかっていてお恥ずかしい。)

f:id:mmesachi:20100326215645j:image

 こんなものばかり作るのが大好きなケン。将来、ほんとに鍛冶屋さんになるかもね。

(ちなみに、ケンは4歳の頃にはこんなものを作っていました。5年前も今も、やっていることはほとんど変わらない… 汗 多分、10年後も20年後も、なんか作ってるんじゃないかな〜。)

追記:トップのバースデーケーキの写真は、「9」のロウソクを買い忘れたので、去年の「8」と普通のロウソクを合わせて「9」ということにしました。(^^);

In Your Presence

13:42 | In Your Presenceを含むブックマーク

D


In Your presence, that's where I am strong,

In Your presence, oh Lord my God,

In Your presence, that's where I belong,

Seeking Your face,

Touching Your grace,

In the cleft of the Rock,

In Your presence, O God.

(Music and Words by Lynn DeShazo, Performed by Paul Wilbur)

masamasa 2010/03/27 19:10 鍛冶屋ですか、あれは大変ですぜ。
昔に和鋏の鍛冶場で打たしてもらったことがありますが・・・職人さんの打った物と比べるとまったく伸びない。匠の技ってやつに感動を覚えた記憶があります。

はちこはちこ 2010/03/27 21:33 masaさん、
へえ〜、打たせてもらったことがあるんだ〜。ケンが聞いたら羨ましがりそう。以前、masaさんが居合い抜き名人の動画を紹介してくれたじゃない?ケンがそれを覚えていて、もう一度見たいっていうから、一生懸命探したのよ。ようやく見つけて(というか、「居合い抜き 名人」で検索したら、一発で出たんだけど)、改めて感動しながら見ていたところです。ケンが、「ボクもこれをやりたい」って…(汗) アメリカじゃ、さすがに居合い抜きの道場はないよねぇ…

TomokoTomoko 2010/03/28 06:36 ケン君が作ったこのギター覚えてます。ということはもう5年間以上もはちこさんの日記を読み続けているということですよね。こういう時に時の長さを感じたりします。

はちこはちこ 2010/03/28 09:30 私は、家の中にアリが出てくる季節になると(汗)、Tomokoさんにアドバイスしてもらったなぁと思い出します。^^ あの時のメールが、私にとってのTomokoさんとの出会いでしたから。今年は、なぜか二階のバスルームに黒い大きなアリが出てきて困っています…(苦笑)

たしんたしん 2010/03/28 23:39 機会あらば、ぜひ、ぼぼるパパの「第十代式守与太夫の音色」をYoutubeにアップしてリンクを貼って下さい(笑)。

はちこはちこ 2010/03/28 23:49 な、なんの話ですか、それ?(笑) さっき、夫はうひゃうひゃしながらたしんさんの出演ビデオ観てたので、もしかしてそちらに何かコメントした? 確認しに行かなくては!(笑)

フィベフィベ 2010/03/29 10:10 グワシのまことちゃんから博士みたいなケンくんに成長しましたね。
何か作っているっていいですね。

はちこはちこ 2010/03/29 12:54 フィベさん、
あの写真を見て、昔は可愛かったなぁと、なつかしんでしまいました。(笑)
私はモノを作るのが苦手なので、ケンがどんどん自分でいろんなものを作るのをみて、不思議だなぁ、面白いなぁと思っています。

やすやす 2010/03/30 14:28 >居合い抜きの道場
シカゴのNorth Sideにありますよ。Japanese Cultural Centerで検索してみてください。ちなみに僕も昔ちょっとだけやっていました。

はちこはちこ 2010/03/30 17:37 ケンが居合い抜きと言い出したとき、まっさきにやすのことを思い出してたヨ! シカゴでもやってたの? ノースサイドまで通うのは無理だけど(少なくとも今は)、今度ケンに合ったら、居合い抜きの型(?)とか、やってみせてあげてよ。^^

2010-03-26

mmesachi2010-03-26

ゆで玉子ゆでてるなう

20:53 | ゆで玉子ゆでてるなうを含むブックマーク

 明日の教会でのキッズ復活祭パーティーのために、ゆで玉子を1ダース準備中。

 ケンに、「ママ、今年はゆですぎないでね!」と念をおされた。そうなんです。去年は玉子を火にかけたまますっかり忘れて、ハッと気づくとお鍋の中の水はからっぽで、玉子がギシギシ音をたてていたのでありました。いくつか殻にヒビが入ってしまってトホホなことに。

 今年は同じ失敗を繰り返さないよう、ちゃんとタイマーをかけました。

 明日はケンとケンの親友のジョーイを連れて行く。賛美、ゲーム、クラフト、復活祭のお話と、3時間にわたる盛りだくさんのイベント♪

めぐんちゃんめぐんちゃん 2010/03/26 22:50 おおっ。色鮮やかなイースターエッグ!なんか私が作ったのはもっと色が薄くてムラがあってしょぼかったような記憶があります・・・。

はちこはちこ 2010/03/27 08:10 あっ、これは、私が作ったものではないんです。私が作るのも、こんなにいくつも色を重ねられなくて… でも、いろんなキットが売ってるから、作るの楽しいよね!

2010-03-25

配偶者に満足できない

11:37 | 配偶者に満足できないを含むブックマーク

 2週間ほど前から、うちの教会でAmerican Idolsというタイトルのメッセージシリーズが始まった。人が抱きがちな「偶像」として「性」「お金」「権力」を一つずつとりあげ、4週間めがちょうど復活祭にあたる日で、その日には「唯一まことの神」について語られる予定。

 その第一回めの「性」という偶像についてのメッセージが、ちょっと予想外のもので、かなり印象に残ったので、メモ。

 ヤコブとレアとラケルの物語から。ヤコブは、父が兄エサウを偏愛し、母は弟ヤコブを偏愛するという、いわば機能不全家庭に育った。そして、父の祝福ほしさに父と兄を騙し、まんまとそれを手に入れたものの、兄の報復を恐れて逃げ出さなくてはならなくなった。故郷から離れた土地で、伯父ラバンのもとに身を寄せたヤコブは、ラバンの娘でラケルという美女に出会い、すっかり心を奪われた。そして彼女を妻にすることを切望した。パスターは、健全に愛されることを知らなかったヤコブは、ラケルとの関係によって自分の心の空洞を満たそうとしたのではないか、と言った。またラケルの姉で外見がパッとしないレアは、ヤコブに愛してもらうことで、恐らくこれまでずっと抱いていたであろう劣等感を払拭しようとしたのではないか… 

 究極的には、私たちの心の空洞を真に満たすことができるのは、神との関係のみ。私たちは神の愛を燃料として生きるように造られた。自動車はガソリンで走るように造られており、似て非なるディーゼルを入れるなら、動かなくなってしまう。同じように人間も、神の愛と似て非なるもので自分の心を満たそうとするなら、失望に終わるだけ… (ここでパスターは、ただし神は、私たちが人との関係を通して神様の愛を体験できるようにもされているので、それを否定するものではない、と確認。)

 ラケルを欲しくて欲しくて仕方のなかったヤコブ。ようやく念願かなってラケルを妻にしたと思ったのに、「朝になって、見ると、それはレアであった」(創世記29:25)。私たちも、結婚生活の中で、自分の配偶者は自分が切実に欲していた理想の人とは違っていたと気づくときがあるかもしれない。「私はラケルが欲しかったのに、なんだ、レアじゃないか!」という失望感を、結婚生活の中で感じる時があるかもしれない。レアはいつまでたってもレアです、その現実を受け入れなくてはなりません、そして、あなたを満たすことのできる「ラケル」は、実はこの地球上どこを探してもいないのです、パスターはそう言った。なぜなら、私たちの心の奥底にある空洞、いくら振り払おうとしても振り払え切れない飢え乾き、焦燥感は、神様ご自身によってしか満たされないから… あなたの配偶者は、あなたにとっての「No. 2」にしかなり得ない、そういうものなのです。それでいいのです。配偶者がラケルになることを求めてはいけません、レアはレアです。それがあなたが結婚した相手です。あなたのレアを、レアとして受け入れ、レアとして愛しましょう、あなたのNo.1は神、配偶者はNo.2なのですから…

 一方レアも、自分の愛する人が、自分にはどうしても満足してくれないという悲しみを抱えていた。子どもさえ生めば、夫の気持ちが自分に向いてくれるのではと、痛ましい期待を抱いた。そして長男ルベンが生まれたとき、「今こそ夫は私を愛するであろう」と言った。次男シメオンが生まれたときは、「主が私がきらわれているのを聞かれ、この子をも私に授けてくださった」と言い、三男レビが生まれたときは、「今度こそ夫は私に結びつくだろう」と言った。

 努力しても、努力しても、夫を満足させることのできないレア。どんなに夫を愛しても、私では夫は満足してくれない、喜んでくれない。私は「ラケル」ではないから… ヤコブに愛されることこそ自分の幸せと思っていたレアは、このままでは絶対に幸せになれないループにはまりこんでいた… 

 しかし、四男ユダが生まれたとき、レアはついに気がついた。自分の幸せは、ヤコブの愛を獲得することにあるのでなく、神との関係の中にあるのだと。「今度は主をほめたたえよう」(創世記29:25)、レアの目は、ついに神に向けられた。

 その後、ラケルの女奴隷、レアの女奴隷、レア、ラケルがそれぞれヤコブに息子を生み、合計12人の息子(と一人の娘)が生まれている。このあたりの経過は、かなり人間的な熾烈な競争という感じだったけれど、それを通してイスラエルの12部族が出たということに、神様の不思議な方法を思う。それはさておき、レアの最期に関する記述には、とても励まされる。ラケルは、最後の息子べニヤミンの出産後亡くなり、ベツレヘムの近くに埋葬されたが、その後ラケルより長生きしたレアが亡くなったときは、アブラハムとサラ、イサクとリベカも葬られているマクペラに埋葬された。そしてヤコブが死ぬときは、自分もマクペラに葬ってくれと言い残した。若い頃はラケルに夢中だったヤコブだけれど、ラケルと共に葬られるよりも、レアと共に葬られることを選んだ。ヤコブは、最終的には自分の伴侶としてレアと共に生きることに喜びを見いだしていたのだろうか。外見はゴージャスでも、心の中では姉レアに競争心を燃やし続け、心休まることのなかったであろうラケル。一方、神との関係に平安を得ることを知ったレアは、ヤコブにとっても「癒し系の妻」(?)になっていたのかもしれない…

 自分の幸せ、満たしを、神様以外の第三者との関係に見いだそうとすることは、その関係を偶像化していることになる… たとえそれが、夫婦の関係であっても… 私にとってこれは、新鮮な視点だった。結婚はキリストと教会の関係の象徴でもあるから、親密であることを求めるのは当然だと思っていた。でも、キリストと教会のような親密さを夫婦間に求めることと、「夫(妻)がもっと〜〜になってくれないと、私は幸せになれない」という思いを抱くことは(時には、口に出してそういう要求を相手に突きつけることもあるかも…汗)、確かに別問題。

 夫に、有言無言でいろいろなことを要求している自分に気づかされた。私の心の中では、それは本人のため、家族のため、のつもりだった(たとえば、もっと健康に留意してほしいとか)。だけど、そう思いつつも、実はやっぱり自分の満足のためだったかもしれないし、何より、要求することによっては、絶対に親密さは培われない… 

 夫婦が互いに相手のそのままの姿を受け入れ、愛し、感謝することで、夫婦間で真の親密さが培われていくなら、妻(夫)が要求しなくても、夫(妻)は、自分や家族にとって、必要なこと、大切なことを、自然と自分から考えてくれるようになるのかもしれない。そして、配偶者に絶え間ない要求をしてしまう罠から逃れるためには、自分がまず神様によっていつも満たされるよう求めること… それが鍵…


追記:

コメント欄で、kuriksちゃんから、「神様を第1にしていても、配偶者に求めて当然のこともあるのでは?」というコメントをいただき、それは私も以前からずっと葛藤していたことだったので、それに対する私のレスポンスを、記事本文にも転記しておきます。

                                *ーーー*

>神様を第1にしていても、配偶者に求めて当然のこともあるのでは?

そう、ほんとにその通りだと思うのよ! 夫婦は(それ以外の人間関係でも多かれ少なかれそうだと思うけど)、互いのニーズを満たし合うように召されているよね。神様がそのようにされたはず。私もこのことで、長年葛藤してきました。夫婦だからこそ、求めて当然のものがあるはずなんじゃないの? 自分が切実に必要としていて、しかも夫にしか求められないもの、神様ご自身が「夫を通して満たしてもらいなさい」と定めておられるものって、あるはずなんじゃないの?っ て。(夫から妻に対しても然り。)

でもこれって、「だから私は配偶者の当然の権利として、〜〜をあなたにdemandします」という方向に働くのではなく、「だから私は配偶者として、自分の願いよりもあなたのニーズを優先させたいです」という方向に働くべきものなんだろうなぁと、最近ようやく気づき始めました。お互いがそう考えていれば、自然と双方のニーズが満たされるよね。そしてこういう態度は、きっと神様をNo.1にしていないと、持ちえないのだろうなぁ、と。

とはいえ、自分はそう思って配偶者のニーズを満しているのに、配偶者の方はおかまいなしで、私のニーズは放置されっぱなし、となると、やっぱり辛いだろうけど。ものすごく辛いだろうけど。ある意味レアは、まさにそういう立場にいたよね。だからこそ、「今度は主をほめたたえよう」というレアの告白を、私たちも自分のものとして embraceしたい… そしてその後のプロセスは、主の御手に委ねたい… 


…と書きながら、考えてみたら、世の中には配偶者に満たしてもらうべきニーズを満たしてもらえないで、悲しい思いをしている人がきっと大勢いるのでしょうね… そういう人たちのニーズが放置されていていいとは思わない。主をNo.1にして、あとはもう諦めようね、と言って終わらせたくない。神様も、きっとそういう言い方はされないと思います。今これを書きながら、すごく心に迫ってくるものがあったよ。そういう方たちのために祈ろう、と。その方たちの結婚に、主のご介入があるように、もし片方の配偶者が心をかたくなにしているなら、それが溶かされ、主の愛に触れられるように… After all,結婚関係はキリストと教会の関係の象徴なのだものね。主が本来意図された結婚の姿が、すべての結婚の中で成就されますように…!

 

めぐんちゃんめぐんちゃん 2010/03/25 14:03 「性、お金、権力」に関してですが、結婚前のカウンセリングを受けていた時、夫婦の間で起こる問題の根はかならずこの3つの要素のどれかから発していると言われたのを覚えています。

私達も結婚して1年半が経ちました。寛容な旦那さんが与えられ、私一人がすねたり怒ったりすることはままありますが、ケンカもなく過ごしてこれた中で、いつしか「私達、上手くやってるよね〜」というおごりが生まれていたように思います。

何も問題がなければお互いを気遣ってラブラブに過ごすことは難しくない。けど、何かあって外的・内的プレッシャーがかかった時、そういう「愛」は本当に一瞬で吹っ飛ぶものだと実感させられています。

こりゃまずいねと、「神様、私達の結婚に介入してください。お取り扱いください」と祈った時、涙が出ました。それも回心の涙とかじゃなくて、悔し涙。私の中に、「取り扱ってください」と言いつつも触れられたくない、自分でコントロールしたい、悪いのは相手なんだから!というかたくなさをはっきり感じてびっくりしました。

表面では毎日夫婦で神様の働かれる夫婦関係・家庭を求めて祈ってきたのに、いつから私は神様を私達の結婚から締め出していたんだろう。

私が捧げたのは泣きながら嫌々従う子どものような祈りでしたが、同じ日の夜に旦那さんが、やはり私に対してプリプリしながら「やっぱり神様の助けが必要だよ。自分達だけだと、未熟だし自分勝手だ。」と祈り始めたのを見て、「自分勝手ってどっち!?私とちゃうやんなっ!!??」とまたもやイラッとしながらも(苦笑)、少なくとも神様の助けの必要を感じることを通して一致が与えられたことに恵みを感じました。

>でも、キリストと教会のような親密さを夫婦間に求めることと、「夫(妻)がもっと〜〜になってくれないと、私は幸せになれない」という思いを抱くことは(時には、口に出してそういう要求を相手に突きつけることもあるかも…汗)、確かに別問題。

↑なるほどですね〜。
分かっているつもりだったんですが、本当に、夫婦って、神様の助けと導きと憐れみなくして、健康に成長していくのは不可能なんだと、改めて学んでいます。

でも神様がいてくださって、こんなややこしいことに喜んで介入してくださるお方でよかった。御恵みはなんと大きいことか!主の御名はまことにほむべきかな!!

はちこはちこ 2010/03/25 19:11 めぐんちゃん、
今日も真摯な分かち合い、どうもありがとう。涙が出ました。ううー、めぐんちゃんと一緒にSGやりたいよー。
結婚生活って、あんなに愛し合って、喜んで始めたものなのに、二人だけでやろうとしたら、すぐにガタガタになってしまうよね。結婚生活から神様を締め出してしまうことは、なんとたやすいことなのか、今更のように思わされました。
一番身近で、一番愛していて、一番愛されたい存在だから、知らず知らずのうちに相手に対してさまざまな要求が出てきてしまう自己の弱さを感じます。

泣きながら嫌々従う子供のような祈りでも、神様は聴いておられて、ご主人の心にも働いてくださったんだね。神様の助けの必要を感じることでの一致って、夫婦にとっての原動力かもしれないね。そこに到達するまでに、自分の弱さや醜さを思い知らされたりして、ほんと悲しくなったりいらだったりするけど、でも、そこにまで導いていただけるのは感謝だよね…

うちは今年は結婚21周年になるのに、全然成長できてないやん、というがっくりな思いがありますが、それでも、本人以上に忍耐深く私たちを見守り、導いてくださっている主にただただ感謝。

はちこはちこ 2010/03/25 19:17 それにしても、めぐんちゃんたちももう1年半になるのかぁ… お二人の結婚式が、つい昨日のことのようなのに。もうすぐ家族も増えて、喜びもチャレンジも倍増するだろうけど、その一つ一つ、すべてのことのうちに、主の御臨在と守りと導きがあるように、祈ってるね!

kurikskuriks 2010/03/26 02:52 最近、教会でレアさんについての説教がありました。彼女は夫にはさほど愛されなかったが、イエスの先祖になることができた。女としての幸せは足りなかったかもしれないけど、長い目で見たら素晴らしい祝福を与えられていた。というような。それはそうかもしれないけど、でも「女としての幸せ」も欲しいよね…と思ってしまいましたが、最後にヤコブがレアと葬られたと知って、ここでなんか納得。夫婦って一生かかってなるものだから、そうすぐには幸せ度なんて測れないですね。もちろん人の一生のスパンさえも超えて、人類全ての歴史、いえ神の時計の中で測られるべきなんですよね。

神様をNo.1にする、ってのも口で言うのは簡単だけど、心の中では簡単に自我とか男性とか野望にしゅるっと摩り替わっていて、何度も神様がそこに戻ろうと、すんごい方法で(辛いこともあるけど)介入して下さるから、なんとかなっている。そんなにしてまで1番になりたいの?神様ってなんか可愛い、という気までする。(全宇宙の神に失礼ですが。)

でも…ありのままを受け入れて、絶え間ない要求をしてしまう罠から逃れるのは、もちろん大事だけど、でもしなくちゃならない要求もあるのでは?と思ってしまう自分のいて… 神様を第1にしていても、配偶者に求めて当然のこともあるのでは?とか。まだ結婚していないからわからないけど、どうなんでしょうっ、先輩!?

はちこはちこ 2010/03/26 12:14 kuriksちゃん、
くりちゃんもいつもながら鋭いコメントをありがとう!!

>夫婦って一生かかってなるものだから、そうすぐには幸せ度なんて測れない


ほんとにそうだよね。最近繰り返し考えさせられていることに、神様はプロセスを大切になさるお方、というのがあるんだけど、夫婦が成長させられていくプロセ スも、たとえ山あり谷ありでも、それもまた主の御手の中にあって導かれていて、夫婦の絆を強めるために用いられるんだなぁと思わされています。

神様がそんなにまでして1番になりたい、というよりも、私たちのベストを思えばこそ、そうしてくださるんじゃないかな。このメッセージでもパスターが言って たんだけど、「主は妬む神」というときの「妬む」というのは、私たちがふだん考えるような「嫉妬しちゃう!私を一番にしてくれないと傷ついちゃう!」という意味の「妬む」ではなく、「fiercely protective or vigilant of one's rights or possessions」という意味なんだって。神様は自分が一番でないとイヤ!というインセキュアなお方であるはずがないもんね。

>神様を第1にしていても、配偶者に求めて当然のこともあるのでは?

そう、ほんとにその通りだと思うのよ! 夫婦は(それ以 外の人間関係でも多かれ少なかれそうだと思うけど)、互いのニーズを満たし合うように召されているよね。神様がそのようにされたはず。私もこのことで、長 年葛藤してきました。夫婦だからこそ、求めて当然のものがあるはずなんじゃないの? 自分が切実に必要としていて、しかも夫にしか求められないもの、神様 ご自身が「夫を通して満たしてもらいなさい」と定めておられるものって、あるはずなんじゃないの?っ て。(夫から妻に対しても然り。)

で もこれって、「だから私は配偶者の当然の権利として、〜〜をあなたにdemandします」という方向に働くのではなく、「だから私は配偶者として、自分の 願いよりもあなたのニーズを優先させたいです」という方向に働くべきものなんだろうなぁと、最近ようやく気づき始めました。お互いがそう考えていれば、自 然と双方のニーズが満たされるよね。そしてこういう態度は、きっと神様をNo.1にしていないと、持ちえないのだろうなぁ、と。

と はいえ、自分はそう思って配偶者のニーズを満しているのに、配偶者の方はおかまいなしで、私のニーズは放置されっぱなし、となると、やっぱり辛いだろうけ ど。ものすごく辛いだろうけど。ある意味レアは、まさにそういう立場にいたよね。だからこそ、「今度は主をほめたたえよう」というレアの告白を、私たちも 自分のものとして embraceしたい… そしてその後のプロセスは、主の御手に委ねたい… 


…と書きなが ら、考えてみたら、世の中には配偶者に満たしてもらうべきニーズを満たしてもらえないで、悲しい思いをしている人がきっと大勢いるのでしょうね… そうい う人たちのニーズが放置されていていいとは思わない。主をNo.1にして、あとはもう諦めようね、と言って終わらせたくない。神様も、きっとそういう言い 方はされないと思います。今これを書きながら、すごく心に迫ってくるものがあったよ。そういう方たちのために祈ろう、と。その方たちの結婚に、主のご介入 があるように、もし片方の配偶者が心をかたくなにしているなら、それが溶かされ、主の愛に触れられるように… After all,結婚関係はキリストと教会の関係の象徴なのだものね。主が本来意図された結婚の姿が、すべての結婚の中で成就されますように…!

ままとままと 2010/03/27 17:46 「配偶者に求めて当然」というのは、具体的にどういうことか想像できませんので、的を得ているかどうかはわかりませんが・・・。
神様のご計画は、人間の想像を超えたものですから、あるいは、その当然なものを、他の手段や、他の人や、他の形、他の時に与えようとされている可能性もあるのではないでしょうか?
また、ある人にとっては当然に思えるものが実は当然でなかったりするかもしれません・・・。
以前「境界線」のお話で、でてきましたが、夫婦間で精神的に「依存」してしまう所に問題があるのではないかと思うのでが、どうでしょう?
その依存心が、私たちにとっての大きな危険なので、私達が神様だけに信頼できるように、神様が何らか問題を通して警告を下さることもあるのではないでしょうか?
結局は配偶者も自分と同じ、ただの罪人ですものね。
与えられないものを求められるのは夫にとっても大きな重荷ですよね。
実は私は未信者の時に未信者の夫と結婚して、この問題でとても苦労しました。
結局、私がクリスチャンになってから、夫婦の問題に神様の御介入があって、現在、なんとか、人並みの夫婦生活ができるようになりました。夫はまだ未信者のままですが。
夫と言えども、妻のものではなく、神さまのもの。
「自分の望む夫」に夫を変えようとするのではなく、夫も神様の御手に委ね「神様の望まれるような人間」に神様によって変えていただかなければならないのだと教えられました。
夫の後ろで夫婦の頭である夫を導いていらっしゃる神様を見上げて信頼してこそ、夫に対する依存心から解かれ、恐れずに夫に服従でき、夫自身も本来の夫としての本領を発揮でき、成長させられるのではないかと思います。
長年失敗を重ねて、ようやくここまでたどり着きました。(笑)

はちこはちこ 2010/03/27 22:43 ままとさん、
お証をありがとうございます! ままとさんの歩みの中で、恐らくは多くの苦しみや悲しみ、時には失望をも通して、主が語ってくださったことなのだろうなぁと心にしみました。

>「自分の望む夫」に夫を変えようとするのではなく、夫も神様の御手に委ね「神様の望まれるような人間」に神様によって変えていただかなければならないのだと教えられました。

本当にその通りだと思います! また、配偶者に不健全に依存していると、満たされないニーズを通して「神を第一にするように」と神様が警告を発してくださるのでは、というのも、その通りだと思います。神様に求めるべきものを他のソースに求めていたら、絶対に満たされないですものね。それこそまさに、レアの最初の状態だったのでしょうし、今回のメッセージのポイントでした。

夫婦が互いに要求し合うものに関して、「私が求めるもの・方法」ではなく、神様が私たちの思いを越えて、別の手段、別のもの、別の人、別のときに与えてくださることも、確かにあると思います。それも、きっと頻繁に。

今回、私が「配偶者に求めて当然」「神様ご自身が『夫を通して満たしてもらいなさい』と定めておられるもの」と書いたのは、具体的には、たとえば夫婦間の性的・精神的・感情的な親密さのことを考えていました(創2:24、エペソ5:22−33、1コリ7:3−5など)。以前、それに関連したものをブログに書いたことがあり、そのことも念頭に置いていました。 http://d.hatena.ne.jp/mmesachi/20051130 
たた、先に別の方へのお返事で書きましたが、「求めて当然」とは言っても、相手に「強要」するものではありませんよね。また、お互いに不完全な人間同士なので、現実は主が意図されたようにいかないことも多いかと思います。以前上記のブログに書いたときも、現実を受け入れることと、主のご計画の成就を求めることの、両方が私たちには必要なのでは、とコメントしてくださった方がいて、なるほどと思ったものでした。

「依存」に関しては、神様が私たちにお与えになった健全な「相互依存」(ガラテヤ6:2をはじめ、新約聖書のあちこちで、「互いに〜し合いなさい」と教えられていることや、上記の夫婦間のことなど)と、自分でやるべきことを他の人に求める不健全な依存があると、『境界線』にもありましたよね。夫婦の間で も、「互いに」ではなく、相手に要求するばかりになっているなら、それは不健全な依存かもしれないですね。

今回のメッセージでパスターも言っていたのですが、神様をNo.1とするとは、私たちが他者を必要としなくなるという意味ではないのですよね。夫婦間の健全な相互依存は、とても麗しいものだと思います。(夫婦に限らず、キリスト者の交わりすべてにおいてそうだと言えるでしょうが…)だからこそ、主の定められた相互に満たし合う麗しい関係が、すべての結婚関係の中に成就されますようにと祈りたいと思ったのです。

ままとままと 2010/03/28 03:43 ご丁寧なお応え恐縮です。ありがとうございました。
「求めて当然なこと」とは、そういう意味だったのですね・・・、納得。
「相互依存」ということについては、あまり考えたことがありませんでした。
『境界線』読んでいませんが、興味をそそられています。
今度日本に行ったら、是非購入しようと思います。
はちこさんのブログは、とても勉強になります。
今回のレアの話、私もとても興味深く読みました。
また、はちこさん自身の子育てについての証も毎回楽しみです。
それにしても、夫婦間の問題を共に神様に祈り、夫婦がイエス様と教会を現わせるよう求めていけるというのは、クリスチャン夫婦の素晴らしい特権ですよね。
とてもうらやましいです。
はちこさんご夫婦を通して、これからも神様の御栄光が現わされますように!

はちこはちこ 2010/03/28 09:22 ままとさん、
こちらこそ、考えさせられるコメントをありがとうございました!
このブログは、本文よりも読者のコメントの方が読み応えがあると、いつもいろんな方から言われるんですよ。^^ 皆さんのコメントのおかげで、一層深く思いめぐらしをすることができ、本当に感謝です。

クリスチャン夫婦は、共に祈ることができるのは本当に感謝ですが、一方で、クリスチャン同士だからこそ、相手に過剰な期待をしてしまうという落とし穴もあるかもしれません。クリスチャン同士の夫婦でも、そうでない夫婦でも、夫婦が抱える問題というのは、本質的に同じなのかもしれないと思うことがあります。

ままとさんご夫妻の上に、主の祝福がさらに注がれますよう祈ります。夫婦間の親密さがさらに増し、三位一体の主のご性質を現す「相互に満たし合う麗しい関係」が、ままとさんご夫妻の中にも豊かに現されますように。それを通して、またそれ以外にも主のご配剤によるさまざまなことを通して、ままとさんのご主人が主を知り主を仰ぐ者とされますように… そして、スペインの地で、このご夫妻があなたの愛を現す器として用いられていきますように…

はちこはちこ 2010/03/28 09:25 それから、「求めて当然」という言い方は、やはり語弊がありましたね。配偶者に「求めて当然」なのでなく、夫婦間でそれが成就しますようにと「主に」求めるべきもの、と言う方がよかったかも…

kurikskuriks 2010/03/29 00:42 本文もそうですが、コメントでも又々私にジャスト・フィットなお言葉。ありがとうございます。遠く離れていても、とても慰められています:)

そう、神様はインセキュアな気持ちから1番になりたい、のではなくて、神様を一番にする事が私達にとってもベストだから、そうしてくださるんですよね。私のインセキュアな「私を一番にしてくれないと傷ついちゃう〜」的嫉妬と同等にしてはいかん、いかん。最近、嫉妬心に火をつけるような事があり、「神様だって妬む神だし!」とその怒りを正当化していた気がする。なので、私の人間的嫉妬を「fiercely protective or vigilant of one's rights or possessions」というものに変えて頂けるように、祈らなければ。

なににしても「〜してくれなきゃ!」という「求めて当然」な態度は、改めなければいけないですよね。結婚関係だけじゃなく、他人には「親として当然!」「子として当然!」「恋人として当然!」「友達として当然!」「クリスチャンとして当然!」…なーんて気持ちを持ってしまいがちですけれど、そんな気持ちを自分にdemandしてぶつけて来られたら、こってだってdefensiveになってしまうものですから。自分から相手向き目線じゃなくて、神様からの目線で、他人のあるべき姿と、その他人に対しての自分のあるべき姿をセットで見ることができるようになりたいものです。そして境界線でも言われているように、自分の出来る範囲から変える-、そのあるべき姿に自分をまず変えていただく、から行こうと思います!

はちこはちこ 2010/03/29 12:51 くりちゃん、
おお、ジャスト・フィットだったのね。主はくりちゃんのニーズをご存知だね!
最近彼とどう?

「求めて当然」という気持ちは、自分自身の心に鎖をつないじゃうよね…

「平静の祈り」だなぁと繰り返し思わされます。

神よ、私にお与えください
変えることのできないものを
受け入れる平静な心を
変えることのできるものは
変える勇気を
そしてそれらを見分ける知恵を

一日、一日を生き、
一瞬、一瞬を楽しみ、
苦しみも、平安へ続く道として
受け入れ、
この罪深い世を、
自分の願うようにではなく、
そのままに受けとめる
あの方がそうなさったように

神の御心に自らを明け渡すのならば
神は全てを善いように変えてくださると信頼しつつ
それによって私がこの世での人生もそれなりに幸せに生き
来るべき次の世ではとこしえに
神と共に最上の幸せを得るように

2010-03-24

スカイプで初顔合わせ

14:18 | スカイプで初顔合わせを含むブックマーク

 夕べ、久しぶりにエミとスカイプでゆっくり話した。話している途中、なんとエミのボーイフレンドのマイクがやってきて、スカイプごしに初顔合わせとなった。うちは家族全員、交互に出てきてマイクに挨拶。騒々しい家族だと思われただろうか。(笑)

 数学専攻の香港からの留学生マイクは、とっても好青年だった。私もぼぼるパパもすっかり気に入った。彼はこの夏、もしかするとウルフラム・リサーチでインターンとして働くかもしれないらしい。もしそうなったらすごい。なぜなら、ウルフラムはイリノイ州の、うちから2時間くらいのところにある会社だから!

 ああ、なんというか、祈ることがたくさん、たくさん。感謝なことも、心配なことも…

 そういえば、エミは最近、大学の聖研のリーダーに勧められて、Gospel Transformation というマテリアルを使ってデボーションを始めたそうだ。これは、帰納的聖書の読み方を用いたデボーションテキストらしい。

 一方私は、先日思わされるところがあり、ケン・ガイアのデボーショナルMoments with the Saviorを購入。珍しくキンドルではなくハードカバーで。早速今朝から使い始めたが、とても良い。

MEMO:ブルース・ウォルトキー

13:40 | MEMO:ブルース・ウォルトキーを含むブックマーク

 Bruce Waltke: Why the Church Should Accept Evolution

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 ウィキペディアより:

Bruce K. Waltke is a Reformed evangelical professor of Old Testament and Hebrew. He has held professorships in the Old Testament at Dallas Theological Seminary, Regent College in Vancouver, British Columbia, Westminster Theological Seminary in Philadelphia, Pennsylvania, and Reformed Theological Seminary in Orlando, Florida.

 ティンデル聖書注解『オバデヤ書、ヨナ書、ミカ書』の著者の一人でもある。

追記:ウォルトキー師は、師が所属する神学校Reformed Theological Seminaryからの要請で、このビデオを外してもらうことをバイオロゴスにリクエストしたらしい。このビデオの中でウォルトキー師が語ったことは撤回しないけれど、さまざまな誤解を招く恐れもあるから、ということだそうだ。詳しくはこちら

2010-03-23

医療費

12:40 | 医療費を含むブックマーク

 先月、エミがERに行った費用は、大学を通して入っている学生医療保険で全額カバーされるのかと思ったら、そうでもないことがわかり、あせっていた。

 先日、さっそく救急車使用料(?)みたいな請求書が送られてきて、それだけで約600ドル! 検査費などは一切含まれず、ただ、救急車を使って病院まで行ったというだけで、約600ドル! このあと、CATスキャンだとか心電図だとか、各種の検査費の請求書が送られてくるはず。ほかに、physician billだか何とか言う、お医者さんに対して支払う請求書も来ると思う。(検査代と診察費は別なので。)検査代に関しては、大学の保険で80%はカバーされるらしいけど(自己負担額は200ドルで、その残りの80%)、アメリカの医療費というのは常軌を逸して高いので、考えただけでめまいがする…(苦笑)

 ERではなく、大学のクリニックで検査を受ける分には全然問題ないのだけれど、今回はクリニックのドクターが念のためにとおっしゃったので、救急車でERに行った。幸いなんでもなかったから良かったものの… 

 請求書のことを考えると頭が痛いけれど、ERに行ったら医療費が高いから行くな、とはエミに言いたくない。本当に緊急の場合、医療費を気にして病院に行かないなんてことがあったら困る。(でもアメリカには、そういう人が大勢いる。ちゃんとした医療保険に入ってないばかりに、医者にかかれば問題なく治るはずの病気で、手遅れになったり命を落とす人が大勢いるんだそうだ。この先進国のアメリカで! なら保険に入ればいいじゃない、と思うかもしれないけれど、入るだけでも大変なコストがかかるので、保険なしで我慢してしまう人が多いのだ。だからこそ、今アメリカでは医療保険改革が切実な問題になっている。改革が必要なのはどう見たって明らかなのに、反対している人たちが*大勢*いるというのが実に信じられない。)

 エミの場合、学生保険だけでなく、ぼぼるパパの雇用主を通して入っている医療保険もあるので、学生保険ではカバーされない分を、もう一つの保険でカバーしてもらえないか、現在交渉中。いろいろあって、一筋縄ではいかなさそうです。やれやれ、ややこしや…

MEMO:ANRC10 ビデオ

13:40 | MEMO:ANRC10 ビデオを含むブックマーク

 ツトムくんのブログに、ANRC10のUstream ビデオがすべて掲載されているので、メモ。

 

めぐんちゃんめぐんちゃん 2010/03/23 15:28 私も大学生の時、体調を崩してERに行ったんですが、私が入っていた学生保険では救急処置と初診は全くカバーされないことになっていたので目が飛び出るような請求書が来ました。下手したら日本に帰って治療する方が安いぐらいのケースがあるかも(←今となっては日本で親を通しての国民保険すらないからできませんが)。

幸い現在旦那さんの会社経由で保険が与えられていますが、「妊娠・出産とかはもちろんカバーされてるよね〜」と思いきやエコーの保険のカバー分以下外で200ドル近い請求書が・・・。日本ではエコーは白黒ならタダで、しかも検診のたびに撮っているというではありませんか。出産にはいったいいくらかかるんでしょうねぇぇぇぇぇ。今更「お金ないから生めません」ちゅーわけにもいかんし(T_T;)。

保険に入れない若い夫婦とかで、赤ちゃんが病気になっちゃって病院に連れて行ったら破算してアパートから出ないといけなくなった、というような話を聞いたことがありますが、ほんとに大げさでも何でもなく、そういうことが起こるんですよね。

はちこはちこ 2010/03/23 16:34 めぐんちゃん、
だよねーー!私も学生時代、日本人の知り合いが週末に食あたりを起こして、救急車でERに行ったら、後から1000ドル位のビルが来たと、頭を抱えていたのを覚えています。そのせいで、私の頭には救急車を使うというのはとんでもないことだというのがインプットされてしまいました。実際、事故で道路に転がっている人のために救急車を呼ぼうとしたら、「呼ばないでくれぇ〜」と言われたという話を聞いたことがあるし、親切心ですぐに呼んであげたら、「頼みもしないのに勝手に呼んだ」と非難されることもあるとか… 一方、日本では救急車をタクシー代わりに呼ぶ人もいて(すぐ来てくれるし、しかもタダだから)、迷惑しているというニュースをしばらく前に見て、それも驚いたのですが…
1000ドル以上のビルが来るなら、ほんとに日本に帰って治療する方が安いよね。

私はエミを学生のときに出産しましたが、病院のビル、physician bill、麻酔科医のビル、それから新生児を診てもらった小児科のお医者さんのビルなど、複数来たのを覚えています。もちろん全額カバーではないので、自分で2000ドル以上払ったんじゃなかったかな… 難産だったせいもあるかもしれないけど。あ、それに、エミは生まれて間もなくで黄疸が出たので、そのせいもあったかもしれない。

シカゴに来てからは全額カバーになったんだけど、それでも、「保険会社にこれだけ請求を送りました」という記録が毎回来るのね。それを見ると、妊娠の定期検診の一回の費用が、採血、尿検査、診察などで、毎回500ドル近くかかっていたよ。診察そのものは、わずか5分くらいのものなのに。こんなの、保険がなかったら大変なことになると思って、震えたものでした。病院側も、どうせ保険会社に請求するのだからと、適当なビルを送ってるんじゃないの?と思いたくなるくらい。実際最近のニュースで、メディカルビルには間違いが多い、というのがあったよね。歯ブラシ1本に1000ドル請求していたとか。冗談じゃないよ…

奇しくも今日、オバマ大統領がhealth care billにサインしたよね。その時、"I'm signing this reform bill into law on behalf of my mother, who argued with insurance companies even as she battled cancer in her final days"と言ったとニュースで読んで、涙が出ました。

めぐんちゃんの出産にかかる費用は、ほとんど保険でカバーされるといいね。必要がすべて満たされるように、祈っているね! そして何より、健康な赤ちゃんの出産のために!

QingMeiQingMei 2010/03/23 20:15 日本は医療費に関してはすばらしいと思うのは外国から戻ってから、そして子どもを産んでからなおさらそう思います。自治体にもよりますが3歳までほぼ無料とか東京(都知事の意向もあり決して福祉に手厚い自治体ではありませんが)の場合は12歳まで無料(歯科も!)中学生も入院費はかからないので社会保険の他には医療保険は必要ないと言われているくらいです。実際にはいくらかかっているのか保険組合から届く明細でわかりますので本当にありがたいです。としても、アメリカほどの請求は元々ないのですけれどね。日本でも無保険の子どもたちが医療を受けられなくて保健室に薬をもらいに来るということが増えているそうです。切ないです。

やすやす 2010/03/23 21:49 保険の手続きは大変ですね。僕も肩を痛めたりなんだかんだと病院のお世話になりました。病院もさることながら、あの手続きの大変さを思うと、体は大切にしたいものだと思います。そして、保険に入れないばっかりに適切な処置を受けられないケースは、僕も良く聞きます。

医療保険改革は、市場の自由を守る伝統が強いアメリカではやはり「社会主義的」と反対に遭う傾向が強いですね。また、僕は皆保険賛成派ですが、長期的には財源をどうして行くかが大きな課題だなと思います。

公共政策にも限界はあるので、教会としても健康面で必要をかかえている人々や、地域にどのように仕えて行くかが課題だなと思います。こんな働き(http://www.ccchc2003.org/)とか、Parish Nurseとかいいなと思います。

たしんたしん 2010/03/23 22:22 私は「このままだと死ぬ」という状況以外は病院には行かないことにしています。

保険に関してはネタは無尽蔵にありますが、柔術の練習で首をやった時はファミリー・ドクターのオフィスからERまで歩けば一分の距離を無理矢理、救急車に乗せられて請求額は900ドルでした(笑)。
「いいから歩かせろ!」って言ってるのに乗せられた料金だから本当に払いたくなかったです。
で、一泊させられて保険が全額カバーしてくれましたが、モルヒネ打った以外、何もされてないのに保険会社に行った請求は9,000ドル(笑)。

私の友人は肝炎で二週間、入院して請求額が200,000ドル(笑)。
「保険が効かへんかったらペルーに逃げたるわ」と言ってました。

ちなみにマイケル・ムーアの"Sicko"は観ましたか?

kanahakanaha 2010/03/24 00:31 はちこさん、こんにちわ
エミちゃん、幸いなことに大事に至らず感謝ですが、医療費は頭が痛いですね。
娘にも保険はかけていますが、万が一の場合、医療費のことで何かあったら大変ですから、今のところ診察はきちんと受けるよう言っています・・・
思い出すと、アメリカ滞在中に歯科診療の必要性があったのですが、急遽保険に加入してから診察を受けました。莫大な(誇張では無く)請求をされそうだったので、保険料を払った方がましだと思ったのでした。
また高熱が出た時も、保険でカバーできるかの確認が終わるまでは診察して貰えませんでした。
マイケルムーア監督のシッコ観ましたが、本当なのでしょうね。
日本の保険制度はまた別の問題もあって、難しいですね。

チャーリーチャーリー 2010/03/24 01:08 僕は学生時代確か東京海上の保険を使っていました。もちろんアメリカの病院用ので。いくらだったかは、忘れましたが随分助かりました。ただ、歯医者に適応しておらず、親不知を抜くのに800ドルかかると言われ日本に帰国して抜いた事もありますよ(^^;
どこの国もそうですが、患者を助けるための医療であってほしいものですね!

erinalinabankerinalinabank 2010/03/24 06:34 この記事を読んで、2年間も保険なしに。そのあと渡航の3ヶ月間でも保険なしで健康であったことに感謝なんですね!学生時代は何度か歯が痛んで寝れなかったときは無料で診察もしてもらったり…本当に恵まれ過ぎていたのかもしれません。救急車の代金は驚きですね…そして、恐怖。

はちこはちこ 2010/03/24 08:25 QingMeiさん、
子供、特に幼児期の検診や予防接種などは、無料で提供されてしかるべきですよね。自治体によってばらつきはあるものの、日本のそういう部分は本当に素晴らしいと思います。イギリスでは、大人も子供も医療費はタダで、私たちのように税金を支払っていない外国人でさえ無料だったのにはおどろきました。子供はメガネも無料で作らせてくれたし。もっとも、イギリスの医療制度もかなり問題があるそうで、そう思うと、全体のバランスとして、日本の医療制度はかなり良い方に入りそうですね。

やす、
うん、手続きが大変だよね。今うちが入っているシカゴ大学の保険は、医者にかかれる場所がシカゴ大学の大学病院のみと限定されているものの、保険のペーパーワークがゼロなので、とても助かっています。

そう、「社会主義的」と考える人たちが多いのに驚かされるのです。確かに社会主義的と言えるかもしれないけど、社会主義といってもいろいろな種類があるわけだし、アメリカ人は、「社会主義=悪」と刷り込まれているようで、そのラベルにリアクトしないで、中身を見て判断してほしいなぁと思います。それに、考えてみれば、初代教会の在り方だって、まさに「社会主義的」だったと言えるし…

アメリカには、「自由」という名の偶像があって、人々はその支配下に縛られている…そう感じることがしばしばあります。そして、一部の人たちの自由は、他の人たちの不自由の上に成り立っているようで…

ccchcの働きは初めて聞きました。Parish Nurseも素晴らしいミニストリーですよね。

たしんさん、
無理矢理救急車に乗せられて、請求額900ドルってたまりませんね。タクシー呼んでもらう方がはるかに安い。(苦笑)9000ドルも200,000ドルも、請求額が尋常じゃないですよね。なぜそんなに請求されるのか、そういう料金は誰が決めているのか、実に疑問です。
大学の学費といい、医療費といい、普通の人に払える額を越えていて、この国は一体どうなるんだろう、どうするつもりなんだろうと、困惑します。
"Sicko"、まだ観てないのですが、いつもたしんさんがご紹介してくださっている食べ物関係のドキュメンタリーとあわせて、是非観たいです。夏休みになったら観なくては。

kanahaさん、
そうなんですよ、お金の心配をして、診察を受けるなとは子供には言いたくないですよね。自分の体なら、どのくらいの緊急性があるかある程度わかるけど、離れている子供のことはそうもいかないし。
日本には日本の問題があるのでしょうね。完璧なシステムがないのは仕方のないことでしょうが、このせいで生きるか死ぬかの思いをする人たちがいると思うと、いたたまれないですよね…

チャーリーさん、
そう、アメリカで歯医者にかかると莫大な費用がかかるから日本に帰って治療するという話、たしかに聞きます!
患者を助けるための医療… 本当にその通りですよね。

erinaちゃん、
保険なしでアメリカにいた時に、病院のお世話にならずに済んだのは、本当に感謝なことだったね!神様は私たちが気づいていなかったようなところでも、実は守ってくださっていたんだなぁと、後から気づくこと、あるよね。本当に感謝!

はちこはちこ 2010/03/24 08:39 やす、ところで、お帰り! 時差ぼけとか体調、どう?

クレオパクレオパ 2010/03/24 09:12 賀川豊彦記念・松沢資料館の加山館長は「国民健康保険や生協に代表される様々な制度が、クリスチャン賀川を中心に始められたということを、教会自らがもっと自覚していなければならない」と発言しているそうです。戦前の貧しい労働者、農民、漁業に携わる人たちの生活向上に組合や保険制度を創設し、貧者の側に立った賀川の果たした影響は今日までおよんでいるのですから、ありがたいですね。

たしんたしん 2010/03/24 10:23 書き忘れましたが子供の保険という部分でいうと「富山県」が凄いんですよ。三人以上、子供がいる家庭に対して!(もしかしたら福井だったかも)。

確か、三人以上、子供がいると、一番下が五歳になるぐらいまで、出産費用も含めて医療費は国が負担する分の残りの額は100%、県が負担して、幼稚園、保育園、ベビーシッターの費用に至るまで全て県が100%負担、補助金も三人目が生まれるとケタ違いにもらえてしまう。

そして、ごく普通のスーパーなどの、県内のいたる所で値段的に優遇される「三人以上の子持ちカード」というシロモノまであるのです。

はちこはちこ 2010/03/24 10:41 クレオパさん、
貴重な情報をありがとうございます!国民健康保険制度はイギリスをモデルにしたと聞いていましたが、それが日本に取り入られるようになった背後には賀川の尽力があったのですね!生協もそうなんだ… ミニストリーとして貧者に「施し」をするのも一つの方法でしょうが、賀川のように、社会の中にそういった制度を組み込んだというのは、go a longer wayですよね。オバマ大統領がやろうとしているのもそういうことだと思うので、もっと教会(クリスチャンたち)からサポートが得られても良いはずだと思うのですが、アメリカではなぜかそうならない…

上でやすが言及していたParish Nurseのような働きは、本当に素晴らしいと思うし、必要とされていると思うけれど、システムそのものが変わっていかないことには、弱者はいつまでも弱者のまま、施しを受けるしかない側のままになってしまう気がして…

ジム・ウォリスだったかトニー・カンポロだったか、ハイチにアメリカの教会が大挙して押し掛け、復旧のためにいろいろやってあげているけれど、実はそれはlong termで見ればハイチ人にとって害になる、と言っていました。ただニーズを満たしてあげるのでなく、ニーズのある人が自分でそれを満たしていけるように助けてあげることが、もっと必要とされているのではないかと… その意味でも、賀川の日本における功績は大きいですね!

たしんさん、
ひえ〜、素晴らしい! 私もその県に移住したい! 日本にそんなところがあるとは知りませんでした。少子化対策の一環なのでしょうが、すごいことですね!! 「三人以上の子持ちカード」、いいなぁ!!

はちこはちこ 2010/03/24 10:43 カンポロでした。この記事。http://www.huffingtonpost.com/tony-campolo/making-matters-worse-in-h_b_482858.html

2010-03-19

ANRC10、Ustream!

21:12 | ANRC10、Ustream!を含むブックマーク

 ANRC10のライブ中継を、Ustreamで見ることができます!

 ライブですよ、ライブ!(現在シカゴ時間夜9時10分) 映像も音声もくっきりです! 

 俊さん、どうもありがとう〜〜〜!

 次からのライブスケジュールは次の通り。(時間は日本時間)


3/21

09:00-10:15 祈りのコンサート

10:30-12:00 主日礼拝: 森和亮師 「いちじくの木の下で〜イエスに見出されたナタナエル〜」

19:00-20:45 全体集会: 高木攻一師 「待ちつ急ぎつ賢明に」

3/22

09:00-10:15 セミナー: 帰国者が日本で圧倒的勝利者となる秘訣 稲葉寛夫師

10:30-12:00 セミナー: ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の関係を知ろう2 中川健一師

13:30-15:40 出発礼拝: 榊原宣行師 「イエス様はあなたを必要としている」


 世界中どこからでも、リアルタイムで見られます! 録画もされているそうなので、時間が合わない方でも後から見られます! このご奉仕をしてくださっている方々にも、本当に感謝します!

 ツイッターをやっている方でしたら、リアルタイムでどんどんコメントをツイートすることもできます。同じものを観ている世界中の人たちと、同じ時間に、まるで同じ部屋にいるかのような臨場感を味わえます。^^

チェーンメール

19:20 | チェーンメールを含むブックマーク

 夕べ、私が以前行っていた教会のメーリングリストで、インドで起きている迫害についての祈りのリクエストが来た。こういうメール。

"Urgent prayer request! Please pray for all the churches in India. Buddhist extremists in India burned down 20 churches last night. Tonight they plan to destroy 200 churches in the province of Olisabang. They plan to kill 200 missionaries within 24 hours. Right now all Christians are hiding in small villages. Please pray for them and send this mail to Christians you know worldwide. Please ask God to have mercy on our brothers and sisters in India. When you received this message, Please send this urgent prayer request forward. Please pray for them and commit this matter in our Almighty and Victorious Lord"

 「夕べ」20の教会が焼かれ、「今夜」200の教会が破壊される計画というわりには、このメール、以前にもどこかで見たことがあるような…

 ちょっとググってみたら、やはりそうだった。いくつかのサイトでこれはhoax(いかさま)で、2008年から出回っているチェーンメールだとあった。(たとえばこことか、こことか。)

 インドのオリッサでヒンズー教の過激派によるキリスト教徒の迫害があったというニュースは記憶に新しいけれど、インドにはOlisabangという州はなく、仏教過激派もいないらしい。(スリランカには少しいるらしいが。)

 とはいえ、このメールを見た人が今回、内容を信じてインドのクリスチャンのために祈った祈りは、無駄にはなっていないと思う。Olisabangという場所は実在しなくても、インドで、また世界のあちこちで、キリストの御名のゆえに迫害されているクリスチャンたちがいるのは事実なのだから。私も、その人たちを思って改めて祈らされた。

 それにしてもこのメール、誰かが意図的に誤情報を流したチェーンメールなのか、それとも数年前のオリッサの件の祈りのリクエストが、伝言ゲームみたいに少し情報がずれて、それが延々とネット上で回り続けているのか…

 祈りのリクエストとはいえ、チェーンメールのように「みんなに回してください」という流し方はやはり問題かもしれない。以前友人から、緊急に大勢の人に回したい情報に関するメールが来たことがあった。彼女は、「チェーンメール化すると困るので、○月×日まではこのメールを回してください。それが過ぎたら破棄してください」と書いていたっけ。そういう配慮がないと、善意の人たちによって、いつまでもサイバースペースを回り続けることになってしまうかもしれないんだなぁ…

 ちなみに、世界各地で起きているクリスチャンの迫害に関する情報については、Open Doorsという団体が信頼できる筋らしい。ここには、オリッサでの迫害については出ているが、Olisabangは出ていない。

 

追記:

小さな命を守る会の水谷先生のブログでも、今回のメールが「事実無根」であったという記事が出ていました。

日本語版のメールの発信に関わられた二人の牧師先生からの訂正とお詫びが出ているそうです。

たしんたしん 2010/03/19 21:02 読み進みつつ「イカサマくせえなあ」という感想をコメントで打ったら迷惑だろうな、と思っていたら、やはりインチキなのですね。
こういう小さな迷惑の積み重ねが、はちこさんの目眩と全く無関係ではないと思いますよ。

veilchen23veilchen23 2010/03/19 21:13 heidiです。私も昨日友人のクリスチャンから携帯メールが入って来て、信頼性よりも緊急性を感じてブログに掲載しました。何事もなかったようで良かったです。でも、このことを機会に多くのクリスチャンの兄弟姉妹が心を一つにしてインドの為に祈ったことには大きな意味があると思っています。私は、インドのクリスチャンが迫害を受けていることは知りませんでした。

2年前にこのような記事がありました。↓

http://in.reuters.com/article/topNews/idINIndia-35291320080903

http://www.christiantoday.co.jp/main/international-news-1800.html

はちこはちこ 2010/03/19 23:01 たしんさん、
これくらいのことなら、迷惑というほどではないのですけどね… チェーンメール、いろいろたくさん来ますしね…

heidiさん、
日本にも回っているのですね。驚きです。世界中に回っているみたいですね。私も、メールの内容は正しくないにしても、このおかげで大勢のクリスチャンがインドのために祈ったことは、主の前に価値のあることだったと思っています。 どんな状況でも、祈りが無駄になることはありませんものね!!

のこちゃんのこちゃん 2010/03/19 23:57 私もきのう、同様の内容のメール(日本語)を受信しました。
内容は怪しいものの、
信頼できる人が信頼できる筋から得た情報だというので
祈っていました。

事実無根で本当によかった、というのが
私の正直な感想です。

はちこはちこ 2010/03/20 07:03 のこちゃん、
日本でも広範囲でこのメールがまわっていたんだね。
でも、事実無根で本当に良かったよね。

2010-03-17

読書メモ

14:54 | 読書メモを含むブックマーク

 今読んでいる最中の本。たまにはメモ。(いつも複数の本を並行して読んでしまうので、なかなか1冊が終わらない。汗)

 この半年くらいの間に読んだ本。

 これから読みたい本

 もれてる本があるかもしれないけど… (N.T.ライトは、目下「マイブーム」(死語)です。)

めまい

14:24 | めまいを含むブックマーク

 私はときどき「めまい」が起こる。壁がグルグル回る回転性のめまい。

 昨年暮れにちょっとひどいのがあり、歩こうとすると転んでしまうので、半日寝込んだ。

 今朝も起きたときから(実際は夕べ寝る頃から)めまいがし、ベッドから出たときに転んでしまった。何とか起き上がり、子供たちのお弁当を作って3人を送りだし、それから再びベッドで横になった。途中二回くらい起きだして様子を見たけれど、やはり壁が回る。今は午後2時20分。少しおさまってきたかも。朝からほとんどずっと寝て過ごしてしまった。

 来週、主治医と定期検診のアポがあるので、そのときによく聞いてこよう。

はちごろーはちごろー 2010/03/18 02:38 007とダシール・ハメットの英仏対訳、モデル失格( 押切もえ)、ロイドジョンズ、初代総理、スティーブン・ジョブズ、グーグル本…なんでもありです(苦笑)。

まきとまきと 2010/03/19 00:02 めまいですか?うちの京都のM先生もメヌエル氏病でめまいを覚えておられるようです。はちこさんのめまいの原因はなんでしょうね。お大事になさってください。

山本直樹山本直樹 2010/03/19 04:57 faintnessでなくvertigoだと思います。内耳性の可能性が高く
ストレス性のものが多いとされていますので、十分な休息と医師の受診を
お勧めいたします。お大事になさってください。お祈りいたします。

hyukihyuki 2010/03/19 08:59 お大事に。お祈りしています。

tamikotamiko 2010/03/19 13:38 すごいですねー。何冊も同時に読んだりするのはタレントです!しかも難しそうなのバカリ。子供とのバウンダリーのそのうち読ませて頂きます。楽しみにしてます。リストの中でユウイツよんだ事があるのはShackだけです。またおすすめがあったら、乗っけてください!めまいのほうも、いやされますように。(私もダビ出産以来目眩と吐き気がひどいです)お互いに解決法/医療法?が見つかるといいですね。祈りをこめて =)

はちこはちこ 2010/03/19 19:33 はちごろーさん、
なんでもあり、いいじゃないですね〜。押切もえちゃんの本、私も読んでみたいかも。(笑)

まきとさん、
ありがとうございます。山本先生もおっしゃっていますが、多分内耳の問題だと思います。来週検診があるので、聞いてきます。

山本先生、
やはりストレスが原因でしょうか。自分でも、寝不足で疲れているときにめまいがでると、うすうす気づいていました。7時間寝ないと、どうも体がもたなくて… お祈りありがとうございます。心強いです!

hyukiさん、
どうもありがとう! 

tamikoちゃん、
そんなに難しい本ばっかりじゃないんだよ〜。ミステリー小説とかもあるし。Shack良かったよね!
たみちゃんもめまいなんだ。ダビくん出産以来、やっぱり体が疲れているのかもしれないね。たみちゃんも大事にして、よく休息取ってね。

2010-03-15

ANRC2010

19:18 | ANRC2010を含むブックマーク

 今週末の20日から22日まで埼玉県でAll Nations Returnees Conference 2010が開かれる(19日に前日プログラムあり)。これは、海外でキリストに出会って帰国した人たちと、そういう帰国者たちを助けたいという人たちのためのカンファレンス。昨年に引き続き二度目の開催で、今年のテーマは「One Body, Many Parts」

 US駐在のJCFN主事たちも全員ずいぶん前から日本入りして、準備にあたっている。こういうカンファレンスの準備は、どうしても最後の最後にやらなくてはならないこと(部屋割りとかスモールグループ分けとか)もあるので、今頃JCFN日本オフィスは大変だろうと思う。ありとあらゆることが守られ、導かれ、祝され、参加者一人ひとりが励まされ、主に触れられ、指針を与えられ、力を得、何よりますます主を仰ぐようになることを祈っている。講師の先生方(メイン講師は榊原宣行先生、高木攻一先生、高見澤栄子先生、森和亮先生)、準備にあたっておられる方たちの上にも主の油注ぎがありますように。

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まえじままえじま 2010/03/15 20:26 さちさん。おひさしぶりです(と言ってもブログ上でしかお会いしていませんね)以前にコメントしていただいた"LOVE & Respect"ですが、「愛されたい妻と尊敬されたい夫」というタイトルで発売となりました。ANRC10にもブースを出して販売をします。ぜひご利用ください。

はちこはちこ 2010/03/15 20:52 まえじまさん!
ようこそおいでくださいました。そして、「愛されたい妻と尊敬されたい夫」の出版おめでとうございます! タイトルも素晴らしいですね! 原題はちょっと固くて取り付きにくい印象でしたが、この邦題は素晴らしいです!
"LOVE & Respect"は海外在住者の間では以前から話題になっている本で、私のブログでも言及したことがあります。http://d.hatena.ne.jp/mmesachi/20070128
「愛されたい妻と尊敬されたい夫」が日本でも多くの方に読まれ、用いられますように!

2010-03-14

MEMO:河野美代子さんのブログ

08:00 | MEMO:河野美代子さんのブログを含むブックマーク

 しばらく前から、産婦人科医の河野美代子先生のブログ、「河野美代子のいろいろダイアリー」を時々覗いています。そこで最近、とても考えさせられ、祈らされる記事が出ていたのでメモします。

 若くして(中高生!)で予期せぬ妊娠、性病、出産などに直面する女の子たちを大勢見ることは、どれだけ辛く、歯がゆいことだろう。予期せぬと言っても、性行為をすれば(しかも時には見知らぬ相手と!)、そういう可能性はあるとわかっていていいはずなのに… 医療現場での対応では遅すぎる。その前の教育が不可欠… そのため、実際この先生は、いろいろな学校に出かけていって、子どもたちに性に関することを教えるための講演活動をなさっている。

追記:

 このシリーズ、さらに記事が追加されたので、リンクも追加します。この先も続いていますので、河野先生のブログでぜひご覧ください。

 特に、この6番目の記事は、仏教徒の方による中絶反対のコメントに対して河野先生がお返事されたもので、河野先生ご自身も仏教徒とのこと。こういった議論はクリスチャンの間でも何度もなされてきているけれど、本当に一筋縄ではいかない問題… ちなみに、河野先生は養子縁組の斡旋もなさっているとのこと。

 (ふと、河野先生と「小さな命を守る会」の水谷潔先生が対談されたらいいのに…と思った。)

ヤンキー牧師ヤンキー牧師 2010/03/20 07:53  河野先生の著書は昔から参考にしておりました。今回のブログの紹介を感謝します。拙ブログでは書けないような事例が知るされており、クリスチャンの方にもお読みいただきたいですね。最終的な見解は異なりますが、私も尊敬をしております。本当に対談したい方ですね。

はちこはちこ 2010/03/20 11:22 おお、ヤンキー先生! コメントありがとうございます。
おっしゃるよう、私たちとは見解のことなる部分もあられますが、臨床医として、いのちを、ひとりひとりの人間を大切に思っておられる方として、河野先生のお働きには共感する部分が多くあると感じました。本当にヤンキー先生と対談していただきたいです。ミニストリーさんか、百万人の福音さんか、リバジャパさん、どうかしら…

2010-03-13

心地よい疲れ

20:10 | 心地よい疲れを含むブックマーク

 今日は、朝からま〜やの中学校でボランティア活動。シカゴの南、南西郊外にある中学校合同のオーケストラフェスティバルなるものがあり、うちの中学校がホストをしたため、オケの生徒の保護者はボランティアにかり出されたのでした。私はカフェテリアで、レジ係。久々に頭を使ってたくさん暗算した。(笑)

 混む時間帯と空いている時間帯があり、混むときは大変だったけれど、空いているときは、もう一人の日本人の奥さんとずっとおしゃべりできて楽しかった。^^

 明日から夏時間。時計を一時間先に進めます。日本との時差は14時間になるのかな(たとえば、こちらの朝6時が日本の夜8時)。

 長かった冬も、そろそろ終わりかな〜。

 さて、いい具合に疲れているので、そろそろ休みます。

はちごろー@iPhoneはちごろー@iPhone 2010/03/14 04:22 ごぶさたしています。
ようやく春の東京、年度末で慌しいです。
AさんはANRCで大忙しのようです。お祈り頂ければ幸いです。

はちこはちこ 2010/03/15 20:58 はちごろーさん、
はちごろーさんもiPhoneなんですね!
こちらこそ、ANRCのためのお祈り、感謝します!

2010-03-11

リーダーの人間力

10:25 | リーダーの人間力を含むブックマーク

 『境界線〜バウンダリーズ〜』『厄介な上司・同僚に振り回されない仕事術』の著者、ヘンリー・クラウド博士の本が、また邦訳出版されました!

 これは、原著は"Integrity"という本で、クラウド博士がビジネス本として出版した第一号でした。私が翻訳した『厄介な上司…』(原題"One-Life Solution")は、クラウド博士のビジネス本第二号です。昨日見た時点では、アマゾンでの売り上げが2000番台で、すでに二つのレビューがついており、好評のようです。私が翻訳した本ではないですが、とても嬉しい!

 また、『リーダーの人間力 〜人徳を備えるための6つの資質〜』という邦題がニクイですね! これは読者の関心をそそるでしょう。そして帯には、「インテグリティがぶれない軸をつくる」とあり、おっ!と思いました。『厄介な上司…』の帯にも、「自分の軸を持つ!」とあるのです。軸というと、真ん中に一本通っているもの、一方、境界線は外郭。興味深いですね。タイトルや帯の文章は、出版社さんが決めることですが、これを見て、「なるほど、『軸を持つ』と言われるほうが、『境界線を持つ』と言われるより、読者にはピンときやすいのだな」と気づきました。もちろん、「Boundary」を「軸」と訳してしまったら、境界線の持ついろいろな含蓄が失われてしまいますが、日本人読者に境界線の概念を届けていく上で、「軸」という概念はわかりやすいのだということを、心に留め置こうと思いました。

 それにしても、『リーダーの人間力』も、ぜひ多くの方々に読まれて欲しいです。著者の言うような「人徳」は、実際には、自分の力で生み出せるものではなく、神に「愛されている者」としての自覚を持つときにこそ養われていくものではないかなぁと思いますが、読者が、『リーダーの人間力』を通して、究極的には無力な自分に気づき、その自分に力を与えてくださるお方を求めていくようになれば…と祈らされます。この本がさらに広く読まれ、話題になれば、同じ著者の本をもっと読んでみようと思う人もきっと現れるでしょう。クラウド博士の著作は、『境界線』関連のものだけでなく、『神のシークレット』のような、クリスチャンでない方たちに届くための福音の本も翻訳されていますから、楽しみです。

 1冊だけで、すべての人のニーズに応え、すべての人の魂に届くことはできません。でも、ふだんだったら福音に関する本など見向きもしないであろう人が、1冊のビジネス書との出会いをきっかけに、神様を求め始めるようになるかもしれない… そう思うと、わくわくします。そのような人たちが多く起こされるように、祈ります。


境界線(バウンダリーズ)

境界線(バウンダリーズ)

神のシ?クレット

神のシ?クレット

シモベシモベ 2010/03/11 22:13 ほほ〜〜〜。興味深いですね。一冊買ってかえろ。情報ありがとうございました。

はちこはちこ 2010/03/12 06:09 シモベさん、
お願いしてもいい? 私にも1冊買ってきてくれる? あとでメールします!

tomotomo 2010/03/12 22:18 連続コメントですみません... 興味がある話題ばかりなもので (^_^;)

「軸」という概念は、私が以前通っていたシンガポールJCFの協力牧師である中澤啓介先生がよく言っておられました。先生は、個人の信仰を律法的に他に押し付けずに、それぞれが与えられたビジョンや課題を互いに認め合いながら共に主の一致を味わい、教会を建て上げるために大切なこととして変わることがない「福音」という「中心軸」を定義しておられました。まさに、超教派のシンガポールJCFが必要としていた概念だと思います。

ビジネスも、確かに、「働き」の一つに成り得るものなので、この本が言わんとしていることにもつながるのかもしれませんね。

ヒソカヒソカ 2010/03/12 22:27 いきなり冷や水をぶっかけるようなコメントで恐縮ですが、こういう本を日本人が「必要だ。よし翻訳しよう」と考えて出版する時点で、ボタンのかけ違いが始まっています。日本はリーダーなんぞいなくてもやっていける組織というものを作りました。こういう本を今更出すということ自体、「リーダー」というものについて真面目に考えたことのない証拠です(詳しくは私のブログの今日の記事でも読んでください)。

 「アメリカはこうです。それに引き換え日本人は」という発想は辺境人特有の思考法ゆえ仕方ないですが(そういう発想でないならこんな本を出しません)、彼我の文化的差異ぐらいは気遣ってくれてもいいんじゃないかと思います。アメリカはリーダーを育成する制度を持っていますが、日本はそれを持たなくてもやってこれたということをもっと積極的に評価してもいいと私は思います。

はちこはちこ 2010/03/13 20:54 tomoくん、
超教派の教会だからこそ、福音そのものを中心軸に据える… ぶれない軸があればこそ、個々の違いもキリストの体の中で、それぞれの強みを発揮して用いられるのでしょうね!

ヒソカさん、
確かに、アメリカ流のリーダーシップ論は、そのまま日本には適用できないかもしれないですね。日本人の集団には、アメリカ人のそれとは違う、独特のダイナミクスがありますし。(和を大切にするとか、出る釘は打たれるとか…) でも、日本人がリーダーを必要としない社会を生み出したのかといえば、私は必ずしもそうとは思わないのですが… 
とはいえ、ヒソカさんのおっしゃる、「日本はそれを持たなくてもやってこれたということをもっと積極的に評価してもいい」というのは、興味深い視点だなと思いました。ヒソカさんのブログの記事も、拝見させていただきますね。

山本直樹山本直樹 2010/03/13 23:41 いかなる法律や制度も「愛の律法」には及びません。治める者と治められる者との関係が人格的な性格をおびるような徳の政治を行なった日本人に上杉鷹山がいます。
内村鑑三『代表的日本人』(岩波文庫、1995年)
http://hi-speed.hp.infoseek.co.jp/uesugi-1.htm

はちこはちこ 2010/03/14 11:10 山本先生、
「治める者と治められる者との関係が人格的な性格をおびる」これって、まさに神様と私たちの関係ですよね。信仰も、律法主義的なものに治められていたら、私たちは窮屈だし、何より、どこかでほころびがでて、律法に背いてしまうだけ…
上杉鷹山、はずかしながら、知りませんでした。ご紹介くださってありがとうございます!

ヒソカヒソカ 2010/03/15 23:43 >山本直樹さん
 人間の作るものですから、どの法律や制度も暫定的で不完全なものであることは百も承知です。その上でお尋ねしたいのですが、どうしてあなたは失敗や誤りを繰り返しながらも人間が営々と積み上げてきたものの価値を過小評価するのでしょうか?それはちょっと無茶ぶりだし、先人への敬意が乏しいふるまいだと思いますよ。それに、統治者と被統治者の関係が人格的なものでなければ、しこりが残るだけで、それは仕事をする上でもマイナスです。そんなことは組織で働いた経験のある方にとっては自明のことです。

>はちこさん
 日本人が「リーダー」を必要としない社会を生み出したと断定はしませんが、少なくともフランスやアメリカのように制度として「リーダー」を育てるシステムを作ってこなくてもやってこれたのは確かだと思います。そして、それで機能しているならそれでいいんじゃないかというのが私の考えであって、「日本にリーダはいらん」と言っているわけではありません。

2010-03-10

ダラス・ウィラード著『心の刷新を求めて』が発行間近

11:41 | ダラス・ウィラード著『心の刷新を求めて』が発行間近を含むブックマーク

 『心の刷新を求めて』の印刷・発行の日程が具体的に決まったそうです。

 以下の情報は、編集者であるクレオパさんのブログから、そっくり転載させていただきます。

 この3年にわたるプロセスを導いてくださった主に感謝し、御名を讃え、共に労させていただいた共訳者の小島浩子さん、出版社のクレオパさん、Leadership Builder Publicationの豊田ノブ先生に感謝しつつ…

f:id:mmesachi:20100310113622j:image

 キリスト者と自称する人の多くが、この世と妥協した生き方をしているのはなぜか。真の変化、霊的成熟は理想に過ぎないのか?

 霊性神学の第一人者であるダラス・ウィラードは、米国でのこうした現状を憂えて本書をまとめました。キリストに似た者と変えられるとは何かを、「思考、感情、意思(霊、心)、体、社会的(人間)関係、魂」への基本的理解に触れ、それがどのように相働いて変化をもたらし、内側から外側へと造り変えられかを詳述しています」

心の刷新を求めて

キリストにある霊的形成の理解と実践

(原題:RENOVATION OF THE HEART)

ダラス・ウィラード著

中村佐知・小島浩子訳

四六版並製(488ページ) 

定価2,400円+税

企画:Leadership Builder Publication

発行:あめんどう

発行日:2010年3月30日

著者:ダラス・ウィラード(Dallas Willard)

南カリフォルニア大学の哲学学部教授、前学部長。

米国の代表的なキリスト教霊性神学者の一人。

三〇冊以上の著作がある。

『The Divine Conspiracy』(ゴールドメダリオン受賞)

『The Spirit of the Disciplines』『Hearing God』

(いずれも邦訳未刊)などがある。カリフォルニア州在住。

ケンスキー

09:03 | ケンスキーを含むブックマーク

 Kensukeという名前は、アメリカ人にはいつも「ケンスキー」(スにアクセント)と発音される。

 それはさておき、先日パパとスキーに行ったときのビデオです。これは到着して間もなくの頃のものだそうで、これを撮影したあと、パパのiPhoneの設定がおかしくなり、その日はそれ以上撮影できなくなっちゃったそうです。

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 先日のスキーの話の日記で、コメント欄に「卒倒しそうなことが起きていたらしい」と書きましたが、その秘密がこの2番目のビデオに…(?) ケンはオリンピックを見てスキージャンプにあこがれていて、Wii Sports のスキージャンプでいつも高得点をあげていたので、自分にもできると思い込んでいました。このビデオにあるように、ゆるやかなスロープながらも、ちょっと高くなっている場所があるので、うまくやればきっとジャンプできるはずだと思ったケンは、何度もトライしていました。

 そのとき、パパのiPhoneの設定がおかしくなってしまったため、パパはiPhoneに気を取られ、あげくに、落ち着いて設定を直したいからと、ケンを置いて一人ロッジに入ってしまいました。初心者向けの緩やかなスロープだし、ケンは何度もここを一人で滑っているからちょっと一人にしても大丈夫と思ったらしいです。

 ところが、パパが見ていないときに限って、ケンはジャンプに失敗し、転倒。飛ぼうとして滑りながらかなり無理な姿勢を取ったらしく、背中から落ちたそうです。ケンスケ、そこでしばらくひっくり返ったまま大泣き。(曰く、「泣きながら眠っちゃうかと思った」) しかし誰も助けに来てくれない。仕方がないので自分で立ち上がり、「うまくいかなかったよ」とプリプリ怒りながらロッジのパパのところに行ったそうです。

 スキーから戻ってきた日には転んだ話など全然していなかったのに、次の日になってケンがぽろりと「背中が痛いなぁ。転んでぶつけたからかなぁ…」

 私「転んだの? どんなふうに?」 ケン「え、ジャンプしようと思って飛んだら…」 私、パパに向かって「ケン、どんなふうに転んだの?」 パパ「知らない。見てなかったから」 私「見てなかったぁ? なんでちゃんと見てなかったのよ!?」 パパ「だってiPhoneがおかしくなっちゃったからさ、そっちに気を取られていて…」 ケン「パパはロッジで…」 私「ロッジでぇ? ケンを一人おいてロッジにはいっちゃったの?」 パパ「初心者向けのスロープで、ケンはもう大丈夫だってわかってたからさ」 私「だけど転んだじゃない!大泣きするくらいに!」

 詰め寄る私と、「いいじゃんか、怪我しなかったんだから」オーラ全開でとぼけ続けるぼぼるパパ。

 今回はどうってことなく済んだけれど、スキーなんて大怪我することもあるんだから、ちゃんと見ていてほしかった… でも、まぁね、私もいろいろ考えました。過保護ママから卒業して、二人で好きにやってもらうほうが、多分ケンのためにもいいのかな、と。

 だいたいパパはいつも、私なら絶対できないような大胆なことを子供たちに平気でやらせる。昨日も、みんの運転の練習で、夕方の交通量の多い高速道路を運転させ、教会まで行って帰ってきたらしい。みん曰く、「死にませんように、死にませんように、って、心の中でずっと祈りながら運転した」(苦笑) 思えばエミの運転のときもそうだった。子供の運転練習につき合うときは、パパも命がけだよね。私には絶対にできないと思う。子供のために命をかけられないというわけではないけど、とにかく恐くてできない。何か起きたときに、とっさに適切な指示を出す自信がない。

 「『大胆かつ細心』と『無謀かつ臆病』は似て非なるもの」という言葉を思い出す。「細心にして大胆、慎重にして決断力に富む、これが山下の真価というべきであろう」、マレーの虎と呼ばれた、第二次世界大戦時の将軍、山下奉文についてそう評した人がいたっけ…(高山信武『昭和名将録』芙蓉書房)

 ぼぼるパパは、けっこう「細心にして大胆、慎重にして決断力に富む」と思うので、彼の判断を信頼するしかないなぁ…と思いつつ(でも今いち信頼しきっていないかもw はい、それは私の課題です)。

ツトムツトム 2010/03/10 13:31 めちゃめちゃ楽しみです。
アメリカで購入する方法はありますか?

マックマック 2010/03/10 15:57 「卒倒しそうなこと」のシェアーをありがとうございました(笑)。「大丈夫オーラ全開」のぼぼるさん、頼もしいですね〜。はちこさんの訳書、楽しみにしています。

はちこはちこ 2010/03/10 19:00 ツトムくん、
私のところに届くのは、日本で発売になった1〜2ヶ月後になるので(船便なので)、その頃にはツトムくんはもう日本かも。出版されてすぐに購入するなら、出版社さんから直接注文するのが一番早いと思います。私がすぐに手に入れてあげられなくてごめんね!

マック先生、
父親と男の子って、こういうものなんでしょうかね。(笑)
訳書ですが、うちの教会(アメリカの)では、この本の原書を用いたセミナーを時々やっているんですよ。^^ よろしければ、ぜひ先生の教会でもお用いください!

たしんたしん 2010/03/11 02:33 さすがにunaccompaniedはマズいでしょう(笑)。
もしも、スキー場の人間に泣いてるところを助けられた場合、ぼぼるパパの立場は激ヤバですね。
次以降、何かあった時に、「こういう監督不行き届きの前科のある親」として扱われたり。
と、それは置いといて、ストックは使ってないと思ってましたよ。
アメリカの子供は殆ど使ってないでしょ。

KazukoKazuko 2010/03/11 08:59 わたしたちが幼かった頃は常に親がみていませんでしたが、現代の子は親が一分も目をはなさないように育てますよね。どうにか私たちはちゃんと育ったのだから大丈夫だと思いますが、親になるといろんな感情がはいってバランスをとるのがむずかしいですよね。はちこさん夫婦はお二人でうまくバランスがとれておられますよ。

はちこはちこ 2010/03/11 09:38 たしんさん、
夫曰く、スキー場で四六時中accampanyしていることは不可能だと。それは確かにそうだというのは私も理解できるのですが、ロッジに入っちゃったのはマズかったんじゃないかと思うんですよねー。でも、子供を外で滑らせて、親はロッジでラップトップ使って…という人たちも結構いたそうです。田舎のファミリーフレンドリーなスキー場らしいです。汗
子供たちも、ストックを使う子の方が多数派だったらしいです。

Kazukoさん、
優しい言葉、ありがとうございます。(涙)
現代の子は親が一分も目をはなさないように育てるって、本当にそうですよね。うちの町の図書館では、8歳以下の子供は常に親がaccampanyしないとならない、という決まりがあります。ちっちゃな図書館なのに! 実際、ちょっと目を離したすきに誘拐されて…という事件は少なくないので、大人がナーバスになるのはよくわかるし、私も同じなのですが… (アメリカの)社会全体が、過保護すぎる部分と、子供に対して無責任なような部分(readyではない未成年に過度の自由を与え過ぎる、みたいな)の、両方を持っているように感じることがあります。
このあたりのこと、実はすごく思わされていることがあるので、いずれまたブログに書くかもしれません。

ままとままと 2010/03/11 10:45 おひさしぶりです。
うちは、スペインですが、やはりそちらと同じです。
小学校の送り迎えはあたりまえ、中学でも送り迎えしている人が多いです。
息子は、小学6年ですが、私の体調が悪くて、ひとりで徒歩30分の教会に一人で行かせたら、後で姉妹達に驚かれました。
主人は、ぼぼるパパと同じで、「男の子は、そのくらい慣れなければ・・・」という感じなので、はちこさんの気持ちよくわかります。
手綱を閉めるのも緩めるのも、常に、神様の導きを求めなきゃ!ですね・・・。

はちこはちこ 2010/03/11 14:30 ままとさん、コメントありがとうございます!
スペインも似たような状況なのですね。そう、中学生でも、ちょっと家が離れている子は、みんな親が送り迎えですね。私なんて、4歳の時に、幼稚園まで徒歩15分の道のりを近所の子と二人で歩いて通っていましたが… 途中に小川があって、そこで遊び始めてしまい、幼稚園に行かないでそのまま家に帰ったこともありました。現代では考えられないおおらかさですよね!(笑)
ほんとに、主の知恵と守りなしには育児なんてできませんね…

kurikskuriks 2010/03/13 09:05 ケンちゃん、だんだん逞しくなっていきますね!確かに、アメリカって過保護すぎる部分と、無責任っぽい部分が両方ありますよね。日本と比べるから、そう感じるのかしら。アメリカでは高校まで親が送り迎えしても大学になったら自立させるけど、日本では子供のうちから一人でウロウロしてても大人になったらパラサイト、だったり。(極端な比べ方ですが)最後に、うちの学校の教師会で聞いた言葉を紹介します。「乳児は肌を離さず。幼児は手を離さず。少年は目を離さず。青年は心を離さず。」それでは、これからもブログや訳書を楽しみにしていますね〜。

はちこはちこ 2010/03/13 19:05 くりちゃん、
そうそう、そんな感じ! アメリカの場合、去年までベビーシッターに預かってもらってた子が、今年からは自分がベビーシッターになる、あるいは、昨日まで親に何でも送り迎えしてもらっていたのが、免許を取ったとたんに自分で運転してどこへでも一人で行くようになるとか、そのあたりの移行が極端だなぁと。
「乳児は肌を離さず。幼児は手を離さず。少年は目を離さず。青年は心を離さず。」 これは名言ですね! 私も覚えておこう!

2010-03-09

寝付きが悪い

20:39 | 寝付きが悪いを含むブックマーク

 この1ヶ月くらいか、やけに寝付きが悪く、そのせいで睡眠不足になりやすくなっていた。夕べもせっかく十時にベッドに入ったのに、夜中近くまで寝付けず、どうしてだろーと考え(考えるからますます眠れなくなる!)、ふと思い当たることが。

 夜のコーヒーか!? それが犯人か? 昨日も夜7時からのスモールグループで、わりと濃いコーヒー飲んだし。今までは、寝る前にコーヒー飲んでもまったく問題なく眠れる人だったけど、年を取って体質が変わったのかもしれない。試しに今日は、昼以降はコーヒーを飲んでいない。これで今夜はスキッと寝付けるだろうか。だといいなぁ。

kayokayo 2010/03/09 21:26 遅ればせながら、お誕生日おめでとうございますー!
昨年の今頃は、お腹の中にいた3月31日が予定日だった娘が
今月中に生まれたらはちこさんと同じ3月生まれだわ〜、なんて
思ってました。あれから1年、早いです…。

さて、コーヒー。可能性、あると思います!
私も、夕食後に濃い目の紅茶を飲んだ日は、
いつもなら子どもたちが寝るまで寝ないようにするのが大変な
くらいに眠いのに、その日はしゃきっと目が冴えてました。
最近では市販の『茶葉2倍』っていうミルクティーでも
同じような現象が。眠れない以前に、授乳中にカフェインは
控えなきゃ、と思って、今ではうっすーい色水みたいな
紅茶を飲んでます。

たいたい 2010/03/09 23:48 自分も、いつからだろう。夕方4時以降にコーヒー・紅茶を飲むと夜寝付けなくなったのは・・・。
ちなみに、有機栽培のコーヒー・紅茶なら飲んでも寝れるのです。カフェインに農薬がプラスされると、さらに寝付けなくなる、というのが理屈らしいです。

はちこはちこ 2010/03/10 08:23 kayoさん、ありがとう! にこちゃんももうすぐ1歳なんですね。ほんとにあっという間!
昨日は夕方からカフェイン断食して夜に臨んだら、やっぱりさっと眠れました。やはり犯人はコーヒーだったんだっ! kayoさんも夜カフェイン摂ると眠れなくなってしまうんですね。恐るべしカフェイン。授乳が終われば、少なくとも午前中は濃くて美味しい紅茶が飲めますよ!

たいちゃん、
あなたもなのねー。体質って、変わるんだね。以前は大丈夫だったのが、いつの間にかだめになっているんだもんね。夕食後のコーヒーがもうだめなのは残念だけど、やっぱり夜はぐっすり眠りたいし。
有機栽培のなら大丈夫なのかぁ… 探してみようかな。情報ありがとう!

tomotomo 2010/03/12 22:10 僕も寝付きが悪い、眠りが浅いと困っていたのですが、唾棄枕を使うようになってかなり改善しました。体重が分散されて体が楽になったのがいいようです。よかったら試してみてください。

はちこはちこ 2010/03/13 18:50 tomoくん、いっぱいコメントありがとね! あとでまたゆっくりお返事させていただきますが、とりあえず…
唾棄枕って、どういう枕なんだろうと思ってググッてみたら、たくさんヒットしたものの、今ひとつわからず… もしかして、抱き枕? いいかもしれない。アドバイスありがとう!

tomotomo 2010/03/14 10:22 ああ、そうです。抱き枕。(赤面)

はちこはちこ 2010/03/14 11:11 だけど、唾棄枕で検索したら、たくさんヒットしたんだよ。(^^)だから、本当にそういうのがあるのかと、一瞬信じちゃったよ。(笑)

2010-03-07

mmesachi2010-03-07

Birthday Blessings

15:19 | Birthday Blessingsを含むブックマーク

 昨日は今ひとつ体調がすぐれず、昼寝をしたりゴロゴロして一日過ごした。夜は、誕生日の前夜祭(?)で、ぼぼるパパが私のリクエストに応えて煮込みハンバーグを作ってくれた。^^ そして私は、7時過ぎには就寝し、夕べは10時間以上たっぷり睡眠。

 おかげさまで、朝はとても気持ちよく目覚めた。やっぱりよく寝ると気分爽快!

 起きてくると、キッチンのテーブルにはバラの花束が。(上の写真) パパがバラの花束贈ってくれたのは、久しぶりかもしれない。嬉しい。^^

 そして、ブログを見ると、皆さんからの祝福の言葉。ますます幸せ。どうもありがとう! ほかにも、FBやミクシィ、XMUG、メール、e-cardなどで大勢の方からたくさんの祝福の言葉をいただきました。皆さん、本当にありがとうございます!

 いつものように家族で礼拝、賛美にもメッセージ(「誘惑に抵抗する」)にも祝され、霊的に満たされたあと、今度はお腹を満たしにOlive Gardenというイタリアンのファミレスへ。前菜はカラマリ(イカフライ)、ズッパ・トスカーナ(スープ)、サラダ、そしてメインはお決まりのチキン・スキャンピ。「今日はママの誕生日だから、デザートも頼もうね!ねっ!」とケンに何度も言われ(笑)、デザートまでのフルコース。Torta di Chocolateというイチゴとバニラクリームのかかったチョコレートタルトを頼んだら、甘過ぎず、激ウマ! ケンがウェイターさんに、「今日はママの誕生日なんだ」と言ったため、運ばれてきたデザートにはろうそくが立てられ、店内のウィエター&ウェイトレスさんたちがみんな集まり、誕生日の歌を歌ってくれた。*^^*

 また、食事している最中には、NJのエミからお祝いの電話がかかってきて、本当に幸せだった。(エミがお世話になっている日本人教会のK牧師、なんと帯状疱疹にかかってしまったのだとか… K先生のためにも祈ります。)

 Jesus, thank you so much for this family and dear friends...

 そして、私が母の胎の中にいたときから、今日に至るまで、ずっと導き続けてくださっている主に、心からの感謝。

 今日、主にお捧げしたい賛美2曲。

D

D

KazukoKazuko 2010/03/07 22:57 お誕生日おめでとうございます。はちこさん3月生まれだったんだ。3月は私の結婚記念日孫の誕生日長女の誕生日とたのしいことが続きます。孫の誕生日祝うため彼の一番すきなオリーブガーデンで食事しました。はちこさんもオリーブガーデンで祝ったんですね。なんだかうれしい。10歳の孫は、みんなが歌ってくれて照れていました。かっこよくありたい年頃なんですよね。これからも健康にまもられますます主と共に喜びに満ちた人生を歩まれますよう祈っています。いつか会えるといいな。

のりおのりお 2010/03/08 00:19 遅ればせながら、お誕生日おめでとうございます!すばらしい1年となりますようお祈りいたします。

電気屋です電気屋です 2010/03/08 15:46 ごぶさたしております。わたしも風邪気味で1週間はだめでしたが、今は良いです。はちこさんもはやくよくなりますように。
D先生の話いろいろおもいかえすものがありました。うちの子も小さいときから親の影響でどっぷりで家出したときもありました。Dさん程上手ではありませんでしたが、イエスは本当に素晴らしいです。わたしも50の手習いみたいにブログ始めました。

http://dennkiya.blogspot.com/ 

ありがとうございます。

はちこはちこ 2010/03/08 21:42 Kazukoさん、
オリーブガーデン、いいですよね!食事は美味しいし、小さい子のいる家族連れでも違和感ないし。私たち家族も大好きです!
こちらは、ケンの誕生日も3月の末なのですが、そちらも3月はおめでたいことが続くのですね!Kazukoさんファミリーの上にも、主の豊かな祝福がありますように! 私もお会いしたいです〜!

のりおさん、
ありがとうございます! (^^)

電気屋さん、
お久しぶりです! 私のほうも、だいたい大丈夫になりました。寝不足だったみたいです。
ブログ始められたのですね! 早速アンテナに入れさせていただきました。楽しみにしています。これからもよろしくお願いします!

tomotomo 2010/03/12 22:07 遅ればせながら、誕生日おめでとうございます! 主の豊かな祝福がはちこさんとご家族の上に、この一年もありますように。

2010-03-06

休息日

19:10 | 休息日を含むブックマーク

 朝起きたときからちょっと風邪っぽく、活力が落ちてしまったので、今日は一日休んでいました。まだ夜の7時ですが、熱っぽい感じがするので、もう寝ます…

 (明日は誕生日なので、明日までにはよくなるといいなぁ。礼拝後、みんなで食事に行く予定♪)

たしんたしん 2010/03/06 19:39 おめでとうございまあす!
確かに19ヘッドフォーン年3月7日ですね。
バリバリに充実した一年になりますように。

erinalinabankerinalinabank 2010/03/06 21:18 お誕生日おめでとうございます!体調は回復しましたか?まだまだ寒い日が続くと思いますのでお大事にしてください。素敵な誕生日になりますように!

さえさえ 2010/03/06 23:31 はちこさん、お誕生日おめでとうございます。
体調がよくなって楽しい1日になりますように。

ともよともよ 2010/03/07 01:34 はちこさん、お誕生日おめでとうございます!
体調がよくなって、楽しい日曜日となりますようにお祈りしています!

実香子実香子 2010/03/07 05:44 お誕生日おめでとうございます。
お身体を大切に。
はちこさんとはちこさんのご家族に、主イエス・キリストの祝福が豊かに注がれます様に。

はちこはちこ 2010/03/07 13:50 皆さん、祝福のメッセージ、どうもありがとうございます!
朝起きたら皆さんからのメッセージが入っていて、とてもハッピーでした。^^
皆さんの上にも主の祝福が豊かにありますように!

2010-03-05

D先生のこと

08:58 | D先生のことを含むブックマーク

 D先生はOMFの宣教師で、かつては日本におられたが、今ではアメリカで活動しておられる。私が初めてD先生に出会ったのは、もう16年くらい前のこと。先生には3人のお嬢さんがおられ、当時は3人とも小学生だった。

 去年の夏、6〜7年ぶりくらいでD先生とお会いする機会があった。一番上のお嬢さんが結婚したばかり、一番下のお嬢さんが婚約したばかりで、結婚式や婚約のときの写真をたくさん見せてくださった。

 しあわせそうなお嬢さんがた、そしてしあわせそうなD先生ご夫妻…

 でも、実はここに至るまでは、決して順風満帆ではなかった。すらりと背が高く、まるでモデルのように美しい一番上のお嬢さんは、十代の一時期、薬物を使用していた。そして、家を出て、連絡不通の時期もあった。親としては、どれだけ心痛むことだったろうかと思う。彼女を知っている私たち周りの者たちも、彼女のために祈っていた。そして長年の祈りを経て、今回、しっかりしたクリスチャン男性と、両家の祝福のもとで結婚した。

 一番下のお嬢さんは、決して親に反抗するというわけではなかったけれど、主からは離れていた。ノンクリスチャンの青年とつき合い始め、同棲すると言い出した。D先生は、その青年のことは気に入っていたけれど、同棲というのは先生ご夫妻の価値観に合わない。そこで、青年を呼んで昼食を共にしながら、それはやめてくれないかと頼んだのだそうだ。青年は、先生の言うことによく耳を傾けてくれたそうだが、お嬢さんのほうが、その翌日、家を出てしまった。

 しかし先生は、「けしからん! 同棲などするなら勘当だ!」といった反応はなさらなかった。お嬢さんの選択に心を痛めつつも、この若い二人と交流を絶つことはなかった。青年との関係も個人的に深めていき、あるとき彼は先生に、「先生ご夫妻に出会ったことで、私のキリスト教観が変わりました。これから、イエスのことをもっと知りたいと思います」と言ったそうだ。

 そして去年の夏、この二人も一緒に先生の家でBBQパーティーをしていたとき、お嬢さんが席を外したすきに、青年が先生にこう言った。「じつは、今日お嬢さんにプロポーズしたいと思っているのですが、許可をいただけますでしょうか」。先生は驚きつつも、喜んで、「もちろんだよ。では僕たちは席を外そうか、それとも二人で散歩にでも出るかい?」 しかし青年は、「いいえ、ここにいらしてください。ご両親の前で彼女にプロポーズしたいのです」。そしてお嬢さんが戻ってくると、彼は彼女の手をとり、ひざまずき、ポケットから婚約指輪を取り出して、皆の見ている前でプロポーズしたのだそうだ。

 そのときの様子を先生はたくさん写真に収めておられ、お嬢さんが泣いている写真やら、奥様が泣いている写真やら… (それを見せてもらった私も完全にもらい泣き。)

 この話を聞きながら、なんて素晴らしいのだろう!と思った。昨日の話(「プロセスの中で働かれる神」)と関連して、宣教師を両親に持ったお嬢さんたちは、子どもの頃からそういう世界にどっぷりだったけれど、青年期に入り、もがきながら、自己を、そして自分の信仰を確立させるプロセスに入った。そのプロセスはかなりの荒波だったけれど、それを見守る先生は、子どもたちがたてる波が津波となって襲ってこようとも、振り回されることなく、お嬢さんたちの錨となって受け止め続けたのだと思う。

 また、お嬢さんたちの側の話を聞いていないからわからないけれど、もし聞くなら、きっと彼女たちの体験は、第三者が思うような「主から離れていた時期」どころか、そこかしこに神様の絶妙なご配剤、レッスン、守り、時には懲らしめ、導き、憐れみ…そういったものが散りばめられていたに違いない。親の目には見えず、手も届かないようなところで、青年期の子どもたちは神様から直接のお取り扱いを受けていたに違いない。たとえ、本人はそれをはっきり自覚していなかったとしても…

 下のお嬢さんと婚約したこの青年は、タトゥ(刺青)を入れているそうだ。先生は、彼らを愛し受け入れていることの一つの表現として、自分もタトゥを入れてみようかと考えているとおっしゃった。「次に会うときに、私がタトゥを入れていても、驚かないでくださいね」、ニコニコしながらそうおっしゃった。その瞳に、私はジーザスを見た。

めぐんちゃんめぐんちゃん 2010/03/05 11:18 昨日からプロセスの中で働かれる主について読ませて頂き、考えさせられています。

人の歩みはもちろん、自分の歩みも今そこに見えている景色が全てのように思えて、砂漠を通っていると「信仰の寿命」を自分で勝手に見極めて、神様との歩みももはやここまでかと諦めてしまったり、平安を失ったり。

先週日曜日、ルカ書からひどい癲癇に苦しむ息子をイエス様に癒して頂いたお父さんの話からメッセージだったのですが、癒された息子は最初死んだように見えて、みんなもそう思っていたら、イエス様がその子を立たせてくださったという箇所が印象に残りました。癒しのプロセスの中で、人の目には死んじゃったんじゃないかと思える状況の中でも、イエス様は子どもの手をしっかり取って立たせてくださるんだと。

そして子どもの癒しの前にはお父さん自身が主と向き合い、触れられて心変えられる必要があって、イエス様にとっては子どもの体のいやしと同じぐらい、もしかしたらそれ以上にお父さんが「信じます!不信仰な私をお助けください」と言えることが大切だったのかもしれない、とか。一つ一つのプロセスが、神様の業が完全に現れるために必要なものなのですね。

長くなりましたが、最近長期間に渡って働かれる主を信頼することを学ばされているので、はちこさんの昨日・今日の日記は私にとって必要でした。

タトゥの話、読んで泣いてしまいました。それを見た人はすごく変だと思うかもしれませんが、イエス様の手足の傷と、似た美しさがあると思います。

イエス様は諦めない、私達を「今」をそのまま受け入れてくださる、それでいて私達の内に「今」を越えた将来への可能性を見てくださる。

その愛なるイエス様が私の中にも生きて働いてくださるように、日々自分がこの愛を受け取り、また人にも与えていく者とされるように、改めて祈らされました。

はちこはちこ 2010/03/05 19:39 めぐんちゃん、
ありがとう。私はめぐんちゃんのコメントを読んで泣いてしまいました。
インスタント世代の私たちは、何でも「今すぐ」に欲しがり、プロセスをすっ飛ばしてとにかくゴールを達成することそのものに価値を見いだすことに慣れてしまっているけれど、神様のやり方はそうではないんだよね… ルカの箇所からのお分ちありがとう。イエス様は息子を癒すだけでなく、父親のことも取り扱われた…本当にそうだよね。 神様が指揮を取っておられるプロセスには、何重もの意味があり、意図があり、私たちにはとうてい測りきれないけれど、それでも善い御父のなさることを信頼していきたいね…
>イエス様は諦めない、私達を「今」をそのまま受け入れてくださる、それでいて私達の内に「今」を越えた将来への可能性を見てくださる。

アーメン、アーメン。

tamikotamiko 2010/03/05 20:14 すばらしい証をシェアしてくださってありがとうございます。神様からの直接のお取り扱いを、難しい時期に親が気づき主にゆだねられるのって大きいですね。今ティーンの子たちのチャイルドケアをしててその難しさに信じられないくらいびっくらしてます。ダビもかなり手強くなるなあ、と。仕事の事もありますが、母になってから特に詩編127:1を良く思うのですが、親が自分の力だけで子育てを頑張りすぎてしまわないようにするのってシンプルなようでものすごくチャレンジングなことですよね。
みんちゃんとバウンダリーのも、とても興味深く読ませて頂きました。いつかいろいろお話聞かせてほしいし、教えてほしい事だらけです。早くもダビの躾で手こずっています。(余談ですが、loving our kids on purposeという本をご存知ですか?ものすごい本でびっくらしました)

はちこはちこ 2010/03/07 14:00 tamikoちゃん、
ティーンのチャイルドケア、それは大変そうだね。教会で?
子育てって、ほんとに親が一人(あるいは二人)だけでするものではないよね。コミュニティーの中で、主の毎日の助けをいただきつつでなければ、とうていできないよね。
loving our kids on purpose、読んだことはないですが、レビューを見たことがあります。比較的新しい本だよね? 今、Boundaries with Kidsという本を翻訳している最中ですが、できたらぜひ読んでください。きっとヘルプフルだと思う。^^原則は、loving our kids on purposeと似ていると思います。

tomotomo 2010/03/12 22:04 前日の、神の介入とプロセスの話と合わせて、興味深くこの日記を読みました。

ちょうど、はちこさんがこの日記を書かれたとき、私の伯父が天に召され、その週末に前夜式・告別式がありました。伯父とその娘(私の従姉妹)はここ何十年も所属の聖公会の教会から半ば離れていたも同然だったようですが、この葬儀をきっかけに、従姉妹は主との関係にもう一度光が当てられたようです。親戚の中では、伯父とその娘、そして私だけがクリスチャンでしたが、慌ただしい葬儀の合間に従姉妹に「祈っています」と声をかけたところ、主の霊が思いを伝えてくださったようで、主の平安が何か響くもののように感じられました。人の目には、主から遠くは慣れてしまったようでも、主は変わらず手を伸ばしてくださっているんですね。

改めて思わされるのは、神様の「摂理」が人間のものといかに異なっているか、ということです(この「摂理」という言葉、大切な概念であるものの最近はあまり頻繁に用いられなくなりましたが、言い換えが難しい言葉ですね)。人の、時期時期で揺れ動く心は、おそらく感情が大きく影響を与えていると思いますが、でもその感情を創造の中で備えてくださったのも神であり、そして神様は人の心によらず、ただただ一方的に変わらぬ愛をもって人を愛してくださる。神様の不思議な御業にただただ畏れ入ることしかできません。

個人的に興味があるのは、状況がよくとも悪くとも、主が与えてくださるもの、主が導かれている状況を、その人がどのようにして喜ぶことができるかということです。と書いていて、使徒パウロの人生を思い起こしました。

2010-03-04

プロセスの中で働かれる神

09:55 | プロセスの中で働かれる神を含むブックマーク

 しばらく前に読んだ、臨床心理士の藤掛先生のブログ記事より。とても共感し、いろいろ考えさせられたので、ちょっと長いけれど、引用させていただきます。


統計によれば、人生のある時期、キリスト教信仰を持っても、必ずしもその後長きにわたって教会生活を送るということにはつながっていかない。最近読んだ、ある記事では、平均すると数年で教会を去るといい、ある記事では、10年続けて教会生活を送る人は2割に満たないと、ある。

 私は、こうした問題を点検し、教会としてなすべき自己改善を行おうとすることには、まったく同意する。ただ、こうした話題を耳にするときの前提に、人はきちんとした信仰を持てば、自動的に一生教会生活を送るはずである、という期待がありすぎるように思うことがある。

 人は、その人の大切な生き方を抱きながら生きている。そして、人生の様々な段階に、与えられた課題を克服しながら、生きている。そこでは刻々と変貌し続けている。児童期にある熱心な信仰者が、思春期に入って自動的に信仰を継続するわけではない。そこで、再度、自らの信仰を吟味し直し、思春期への新たな適応をはかるなかで、信仰も質的に変化・発達していく。

 大学生になる。社会人になる。結婚する。親になる。転職や昇格、配置換えで職業上の大変化を経験する。子育てで危機を感じる。大病を患う。など、… 思春期以降も、次々に人生の課題の質が変わっていく。そしてその都度、信仰のあり方も変化・成長を求められるし、ある人は乗り越え、ある人は教会を去っていく。そしてある人は、時間をかけて、別の人生の時期に教会に戻ってくる。

 教会生活の寿命問題を考える際には、「寿命」でなく、回り道であること、そして、もともと最初から信仰に致命的な問題があったのではなく、健全な成長のなかで、信仰の次なるステップに移行するのにとまどったり、失敗したりしたものと考えたほうが良い場合が多いのではないだろうか。

…(後略)… 

(おふぃす・ふじかけ「教会生活の寿命」より。強調ははちこによる)


 育児をする上でも、子供の信仰の成長について親がこれを理解していることは、とても大切だなぁと思った。子供は成長過程でいろいろなところを通る。とくに、児童期から青年期に移行する時期というのは、身体的にも精神的にも、対人関係的にも、子供は急激な変化を通っている。信仰も例外ではない。よく言われることだけれど、これまでは親の信仰の上におぶさっていたのが、自分の信仰を確立させるとき。その中で、疑ってみたり、抵抗してみたりすることがあっても、少しも不思議ではない。むしろ当然だと言える。

 子供がそういうところを通るとき、親は、「大変だ、子供が神様から離れてしまった!」と慌てるのでなく、慌ててますます厳しく押さえつけたり、絶望してあきらめたりするのでなく、子供の信仰が確立されていくために必要な葛藤の時期なのだと、理解してあげたい。そして、悩み葛藤している子供を受容しつつ、祈りをもって見守ってあげたい。(もちろん、時には親の介入が必要なときもあるだろうけれど。)

 このようにいろいろな回り道をするのは、子供の成長過程だけではないだろう。青年期以降に入って、それなりに自己が確立されたあとでも、霊的には私たちはまだまだ成長の旅路の途中にあるのだから。人生の中で自分が通っているそれぞれの段階(進学、就職、結婚、育児、リタイヤetc.)で、私たちは様々な体験をする。その体験の一つ一つは、私たちを霊的にも成長させるために神様が用いられる、重要なビルディングブロックなのだと思う。

 そして、人の目には「バックスライド」「信仰の寿命が尽きた」ように見えるときでも、実は神様はその人の人生の中で一層活発に働いておられるのかもしれない。新しいものを建てるために、それまであったものを一旦完全に壊し、取り除くというプロセスを経ることもある。(それまであるものの上に、付け加えるように建てるときもあるだろうけれど。)Deconstruction provides an opportunity for reconstruction.

 自分がそのプロセスを通るときも、ほかの人が通っているのを見るときも、「ダメだ」「敗者になった」「(信仰を)捨てた」と思うのでなく、そのプロセスの中で最善のタイミング、最善の方法で働いておられる主の御手を信じ、信頼していきたい。


 昨日、クリスチャンホームに育ったという24歳の方からメールをいただいた。このブログの「成長の四つの段階」の記事を読んで、これまで自分の中でずっともやもやしていたものが、すっきりしたとおっしゃってくださった。これまでは、四つの段階のうちの2と3を行ったり来たりし、3にいるときは辛くてたまらなかった、でも、今回あることに気づかされ、3を乗り越えて4に入れたとおっしゃっていた。今後もまた3に戻るときもあるかもしれないけれど、今はただ感謝です、と。私もとても嬉しかった。

 人によっては、3の段階に入ると、絶望して一旦教会から離れてしまうかもしれない。しかし、それを経てこそ、質的にも大きく成長させられて信仰を取り戻す人は大勢いる。

 あせらずに行こう。主は確かに導いてくださっている。

あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。 (ピリピ1:6)


 追記:JCFN関係の皆様:藤掛先生のブログに飛んで、ぜひ引用の記事を最後までご覧下さい。帰国者のことにも言及されています!

シモベシモベ 2010/03/13 00:28 はちこさん、遅ればせながら考えさせられる記事の転載、ありがとうございました。帰国者が帰国後一旦教会を離れても、10年ほど経ち、結婚して子どもを育てはじめ、そして教会に戻ってきた、という証を何回か聞いたことがあります。ほんと、信仰生活はプロセスであって、日々、主との関係も新しく作りかえられるものなのだ、と改めて思わされました。

はちこはちこ 2010/03/13 19:12 シモベさん、
帰国後10年経った人の証、と聞いて、そうかぁ、JCFNもそんなに長くなるのだなぁと、しみじみしました。来年20周年だもんね。
海外滞在中に蒔かれた種が、また、芽を出したものが、帰国後しばらくドーマントに見える時期を経ることがあっても、そのプロセスをも通して働いておられる主を信じて、忍耐と希望を持って祈り続けたいですね!

2010-03-02

楽しかったスキー

10:45 | 楽しかったスキーを含むブックマーク

 ケンとパパの昨日のスキーは、とても楽しかったらしい。ケンはスキー二度目にして、中級者向けスロープは一人でスイスイ、上級者向けスロープもパパと一緒に転ばずに滑ることができたそうだ。(もっとも、スキー場そのものが初心者向けっぽいところなので、上級者向けといってもたいしたことはないはず。所詮イリノイだし。苦笑)オリンピックのアルパインスキーを熱心に見ていたので、気分はオリンピックだったのかもしれない。

 パパみたいにかっこよくパラレルで止まれるようになりたくて、ケンは一生懸命練習したそうだ。でも、当然うまくできなくて、ふてくされていたとか。身の程知らずめ。(笑) こんなにスキーが好きになるなんて、嬉しい誤算。サッカーなどの球技はどうも苦手っぽかったけれど、熱中できるスポーツを見つけることができて良かった。しかしこうなると、坂の少ないイリノイ州に住んでいるのが可哀想にも感じる。

 パパは、来年の春休みはケンを連れてコロラドにスキートリップに行くことを考え始めている。

私「3月のコロラドなんて高いんじゃないの?」

パパ「そりゃ高いよ」

「もっと安く行けるところはないの? ニューイングランドとか?」

「だめだめ、雪の質がよくない」

「カナダは?」

「寒すぎる」

「じゃあ…」

「コロラドがいいんだよ!」 

 要はパパがコロラドでスキーしたいわけね。(笑) そういえば、結婚前にも、友人数人でコロラドのアスペンにスキー旅行に行ったことがあったっけ…

 スキーというのは、高齢になっても楽しめるスポーツらしいから、パパは当分ケンと楽しめるね。(^^)

 そういえば、ぼぼるパパが、今どきのスキー板は以前に比べて随分短くなったと驚いてたけど(昔は180センチくらいのを使っていたのに、今は165センチくらいだって)、こんな記事を見つけた。

 なるほど〜。スキーの道具も進化してるんだねぇ。「高齢者のスキー」という記事もある。私は、スキーはそれほど得意じゃなかったけど、ぼぼるパパとの老後を楽しめるように、再開しようかな?

 

めぐんちゃんめぐんちゃん 2010/03/02 12:10 親子で楽しめるスポーツ良いですねぇ^0^。うちの旦那さんは今から息子とゴルフができる日を心待ちにしているようです。

はちこはちこ 2010/03/02 14:36 ゴルフもいいねぇ! Jそんは、これからは息子と一緒に何をしよう?とあれこれ夢を膨らませているのでは? ^^ そういえば、O城家も、去年父子でゴルフデビューしたらしいです。

たしんたしん 2010/03/02 23:05 ペンシルベニア人としては三月のシーズン終了間際のガラ空きスキーが大好きです。

一度、閉山数日前の平日に滑った時、リフトが調子悪くなって30分ぐらい、下で待ったことがありました。その間、降りてきて待っていた山中のスキーヤーは全部で10人ちょいぐらいでした。

hide&yokohide&yoko 2010/03/03 00:40 コロラドでスキーなんて、いいですね。
今年の初め、北海道でスキーのインストラクターをやっている妹から、カービングスキーのすべり方を教えてもらいました。妹は、まずはじめに、僕の滑り方を見て、それは昔のスキーの滑り方だよ。カービングスキーを生かした滑り方をしなければ・・・と言って教えてくれました。そうしたら、それまでの長いスキーのときとはまったく違う自由な回転をできるようになって本当にうれしくなりました。
 それで先日は、さっそく教会で、僕が号令をかけてスキーに行きました。そして、初心者に、妹から教わったとおりを教えたら、すぐに滑れるようになって・・・器具にあわせた器具を生かす滑り方・・神のかたちに創造されたユニークさを生かした生き方・・・いといろまた神学瞑想をしてしまいました。

マックマック 2010/03/03 17:56 父と子で楽しめるものが見つかってよかったですね。私も来月のサンデェイゴ・パドレスの開幕戦、長男を早退させて行こうかと今、計画中です。あ、これ、内緒にしておいてください(笑)。

はちこはちこ 2010/03/04 08:18 たしんさん、
それは贅沢なスキーでしたね! 夫たちが行ったときも、平日だったので(プラスキ・デーが休日なのは、シカゴ近郊だけなんですって)、かなり空いていて快適だったそうです。

hide&yoko先生、
なるほど、カービングスキーを使うなら、ちゃんとそれを生かした滑りをしないと、その本当の良さがわからないですよね! 作られたユニークさを生かす… 豊かな生き方の原点かもしれないですね。
教会の皆さんでスキーだなって、素敵ですね!どちらに行かれたのですか?

マック先生、
スポーツ観戦というのも、父子の楽しみですよね! はいはい、内緒にしておきますよ。(笑)

うちも父子で楽しめるものが見つかったのは良かったのですが… 後からさらに詳しく話を聞いたら、もし私がその場にいたら卒倒しそうなことも起きていたようで… 二人きりで行かせるべきではなかったのか、私は行かなかったのは正解だったのか、悩んでしまいました。(苦笑)

マックマック 2010/03/04 16:36 「卒倒」の内容は分かりませんが、ハプニングほど後になって輝いている思い出はありませんね!次回の父子トリップ・レポートを楽しみにしています。

はちこはちこ 2010/03/10 09:51 マック先生、お返事が遅れていました!すみません。
10日の日記に、詳細を書きました… もっとも、先生には、「それくらいのことでいちいち卒倒しなさんな」と言われそうですが。(笑)

2010-03-01

スキーへ

09:17 | スキーへを含むブックマーク

 と言っても、もちろん私ではございません。今日はカシミヤ・プラスキ・デーというイリノイ州の休日です。(カシミヤ・プラスキが何をした人なのか、私は知りませんが、何かイリノイ州に貢献したのかなぁ?)それで学校がお休みなので、ぼぼるパパはケンスケを連れて日帰りのスキーに出かけました。今回で二度目。前回は1月に行き、ケンは初めてだったけれどすぐにコツをつかみ、午後には中級レベルのスロープもパパとすいすい滑っていたらしいです。

 ケンがぜひもう一度行きたいというので、大学はお休みではないけれど、休みを取ってまた出かけていきました。うちから片道3時間くらいかかる、アイオワ州との州境あたりにあるスキー場。朝6時に家を出ました。夫は最近仕事が多忙で、あまり寝てないし疲れもたまっているはずなので、長距離運転やスキーはちょっと心配なのですが、少なくとも土曜、日曜と比較的ゆっくりしたので、本人は全然大丈夫!と言っていました。たまにはこういう楽しみもないとね!と。二人が安全にスキーを楽しみ、無事に帰ってきますように。

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追記:カシミヤ・プラスキ、調べてみた。アメリカ独立戦争のときの英雄らしい。ポーランド人で、シカゴにはポーランド系の移民が多いためにプラスキの誕生日が祝われるようになったそうだ。

たしんたしん 2010/03/01 10:46 スペルはPulaskiですか?
私の第二の故郷のド田舎の名は、Pulaski, TNです。

はちこはちこ 2010/03/01 10:50 はい、Pulaskiです。その地名もカシミア・プラスキに関係あるのかもしれないですね!

masamasa 2010/03/02 11:39 その名前の付いている道もシカゴにあるぐらいですからかなりイリノイに馴染みのある人物なんですかね。

はちこはちこ 2010/03/02 11:52 masaさん、
私もそう思ったんですけどね、必ずしもイリノイに馴染みがあるわけでもなさそうです。プラスキ・デーが休日なのは、クックカウンティだけらしいし。この休日が制定されたり、シカゴの道路の開発をしていたころ、ポーランド系の政治家がシカゴで活躍していたのかもしれないですね?