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2018-05-01

小谷賢『日本軍のインテリジェンス』(講談社選書メチエ、2007年)より「第三章 海軍の情報収集」(pp.79-107)

1 通信情報

X機関の設立(pp.80-84)
  • 通信情報への着目の始まり
    • 日露戦争中、ロシアのウラジオ艦隊「ロシア」、「クロンボイ」二隻が東京湾口外に出現した際、ウラジオ艦隊の発信電波を傍受。

  • 組織的暗号解読活動の始まり
    • 1929年、軍令部第二班(情報)に四課別室が新設。橘村の通信傍受所で組織的暗号解読活動始まる。ターゲットは米英。
    • 陸軍との共同作業によりアメリカの外交暗号、グレー・コード(AF2)、米海軍の二次換字暗号(AN2)の解読に成功。対英活動には着手せず(難解な外交暗号のため?)。

  • 「X機関」の成立
    • 1932年、四課別室に和智恒蔵が赴任、上海に対中国通信傍受組織「X機関」設立。

  • 第一次上海事変での実績
    • 四課別室、上海米領事館から国務省に打たれる暗号を解読。X機関主任山田達也大尉も中国側の暗号通信を掴む。これらの情報により海軍航空部隊が杭州飛行場を急襲し、中国軍の航空戦力を壊滅させる。

  • 情報機関の拡充
    • 第一次上海事変の実績により、山田大尉は功五級金鵄勲章獲得。四課別室は四班第10課に拡充。課長は中杉久治郎大佐。課員として柿本権一郎中佐が加入。
    • 1933年、上海X機関に今泉大尉が派遣され、北京に「Y機関」、広東に「Z機関」が設置される。

  • イギリス省庁間暗号の解読
    • 1934年、和智は民間人として上海X機関内に新設されたB作業班(英国担当)を指揮。上海英領事館で暗号書を盗撮しようとするが失敗したため、札幌の英領事館から暗号書を盗み出す。上海X機関はイギリスの省庁間暗号解読に成功。しかし1935年に暗号が変わってしまう。

  • 大和田受信所と盧溝橋事件
    • 1936年、通信傍受に特化した大和田受信所設置。盧溝橋事件で北京の米海軍補佐官からワシントン宛ての通信を傍受、解読。

  • 海軍の通信情報活動の具体的な目標
    • アメリカ→米アジア艦隊や太平洋艦隊の旗艦から本国への通信
    • イギリス→英支那派遣艦隊、香港、シンガポール、コロンボ、カルカッタから本国への通信
    • ソ連→極東のハバロフスクやウラジオストクからモスクワへの通信

  • 陸海の連携不足
    • 海軍は1938年にはアメリカのブラウン・コードを解読したが、陸軍が解読できたストリップ暗号は解読できなかった。1945年になるまで海軍は陸軍が解読できたことすら知らなかった。

  • 対米政策
    • 1937年、米太平洋艦隊、ハワイ演習以降もハワイに留まる→海軍はハワイ方面にシギントの重点を置く。

  • 在中米国務省スタッフから国務省への報告の反日化が判明→海軍、陸軍や外務省などと協議。
    • 和智の動き…1940年以降、ハワイ方面の電波傍受の指揮。同年11月、メキシコに「L機関」を設置、メキシコから大西洋方面の米艦隊を監視。

  • 対英政策
    • 恒常的には解読できず。逆に、ある解読文のなかで、在香港英通信情報部支部極東合同局(FECB)が、日本海軍の暗号を発信から24時間以内に解いていたことが判明。

方位測定の活用(pp.85-87)
  • シギント機関の軽視
    • インテリジェンスではなく「通信」分野という認識
    • 暗号解読<通信傍受

  • インテリジェンスへの着目
    • シギント組織の独立
      • 1940年12月。海軍軍令部第三部下→軍令部総長直属軍令特務班。
    • 特務班の任務
      • 通信情報実施計画の樹立、その実施の指導統制、通信情報の総合発布、通報実施、通信情報傍受要員の養成、教育訓練、通信情報資料の収集・編纂・発布
    • 下部組織
      • 作戦通信諜報班、外交通信諜報班、暗号研究班の三班が設置。40年の組織改編の折に新たに対独、対仏作業班も設置。

  • 昭和16年度帝国戦時通信計画」における特務班の任務
    • 「対米英通信諜報を主目標とし、対ソ支通信諜報を副目標とする。通信諜報作業の主目的を戦術的情報資料の獲得に置く」

  • 暗号解読が出来ない場合の考慮
    • 断片データからの戦略・戦術情報の抽出
    • 1941年2月、上海X機関の支部としてバンコクに対英班設置。9月、特務班内にオランダ班設置。米英通信の傍受は、台湾の高雄通信隊新庄分遣隊に主力が置かれる。

  • 海軍によるソ連暗号の解読
    • 1935年5月、ノモンハン事件勃発(1939.5) → 対ソ専門通信情報施設の設置(新潟・鳥取・半島)

  • 海軍シギントの特徴
    • 暗号解読よりも、方位測定などの情報分析から、米艦隊の所在や規模を割り出す戦術的な通信情報利用に重点を置く。
    • 連合国商船放送(BAMS)から作戦の行動方面を推測 → マーシャル作戦、硫黄島作戦の開始時期を特定
    • 暗号解読が進まなくとも、通信解析により、連合国の作戦意図を読み解く。

  • 海軍の後進性
    • 陸軍情報部300名、海軍特務班の人員は百数十名。
    • 通信情報要員の育成に遅れ → 組織的教育が開始されたのは1945年

  • 小括
    • 海軍の暗号解読は振るわず。逆に決定的場面で暗号を解読される(ワシントン軍縮、ミッドウェー、山本長官撃墜事件など)
    • 海軍の通信情報活動は低調だったように見えるが、戦前には海軍が米英の暗号を解読し、戦中には方位測定などから米軍の進路を予測した。

2 人的情報

軍令部第三部特務部(pp.87-90)
  • 特務部の認知度の低さ
    • 謀略・工作活動には手を染めず、情報収集活動に徹する。陸軍と比べて規模は控えめ。
    • 外国史料(米MIS、米OSS、英情報部)から特務部の活動が分かる

  • 小柴直貞の活動
    • 特務部については小柴直貞が記録を残しており、中国や東南アジアでの活動が分かる。

日本海軍に雇われたイギリス人たち(pp.90-102)
  • 日本のヒューミント活動はMI5関連史料から分かる。
    • 軍令部はイギリス人をエージェントとして雇い、情報収集に当たらせていた。

  • ウィリアム・フォームズ=センピル
    • 航空母艦の専門家。空母「アーガス」の搭乗経験あり。機微な情報を流すが、MI5はセンピルを拘束するまでには至らず。

  • コリン・メイヤーズ
    • 潜水艦が専門の元英海軍。ヴィッカーズ社の潜水艦部門勤務。水中での交信技術に関する機密を300ポンド(現在で約700万円)で提供し、イギリス当局に逮捕される。

  • ハーバート・グリーン
    • ウィリアム・グリーン英海軍省次官の甥。小説家グレアム・グリーンの実弟。
    • 第二回ロンドン軍縮に向けてのイギリスの意向を探る。日本海軍は謝礼として800ポンド(現在で約2000万円)を支払うが、グリーンは目立った情報活動していない。
    • さらに1937年12月22日付けの『デイリー・ワーカー』で自分が日本のスパイであると発言。

  • ラットランド
    • 元英空軍少佐。日本海軍のお気に入り。海軍は莫大な資金を投入、ラットランド自身は数万ポンドに及ぶと証言。
    • 日本海軍はラットランドひとりに頼りすぎており、しかもラットランドはほとんど有益な情報を報告していない。
    • ラットランドの行動はMI5やFBIに筒抜けであり、日本海軍の戦略もそこから推測されてしまう。平時には適当に泳がされていただけ。
    • ラットランドは日本を裏切りイギリスに寝返るが逮捕されて服役。釈放されるが自殺。

3 防諜

防諜の不徹底(pp.102-105)
  • 機密漏洩
    • 暗号を解読された事例→ミッドウェイ海戦、山本長官撃墜事件(海軍甲事件)
    • 機密書類を紛失した事例→1942年1月の伊号一二四潜水艦撃沈、1944年4月の海軍乙事件
    • 上記2節におけるイギリスのエージェントたちを使用した情報収集 → 自らの手の内を明かす。

  • 暗号被解読状態でミッドウェイ海戦
    • 解読されていた暗号
      • 1942年1月、撃沈された伊号一二四潜水艦所有の暗号関係書類が連合国に渡る → 海軍はこの失態に対策を講ぜず
      • 海軍D暗号の脆弱性 →1.暗号が有限乱数によるものであり理論的に解読可能であった、2.暗号書の更新が間に合わず、3.作戦にともなう通信量の増大。

  • 日本海軍の問題
    • 機密が流出した兆候がありながら、それに対する原因の徹底的な究明と対策が講じられなかったこと。
      • 機密が漏洩していたこと気付きながら、ミッドウェイの敗因は戦術的要因とされ、最終的に日本側の暗号が解読されていたことについては触れられていない。

  • 海軍甲事件
    • アメリカ、日本海軍の暗号電報「NTF機密第一三一七五五番電」を傍受して解読。ソロモン方面前線基地を視察にやってきた山本五十六連合艦隊司令長官の機体を撃墜。
    • 暗号被解読の疑念が生じるが、決定的証拠を欠くとのことで、徹底的な原因究明が行われなかった。

油断と慢心のツケ(pp.105-107)
  • 海軍乙事件
    • 概要
      • 1944年1月、パラオからダバオに向かう海軍飛行艇二機が遭難。一番機の連合艦隊司令長官;古賀峯一は殉職、二番機の連合艦隊参謀長;福留繁は機密書類を喪失しゲリラの捕虜となる。
      • 機密書類(日本海軍の暗号書とZ作戦計画書)はアメリカの手に渡り、オーストラリアで複製され、原住民が発見したことにして日本に返却された。
    • 海軍の問題点
      • 機密書類の喪失は、無事に戻って来たので不問とし、機密書類のことよりも、捕虜となった福留が戦陣訓に反しているのではないかと延々と議論。
      • 日本海軍はこの事実を隠蔽し、福留は第二航空艦隊長官へと栄転。

  • 防諜の軽視
    • 防諜意識が甘い、自浄作用がない、自分たちの暗号が解読されるはずがないという慢心、防諜業務に労力を割かない。

  • 小括 海軍の問題点とは
    • ヒューミント、シギントそれぞれの分野に対する関心が薄く、人員や資金があまり投入されず。
    • 防諜に難あり。機密流出に対する感覚が鈍る。陸軍を初めとする他機関からの情報提供に期待できなくなる。