作曲家夏田昌和のこと

 8月に入ってからだったと思う。作曲家の夏田昌和覚醒剤を所持していた容疑で逮捕された。自宅の古いビデオデッキに隠していたという。夏田から覚醒剤を譲り受けた無職の女性から捜査が入ったようだ。
 夏田は1968年東京生まれ、2002年に芥川作曲賞を受賞している。現在国立音楽大学準教授、日本現代音楽協会副会長でもある。
 毎年夏にサントリーホールではサントリー芸術財団主催の「サマーフェスティバル2010〈MUSIC TODAY 21〉」が開かれる。6日間にわたって現代音楽が演奏されるのだ。特に今年は「戦後のわが国を代表する作曲家・芥川也寸志氏の功績を記念して1990年にサントリー音楽財団(現・サントリー芸術財団)によって創設された」という芥川作曲賞創設20周年記念として、この19年間に受賞した作曲家20人のガラ・コンサートが開かれた。まず大ホールで4人の作曲家の管弦楽が演奏され、ついで小ホールで20人の作曲家の室内楽(いずれも独奏曲)が演奏される予定だった。
 そして逮捕された夏田は、管弦楽に選ばれた4人の作曲家の中に入っていたし、ソロも演奏されるはずだった。管弦楽の演奏される前々夜、サントリー芸術財団の関係者に夏田さんの曲は演奏されるのかと質問した。現在検討しているところです、明日発表しますというのがその答えだった。ぜひ演奏してくださいとお願いしたが、当然演奏は中止されることになった。
 作曲家が犯罪を犯しても、その作品を演奏するのに何ら差しつかえないと私は思う。しかしサントリー芸術財団サントリーの関連団体であり、サントリーは消費者向けの商品、アルコール飲料や清涼飲料を販売している。消費者向けの商品を販売しているメーカーにとって何より恐いのは消費者の商品ボイコットなのだ。雪印乳業もこれで会社を潰したし、柄谷行人も「世界共和国へ」(岩波新書)で、資本に対する最も有効な闘争は消費者によるボイコットだと主張している。しかしこのボイコットが有効なのは直接消費者に販売しているメーカーに限られるだろう。製鉄会社の商品のボイコットは現実的には不可能だ。サントリーは消費者をこそ恐れなければならない。それは、以前佐治敬三会長が東北地方の人間には教養がないと失言したときの東北地方の人たちのサントリー製品のボイコット運動で十分身に染みている。
 さて夏田の曲は演奏されなかった。夏田は2002年に芥川作曲賞を受賞しているが、その10年前1992年にも「オーボエとオーケストラのための『モルフォジェネシス』」で同賞の候補になっている。この時の受賞者が山田泉で、今回のガラ・コンサートの室内楽では「ヴィオラのための『素描』」が演奏された。良い曲だった。
 私のストックを調べてみると、1992年に候補になった「オーボエとオーケストラのための『モルフォジェネシス』」の録音が見つかったので聴いてみた。これなら山田泉が受賞しても不思議はなかったかもしれない。しかし、10年後には夏田が受賞しており、今回演奏される予定だった曲は2004年に作曲された受賞者への委嘱作品「オーケストラのための『重力波』」だった。やはり聴いてみたかったと思う。
 それにしても受賞者20人のうち、山田泉と江村哲二の2人が亡くなっていて、夏田が逮捕されてしまった。15%が舞台から去ったことになる。残念なことだ。が、一方統計的にはこの数字は妥当かもしれない。何しろ20年の歳月がたっているのだ。


世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて (岩波新書)

世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて (岩波新書)