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ミルトスの木かげで このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

God Bless you!!
(ミルトスの花)

Christian spiritual formation is the process of being conformed
to the image of Christ for the sake of others.
M. Robert Mulholland Jr.

ブログを移転しました。こちらにお越し下さい。よろしくお願いいたします。
http://rhythmsofgrace.blog.jp

2011-04-30

高校で

22:06 | 高校でを含むブックマーク

 みんの高校のNational Honor Societyでは、みんが実行委員長(言い出しっぺ?)となって日本への義援金を募るイベントを計画していて、それが昨日の晩に行なわれた。

 高校のカフェテリアで、入場料10ドル(前売りチケット8ドル)で日本食ディナーといくつかのエンターテイメントを用意し、そのあとは視聴覚教室に場所を移して日本映画(英語字幕つき)の無料上映会。

 日本食は、この町に住む4人の日本人のお母さんたちが担当。エンターテイメントはJポップを流し、浴衣の着付けコーナー、折り紙コーナー、筆ペンで和紙に日本語で名前や好きなフレーズ(「愛」「平和」など)を書いてもらうコーナーなど。浴衣はそれぞれの日本人家庭が家にあるものを持ち寄ったら、サイズも数もずいぶんたくさんあってちょうどよかった。普段は眠っている浴衣やゲタなどの出番ができて、私たちも嬉しかった。折り紙コーナーと筆ペンコーナーはぼぼるパパの担当。彼、達筆なのです。

 上映した映画は「スウィングガールズ」。東北が舞台で高校生が主役のこの映画は、こういう機会に上映するのにピッタリでした。私の妹が日本の某映画配給会社に勤めていて、彼女がまず東宝に連絡し、それから「スウィングガールズ」の海外版権を扱っているフジテレビの担当者の方に連絡して、映画を見せる部分は「無料」ということならばという条件で、上映許可を取ってくれたのでした!!感謝!

 高校生たちが日本のためにがんばって準備し、集まってくれて、本当に嬉しかった。みんなありがとう。(このイベントで集まった約700ドルは、全額、高校からシカゴのジャパンソサエティーを通して日本赤十字社に送られます。)

 

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 アナウンスをしようとしているのに、皆もりあがっていてなかなか聞いてくれないので、「ちょっとー」と言っているみん。

 写真はないけど、折り鶴も、この一ヶ月ほどの間に3人で1550羽を折りました。週があけたらこちらに送ります。

ぼく人参のぼく人参の 2011/05/02 08:08 みんちゃん美人!
ぼぼるパパかっこいいです。憧れます。

はちこはちこ 2011/05/03 07:45 人参、
ありがと。でもこのみん、性格キツそうな表情してるよね。(苦笑)本当は優しいんだけど。
折り紙を教えるぼぼるパパです。実はレパートリーはそう多くないんだけどね。得意なのはカエルらしいです。

2011-04-27

MEMO:日経ビジネスより

10:19 | MEMO:日経ビジネスよりを含むブックマーク

 参考になった記事二つ。どちらも河合薫さんという方によるもの。

 ……ストレスの多い時期に重なった震災に伴うストレス。その雨に濡れてしまった人たちが、震災から1カ月以上たった今も、「何となく調子が悪い」状態から抜け出せずにいる。……そこで今回は、「何となく調子が悪い」状態からの脱却法について考えてみようと思う。

……

 つまり、スピルオーバーは、ストレスを感じている人の気持ちに寄り添えば寄り添うほど起きやすく、「何とかしてあげたい」とか、「彼(彼女)のために何かできないか」という気持ちが強いほど生じやすい現象なのだ。

 震災以降、「何となく調子が悪い」と不調を訴えている人は、スピルオーバーと似たような状態に陥っていると考えられる。

 ただでさえ震災直後、繰り返し放映された津波が町や村をのみ込む映像は衝撃的だった。海外の様子であれば、スピルオーバーが起こるほど感情移入をすることは稀だが、自分の国の出来事で、しかも同じ時刻に“揺れ”を体感していただけに、あたかも現場にいる感覚に陥りやすかったのだろう。

 だから、被災している方たちを見るだけで涙が出てしまったり、余震が起きるたびに「怖いだろうなぁ」と心配になったり、被災しながらも明るく振舞う人たちを見るたびに胸が締め付けられた。

……

 人間は何らかのストレスを感じると、その状態から脱するための対処行動を本能的に探る動物である。その対処行動は、大きく2つに分けられる。1つは、へこんだ気持ちを元に戻す対処(ストレスへの対処)。もう1つは、ストレスの原因となっている問題を解決する対処(ストレッサーへの対処)である。

 ストレス状態から抜け出すには、2段階のステップを踏むのが効果的である。

……

まずはへこんだ気持ちを元に戻す。へこんだ気持ちを元に戻すとは、俗に言うストレス発散である。……ストレスに対峙するには、まずは、へこんだ気持ちを元に戻し、次に問題解決に向かうことが肝心である。遭遇しているストレスが大きければ大きいほど、へこんだ気持ちを元に戻さなくてはならない。……そして、気持ちが元に戻ったところで、問題解決に向けて、「自分はいったい何にストレスを感じているのか?」と何度も内省し、ストレスの原因を明確にするといい。

……

へこんだ気持ちを元に戻してから、「できること」を考える。

……で、先週末、思い切って遠出をし、やっとストレス発散ができて、ネガティブスパイラルから脱却できた。やっと、本当にやっと、まずは自分のために、自分のことをしっかりやって、そのうえで被災した方々のために自分なりにできることをしっかりやっていこうと、心から前向きに考えられるようになった。



……確かに、日常というのは代わり映えしないことの繰り返しである。毎日、毎日、同じことの繰り返しで、「刺激がないなぁ」と退屈したりもする。

 だが、この繰り返しこそが、刺激的なことや、真新しいことを受け入れる、土台となる。

 もともと人間は生物学的に、周期性、規則性のある行動を好む傾向がある。だから、起きる時間から消灯の時間まで、1日のリズムがあることは肉体的にも精神的にも安定する。同時に、2人以上のメンバーを巻き込んだ日々の反復性のある行動は、ルーティンと呼ばれ、人間が自己の存在意義を確認するための基盤になる。

 避難所の方が、「前とは全く違うけれど、今の日常にホッとしている」と語ったのも、リズムと自分の存在意義を確認できたことによるものだろう。そして、恐らく、日常の“やらなくてはいけない”仕事をひたすらやっている間だけは、ほんの少しだけ気が休まったのではないだろうか。

……

 当たり前のことを当たり前にやっている家族は、ストレスに強いことが、多くの実証研究で示されているのだ。

 当たり前のこととは、すなわちルーティンである。

 「おはよう」「おかえり」「行ってらっしゃい」と互いに言い合う習慣。食事の時間がだいたい決まっていること。週末はできる限り家族で食事をする習慣。加えて、父親、母親、子供、それぞれのやるべき家族内の役割がだいたい決まっている――。

 これらはいずれも決して特別なことではなく、ごく当たり前の日常である。

 このような当たり前のルーティンのある家庭の子供は、社会性や自律性が育まれやすく、学校などでも積極的に参加する傾向が強まったり、家庭だけでなく学校への帰属意識も高く、メンタルも良好であると報告されている。

……

そんな人間にとって大切な日常なのだが、日常の行為は、当たり前すぎて記憶に残りづらい。一方、非日常の出来事は、極めて刺激的であるため、鮮明な記憶として残り、それは『大切な出来事』として、何度でも思い出される。

……

 だが、そんな思い出せない記憶であっても、それは『思い出せない記憶』として確実に記憶の箱に刻まれる。

 この思い出せない記憶こそが、人間の価値観を養い、生きる力の基盤を育んでいくのである。あまり上手な例えではないかもしれないが、ルーティンというのは、“心の筋トレ”のような側面を持ち合わせているのだろう。

……

さて、そんな大切な日常が戻ったことにホッとする一方で、「日常が戻れば、みんな被災地の方たちのことなんか忘れちゃうんでしょうね」と嘆く人もいる。

 私自身も、「みんな忘れやしないか」と懸念している。いや、それだけじゃない。正直に言おう。私自身も、「忘れてしまうんじゃないか」と心配なのだ。

 今は、「被災した方と、共に生きよう」と心から思っているのに。今は、こんなにも思いを寄せているのに。何ともややこしいのだが、これだけ日常の大切さが分かっても、ここでまた感情が割れてしまうのだ。

……

こんな言い方をすると誤解されてしまうかもしれないが、つまり、たとえ忘れてしまうことがあっても、被災地の方たちに寄り添い続けることはできると思うのだ。何も難しいことはない。今ある“気持ち”を日常に組み込めばいいだけだ。

 今回の震災が発生して以来、内省し続けた、「自分にできる」こと、「自分にも、これだったらできると思えた」こと。そんな出来事を、取り戻した日常に加えてみればいい。

……

日常になれば、何も考えなくても身体が動く。日常になれば、当たり前のこととして続けられる。そして、何よりも、そのルーティンをこなす瞬間には、確実に被災した方たちにココロを寄せることができる。“今”ある気持ちが、この先もずっと繰り返されることになる。

 自分にできる範囲の繰り返しを、1人でも多くの人が、1社でも多くの企業が、1つでも多くの組織が持てれば、それが長い復興への支援となるのではないか。

 被害の大きかった東北3県の方たちにも恐らく今後、新たな日常が始まるのだと思う。

 だが、その日常は、私たちが想像できないほど、しんどく、険しい日常になるに違いない。だからこそ、その道のりが少しでも楽になるように、苦しい日常を少しでも共に歩けるように、私たちの日常に新たなルーティンを加えればいい。本当の支援のスタートにすればいい。

ふじかけふじかけ 2011/04/29 08:25 おっしゃるとおりです。大切な視点だと思います。
被災地を離れて住む人のメンタルヘルスのデリケートさは、もっと強調されるべきだと思っています。「自分の日常を守る」と「被災地を思う」の双方をともに大切にしていく戦いであり、えてしてどちらかに過度に偏ってしまってバランスを崩すことが起きます。
4月早々に、このテーマで書いた記事原稿と対談が、まもなく次号「リバジャパ」と次号「牧会ジャーナル」に載ります。1か月遅れくらいで、拙ブログ「おふぃす・ふじかけ」にも載せますので、よろしければお寄りください。

はちこはちこ 2011/04/29 09:20 ふじかけ先生、
コメントありがとうございます。
今回、私を含め、海外にいる日本人の中にもかなりメンタルに影響を受けている人がいるようでした。海外にいることの無力感、日本の同胞がこんな大変なことになっているのに、自分は物理的には影響を受けていないことの罪悪感… 日常を保つことは大切とわかっていても、何かせずにはおれませんでした。精神的にも身体的にも影響が出てきたのを自分で感じても、「私はいったんここで日常に戻ることは可能でも、被災地の方はそうはいかないのだ」と思うと、おいそれと日常に戻れない葛藤がありました。その中でこの二つの記事を見つけ、自分の状態を客観的に見ることができ、指針を与えられたことは感謝でした。ちょうど復活祭とも重なり、自分の土台を確認できたことも役に立ちました。

先生の記事と対談、ブログに掲載される折には、絶対読ませていただきます。

また、ファミリー・フォーカス・ジャパンさんが用意しておられる子供の心のケアの小冊子も目を通してくださりありがとうございました。翻訳者として、心のケアのように繊細なものを、特に今回のように逼迫した状況にあるとき、海外の資料を翻訳してそのまま使用するのでなく、日本で働いておられる日本の専門家の方にも見ていただいて、内容を調整する必要があると感じました。そこで前島さんにそのようにお話したところ、すぐに同意してくださり、藤掛先生に連絡をとってくださったので、本当に感謝でした。
今後ともよろしくお願いいたします。

ふじかけふじかけ 2011/04/29 10:50 そうでした。ファミリー・フォーラム・ジャパンの被災地用パンフ。読ませていただきました。いくつか日本の実情という観点から意見を述べさせていただきました。まもなく発行ですね。良い出来の冊子で、はちこさんのお働きの尊さを思います。ちなみに前島さんは、日曜学校中学科のときの私の先生です。

はちこはちこ 2011/04/29 11:51 おお〜、ふじかけ先生と前島さんは、そういうご関係があったのですか! 自分の日曜学校の教え子が、成人して主と人とに仕える働きをするのを見れるとは、前島さんも嬉しいことでしょうね!

hide&yokohide&yoko 2011/04/30 00:06 はちこさん、ふじかけさん
 ありがとうございます。本当に大切な視点ですね。震災後の東京の人々の不安や葛藤にうまく向き合うことができていなかった問題に気づかされました。
 リバイバル・ジャパン、本日受け取りました。ほんとうにふじかけさんの記事とはちこさんのこの視点は本当に同じやさしさを感じます。
 ちなみに、同じ号に、「私と祈り」という題のコラムに小生の記事を掲載していただいています。編集長から、「被災された方にも、また支援をしておられる方にも届く内容」とコメントいただきました。
 それにしても、リバイバル・ジャパンは毎回、本当にバランスの取れたすばらしい記事が掲載されています。

たんぽぽたんぽぽ 2011/04/30 07:18 本当にそうですね。先日、研修会があって、まず、先生たちが自分の命を大切にして下さいって言われて、なんか忘れていたなあって思いました。余震が続く中、子供たちの命ばかりに目が行っていました。私も大切な家族があります。
自分の命、人生、家族・・・。守るべきものを守ってこそ、子供たちの命も守れるんだなって思いました。

余震が続いています。疎開も引き続きあり、子供たちにとって家族が離れ離れになりかねない疎開の経験がトラウマにならないように祈っています。

赤ちゃん帰りや、愛情を確かめるように噛んでくる子、相反する行動が子供たちに見られて、かつてないことだなって思わされます。子供たちの愛憎が入り混じったような日々の行動に悩まされています。
この仕事に向いてるのかなって迷った時、先生大好きって子供たちが言ってくれました。疲れはたまり、思わぬ怪我があったり大変ですが、日々キリストにあって新しくされていきたいです。

震災ボランティアの話をきくとしんどいです。首都圏にいても医療・福祉・教育関係者などは日々震災ケアに向き合っているわけで、正直、東北の人に比べたらましと言われるとつぶれかねないです。この記事、ほっとしました。

うまく書けなくてごめんなさい。クリスチャン関係で震災ボランティアの話をするとき、東北よりはずっといいですが、首都圏も立派に被災地であること、弱い立場の子供、お年寄り、その人たちに寄り添う人々へのひとことがあってもいいかもと
思いました。どの集まりでも、いつ出てくるかわかんないんだもん、震災ボランティア話。正直しんどいです。こっちだって命がけで子供たち守ってんだからねって言いたくなりますよね。

3/11の3時近くは、ちょうど小学校の低学年くらいの子供たちが、保護者と一緒、もしくはひとりで家に下校中の時刻で、どれだけ怖い思いをしたかと思うと、涙が止まりません。食欲もなかった子も多かったんですよ。未だに給食もミルクがなかったりするし。小さい子供たちがおうちから水筒持参があたりまえになりました。
こんなこと書くとはちこさんは優しいからストレスにならないでね。充分翻訳、
祈り等で支えてもらてます。首都圏も被災地です。もっとケアが必要ですね。遠慮して言えないのです。先生たちへのカウンセラーもいてほししいな。

はちこはちこ 2011/04/30 21:15 hide&yoko先生、
記事を送ってくださりありがとうございました! 本当に、何かが起こると、私たちは無意識のうちにもその出来事に何らかの意味付けをしようとしますよね。それが役に立つこともあるのでしょうが、ときには、わからないままにおろおろ泣きながら祈るだけしかできないと受け入れることは、逆に慰めになりますね。お分ち感謝します!

たんぽぽさん、
本当に、首都圏の皆さんも紛れもない被災者なのですよね。私の妹の義父は、震災時入院中だったのですが、震災の翌日亡くなりました。停電のせいなのか、あるいは激しい揺れが弱っていた身体にストレスになったのか、はっきり聞いていませんが… 私の父も、節電のために暖房を控えていたら、体調を崩して血圧が上がってしまいました。こういうとき、子供や高齢者といった弱い者にまず影響がでますよね… そして、そういった弱い人たちを支えている人たちは、たんぽぽさんのおっしゃる通り、日々震災ケアに向き合っておられるのですよね。
どちらのほうがより大変だとか、そういう問題ではなくて、今は皆がそれぞれの立場で、これまでとは違う状況に立たされ、そこで闘っているのですよね。
たんぽぽさんも、心も身体も守られますように、お祈りしています。首都圏の子供たちも、多くのストレスを感じているはずだと思います。在米の知り合いが、震災時、ちょうど一時帰国中でした。実家は確か九州の方だったため、震災の影響は直接なかったものの、帰国するや震災があり、日本中が大変なときの滞在だったので、一緒に帰国したまだ小さいお子さんが、アメリカに戻ってきたあと、津波の絵を描き始めたそうです。ほんの数週間、しかも被災地から遠く離れたところにいてもやはり精神的なストレスを受けたのであれば、日本に住んでいるお子さんたちのストレスはどれほどのものだろうかとその友人も言っていました。そういうお子さんたちのケアをする中で、たんぽぽさんが辛くなるのは当然だと思います。子供のお世話をしている先生方にも適切なケアが備えられることを祈ります。

>こんなこと書くとはちこさんは優しいからストレスにならないでね。
ありがとう。この文章を読んだとたん、涙がドッと溢れてしまいました。お互いに、祈り合っていこうね。

たんぽぽたんぽぽ 2011/05/01 08:32 はちこさんありがとうございます。
東北の現地へのボランティアもすごく大事なことです。
そして、首都圏の場合は、それと同時に、教会にいる子どもたち、一人暮らしの
お年寄りへのケアも忘れてはいけませんよね。教会学校の先生や、牧師夫妻に聞きつつ、
自然に話して支えてあげるのも大事なケアです。実はいちばん身近な所に本当の必要がたったりするのです。

書き込んだ時は、気分転換のつもりで出た集会で、震災の証があったりして、めげていたの。コンサートの中とか、メッセージの前とか、席を外せない瞬間にあったから
ちょっとしんどかったんです。必要なことだけどね。辛い人は席を外せる
タイミングにしてくれてもいいかもね。現地に行った人には伝えなきゃという
使命感がありますよね。
私にも、子どもたちとお年寄り、教育・医療・福祉の関係者はストレスがたまっていて、 SOSを出す寸前なんだということを伝える義務もあるのかなあと思わされました。小学校の低学年や幼稚園のお帰りの時間など、ちょうど子供たちが怖がる時間に震災が起こったので、地震と言っただけでさっと顔色がかわる子供など、傷は深いのです。震災ボランティアに行くクリスチャン学生さんには、身近な教会でのニーズにも、もっともっと気づいてほしいです。(気づいてるかもしれないけど。)
両方が車の車輪のように必要でしょう。私は現地に行く精神的な余裕はないです。

ひとりでお帰りだった子供たちのためには特別に祈る必要を感じています。顔色の変りかたが違うのです。さっと別の顔になります。また、タカ笑いをするなど、本当に明らかに
違う反応がありました。4年生以上の子供は授業で先生と一緒だからまだ大丈夫だったのです。食事を食べられなくなったりは低学年の子供により見られた症状でした。

まだ表現できていない子供たちもいるんですね。阪神大震災のケアの反省から、地震の絵は描かせてはいけない、話もしないようにと書いてあったサイトもありました。いくつか見てみたら、災害ごっこも子供が喜んでしていたらさせてもいいというサイトもありますね。どうなのかなあ。保護者へのケアでは、私たちは不安なところはなるべく見せないようにしているし、子どもの変化も、それを聞く保護者の不安も考えて伝えていました。

長期化するとどうなるのかな。危険な余震がないように祈っています。祈ってください。
避難させないといけないしね。責任あるから。学校ってすぐに避難所になるしね。ストレスはあるんですよね。お祈り感謝です。先生たちが教会でもしんどいことはしんどいって言えるようになるといいなあ。私は聞いてもらえてて感謝です。

はちこはちこ 2011/05/01 21:23 たんぽぽさん、
そうなんですよね。現地でボランティアしている人たちも大切な働きをされているし、首都圏に残ってそこでの被災者のケアをしているたんぽぽさんたちもまた、大切な働きをなさっている…

表現は、無理強いは禁物だと言いますよね。自主的に津波の絵を描いたりしている場合は、止める必要はないでしょうが… 
そのあたり、子供に接する上でどんな注意点が必要か、先生たちへの指導もほしいですよね… 
続けて祈っていますね。

2011-04-26

Resurrection Dance

11:09 | Resurrection Danceを含むブックマーク

 Facebookで見つけたビデオ。とても感動したのでこちらでもシェアします。

 テキサス州ヒューストンのある教会の人たちが、老若男女、市の広場に集まって、主の復活を祝って踊りました。

 そのとき、みんな新品の靴を履いてやってきて、踊りが終わったときにはその靴を脱ぎ、宣教団体を通して寄付したそうです。コンセプトも、歌もダンスも素晴らしいです。主のご復活を祝うのに、なんとクリエイティブで喜びに満ちた方法でしょう。

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 そして、この教会が復活祭にダンスをするというアイディアを得たのは、前年、ハンガリーのブタペストの教会の人たちが、復活祭を祝って広場で踊るのを見たことがきっかけとなったそうです。そのビデオはこちら。元共産圏のハンガリーの広場で、こんなふうに大勢のクリスチャンたちが主の復活を祝って大胆に踊っている姿に、ただただ心震えます。

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 これは、今では復活祭にダンスを踊るという東欧発の世界的な(?)運動になっているらしいです。

 再び、5年前の日記より。

聖書は、キリストの復活が私たちにもたらしてくれた希望について語っています。「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。( 第一ペテロ1:3)」… 新約聖書には「希望・望み」という言葉が71回出てきます(英語の場合)が、キリストの復活前には1回だけ、残りの70回はすべて復活後に語られています。

 人が生きていくためには、希望が必要です。そして、主イエスの復活こそ、私たちに揺らぐことのない希望を与えてくれるものなのですね。

hide-tanhide-tan 2011/04/27 14:47 やはりブタペストのイベントからヒントを得たんですね。日本でもやれたらいいですね。

はちこはちこ 2011/04/27 20:06 日本人はよさこいや阿波踊りのように、皆で踊るのが好きな国民ですから、こういうのもいいんじゃないかと思います。東京なら代々木公園あたりでできたらいいですよね!

TaneTane 2011/04/30 09:13 Reurrection Danceをキーワードにこのブログにやってきました。
東京に教会が1,000あるとして一人ずつ参加するだけでかなりの規模になりますね。
。とてもいい伝道にもなると思います。やる際は是非教えてください!

たんぽぽたんぽぽ 2011/04/30 10:16 子供たちと踊ると楽しそうですね(*^_^*)。

余震が続いています。楽しいことをなるべく考えてます。

匂いのある折り紙とか、ピカピカの色紙とか、小さなことで子供たちは大喜びです
(^−^)

今度はシャボン玉遊びをしたり、いろいろ考えてます。100円均一のお店にも行きます。子供ってすぐに飽きちゃいますから、毎日少しずつの変化って大事ですね。

金とか銀の折り紙をだれがもらうかでけんかになったり、笑っちゃうこともあります。

先生大好きって言ってくれる子供たちの笑顔を守りたいですね。

君は愛されるため生まれたっていうメッセージを子供たちに伝えるためにも、

自分のことをまず愛する必要があります。

日本のクリスチャン男性ってロリコンなんですよね。

専門職にある女性に対する敬意がクリスチャンの世界にもっとあったらいいのにな。そしたら教会を離れる人が少なくなるのにね。

仕事充実しすぎ(;一_一)

早くフランスみたいになるといいなあ。クリスチャンで、パフォーマンス学の
権威の佐藤綾子先生も、日本がフランスのように、成熟した文化になって、
女性の成熟した美しさや、生き方をわかる文化になると日本女性は生きやすく
なるって著書に書いていらっしゃいます。
美魔女を目指すのもなんかなあって思うけど。
努力はしてるけど、仕事も大変です。

はちこはちこ 2011/04/30 21:19 Taneさん、初めまして!
コメントありがとうございます。^^
本当に、日本でも実現できたら素敵ですよね!

たんぽぽさん、
そうですね、ダンスは身体を動かすからいいストレス発散にもなりそうです。主をcelebrateする歌を思いきり歌いながら、子供たちと踊れたら楽しいでしょうね!
たんぽぽさんの魅力は、見ている人はきっと見ていると思いますよ!

2011-04-25

Resurrection

07:14 | Resurrectionを含むブックマーク

 5年前の日記より。

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 (歌詞要約)もうすっかり疲れ果ててしまった 力尽きてしまった どうして私はこんなふうになったのか 私の情熱はどこへ行ってしまったのか もう何も感じることができない これ以上頑張れない もう限界です どうか私を復活させてください ただあなただけが、空っぽになった死人を蘇らせることのできるお方です 私が失ったものは到底あがないきれないように思えるけれど、それでもあなたは荒れ狂う海に向かって手を上げるだけで嵐を鎮めることのできるお方 冬を春へと変えることのできるお方 この苦しみから何か美しいものを生み出してください 私には復活が必要です あなただけが私を死から蘇らせることができます 粉々になってしまった私を、あなたの御手で、もう一度建て直してください もう一度…


 5年前にこの歌に言及したときは、まだYouTubeの使い方を知らなくて、動画をアップしていなかった。そもそもYouTubeっていつから登場したのだっけ?と調べてみたら、2005年2月だそうだ。以前は、ブログで歌を紹介したくても、紹介のしようがなくてじれったかったものだけれど、今は本当に便利になったね。

かきごおりかきごおり 2011/04/25 21:57 この歌詞、すごい自分の心に響きます。同じように感じる人がいたんだ、というだけで、なんだか慰められます。そして、ただ、それだけではなくて、自分がいつの間にか、自分に「しっかりしなきゃ」と自分の力で解決するようにと命令してきたこと、そうじゃなくて、主の復活の力が私のうちに流れ込むことが大切なんだということ、気がつかされました。ありがとうございます。

はちこはちこ 2011/04/26 10:59 かきごおり先生
私もこの歌のことすっかり忘れていたのですが、過去の復活祭関係の日記を読んでいたら見つけ、感じ入ってしまいました。
主の復活の力… 私たちが空っぽの死人になったときにこそ、流れ込んでくるものなのかもしれませんね…  ああ、ただ主だけによって生かされ、主だけのために生きる者とされますように…

たんぽぽたんぽぽ 2011/04/30 10:38 賛美を聞きながら考えました。
私が一番苦しんでいるのは、自分をそのまま愛することかなあ。
教会や職場で未婚のことをいろいろ言われると傷つきます。
まず自分が認めないといけないのかなあ。

子供は自分を愛して優しくしてくれる大人には心を開いてくれます。
自分がいつも神様からの愛で満たされて心の余裕がないと、子供たちのことは
愛せません。教会のほとんどの人はいい人たちです。
そしてクリスチャンの世界も。ごく少数のまだ結婚していなくて、自分に自信のないクリスチャン男性に(多分)たまに傷つけられるかなあ。なんとも思ってないの、こっちだよーーって(;一_一)

だってひとりで生きていけるもの、充分。キャリアも経験も充分だもん。
クリスチャンは女の人が多いから、クリスチャンとしか結婚しないって思うと難しいんだもん、結婚て、日本では。
それがわかっててどうして女の人に意地悪言うのかな。変なの。日本のキリスト
教界の七不思議のひとつだわ。独身で奉仕も献金もしてくれて教会を支えている
会員をみすみす失うのはもうやめにしたらいいのになあ、と思うたんぽぽでした。

既婚か未婚かなんてその人の価値に何も関係ないよね。ノンクリスチャンと結婚する人減らないからね、今のままだと。本当に日本の教会のために祈ってくださいね。

原罪がなかったら年をとることに対する苦しみもなかったのにね。
と言いながら、エステもするし、おしゃれもするたんぽぽでした(^−^)
子供の基準は違うのね。子供は大好きな先生のことは美魔女?!に見えるみたいです。

ぼく人参ですぼく人参です 2011/05/01 10:42 たんぽぽさん、

ぼくの勝手な意見です。
日本のキリスト教会/教界に決定的に欠けているもの、しかも絶対に不可欠なもの。というと何か。それは、相互愛です。
これのない教会/教界は、何のことはない、偽善と独善みえみえの宗教ごっこです。三文の値打ちもありません。
みんなで悔い改めなきゃですね。言わずもがな、自身を省みて言うのです。

2011-04-24

Happy Resurrection Sunday!

00:18 | Happy Resurrection Sunday!を含むブックマーク

 主のご復活、おめでとうございます! He is risen!

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さて、安息日が終わったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った。そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた。彼女たちは、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか。」とみなで話し合っていた。

ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。

それで、墓の中にはいったところ、真白な長い衣をまとった青年が右側にすわっているのが見えた。彼女たちは驚いた。青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。(マルコ6:1−6)

ぼく人参ですぼく人参です 2011/04/24 10:15 ちょっとシェアです。

Rely not on yourself, but on God, who raises the dead. Reckon yourself dead. Then, HE will raise you up. (2Cor 1:9, 1Cor 15:31)

これは、ここ一月ばかり、ぼくが言われ続けている(と信ずる)言葉。実に、信者自身の身にとり、毎日が死と復活である(べきな)のでしょうかね、、、

はちこはちこ 2011/04/24 22:01 アーメン! 本当に、信者にとっては、毎日が死と復活なのだと思います。

2011-04-22

Good Friday

| 08:18 | Good Fridayを含むブックマーク

It's Friday...

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But Sunday is coming. 復活の日曜日を祝うためには、この金曜日を通らねばならない…

 先週の日曜日、うちのパスターが「映画「Passion of the Christ」がR-ratedなのは、私たちの罪がR-ratedだからだと言った。イエスをこんな目に遭わせたのは一体誰なのか。この醜い罪にまみれた私たちが、復活の主の栄光を仰ぐためには、金曜日を通らねばならない。尊い贖いの血潮に染まった十字架の足元にひれふし、自らをそこに置かねばならない…

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"It’s the avoidance of suffering that brings bitterness, but the embracing of suffering as a follower of Jesus that brings new life.

苦しみを避けようとするなら、そこには苦(にが)みが生まれる。しかしキリストに従う者として苦しみを抱きとめるなら、新しいいのちがもたらされる。(Pastor Casey Tygrett)"

浩子浩子 2011/04/23 00:26 >イエスをこんな目に遭わせたのは一体誰なのか。この醜い罪にまみれた私たち>>が、復活の主の栄光を仰ぐためには、金曜日を通らねばならない


十字架は私のためだった・・それを頭じゃなくわかりえる為に、あえて自らの
底知れない罪深さを改めて認識させられる金曜日でした。
祈ることさえ出来ない、矛盾だらけの思いにただ圧倒されて言葉が出ず、うめくこともできないこの感覚、4,5年前に味わった思いと一緒です。
でも、ようやくうめく思いがこの画像の主を見たときに湧いてきました。
うめきをもたらしてくださる主の恵みを更に求めつつ、祈りたいと思います。
どうもありがとう。

身体の調子はいかがですか・・?お大事にしてくださいね

はちこはちこ 2011/04/23 19:35 浩子さん、
今年は例年以上に、イエス様の復活のいのちに与りたい、与るための道が開かれていることがありがたい、そう思いつつこの一週間を過ごしました。
日本で皆さんが迎える復活の日曜日は、今年はいっそう主の恵みと憐れみと確かな希望に溢れたものでありますように…

体調は、もともと貧血でフラフラしていたところに、ケンの風邪がうつってしまったようです。今は大分楽になりましたが… ありがとう!

2011-04-17

2011-04-16

Pinewood Derby

20:02 | Pinewood Derbyを含むブックマーク

 今年もパインウッド・ダービーの季節がやってきた!

 去年は3〜8年生の部で1位、総合2位だったケンですが、今年はなんと、3〜8年生の部でも総合でも1位の快挙を成し遂げました。しかも、距離を競う部門でも、ケンの車が最長走行距離を記録し、堂々1位に。三冠王です。ただし、デザインの方は去年に輪をかけて適当でしたが。(笑)デザインは捨て、ひたすらスピードが出る車のエンジニアリングに賭けたらしいです。

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 受付で車を登録したとき、係のおじさんがケンの車を持ち上げるや否や、ニヤ〜っと笑って、「この車は要注意だな」。持ち上げてみると、後方のほうが前方よりもずっと重たいようになっているのです。

 こちらはレースの様子。

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 2本目のビデオでは、ケンはレースが終わった車を係のおじさんのところに持っていく、という係でした。お盆に車を入れて行ったり来たりする様子は、小僧さんのようでした。(笑)

(このビデオを見たぼぼるパパには、「カメラが車の動きに全然ついていっていないじゃん」と笑われました。)

 このパインウッド・ダービーは、私たち家族が以前行っていたアッセンブリーの教会で毎年行なわれているもので、懐かしい人たちにも大勢会えて楽しかったです。

追記:

これは、小学生の女の子たちがつくった車。

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他にも、ものすごく凝った面白い車がたくさんありました。

かきごおりかきごおり 2011/04/16 21:28 とうとうやりましたね!
8年生までこのあと5連勝を目指すのでしょうか?
勝因は軽量化でしょうか?
デザインもなかなかだと思いますよ。
個人的にはモヒカンのおじさんが心に残りました。
男は永遠の少年ですね。

谷川馬夫谷川馬夫 2011/04/17 06:25 おめでとうございま〜す!
遂にやりましたね。物理理論の勝利というところでしょうか。
ケンちゃんの顔がすごく変わったみたい。すっかり大人の小型版という感じ。
うちの娘より2つか3つ大きいんでしたっけ?
小学生の高学年ってもう大人のミニチュア版みたいに見えますね(^−^

TomokoTomoko 2011/04/17 06:26 ということは、ケン君はエンジニア的にいろいろと計算してこの車をデザインした、ということですよね。凄すぎる〜〜〜

さらさら 2011/04/17 09:58 ケンくん、やったぁぁぁぁ〜〜。おめでとう!!!
ちょっと見ないうちに随分と成長しましたね〜。
物理の世界ですね〜〜。

いやぁ、ほんと、カメラの中にあまりケンくんの車が写ってないかも・・・

はちこはちこ 2011/04/17 11:38 かきごおり先生、
あのモヒカンのおじさん、カッコイイでしょう!あの教会の男の子ミニストリーの重鎮で、本当によく面倒を見てくださるんですよ。何年も前、夏の少年キャンプの報告のとき、彼がこう言っていたのが印象に残っています。「This camp brings a man out of a boy, and a boy out of a man.」ほんと、男性は永遠の少年だし、たとえ少年でも内には「男」の心があるんですね。
ケンは、5連勝いくかなぁ〜。

谷川馬夫さん、
ありがとうございます! もちろんケンが自分で物理理論を考慮に入れたのでなく、パインウッドダービーの本を読んで研究したのですけどね。まず、車をくりぬくための木の塊を、低温のオーブンで15分くらい焼いて、水分をとばして全体の重量を軽くする。それから空気の抵抗を少なくするようなデザインにして、前方を軽く、後方が重くなるように後方に重りをつける。車全体の重量には制限があるので、その範囲内でうまくやらないといけないんですね。それから、車輪をやすりで擦って摩擦を減らす。また4つの車輪のうち3つだけが地面につくように調整する。これも抵抗を減らすため。さらに、潤滑剤としてグラファイトの粉をタイヤにぬる。グラファイトの粉は会場にもあって、みんなやっているのですが。
ケンは3月で十歳になったところです。子鹿ちゃんはこの4月から3年生ですか?
ケンは、普段から年齢より上に見られることが多くて、9歳の頃にもよく11歳と間違えられていました。でもホント、去年と比べても、大人びた感じになってきたような気もします。中身は相変わらずガキンチョなのですが。(笑)

Tomokoさん、
いや〜、本からのパクリですよ。パインウッドダービーに特化した、「速い車を作るために」みたいな本がたくさんあるんですね。ケンもそういう本を参考にして、そこにあったデザインを真似たようです。

さらさん、
ありがとうございます。^^ 膝の上に抱っこしたくても、さすがに最近はあまり座ってくれなくなってきました… (たまには座ってくれることもありますが。)買い物のとき、手をつなごうとしても、さり気なく振りほどかれるときもあります。
デジカメだと、カメラを顔から離して持つでしょ、だから(?)車のスピードにあわせてカメラを振るのが難しかったんですよ。(言い訳 笑)

はちこはちこ 2011/04/17 11:44 このコースはコンピュータにつながっていて、1000分の1秒まで速度を計測することができるんですよ。実際、一番速い車と一番遅い車の差でも、0.5秒くらいで、首位争いは、100分の数秒から1000分の数秒のあたりでなされていました。

2011-04-15

mmesachi2011-04-15

Sushi and Beyond

16:54 | Sushi and Beyondを含むブックマーク

 いや〜、驚いた。こんなお店が日本にあったとは。(というか、アメリカにあったとしても驚くけど。)

 アメリカでキリストに出会って受洗した、クリスチャンのオーナーシェフによるNYスタイル・ジャパニーズキュイジーヌのケータリングのお店! こんなケータリングなら、お客様に喜んでもらえるの間違いなし!という感じ。

かきごおり先生のツイート

17:17 | かきごおり先生のツイートを含むブックマーク

 リツイートしたのだけれど、じっくり思いめぐらせて、自分の中にとどめておきたい言葉だと思ったので、こちらでも引用させていただきます。

nj_otenki イエスの十字架への道は、人々との対決、常識との対決、周りの期待との対決の道だった。この対決の道を辿りながら、イースターまでの日々を送っている。この対決を支えたのは、父なる神との確かな関係。やはり、今の自分に必要なのは、この神との関係における平安と確信。

 人に仕えることと、人の期待に応えることは違う。人を愛することと、人の期待に応えることも違う。これを間違えると、境界線がボロボロになってしまう。期待に応えれば、喜ばれるのは確かなのだけれど。でもそれでは、結局「人の歓心をかおう」とするだけになってしまう。かきごおり先生がおっしゃるように、父なる神との確かな関係がなければ、人の歓心をかうことで、人と「つながり」を築いたような幻想を抱き、気がついたら神様の召しとは全然違うところで振り回されていた、ということになりかねない…

ぼく人参ですぼく人参です 2011/04/15 22:28 違う違う。ほんに、間違えちゃいけない。
Love is supremely important. BUT, if we were trying to please men, we would not be servants of Christ. God tests our heart. It is HIM we are trying to please, not men. (Gal 1:10, 1Thess 2:4)
これも、F という教材を使って学びましたよ . . .

kanahakanaha 2011/04/15 22:44 誤解されると困るのですが、神様は選択の自由も下さっていますよね。
もちろん、結果的には神様の望まれないことは砕かれるのですけど、わたしはこの選択の自由に感謝しています。
人の期待に応えたいためで無くても、やりたいことはあります。
それが他者からは「歓心を買う」と見られたとしても。
神様と自分の関係を他者が全て理解出来ることは無いと思います。
けれど、クリスチャン、ノンクリスチャンに関わらず、他者に見える言動には注意深くありたいとも思うのです。

わたし自身は「歓心を買う」ような言動が皆無でして、周囲の人に対しての自分の感情を諌めている訳です。
どうも裁いてしまうような時があって…まずいです。

はちこはちこ 2011/04/15 23:32 人参、
これを書いたあとで、人に仕えることと、人の期待に応えることの違いって何だろう…?と考えていて、前者は、究極的に神様に仕えているけれど、後者は神様よりもその人、場合によってはその人を喜ばすことによって何らかの自分のニーズを満たそうとすることになるのかな…と思ったりしていました。It is HIM we are trying to please, not men. アーメン。

kanahaさん、
私のほうこそ、誤解されてしまったかな? あるいは、kanahaさんがおっしゃろうとしていることを、私はよく理解できていないかもしれません。私としては、他の人の言動をあれこれ言うために書いたのではなく、私自身のことを内省して書いたつもりでした。私が人の期待に応えたいと思うとき、うまく応えられなくて罪悪感や心苦しさを覚えるとき(よくあるのです)、その根底にある私の動機とか、心の状態はどうなっているのかなとか、そんなことを考えていました。

また、かきごおり先生宛のツイートでも書いたのですが、イエスは「王になってほしい!」とのユダヤ人の期待にノーと言って、かわりに十字架に行かれた…そのおかげで、全人類に救いが差し伸べられた… ローマ帝国の圧制にあえぐユダヤ人を見て、イエスは心を痛めておられたに違いない、イエスがその気になれば、王になることなどたやすいことだったに違いない、それでも、人々の期待に応えてユダヤ人の王になるよりも、御父の召しに従って十字架にかかって死なれることを選んだ… もしイエスがユダヤ人の王になることにしていたとしたら、それは決して人々の歓心を買うためではなく、ひとえに愛と憐れみの思いからだろうけれど、それでもイエスは、御自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従うことを選ばれた… それの意味するところは…など、復活祭を前に、そんなことにも思いを巡らせつつ書いたことでした。

はちこはちこ 2011/04/15 23:33 kanahaさん、私の書いたことがわかりにくかったなら、ごめんなさいね。

kanahakanaha 2011/04/16 00:04 はちこさん

はちこさんのおっしゃりたいことはわかってました。
立場が真逆でして、わたしは仕える人を裁く傾向があるのですね。
そういう自分が見えたのでした。

うまく応えられなくて罪悪感や心苦しさを覚えるとき(よくあるのです)・・・
そういうことが殆ど無いのですよ、わたし。
そう書くと、何だか自分ってどうなのって思いますけど。

このテーマにコメントすべきでは無かったのかな〜と、すみません、ポイントがずれてましたね。

かきごおりかきごおり 2011/04/16 07:28 コメント書いたのですが、長ーくなってしまったので、自分のところに書いておきました。誘導みたいでもありますが・・・(笑)

はちこはちこ 2011/04/16 08:00 kanaha さん
あー、なるほど、なるほど。今度はよく分かりました。
皆、いろいろですね。kanahaさんは、自由に、自主的にいろいろなことをなさっておられますよね。素敵だと思います。そういう人に何かをしてもらうと、してもらった人も素直に嬉しいですよね。
コメントしてくださってありがとう。いろんな視点、立場があると気づかされるのはいつでもありがたいことです!

かきごおり先生、
レスポンスありがとうございます!これからケンを連れてパインウッドダービーに行くので、戻ってきたらまたお返事します

クレオパクレオパ 2011/04/16 09:48 Sushi and Beyondは、私のよく知っているご夫婦(二人とも米国で信仰をもった)が、数年前に始めた新事業。とても良心的な内容です。日本のVIPクラブでも、たまにお願いしています。私のブログでいつかインタビューしてから紹介記事を、と思っているうちに、二、三年たってしまいました。都内、川崎、横浜あたりだったら、教会の祝いの席や、スモールグループでも、ある程度以上の人数がある場合、出張サービスしてくれます。都内の外国人グループも利用なさっているようです。お寿司が得意のようです。

林 2011/04/16 12:42 はじめまして。
日本時間ではもうパームサンデーに突入しています。

「イエスの十字架への道は、人々との対決、常識との対決、周りの期待との対決の道だった。」
本当にそうですね。
結局は、人間を主体とするか、それともイエスを主体とするかの篩い分けに行き着くのだと思います。

本日語らせていただくメッセージの参考にさせていただきましたので、お礼まで。
シャローム。

はちこはちこ 2011/04/16 19:41 クレオパさん、
おお、そうなのですか!とってもいい感じの事業ですよね。ウェブサイトを見たら、いきなり御言葉があって、「おお!」と思いました!もしうちの子が日本で結婚式をするなら、こちらにレセプションの食べ物をお願いしたいなと思ってしまいましたよ〜。

林さま、
はじめまして。
>結局は、人間を主体とするか、それともイエスを主体とするかの篩い分けに行き着くのだと思います。

ああ、本当にその通りだと思います。メッセージ、読ませていただきました。お知らせくださり感謝します。Many blessings!

ぼく人参ですぼく人参です 2011/04/18 10:55 ps
The only problem is, there's no love in the Church.
といったら、ちょっと極論かな。ま、でも、あたらずと言えども遠からずでは?特に、日本の「教会」なるところは。
誰かに愛されたい、生身の人間に愛されたい、と考えて、教会を訪ねようという人がいるなら、ぼくは、おやめなさいと言います。ちなみに、ぼくも「クリスチャン」の末席をけがす者ではあります。
「教会」は、今や教義と独善に凝り固まった、お上品にも余所余所しい「隣人同士の集まり」になっていると言わざるを得ない(私見によれば)。どこまでも「教え」を受けに行くところです。お世辞にも、互いに愛し合う「brothers&sisters 同士の集まり」とは言えない。(特殊な例外は存在するのでしょうが、ぼくはひとつも知りません)
それじゃあ、キリストに対して信心を起こそうというほうが、むしろ不思議なくらいですよ。なんせ、キリスト自ら、『もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです』と言っているんだからね。
つまりさ、本当の兄弟姉妹として愛し合っていないような「教会」は、単なる宗教ごっこだと、キリスト本人が言っているんですね。ニセ教会なんですよ。『愛さない者は、死のうちにとどまっているのです』『愛のない者に、神はわかりません』とも書いてある。ニセ信者というわけですね。
いや、ぼくが言うんじゃない。聖書でしょう?
ぼくは、日曜日のメッセージで、「救い」だとか「命」だとか「義」だとか「復活」だとか、そういうのは聞くけれども、「互いに命を差し出して愛し合おう」というメッセージは、いまだかつて一度も聞いた覚えがない。本当に、一度もない。
よく、日本人は福音になかなか心を開かないと言われるけれども、伝える方が、一番肝心なものを持っていないんだから、それは無理ですよ。(こんなprovocative なことを書いたら、またまたはちこ様に叱られるのを覚悟の前で投稿しますた)

2011-04-14

2011-04-13

MEMO:ビデオ

22:33 | MEMO:ビデオを含むブックマーク

大阪府熊取町にある京都大学原子炉実験所。ここに脱原発の立場から活動を続けている”異端”の研究者たちがいる。原子力はわが国の総発電電力量の3割を供給するまでになったが、反面、去年の中越沖地震で柏崎刈羽原発が「想定」を上回る激しい揺れで被災するなど、技術的な課題を完全には克服出来ていない。番組では、国策である原子力推進に異を唱え、原子力の抱えるリスクについて長年、警告を発し続けてきた彼らの姿を追う。その言葉はエネルギーの大量消費を享受する私たち国民一人ひとりへの問いかけでもある。

 このビデオは、2年前のものらしい。今中哲二さん、小出裕章さんほか、熊取六人衆と呼ばれる方たち。今回初めて知った。

「その言葉はエネルギーの大量消費を享受する私たち国民一人ひとりへの問いかけでもある。」ここしばらく、私もまさにその問いかけを自分自身にしている。

 こういう状況になってから「原発反対!」を訴えるのは簡単だけれど、これまでエネルギー問題についてたいした関心も示さずに、エネルギーの大量消費の恩恵を当たり前のように受けていた自分を思ったとき、自分の無知さ、意識の低さに、恥ずかしくなった。「太陽エネルギー」はウルトラマンのコマーシャル程度にしか考えていなかった。

 イリノイ州にも原発がいくつもある。いちばん近いもので、うちから100キロくらいだろうか。イリノイ州は、州の電力の半分以上を原発に頼っているそうで、全米の州の中でも原発依存率がいちばん高いらしい。でも、こんなに危険なものに依存したくない。そういう話をアメリカ人のクリスチャンの友人にチラッとしたら、彼女は、「ひどい話よね! 政府の言うことなんてあてにならないから! 政府が安全だと言ったからといって、信用できないわよね!」とものすごい剣幕だった。(政府を信用できないのは、どこの国でも同じなのか…)

 でも、これは政府を責めればいいという問題ではないと思う。「エネルギーの大量消費を享受する私たち国民一人ひとり」が、自分のエネルギーの使い方を考え直すところから始めないと… 自分の家にソーラーパネルの設置を検討してもいいかもしれない。それで自分の家での電力の100%をまかなうのは無理でも、たとえ10%でもまかなえるなら。それを各家がするならば…。日本の場合、原発に依存している電力量が3割ならば、やり方次第で原発を完全廃止することは可能では…?

 調べてみたら、個人で設置するのはやはりかなりコストがかかる。でも、エコへの貢献になるので、アメリカの場合、国が設置料を多少は肩代わりしてくれるらしい。(税金の申告のときに、ソーラーパネルを設置した旨を記載すると、その分いくらか税金が安くなる。)

 春休みにNJに行ったとき、かきごおり先生のお宅へお邪魔した。そのとき、地の管理者となるべく神様に召された人間だったのに、この地を治める代わりに搾取した結果がこれなのかもしれない…という話になった。

 私たちが生きていくのに必要なエネルギーは、無理なく得ることができるようにと神様は備えてくださっていたはずなのに、人間が自分たちの欲や利便に駆られて、「もっとくれろ、もっとくれろ」と求めた結果の一つが原子力発電だったのかもしれない。

 蛭にはふたりの娘がいて、「くれろ、くれろ。」と言う。飽くことを知らないものが、三つある。いや、四つあって、「もう十分だ。」と言わない。 よみと、不妊の胎、水に飽くことを知らない地と、「もう十分だ。」と言わない火。 (箴言30:15、16)

 しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。 (第一テモテ6:6)

 今回の地震や津波が私たちの罪のせいで起こったとは思わない。私としては、「堕落」によって地が呪われたせいだとさえ思っていない。地球の45億年の歴史の中で、人間が登場するよりずっと前から、何度も何度も地震や火山の噴火はあったはずだし(だから地上の大陸は現在のような形になった)、それにともなう津波もあったはずだから。でも、原発事故は違う。それを引き起こした直接の原因は津波だったとしても、一度炉が動き出したら自分たちの手では止めようがない、廃炉にしたところで始末のしようがない、というモンスターを造り出し、それに自分たちの生活を頼っていたのは、明らかに私たちの問題。

 放射能の危険レベルが7に引き上げられたというニュースを聞いて、一層この御言葉が心に迫った。

 わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。(第二歴代7:14)

hide&yokohide&yoko 2011/04/15 09:08 はちこさん
 本当にひとつひとつ、うなずけます。
私たちひとりひとりが危機意識を持つように変わらなければなりませんよね。
 でも、一方、最近経済発展を進めているBRICS諸国などは、原発計画をストップすれば社会問題になってしまうようです。
 先進国と言われるところもそうなのですが、経済成長をあきらめたとたん、失業率が増大します。失業はより大きな社会不安を呼びます。
 人類の歴史をみると、社会問題が起きるたびに戦争によって解決してきたという経緯があります。とにかく、あちらを立てればこちらが立たずで、みんなが納得できる解決はありません。
 そこで生まれるのが、ローマ8:22-26に出てくる三重のうめきかと思います。
今回の大震災によって、被造物がうめいています。
 それにあわせて、御霊を受けた私たちの心がうめきます。
そして、そのとき、御霊のうめきが起きます。
 どちらにしても、いろいろ考えれば考えるほどどうしてよいかわからなくなります。その中で、私たちが心からうめき、御霊のうめきが起きて、何か、自分たちが今ここでなすべきことが見えるのかな・・・と思います。

はちこはちこ 2011/04/15 10:20 hide&yoko先生、
コメントありがとうございます。
そうなんですよね。 原発=悪=だからただちに止めよ、とは単純に割り切れない。そこが悩ましいところですよね… 
信仰に関わることでもそうですが、私たちの生きている世界には、なんと白黒はっきりさせられないことが多いことかと思います。その中で、へりくだることを教えられ、主の知恵を求めることを教えられるのでしょうか。三重のうめき… うめくことが許されていること、うめくようにと促されていることに慰めを覚えます。キリスト者であれば、絶えず心の中に喜びと平安があるはずとよく言われるような気がしますが、正直言って、うめいているときにはあまり喜びや平安は感じられません。むしろとてもuncomfortableで切ないです。でも、そのような中にあるときでも、御霊が共にうめいていてくださると知ることは、なんという慰めでしょうか。
私が本当に言いたかったことの、先を読むようなコメントに、心から感謝します。

meekmeek 2011/04/17 04:26 リンクのビデオを見させていただきました。関西にこんな人がおられるのだなと思うとうれしくなりました。国家プロジェクトとして進んでいるような方向性に対して、少人数の良心の声を発し続けておられるように見えました。当然この世的な立場においてはさまざまな不利益を体験しておられるのではないかなと思いました。
私も福島の事故を通して原発問題に関心を持ちはじめまして、情報収集しているところであります。現在の状況は非難など苦労をしておられる方、命がけで作業をしておられるかたを思い遠くから祈ることしかできませんが、この事故が終息できれば、今後原発に対して世界がどう関わっていくのかということがより活発になるのではないかなと思っています。事故前は世界的に原発増の方向に向かっていましたが、現在各国ともに様子見の状態のように思えます。リンク情報感謝です。

meekmeek 2011/04/17 04:28 すみませんタイプミスがありました。

誤 現在の状況は非難など

正 現在の状況は避難など

2011-04-11

体調不調

22:41 | 体調不調を含むブックマーク

 んー、やっぱり体調悪いです。ぼぼるパパが戻るまで、もつといいんだけど…

kanahakanaha 2011/04/12 03:34 はちこさん

貧血かな?
ぼぼるパパがいないとダメなんですね。
祈ります!

はちこはちこ 2011/04/12 08:03 kanahaさん、
続く疲労感とめまいは、どうやら貧血が原因だったようです。ほかにも、胸が苦しくて、先週心臓の検査を受けてきました。お祈りありがとう!

ぼく人参ですぼく人参です 2011/04/12 09:18 いつも祈っているよ。
本当です、これは。
ついさっきも、貧血のこと、祈りました。

はちこはちこ 2011/04/12 11:37 ありがとう、人参。
人参が祈ってくれていること、疑ったことないよ!^^
神様は祈りに応えてくださるお方だものね。つい最近も、それを見せていただいて、本当に感謝。

山本直樹山本直樹 2011/04/13 04:31 はちこさん
鉄欠乏性貧血は女性には多い疾患です。
よく家庭医とご相談なさってください。
必要に応じて、消化器科、婦人科の受診を勧められるかも
しれません。鉄剤の服用が難しい時には注射で補充することも
できます。
長野の地から主の御守りと良い導きをお祈りいたしています。

はちこはちこ 2011/04/13 08:35 山本先生
ありがとうございます。数年前に数値が下がったときも、internal bleedingがないかを確認するためということで、胃と大腸の内視鏡検査をしました。あのときは、十二指腸の入り口のあたりに潰瘍ができかかっているとのことで、薬を服用しました。もしかしたら、また検査をすることになるかもしれないですね。今回は、前回のときほど数値は低くないので、サプリだけで大丈夫かもしれませんが…
いつもお祈りと的確なアドバイス、ありがとうございます!

はちこはちこ 2011/04/13 08:36 あと、5年ほど前に子宮内膜症で手術をしているのですが、婦人科系で何かあるのかもしれませんね。医師とよく相談してみます。

2011-04-10

折り鶴

14:42 | 折り鶴を含むブックマーク

 プリンストンに行ったとき、日本人学生会と町の日本人コミュニティーの方たちが合同で、The Million Crane Projectというものを行なっていた。

 震災から2ヶ月後にあたる5月11日までに100万羽の折り鶴を折るというもの。被災地に送るのでなく、日系クリスチャンアーティストのフジムラ・マコトさんをはじめとするアーティストたちが、その100万羽の折り鶴をアート作品に仕上げてくださり、それをアメリカや日本の美術館に展示するらしい。(現在、NYCの近代美術館と交渉中だとか。)その過程でスポンサーとなってくださる企業も募る。折り鶴に祈りを込めた募金活動。

 なんでも、プリンストンとスタンフォード大学の学生さんが始めたものだそうで、現在すでに、全国の多くの大学や高校、その他のグループが参加を表明し、各地で折り鶴を折っている。私も近所の日本人の奥さんたちと一緒に折っている。

 折った鶴は、50羽ずつ糸に通して、5月11日までにサイトに記載されている場所(こちら)に送ることになっている。

 在米の皆さん、学校や教会単位で、また個人で、よろしければ、ぜひご協力ください。

 フェイスブックにもグループページがあります。こちら

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プリンストン大学の学生センターにて。

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↑エミも一緒に。

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 近所の奥さんたちと折った鶴。500羽以上あるかな。まだまだ折りますよ〜。折り紙用の紙のほかに、雑誌を裁断した紙も使っています。

akiaki 2011/05/05 17:00 はちこさん〜

今朝のNHK朝のニュース「おはよう日本」で、折鶴プロジェクトについて紹介されていましたよ。プリンストン大学からの生中継だったので「おっ、エミちゃんいるかな〜」と、思わずTVにかじりついてしまいました。(結局、見つけられなかったけど・・・)

はちこはちこ 2011/05/05 20:03 おお〜〜、そうでしたか〜! うちは、TVジャパンが入ってないので、おはよう日本、見られないんですよね。残念。エミは日本人会、ほとんど行ってないと言ってたので、きっといなかったでしょう。

日経ビジネスでも取り上げられたんだそうですよ〜。http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110408/219373/?P=1&ST=spc_henkaku

2011-04-09

貧血

22:09 | 貧血を含むブックマーク

 毎年3月か4月に簡単な健康診断を受けていて、今年も血液検査をしたところ、また貧血だと言われた。去年は大丈夫だったのに。そこで再び鉄剤を飲み始めたものの、てきめんに吐き気。苦しい… 週が明けたら主治医に相談しよう。

家族の会話

19:46 | 家族の会話を含むブックマーク

その1:

夫「机の周り片付けてたら、車の保険の払い戻しで、78ドルの小切手が出てきたよ!」

は「やったじゃない! 片付けてみるもんだね〜」

夫「それが… 5年前の小切手なんだよ…」

は「……」


その2:食卓にて

ケン「ま〜や、太ってるね」

ま〜や「自分だって太ってるでしょ」

ケン「ま〜やの顔、まん丸だよ」

ま〜や&みん「自分の顔だってまん丸でしょっ!」


 ぼぼるパパは今日から1週間、コロキアムに出席のため英国ケンブリッジに行っています。流体力学の大御所で、ぼぼるパパも普段から何かとお世話になっているマイケル・マッキンタイア博士の70歳のお誕生日を祝うコロキアムなんだとか。宿泊するホテルは、今時インターネットにつながっていなんだそうで… 会議の途中でメールするくらいならできるかも、とのこと。

丸善、放射線、地震関連書籍本文無料公開中

09:55 | 丸善、放射線、地震関連書籍本文無料公開中を含むブックマーク

 すばらしい試みですね。感謝。無料でダウンロードさせてくれるなんて。買おうと思ったら高い本ばかりだし、図書館でコピーを取ろうと思っても面倒だし。

 個人的には、応用心理学事典の項目の、リスク認知リスクコミュニケーションフールプルーフ・フェイルセーフ他などが興味深いです。

みちこみちこ 2011/04/10 07:13 はちこさん、いつも愛いっぱいのお返事をありがとうございます。

貧血、大丈夫ですか?
私も10代のころ貧血で通院していました。
体育も見学になりました。
疲れやすかったり、すぐ眠くなったりした記憶があります。
病院では貧血で転倒して頭を打つのが一番怖いと言われました。
はちこさんも、どうぞご自愛なさってくださいね。
お祈りしています。

はちこはちこ 2011/04/10 08:25 みちこさん、
どうもありがとう。最近またやたらと疲れやすかったり、ぼんやりするのは貧血のせいだったか〜と思いました。女性に貧血は多いからと甘くみず、ちゃんと治療しないといけませんね。ありがとう!

2011-04-07

世の光

16:44 | 世の光を含むブックマーク

 日本時間の夕べの夜中に、またM7.4の大きな余震がありましたね… 皆さん、ご無事でしたでしょうか… ただただ、祈っています。

 FaceBookで知り合った在米日本人クリスチャンの方からシェアしていただいた動画です。被災地におられる主の働き人のために、特にお祈りしています。主よ、私たちにはとうてい理解し得ない状況ですが、それでもあなたのことを信頼します。あなたは主権を持たれた偉大なる神。私たちを愛してくださっておられる善い御父。あなたに信頼します。どうか私たちを助けてください。あなたの光を、この地で、またこの地を通して、全世界に輝かせてください。

世の光(日本語最終ver.) from Dear.Japan on Vimeo.

追記:ビデオ、リンク張り直しました。英語バージョン韓国語バージョンもあります。

みちこみちこ 2011/04/07 21:25 はちこさん、遅ればせながらお帰りなさい。
そして、エミちゃんのお誕生日おめでとうございます。
主に守られて、ますます輝いていかれますように。

お祈り、そして動画をシェアしてくださってありがとうございます。
涙が止まらなくなりました。
正直なことを言うと、ここ最近、疲れていたのです。
前向きであり続けることに、でしょうか。
余波がひろがっていくばかりの原発問題。
昨夜の余震。
こんな表現はおかしいのでしょうけれど、この動画を見てなんだか
気持ちが楽になりました。
ありがとう。

ぶんぶん 2011/04/08 02:36 はちこさん、こんにちは。
昨夜は、ちょうど寝ようとしていたところに揺れが始まって、驚きました。
長男が二段ベッドに寝ているので、あわてて部屋に走って行きましたが、ひっくりかえるようなことはなく、よかったです。
仙台市内でも、一部、火災が起きたり、被害があったようですが、津波による被害はありませんでした。
でも、11日のことがあるからか、むしろ今回の方が、気持ちのショックが大きかったです。
しばらく、手の震えが止まりませんでした。
避難所の方たちは、なお一層のことだと思います。

先ほど停電が復旧し、子どもたちが歓声を上げて、ペットのカメの水槽ポンプのスイッチを入れていました。
たとえ、人工の光でも、人の心を明るくするものです。
ならば、主の光は、なお一層、ですね。

はちこはちこ 2011/04/08 08:17 みちこさん、
コメントどうもありがとうございます!
最初の数週間は、やっぱり気持ちが張って、「頑張らなきゃ!」モードになるでしょうが、長引くと、どうしても心身共に疲れますよね…
物質的にもいろいろな物が失われ、普段の生活の一部になっていたさまざまな利便性にも支障がでて、一遍に多くのアジャストメントをしなくてはならなくなり、心も身体もきっとくたくただと思います… 
みちこさんも、どうか、休めるときにはゆっくり休んでくださいね。東北の方の苦労に比べたら…と、つい思ってしまいがちかと思いますが、関東地方の方もまた被災者ですから、辛いときには遠慮なく辛いと声を出し、休みたくなったら遠慮なく休んでください。主の慰めと励ましと希望が、上から、また主の民から、みちこさんの上にも豊かに注がれますように… 

ぶんさん
夕べの揺れも大きかったようですね。私もちょうどオンラインにいて、M7.4と聞いたときには心臓が縮む思いがしました。
余震は、大小あわせてまだ続くようです。皆さんが守られますように、心から祈っています。二段ベッドは、揺れが大きくなっても倒れないように、柱にくくりつける、床に固定するなどの措置は取れるでしょうか。度重なる停電などライフラインにおける支障は、大きなストレスになりますよね… その中で、決して消えることのない主の光が、ぶんさんの中で輝き続けさせてくださいますよう、お祈りしています。ぶんさんも、ご家族やご近所の皆さんのケアで、お疲れが溜まっておられることと思います。母親は、家族のムードメーカーになりますから、ご家族のためにもと、ぶんさんもきっと努めて明るく頑張っておられるのではとお察しします。でも、一緒に泣ける人、弱音を吐ける人も、傍におられますか? ああ、主よ、ぶんさんのこともお守りください。支えてください。本当に大切なものは一つだけですとあなたはおっしゃられました。その本当に大切なものだけは、何が起ころうとも私たちは失うことがないことを感謝します。その一つのものを基盤に、もう一度日常生活を建て直していくのを、主よ、どうか助けてください。

2011-04-06

さくら

13:01 | さくらを含むブックマーク

 NYのtomokoさんに教えていただいた歌です。森山直太朗さん、初めて知った方でしたが、森山良子さんのご子息なんですねー。言われてみれば、似ている…

 最初聴いたときはまず歌に感動し、ちょっと調べてみたら、一緒に合唱しているのが宮城県の仙台第三女子高等学校の生徒さんたちと知り、一層胸がいっぱいになりました。2008年の録画らしいです。

 さくら… この時期になると、いつも日本の桜が恋しくなりますが、今年はいっそう恋しいです。

 

 日本への思いと応援と祈りを込めて…

D

 (この合唱が実現した経緯がわかる動画もこちらにあります。)

TomokoTomoko 2011/04/06 16:20 第3女子高、全国大会4年連続金賞の実力なんですね。どうりで上手い!上手いだけじゃなくて歌っている時の生徒さん達の表情が良い!ホント、感動です!経緯のわかる動画のアップ、ありがとうございました。

はちこはちこ 2011/04/06 17:39 本当に上手ですよね! ピアノの伴奏も! そして、本当に皆さん、とっても良い表情…
私、この歌のこと、今日まで知らなかったので、教えていただけて本当に感謝です!

ぶんぶん 2011/04/06 20:21 わぁ〜♪ローカルな話題だ〜o(^▽^)o
ワタシの友人も三女高出身ですが、卒業後もずっと合唱を続けています。とても伝統があるみたいですよ。
その三女高、前年度から、共学になり、校名が『仙台三桜』に変わりました。
なぜその校名になったのかは知りませんが、桜の名前が入っていてステキだ
な、と、思います。
森山直太朗さんとも、少しは関係があるのでしょうかね?

はちこはちこ 2011/04/06 20:25 おお、ぶんさん!! この合唱のレベルの高さは、ハンパじゃないですよね! 前年度というのは、去年ですか? つい最近のことですよね。『仙台三桜』、なんて素敵な学校名でしょう。この歌の歌詞を少し変えて、校歌にできそう! この合唱の伝統ある学校の在校生の皆さんも、卒業生の皆さんも、きっと今も歌い続け、歌によって支えられていることでしょう…

はちこはちこ 2011/04/06 20:26 それにしても、この冒頭の、「ファイト、オー!」というかけ声が、あり得ないくらい可愛い!

kanahakanaha 2011/04/06 20:44 また泣いてしまったよ〜。
歳なのか、歌詞があまりにもこの時期にマッチしていたからか、PCの前で一人涙するおばさんはわたしです。
そして、清々しいまでの高校生に涙。
このタイプの高校生は稀少なのだもの、わたしの近辺では。

はちこはちこ 2011/04/06 21:29 kanahaさん、
泣けますよね!私も今日の昼間、数回続けて聞いて、実は声をあげて嗚咽して泣いてしまいました。自分でも、どうしたんだろう?と言うくらい…
この動画から察するに、この高校は高台にあるのか、それとも音楽室の階が高かったのか… この高校が、この春、無事に新年度を迎え、新入生を迎え、皆さんが元気に学びを始められていますようにと祈ります。
この動画に写っておられる皆さんも、何らかの形で被災されたのだろうと思うと、胸が締め付けられます。皆さんが無事でありましたように。歌をくちずさみつつ、力強く生きておられますように…

kurikskuriks 2011/04/07 01:01 この歌、先月の卒業式でうちの卒業生が歌っていました・・・そしてその担任の先生は被災地出身の方で、「卒業式の間は辛いことを忘れられた、みんなありがとう。」とのスピーチ。涙。。。

TomokoTomoko 2011/04/07 04:21 実は私も昨日この歌を20回は聞きました。聞いては泣いて、又聞いては泣いて、その繰り返しで、そして"さくら""さくら"を何度も何度も口ずさんでいたら、夫から「さっきからさくらさくらって、いい加減飽きないのか?」と呆れれましたよ。kanahaさん、私も全く同じこと思ってました。私はアーバンタイプの公立高校で働いているので、同じ高校生なのにどうしてこんなに違うの?って。今働いている高校生にこのビデオを見せてあげたいくらい。

TomokoTomoko 2011/04/07 04:39 今気付いたんだけど、経緯のわかる動画の方に出ているCD、三女校の上の高校、私の地元の隣町の高校です。わっ!

P.S.好きだな、この指揮している先生。きっと素晴らしい方なんだと思います。

はちこはちこ 2011/04/07 20:48 くりちゃん、
おお、そうでしたか… 日本ではかなり前から有名な歌だったようですね。名曲ですよね。その被災地出身の先生の上にも、主の慰めと励ましがありますように…

Tomokoさん、
やはりそうでしたか。私も、ケンに「どうしてそればっかり聞いてるの?」と言われてしまいました。そして、この女子高生たちの清らかさ! スカート丈からソックスの長さまでピッタリそろっていて、うなりましたよ。

この高校が、被災後どうなっているのか気になります。どなたか、ご存知の方がいらしたら、教えてください…

はちこはちこ 2011/04/08 07:44 Tomokoさんから、仙台三桜高校のこのHPを教えていただきました!
(コメント欄の認証がうまくいかず、書き込めなかったとのことでしたので、私から書き込ませていただきます。認証失敗が最近、またたびたび起こっているようで、すみません!)
http://sen3o-h.myswan.ne.jp/h22_news.html

2011-04-05

ティム・ケラー「創造と進化ーー牧会者の視点から」

| 14:49 | ティム・ケラー「創造と進化ーー牧会者の視点から」を含むブックマーク

 『放蕩する神』『The Reason for God』などの著者、ティム・ケラー牧師が、2009年11月にバイオロゴス財団主催の“In Search of a Theology of Celebration”というカンファレンスに提出した白書"Creation, Evolution, and Christian Laypeople” を、ケラー牧師とバイオロゴスの許可のもとでぼぼるパパと私が翻訳しました。その日本語訳「創造と進化ーー牧会者の視点から」がバイオロゴスのウェブサイトからダウンロードできるようになったので、お知らせします。

 直接ダウンロードするならこちらから。「創造と進化ーー牧会者の視点から」ダウンロード

 バイオロゴスは他の資料もぜひ日本語に訳してほしいと言ってくださっているので、時間の取れるときに少しずつでも翻訳していきたいと思います。

The Language of Science and Faith

| 16:58 | The Language of Science and Faithを含むブックマーク

 『ゲノムと聖書』の著者、フランシス・コリンズ博士の新刊(バイオロゴスのカール・ギバーソン博士との共著)、The Language of Science and Faith: Straight Answers to Genuine Questionsが3月に出ました。このブログで言及したかどうか思い出せず、検索しても出てこないので、まだだったかな…と思い、メモしておきます。

The Language of Science and Faith: Straight Answers to Genuine Questions

The Language of Science and Faith: Straight Answers to Genuine Questions

 ちなみに、コリンズ博士が医師の立場から執筆された、『遺伝子医療革命―ゲノム科学がわたしたちを変える』(原題、The Language of Life)も、日本放送出版協会から今年の1月に出版されています。私のところにも翻訳の話しをいただいたのですが、医療関係がメインの本だったので、辞退させていただいていたのですが、ふさわしい翻訳者とふさわしい解説者のもとで出版されたようで、とても嬉しく思います! 解説では、コリンズ博士の信仰にも言及されているそうです。

遺伝子医療革命 ゲノム科学がわたしたちを変える

遺伝子医療革命 ゲノム科学がわたしたちを変える

うさたろううさたろう 2011/04/05 22:27 はちこさん、
最初の2ページだけ読みました。続きが楽しみです。

表題の「Christian Laypeople」を「牧会者の視点から」と訳した離れ業に脱帽です。

ただし、2ページ目に引用されているPeter van Inwagenの言葉(注3の)は、相当に分かりにくい原文ですね。翻訳も苦労なさったのではないかと思います。もう少しなんとかならんのかという原文です。

なんだか自分でもこの部分を訳してみたくなりました。時間のあるときにチャレンジしてみます。結果はどうあれ・・・(汗)

はちこはちこ 2011/04/05 22:39 うさたろうさん、コメント感謝です!
タイトルは、最初はそのまんまに訳していたのですが、最後まで訳したあとで、この論考全体の意図を汲んでこのようにしてみました。

哲学者の文章というのは、とにかく厄介です。ダラス・ウィラードのときも、本当に苦労しました。(笑)
また、引用文というのは、引用している本人は前後の脈絡が分かっているからいいでしょうが、翻訳している側にとっては、引用文の原本に当たってみるのでない限り、文脈から切り離されているので、訳しにくいことが多い気がします。引用されている文献の原本に当たって前後を確認することもありますが、今回はそこまでしませんでした。

hide&yokohide&yoko 2011/04/06 02:35 はちこさん、
 先日、クリスチャン新聞に頼まれて「放蕩する神」の書評を書きました。
せっかくだから、紹介させていただけますか・・・。いつもすみません。

http://jpnews.org/rock-hyrax/book/kako11.htm

山本直樹山本直樹 2011/04/06 05:21 はちこさん
前に書いたかもしれないのですが福音派の神学校の先生が好意的な
書評を書いてくださっています。
真理に対するオープンさと、異なった意見にも先入観をも
たずに耳を傾けて真理を聞き分ける態度は、原理主義的偏
狭さを克服するため福音派が身につけなければならない姿勢
である(拙稿「原理主義的傾向を克服するために」, 月刊J
EAニュース(ネット版) 21号, 2006年9月参照)。どこまで
が福音派でどこからがそうでないかと境界線を定める旧式の
排他主義をそろそろ卒業し、聖書観を含む基本的信仰箇条
の共有を確認した上でそれ以外の多様性を許容する中心点
強調思考に切り替えたい。本書の著者コリンズは、進化論
が創造のプロセスにおいて神の用いた方法であると確信して
いる。多くの福音派諸氏はこれに懐疑的であろう。果たして、
最先端を走る科学者コリンズに対し、科学的方法論に則った
内容ある真摯な反論を提出できるか、私たちが問われている
のではないか。頭から著者を批判して福音派から締め出そう
としたり、最初から取り合わないような不誠実を犯すことのな
きよう、反論のための反論を克服した穏健かつ建設的な議論
と学習を求められている。これは、主とみことばを愛するとと
もに、DNA研究を含め生活の隅々まで科学の恩恵に浴して
いるキリスト者に課せられた務めであろう。

はちこはちこ 2011/04/06 13:42 hide&yoko先生、
読ませていただきました! 私も今、この本を原書でですが、読んでいる最中です。良い本ですよね。

山本先生、
ありがとうございます。S先生による「ゲノムと聖書」の書評ですね。実は、今回のこの原稿も、真っ先にS先生にお送りしました。

はちこはちこ 2011/04/06 17:35 山本先生、記事に加筆しました。コリンズ博士が医療研究者として書いた本が日本で1月に出ています。もしお読みになられましたら、ぜひご感想をお知らせください。解説には、彼の信仰についても触れられているそうです。

hide&yokohide&yoko 2011/04/08 01:34 いつも貴重な情報をありがとうございます。歌や動画にも、ひとつひとつ感謝します。そして、何よりも、このティム・ケラーの創造と進化に関する論文を訳してくださったこと、心より感謝します。さぞ大変だったことと思います。
 僕にとっては、世界観としての進化論と生物学的進化の区別に関して、ほんとうによく整理できた文章であることが何よりも感謝でした。まだまだ考えてゆきたいと思いますが、わかることとわからないことを、丁寧に区別することの大切さを覚えさせられました。S先生とはまた月曜日にお会いしますので、このことも話題にさせていただきます。

はちこはちこ 2011/04/08 09:00 hide&yoko先生
そうなんですよね、世界観としての進化論と生物学的進化の区別は本当に重要なことだと思います。いっぽうで、アダムの史実性など、まだすっきりした説明がなされていない部分も残っていますが、そのあたりの理解も、私たちが知るべきことであれば、主が助けてくださると信じます。S先生をご紹介くださり、本当にありがとうございます。月曜日には、どうぞよろしくお伝えください。

2011-04-04

Prayers from kibera for Japan 〜祈り〜 キベラから日本へ

13:48 | Prayers from kibera for Japan 〜祈り〜 キベラから日本へ を含むブックマーク

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ケニアの首都ナイロビにあるキベラスラムの、マゴソスクールの子供たちが、日本のために涙を流し、歌を歌ってくれました。

日本のために、涙を流してくれてありがとう…

長女が生まれた日

12:30 | 長女が生まれた日を含むブックマーク

 20年前の今日、夜中の零時20分、NJ州プリンストンにある町の病院で、我が家の長女は生まれた。二日前の晩から陣痛が始まり、前日、4月3日の朝には7分間隔で規則的な陣痛が来ていたため、病院に連絡すると、今すぐ来るようにと言われた。しかしその日の朝、大学の心理学科のオフィスから、「あなたにサインしてほしい書類があるので、来てください」というメールが届いていたので、病院に行く途中で陣痛をこらえつつオフィスに寄ると、指導教官の先生に見つかり、「何をやっているんだ! 早く病院に行きなさい! サインくらい、私が代わりにしておくから! GO!!」と叱られた。

 その日は快晴で、暖かい日だった。

 病院につくと、窓のない個室に案内された。ナースに「陣痛が促進されるように、その辺を歩き回ってきていいですよ」と言われたので、夫と新生児室のあたりを歩き回った。

 午前中は調子良く陣痛がきていたものの、午後になると、すっかり勢いが衰えてしまった。3時頃だったか、夫となごやかに会話をしているところにドクターが入ってきて、「どうしてそんなにおしゃべりできるの?」と驚かれた。本来なら陣痛でおしゃべりどころではないはずだ、と。そこで、まず人工破水。それで多少痛みが強まったものの、まだ足りない。次に陣痛促進剤の投入。それで遠のいていた陣痛も、再び調子良く(?)やってくるようになったが、まだ呼吸法で楽にしのげる程度だった。数時間後に様子を見に来たドクターが、「まだ元気ねぇ。もう少し強くしましょう」と促進剤の量を増やした。すると、それまで楽にしのげていた陣痛がガンガンくるようになった。

 夫に背中をさすってもらいながら、痛みにのたうちまわっていると(とはいえ、モニターやら点滴やらいろいろついていたので、すでにベッドから起き上がれない状態になっていたが)、今度は鎮静剤が点滴に加えられた。すると、陣痛と陣痛の合間には、吸い込まれるように眠りに落ち、一番痛みの強いときだけフッと目が覚めて、呼吸法を十数秒行なってピークをしのぎ、再び眠りに落ちる…という状態になった。

 時間の感覚はすっかりなくなっていたけれど、夜になっていたと思う。私は朝から食事ができないのは当然だけれど、付き添っている夫も食事ができないのは可哀想。夫のおやつ用にレーズンパンとバナナを持ってきていたので、陣痛で苦しむ私の隣でそれを食べてもらった。ちょうどいい具合に熟していたバナナだったので、陣痛室がバナナの香りで充満し、次にナースが入ってきたとき、変な顔をされた。(笑)

 初産なので、とにかく時間がかかる。私は寝たり起きたり、ヒッヒ、ハッハと忙しいけれど、付き添っている夫にとっては、十数時間もヒマだろう。申し訳ないと思い、陣痛の合間に、息もとぎれとぎれに「計算していいよ。紙と鉛筆がバッグに入っているから」と夫に言った。きっと使うだろうと思って入れておいたのだ。夫は素直にバッグから紙と鉛筆を取り出し、計算を始める。大掛かりなシミュレーションの計算は当然スーパーコンピュータがやるけれど、夫は自分で図を書きながら手で計算するのが好きな人なのだ。ダイレクトメールの封筒の裏、レストランの紙ナプキンやストローの紙、紙コップ、リビングに置いてあるティッシュの箱… いつでもどこでも、手当たり次第に紙を見つけては、計算を始める。時々、計算と一緒に、誰かの似顔絵を描いていることもある。

 しかし、夜もふけてきて、陣痛が絶え間なく襲うようになり、さすがに鎮静剤の力を借りても寝ていられなくなってくると、夫も計算を止めて私の背中を必死になってさすってくれた。彼も相当疲れただろうと思うが、文句一つ言わず、ずっとさすってくれていた。

 そのうち、下腹に力が入り、いきみたい衝動に駆られるようになってきた。思わず息を止めて力を入れると、「まだダメ!いきまないで!」とナースに叱られる。「呼吸法でしのいで!」 陣痛室の壁にかかっていた時計をフォーカルポイントにして、それをにらみつけながら、必死になって呼吸法。そのうちようやくナースから「いきんでいいわよ!」と声がかかる。

 「1、2、3、プーーーーシュッ! もう一度。1、2、3、プーーーーーシュッ!」

 必死で力を入れるものの、赤ん坊の頭が見えてきたところでひっかかって、それ以上出てこない。時間はどんどん過ぎる。そうこうしているうちに、羊水が緑色に濁ってきた。そのあたりのことは私はあまり覚えていないのだけれど、夫に言わすと、モニターを見つめるドクターやナースたちの間には緊迫した雰囲気が漂っていたらしい。鉗子を使おうとしても、頭がピッタリ子宮口にくっついていて、入れることができない。吸引機で頭にサクションカップをつけて引っ張ろうとしても、赤ん坊の髪の毛のせいでうまくカップが頭に吸い付かない。私も疲れ果て、なかなか力を込めていきめなくなってきた。もうこのまま、一生赤ちゃんに会えないのではないかとさえ思った。

 「頑張って! 赤ちゃんも頑張っているのよ!」ナースやドクターたちが励ましてくれる。死にものぐるいで頑張るしかない。

 ドクターがサクションカップをつけて引っ張るのに合わせて、私も力いっぱいいきんだ。そのとき、ついに引っかかっていたものが外れた感覚がして、楽になった。「頭が出たわよ!次は肩!」ドクターが叫ぶ。ナースの指示に従いながらもう少しいきむと、赤ん坊がついに出てきた。

 「It's a girl!」ドクターはそう叫ぶと、赤ん坊を私に見せてくれることもなく、赤ん坊を連れて部屋の外へ走っていった。日付が代わり、夜中の12時20分だった。

 精根尽き果てるとはまさにこのこと。感動も何もよく分からないままにグッタリしている私にナースたちが「よく頑張ったわね!」と声をかけてくれる。「赤ちゃんは?」尋ねる私に「ちょっと待ってて」とナース。廊下の向こうから、掃除機をかけるような爆音が聞こえてくる。その後間もなく、「オギャー」という赤ちゃんの泣き声。「泣いた! 良かった!」付き添ってくれていたナースたちが喜びの声をあげる。それを聞いて初めて、そうか、産声がなかったんだ、と気づいた。

 しばらくすると、きれいに洗ってもらい、おくるみにくるまれ、小さなキャップをかぶった赤ちゃんが運ばれてきた。「あなたの赤ちゃんよ。可愛い女の子ね」

 初めて会ったときのエミの顔を、私は忘れない。ついさっきまで息もしていなかったくせに、まるで何事もなかったかのように目を開け、あたりの様子を伺うかのような表情をしていた。

 あれから20年… 長いようで、短かった。20年の間で、親が子どもにしてあげられることはいくらでもあるだろうに、私はろくなことをしてあげられなかったように思う。正直言って、後悔することの方が多いかもしれない。それにもかかわらず、主の憐れみは、私たちを支え続けてくださった。主の絶えざる御臨在と、要所要所での確かなご介入がなければ、私たちは今頃、どうなっていただろう…

 3、4週間ほど前だったか、エミとスカイプで話していたとき、彼女が3歳くらいのときに、私が言った言葉が彼女を傷つけた、という話題になった。彼女は私を責めるためにそういうことを言い出したのでなく、私と彼女の関係を取り扱うような、何か深い会話をしている最中のことだった。

「これを言ったら、お母さん悲しくなっちゃうかもしれないよ」

「かまわないよ。教えて。お母さん、あなたに謝りたいから」

「うん、じゃあ… 私が3歳くらいのときにね、………」

「お母さん、そんなひどいことをあなたに言ったの? 本当にひどかったね。(涙)ごめんね。ごめんね。お母さんは本当に未熟な母親だった。赦してくれる?」

「もちろん赦すよ! もうとっくに赦しているよ! 私はお母さんの初めての子どもだったから、お母さんもまだ若くて、母親として未熟だったのはしょうがないよ。お母さんもだんだんに成長させられて、私もだんだんに成長させられて、そういうものなんだよね。今の私たちの関係が、こんなに祝福されたものであることを、私はすごく感謝してる。I love you, mommy!」

 二人とも泣きながら、スカイプごしに、エアハグをした。それから、エレミヤ29:11やローマ8:28、そして折り紙の折り跡のたとえなどをシェアして、人生いろんなことがあるけど、何一つ無駄はなく、神様がすべてを益として、私たちを形作っていってくださるのだね、感謝なことだね、と二人で語り合った。

 親も子も、それぞれに山あり谷ありの道のりを生きている。親がいろいろあるように、子どももいろいろあるのだから、子どもの成長ぶりを見て一喜一憂していると、親は振り回されてしまう。子どもを導き、究極的に育ててくださっているのは善い御父であることを覚え、主のご計画と御業に信頼し、委ねるしかない。天の御父が地上の親である私に求めておられるのは、何らかの「結果」を出すことではなく、主が教えてくださっていること、導いてくださっていることに、忠実であること。忠実に応答すること。そんなことも、最近になってようやく気づいたのだけれど…

 いろいろな人間関係の中で、もしかすると親子というのはいちばん、赦し合い、赦され合うことを必要としている関係なのかもしれない。いや、赦し合うというよりも、人間の成長過程の中で、「親を赦す」というプロセスは、何らかの形で必要になってくるものなのかもしれない。そして、親である私は、日々赦されなくては生きていかれない者であることを、再び思わされている。十字架の赦しと復活を仰ぐことなしには、一日たりとて生きていかれない者であることを、思わされている。

kanahakanaha 2011/04/04 18:16 はちこさん

朝から泣いてしまいました。
子供の誕生を親は鮮明に覚えていますよね。
わたしも娘の誕生の時を思い出しました。

「いろいろな人間関係の中で、もしかすると親子というのはいちばん、赦し合い、赦され合うことを必要としている関係なのかもしれない。いや、赦し合うというよりも、人間の成長過程の中で、「親を赦す」というプロセスは、何らかの形で必要になってくるものなのかもしれない。」
ここは本当にアーメンです。

わたし自身、時として自分の親(母)を赦す必要を思わされ、また娘からは赦されたいと願う時があります。

「親である私は、日々赦されなくては生きていかれない者であることを、再び思わされている。」

アーメンです!
お分かち、本当にありがとう。感謝です。

かきごおりかきごおり 2011/04/04 21:30 えみちゃんの20歳の誕生日、おめでとうございます!
私も、なんだか、今朝から涙腺が緩んで、どうしてだろう・・・と思っていたのですが、これを読んでまた、なんだか、目から水があふれてきてしまいました。

私は子どもを産んだことはないので、どちらかというとスカイプで話されたこと、そっちが心に留まりました。エミちゃんはなんて幸せなんだろう、と。私達が子どもの頃のことを「こんなこと言われて・・・」なんて親に言ったら、「そんなこと言われたって・・・」と戸惑われたり、自分を守るために怒り始めちゃったり、それが普通だと思います。謝ってくれて、一緒に祈ってくれるなんて、そんな心がふれあうような話ができるなんて・・・。

いろいろ考えてしまいました。

また、ゆっくり考えようと思います。
自分と親との関係のこと、そして、自分の子どもたちとの関係のこと・・・。

とても大切なことを分かち合ってくださって、ありがとうございます。

のりおのりお 2011/04/04 21:46 本日、息子は中学校の入学式です。娘は中学3年生になりました。このブログを読んで、二人が生まれたとき、小さかった時のことが昨日のように思い起こされました。ありがとうございます。

子供を持ってから初めて子供を持つ親の気持ちがわかるようになりました。本でも映画でも実際の話でも、子供がいなかった時はどこか他人事でしたが、今では心打たれる、揺さぶられることが多いです。

今回の震災で助かった親御さんで、津波で手が離れてしまって子どもが流されて亡くなってしまったという話や、3歳ぐらいの子供を寝かしつけてその合間に買い物にに行っている間に震災にあわれ子供が津波でなくなり、その子供の遺体の口から泥を掻きだしてあげたというような話を聞くと本当に居たたまれず、そのような悲しい思いをされている親御さんのために自分には祈るしか出来ないなと思うばかりです。そのような親御さんが自分を責め続けることがないように、悲しみに押しつぶされないように、適切な心のケアを受けられることを本当に望みます。

子供が普通に大きくなっていくことが当たり前ではなく、その普通のことこそ感謝しなくてはいけないのだと強く感じています。

「親子ともに未熟であること、そしてともに成長していくこと、それを分かち合えること」というはちこさんの思いは一人の人間としてすごく素敵なことだと思います。私は男親のプライドみたいなものがあって、なかなかうまく出来ません。うらやましいなと思います。

ぼく人参ですぼく人参です 2011/04/04 22:05 感動しますた!

それにしても、神様は信頼できるね。神様はブレることがないからね。われわれがブレるような時でも、神様はブレない。絶対に大丈夫。God is faithful. 安心安心 (ロマ3:3, 1コリ1:9, 2コリ1:18, 1テサ5:24, 2テサ3:3, 2テモ2:13, ヘブ10:23)

山本直樹山本直樹 2011/04/05 03:43 はちこさん、お分かち、感謝です。
羊水が濁る(羊水混濁)のは、赤ちゃんが生まれる前に“うんち”をしたことを
意味します。いずれかの時点で赤ちゃんが少し苦しくなり、肛門括約筋が
緩んだために、排便が起こるわけです。このような場合、ときに胎便吸引
症候群(Meconium Aspiration Syndrome:MAS)を発症し,新生児予後に
重篤な影響を及ぼすため適切な管理が必要となります。また産科医療の現場
では、悲しくもその産声を聞くことが出来ない場合もありますし、お母さんが
亡くなることもあるのです。私も大学病院にいるときに経験いたしました。
(私は産科医でなく救命救急のためのチームの一員だったのです。)
この世に生まれてくるために主から与えられた身体。お母さんもいのちをかけて
出産する。そして生まれてきたらだれにでも死は必ずやってくるのです。
マダガスカルの修道院付属の産院で働く実在する日本人修道女の話をもとにした
曽野綾子の「時の止まった赤ん坊」という小説は、主人公の日本人シスター
が、助産師としていくつもの生命の誕生と死に立会い、人間が生きることの
意味を、自分自身に問いかける。重度の障害を持つ娘を日本に残し
マダガスカルに長期の出張で赴いている人や、マダガスカル人のシスターと
のやりとりを通して、人間が生きること、そして生かすことの意味を
問いかけた力作です。その中で印象的なエピソードのひとつが、未熟児の
赤ん坊と酸素を与える機械を巡るシーンです。日本では酸素を与えることで
自力呼吸の難しい多くの未熟児を生かすことができますが、マダガスカルでは
限られた酸素は生きる見込みのある子どもにしかやることはできないのです。
シスターたちは、結局は7時間しか生きることのできなかった赤ん坊は、
ほかの赤ん坊が生きるための酸素を残して、「命を譲って」死んでいったのだと
その死を受け止めます。その死は決して哀れなものではなく、その子は
どれだけ長く生きた人よりも大きなことをしてこの世を去ったのかもしれない
と考えたのです。 貧しいマダガスカルの人々が、常にぎりぎりのところで
選択を繰り返しながら生きている姿を浮き彫りにした作品です。
牧野幸江さんはアフリカ・マダガスカル島で助産婦として働くシスターです。
マダガスカル島では出産の施設も少なく、乳幼児の死亡率も高いなか、
牧野幸江さんは助産師学校や母親学級の開設など、安全なお産の普及に
努めていらっしゃいます。
http://matome.naver.jp/odai/2128459825803589201
http://www.fmm.jp/topics/bn_104.html

はちこはちこ 2011/04/05 09:18 kanahaさん

20年も前のことなのに、こんなにはっきり覚えているなんて、不思議ですよね。普段は、30分前にしたことだって忘れているのに。(笑)
聖書は、女は子を産むことによって救われると言っていますが、子を産んだことでますます悩みが増えたような気もします。(苦笑)でも、その悩みの中でいよいよ主にすがり、自我を手放すことを教えられるので、それで「救われる」と言っているのかなぁ…?

かきごおり先生

夕べ、かきごおり家に行って自家製の野菜を分けていただく、という夢を見ましたよ。夢の中で私は、のんちさんとたくさんおしゃべりしていました。先日お会いできなくて残念だった思いが、夢の中に表れたのかな?被災地でののんちさんのお働きのために、お祈りしています。

子どもが親について「あんなことされて傷ついた」と思うことの中には、実際、「そんなこと言われたって…」と言いたくなるものもきっとありますよね。3歳のときの話は、確かに私が悪かったのですが、「それは、親として当然のことをしただけなんだよ」というようなこともいろいろあると思います。親がしたことが実際に害悪であったかどうかは別として、人は親を赦すという過程をいくつも経ながら(実際のoffenseであれ、perceived offenseであれ)、自立した人間になっていくのかなぁ…と思ったり。
それにしても、上の子のことで、いろいろ後悔させられたり反省させられたりしているわりには、結局同じことを下の子にも繰り返しているような気もして… 主の憐れみなしには立ち行きませんね…

のりおさん

息子さんの中学校ご入学、おめでとうございます!
震災のニュースで、私も親を失ったお子さんの話や、お子さんを失った親御さんの話を読むたびに、声をあげて泣いてしまいます。どうしても自分の子とダブってしまうんですよね…今、被災者の心のケアは、本当に大切なことだと思います。ずっと前、奥尻での津波の数年後に、助かったある男性のその後をルポしている番組を見たことがあります。中年の男性で、仮設住宅に一人でお住まいで、津波ではお母さん、奥さん、子どもたちを全員失ったそうでした。その男性が「大の男が一人だけ助かって… 年老いた親も、妻も、子どもの一人も助けることができないで…」とうつむいて泣きながらおっしゃった場面が目と耳に焼き付いています。愛する人たちを一遍に失った悲しみと、助けることができなかったという自責感…どれほどお辛かろうと思うと、こうしてタイプしながらも涙が出ます。今回の被災者の方々も、十分な心のケアが受けられるように、切に祈っています。

人参

ありがとう。本当に、地面が揺らごうとも、水が覆いかぶさってこようとも、神様だけはブレることなく、信頼できるお方。私たちのfirm foundation!

山本先生

あの時は自分で何が起こっているのか分かっていなかったのですが、後から考えると、危なかったんだなぁ、主が守ってくださったのだなぁと、つくづく思います。
曽野綾子さんの「時の止まった赤ん坊」という小説、また牧野幸江さんのお働きのことをご紹介くださりありがとうございます。日本やアメリカでは安全な出産が当たり前、出産方法もいろいろなチョイスがあり、母親が「自分で納得のいく」「私ならではのお産」みたいなことが、雑誌などでも言われたりしますが、それは実は、ものすごく贅沢な話しですよね… シスター牧野のマダガスカル便り、読ませていただきました。豊かさの意味って何だろうと、考えさせられます。

ふかごろうふかごろう 2011/04/06 00:40 はちこさんの日記を読んで、出産って大変なんだな〜と思いました。
無事出産できて良かったですね!

僕も、もうすぐ父親になろうとしています。
6月10日が出産予定日です。
妻のお腹も大きくなりました。
手を当てると胎動も感じられるようになりました。
うちの子も無事産まれて来るといいなと毎日祈っています。

はちこはちこ 2011/04/06 13:55 ふかごろうさん、
奥様、もうすぐ出産なのですね!主の守りの中で、無事に出産されますように。されますとも! ご家族の上に、心からの祝福を祈ります。

2011-04-02

戻りました

19:09 | 戻りましたを含むブックマーク

 東海岸より戻りました。今回は鹿事故に遭うこともなく、無事に帰宅できてよかったです。夕べは夫と二人で交代しながら、例によって夜通しの運転でした。(といっても、12時間のドライブのうち、私が運転したのは3時間だけ…)さすがに疲れが出てきたので、今夜は休みます。