ネット黎明期の「早すぎたネット小説」2作品

いま、電子書籍界隈でめちゃくちゃ売れてると思われる作品が2つある(コミックを除いて)。
ひとつは、言わずと知れた『火花』だ。

火花 (文春e-book)

火花 (文春e-book)

いま『火花』は供給が需要に追いついていない状態で、少し追加が入ってはすぐ売り切れるような世界だ。なので、実はいま確実に入手する方法は電子書籍、ということになるのだ。


もうひとつは、『村上さんのところ』。

村上さんのところ コンプリート版

村上さんのところ コンプリート版

村上春樹が読者の質問に答える、というサイトが期間限定で開設されていたのだが、そこに寄せられた質問への回答集だ。傑作集としてピックアップされたのが本の形で出版されているのだが、サイトで村上さんが回答した原稿の全てを網羅したのが電子書籍版なのだ。あまりにも分量が多すぎて本にできなくても、電子書籍なら出せる。電子書籍の特性が活かされた企画と言えるだろう。
当然ながら、電子書籍版の方が高いのだが、ファンなら買うに違いない。
本の方はこちら。
村上さんのところ

村上さんのところ


現在では電子書籍は割と当たり前になってきたが、昔はいろいろな試行錯誤が展開され、かなり実験的な作品が誕生していた。そんなネット初期に生まれた、いまから思い返しても、あまりにも「早すぎた作品」を2作品紹介したい。


まずは、筒井康隆朝のガスパールだ。

朝のガスパール (新潮文庫)

朝のガスパール (新潮文庫)

これは1991〜1992年に、朝日新聞朝刊の連載小説として発表された作品だ。まだインターネットが一般的にはほとんど使われていなかった頃の作品で、当時はNIFTYに代表されるパソコン通信が主流だった。といってもパソコンを持っている人もまだ少なかったのだが。そのパソコン通信のひとつ「ASAHIネット」で、この小説に関する掲示板が開設され、そこでのやり取りが小説に反映される、という趣向だった。掲示板での盛り上がり方次第によって、話も変わっていき、時には小説から掲示板への書き込みや投稿者へのリアクションも書かれていく、という、いま思い返しても、ものすごい実験的な作品だったと思う。もちろん私は当時パソコンも持ってなかったので掲示板のやり取りはリアルタイムで見ていないのだが、そこでのやり取りのピックアップも「電脳筒井線」というタイトルで本の形で3冊刊行された。
電脳筒井線―朝のガスパール・セッション

電脳筒井線―朝のガスパール・セッション

当時は、なんかメチャクチャな展開になってるなあ、と思ったものだが、今ネット界で普通に見られる「荒らし」「炎上」「祭り」のような現象も起こっていて、それらもまた小説に反映されるという、なんともすごい小説だったのだと、今になって改めて思うのだ。書かれるのがあまりにも早すぎた作品だが、ネット隆盛の現在だととても収拾がつかなくなるに違いなく、そういう意味でも、この当時だったからこそのバランスで完成された作品だと言えるだろう。


もうひとつは、井上夢人『99人の最終電車だ。
99人の最終電車
これもインターネット黎明期に書かれた作品。井上夢人さんはかなり早い段階からネット世界に精通しておられて、岡嶋二人時代にも『99%の誘拐』や『クラインの壷』などでその世界観を実作に反映されていた。ミステリ作家たちが自分たちの小説を直接販売する、という試みの「e-NOVELS」にも関わっていた。
『99人の最終電車』は「ハイパーテキスト小説」と称されていた。最終電車に乗った人々の群像劇だが、登場人物ごとに物語が設定されていて、それをネット上でクリックしていくことで多角的に読むことができる。ある人の物語からリンクされた人に飛んでもいいし、別の人に飛んでもいいし、同じ人の物語を時系列で追うこともできる。読者が読みたいように読み進めることが出来るのだ。


発表当時は、なかなか話が進まないことで有名だったが、一応は既に完結している。しかも全編を無料で読むことが出来る。もっとも、全編を読むのは相当大変だと思うけれど(私もすぐ挫折しました)。
当時はDVD-ROM化される話もあったが、もうその予定はないと思われる。ネット環境の進化によって、ネットで読むことが全く苦にならないからである。(昔は回線速度が遅かったり、従量課金でお金がかかったりしたので、ROM化期待だったのだが、もうそんな心配無用だもんね……)


電子書籍がかなり普及するようになった現在は、このような実験的な小説はむしろ減り、普通の本がそのまま電子化しただけのものが主流だと思う。ネットならではの趣向に満ちた作品が出てこないものかなあ、とも思うのだが。