竹中労「鞍馬天狗のおじさんは」が面白い

 竹中労の「鞍馬天狗のおじさんは」(ちくま文庫)がとても面白い。副題が「聞書アラカン一代」で、戦前から戦後にかけて大ヒットした映画「鞍馬天狗」を演じた大スター嵐寛寿郎への聞書をまとめたものだ。アラカンはサイレント時代から戦後までチャンバラ映画やヤクザものなどで活躍した。私も子供の頃おそらく見ていると思う。今回本書を読んでDVDを借りて映画を見たくなった。

伊藤大輔監督  大河内伝次郎は、腰から上がピシリと決まります。走る、跳ぶ、斬っぱらう、だが上体は微動もしない。台詞はアウアウアウ、これにはまことに困ったが、殺陣はみごとなものでした。両刀をたばさみましょう(腰に手をあててみせて)、ここから上が直線なのです、足だけがサササッと。それとご存知のように近眼です。バンツマ・阪東妻三郎なら一寸で間合をぬくところをピシーッ、生身に当らなければ納得しません。
 絡みの肩を斬らせるのは肩に、胴を斬らせるのは胴にワタを入れて、無二無三にかかっていく。それでもタンコブだらけの生傷だらけ、大河内伝次郎の殺陣には膏薬代が出た(笑)。
竹中  なるほど、阪東妻三郎は?
伊藤  これは上体が沈む、前のめりに剣を構えまして、しかも両腕はまっすぐに伸ばします。攻撃の型ではない、追いつめられて、追いつめられてやむを得ず迎え撃つのだという思い入れ、うわめづかいに相手を見る、その眼が何ともいえずかなしい。
『雄呂血(おろち)』というのがありましたろう、私はあの映画を時代劇の悲愴美の極致と見ました。バンツマこの人は、スターなどといってはぴったりときませんな。わざおぎ、歌舞伎の世界でいう大名題、百年不世出の傑物でした。
竹中  静に対する動、やはり嵐寛寿郎じゃないでしょうか、最高の剣劇役者は?
伊藤  そう、戟ではなく劇ならば、やはりアラカンでしょうな、これにトドメをさす。歌舞伎の見得をきる形なら、つまりクローズアップならバンツマ、真剣で人を斬る感じで月形竜之介、さばきは嵐寛寿郎と、それぞれ殺陣に特色があるのです。

 アラカンは戦争中、満洲で演劇をして回っていた。満映に関するアラカンの思い出。

 甘粕正彦大尉、ゆうたらこの人は最右翼や。ところがその下に大森で銀行ギャングをやった(共産党の)大塚ナントカという人(大塚有章)やら、もと共産党の大ものたちがはたらいていますのや。傾向映画のシナリオを書いていた異木荘二郎、そのころは原研一郎と名前を変えておりました。例の熱血監督・辻吉朗と組んで、誰の目にも左翼やった。この人もいれば、PCLの木村荘十二監督もいてはる。はいなアカの残党ダ、ことごとく。
 根岸寛一はん、前の日活多摩川撮影所長が統領で、共産党の失業対策やっとる。甘粕ゆう人はどないなってんのやろ? 承知の上のことやったら、これは世にも不思議なものがたりや。満洲には白昼ユーレイが出よると、ワテは気味が悪うなった。

 ついでアラカンの女性観が語られる。

 アラカンうけに入った。はいなまたもや女狂い。ただし四畳半(芸者)やおへん、時代は変わりました。男女同権でおます、女子(おなご)口説いたら結婚せなあかん。マキノ大将の遺訓・母親のいいつけ、民主主義の世の中では通らんことになった。女の権利強うなった。オメコだけでは満足しない。したら最期、「結婚してもらいます!」と迫りよる。
 ほてからに結婚した、第一号は小泉ふみ子。京マチ子と同期生の大阪松竹少女歌劇団出身で、芸名・萩町子、昭和23年3月に籍を入れました。結婚するんやったら女優でもかまへんやろと商品に手を出した、それが失敗のモト。結婚いっぺんに一人だけや、これ念頭になかった。ダブってますのや、ワテの女はいつも。この国の法律あきまへん、重婚罪ゆうものがある。回教よろしいなあ、4人までは自由でっしゃろ、法律改正してほしい。

 詩人の津村信夫の兄だか弟だかの映画評論家津村秀夫のことを「情報局御用映画評論家」と書いているのは竹中労だった。知らなかった。御用評論家だったのか。
 アラカン明治天皇を演じた時、

天皇崇拝のお方から毛色の変ったファン・レターがきよった。「貴方様が生活の為と言え、下らぬ剣戟映画等に出演をして居られまするのは、まことに遺憾千万の事に御座候」などとゆうてくる。
 ほっておいてもらいたい、生活のほかに何があります。くだらぬ剣戟やて、ご自分は何してはるか知りまへんけどな、こうゆうお方がワテは一番きらいダ。ようけおりました戦争中、へえ在郷軍人会やら町内会のお偉がた。天皇はんもお気の毒やね、とりまきやひいきにロクな人たちおりまへんな。ほんまに忠義な人、戦争中に死んでしもうた。残ったんはカスばっかり、これが天皇はんの不幸・日本の不幸や。

 手塚治虫の葬儀の時も、親戚の人たちが、いい人たちはみんな辞めてしまって、残ったのは駄目な人たちばかりだと話していた。どこも同じなんだ。私も辞めさせられたし。シベリアに抑留されていた詩人石原吉郎も「望郷と海」で書いている。本当に良い人たちは帰っては来なかった、と。
 本書はアラカン一代記でもあり、戦前戦後の日本映画史でもある。映画会社は分裂統合再編を繰り返している。戦後の紳士たち、松竹の大谷竹次郎東宝の小林十三、日活の堀久作、新東宝大蔵貢、ろくでもない連中が映画資本を取り合って、汚い抗争を続けている。長谷川一夫の独立を巡ってはヤクザを雇って斬りつけ、長谷川の顔に深い傷を負わせている。映画という華やかな世界と裏腹の汚濁の世界だ。竹中労、よく調べて書いている。
 巻末には竹中が苦労して調べた「嵐寛寿郎名作劇場−−サイレント阪」と題する昭和2年のデビューから昭和10年に至る全出演作品のデータをまとめている。その数109本、恐るべき仕事だ。
 とにかく面白いこと限りない。そして嵐寛寿郎=アラカン竹中労も文字どおり偉い! アラカン鞍馬天狗見てみよう。

鞍馬天狗のおじさんは (ちくま文庫)

鞍馬天狗のおじさんは (ちくま文庫)