Hatena::ブログ(Diary)

ミルトスの木かげで このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

God Bless you!!
(ミルトスの花)

Christian spiritual formation is the process of being conformed
to the image of Christ for the sake of others.
M. Robert Mulholland Jr.

ブログを移転しました。こちらにお越し下さい。よろしくお願いいたします。
http://rhythmsofgrace.blog.jp

2010-09-29

ケンの部屋の壁、その後

21:09 | ケンの部屋の壁、その後を含むブックマーク

 夏休み中に完成させたかったケンの部屋の壁、結局完成しませんでした… (前回の報告はこちら。)

 しかし、ここまでできたよ!というビデオをパパが写したので、アップします。ケンスケのリクエストにより、ドラゴンと朝焼け(あれ、夕焼けだったかな)の絵です。描いたのはもちろんパパです。

D

 ただ、ドラゴンがリアルすぎて、私はちょっと怖いんですけど。(汗)

JぽろJぽろ 2010/09/30 00:23 すすすすすごすぎです。ぼぼるさん、定年後に教会とかの壁画を描く人になってたりして…。

kanahakanaha 2010/09/30 01:38 ぼぼるパパ凄過ぎ!
お仕事もされているのにこの力作には圧倒されます。
しか〜し、わたしはこの部屋では寝れな〜い。
女の子(おばさんです、すみません)だから。
目覚めて、恐竜の絵を見たら叫びそうだし、うなされそう。
夕焼け(朝焼け)のパートは好きですね〜。
絵としての完成度は文句なく素晴らしいです。パチパチパチ
ケン君喜んでいるでしょうね。

たしんたしん 2010/09/30 02:19 決して時間を持て余している訳じゃないからこそ、これだけのモノを描いちゃえるのでしょうか。
力が漲って素晴らしいですね。
朝日か夕日かは部屋の壁の方角で決めればいいじゃないですか。

森と空のグレードを鑑みれば、ぼぼるパパはまだドラゴンには満足し切ってはいない筈!

はちこはちこ 2010/09/30 16:16 Jぽろちゃん、
彼は、今すでに教会の美術チームに入っていて、大道具造ったり壁画描いたりしています。とっても楽しそう。^^

kanahaさん、
仕事の合間にチョコチョコと…というか、夫、実は昨日までシカゴ大学が夏休みで、今日から新学期でした!もちろん、大学が夏休みでも彼の仕事はたくさんあるんですけどね。授業や教授会などがなかった分、時間の融通がきいたみたいです。
あの絵、ちょっと怖いですよね〜。まぁ、以前の部屋は子猫ちゃんとピンクの壁紙だったので、その反動(?)か、思いっきり男の子っぽい部屋に。(笑)

たしんさん、
上にも書いたように、昨日までは多少時間の融通がきいたんですよ。でも、新学期が始まってしまったので、完成させるのは冬休みかな〜。
今ケンに確認したら、朝焼けだそうです。ちょうど、窓が西側であの壁は東側なので、ピッタリでしたね。夫に言わせると、オレンジの濃さが朝焼けと夕焼けでは違うのだそうで…(私にはわからない…)

かきごおりかきごおり 2010/09/30 20:55 いやあ、ほんとすごいですねえ。
完成したらどんなになるんでしょう・・・。
ホンモノ見たい。

「夫に言わせると、オレンジの濃さが朝焼けと夕焼けでは違うのだそう」
これは、ぜひ解説をお伺いしたいです。

はちこはちこ 2010/09/30 22:01 かきごおり先生、
完成までにはあと数年かかるかもしれません。(笑)
でも、いつかぜひ中村家にも遊びにいらしてください!!

オレンジの濃さの違いは、「光の特定の波長における大気の光学的深度」とやらの違いによって、赤い光(一番波長が長い)がどれくらい残るか違ってくるんだそうです。(よくわからん…)
大気中に水蒸気や埃があると、波長の短い光が拡散されて…(よくわからん…) 朝のほうが空気が冷たいから… う〜〜ん、だめだ、さっき説明を聞いたのですが、うまく言えません。ごめんなさい!

たしんさん、
ご推察の通り、ドラゴンの絵の壁は、まだ未完成なんだそうです。ケンがドラゴンドラゴンと言うから、とりあえずあれだけ描いたらしいですが、これからまだいろいろ足していくみたい。
ケンが高校卒業するまでに完成すればいいね、とか言っています。(笑)

かきごおりかきごおり 2010/10/01 15:59 「朝のほうが空気が冷たいから…」 

波長の短い青い光は拡散されるから空が青い、太陽が傾いたときに、その光は長い距離大気中を通るので、その間も拡散されない赤い光が主に残って、朝日や夕日は赤く見える。それで、朝の方が気温が低いので水蒸気が少ないので、波長の短い方の光が拡散されなくて、夕日ほどは赤くない、より、オレンジに近い・・・が正解でしょうかね。

はちこはちこ 2010/10/02 07:55 おお、さすがかきごおり先生!
そうそう、確かそんな感じだったと思います!

hide-tanhide-tan 2010/10/02 23:19 ドラゴンのリアルさも然ることながら、この夕日はすごいですね。何度もため息をもらしてしまいました。いつか観に行きたいです。

はちこはちこ 2010/10/03 20:26 ひでたん、
本物の空の雲をみて、ぼぼるパパの絵みたいと思ってしまう、今日この頃です。(笑)シカゴにもぜひ遊びにいらしてください!!

KuriksKuriks 2010/10/05 21:25 WOW!すごいですね。部屋の中にいながら、こんな夕日を眺められるなんて。幸せ者ケンスケ。私もいつか壁画を描いてみたいなぁ。お元気ですか?

はちこはちこ 2010/10/06 14:32 ほんとだよねー。それなのにケンスケったら、「ドラゴンの背景がシンプルすぎる」とか、ケチつけてるの。贅沢ものめ。
みんな元気だよ〜。またくりちゃんに会いたいよ〜!

2010-09-28

You must ruthlessly eliminate hurry

| 09:47 | You must ruthlessly eliminate hurryを含むブックマーク

 You must ruthlessly eliminate hurry(何が何でも、あわててはいけない、あせってはいけない)

 半年前にも紹介したが、これは、ジョン&ナンシー・オートバーグがカリフォルニアからシカゴに引っ越すときに、ダラス・ウィラードがはなむけの言葉として語ったこと。霊的な成長とは、「効率の良さ」によって測られるものではなく、時間のかかるもの、かかるべきものだから。

 以下は、4月14日の日記より。

=====

 ここしばらく、「プロセスを通して働かれる神」「時間をかけて成長させてくださる神」、そういったことをずっと語られている。神様が私たちに関わり、導いてくださる方法の多様さ、深さをしみじみと思う。そこには最短距離とか、効率の良さといったものは関係ない。「公式」もない。(神様のご性質からくる「原則」はあるかと思うけど。)私たち一人一人に合わせて、最適な方法で介入し、導いてくださる。誰か他の人の人生の中で働いておられる神様のやり方が、私の人生の中で働いている神様のやり方と違うからといって、不安になったり批判的になる必要はない。

神はアロンには祭壇を、ミリアムには歌を、ギデオンには羊毛を、ペテロには名前を、エリシャには外套をお与えになった… 神は誰のことも、同じ方法で成長させることはない。神は手作りされるお方。大量生産をするお方ではないのだ。(John Ortberg, "The Me I Want To Be")

=====

 そしてこれは、4月5日の日記より。

=====

ナンシー・オートバーグのメッセージの中で、「優れたリーダーシップの80%は忍耐(perseverance)である」という言葉が紹介されていた。なぜヴィジョンでも創造性でも革新的方法でもなく、「忍耐」なのか… それは、成長とはプロセスであり、したがって当然「時間」のかかるものだから。

 自分自身に対してももっと忍耐を持って、神さまと信仰共同体から差し出される「恵み」の中に身を置き、"今はまだ成長過程にある自分"というコンセプトに、もっとcomfortableにならないといけないなと思った。もしかしたら、それが「謙遜」ということなのかもしれない。

=====

 ここ半年あまり、ずっと思いを巡らせ、何度も語られ、いろんな方面から教えられ続けていることなので、もう一度メモしておきたくなった。半年後の今も、まだこのことを考えているという記録として。

 You must ruthlessly eliminate hurry.

まきとまきと 2010/09/29 01:29 最近は来年6月とか来年11月とか長期の目標ができてきているので、それまで何かしておきたいと思う気持があって、焦って慌てていますが、確かに時が来ないと動かないことがあり、慌てることはないのですね。

浩子浩子 2010/09/29 10:28 3年ほど前にはちこさんにメールで相談させて頂いた友人のことを覚えていらっしゃるでしょうか・・?依存的傾向に危機感を覚えつつ接していて、ちょうど境界線の話もからめて相談させてもらったと思います。
善意に対しての絶句してしまうようなレスポンスのメールを何通も送信されかなりしんどかった思い出ですが、その後もいろいろありながらも今まで続いてきて、つい一月ほど前から彼女は教会に通い始めました。
つくづく思ったことは、彼女のことを祈り始めて5年の間にまず最初に祈り手の私が弱くされる必要があったこと、そこから初めて神様が彼女を取り扱い始めたんだってことでした。
なんとか彼女のためにという善意からではあったものの、祈りながらもちろんやっていたのも事実だけど、やっぱり肉からの力(自力でという)は強かったと思うし
神様が介入する余地を多分私はかなり阻んでいたんだと思う。

でも5年の間にいろいろなところを通らされ、私自身がまず彼女のことだけでなく様々なことで砕かれ続けていく中でつくづく無力だと認めざるを得ず、それゆえの恵みを多分初めてに近い感覚で心から受け取れたような気がします。

彼女が教会に行くようになったきっかけは、やはり八方塞がりの状況になったからだけど、それは誤解を恐れずに言えばもはや私には関係ないことと言う感覚を持ちました。
もしもっと早くそうなっていたら、間違いなく心のどこかで自分が祈ったから的な思いは湧いたと思うけど、それは全くなかったのが清清しく嬉しかったです。
すべては主のご計画、御技と100%そう思えたから・・。

神様が取り扱われたかったのは彼女じゃない、私だったと痛感しました、またもや今回も。
プロセスを通して働かれる神、まさにそうだと思えます。あれもこれもあったからこその今なんだと思えた。
余談ですが最近、生ける水の川、いのちの水っていう御言葉がずっと心にあって、何枚かまた絵を描きました。10年前にも同じ思いがあって、でも描けず、いつか描かせて頂けるよと友人が言った言葉を思い出し、本当に神様はこんなことまで忘れずにいてくださるんだなあとしみじみ感動しています。

長くなってすみません(汗)

はちこはちこ 2010/09/29 21:35 まきとさん、
メールもありがとう!お祈りしましたよ!

浩子さん、
お分かちどうもありがとう!! そうですか、あの時のお友達、一ヶ月程前から教会へ通い始められたのですね。ハレルヤ! ほんとに主のなさることは私たちの思いを越えているというか、逆に言えば、主のために、この人のためにと思いつつ、なんと私たちは自分の思うように事が運ぶことを願いがちなものであることか…

浩子さんのお話を読みながら、先日示されていた伝道者の書11:5、6を思い出しました。

>神様が取り扱われたかったのは彼女じゃない、私だったと痛感

神様がご覧になっておられるもの、取り扱っておられるものって、私たちの目の前にあること、見えていることだけじゃないんですよね…

おわかち、本当にどうもありがとう! 励まされました!!

あかりあかり 2010/10/02 09:04 タイトルをみて思い出した大好きなみことばです♪

「どんなことがあっても、心配したりあわてたりしてはいけません。
神を信じ、なにもかもわたしに任せなさい」
    ヨハネ14:1(リビングバイブル)

なにもかも、わたしに任せなさい。ってなんて心強い語りかけでしょうね!
一人ひとりに合わせて、最適な方法で介入し、導いてくださる。

本当にそうですよね。今まではまるでマニュアルのような、解決方法を探していたように思います。「公式」はない、と言うことが、最近、ようやく受け止められるようになりました。

はちこさんのブログで、いつもいろいろな発見をさせていただきます。
感謝します♪

はちこはちこ 2010/10/03 20:31 あかりさん、
こちらこそいつもありがとう!!
こうすればこうなるはず、というところに安心感を求めてしまうところが落とし穴になりかねないのかもしれないですね。
原則は確かにあると思うのですが、その適用のされ方は、人それぞれの人生の中で、神様のご配剤によって、いろいろ異なるのでしょうね。
手作りしてくださる神様に感謝です!

hide&yokohide&yoko 2010/10/04 07:42 最近、メンタリングによるディサイプルシップによって、すばらしい教会形成がなされているE.C.先生の通訳を、大きな大会でするはめになりました。前々から知っている先生ではあったのですが、通訳奉仕の経験はほとんどないので、徹底的にその先生の教えを学ぶことになりました。
 正直、どうも、日本語の、「弟子化」ということばに違和感を感じていたので、あまり関心を持って来なかったのですが、本当に、自分の牧会姿勢を問い直すきっかけになりました。
 そして、出てきた方向は、それぞれの個人の必要に沿った、個人的な成長をプログラムをいっしょに考え、いっしょに学ぶ関係を、ひとりひとりと築いてゆくというものでした。
 そう考えている矢先、この記事に出会いました。神様が、それぞれのユニークな成長プログラムを持っておられる、それを発見するお手伝いをする牧師・・・そのようなメンタリングを行って行けたらと思いました。感謝です。

はちこはちこ 2010/10/06 14:30 hide&yoko先生、
 お分ちを感謝します!「弟子化」というのは、どうも訳語がよくないですよね。何かとても機械的なイメージで、まさにマスプロダクションという感じがします。これでは、神様がなさってくださろうとしておられることの逆ですよね。
先生が通訳をなさる大会、私も参加したかったです!

2010-09-25

CC関連ミーティング

18:51 | CC関連ミーティングを含むブックマーク

 今日は午後から拙宅でCC関連のミーティングがあった。スカイプによる参加も2名。

 CC(セントラルコンファレンス)とは、中西部JCFNが中心になって行なっている日本人クリスチャンの修養会で、このブログによくコメントをくださるかきごおり先生、パスターマック、Goせんせは、歴代のCC講師。

 私たちのミーティングにふさわしく(?)、まずは一緒にお食事から。話し合いはそれから。

 これまでの8年間の歩みを振り返り、その中で主がなさってくださったことに思いを巡らしながら、主が私たちと密接に関わってくださったこと、一人ひとりを、そして私たちのコミュニティを、確かに育て、建て上げてくださってきたことを改めて思い、感謝に満たされた。そして、これから先、さらに主が何をなさってくださるのか、期待に胸がふくらむ。

 ミーティングの詳しいことはここには書かないけれど、とにかく、これまでJCFNと、そしてCCと関わってこさせていただけたこと、本当に感謝。

Through it all by Andrae Crouch

18:24 | Through it all by Andrae Crouchを含むブックマーク

D

(sung by Cece Winans & Andrae Crouch)

I love this song!

2010-09-23

Season of Deconstruction

13:49 | Season of Deconstructionを含むブックマーク

 今年の2月にも紹介したけれど、今もう一度、思いを巡らせていた言葉。

You have now experienced what many today call "deconstruction." Deconstruction bewilders, but provides an opportunity for reconstruction. That is, once the building has been dismantled, the new reconstruction will not be the same -- but dismantling will give you the opportunity to begin all over again with an existential yearning for it all to make sense. This opportunity may be the most significant season in your life. I know when I was in seminary I struggled mightily with the nature of the faith but I came out chastened but stronger in that everything considered important had to be important in order to be included in the new construction.(旧JesusCreedの記事より)

 ある姉妹のことを覚え、彼女もまた、今Season of Deconstructionにいるのだろうと思う。祈りをもって遠くから支えたい。この後に来る季節は、きっときっと素晴らしいものだから。

A Life that wastes

08:10 | A Life that wastesを含むブックマーク

 メモ。数週間前だったか、イエス様の頭に高価な香油をそそいだ女性を見て、弟子たちが「何のために、こんなむだなことをするのか」と憤慨したときの、「むだ」と、イエスさまの「いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです」という言葉の「失う」は、同じ単語だとどこかで読んだ。

 A Life that wastes itself for the sake of Jesus and His Gospel...

 そのことがずっと心に残っている。

山本直樹山本直樹 2010/09/26 02:29 ギリシャ語原典では
απωλεια  滅亡     マタイ26-8
απολεδει 確かに滅ぼす マルコ8-35
となっているようです。
詳しくは森脇先生のHPをご参考になさってください。

はちこはちこ 2010/09/26 14:53 森脇先生のHPをご紹介くださってありがとうございます!
使い方がパッとみてすぐにわからないのですが、あちこちクリックしてみますね。
私は、英語のサイトですがBlue Letter Bibleというのを活用していて、結構使い勝手がいいです。http://www.blueletterbible.org/

2010-09-22

こんなの見つけた

10:26 | こんなの見つけたを含むブックマーク

 思うところあって、ケンブリッジ時代(2001.7〜2002.7)の写真をCDからiPhotoに落とす作業をしている。なつかしい写真がたくさんあったけど(っていうか、全部なつかしい)、これは特に惹かれるものがあったので載せちゃいます。

 姉の部屋で夢中になって遊んでいるケン。ちょうど一歳の頃。この後ろ姿の首とちっちゃな足の裏ふたつがカワイイ。

f:id:mmesachi:20100922102210j:image

 あと、これも定番ですネ。親のカバンをあさる子供。これはケン生後9ヶ月。

f:id:mmesachi:20100922102853j:image

 ついでに、せっかくだからイギリスらしい写真も。ロンドンにて。でも背景がどこか、覚えてない…(汗)

f:id:mmesachi:20100922103314j:image

 これは、ケンブリッジの近隣の街、イーリーに行ったとき…だと思う。よくもまぁ、生まれたばかりの子を含む4人の子どもを連れて、イギリスに行ったものだと思う。(夫のサバティカルで、1年ケンブリッジに滞在しました。)本当にいい思い出です。

f:id:mmesachi:20100922103713j:image

 フランス旅行に行ったとき。うしろはモンサンミッシェル。この時、ま〜やは前日にフェイスペインティングをしたら、アレルギー反応が出て、顔全体がはれてしまったのでした。

f:id:mmesachi:20100922104254j:image

 ビアトリクス・ポッターの家。ピーターラビットの絵本に出てくる家、そのまんま!

f:id:mmesachi:20100922105638j:image

小嶋崇小嶋崇 2010/09/22 22:49 こんにちは。
このポストには関係ないのですが、「過去に遡る」関連で。
「過去日記」を読ませていただきました。「面白い繋がり」と「懐かしい繋がり」が出てきました。
UCサンタクルツ校で勉学なさっていたようですが、大江健三郎が講演にやって来た時(1986年?)、私も知人に誘われてバークレーから聞きに行ったのでした。もし1回だけの講演だとしたら、午後の講演でしたが、同じ会場にいたと言うことになりますね。あれだけの知識人がお世辞にも上手とは言えない英語でとつとつと語っていたのと、聴衆が熱心に聴いていたことを思い出します。
もう一つは「シカゴ・レーキサイド教会」。私は1980年の冬だったかクリスマス休暇の約一ヶ月間、教会に泊まらせていただいて色々奉仕をさせていただきました。鈴木さん(今は先生)のことも覚えています。
(「科学と信仰」関係のポストを探していたらこんな発見をしました。)

QingMeiQingMei 2010/09/23 01:14 やめてぇ(笑)特に1枚目の。もう1人欲しくなっちゃいます(笑)

kanahakanaha 2010/09/23 02:43 小さい時の子どもの写真はね〜、これは宝物ですよ。
そして、もちろん自分達も若いし。
その時に戻りたい気持ちがほんの少しと、懐かしさが同時に来ますね〜。
時々、昔の写真を出しては見てます。そして飾ってもいます。
赤ちゃんの感触と匂いまで思いだしますものね。

はちこはちこ 2010/09/23 07:11 小嶋先生、
なんと、なんと! あのとき、あの会場にいらっしゃったのですか!! そう、確かに「お世辞にも上手とは言えない英語でとつとつと語って」おられましたよね。会場に差し込んでいた午後の光が今でも思い出されます。あれは、終戦40周年を記念したイベントの一環での講演だったので、1985年だったと思います。そうですか、あのとき、小嶋先生もいらしていたのですね!
そしてレーキサイド。私たち家族がシカゴに越してきた1992年には、まだ葛原先生がお元気でいらっしゃいました。その後鈴木先生が後と継がれましたが、鈴木先生ももうすぐリタイヤだそうです。鈴木先生も小嶋先生のことを覚えていらっしゃるでしょうね。本当にスモールワールドですね!

QingMeiさん、
でしょう!(笑) 赤ちゃんの後ろ姿って、どうしてこんなに可愛いの?って感じ。(笑)

kanahaさん、
今ね、娘のビオラの先生の赤ちゃんのボニーを週に一回お預かりしているのですが、赤ちゃんの感触がとにかく懐かしくてね。可愛くて可愛くて仕方がありません。
人間の赤ん坊ほど、生まれたときこんなに無力で他者に頼らざるを得ない存在はいない、しかし人間の赤ん坊ほど、こんなに可能性を内に秘めている存在もいない、とどこかで読んだのを思い出しつつ、造り主である主に思いを馳せます。

たんぽぽたんぽぽ 2010/10/01 05:51 かわいい!赤ちゃんほしい!
素直に祈ろうっと!
教えてる子供たちもかわいいですが、ママにかなわないので。
ママに甘えてるのを見るといいなと思います。
抱っこしてあげてはいけない決まりになってますが、
みんな抱きついてきてかわいいです。
指導法に悩む毎日です。神様から知恵が与えられるように祈ってます。
君は愛されるため生まれた!ということを伝えられたらいいな。

はちこはちこ 2010/10/01 12:37 たんぽぽさん、
たんぽぽさんが指導しておられるお子さんの年齢層は、どれくらいなのですか? 抱っこしてはいけない決まりというのは、イギリスの学校や教会にもあるようです。アメリカにもあるかもしれない… 少なくとも、子供のミニストリーをするとき、子供に不用意に触れないようにとか、子供と二人きりでトイレにいかないようになどの決まりはあります。意図はわかるけど、なんだか寂しい決まりですよね。
たんぽぽさんの働きが、大いに用いられるよう、祈っていますよ!子供を育てる、導くって、親だけではできない仕事なんですよね。もちろん親は、学校や教会まかせにしてはいけないのですが、子供にとって、必要なのは親だけでなく、親以外の大人もまた必要なんです。だから、たんぽぽさんのお働きは、ほんとにほんとに尊いと思います。親として、たんぽぽさんのような方は、「同労者」です。これからもどうぞよろしくね!

たんぽぽたんぽぽ 2010/10/03 23:14 はちこさん、いつも暖かい励まし感謝です。教えてるのは大きい子も小さい子もいます。ミニストリーの決まりは私も知りました。
なんか寂しいけど事故防止と訴訟された場合のために必要なんですって。

クリスチャンのお医者様が書いた本で、あかちゃんはみんな正常に生まれてくる。その能力を発揮できないのは大人の責任であるってあって、本当にそうだねっ
て思いました。Intelligence Quotientは不完全だと強調してありました。早期教育で大等で大学に行ってる子もたくさんいます。発明家とか芸術かってユニークな個性の人が多いでしょ。大人の責任て大きいよね。

アメリカはいいプログラムが多くて、御言葉が指導法の一般の本にも
引用されていて、とても励まされます。日本でもクリスチャンのお医者様は
御言葉を引用されてる方が多いですね。

大学に行って、好きな仕事をし、結婚して子育てしてる人もたくさんいます。
周りの適切な理解が可能にしているのです。パラダイムシフトが大事です。

実際の指導は子供によって違うので、適正な人員配置が一番大事です。


これは私の持論ですが、日本の教会も一度パラダイムシフトをして、これから教会を担う層の意見を取り入れないといけないでしょう。特に女性からの意見が大事です。

2010-09-20

Prayer

20:43 | Prayerを含むブックマーク

 O. Hallesby "Prayer" より。

To pray is nothing more involved than to open the door, giving Jesus access to our needs and permitting Him to exercise His own power in dealing with them.

...

Prayer is something deeper than words. It is present in the soul before it has been formulated in words... Prayer is an attitude of our hearts, and attitude of mind.

...

Your helplessness is your best prayer.

山本直樹山本直樹 2010/09/21 08:52 私は最近ケセン語聖書にはまっています。
Your helplessness is your best prayer.
心の貧しい人々は幸いであるは
ギリシャ語原典では「ホイ・プトーホイ・トーイ・プネウマティ」となっている。「プトーホイ」には「ちぢこまる」という意味がある。また「プネウマ」という言葉には「心」という意味もあるが同時に「風」とか「息」という意味がある。
そこで訳者はこれは「鼻息の弱い人」のことではないかと考える。
ケセン語ではこうなる。「頼りなぐ、望みなぐ、心細い人ァ幸せだ」

はちこはちこ 2010/09/21 16:47 山本先生、
ケセン語訳、いいですね!私はケセン語ネイティブではないですが、
「頼りなく、望みなく、心細い人は幸せだ」と言われても、「心の貧しい人は幸いである」よりピンときます。
ご紹介ありがとうございます!

2010-09-18

嬉しかったケンの言葉

15:17 | 嬉しかったケンの言葉を含むブックマーク

 昨日、親友ジョーイの家に忘れ物をしたケン、今日自分でそれを取りにいくはずだった。

 ところが、ジョーイの方が気を利かせて、わざわざうちまで届けてくれた。

 ドアベルが鳴って、玄関のドアをあけたらジョーイがケンの忘れ物(遊戯王カード)を持って立っていて、ケンはいたく感激し、「Joey! Thank you very much!! Sorry for the trouble!」とお礼を述べた。

 それを台所できいていた私、ケンが戻ってきてから「丁寧にお礼を言っていて、お母さん、嬉しかったよ! 人には敬意と感謝をもって接するようにって、いつもお母さんが言っているのを実践してくれて、とっても嬉しい。I'm so glad that you are practicing to be grateful and respectful」と言うと、ケンはこう答えた。

 「When I have a mom like you, it's hard not to be!」

 うう、感涙。どうしてこんな心憎いセリフがすらっと出てくるの? 嬉しかったので、ちょっとbraggingみたいだけど、書き留めてしまいます。

電気屋です。電気屋です。 2010/09/18 16:27 これは親としては感涙しますね。
まだいたずらっぽい顔したケンくんの口からこの言葉が出てくるところが、すごく良い意味でのミスマッチです。

もちろんケンくんの内側にあるもの、内側におられる方、それを育てていらっしゃる方、みんなの共同作業の結果です。

ただ水をさすわけではありませんが、英語の言葉の力も感じますね。日本の日常的な子から母への言葉でどうやって翻訳すればいいのでしょうか。そのニュアンスが上手く出来ないかもしえないからはちこさんも原文のままのせられたのかな、とも思いました。英語は感情をのせやすいwordですね。
日本語は感情を伝えるのに公の場では普段使わない難しい言葉を使う傾向と、家族や親しい人との間では逆に少ない言葉で普段用語でない言葉になりがちです。
だから今でも家内に「君のことを心から愛してる。」というときより「好き」ってそれだけのほうがしっくりくるし手を握るだけでも十分な感じ?
でもこんな言葉いいなー

ケンくんも恋をして、こんな言葉を語るのかなー
ニクイですね。
綺麗な家族の小さなstory ありがとうございます。

はちこはちこ 2010/09/18 19:00 電気屋さん、コメントありがとうございます!
そうなんです、日本語に直訳したらニュアンスが出ないし、かといってニュアンスが出るように訳すのは照れくさくて…(笑)

将来、ガールブレンドに花束でも贈って、「あなたはどうしてそんなに優しいの?」と言われ、「When I have a girlfriend like you, it's hard not to be.」な〜んて、言ってたりして! なんだか悔しいぞ。(笑) 日本語じゃなかなか言えないセリフですよね。

でも、電気屋さんのブログも、奥様への愛情と優しい視線がビシバシ伝わってきますよ!面と向かって奥様に愛の言葉を語ることはあまりなさらないのかもしれませんが、電気屋さんのブログの文章には、かなりロマンチックなものもありますよ〜!とっても素敵です。^^

hide-tanhide-tan 2010/09/20 09:58 すばらしい!母の日カードの文句かと思いました。Hallmarkに持って行かれそうですね(笑)。

はちこはちこ 2010/09/21 16:44 応用すれば、結婚記念日にも使えそうですね! ^^

2010-09-17

Revisions: A Journal of Christian Perspective

15:19 | Revisions: A Journal of Christian Perspective を含むブックマーク

 うちの長女が属しているキャンパスミニストリーが学内で発行している雑誌。編集は学生によるもので、執筆者は卒業生、現役の学生、牧師さんなどいろいろの様子。内容も相当読み応えありそう。

 

Revisions: A Journal of Christian Perspective

Revisions is an ecumenical journal of Christian thought committed to the process of "faith in search of understanding." Through re-visioning the world through the life, death and resurrection, and glory of Jesus Christ, we hope to invigorate the intellectual possibility of a worldview centered on the Gospel, both at Princeton University and the world at large. In developing and articulating distinctive Christian perspectives on the whole of life, we seek to revive the rich Christian tradition of vibrant intellectual engagement with and critical reflection on the social, cultural, philosophical, political, and scientific issues facing a pluralistic university community.

 こうやって、クリスチャンの大学生たちが、キリスト教的世界観を培っていくのは素晴らしい。高校までのユースグループとはケタ違いなものを感じる。オンラインで読めるようなので、私も読ませていただこう。

 ああ、主よ。

マイケル・ジャクソン スーダラ節

11:28 | マイケル・ジャクソン スーダラ節 を含むブックマーク

 しばらく前から話題になっていたようですが、昨日初めてみて、ウケまくってしまった動画。

植木等のスーダラ節にあわせて「スリラー」を踊るマイケル・ジャクソンです。

D

 うまくできすぎ!(爆笑)曲のテンポや歌詞とビデオの中のストーリー展開やダンスが、やたらうまくマッチしている! すばらしい編集! 特に二番の歌詞と踊りのシンクロ具合が最高です。「頭カッと振って最終レース」の部分でほんとにマイケルが頭をカッと振ったり、「分かっちゃいるけどやめられない」と腰を振っていたり…「スーイスーイスーダラダッタ」の部分もたまらないですね。

 こういう動画を見て一笑いするのも楽しくていいですね〜。(笑)

Mrs.YMrs.Y 2010/09/17 17:20 うわ〜、これ、先々週、夫が自宅で大爆笑しながら見ていて、私にも教えてくれて、先週は私が職場ではやらせていた画像です! 15分休憩に、みんなで死ぬほど笑ってリフレッシュしていました。
元祖は「サタデーナイト・スーダラ節」みたいですよ。そんなものたちにぴったり合ってしまうとは、植木ひとしさんて偉大すぎますよね。

はちこはちこ 2010/09/17 17:36 ああ、なるほど〜!私は、ミラノの内村先生のツイートを通してこの動画を知ったので、sourceはMrs.Yさん(のご主人)だったんですネ!
もう、今日一日、頭の中をスーダラ節が回っていて、歩きながらつい口ずさんでいましたよ。(笑) 本と、植木等さん、偉大です!

GoせんせGoせんせ 2010/09/18 08:54 お久しぶりです!これ、ちょうど僕も見ました!いやぁ、こう言うのってどっから思いついて作るのか、とても不思議ですが、何を探しててYoutubeで見つけたのかもとても不思議ですね。いやいや、でも最高です!

たしんたしん 2010/09/18 11:24 この動画も滅茶苦茶、おもしろいですが、植木等師匠は昭和40年になったかどうかぐらいのスーダラ節シリーズの映画の一作の冒頭で、JFケネディとフルシチョフ(だったと思う)の米ソ核軍縮会議の映像をそのまま使って、
「この二人が色々と喋っております内容は詰まるところ、こういうことでございます。
『分かっちゃいるけど、やめられない!』っとくらあ」
と言ってのけるのですよ(笑)!

はちこはちこ 2010/09/18 14:49 Goせんせもでしたか!
私はこの数日で、10回以上見てしまいましたよ〜。(笑)
ところで、新学期が始まって、ホッとしている私です。先生はいかがですか? ^^

たしんさん、
その場面、YouTubeにないか、思わず探してしまいました。残念ながら、見つからなかった…
Ginte2のライブはいかがでしたか〜?

2010-09-16

写真をいくつか

10:09 | 写真をいくつかを含むブックマーク

f:id:mmesachi:20100916095222j:image

初日、プリンストン近辺に到着して、まず朝食をとったのだけれど、これはぼぼるパパがオーダーした「ナポレオンフレンチトースト」。このクリームの飾り付け具合があまりにも…で、笑いました。ケン曰く、「犬の○○○みたい」。それを言っちゃダメよ。

f:id:mmesachi:20100916095316j:image

エミの寮の前で。夜通し運転の直後なので、パパの髪の毛は逆立っています。(笑)

f:id:mmesachi:20100916095320j:image

土曜日、ニューヨークに遊びに行ったとき。ミッドタウンにあるブライアント公園にて。とてもナイスな雰囲気でした。

f:id:mmesachi:20100916095319j:image

同上。

f:id:mmesachi:20100916095901j:image

この日のランチはゴーゴーカレーにて。食前のお祈りをしているとき、ケンのメガネがカレーの中に落ちてしまいました。(笑)

f:id:mmesachi:20100916095318j:image

大学の学生ラウンジで、我が物顔でくつろぐま〜やとケン。

f:id:mmesachi:20100916095321j:image

私の院生時代の指導教授だったDr.Sam Glucksberg。彼が60年代初頭に行なった動機付けに関する研究が、今NYTベストセラーになっている「Drive」(ダニエル・ピンク著)という本(邦訳)で取り上げられ、約50年の月日を経て再び注目を浴びているそうで、先生は驚いておられた。(ピンクのTED talkのビデオを、実は私も数ヶ月前に偶然見ていて、サムの名前が出てきたことに驚いていたのでした。)

私がやけにおばあちゃんに見えるのは、光の加減のせいということにしておいてください。(笑)

f:id:mmesachi:20100916095317j:image

プリンストンを去るとき、最後にみんなで撮った写真。

f:id:mmesachi:20100916095315j:image

NJの州境にさしかかる手前あたりで、10m先も見えないような土砂降りの雨に見舞われた。しかし、その雨を通り過ぎたあとで、虹が。いろいろな思いを抱えてNJを去る私に、神様はあまりにも粋なことをなさる…(涙) このとき思わされたことは、また時間のあるときに書き留めておきたいかも。

御言葉メモ

09:30 | 御言葉メモを含むブックマーク

 Finally, brothers, whatever is true, whatever is noble, whatever is right, whatever is pure, whatever is lovely, whatever is admirable―if anything is excellent or praiseworthy―think about such things. (ピリピ4:8)

 Every good and perfect gift is from above, coming down from the Father of the heavenly lights, who does not change like shifting shadows.(ヤコブ1:17)

 For everything God created is good, and nothing is to be rejected if it is received with thanksgiving, because it is consecrated by the word of God and prayer. (1テモテ4:4、5)

kanahakanaha 2010/09/16 10:15 写真楽しんで、最後の虹の写真で涙。
何だかなあ〜、思いが溢れました。

たんぽぽたんぽぽ 2010/09/17 04:31 無事終わりました!お祈り感謝です。
本当に毎日いろんなことが起こります。
召命感がないとできません。
バーンアウトする人が多いです。
子育て経験がまだなのが自分でもつらいときもありますね。
大切な命を扱いますから。保護者の期待も高いですし。
REINAちゃんを引き取ったご夫妻はすごいです。
同僚と早くうまくいくように祈って下さい。

はちこはちこ 2010/09/17 10:58 kanahaさん、
思いが溢れる… ほんとにね、言葉にしつくせないです。

たんぽぽさん、
お疲れさまでした! 職場での人間関係も守られ、祝福されるよう、今祈りました。召命感がないとできないって、本当にそうですよね。自分の「やりたい!」という思いだけでは、すぐにくじけたり、どこに行くかわからなくなったり…
たんぽぽさんが主の召しに従って、着実に進んでいかれますように!

真実。真実。 2010/09/17 19:01 はちこさん、おはようございます。
ブログへのコメント、ありがとうございました。

それぞれ異なる状況にあるはちこさんと私に、
同じ時期に、
雨と虹と、同じみ言葉をとおして、主は語りかけてくださったのですね。

あ〜、神様のみことばはことごとく真実ですね。
神様のあたたかさ、麗しさ、粋なはからいを想うと、
あたたかなものがこみあげてきます。

はちこさんとご家族の上に、
主のいよいよ豊かなご臨在と祝福を,心を込めてお祈りいたします。


追記:
 一つ上の、スーダラ
 見たいけれど、見るのがこわい〜〜〜。
 お腹よじれるくらい笑っちゃいそうですよね〜〜〜
 傷がしっかり閉じきってから観ることにして、
 時間差(かなりの)で”大笑いツイート”しますね!

はちこはちこ 2010/09/18 18:10 真実。さん、
こちらこそ、ありがとうございます!
今日の真実。さんのブログ記事にも、とても心触れられました。
お嬢ちゃまの「イエス様のために洗濯をする」という言葉、私もハッとさせられました。
こうして語ってくださる主に、感謝します!

お体、どうぞ主にあってお大事になさってください。確かに、今ご覧になられるのは危険だと思います。^^時間差での”大笑いツイート”、お待ちしていますね!

2010-09-14

無事、帰宅

08:49 | 無事、帰宅を含むブックマーク

 夕べ東海岸時間の5時半頃にプリンストンを出発し、シカゴ時間の朝6時に無事に帰宅しました。今回は鹿にぶつかりませんでした!! お祈りくださった皆様、どうもありがとうございます!

 途中、トイレ休憩、ガス給油時間も含めて、13時間半。私が運転したのは4時間だけで、あとは全部ぼぼるパパの運転でした。

 4日ほどの旅でしたが、いろいろ示されるところのある有意義な旅でした。

 今はまだ頭がもうろうとしているので、とりあえず無事に戻りましたのご報告まで…

kanahakanaha 2010/09/14 21:14 はちこさん、お帰りなさい。
アメリカはやはり広いですね。13時間か〜、きついですよそれは。
今回は鹿に遭遇せず、無事に帰られて本当に良かった。
お子さん2人と、ご主人と一緒だったのですね。
それは良い時間だったことと思います。
エミさんと離れ難くなかったですか?
わたしは、この頃急に寂しくなってしまって、時々涙が出てしまいます。
娘がアメリカに行ってほぼ3週間が経過しました。(数える自分がおかしい)
神様が守って下さっていると信じているのに、寂しさとはまた別ですからね。
わたしも夫も新しいシーズンに入りますから、この寂しさも徐々に癒されると信じます。
娘がいなくて良いことがひとつだけ。
料理のレパートリーが変わるので、夫が喜びます。
娘は韓国料理か、スパイシーなアジア系料理ばかりリクエストするので、夫は内心辟易していたのですよ(笑)

自分の話ばかりしてしまって・・・
Rainaちゃんの手術経過はいかがですか?祈っています。

はちこはちこ 2010/09/15 08:14 ただいまです〜。
昨日は、さすがに一日ポケーッとしていました。(笑)
向こうにいる間は、到着してまず荷物を運び込む手伝いをしたら、夫はそのままエミの部屋で昼寝(ほかのルームメイトはまだ到着していなかったので)、私は下の子供たちを連れて街の散策をし、エミとは別行動でした。夜、エミのBFも一緒にみんなでお寿司を食べて、そして私たちはホテルへ、エミは寮へ。翌日は私たちはNYに行き、その晩はかきごおり先生のお宅へ泊めさせていただき、日曜日はかきごおり先生の教会…と、土、日は完全にエミと別行動でした。次に彼女に会ったのは月曜日の昼で、親の車があるうちに、ちょっと離れた場所まで買い物に連れていってあげて、それでもうお別れでした。大学に戻ってきたら、彼女には彼女の生活があるので、つきまとうわけにはいかなくて…寂しい思いもありましたが、そういうものですよね。

私も、エミが大学に戻ってようやく一段落がつき、通常の生活に戻るぞ〜!という気持ちです。次に帰ってくるのは感謝祭ではなく、クリスマスらしいです。

kanaha家も、これから新しいシーズンですね。私も、涼しくなった外の空気に、新しい季節の清々しさを覚えます。お互い、主とともに歩んでいきましょうね!
Rainaちゃんのためのお祈りありがとうございます。報告が入りましたら、また皆さんにもお知らせしますね!

2010-09-09

もうすぐ出発

16:31 | もうすぐ出発を含むブックマーク

 もうすぐ出発します。シカゴ時間の火曜日早朝に戻る予定です。それまでメールもチェックできませんが、よろしくお願いします〜。

(日曜日はかきごおり先生の教会にお世話になります♪)

 …たった今、教会から祈りのリクエストが入りました。5月にこのブログでも紹介したRainaちゃんが、月曜日に再び手術をするそうです。Rainaちゃんは直腸や肛門がちゃんと発達しないままに生まれ、数回に分けての手術を必要としています。今回が何度めになるのかよく知りませんが、今回の手術さえ終われば、もう当分手術をする必要はなくなるそうです。ただ、今回の手術の後のリカバリーは、前回よりも大変になるだろうとドクターはおっしゃっているそうです。もし導かれましたら、どうか共に、Rainaちゃんの手術の成功とその後の回復のために、また養父母であるジェイとローラのためにお祈りください。感謝します。

 (このタイミングでRainaちゃんの祈りのリクエストが入ったとは、なんだか私個人にとっても、神様の恵みと偉大さのリマインダーである気がする… 主の御顔を仰ぎ、ただ御名をあがめ讃えます。)

Your Love Never Fails

09:06 | Your Love Never Failsを含むブックマーク

D

歌詞

 この歌、そんなに好きというほどではないのだけれど、なぜか頭から離れない。

たしんたしん 2010/09/09 09:33 この曲が飲み屋のBGMでかかってたとして、べろんべろんの状態で大将に、
「この愛の歌を歌ってんの誰?」
と訊いて、
「こりゃ、U2の新曲ですよ」と言われたら、すんなり信じそう(笑)。

「U2ってな、クリスチャンでよ、」と、さらに飲んでしまいそう(笑)。

はちこはちこ 2010/09/09 16:28 ですよね〜。^^

この歌をね、教会でみんなで歌うんですよ。

たんぽぽたんぽぽ 2010/09/12 09:59 Rainaちゃんのためにお祈りしています!
ところでたんぽぽ嬢はなんと指導法の公開をやります。
ありえない!行ったばっかだよ!って思いますが・・・
モーセの気持ちがよくわかる。私も口下手よ!
教会で大きな声で自信を持ってできるように祈ってもらました。アメリカ式の早期療育プログラムを研究してプログラムを組んでるんですけど、オーダーメードの指導になるから大変です。お祈り下さい。
選抜されたんだけど、大抜擢すぎるわ(涙)
来年の就学指導に関わるから責任重大。わかってたら引き受けなったのにな。
そりゃ、専門で資格はあるけど、いきなりなんて初めてだわ。
お祈りくださいませ。

はちこはちこ 2010/09/14 10:31 たんぽぽさん、
Rainaちゃんのためのお祈りありがとう!アップデートが入ったらまたお知らせしますね。

指導法の公開、重要なお仕事に抜擢されたのですね。素晴らしいではないですか! 神様が与えてくださった機会だと思いますから、神様が必要なものはすべて備え、発表の当日も、共にいてくださいますよ!お祈りしますね。たんぽぽさんのお働きが、子供さんたちやその親御さんたちのよき助けとなりますように!

2010-09-08

Psalm 30:5

21:15 | Psalm 30:5を含むブックマーク

Weeping may endure for a night,

But joy comes in the morning.

 なんだかずっと心の中にある御言葉。

 新改訳聖書だと「夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある」となり、ずいぶん印象が違う。上記の英訳はNKJV。

 新改訳だと、夕暮れにちょこっと涙しただけという感じだけれど、英訳では、一晩中さめざめと泣いている感じ。

一晩中、ずっとずっとずっとずっと泣いているのだけれど、それでも朝になったら喜びがやってくる… 明けない夜はない。朝は必ずやってくる。たとえ一晩中泣き続けても、朝はやってくる。喜びの叫びをあげるときは必ずやってくる。

明日出発

19:45 | 明日出発を含むブックマーク

 明日、またエミが大学へ戻る。

 たくさんの祈りをもって送り出す。

 今回は鹿にぶつかりませんように。

F子F子 2010/09/08 21:03 エミちゃん、この夏をご家族と神様に守られてゆっくり過ごせたでしょうね。 また、新たな出発を主がいつも伴にいて守ってくださいますようにお祈りします。

はちこはちこ 2010/09/08 21:18 F子さん、
ありがとうございます!
昨日までは全然なんともなかったのですが、明日また送り出すのかと思ったら、今はちょっとシュンとしています。(苦笑)
F子さんのご家族も、来年の春には一つの節目ですね。こうやって、子供たちはどんどん成長していくのですねぇ…

kanahakanaha 2010/09/08 22:33 子供を送り出す親の気持ち・・・切ないです!
勉強をしに行くとわかっているのに。
いったい何歳までこの感情があるのでしょうか?
結婚するまで?長い道のりだ〜。

今回は本当に鹿にぶつからないよう、無事に到着できるようお祈りします。

山本直樹山本直樹 2010/09/09 05:58 文語訳も味わい深いですよ。
その怒はただしばしにてその惠はいのちとともにながし
夜はよもすがら泣かなしむとも朝にはよろこびうたはん。
信州からもお祈りしています。

はちこはちこ 2010/09/09 09:09 kanahaさん、
結婚するときはどうなっちゃうんでしょうねーー!
以前、当時の私の教会のパスターの長女が結婚したとき、パスター本人が司式して、式の中のパスターのお祈りが長くて、長くて… その娘さん、いろいろあって、妊娠中で、しかも結婚する相手はお腹の赤ちゃんのパパではない人だったんです。パスターの親心が痛いほど伝わってくる結婚式でした…

山本先生、
文語訳いいですねぇ!! まさにそんなニュアンスですよね。
お祈りありがとうございます。

たんぽぽたんぽぽ 2010/09/14 08:02 エミちゃんのために祈ります。
この頃教会がつらいです。
とにかく感謝ですって!いい続けないといけいので疲れてきました。
人生にはつらいときもあるし、感謝できないときもあります。
疲れちゃった。
なんか鬱陶しいおば様がいて、聖書に書いてあることより
人生訓みたいなことばかり言われて教会に行くのがつらくなってます。
どこにもそういう方はいらっしゃいます。
疲れたな。交わりがないのもいやだけど。
神様はお休みしてるわけじゃないよね。
はちこさんは押し付けたりしないものね。
感謝って押し付けられてするものじゃないですよね。
疲れたな。

はちこはちこ 2010/09/14 10:45 お祈りをどうもありがとう!

疲れてしまったとき、簡単には感謝できないと感じることがあるとき、辛いですよね。
神様はお休みしているわけじゃない… 本当にそうですね。何事も起こっていないかのように見えるときでも、ときには背後で、ときには水面下で、ときには私たちの先を行き、ときには私たちを抱きかかえて、いつもat workであられますよね。
たんぽぽさんも疲れてしまったとき、主が抱きかかえてたんぽぽさんを運んでくださいますように!

kurikskuriks 2010/09/15 02:08 いい聖句ですね・・・朝には喜びが来る。朝には喜びが来る。

はちこはちこ 2010/09/15 10:27 アーメン。朝には喜びがきて、嘆きは踊りに変えられる…!

2010-09-05

Labor day weekend

20:32 | Labor day weekendを含むブックマーク

 金曜日は、日本からakiさんが来られ、うちに泊まっていってくださった。akiさんはCCに来られ、お目にかかるのは今回二度目。とても良い交わりをさせていただいていて、感謝。

 akiさんはCCで知り合ったお友達と、昨日はウィロークリークの礼拝に参加されたはずだけれど、前日に時間の確認のためにウィロークリークのサイトを確認すると、昨日の礼拝ではなんとマイケルWスミスが来てコンサートをすることになっていたことが発覚。もちろん無料。どうだったかな? ご報告お待ちしていま〜す。

 そして明日は、拙宅にてCC10の感謝会+来年に向けての始動…かな。久しぶりにみんなに会えるのが楽しみ。

 今日の午後は、ぼぼるパパと二人で小一時間ウォーキング。なかなか気持ちよかった。もっとやるべし。

kanahakanaha 2010/09/05 21:02 はちこさん

ご夫婦でのウオーキング・・・何て素敵なのでしょう!
我家の近くで2人の大人が横並びに歩ける場所が見当たらないのも残念だけど、そもそも、私たち夫婦ではどちらかが先に歩いてしまうから(汗)

姉夫婦は銀婚式もとうに終わったのに、新婚当初から今に至るまで手を繋いで歩くのですよ。
この夏はさすがに暑いけれど、そういう問題では無いですよね(笑)

だからかな、わたしは旅行が大好きで、旅行先だといつもより仲良しになります。
いつも仲が良いつもりではありますが〜。

はちこはちこ 2010/09/06 19:00 ウォーキング、いいですよね。でも、うちもやっぱり、歩いているといつの間にか前後一列になっていました。(笑)
私たちも、いつまでも手をつないで歩ける夫婦でいたいです。^^

FookyFooky 2010/09/07 22:07 お久しぶりです!
元気ですか?
メールを送ったのですが、戻ってきちゃいました。
お手数ですが、そちらから僕に一度メールしてもらってもいいですか?
Thank u!

2010-09-02

MEMO:The Prism and the Rainbow

| 09:45 | MEMO:The Prism and the Rainbowを含むブックマーク

 ノースパーク神学校のスコット・マクナイト教授のブログJesusCreedで、またもや興味深い本が紹介されていた。

The Prism and the Rainbow: A Christian Explains Why Evolution Is Not a Threat

The Prism and the Rainbow: A Christian Explains Why Evolution Is Not a Threat


 RJSによると、高校生、大学生や、その親や牧師向けに、進化論は信仰の脅威になるものではないことを分かりやすく説明した本であるらしい。(ダラス・ウィラードも推薦の言葉を寄せている。)

 取り上げられているトピックは、「理論」とはどういう意味か、進化論とは、創造論とは、ID論とは、人間の傲慢さについて、等など。

 「理論」、「仮説」、「法則」といった科学で使われる用語を丁寧に分かりやすく解説し、一般の人たちの間によく見られる誤解(「進化論」は「理論」であって、「事実」ではなく、あくまでも「仮説」に過ぎない、など)についても説明しているらしい。

As a result, sometimes you will read that there is a distinction between the “fact” of evolution and the “theory” of natural selection. Today we no longer doubt whether evolution has occurred, but the mechanisms for it are often debated. This honest intellectual debate is sometimes (erroneously) seen as a debate over whether evolution has, in fact, occurred. It isn’t. (p. 44)

その結果、進化の「事実」と自然選択の「理論」の区別について見聞きすることがあります。今日では、進化が起きた事については、もはや疑いはありません。ただ、それがどのように起きたのかという、進化のメカニズムについては、議論されることがよくあります。誠実になされるこの知的な論争が、ときには(誤って)、進化が実際に起きたのかどうかについての論争であると思われるのですが、そうではないのです。

 また、創造というと、神の御業か自然によるものかという二者択一と思われることが多いが、そういうものではないのだ、ということも論じられているらしい。著者は、虹ができるメカニズムを科学的に説明することはできるが、科学的に説明したからといって、神様が虹を通して私たちに約束を与えてくださったいう聖書の記述が誤りだということにはならないと言っているそうだ。I agree. 神は自然も科学も超越したお方。そのどちらの枠組みにも縛られない。自然を見て、それが科学的に説明できるからといって、神の御業でないということにはちっともならない。

 たとえば、人間がどのようにして母の胎の中で形作られるのか、科学者でなくても、高校くらいまでで保健や理科の授業を取ったことのある人なら、少なくとも大雑把には誰でも知っているはずだ。精子と卵子が受精して、受精卵が卵割(細胞分裂)を繰り返し、胎芽となり、胎児へと育っていく。その様子を写真で見ることもできる。聖書に「それはあなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです」と書かれているからといって、卵割などのプロセスを「非聖書的」だといって否定するクリスチャンはいないと思う。宇宙や生命の起源と発達に関しても、同じことではないだろうか。人間のスケールからしたら長い時間がかかっているため、受精卵の発達を確認するようには確認できないけれど、聖書が「神が創造した」と言っていることと、科学が解明しつつあるプロセスが、相容れない二者択一であると考える必要はないと思う。


 そんなわけで、この本、とても興味あり。ただ、RJSによると、創造論やID論をこきおろすような論調も見られるので、そこはちょっとイマイチかな、ということらしい。(ちなみに、著者は海洋生物学・動物学者で、専門は形態学、分類学などらしい。)

f:id:mmesachi:20090801163532j:image

たんぽぽたんぽぽ 2010/09/03 19:40 興味深いですよね。
学生の頃、大学で習ってることと、教会で教わることが違いすぎて、
ラブリに行きたいって悩んだことを思い出しました。
社会人になると、そんなことより、いやしがほしいって思うかな。
虹の美しさや、自然界の不思議は科学で解明できないですよね。
大学キャンプのカウンセラーをしたときに、悩んだことがなつかしいわ。
そういう学術的なことにも一所懸命応えてたな。

お子さんたちそういうことで悩む頃でしょうか。アメリカの高校だと日本よりは
悩まないようですね。日本は中高生で教会を離れる子供が多いです。

私の専門分野でも、発達理論に進化論が用いられてるものは勉強してて
教会が非科学的に思えてつらかったです。それで教会を離れた人も何人もいまいsた。それぞれの専門分野で聖書的に考えるということはどういうことか大切ですね。その頃、KGKの大学の先生に聞いても専門分野が違うとわからなくて、
つらかったのを思い出します。

神学校の先生になった方たちとも議論していてなつかしかったな。

教育学って学問の体系をなしていない分野もあるから、成果で取り入れるものは
取り入れる感じです。

あまり考えると信仰がわからなくなるから(日本の教会って変なことがありすぎ
)虹だけみたいな。

小嶋崇小嶋崇 2010/09/05 06:07 また来ちゃいました。
 「・・・聖書が『神が創造した』と言っていることと、科学が解明しつつあるプロセスが、相容れない二者択一であると考える必要はないと思う。・・・」
 同感です。
 近世の「科学対信仰」を歴史的に辿ってみると、先ず物理的世界が神学から独立し、科学的方法論と検証によってその現象や法則を叙述することが出来るようになったため、キリスト教文明において、伝統的、聖書・神学的「世界叙述」と、科学的「世界叙述」が分離し、対立するようになったのですよね。
 ただ近年科学の発達が亢進し、二つの「世界叙述」がかなり乖離し、簡単に調和できないほど、科学的「世界叙述」が専門化し、特殊言語化してきている。それが現状のように思います。
 ですから「相容れない二者択一であると考える必要はない」と言う発言は、リアリズムに基づいていますが、消極的とも取れなくはないと思います。
 以下、拙ブログの方に「有神論的世界観と『被造世界』の科学的解明」と題して、問題点を幾つか整理してみました。関心のある方は続けてどうぞ。
http://sugamo-seisen.blogspot.com/2010/09/blog-post_05.html

はちこはちこ 2010/09/05 15:11 たんぽぽさん、
うちの子どもたちは、自然科学に関することは、特に悩んでいないようですが、同性愛とか中絶とか、そういう問題については、クリスチャンでない級友たちとの間で板挟みに感じることはあるみたいです。先日も「聖書の権威を社会に対してどう提示するか」という話題がちらっと出ましたが、それに通じる悩みですね…

あ〜、私もおおきな綺麗な虹が見たいな。去年の夏、娘が撮った虹の写真があるので(私のマックの壁紙に使っている写真なんです)、上にはりますネ!

はちこはちこ 2010/09/05 15:45 小嶋先生、
ようこそ♪
ブログ記事、拝見させていただきました。
「しかし、ポスト・モダンの知的状況は、あらゆるアカデミックな権威を否定し、科学とか宗教を問わず、様々な『“私の”知っている“世界”はこんな感じ』言説が共存しています。(少し誇張して言っています。)」なるほど、確かにそうだな〜と思いました。ブログとかツイッターも、「“私の”知っている“世界”はこんな感じ」の表現の一つかもしれないですね。

もっとコメントしたいのですが、夫がうしろで「散歩に行こう」とうるさい(?)ので、また後ほど…

はちこはちこ 2010/09/06 11:34 ウォーキングから戻ってきました。

小嶋先生のブログ記事より、問題点1の「近世以降自然科学が理論的に先行し過ぎて、神学的フォローが追いつかなくなった」。理論的にだけでなく、自然科学の領域で実際に観察・観測できるものやコンピュータモデルを使って算出されるデータが質的にも量的にも格段に増えた、というのもあるでしょうね。おっしゃる通り、致し方ないことであったと思います。
新たなデータを真摯に受け止めつつ、それを考慮にいれて必要に応じた神学的「世界叙述」の修正がなされていってほしいと思いますが、一方で、科学が提供するデータは今後もどんどん増えていくわけで、そのたびに神学的「世界叙述」が修正され続けないといけないとしたら、それはそれで心もとないというか… 
このあたり、先生が「問題点3」でおっしゃっていた「異なる記述言語」と関係するのでしょうか。私としては、片方がプライマリーでもう片方がセカンダリーというより、それぞれが記述しようとしているもののvalueが違うと考える方がわかりやすいような気もします。あるいは、神学的「世界叙述」と科学的「世界叙述」は同じ座標軸上にある必要はないというか…?  書きながら考えているので、うまくまとめられなくてごめんなさい。

長い引用になりますが、ダラス・ウィラードの「心の刷新を求めて」の12章に、次のような段落がありました。
===
この地上における人間のいのちの意義は、非常に小さいか非常に大きいかのどちらかでしょう。厳密に自然科学的な視点で考えるなら、非常に小さいものです。地球の歴史全体を時計の二四時間に置き換え、夜中の零時に歴史が始まり、二四時間後の翌日の零時を現在とします。進化論によれば、私たちの最も遠い祖先は一一時五九分に現れました。「文明」と呼ばれる最後の数千年は、真夜中に光る閃光ほどのものです(注2)。単なる科学的な見地からすれば、宇宙の歴史を鑑みて、人間社会が地球上にそう長期間存在し続けることはないでしょう。地球の歴史で起きた驚くべきことと同様のことが今後も起きるのであれば、人類の歴史もせいぜいあと数千年でしょう。
しかしながら、聖書に説明されている人類の歴史における神の目的となると、もちろん話はまったく違います。聖書が描く人類の歴史は、「あらゆる国民、部族、国語、民族」(黙示録14・6)から人間の偉大な共同体を生み出すものです。この共同体は神の下で祭司の王国となり(黙示録1・6、5・10、出エジプト19・6)、将来はしばらくの間、実際に神の下で全土を治めることになっています(黙示録5・10)。それどころか、宇宙の永遠の未来には、彼らはとこしえに神と共に君臨します(黙示録22・5)。
===
神学的世界叙述と科学的世界叙述の違いって、こういうことかなぁと思いました。そして、そういう違いがあるものだと認識しておけば、科学的叙述によれば人間のいのちの異議が非常に小さいことになるからといって、目くじらを立てて科学を否定する必要はないのではないかと思うのですね… 

問題点2で先生がご紹介してくださったような働きは、素晴らしいですね。アメリカのキリスト教というと、ファンダメンタリスティックな右派的な立場が取り沙汰されて批判されることも多いですが(私も時々しています)、同じアメリカのキリスト教の中には、こういった働きが出てくる懐の深さもあって、そういうところはすごいなぁと、感服するのです。

小嶋崇小嶋崇 2010/09/07 06:09 座標軸云々の件ですが、拙ブログのタイトルで示したように「有神論的」あるいは「キリスト教的」にと換言してもいいですが、ポイントは「世界観」が「解釈」を導き出すと言う点です。
もちろん限定された範囲(例えば宇宙物理での宇宙の広さとか)でのデータ解析を解釈するのは例えば「宇宙物理論」と言う一定範囲内の理論です。

私が「世界観」と言う時には「死生観」や「生きる意味」や「艱難辛苦」「悪の存在」などを網羅します。
これらの問題を統合的に一つの世界観で解釈するには、科学理論は自らの研究範囲限定(対象設定、問題設定、方法論)によって座標軸が狭められ私の言う意味での「世界観」までは延長できません。

もちろん「進化論」や「免疫論」から「人生論」まで発展させることが出来ますが、
それは最早科学理論の範囲を超えて「人生論」とか「世界観」に近づきます。
ですから、「有神論」から出発するにしても、「無神論」から出発するにしても、人が究極的に求めているのは「世界観的解釈」だと言えるのではないかと思います。

キリスト教的世界観は「科学」を抱合する神学を形成できます。先端科学と切り結ぶような神学となると、まだまだ対話しなければなりませんが。
むしろ問題なのは「無神論的」科学理論の持ち主が(例えばドーキンスやホーキング)、悪の問題や不条理の問題に何と解答するのか。
またウィラードの引用にもあったように、「人間存在の意義」をどう考えるのか。科学的知識が皮肉にも人間の存在意義を無化するような「宇宙の拡がり」を、無にも等しい人間が「知り得る」意義をどう考えるのか、興味深いと思います。
そこに何らかのteleologicalな意義を見出さないとしたら、科学をやる生き甲斐やモチベーションはどこから来るのか聞いてみたいものです。
彼らは自ら打ち立てた理論の「自己への、人生への含意(インプリケーション)」をどう考えているのか・・・。

と言うわけで私の視点は「被造世界」と表現したように、「宇宙」「自然」「世界」「リアリティー」を、一見中立に見えるような存在、無前提に解釈できる対象、とは考えません。
科学するその人には、既に「世界観的背景」があると思うからです。
ホーキングは自分の推論した宇宙存在的真実から無関係な人生を歩むことは出来ないと思います。
その意味で科学的解釈、理論構築であっても、中立ではなくself-involvedなものだと思います。

以上何か噛み合ったポイントがありましたか。的外れでしたでしょうか・・・。
こちら高校の時物理で赤点取った科学音痴ですから、物理学者をご主人に持つはちこさんにはど素人的なことを言っているかもしれませんがご容赦を。

はちこはちこ 2010/09/08 13:51 小嶋先生、
ゆっくりお返事したいのですが、明日から出かけるため、いろいろやることがあって、今はお返事している時間がなくてすみません。戻ってきたら、またコメントさせていただきます!

はちこはちこ 2010/09/14 20:06 小嶋先生、
お返事が遅れましてすみません。今さら…なコメントですので、軽く読み流してくださって結構です。

>私が「世界観」と言う時には「死生観」や「生きる意味」や「艱難辛苦」「悪の存在」などを網羅します。
これらの問題を統合的に一つの世界観で解釈するには、科学理論は自らの研究範囲限定(対象設定、問題設定、方法論)によって座標軸が狭められ私の言う意味での「世界観」までは延長できません。

私も同じように考えます。科学というものは、対象も方法も限られた、ある意味制約のあるもので、科学それ自体は包括的な「世界観」にはなりえないと思っています。そして、科学の制約(ルール)の一つが「自然界の事象を説明をするのに、『神』や超自然的な存在を持ち出さない」というものだと思います。

ところが、「進化論」については、「単なる科学理論ではなく、無神論的世界観である」という言い方がなされることがしばしばあります。確かに、ソーシャル・ダーウィニズムと呼ばれる社会進化論という考え方もありますが、これは自然科学の理論としての生物学的進化論とは別物です。進化論を巡る混乱は、自然科学の理論としての生物学的進化論と、世界観としての社会進化論が 混同されていることにその大きな理由があるのではないかと思います。先日、あめんどうのクレオパさんも同じ指摘をしておられました。

どんな科学理論もそうですが、それ自体は「無神論的」でも「有神論的」でもありません。科学理論というものは、by definition、神を持ち込まないことになっているものであり、有神論的世界観を持つ科学者であっても、科学の土俵で科学理論について語るときには (たとえば論文や専門書など)神を持ち出しません。それが科学のルールだからです。科学理論は、それ自体は神の存在についても非存在についても沈黙を保ちま す。しかし、沈黙を保っているからと言って、神の存在を「科学的に否定」しているわけではありません。科学者が神を持ち出すことなしに自然現象を説明すると、神の存在を否定されたかのように感じてしまう人がいるかもしれませんが、そういうことではないのです。神の存在を否定する科学者がいるのは事実ですが、それは科学の問題ではなく、その人の個人的な信念の問題ですよね。

科学者も人間なので、科学の枠組みの中だけで生きているわけでなく、それぞれの世界観を持っているでしょう。たとえば有神論的世界観の中で生物学的進化論を受け止め、進化のプロセスは神に よって導かれたと信じる科学者もいれば、無神論的世界観の中で生物学的進化論を受け止め、神は存在しないと結論づける科学者もいます。しかしそういった個人的信念にかかわる結論は、科学の範疇内ではなく、本人たちもそれが科学的に導き出された自明の真理だとは言っていないはずです。かのドーキンスですら、本人は確固とした無神論者ですが、神を信じる科学者の存在は認めています。(参照『進化の存在証明』)


>むしろ問題なのは「無神論的」科学理論の持ち主が(例えばドーキンスやホーキング)、悪の問題や不条理の問題に何と解答するのか。
またウィラードの引用にもあったように、「人間存在の意義」をどう考えるのか。科学的知識が皮肉にも人間の存在意義を無化するような「宇宙の拡がり」を、無にも等しい人間が「知り得る」意義をどう考えるのか、興味深いと思います。
そこに何らかのteleologicalな意義を見出さないとしたら、科学をやる生き甲斐やモチベーションはどこから来るのか聞いてみたいものです。
彼らは自ら打ち立てた理論の「自己への、人生への含意(インプリケーション)」をどう考えているのか・・・。

そうですよね。私も、こういった問いは人間が自らに問うべき大切な問いだと思います。
ただ、無神論者の方たちと話しをするとき、私たちがしたいのは、彼らを論破することでなければ、有神論的世界観の優位性を示すことでもなく、彼らの魂に届き、福音を分かち合うことですよね。そのためには、何らかの共通の土台を築くことが有益ではないかと思うのですが、有神論的世界観vs無神論的世界観という対比から出発しては、対話は平行線のままになってしまうのではないかと思います。
そのためにも科学者が科学として述べているもの(たとえば進化論など)を、「それは無神論的世界観によるものだ」といって一蹴してしまうのでなく、科学者が言っている通りのもの、つまり神の存在も非存在も、 考慮には入れていないものとして受け入れる態度が、クリスチャンの側にも必要ではないかと感じます。たとえばホーキングの言う、「量子力学に重力の理論を組み合わせた最新の研究成果」からすれば、「創造主なしでも宇宙の始まりの説明は可能」という説を受け入れたとしても、なお創造主の存在を信じることは可能ですよね。この説自体は、創造主の存在を否定しているわけではなく、考慮にいれなくても大丈夫、と言っているに過ぎないのですから。科学の研究成果を受け入れることは、無神論的世界観を受け入れることとは別物であることを、クリスチャンがよく理解しておくなら、不毛な議論をすることなく、もっと核心に触れた対話をすることができるようになるのではないかと思います。

余談になりますが、以前、私の教会のパスターが無神論者と対話したことがありました。http://d.hatena.ne.jp/mmesachi/20060619 
とても良い対話だったのですが、話題が進化論対創造論になったとき、対話が決裂してしまいました。http://d.hatena.ne.jp/mmesachi/20070924 パスターは、自分は科学の話をしたかったのではなく、魂の救いの話しをしたかったのに、進化論をムキになって否定しようとしてしまったために、肝心なところに到達する前に関係が壊れてしまったことを、とても嘆いていました。

小嶋崇小嶋崇 2010/09/16 08:10 思いがけない展開になってしまいました。
はちこさんは大分以前から「科学と信仰の対話」のようなことをブログにポストしていたのですね。私はたまたまその一つにコメントしたことからこのような展開になったわけです。おかげで色んなことをおさらいさせて頂きました。
拙ブログの方にも、コメントが書き込まれ、思いがけない問いに返答する機会に恵まれました。ぼんやりした頭が少し水をかけられてしゃっきりした感じです。

さて、コメントの往来で印象的な、あるいは要約的な言葉は「対話」かな、と思っています。他に可能性として「対立」と「統合」がありますが・・・。
発達史観的には「科学」と「宗教・信仰」が未分化な時代から、近世の分化した時代に“発展”したわけですが、これは良いとか悪いとか言うより、現にそうなっていると言う認識に立った方が良いと思います。
問題はこの現状で「科学」と「宗教」がどのように相対するか、と言うことでしょう。
私の印象では二十世紀前半くらいまでは、「宗教」の方が「科学」から疎外されていた印象です。対話の相手にされなかった。でも最近になって「科学」の方からも「宗教」に接近するようになってきたと思います。例えば、医学における「治療」に関し
て、信仰の有無や祈りがどう関わるか、みたいな問題について真面目に取り組まれているようですね。
そう言う点から言うと、有神論にせよ無神論にせよ、それは個人的な信念の領域で科学自体の実践には直接関わりがない、と言う一種の自制・禁欲はどちらかと言うと地球物理や宇宙物理の様な科学に当てはまるのでしょうね。
科学と一口に言っても分野は広いですから、「科学一般」と「宗教」の対話なのか、それとももっと「個別の科学」と「個別の信仰」のインターアクションなのかで、トーンが大分変わりそうですね。「(生物)進化論」と「(神学)創造論」は後者の一例で、「創造論」の一種として「創造科学(クリエーション・サイエンス)」と言う、一種独特な創世記解釈に立つ擬似科学がある、と言った状況でしょうか・・・。
どちらにしても専門家に任せておけばいい問題でないことは、ブログのコメント内容から「信仰的に悩んだり、躓いたりしている人が結構いる」ことから想像できます。
もっと啓発される機会が必要なのでしょうね。バイオ・ロゴスは割合切り口が入りやすく出来ている印象です。
「余談」の牧師さんのようなケース、日本では余りない話で面白かったです。殆ど他流試合なのでその場で何か結果を出すみたいなことは土台無理だったと思います。
「キリスト教国アメリカ」では無神論が市民権を得るのが先決みたいですよ。議論はそれから。青年層に無神論が増えているそうです。(Jesus Creed が移った先のPatheosからの情報です。)その青年も“教会で”自論を展開できてさぞかし気持ち良かったことと思います。
「科学」と「宗教」の対話は、専門家同士の対話も大切ですが、多元主義社会に生きる市民同士の対話としても必要になっているのではないかと思います。
先ほどの「牧師」と「青年」は専門家の対話ではなく、市民的対話になれば良かったのかなと思いました。対話の相手に十分聞いてもらうことはその人にとって嫌な体験ではないはずですから。
だらしないコメントになり失礼しました。

はちこはちこ 2010/09/16 08:37 小嶋先生、
お返事ありがとうございます。また認証エラーが出たとのこと、お手数おかけさせてしまいすみません。

そうなんですよ、以前からこの系列のことは何度か話題にしていました。分かりやすくするために、先日、「科学と信仰」系の話題にはそのようなタグをつけてみたので、ご興味がおありでしたら過去記事なども覗いてみてください。メモ的な要素が大きく、たいしたことは書いていませんが。

また、数年前、『ゲノムと聖書』という本も夫婦で翻訳しました。著者は元無神論者の医師で、現在はNIH(アメリカ国立衛生研究所)の所長をしておられ、患者の信仰に触れたことをきっかけに求道を始め、科学的探求を通してではなく、自分の魂の問題に目が開かれててキリストを救い主として信じるに至った人です。この本の訳者あとがきに、私たち夫婦が「科学と信仰」に関する問題にどのような思いを抱いているかも綴っています。

「対話」というキーワードをピックアップしてくださり、ありがとうございます。先生のブログのコメント欄でも、「対話」が話題になっていましたね。(今しがた、拝見してきました。)

さて、こちらは今、朝8時半で、これから一日の活動を始めます。いろいろお付き合いいただいてありがとうございます。またそちらにもお伺いさせていただくかもしれません。そのときはよろしくお願いいたします!

2010-09-01

詩篇30篇

12:49 | 詩篇30篇を含むブックマーク

A Psalm. A Song at the dedication of the house of David.

I will extol You, O LORD, for You have lifted me up,

And have not let my foes rejoice over me.

O LORD my God, I cried out to You,

And You healed me.

O LORD, You brought my soul up from the grave;

You have kept me alive, that I should not go down to the pit.[a]

Sing praise to the LORD, you saints of His,

And give thanks at the remembrance of His holy name.[b]

For His anger is but for a moment,

His favor is for life;

Weeping may endure for a night,

But joy comes in the morning.

Now in my prosperity I said,

“I shall never be moved.”

LORD, by Your favor You have made my mountain stand strong;

You hid Your face, and I was troubled.

I cried out to You, O LORD;

And to the LORD I made supplication:

“What profit is there in my blood,

When I go down to the pit?

Will the dust praise You?

Will it declare Your truth?

Hear, O LORD, and have mercy on me;

LORD, be my helper!”

You have turned for me my mourning into dancing;

You have put off my sackcloth and clothed me with gladness,

To the end that my glory may sing praise to You and not be silent.

O LORD my God, I will give thanks to You forever.

たんぽぽたんぽぽ 2010/09/03 20:16 ここのHPって暖かい家庭があり、かつアカデミックであり、信仰的であり、みんなが引きつけられる要素があって要素があっていいですね。

教会でこういう交わりはあるようでないような、ないようであるような。
あるといいのにね。なんかね、なかなかないい要素がないの。

これからの自分の人生は、専門職でいくか、管理職で行くか祈っています。
たんぽぽ嬢はキャリアを評価して頂いて、お時給がいいので、フルタイムで働けないというかわった悩みを持っています。パートタイムジョブなのさ。その分、命に関わるお仕事なので、責任も重いから大変です。祈ってね。今のお仕事は前の方がバーンアウトしたからお願いされたポジションで、たんぽぽ嬢も体調管理に気遣い、教会で祈って頂いています。親御さんの期待が大きいのです。開いてる時間に10月から大学でも学べるように祈っています。大学に戻ってもこれ以上勉強してもななっても思うし。わかんないんだけど。管理職はすぐに園長とかなれるけど、そ
れも大変だよね、人事管理とか経営的な要素とか入ってくるから。それに子育て経験がないと難しい部分があるの。理論は知ってても実際はわからないでしょ!みたいな感じなの。結婚してないとわからないよね。
はちこさんみたいに主婦でママになりたい! 仕事って続けてるとキャリアになります。シングルの姉妹たちとはそれより家庭に入りたいよと言っています。
主婦とママって憧れのお仕事です。
発達診断チーム人に入ってたし、教会の人たちには仕事したらって言われてるけど、園長になればって言われてるけど、やってたけど、体壊したし、守ってくれると人がいて、スポットで発達診断のお仕事ができたらいいのにな。

Connection: close