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益体無い話または文

2018-06-23

サハリン・樺太史研究会 第49回例会のメモ 武器貸与法、第二次大戦期の千島列島の日本軍

佐々木洋「米国Lend-Lease武器貸与法とソ連の千島上陸作戦 米ソ㊙のProject Zebra,Operation Project,Project Hula概要」

  • 趣旨
    • 主に武器貸与法のはなし。
    • 日本とソ連の戦争は9月2日に終わったのだが、その後に北方領土に攻めてきた。多くの日本人は戦争終結が9月2日だと思い込んでいる。道庁の出先機関根室振興局は、それを危惧している。このギャップをどうしたらいいか。根室振興局は運命の9日間という展示会を行った→興味をもって調べ始めたのでそれを紹介する。

  • 題目
    • 1.ソ連の樺太南部攻略と全千島列島占領及び北方四島の『運命の9日間』
    • 2.日本が米国の対ソ連武器貸与Lend-Leaseを黙認する奇妙な日ソ中立条約
    • 3.ソ連参戦のための米ソ共同㊙Project Zebra,Operation Project,Project Hula
    • 4.Lend-Leaseと米ソ㊙作戦をめぐる諸問題
    • 5.根室振興局の功績と資料紹介

  • アメリカの対ソ支援の重要性
    • ソ連は揚陸艦も偵察亭も訓練兵もなかった。アメリカからレンド-リースで提供されたものであった。具体的には3つの作戦があった。

  • 根室振興局のはなし 
    • 運命の九日間の展示会をやった。風化したら大変だ。いろんな努力をしている。チャールズリンドバーク1931年に不時着した新知島などに入ったあとに根室に入ったという歴史を取り上げた。根室という地域とリンドバークとの関係性を掘り下げて説明した。

  • 運命の九日間は実際にはどのようなものか?
    • 具体的には28日から9月5日までのことを指す。ソ連軍の入ってくる√は二つあり、カムチャッカ√から北千島を攻めた。歯舞・色丹などの南千島に攻め込む軍隊は樺太√から来た。本を提示しながら文献紹介をする。スラヴィンスキー『千島占領』など。

  • アメリカの対ソ武器援助を日本は止められない
    • 日ソ中立条約があったので、アメリカからソ連への武器貸与法を止めることができなかった。
    • レンドリースで運ばれてくる物資を日本は防ぐことができない。
    • 臨検しているけれど、止めることはできない。
    • 太平洋経由でのレンドリースは大西洋西部経由からのものよりはるかに多い。

  • 武器貸与法以前
    • 武器貸与法は1941年。それ以前には様々な工夫で支援する。ニューファンドランドをアメリカ海軍が使う名目にして、イギリスにアメリカ軍艦を50隻送る。アメリカは第一次世界大戦後に軍縮。レンドリースのおかげで重化学工業の発展と技術革新が起こった。電気による溶接が生まれたのもレンドリースの中から。真珠湾攻撃の前までは参戦する世論は低調だったが、真珠湾を契機に好戦的になった。

  • 米国武器貸与法の供給ルート
    • 大西洋ルート、ペルシャルート、太平洋ルート

  • ダッチハーバー
    • ミッドウェイ作戦の時の陽動。アッツ島とキスカ島の攻撃の際の攻撃対象がダッチハーバー。このダッチハーバーがレンドリースの受け渡しの拠点だった。ダッチハーバーからコールドベイに変わった。

  • アメリカの対ソ支援
    • 事実上、ソ連の千島占領の支援をしていたのがアメリカ。ソ連兵の訓練などを行っていた。

  • まとめ
    • レンドリースのおかげでソ連は生き延びた。
    • レンドリースがあったので、ソ連は冷戦後に軍事大国化した。 
    • 千島問題に対してアメリカが曖昧になるのは、根拠はヤルタ協定
    • レンドリースで叩いてもらうのがアメリカにとっての防衛戦略

質疑応答
  • 【質疑】レンドリースがあったからソ連が軍事大国化したというのは検討の余地があるのでは?という質問
    • 独ソ戦で技術革新が行われており、ソ連の技術が元々高かったのでは?
    • レンドリースでソ連に最新兵器が貸与されたという話はなく、航空機も型落ちであったのでは?
    • ソ連の軍事大国化はドイツ軍の科学者の誘致であるのが定説なのでは?

  • 【応答】
    • レンドリースが第二次大戦で重要な機能を果たしたことは確かということを強調→→質疑には明確には答えてはいない。


黒岩幸子「第二次世界大戦期の千島列島の日本軍」


  • 趣旨
    • なぜ戦争末期日本はムザムザと千島を取られてしまったのか。日本軍は何をしていたのか。

  • 千島はほっとかれたのか?
    • 北千島は出稼ぎ島。夏場は2万人、越冬は100人くらい。真ん中は無人島。海獣の保護。キツネを飼ってる。南千島は零細漁民が居住していた。根室の漁業。

  • 戦争中、日本は千島列島をどのようにとらえていたのか?
    • 1943年12月樋口季一郎 米ソを分断する位置にあるので要衝。そこまで分かってたのになんでとられたのさ?

  • 戦時千島の特記事項
    • 太平洋戦争の開始地点(択捉島単冠湾から真珠湾攻撃へ出た)と終結地点(ソ連軍による千島占領)
    • 米ソ両国と交戦した唯一の日本領土(米国と空戦海戦、ソ連と陸戦)
    • 陸海軍10万人が体験した特異な環境での特異な戦争
    • ディール(取引)に使われた島(ソ連の対日参戦、日本の終戦工作) 
      • ソ連は千島占領をきちんと英米に認めてもらっているし、日本も終戦の仲介の見返りとして北千島を与えようとしていた
    • 現在に至る領土問題の発生

  • 戦時千島に関する研究
    • 広域にわたる第二次世界大戦のすべての中で、クリル諸島ほど無視されている戦場は他にない。
    • 占守島に関する研究事情は…ロシアとの外交問題の発火点でありながら、65年間にわたってほとんど研究が進んでいないという事実は、率直に言って異常。
    • 終戦後におけるソ連軍の攻撃に対する戦いは、一般作戦史の範疇より除き終戦処理過程における一波乱とみるべきであろう。

  • 報告者の研究課題
    • 千島列島における日本軍の作戦および駐留の実態
    • 戦闘、武装解除、抑留までの状況
    • 日本軍に関わった民間人(島民、漁業者、労務者、慰安婦等)
    • 千島をめぐる戦争記憶あるいは忘却

  • 作戦の推移
    • 1938年 幌筵、松輪、択捉に海軍の飛行場完成
    • 1940年 陸軍の北千島要塞建設、11月先遣隊(陸軍初の正規部隊)上陸
    • 1941年 4月日ソ中立条約、6月独ソ戦、7月関特演 → 千島要塞強化
    • 1942年 6月ミッドウェイ海戦、アリューシャン攻略
    • 1943年 
      • アリューシャン撤退(5月アッツ島全滅、8月キスカ島撤退)→千島が対米第一線になる
      • 9月 絶対国防圏 → 千島、小笠原、内南洋(中西部)及び西部「ニューギニア」「スンダ」「ビルマ」ヲ含ム圏域
      • 11月 大本営・北方軍の千島防衛構想:1944年5月の米軍侵攻を想定。北方軍幕僚会議:千島の作戦は対ソ防衛ではなく対米戦争である。
    • 1944年
      • 7月 サイパン陥落 → 北海道本島と南千島への防衛重点移行
    • 1945年
      • 本土決戦準備、千島兵力の転用、千島方面兵団を北海道へ抽出中に敗戦、占守戦、千島占領と武装解除(9月5日まで)、8月25日第五方面軍司令部作戦任務解除

  • 占守戦以外で戦わなかった千島軍
    • 1945年8月15日 玉音戦争後、ソ連に抵抗せず武装解除してシベリアに抑留される。
    • ソ連が侵攻することを想定していなかった→いわゆる千島ボケ

  • 千島問題
    • 中立条約を破ったとか、固有の領土とか、北方領土は千島ではないとかいうのは、成り立たない主張。批判するならば、講和会議していないのにソ連領だとするのがおかしいと指摘しなければならなかった。

  • 構築される歴史
    • 北千島はどこ? 北方領土問題だと南千島のみで北千島は忘却されている。
    • ロシア側にとっては、自分の領土だと思っていた地域が日本が狙っているという解釈になってしまう。
    • 日本が強調しているのは、日本は戦争をしていないのに軍が襲ってきたという被害者意識。日本は千島でアメリカと戦争していたことを忘却している。
    • 日本が強調しているのは、墓とか日本の建物。しかしロシアの方が墓いっぱいあるし、建物もロシアが立ててる。
    • 日本の北方領土運動というのは、ロシア人に見せると反発しかない。
    • ロシアは自分たちが戦争して血を流してとったといい、日本はあった戦争をなかったといっている。

  • 南樺太と北千島の戦闘によって北海道が護られたという奇妙な言説
    • 千島は日本の領土であったし樺太は日本の内地だった。そこで戦争が行われたのだが、「犠牲のおかげで北海道が護られた」という結論が語られることが多い。しかし彼らは、北海道を守るために戦ったのではなく、日本の領土だから戦っただけ。


質疑応答
  • 捨て石にしたことを、千島・樺太のおかげで本土が護られたと美化したと評することへの疑問