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God Bless you!!
(ミルトスの花)

Christian spiritual formation is the process of being conformed
to the image of Christ for the sake of others.
M. Robert Mulholland Jr.

ブログを移転しました。こちらにお越し下さい。よろしくお願いいたします。
http://rhythmsofgrace.blog.jp

2011-09-13

MEMO:小嶋先生のブログより

09:57 | MEMO:小嶋先生のブログよりを含むブックマーク

 昨年ネット上で出合い、いろいろな啓発を受け、夏の一時帰国の際には強引に面会を申し込んでお会いしていただいた、敬愛する巣鴨聖泉キリスト教会の(前置きが長過ぎる?)小嶋崇先生のブログ「大和郷にある教会」より。

 9月7日にこのブログでも言及した、シカゴのノースパーク大学教授、スコット・マクナイト博士の新刊、「The King Jesus Gospel」について、小嶋先生が取り上げられたブログエントリーです。

 

 私は34年前にイエス様を救い主と受け入れたとき、砂の上ではなく、岩の上に家を建てたつもりでした。ところが今、その岩が揺らがされるような、そんな衝撃を感じています。でもそれは、私にとっては、この本を読み始めて初めてその揺れに気づいたのではなく、この数年薄々感じていたものだったので、こうしてはっきり言ってもらえてよかった、という気持ちでもあります。(本当は、もっと早くに本書を書いていてくれたら、と思いましたが。)ショックなのですが、実に「今さらそんなことを言われても…?」という気持ちなのですが、better late than never、この最初のショックを通り抜ければ、きっといろんなことがもっとずっとクリアにmake senseするはず。

 本書の前書きをN.T.ライトとダラス・ウィラードが寄せています。私はライトの前書きを読んで泣きました。

純粋なキリスト教の特質に、それぞれの世代がキリスト教信仰について、新たに考えなければならないということがある。神は一人ひとりのキリスト者が、理解においても、信頼することにおいても、成長してほしいと願っておられるという、まさにその理由によって(とキリスト者は思うのだが)、キリスト教信仰というものは、一つの世代がすべてを解決し、まとめあげ、次の世代の人々は何もしないで済むというようにはなってこなかったのだ。…

…キリスト教信仰とは、色とりどりの万華鏡のようであるが、私たちのほとんどは色盲である。それは多次元的であるが、私たちのほとんどは、頭の中で一度にせいぜい二つの次元までしか考えることができない。それは交響曲のようであるが、私たちに口ずさめるのは、そのうちの一つの旋律だけである。だから、誰かがやってきて、これまで私たちが気づいていなかった他の色や模様を私たちに指し示したからといって、驚くことはない。誰かがやってきて、私たちが見落としていた三番め、四番め、さらには五番めの次元のあらましを見せてくれたらからといって、怯えることはない。自分がすでに知っているつもりだった旋律に、音楽家が新しいハーモニーを加えるなら、むしろそれを歓迎すべきであろう。…

 これはまさに、私のような読者を想定して書かれた言葉でしょうか。この言葉に本当に慰められ、励まされた。

 今、私の土台の岩が揺らいでいるように感じるのは、それが崩されているからではなく、さらに補強され、拡張されるための工事が始まったからなのでしょう。今現在の私は、何だかとても居心地の悪い思いをしていますが、この工事を指揮しておられるのは神様ご自身だと信じているので、Bring it on! I'm ready.

 ちなみに、本書は、実は今日が発売日。先行販売されていたキンドル版はすでに購入済みだけれど、表紙デザインが素敵なので、ハードカバーでも買おうかな。

The King Jesus Gospel: The Original Good News Revisited

The King Jesus Gospel: The Original Good News Revisited

ちいたちいた 2011/09/13 17:14 いつもミルトスの木かげで貴重なお分かちありがとうございます。お恥ずかしいことに英語が苦手でこの前書きの内容がよくわかりません。厚かましいお願いで申し訳ありませんが日本語訳を載せていただけないでしょうか、どうぞよろしくお願いします。

はちこはちこ 2011/09/13 19:42 ちいたさん、
初めまして。今朝これを書いたとき、十分な時間がなくて日本語訳をはしょってしまいました。ごめんなさい。日本語訳と差し替えておきましたので、ご参照ください。

マックマック 2011/09/13 23:38 はちこさん

私もここ最近、同じようなことを感じつつ、それをどのように表現していいのか考えていたのですが、ライト師の絶妙な表現でクリアーになりました。私達一人ひとりの旋律を神様がどんな楽曲にしてくださるのかを考えると嬉しくなりますね。そう考えますと、エデンの園からカルバリまでのストーリーも驚くべき交響曲第一部となっていますね。そして、私達は交響曲第二部(カルバリから新天新地まで)のどこかのパートに組み込まれているのでしょうか・・・。いやー壮大だな−。生きがいだな〜、こりゃ。

ゴリゴリ 2011/09/14 08:34 ためになるエントリーありがとうございます。
はちこさんのとまどいと、それを前向きに受け入れようとする思い、伝わってきました^^ この本から始まるはちこさんの魂の旅路、またシェアしてくださいね♪
ワタシはどちらかというと、狭義の福音理解があまり好きではない(という表現もヘンですが)ので、この本は歓迎です。
学生時代、KGKでは、全宇宙をあがなう神(いまもその途上)という視点を教えていただいたと思ってます。
また、大学の聖書研究会で招いた講師(長老教会の先生)からは、創世記のエデンの園があがなわれて黙示録の新しい地へと変化していく様を聖書からレクチャーしていただき、驚きかつうれしかったことを思い出しました。神さまのみわざってこんなにダイナミックなんだ!って。(的外れだったらゴメンナサイ)
聖書が示している福音とか救いって、私たちの思いこみ(?)をはるかに越えるものなのですよね、きっと。

はちこはちこ 2011/09/14 14:35 マック先生、
本当に壮大ですよね! そして、こうして絶えず新しいインサイトが与えられるのは感謝です。 先生からもいつもインサイトをいただいています。感謝!!

ゴリさん、
コメントありがとうございます! ゴリさんご夫妻は、すでにこの道を歩んでおられますよね!
以下は、FBでご主人のところにコメントしたものですが、こちらでもシェアしますね。
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マクナイト教授の問題提起は、教会の中で長らく語られてきた「福音」は、「救い」に強調が置かれ過ぎて、教会という場が「救われた人たちのクラブ」になってしまった。「福音」がいわゆる「神の救いのご計画」と入れ替わってしまった。そのため「伝道」というと、いわゆる「4つの法則」のように「あなたの罪のためにイエスは十字架にかけられ、死なれ、よみがえられました。この方を救い主と信じるならあなたは天国に行けます」「信仰義認(信じるだけで救われます)」といったものに薄められ、人に「決心」を迫るだけのものになってしまった…。しかし本来聖書に提示されている福音は、イスラエルのストーリーの成就としてのイエスのストーリーであり、全被造物の回復の希望にまで及ぶ壮大なもの。その中でイエスに従う人たちがイエスの弟子として生きていくよう導くもの。そのように教会がフレームワークを据え直す必要がある…という感じでしょうか。
「神の救いのご計画」が間違っていたとか、そういうことではないのですが、それは「福音」の一部だけだった、ということらしいです。
NTライトを読んできた人にとっては、何ら新しい主張ではないのでしょうが、マクナイトが改めて分かりやすい言葉ではっきり言語化してくれて、ハッとさせられるものがあります。
ウィラードも前書きを寄せていて、彼が「心の刷新」で語っていた問題提起とも重なる部分があります。
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確かに自分の信仰生活を振り返ったとき、「救いの確信」とか、「神様と自分の個人的な愛の関係」とか、すごくそういうことに強調が置かれていたなぁと思います。それはそれで何ら悪いことではなかったと思うし、これまでの自分の歩みの中で間違いなく大切なことでした。でも、この5〜10年くらい、神様は私の土台を広げようとなさっておられたようで、あちこち掘り起こされたり、削られたりしている部分があり、特にこの数年は、uneasyに感じることが多々ありました。(ゴリさんご夫妻との出会いも、そのプロセスの中で神様が備えてくださったものだと思います!)掘り起こされたり削られたりする一方で、いろいろ新しいパーツも与えられ、でも、それらがどういうふうに組み合わさることになっているのか、今ひとつ見えていなかったのですが、それがここにきてようやく青写真が見えてきた、という感じです。
まだまだ旅路は続きますが、旅は道連れ。これからもよろしくお願いします!!^^

♪Sunny♪Sunny 2011/09/14 21:54 いつもご無沙汰しています。
この記事、追記も含めて、はちこさんに大いに共感するものがあります。
わたしの場合、夫を通して、今までと違う視点、考え方に気づかされたり教えられたりすることが多々あるのですが、その際に、わたしは今までしばしば、大きく戸惑ってきました。特に最近、わたし自身も、大いに土台を揺るがされているのです。そういうわたしにとっても、この記事はとても大きな励ましになりました。
ありがとうございます!

はちこはちこ 2011/09/15 08:16 ♪Sunnyさん

NTライトの言葉に励まされますよね。こうやって、私たちの福音理解に厚みが出てくるのは、歓迎ですものね。違う視点や考え方が提示されたとき、それまで持っていたものに忠実であればあっただけ、抵抗も大きくなるでしょうが、へりくだって、また語っておられるのがどなたなのかによく注意しながら(誰かを通して内なる御霊が語っておられるのか、それとも自我がreactしているのか、あるいは敵が嘘を吹き込もうとしているのか、など)、そして、こうして信頼できる友と分かち合いながら、互いにチェックし合いながら、歩んでいきたいですね。って、私自身が今、すごくそう思われているんです。こうして分かち合えて、嬉しいです!