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2018-08-28

戦前の旅券(パスポート)制度の歴史

帝国と植民地間の人の移動について研究している。移民・出稼ぎ・商用・旅行・観光など、何故人は移動するのか。その原因には、プッシュ要因・プル要因という違いはあれど、人に移動したい/する必要がある/させたいという欲望を喚起させる装置が存在したはずである。前回の演習では、日満間のツーリズムを中心に報告したのだが、戦前における海外渡航の制度についての指摘を受ける事となった。今回は、明治国家(1868〜1945)の海外渡航と旅券制度について、まとめることとする。

  • メモ 
    • アジ歴グロッサリー インターネット特別展 「公文書に見る外地と内地 −旧植民地・占領地をめぐる人的還流−」(https://www.jacar.go.jp/glossary/gaichitonaichi/)
      • 趣旨→「今回の特別展では、「外地」を対象とし、そこに置かれていた行政機関の組織変遷、および日本国内と「外地」の行政機関の間で行われた人事異動、ないしは植民地官僚の経歴にスポットを当て、「外地」での勤務経験が彼らにとっていかなる意味があったのかを探ります。」

概要

  • 日本の海外渡航について
    • 日本の海外渡航の制度で押さえておくべきことは二つ。まず一つ目が、近代的旅券制度を確立させた1878年の「海外旅券規則」である。明治維新後、幕府の外交政策を引き継ぎ、貿易港を接収した明治政府は「外国航海志願者の願出方」により海外渡航の方法を明文化した。その後、本格的に海外免状を改訂することとなって、外務卿寺島宗則の名で旅券制度が整備された。それが、1878年の「海外旅券規則」。パスポートを旅券と呼称させたのはこの時が初めてであり、以来、現在までこの語を使っている。
    • 二つ目は、1900年の「外国旅券規則」である。これは前述の「海外旅券規則」を受け継ぐものであり、以後、いくつかの点を時代に合わせて改正しながら、第二次世界大戦の終結まで続いた。そのため、戦前の日本人が海外へ渡航するための資格や条件はこれらの制度を見れば分かる。

1869(明治2)年(「法令全書」第363号)「外国航海志願者の願出方」
「明治二年四月十七日 
条約締盟諸国へ旅行者ノ印鑑等を改造シ其出願方ヲ定ム
布告
自今条約ノ各国へ罷越度願出候者ハ御許容ノ上御改定ノ印章可相渡二付志願者ノ者ハ其府藩県ヨリ東京外国官並大阪・長崎・箱館・兵庫・新潟・神奈川・外国掛役所へ可願出事」
免状雛形 別紙の通
(大鹿武『幕末・明治のホテルと旅券』築地書館株式会社、1987年、203頁)


海外旅券規則(明治11年2月20日外務省布達一号)

旅券は、日本国民たるを証明するの具にして、海外各国にありて要用少なからざるをもって、外務省よりこれを発行す。規則左のごとし。

第一条 旅券を請う者は、別紙雛形の書面をもって、外務省又は開港場管庁願い井で、これを受け取るべし。右は郵便をもってするも苦しからず。旅券を受け取らば直ちにその示しある所へ当人姓名を自記すべし。

第二条 旅券を受くる者は手数料として金五十銭を納むべし。ただし、旅券は一人一枚に限るべし。もし五歳以下の小児その父母同道なるときは、その父母の旅券に付記するをもって足れりとす。

第三条 内地において右旅券を受け取る間合いこれなきか又は海外において遺失したるかのときは、その国に在留の日本公使館または領事館へその趣を記載せる書面を出だし、自身出頭して願い受くべし。ただし、その手数料として金弐円を納むべし。

第四条 公用をもって旅行し、官費をもって留学する者は、内地にありてはその官庁より直ちに外務省に掛け合い、海外にありては前条の趣に従い旅券を受け取るべし。ただし、手数料は納むるにおよばず。

第五条 旅券はその赴くべき国の公使または領事の証明を得る儀その国により要用少なからず。その節はその館についてこれを請うべし。ただし、その定規にしたがい、手数料を払うべきものとす。

第六条 海外にありては、所持の旅券にわが領事館の証明を要用とすることあり。その節はこれを請い得べし。ただし、領事館なき地においては公使館に至りてこれを請うべし。

第七条 旅券は帰朝ののち三十日以内にその最初に受け取りたる官庁へこれを返納すべし。郵船等の海員で常に旅券を要するものはこの限りにあらず。ただし、海外においてわが公使または領事官より受け取りたる者は、外務省に返納するをもって足れりとす。

(春田哲吉『パスポートとビザの知識〔新版〕』有斐閣、1994年、78頁)


明治33年6月4日(外務省令第二号)外国旅券規則規定
「明治11年制定の「海外旅券規則」(七カ条)が、名称を含め全面的(十七カ条)に改められた。主な改正条項は、
第二条 旅券の下付を請う者は書面に左の事項を記載し、
1.氏名(片仮名で傍訓を付す)
2.本籍地(本籍地と所在地異る時は所在地を併記する)
3.身分(戸主家族の別、家族のときは戸主の氏名及び戸主との続柄)
4.族称
5.年齢
6.職業
7.旅行地名
8.旅行の目的


これまでは、原則的に開港場のある府県庁で旅券申請を得ていたが、今回から戸籍謄本を添付することにより日本全国どこの府県庁でも申請が受け付けられることとなった。特に長崎県下対馬国に本籍地あるいは所在地をもつ者に限り、対馬嶋庁にて申請することも出来る。台湾における旅券の下付は、台湾総督府の定める所による。その他、明治29年公布された「移民保護法」により移民用旅券の出願特則も規定された。」
(大鹿武『幕末・明治のホテルと旅券』築地書館株式会社、1987年、233-234頁)


【年表】旅券制度関係

  • 1868(慶應4)年 外国事務総裁(嘉彰親王)を設置。神奈川・箱館・長崎・兵庫の四開港場を接収。
  • 同年 外国事務局「外国行ノ者へ印章交付」を定め、外国渡航者へ免状下付を開始。
  • 1869(明治2)年(「法令全書」第363号)「外国航海志願者の願出方」制定。海外渡航の志願方法が明文化される。
  • 同年 官制改革により外国官に代わって外務省が設置される。
  • 1878(明治11)年2月20日(外務省布達第一号)「海外旅券規則」により近代的旅券制度が確立する。
  • 1893(明治26)年9月25日(外務省令第二号) 宮津港よりウラジオおよび朝鮮への渡航者に限り京都府庁で旅券申請が受け付けられることとなる。 
  • 1897(明治30)年1月25日(台湾総督府令第二号) 日本領台湾で、台湾総督府が「外国行旅券規則」を布令。旅券の発行が可能となる。のち、関東州、樺太、朝鮮、南洋でもそれぞれ最高行政庁で旅券発行が可能となる。
  • 1900(明治33)年6月4日(外務省令第二号) 「外国旅券規則」制定 1878年制定の「海外旅券規則」が改正される。従来は原則的に開港場のある府県庁で旅券申請を受け付けていたが、今回から戸籍謄本を添付することにより、日本全国どこの府県庁でも申請が受け付けられることとなる。その他、1896(明治29)年公布の「移民保護法」により移民用旅券の出願特則も規定される。
  • 1907(明治40)年3月15日(外務省令第一号) 「外国旅券規則」第六条改正 下付手数料1枚50銭を1円とする。
  • 1917(大正6)年1月20日(外務省令第一号) 「外国旅券規則」第二条に項目追加 本人の写真を願書に貼付することとなる。
  • 1918(大正7)年1月15日 「外国人本邦入国規則ノ除外ニ関スル交換公文」 日中相互に旅券を免除する。
  • 1921(大正10)年3月25日(外務省令第二号) 旅券下付手数料増額 一般渡航者10円、移民5円となる。しかし、高額すぎるとの非難により1925(大正14)年3月には一律5円となる。
  • 1925(大正14)年10月1日(外務省訓令第六号) 旅券の形式を手帳形式に改める。翌1926(大正15)年1月1日から実施。 
  • 1929(昭和4)年(外務省令第4号)「外国旅券規則」改正 新たに「身元申告書」、「無犯罪・善行証明書」(渡航先による)などの提出が必要となる。
  • 1935(昭和10)年(外務省令第八号) 「外国旅券規則」改正 1929年の旅券規則の補正 太平洋戦争終結時まで存続する。