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 オカルトリング

2006-10-30 パラケルススParacelsus (1493-1541) このエントリーを含むブックマーク

mminazuki2006-10-30

「人間に役立つ為に自然から成長してくるものを 

その本性によって秩序付けられているところまで 

もたらす人こそが錬金術師である。」

パラケルスス錬金術は、それまでの黄金を作り出すことが中心となっていた錬金術を転化し 悪の時代を象徴するペスト・梅毒・皮膚病などと立ち向かう医薬の研究を始める。しかし自然の中に存在しない新しいものを技術によって作り出すことが目的ではなかった。既に存在している自然物に隠された本性を開示することで彼の錬金術の捉え方は、医術を支える柱としての役割を果たす人間の治療と救済の手段として位置づけられている。



君たちは、肉体の病気や外傷の病気に関して 優れた大いなる秘密を内に含んでいる明礬から 自らの錬金術作業を通じて どんな役立つものを作りたいと思っているのか。薬剤師の慣例によって その内部に存在する本性に基づいて 明礬を役立つものにするのは 誰なのか。明礬だけではなく ムミア(ミイラ)もまた同様である。君たちは、それを何所に探すのか。異教徒たちの住む海の向こう側か。なんとまあ、君たちはお人よしである事か。探しているものは、君たちの家の前や都市の囲壁にある。


しかし君たちは錬金術を知らないので 自然の神秘も知らない。君たちは、アヴィケンナ、サヴォナローラ、ヴァレスクス ヴィゴーが書いた本を持っているので 自分たちは正しいと思っているだろうか。みな素人に過ぎない。誰もこの秘密に頼ることなく何が自然の中にあるのかを知る事はできない。君らが先生たちや全ての著述家たちの本をしらべて珊瑚には何が出来るのか 私に話してもらいたい。知ったかぶりをして珊瑚の力について沢山の長い無駄話をしても 実際に試してみると 君たちは、珊瑚の特性に由来する些細な事ですら示す事は出来ない。アルカナを製造する過程がそこに書かれていないからである。その過程が遂行されてはじめて 珊瑚の特性でてくる。君たちはすべて底抜けのお人よしである。 すり潰すこと 篩にかけること 混ぜ合わせる事が重要であると思い 砂糖を加えて粉末薬をつくる。


彼らは、プリニウスやディオスコリデスなどが薬草について何を書いたのか確かめる事はしなかった。彼らは、それを高貴な方々から学び そのような特性の多くを知る事となり 甘い無駄話で書物をこしらえた。躊躇いながらも君たちは 彼らが書いていることを行うのか。 ヘルメスとアルケラオスは、ヴィトリオルについてなんと語っているのか。大いなる特性、是が真実であり その特性は、ヴィトリオル(硫酸塩)の中にある。 しかし君たちは 青のもの(硫酸銅)にしろ 緑のもの(硫酸鉄)にしろ どうしてその特性がヴィトリオルの中にあるのか知らない。君たちは、自然物の第一人者であるというのか。残念なことに君たちは、 それで何も果たそうとしない。その他の錬金術師や さらに哲学者は メリクリウスの力について何と語っているのか。


さあ 私に話してもらいたい。磁石が何もひきつけない時 その原因は何か。ヘレボルスが嘔吐を催せないとき その原因はなにか。君は 排便させ嘔吐させるのに役立つものを知っている。しかし多くの人々によって報告されている治療に関してや アルカナに関して何も知らない。だから君は 愚か者の一味である。さあ 話してもらいたい。自然物の力に関する技術と知識に関して 誰に信頼を置く事ができるのか。それについては 書いてきたが それを確かめる術を知らなかった人なのか 或いは、確かめる術は知っていたが それを書いてこなかった人なのか。プリニウスこそ 示せるほどの吟味をしていない、ということではないのか。プリニウスは そもそも何を書いたのか、プリニウスは、錬金術師から何を聞いたのか。そう言うことも知らず 誰が錬金術師であるかも知らないのだから 君は 藪医者なのである。


Эアルカナ arcana

パラケルススの医学において アルカナは中心的役割を果たす。アルカナは、ラテン語のarcaからの派生語で お金を入れる小さな箱を意味した。この形容詞の中性型が アルカヌムarcanumであり 名詞化した形容詞は、既に「秘密」「神秘」の意を持ち宗教儀礼の用語に用いられていた。パラケルススのアルカナとは、万能薬であり 錬金術の第五元素の探求が まさにアルカナの探求に他ならない。つまり 第五元素とは、四つの元素的物質が アルカナから取り除かれた時 後に残っているものを示す。また 本来のアルカナの性質は 癒しとしての効能及び効力があり 揮発性で物体的ではなく カオスであり 明るく 透明で 星に導かれる性質であると 彼は言っている。


Э自然

パラケルススの言うところの「自然」とは、人間が自然を自由に操作することではなく 自然によって示された本性に人間の技術が従う事を意味する。自然物の本性という概念は、天体の世界から流れ込んで刻印された性質の事であり それを把握する事は 操作ではなく、自然への従順であるという。中世アリストテレススコラ哲学では、自然の世界は、段階的に秩序付けられた一つの体系とみなされており 人間もまたその世界の秩序における一部と考えられていた。そのため 自然は、人間によって拡張できるものとはみなされず キリスト教的見方では 云わば閉じられた世界であった。しかし彼は、自然の隠された特性を人間に向けて開示させ錬金術を人間の有用性に役立たせようとした。

TGTG 2006/11/05 01:07 お久しぶりです。お元気ですか?
気がつくともう晩秋、町もクリスマス一色になりつつあります。
ああ、何て時間が経つのが早いのでしょう! いやになってしまいます。
ところで、少し前にあった心霊現象の話。あれからいろいろと見ました。夜中にだいぶ見て、こわくなりました。ナレーションが厳粛で雰囲気に引き込まれそうで、どうもその気になってしまいます。中には、本当かなと思うものもありましたが、飛び込みの地縛霊の話とか、呪いのビデオの類は・・・考えるだけでも気味の悪いのがありました。
でも、お陰でそれらを見ているうちに、いいテーマを思いつきました。「ドッペルゲ
ンガー」です。思い立つと、急にもっと詳しく調べてみたくなり、今資料で調べている最中です。次の次あたりに載せたいですね。錬金術で一発、大穴を当てるというのも面白いですが、やはり、コツコツと地道に繰り返して目標に向かって行くのが一番だと思うようになりました。当たり前なのですが・・・

mminazukimminazuki 2006/11/05 01:41 このご本の中のパラケルススは、錬金術そっちのけで 終始「君たち」に対し怒ってました。
お人柄が窺えて ちょっと楽しいご本でした。

ドッペルゲンガーと言うと 例のアレですね。つまり自分を見た自分には 死が待っている。
またまた『不思議館』にふさわしい題材ですね!
役所広司の映画ドッペルゲンガーが有名ですが、自分にそっくりな人を見たら
死ぬ以前に 不気味でしょうね。

私は、今日 幼馴染たちと酉の市に出かけて今帰ってきたところです。。。ちょっと酔ってます(笑)
お酉さんが終わればもうクリスマス。一年なんてあっという間ですね。
三の酉まである年は、寒さが厳しいといいます。お風邪など召さぬよう・・・♪

TGTG 2006/11/06 00:01 おや、えむさんもお酒は少しは飲めるのですね。酔って色っぽくなったところを見と飾り物がつくと高いものですね、あれは。
今回、神戸で妹の初個展を見ましたが、なかなか盛況だったようです。(私には個展の経験はない)でも、まもなく帰って次の更新やら作業にかかります。面白くしないとね。

たい気もします。酉の市ですか? だいぶ前に、新宿の区役所の横でしたか、そこの酉の市に行ったことがあります。人が大勢でしたね。でも、縁起物の熊手・・・ちょっ

mminazukimminazuki 2006/11/06 07:33 お妹さん個展を開いたのですか!兄妹ともに羨ましいくらい多くの才能を お持ちなんですね。

文字の並び替えならぬ、高度な文章のアナグラム?ですね♪
私のレベルに合わせてありましたから すぐ解読。
熊手は、私の手の大きさで3千円から5千円もしますね。

ダ・ヴィンチ・コードのdvdが届きまして 昨日おさらいしながら鑑賞しました。
インディー・ジョーンズのようにシリーズ化されたら次も観たい気にさせる一本でした。