スティーヴン・キング『書くことについて』を読む

 スティーヴン・キング『書くことについて』(小学館文庫)を読む。これが面白かった。キングはアメリカのホラー小説のベストセラー作家だ。私は何か1冊だけ読んだ記憶があるが、題名を思い出せない。
 本書はキングの自伝と小説の書き方からなっている。聡明な兄の影響で小さいときから創作のまねごとをしていた。ホラー映画が好きで、11歳のころ気に入った映画のノベライズのようなものを書いてクラスで売った。それが初めてのベストセラーになったと書いている。36部売れたのだったが、学校が終わったあと校長室に呼ばれ、説教されて金も返すように言われた。
 大学を卒業して小説を書き始め、雑誌社に売り込んだがなかなか採用されなかった。結婚した相手も詩を書いたりしていてキングの創作活動に理解があった。それでもちっとも売れない時代が続いた。そしてついに短篇小説が雑誌に掲載される。キングでさえこんなに売れなくて苦労した時代があったんだ。
 自伝がほぼ全体の3割ほどで、ついで「道具箱」と題する章がくる。語彙や文法、文章作法、推敲についてなどが無味乾燥なんかではなく、面白く具体的に語られる。副詞を多用するなとか、受動態は避けろとか、有名作家の文章の実例をあげて解説してくれる。
 つぎに「書くことについて」という章がくる。これが全体の4割近くあって本書の中心だ。執筆方法について懇切丁寧に教えてくれる。執筆にあたって、プロットは考えるなと言っている。

 私の考えでは、短篇であれ長篇であれ、小説は3つの要素から成りたっている。ストーリーをA地点からB地点へ運び、最終的にはZ地点まで持っていく叙述、読者にリアリティを感じさせる描写、そして登場人物に生命を吹きこむ会話である。
 プロットはどこにあるのかと不思議に思われるかもしれない。答え(少なくとも私の答え)は”どこにもない”である。プロットなど考えたこともないと言うのは、一度も嘘をついたことはないと言うのと同じだ。けれども、どちらもその頻度をできるだけ減らそうとはしている。プロットに重きを置かない理由はふたつある。第1に、そもそも人生に筋書きなどないから。どんなに合理的な予防措置を講じても、どんなに周到な計画を立てても、そうは問屋がおろしてくれない。第2に、プロットを練るのと、ストーリーが自然に生まれでるのは、相矛盾することだから。この点はよくよく念を押しておかなければならない。ストーリーは自然にできていくというのが私の基本的な考えだ。

 キングはベストセラー作家だ。さすがに面白い表現が頻出している。キングはひどい大酒飲みだった。

……アル中に酒を控えろと言うのは、腹をくだしている者に糞を控えろと言うに等しい。

 酒びたりだった最後の5年間、私は夜ごとの儀式を欠かさなかった。寝るまえに、冷蔵庫のビールを残らず流しに捨てるのだ。それをしないと、ベッドに入ってからも、ビールが呼ぶ声が聞こえ、結局は起き出して、また1本ということになる。そうなったら、もうとまらない。

「道具箱」の章で、

 よく使うものはいちばん上の段に収納する。この場合は文章の糧、すなわち語彙である。それに関しては、手持ちのものだけでいい。量が少なくても、罪悪感や劣等感をいだく必要はない。娼婦が恥ずかしがり屋の船乗りに向かってこう言うのと同じだ。「問題は、大きさじゃなくて、どう使うかよ」

……文章を書くときに避けなければならないのは、語彙の乏しさを恥じて、いたずらに言葉を飾ろうとすることである。それは飼っているペットに夜会服を着せるようなものだ。ペットはいい迷惑であり、そのような受け狙いの小細工をした者はとんだ恥さらしということになる。

 いや、大変面白く役にたった。これで私も何か書けるかもしれないと思ってしまった。



書くことについて (小学館文庫)

書くことについて (小学館文庫)