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狼藉の日々 このページをアンテナに追加

2006-08-15

 お盆だけれど、普段と全く変わらない一日。というか寧ろ追われてるような…自業自得?私に締め切りをいっぱいくれた人たちが休んでいるうちに仕事せねば(汗)。

「僕たちの戦争」紹介記事@8/15:読売新聞夕刊。

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 tomkoさんのお部屋に紹介があった、今日の読売関東版の「僕たちの戦争」紹介記事、YOMIURI ONLINEのサイトにアップされてました。「最後のナイチンゲール」紹介記事の下にくっついてます。健太&鴨志田&文子さんのカラー写真つき。確かに、カメラを手にした二の腕が逞しい…。ついこの間まで、あんなに華奢に見えた、トリトンずらのジュニア様と同一人物とは、ほんと思えない…(苦笑)。きっと関西では記事掲載無かっただろうし、ありがたい。

悔しいこと

| 18:56 | 悔しいことを含むブックマーク

 8月15日、終戦の日。

 鎮魂の日であるのはもちろんだけれど、過ちを二度と繰り返さないことを誓う日。

 私たちの父や母や、弟や兄や姉や妹や、恋人や友人が、そんな善良なふつうの人たちが、なぜまっしぐらに戦争への坂道を転がらねばならなかったのか。そして、その大切な人たちの命が失われると同じくらい無念なことだけれど、その大切な人たちが、なぜ人の命を奪うことに手を染めねばならなかったのか…そのことを深く考えねばならない日です。

 先週の月曜日(7日)の、NHKスペシャル「硫黄島 玉砕戦 〜生還者 61年目の証言〜」は衝撃でした(25日に再放送があるそうです。→NHKスペシャル | 再放送予定)。

 2万もの若き兵士たちが硫黄島を死守する為だけに、地獄のような死を迎えた事実。その凄惨さもさることながら、彼ら若い魂が、捕虜となることを本気で恐れ、投降しようとする仲間を、背後から拳銃で射殺していたという事実に、より深い戦慄が走りました。捕虜になったら、戸籍に大きな赤いバッテンがつくと教えられていたそうです。そうなったら最後、自分だけではない、銃後を懸命に守っている、自分たちの大事な家族や恋人さえもがつらい差別や迫害を受けることになる、そんなことになるくらいなら、むしろ自分は生き残らずに進んで死のう、仲間がそうなるくらいなら、むしろ殺してやろう…。そう信じこんでいたというのです…。もちろん、そんな赤いバッテンは戸籍にはつきません。デマです。大きな国家ぐるみの、デマです。

 硫黄島から生還した方々の、嗚咽せんばかりの振り絞るような問いかけにも、言葉を失いました。「彼らは何のために死んだんでしょうか…?無駄だったなんて言ったらかわいそうですよね…、でも、じゃあ何のために死んだのでしょうか…この答えは難しいです…」。

 

 このNスペを見ながら、思わず健太や吾一や、未來さんさえも思い浮かべ、涙がとまらなかったのですが、それと同じくらいの恐ろしさを感じたのは、自らがその渦中にあって、何を信じていいかわからなくなったとしたら、私も皆が正義と認めるものにすがってしまうんじゃないか、という凍えるような感覚でした。


 私たちと同じ普通の人間だった60年前の人たち、その大事な人たちは、戦争でさえなければ、自ら死を選んだり、人を殺したり、絶対にするはずはなかったのです。でもその時にあって、彼ら彼女らはその道を選んだ、選ばされた。しかも、その選択を自らの意志でなしたように思いこまされた。人殺しではない、聖戦だという「正義」のもとに。

 聖戦って何?神の為に戦う正義の戦。その証拠に、命を捧げた人間は神になるんだ。神として永遠に靖国神社に祀られる、絶対の神たる天皇家ゆかりの靖国に。

 そして、10代の、20代の有為の若者たちが、自ら志願して戦地に赴いたわけです。何万、何十万の健太や吾一たちが、制度的な国家のコントロールの元に、それ以外の選択は与えられずに…。


 今日8月15日、日本の首相が、靖国神社にモーニング姿の正装で、ポケットマネーという3万円を携えて参拝しました。 

 おそらく政治家たちは、対外的な外交と、国民としての鎮魂の気持ちは分けて考えねばならない、というんでしょう。それは一見もっともに聞こえるかもしれないけれど、まぎれもない詭弁。

 根っこは同じでないといけないのです。

 対外的に戦前の日本の軍国主義を反省し謝罪したのなら、その為の大義名分であったシステムへの反省が無くてはならない。システムの精神的支柱に据えた靖国の機能を、政治に携わる人間は追認してはならない。首相はもちろんのこと、すべての立法行政司法の三権に責任を有する人間は、してはなならい。私はそう考えます。一国民が、自由意志で靖国にお参りする、それとは全く次元が違います。千鳥ケ淵戦没者墓苑に参拝するのとも、意味が違うのです。

 自国の若い将来ある若者を進んで死と殺意へ走らせた戦争、ふつうの若者を周辺諸国の国土に乗り込ませ、殺戮を実行させてしまった戦争。彼らが死を賭して守ろうとしたのは、何だったのか。自分の大事な人、両親や家族、恋人、子ども? でも、それは、本当に戦争によってしか守られなかったものなのでしょうか?「国力」「領土」?それは、本当に戦争を仕掛けなければ成らない程、危機に瀕していたのでしょうか?それを私たちは知らねばならないと思います。同じ事を繰り返さないために。

 いつも公人だの私人だのという議論が起こりますが、政治家の肩書きを有している限り、この問題において「私」の立場はあり得ないと思います。公用車で、国民の血税による自分のポケットマネーで玉ぐし料を払う。明らかに違憲です。

 そして大事なこと。靖国神社には、軍人しか祀られていないのです。広島や長崎や沖縄の地上戦、大阪や東京、日本各地の大空襲で亡くなった、数多くの一般の民衆は祀られていないのです。戦争に責任を負うべき国家指導者は合祀されているのに、です


 今回の、8月15日の、首相による靖国神社参拝に、私はどうしても、強く反対しないではいられない。アジアが自分の仕事のメインフィールドだという事もあるかもしれませんが、これはどうしてもそうせずにはいられません。

 家族を日本兵に皆殺しにされた中国の古老の話を、泣きじゃくりながら聞くしかなかった大学生の私の手を握り、あなたは悪くない、ここに来た日本の兵隊だって被害者なんだ、日本と中国とで、ほんとに沢山の人が死んでしまった、と、同じように泣きながら語ってくれた、その老人のカサカサの暖かい手が思い出されます。今の未來さんくらいの年齢だった私は、寝床に案内さてからも、その日に聞いた衝撃の数々に嗚咽が止まらず、朝まで一睡もできませんでした。あの、小さな村でたった一人過ごした数日が、忘れられません。



 ああ、ちょっと普段と違う日記になっちゃったな(苦笑)。でも悔しくって吐きそうなくらい。仕事にならないのよ…。吐くかしゃべるかどっちかなら、しゃべる。吐くのはいつでも吐ける(エキスプローラー)。なんていっても、今日は笑えないね(汗)。

nekozonekozo 2006/08/15 22:53 mmoohさんこんばんは。今日の日記、胸がつまる思いで読ませていただきました。戦争は二度と繰り返してはならない。そう思いながらも、戦争を体験したことのない私はその思いのどこかにモヤがかかっていて。正直な所、リアルに感じる事ができないでいました。恥ずかしながら、硫黄島の事も今日初めて知りました。すごくすごくショッキングでした。家族、愛する人や大切な人。大好きな人達のことをたくさん想像しながら読んで…なんて言ったらいいのかわからないのですが、すごく胸に突き刺さりました。大事なことを教えてくださってありがとうございます。25日の再放送、必ず見ようと思います。
な…なんか長いですね、すいません(汗)。最後になりましたが、お仕事大変そうですが、お体にはお気をつけて…!

mmoohmmooh 2006/08/16 00:02 ◆ねこちゃん>こんばんは!コメントありがとうございます。しんどい七転八倒の内容だったのに、読んでくれてありがとう…。
そうなんですよね、戦争を体験した事が無い私たちは、伝聞でしか知ることができないんだけれど、今の私たちだからこそわかる、真実や欺瞞や過ちや希望が、きっとあると思うんですよね。だから、それを判断する自由な頭と感性をしっかり養って、知ることにどん欲でないと行けないな、と痛感しました。知ることへの希望がある、それは素晴らしいことですよね。硫黄島のNスペは辛いドキュメンタリーでした。とてもとてもしんどいかもしれないけれど、見てくださいませ。
私もなんか長くなっちゃった(照)。身体、気をつけます!ありがとう。

erie_097erie_097 2006/08/16 01:58 こんばんわ。なんだかほんわかする背景なのですが、仰ってる事はとても大事なことだなぁ、と無い頭をフル回転させながら受けとった・・・つもりです(^^; 今を生きるということは、過去を知り、未来へ生かすという事も必要なんですね。本当に難しいです。 お身体お大事に。

mmoohmmooh 2006/08/16 03:07 ◆erieちゃん>ごぶさたしてます。こんばんは。花柄、メルヒェンでしょ(笑)。難しい事ですよね。でも、今ある私たちが、戦争の犠牲者の思いを次につなげる為には、いろいろ知って考えないといけないことがあると思います。このことを改めて考えさせられたのは、未來さんのお蔭かもしれませんね。

xxsuzuxxxxsuzuxx 2006/08/16 10:59 こんにちは。色んな事考えても考えても気持ちが言葉になりません。以前ホタルの墓を見たときに嗚咽と嘔吐と止まらない涙に苦しみそれ以来戦争ものから目をそむけていましたが、今回の未來さんのドラマをきっかけに、mmoohさんのこの日記から。逃げずに向き合ってみようと思いました。過ちを誰もがわかっていても、大きな波に呑み込まれた時に一人ひとりが声にして行動に移すことができるかどうか、未來さんが言ってたように時代が違えば僕も吾一だったかもしれないって。事実を知ることで芯に強いものを打ち据えて、曲げない勇気を忘れないでいようと誓いました。彼の意図ではないにしろまたひとつとても大切なものをもらいました。mmoohさんにも感謝です。

mmoohmmooh 2006/08/16 18:49 ◆suzuさん>コメントありがとうございます。随分しゃべってしまいました(苦笑)。いやあ言葉にするのって難しいですね。考えれば考える程、思いが湧いて来る、書けば書く程、書き足りない、考えが足りないという焦燥にかられます。言葉足らずの日記だと思うのですが、皆さんにコメントいただけて、独りよがりの述懐に終わらないですみました。こちらこそありがとうございます。
そうですね。事実と自分の頭で考えたことを自分の真ん中に打ち据えて、しっかり歩んで行きたいです。うーん、まだまだだな…(汗)。