埼玉県立美術館の荒川修作

 JR京浜東北線北浦和駅からすぐの埼玉県立美術館の常設展「MOMASコレクション(II)」で荒川修作が取り上げられている。1室が与えられ、「読むように見ること−−荒川修作の絵画」と題されている。大きな作品が7点展示されているが、3点が60年代制作の「ダイアグラム(図式)」、4点が70年代以降の「意味のメカニズム」に分類される。
 ダイヤグラムは建物の平面図のような絵画作品で、きわめてぶっきらぼうな印象を受ける。建畠晢はこのダイヤグラムの初期作品を荒川の最高傑作と評していたが、私にはダイヤグラムの作品を理解することが、したがって評価することができない。
 意味のメカニズムの作品は、ダイヤグラムと異なり図形の複雑さが増している。幾何学的な図形や矢印、同心円やグラデーションの要素が加わっている。禁欲的ではあるものの、こちらにはある種の美しさが感じられる。「Vice Drinker / The Artificial Given」と題された作品について、美術館が用意した解説カードがある。

時計回りと反時計回りの無数の矢印が渦巻くようなリズムを与えています。両端の渦の中心は、個々の矢印といくらかずれながら絶え間なく回転を続けているようです。中央に配置された円錐形の組み合わせも、二つの海流が出会う潮目で発生する無限の運動を暗示しているかのようです。海図やダイヤグラムのような図面には、「二つまたは三つの出発点」に始まる、謎めいた言葉が書き連ねられています。事物を関連付け世界を再構成して意味を発生させるメカニズムは、私たち自身の知覚作用の内にありますが、自明であるがゆえにほとんど自動化したこのプロセスは通常は意識されず、習性化したそれぞれの「既知の世界」から逃れられなくなります。荒川の作品は、そのような知覚の罠を逃れて、たえず生成する世界とじかに向き合うことへと誘ってくれます。

 難しいことが書かれていて、読んでも理解が深まらない。荒川の作品についてよく知りたいと思って、まず『デュシャンは語る』(ちくま学芸文庫)を読んでみた。直接には参考にならなかった。ついで塚原史荒川修作の軌跡と奇跡』(NTT出版)を読み直した。2009年に発行された本で、この時まだ荒川は存命で対談も行われている。
 荒川ははじめネオダダに属していて、コンクリートの塊を蒲団に包み、それを箱に入れた「棺桶」シリーズを発表していた。ネオダダから追放されて単身アメリカへ行く。その時出光佐三が航空券を贈り、瀧口修造が大金の餞別とデュシャンへの紹介をしてくれる。渡米してすぐデュシャンに会っている。デュシャンの影響は大きかったようだ。
 建畠晢が絶賛している初期のダイヤグラムはこの頃描かれている。ダイヤグラムのあと意味のメカニズムに変わり、さらにインスタレーション的な構造物の制作に進み、奈義の龍安寺養老天命反転地三鷹天命反転住宅を完成させる。
 養老天命反転地三鷹天命反転住宅とも体験しなければ何とも言いかねる代物だ。これらをもって「死なないために」とか「死は死んだ」とか「死は時代遅れである」とか言われても興味を持つことができない。
 荒川の作品をほんの僅かしか見ていないので自信をもって言い切ることは全くできないのだが、最も優れた作品は棺桶シリーズで、それに次ぐのが意味のメカニズムではないだろうか。その意味のメカニズムもダイヤグラムデュシャンの影響が濃厚で、しかも大きな達成には至っていなかったように思える。日本以上にアメリカでの評価が高くないというのも、さもありなんと思われるのだ。
 5月に早稲田大学小野記念講堂で、荒川修作+M・ギンズ記念シンポジウム「ネオダダから天命反転、その先へ」が開かれ、それを聴いたことをきっかけに荒川修作を見たり読んだりした。たいして理解できたわけではないが、少しだけ荒川を知り、デュシャンへの興味をかき立てられた。デュシャンのことをよく知りたいと思った。

會津八一記念博物館の荒川修作展を見て(2014年6月4日)
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MOMASコレクション(II) 読むように見ること−−荒川修作の絵画
2014年6月14日(土)−8月31日(日)
10:00−17:00(月曜休館)
       ・
埼玉県立近代美術館
埼玉県さいたま市浦和区常盤9-30-1
Tel 048-824-0111
http://www.pref.spec.ed.jp/momas/



荒川修作の軌跡と奇跡

荒川修作の軌跡と奇跡

デュシャンは語る (ちくま学芸文庫)

デュシャンは語る (ちくま学芸文庫)